ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#32 "TRACE"

 

 

「——その1発の銃弾のせいで、もう歌えなくなってしまった。終わってしまったの、わたくしの”夢”は」

 

「————めろ」

 

「そして、そんな行き場をなくした怪我人の小娘を拾ってくれたのが、……ビョルンさんだった。でも、ね、結局自ご——

「もう、いい。……十分だ」

 

 俺が制し、――ようやくスマホの音声が止まる。

 

 よほど1人で抱え込んでいたんだろう。(せき)を切ったように、ピアニストのような鮮やかな動きをしていた指は最後のタップを終えた。

 

 夢があったこと。

 歌えなくなったこと。

 引きこもっていたこと。

 ゲームの中で——俺たちと過ごした時間が、こいつにとって何だったのか。

 ボランティアの道を選んだこと。

 シロッカに来たこと。

 そして、雨の中で――、

 

 流石に言葉が見つからん。ヘビー極まりない。

 

 楽器庫の天井(てんじょう)のライトに照らされ、ホコリがかすかに反射する。遠くから聞こえていたはずの子どもたちの歌声がいつのまにか止んでいた。

 

 さっきと何も変わらない景色のはずなのに、全部が違って見える。

 

 こいつは——その時、知らない誰かの親子を守ろうとして、誰か知らねぇクソ野郎に撃たれたんだ。

 

 自分の母親と兄の記憶が重なったから。

 

 身体が勝手に動いたからという。理屈じゃなく、ただ目の前の命を見捨てられなかったから。

 

 その結果が首元の傷だ。

 

 凶弾は、こいつにとって宝物であるはずの声を――歌を奪った。

 

 歌がなくても「思い」はなくならないと、ようやく立ち上がれたばかりだったのに。

 

 その「思い」で動いた結果が、これだ。

 

 ……世界ってのは色んな顔がある。時に残酷極まりなく、どんなに”いい人”であっても、こういう性根の腐った仕打ちをしやがる。

 

 脳裏によみがえるのはバックミラー越しに迫ってくるトラック——どっかの誰かさんもある日突然人生を終わらされた。

 

 そんなものが”運命”だってんなら、クソ食らえだ。

 

 知らず力を込めすぎたこぶしに気づき、息を吐きながら指をほどいていけば、

 

 アリアはアリアで(えり)を戻して、頭巾をかぶり直していた。長い髪がシスター服の内側に収まっていく。さっきまで素顔と傷痕をさらしていたアリアが、また瓶底眼鏡(びんぞこめがね)のアリア先生に戻る。

 

 まるで、もう大丈夫だから、心配しないで、と言うみたいに。

 

 そんな気丈な姿がまた胸をざわつかせる。

 

 自然と口は動いた。先ほど打ちかけていた文字の続きを。

 

「——自業自得とか、お前さ、それはねーだろ」

 

 飛び出てきた声は思ったよりざらついていた。

 

 だってよ、1ミリもこいつは悪くねーじゃんか。なのに、

 

「お前がもし反省するとしたら、勝手になんもかんも1人で背負って、――わたくしは大丈夫って言う、そのクセだけでいい」

 

 そしてだ。何より、

 

「簡単に手放すなよ。大切なんだろ? お前のその”夢”。勝手に終わらせんな。そんな救いのねぇような終焉(おわり)。——俺はぜってぇ認めねぇぞ」

 

 アリアの肩が小さく揺れた。

 

 何を無責任なことを。勝手、勝手って、お前の方がよっぽど勝手だろとそう思っているかもしれない。

 

 ああ、まったくもって、ぐうの音も出ねー。

 

 でもさ、

 

 いいよ。今はそう思ってくれていい。必ず——

 

 

 

 ぐっとこらえて、

 

 

 

 ——やっぱ、このクソッたれな星をとっととどうにかしねぇといけない。

 

 終わらない暫定統治府と解放戦線の争い。エレーナからの名簿を探せという依頼。あの検査の違和感。ビョルン。アリアの傷。ひとつひとつはバラバラに見えて、全部がどこか同じ方向を向いている気がする。

 

 そのためにもまず、

 

「……わりぃ、アリア。ちょっとさ、急に話変わるんだけどよ」

 

 一拍置いて、

 

「——ここの子どもたちの名簿みたいなの、どこに置いてあるか知ってるか」

 

 質問の意図がわかりかねたのだろう。首をかしげ、少し考えてから、スマホを打ち始めた。

 

「事務室にファイルはあるけど、出席簿とレッスンの記録ぐらい。正式な名簿は見たことがないわ」

 

 まぁ……そりゃそうだわな。

 

「あー、マジか。じゃあ、なんか他にありそうなとこ心当たりねぇか?」

「――あるとしたら、たぶん。ビョルンさんの部屋に……」

 

 ビョルンの部屋……つまり"代表室"か。

 

 たしか廊下の突き当たりにあった、扉だ。

 

 ……しゃーなし。他に手がかりがあるわけでもねぇし、入るか、あそこに。

 

 ただ——代表の私室に無断で踏み込む。

 

 控えめに言ってアウトだし、見つかったら言い訳のしようもない。先生はトイレです作戦は2度は通じねぇだろうし。

 

 でもなぁ、名簿を探せって言われちまってんだ。ごく短い付き合いといえど、エレーナが必要だと判断したんなら、必要なんだろう。それくらいの信頼を少なくとも俺はしている。しごでき女子だし。

 

「……やるか」

 

 ガサ入れする覚悟を決めて、楽器庫の扉を開け、廊下に出る。

 

 検査室からの物音はないが既に終わっているという様子でもない。アリアとだいぶ話し込んじまったが、ビョルンはまだターニャの検査中と判断していいだろう。というかまだやっててお願い。

 

 アリアも俺の後を戸惑いつつもついてくる。

 

 廊下の突き当たり。"代表室"のプレート。

 

 ドアノブに手をかける。そもそも開いてんのかという話だが、

 

 

 

 ——鍵は、かかっていなかった。

 

 

 

 拍子抜(ひょうしぬ)けしつつも、これ幸いとそっと扉を押し開ける。

 

 中は、思ったより狭かった。

 

 デスクと本棚。キャビネット。壁には簡易ベッドが寄せられ、その上には何かの写真と、古い楽譜のようなものが額に入れて飾ってある。隅っこにはいくつかの観葉植物が並んでいて、葉のツヤから手入れが行き届いていることが窺えた。

 

 車椅子で過ごすことを考えた配置なのか、デスクの高さが一般的なものより低く、動線も広めに取られているっぽいな。

 

 あの黒真珠頭(くろしんじゅあたま)がここで過ごしている。事務仕事をして、記録をつけて、植物に水をやっている。

 

 そう思うと、絵面はさておき、この部屋はなんというか、普通だった。

 

 普通の、なんかの施設の代表者の部屋。

 

 ……だからこそ、どっか薄気味が悪い。

 

 背後を確認すれば、アリアが壁際の写真に目を留めている。写っているのは——子どもたちだろうか。集合写真のようだが、最近撮影されたものじゃなさそうだ。なんなら背景を見るに、コンソナンスではないんじゃねーか?

 

「さって、とりま……」

 

 これからいくかと、キャビネットに手をかける。

 

 引き出しを開けると、1段目は文具類が詰め込まれていた。戻し、下段を開ける。

 

 2段目の中は綺麗に仕切られたファイルが並んでいた。人差し指と中指で隙間を作り、手前から見ていく。

 

 配給の記録、施設の運営マニュアル、暫定統治府との契約書の写し——そして、

 

 

「……あり?」

 

 一番奥までたどりついてしまった。見落としたかと思って、今度は奥から手前に戻っていくが……ない。

 

「なにか、あった?」

 

 そばに来たアリアが俺の手元をのぞきこむ。

 

「……いや、逆だ。ここじゃねーのかな……」

「まだよくわからないけど、……どこかに隠してるとか?」

「まぁたしかにな……そこら辺のすぐ見つけられそうなとこに置いとくわけねーか、だいたい――」

 

 隠したいものってのは俺もよくこうやって、手首を返して引き出しの裏に――

 

「…………」

「どうかした?」

 

 やばい。俺、名探偵より怪盗の方が才能ある説出てきてない? 転職しようかな。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()をぺりっと()がし、持ったまま手を抜けば、

 

 ——他のファイルとは質感の違う薄いノートだった。

 

 他は表紙にラベルが貼ってあったが、そのノートにはない。すぐさま表紙をめくり、開く。

 

 几帳面(きちょうめん)さが伝わる手書きの名前がずらりと並んでいる。入所日、年齢、性別、出身区画、それから——"適性"という項目があった。その列を下に進めば、A、B、Cのランク分けがされている。

 

 適性。……あの検査の結果がここに記録されてるってことか?

 

「アリア、ちょっと見てくれ」

 

 見やすいよう開いた状態でアリアに差し出すと、1行目から指でリストをなぞっていく。

 

 ゆっくりと、ひとりずつ、名前を確認するように。声こそ出ていないが、唇が小さく動いている。自分が知っている子たちの名前を、ひとりずつ照合しているんだろう。

 

 2ページ目の途中で、アリアの指が止まった。

 

 ぱらぱらと最初に戻り、もう一度なぞり直す。今度はスマホで何かメモを取りながら。

 

「――この名簿、おかしい」

 

 教えてくれと続きを促せば、

 

「――わたくしが教えてる子の中に、このリストにいない子がいる。少なくとも3人」

「いない?」

「――逆もある。名前はあるのに、わたくし、この子たちを見たことないわ。聖堂にも、施設のどこにも」

 

 俺は名簿の名前をもう一度数える。記載されている子どもたちの数は――47名。だが、その数は正確じゃない。何故なら、

 

「……足りねえし、余ってもいる、ってことか」

 

 アリアが頷く。唇をきゅっと結んで、半ば信じられないといった様子で名簿を見つめている。

 

 それから、ページをめくり直して、ある名前をアリアは指さしてみせる。一番最後に書き加えられたと思しきその名前、

 

「――ターニャ。適性……"S"」

 

 S。他の子どもたちがABCなのに、たった1人だけ違うランク。

 

 あの検査の異常な波形。止まったビョルンの指。

 

 ——全部、これに繋がってるんだろうか。

 

 疑念を持ちつつも、俺は一通りのページをいったんスマホで写真を撮っておく。

 

「おし……戻して、いったん出るぞ」

 

 そして名簿ノートをできるだけ丁寧に元の位置に戻して、キャビネットを閉める。

 

 部屋を出る直前、ふとデスクの脇が目に入った。目立たないところに、小さなパネルのようなものがある。……スイッチか、あれ?

 

 よくわかんねーけど、とにかく今は捨て置いて、ビョルンと鉢合わせになる前に早く出た方が良い。

 

 足早に廊下に出て、そっと扉を閉めた。

 

 検査室の方を確認する。なおも物音はない。バレてはいないだろう。おそらく、たぶん、きっと。

 

 もといた楽器庫に戻り、まずはエレーナに報告するべく、スマホの連絡先をタップする。

 

 ——2コール以内で出た。いやなんかわかってたぞ、その速度。

 

「どうだった?」

「ああ。検査見てきたのと、あと名簿らしきもんも見つけた」

 

 ビョルンがいないかを確認しつつ、先ほど撮ったばかりの名簿の写真を送って、手短に伝える。

 

 まず検査の違和感——アリア曰く、いつもと手順が違って機器も多かったこと。

 

 そしてどうやらやっていることは”調和”の力に対する適性の計測ではなく、増幅に近いことをしている。

 

 ビョルンの室内で隠されていた名簿の数字と実際の児童が一致しないこと。

 

 リストにいない子が少なくとも3人、逆にリストへ記載されているのに実在しない子もいること。

 

 最後に記載されたターニャだけが適性"S"であること。

 

 相づちもなしにエレーナは黙って聞いていた。結果、ひたすらしゃべる羽目になった俺としては……水くれ水。

 

「……やっぱり、か。私の方の数字とも合う」

「合うって?」

「後で説明する。——ゼイン君、いったんそれ以上は踏み込まないで。ビョルンを下手に刺激したくない」

「うい、了解っす」

 

 向こうは向こうで色々調査していたのだろう。持ち寄って作戦会議ってとこか。

 

「私も、もうすぐそっちに着くから。コンソナンスの入り口で合流で。ちょっと見せたいものがあ——あ、えっ!? ごめっ、ジェイド様からもコール来ちゃったから、とにかく後で!」

 

 通話が切れた。相変わらず忙しいなあいつ。あとジェイドお姉様、ボクにも連絡ください。

 

 嘆息しつつ、スマホをしまって、アリアに向き直る。

 

「エレーナがこっち来るわ。入り口で合流すっけど。お前、どうする?」

 

 アリアがスマホを打つ。

 

「――わたくしは、先に聖堂に戻る。まだあの子たちと練習の続きがあるから。終わったらそちらに向かうわ」

「たしかに。そうしてくれ」

 

 その方が自然だ。アリアが突然俺たちを優先していなくなったら、子どもたちが不思議に思うだろうし、ビョルンにも怪しまれる。

 

「あと、」

「あん?」

 

 

 

 

「――今度は、ちゃんと言うから」

 

 

 

 

 …………なにを?

 

 聞き返す間もなく、アリアは小さく頭を下げてから、楽器庫を出ていってしまった。廊下の奥、礼拝ホールの方へ歩いていく背中が角を曲がって見えなくなるまで、なんとなく見送ってしまった。

 

 別にぼーっとしてたわけじゃねーぞ。……俺も、行くか。でも噂されると恥ずかしいし、もうちょっとだけタイミングは、ずらそう。

 

「そいや……聞き忘れたな」

 

 なんで、あいつ、俺がアネモネってわかったんだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ”アリアせんせーと何してたの!”と根掘り葉掘り聞いてこようとする子どもたちを年長色(ねんちょうしょく)の覇気と大人スマイルで華麗にいなした俺は、聖堂のゲートを抜けて、外に出る。

 

 マスクを付け直した瞬間、フィルター越しの空気が肺に流れ込んで、聖堂の中がいかに別世界だったかを思い知らされる。戻りてぇ。

 

 コンソナンスの施設の入り口まで歩く。途中、施設のスタッフらしき人と何人かすれ違ったが、特に声をかけられることもなかった。カンパニーサイドの者っていう立場が、こういう時は便利だ。

 

 入り口の前で壁に寄りかかって待っていると、10分くらいでエレーナが姿を見せた。

 

 小脇に端末を抱えて、足元にはカブがちょこちょこついてきている。こめかみのあたりを指で押さえながら歩いてくんのは——不機嫌ってわけじゃなく、思考を整理してる時のクセっぽいな。

 

「もぉーおっそーい」

「ごめーん待ったー? はい、これで満足? それよりどこか落ち着いて話せるとこ、近くにある?」

 

 棒読みに棒読みで返されるという塩対応の後、俺に聞かれても困る問いかけをされる。

 

 つっても、施設の中はマズいだろ。かといって道のど真ん中でやるのも目立つ。きょろきょろ見回すと、コンソナンス入り口の脇に物資の搬入口みたいなおあつらえ向きのスペースがあった。今は使われてないらしく、コンテナが積まれて死角になっている。

 

「あそこは?」

「うん。十分」

 

 コンテナの影に身を寄せて、エレーナが端末を開く。

 

「さっきの電話の続き。見てほしかったのはこれ。コンソナンスが暫定統治府に提出してる児童リストで、登録数は47。でも、配給の記録を見ると、直近1ヶ月の日別配給数が毎日58。差分が11」

「11か……だいぶ差があんな」

「うん。しかもその差分は物資の規格から見て、大人じゃなく子ども。マスクのサイズ、栄養食の規格、毛布——って、全部、子ども用が多いみたい」

 

 47と58。差が11人分。そんで、さっきアリアが言っていた「リストにいない子」は3人。

 

 11人の全部に気づけたわけじゃないだろうが、少なくとも方向は一致している。

 

「名簿にいない11人分の子どもが、ここにいるってことか」

「うん、ただ少なくとも11は、かな。いくら食べ盛りといえども限度があるし、そもそも配給に嘘をついたとしても理由がない。物資を横流しして小銭稼ぐにしても足がつくしね」

 

 エレーナが画面をスライドする。

 

「で、それだけじゃなくて。電力ログも引っ張ったんだけど」

 

 色付きの図が表示される。コンソナンスの区画が描かれていて、ある一点が真っ赤に染まっていた。

 

「深夜帯——22時台から日付が変わる直前まで、ある一点の電力使用量が()ねてる。それがほぼ毎晩繰り返されてる。場所は聖堂の真下あたり」

 

 聖堂の真下。

 

 地下に何かがあるってことか……階段とかは見当たらなかったと思うけどな。

 

「断定はできないけど、この電力量は通常の施設運営では説明がつかない。深夜だけ跳ねる(スパイクする)理由もね、普通は逆だし」

 

 いったい何が行われてるんだ……あれか、悪魔的な儀式とかか? なんかイメージつくのが厄介だな……。

 

 俺が眉をひそめていると、エレーナは端末を閉じて、少し声を落とし、

 

「……ゼイン君は会ったよね? ここの代表者——ビョルンについてなんだけど」

「ああ。なんか車椅子のうさんくせぇヤツだったぞ。あいつがどうした」

「カンパニーの人物データベースで照会をかけたの。上位の所属が完全にマスクされてた。で、照会制限のレベルが——"対壊滅級(たいかいめつきゅう)"」

 

 うっわ、出たよ……物騒すぎるワード。

 

 一気に胃が重たくなった。それは苦々しげに口にしたエレーナとて同感のようで、

 

「まぁそのニュアンスは伝わってんだけどさ、やっぱ、関係あんの……”壊滅”に?」

 

 否定しろ、してくれ、と祈るも、

 

「イエス。"対壊滅級"っていうのは"壊滅"の運命に関連する人物か、その背後にある組織に紐づいてるってこと。詳細は私の権限でもアクセスできなかったけどね」

 

 ビョルン。あの車椅子の穏やかそうな男が、——”壊滅”の関係者。

 

 万物を破壊し尽くすことを目指す最凶最悪の迷惑集団。お前たちのこと誰が好きなんランキングほぼ1位の運命に属しているって?

 

 ありえるのか?

 

 いや——ありえないことがありえないっつーのが、この銀河だってことは、星核ハンターをやってりゃ嫌でも学ぶ。

 

 頭を乱暴にかく。アリアの顔がチラついたからだ。

 

 あれでも恩人らしいヤツと"壊滅"が繋がったことを知ったら——いや、伝えないといけねーのは確実なんだが……ただでさえヘビーが続いてんだ。あいつの上に載せるのはよく考えねーと潰れちまう。

 

 エレーナが続ける。

 

「それでね。ここに来る前に、もうひとつ調べてたの。港の件を」

 

 思考が現実に戻り、

 

「港? なんかわかったのか?」

「ゼインくんたちが巻き込まれた港区画(ポートエリア)の襲撃。あれ、解放戦線の犯行ってことになってるけど……にしては動きが不自然だった」

 

 エレーナの声のトーンが、わずかに硬くなる。

 

「あらためて過去の襲撃データを確認したんだけど、普段の解放戦線は物資を狙うの。輸送コンテナとか支援物資とか。でもあの日だけ、民間人——もっと言うと、他には親戚のいない特定の親子を狙っていた形跡がある」

 

 ——他には親戚のいない、特定の親子。

 

 わざわざ添えられた修飾節に、

 

「おいおい……まさか」

 

 俺の脳裏に、港区画(ポートエリア)のゲートで泣き叫んでいたターニャの顔が浮かぶ。

 

 ——同時に、さっきアリアが語ってくれた雨の日の記憶が重なった。

 

 銃を突きつけられた母親。「この子だけは」と叫ぶ声。そして、身体が勝手に動いたアリア。

 

 あの時のアリアと、港でのターニャの母親が、同じ構図だ。

 

 

 

 ——()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「もしコンソナンスが関わっているなら——あの子は最初から狙われていたことになる。母親ごと、ね」

 

 空気が固まった。

 

「さっき、送ってくれた名簿には記載があったけど、でもターニャはまだ施設にいなかったはずで、検査も受けている最中だったってことだよね」

 

 確かに、それはその通りだ。タイミングが前後している。

 

 エレーナは人差し指を立て、

 

「こう考えるのはどうかな。仮説でしかないけど、適性検査はすでになんらかの形で実施済み。聖堂の中で行われている検査は別の検査で、機器の数はその適性度合いによって増減し内容も変化する」

 

 アリアが見たことがあるのは、適性が低い子どもの時の場合で、格が違うターニャは当然機器の数も違った。

 

「候補となる適性が高い子どもを見つけて、"調和"の力を増幅する。じゃあ、もし"S"ランクの適性を持った子どもが見つかって、その子を手に入れるには——」

 

 俺は続くであろう言葉を吐く。

 

「——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 エレーナが頷く。

 

 偶然の犠牲ではなく。計画的な排除。

 

 あの港で起きたことは事故じゃなく、仕組まれたものだったとしたら。

 

 ……ざけんなよ。

 

 腹の底から、煮えたぎるものがせり上がってくる。

 

 あの無邪気なちびっ子は俺が助けてくれたと統治軍からかばってくれた。お歌を歌うとキラキラするのと笑った。まだ母親を失ったことすら飲み込めていないのに他人を気遣うような優しい子が、最初から駒として狙われていたってのか。

 

 アリアが助けようとした親子も、同じだったのかもしれない。あの雨の中の洞穴で、母親に銃を突きつけていたアーマードスーツ。あれも、子どもの"適性"を狙った同じ手口だったとしたら——

 

 拳を握りしめる。爪が(てのひら)に食い込む。

 

 エレーナがこっちの顔を見て、

 

「……怒ってるのはわかる。私もだよ」

 

 その声は静かだったが、端末を持つ指の関節が白くなっていた。こいつも、怒りを()み殺してる。

 

「この星ね。……私の故郷の星によく似てるんだ」

「シロッカと?」

 

 ——うん。と、その想いが去来する源をエレーナは静かに語り始めた。

 

「人がまともに住めないくらい環境が破壊されてて。偉い人やお金持ちたちは我先に他の星に逃げちゃって。取り残された私たちみたいな貧困層は、灰色の空を見上げて。ただ終わりが来るのを待ってた」

 

 無言で続きを待つ。

 

「でもそんなときにカンパニーがやってきて、ジェイド様がその時の担当者として、私たちの星を救ってくれた。カッコよかったなぁ」

 

 そんな状況下だったら、さぞかし救世主みたいにジェイドお姉様が見えたことだろう。もし俺がその場にいたら「さすがはお姉様です」とコメントしたに違いない。

 

「見返りに、私含めて星の人たちみんな社員として雇用されちゃったんだけどね。でもね、渡りに舟だった」

 

 ”底辺の人間がチャンスをもらえたんだもん”と見上げながら、エレーナはつぶやく。

 

 ——スターピースカンパニーの実力至上主義は銀河に広く伝わっている。

 

 どんなバックグラウンドがあろうとも、実力さえあるならば取り立ててもらえるというのは、俺も地元の星にいたときからよく聞いた話だ。

 

 だからこそ、夢を見た多くの人間が入社するも、早々にその”実力”という2文字の重さを痛感させられるのだという。

 

 銀河中から集まった人材で天下一有能会(てんかいちゆうのうかい)をやるようなもんだからな。その競争は熾烈(しれつ)を極める。

 

 ジェイドお姉様が見込んでいる人材ということは、エレーナもそんな競争を経てここまできているんだろう。俺の想像が及ばないレベルで。

 

「そんとき決めたんだ。”こうなったら、とことん偉くなってやろう”って。この世界は弱肉強食で、なんならカンパニーのやり方や考えとは違うこともある。正直、敵ばっかだよ。だけど、……いいじゃん、1人くらい弱い者の味方がいたって。だから——こういうのは許せないの」

 

 ちょっとだけかもしれないが、なんでジェイドお姉様がこいつをこの件に選んだのか。その理由がわかった気がした。

 

「なら……どうする。今からカチコミに行くか」

「気持ちはわかるけど。——今夜」

 

 エレーナが迷いなく言った。

 

「今夜、聖堂の地下を調べる。ゼイン君、改めてさ、私からも言わせて。きみに手伝ってほしい」

「……手伝うも何も」

 

 背中をコンテナから離す。

 

「最初から、そのつもりだったっすよ」

 

 エレーナが小さく笑った。その顔は、これまでとは違って、年相応に見えた。

 

「ありがと。じゃあ、段取りを決めよっか。——アリアさんは?」

「聖堂で子どもたちの練習を終わらせてから来るってさ」

「わかった。それまでに、私たちの方でもう少し詰めておくとしますか」

 

 コンテナの影で、2人の作戦会議が始まった。

 

 施設の建物の向こうから、風に乗って子どもたちの歌声がかすかに届いてくる。聖堂の二重扉を越えて、なお漏れ聞こえるほどの歌声。あの中に、アリアとターニャ、そして子どもたちがいる。

 

 声を失って実演は出来ないだろうに、それでもきっとスマホを使って、子どもたちに歌を教え続けている。

 

 俺たちが今夜、この施設の地下で何を見つけることになるのか——まだ、わか——

 

「——聞いてる? ゼイン君」

「なんすか……今絶賛モノローグ中だったんすけど」

「ちょっと脇にそれるんだけど。さっき通話の終わり際にジェイド様からコール来たって言ったでしょ?」

「ああ、言ってたっすね」

「そんとき現状の報告をしたんだけど、終わり際に——贈りモノがあるから、上手く活用してみせてって言われたんだけど、なんだと思う?」

「いや俺に聞かれても……」

 

 わかんねーよ。わかるくらいもっとジェイドお姉様とお近づきになりてぇよ。

 

「まぁ……だよねー。あーあとあと、」

 

 おい話題カード尽きなさすぎだろ。無限ドローか。

 

「まーだ、なにかあんすか?」

「そういえば、聞けた? アリアさんが話せない理由」

「……いいや。聞いたけど……教えてくんなかったっすわ」

 

 俺の言葉に対し、そっかと短く返答し、それ以上は聞いてこなかった。

 

 そうして、

 

 

「——お互い、まだまだだね」

 

 

 全く同じタイミングで、肩をすくめあってしまった。

 

 

 

 

 

 

 ——ようやく、ちっとはコンビっぽくなってきたのかも、しれない。

 

 

 

 

 

 

 




▼おまけ▼

「……ここ、いいだろうか」
「あっ、ドビスキーさん。どうぞどうぞ。ちょうどお昼もピークですからね。カフェテリアも混みますから……席、あぶれちゃった感じですか? あれ、でもいつも奥様の手作り愛妻弁当じゃ」
「ああ、……家内は少し体調を崩していてね。負担になるだろうから、今日はここでランチをとることにしたんだ」
「憧れちゃいますね〜まったく。奥様がうらやましいなぁ!」
「……エレーナくんは、いない、のか? その、……そういう、たぐいの人は、というかタイプというか」
「ひょっとして、……セクハラですか、それ?」
「い”!? いやっ、これは! 違くてだな。わ、私も言葉を選ぼうとは思ったんだが、その、私なりに君を心配してだな!」
「あはは、大丈夫ですよ。冗談ですって。そうですねぇ……強いて言うなら、そうだなぁ」


「間違ったことをしてしまった時でも、一緒に——怒られてくれる人、ですかね」

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