ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#34 ”兄妹姉弟 -きょうだい-”

 

 

 

 むかしむかし、あるところに、

 おんなのこと、おとこのこの

 ふたりのきょうだいがいました。

 

 きょうだいはとてもなかがよくて、

 どんなしれんがなんどもかれらをおそっても、

 手をとりあい、おたがいのなみだをぬぐい、

 はげましあって、

 たくましくいきていました。

 

 なげきやかなしみにあふれた、

 くらい夜がつづくせかいでも、

 ふたりは、自分たちのしんじる、

 だれもが平和にくらせるせかい、

 そんなほんとうのらくえんをいつかつくろうと、

 やくそくしあうのでした。

 

 

 

 

 そして、そんなおはなしには

 

 ——つづきがあったのです。

 

 

 

 

 

   ★  ★  ★

 

 

 

 

 

 星核。

 

 またの名を”万界(ばんかい)(がん)”と呼ぶだけあり、ただそこに存在することで星を様々な形でもって汚染する。時に誰かの願いを最悪の形で叶え、時に環境や生物に突然変異を起こし、結果として——星に死をもたらす。

 

 銀河に蔓延(まんえん)する諸悪の根源。

 

 そして、我らが星核ハンター様の獲物(ターゲット)

 

 ——別に見慣れたくもねぇけど、さんざんお仕事上向き合わざるを得ない俺が言うんだから間違いない。

 

 ターニャの側で、今も脈打つ金色(こんじき)の結晶体。

 

 なんならオープンザプライスの後で「ええ、こちら。間違いなく、本物です」と俺が解説してやってもいい。 

 

 だァーーーっ、もうクッソめんどくせぇことになってきた。

 

 正気を失っている子どもたちに加え、アレ(星核)がここにある以上、……もうビョルンが黒で確定だ。

 

 おそらくは全部、仕組まれてたんだろう。

 

 港区画(ポートエリア)の襲撃も。ターニャの母親が死んだ……いや殺されたことも。孤児になった子どもがこの施設に保護されて、適性検査を受けて、夜ごとこの地下に降ろされるまで——全部。

 

 あの野郎(ビョルン)の描いた盤面(ばんめん)の上にある。

 

「ターニャの周りにいる子どもは11人……ちょうど、数は揃うね」

 

 エレーナが息をひそめたまま呟く。内側の円を描くガウン姿の子どもたちの数と、帳簿上に存在しない11人分の食い違い。答え合わせが目の前で行われていた。

 

 ツラそうに、アリアの手が俺の腕をきつく掴む。大口を開けて斉唱(せいしょう)している教え子たちから視線を外し、

 

 唇を引き結んで、俺を見据える。

 

 

 ——止めないと。

 

 

 あの言葉が、目で伝わってくる。

 

 

「——行くぞ」

「ええ」

 

 もはや隠れている理由なんて吹き飛んだ。

 

 ビョルンたちに向かって駆け出し、周囲の子どもたちの歌声に負けぬよう、声を張り上げる。

 

 

 

「——おい、黒真珠野郎(くろしんじゅやろう)。深夜に合唱コンクールなんて、オバケもびっくりじゃねーか」

 

 

 

 前方の車椅子が、ゆっくりと振り返っていく。

 

「……ややっ、今夜はネズミが鳴いていて、うるさいと思えば」

 

 低く、穏やかで、変わらぬトーン。薄気味(うすきみ)の悪い変わらぬ合成音声が、白い地下に染み渡る。

 

「——いえ、失礼しました。ネズミではありませんでしたね」

 

 ついに正面から、

 

 

 

()()()()()()()——でした」

 

 

 

 ——漆黒のマスクが俺を捉えた。

 

 こいつ……俺が港区画(ポートエリア)で解放軍に切った啖呵(たんか)が伝わってるってことは、裏でつながってやがる……!

 

「犬に……猫、……そして、」

 

 打って変わり、

 

「——アリア」

 

 呼び方に、親しみが(にじ)んでいた。

 

 俺はおびえが伝わってくるアリアの前に出る。続くように、エレーナとカブも同じく位置を変え、アリアを背中側に下げる。

 

「随分と言ってくれるね、モフモフは大好きだけど、人を猫呼ばわりなんて……やっぱりあの襲撃もあなたが裏で糸引いてたんだ」

 

 ビョルンのマスクが、わずかに傾く。

 

「失礼しました。レディ。ですが、ご明察です。ただし、アレに限りませんが」

「……ビョルン、さん——いったい、どこまで、なの」

 

 背後からも合成音声が聞こえてくる。

 

「気になりますか、アリア? 良いでしょう。あなたは家族ですから。一言でいえば、——”全部”ですよ」

 

 アリアが息を飲む。

 

「統治府も解放戦線もいつまでも(みにく)く争い続けてもらっています。でないと、悲劇に見舞われた才ある子どもらを”コンソナンス(ここ)”に集められませんので」

 

 淡々と、

 

「無能な彼らでは一生気づけないでしょう。互いが消耗し続けているというのに一向に決定機が訪れない。終わりはないのです。当たり前でしょう。一方に天秤(てんびん)が傾けば、もう一方に重りが足されているのですから」

 

 

 そこまで言って、

 

 

「僕は元”調和”ですので、

 ——()()()()()()()()()()()()()()()

 

 肩をすくめて見せる。

 

 なんなんだ……コイツは、ふざけてやがる。

 

 たまらず俺は問う。

 

「なんで、子どもを狙う」

「”共鳴”の純度が高いからです。”願い”は大人では”不純物(ノイズ)”が混ざるのですよ。(けが)らわしいほどにね」

 

 ビョルンが両手を広げれば、子どもたちは一層その声を大きくする。これだけの広さを誇る空間で反響に反響が重なり、なんなら鼓膜を飛び越えて、脳を直接揺さぶってくるかのような感覚に顔をしかめざるを得ない。

 

 だが、その中心にいるのは——、

 

 

「ターニャは、特別な子です。ようやく見つけた」

 

 

 ビョルンの声に、初めて(ねつ)が混じる。

 

 

「”調和”の力がここまで強い子は滅多にいない。加えて、増幅された彼女の祈りは”星核”にすら直接届く。ですが——心の底から何かを願わなければいけなかった。母を失った悲しみ。平和への渇望。全てを元に戻したいという想い。それが星核を通じて——”壊滅(かいめつ)”へと結実(けつじつ)する」

 

 壊滅。

 

 とうとうビョルンの口から飛び出した。ただ、それよりも、

 

「てめーが……ターニャの母親を」

「ええ。尊く、必要な犠牲でした」

 

 穏やかに——あまりにも穏やかに言い切るから、とっさに理解ができなかった。

 

「それ、……だけ?」

 

 同じく信じられないように、隣のエレーナがこぼす。

 

「ええ、単に順番の問題です。死は平等という結果は同じです。ならば過程に意味はないでしょう」

「ひどすぎる……正気なの、あなた!?」

 

 笑い声が先に届く。

 

「正気? ——まさか、自分が正気などとは夢にも思っていませんよ」

 

 心底、おかしそうな合成音声がリピートし続ける。

 

 エレーナは不快そうに奥歯を噛みしめ、俺も俺で不快指数だけで頭の血管が千切れそうになっている。

 

 そんな時、

 

 

「——なら、」

 

 

 笑い声を裂くように、

 

 俺とエレーナの間を抜けて、

 

 

「どうして、わたくしを——拾ってくれたの?」

 

 

 スマホを胸に抱いたアリアが立つ。

 

 

「…………」

 

 

 ビョルンは、答えなかった。

 

 長い沈黙。

 

 歌声だけが、白い空間を満たし続けている。

 

 (らち)が明かねぇ、無駄だと俺が口を開こうとした瞬間、

 

 

 

「——似ていたんですよ。あなたは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ★  ★  ★

 

 

 

 

 

 

 

 ——前が見えないのだから、仕方ないじゃないか。

 

 だから転んだ際に両手に抱える荷物をぶちまけて、きっとよくある映画やドラマの描写のように、トランクケースや鞄にパンパンに詰め込まれた姉の洋服が一斉噴火して、最終的に何故か下着だけが顔にひっかかる前にビョルンは叫んだ。

 

「ソニア姉様(ねえさま)、待ってください!」

 

 ご機嫌そうな鼻歌と共に、先行していたはずの足音がタタタッと戻ってくると、

 

「——もう、ビョルンたら、男の子なんだからもっと鍛えたりしないとダメよ」

 

 いきなりお説教が飛んできた。

 

「そ、そうはいいますが、僕のせいではなく、荷物が多すぎるのでは……」

「いいのです。何故なら私は女の子なんだから」

 

 圧倒的理不尽。

 

 本当にこれから出発するというのに、こんな大荷物でいいのだろうかとビョルンは思う。

 

 いや、よくない。

 

 ——そうは思ったものの、ビョルンは生まれてこのかた、口喧嘩で姉に勝てた試しがない。しかも仮にもし奇跡が起きて勝ててしまったとしても、その後の方がよっぽど恐いから、結局の所、曖昧な笑みを浮かべて大人しく頷くしかない。

 

「いいビョルン? 女の子は、か弱い生き物なの。ちゃんと、——レディって丁重に扱うのよ?」

 

 そう言って、一番上に乗っかっていたトランクケースを両手で持ち上げて、

 

「さぁ行きましょう。今日が私たちの夢に向かって旅立つ日よ!」

 

 いつでも自分の前に立ち、(りん)と笑いかけてくれて、

 

 ご機嫌ならば、オリジナルの歌をうたってくれる、

 

 そんな姉の顔がビョルンは好きだった。

 

 

 

 

 

 

   *

 

 

 

 

 

 姉と弟。

 

 ”調和”の信仰の(あつ)いとある星のもとに生まれ。幼少期に奇病によって親を亡くし、2人はお互いを支え合って健気に、でもたくましく生きてきた。

 

 姉のソニアは”調和”の力に(あい)されており——その力を使って、人の心を整え、痛みを(やわ)らげることができた。

 

 弟のビョルンは、姉ほどの力はなかったが、それでも”調和”を信じていた。

 

 2人でこの宇宙を良くしていけると。いつか星の隅々まで”調和”の理念を届けて、銀河にはびこる争いを終わらせられると本気で思っていた。

 

 要するに、理想に燃えていたのである。

 

 成長し大人になった2人は、生まれ故郷の星を出ることを選択する。

 

 夢を叶えるためには、長く困難な旅になることは予想できた。それでも1人ではない。隣にはもう世界に1人しかいない大事な家族がいる。そして、2人ならばきっとどんなことだって出来る。

 

 そう思っていた。

 

 2人は戦乱や紛争の続く星々を旅していく。

 

 目にするのはどこでも変わらぬ光景。いい人と弱者は(しいた)げられ、飢え、怨嗟(えんさ)にまみれて死んでいく。そこに救いはなく。悪人と金持ちという一部の人間のみが救われているという、あまりにも不公平な現実を突きつけられる。

 

「——また、ですね。姉様」

「ええ、……そうね。でも、次は違うかもしれないわ。行きましょ」

 

 ——華やかな洋服をあれほど愛していたのに。

 

 今や質素、とすら呼べないような、薄汚れた布きれに毛の生えた程度の服が常服(じょうふく)になってしまった姉の背を見つめながら。

 

 ビョルンはひたすら後悔していた。

 

 出発の時点で、どうしてあれほど洋服を腐るほど持ってきたのかと苦言を呈しそうになった、当時の自分の浅はかさを。

 

 ——姉は戦地で心を砕かれた女の子たちに自分のお古である服、化粧品などを惜しまず与えていた。

 

 時には、元より持っていた手先の器用さを活かし、つい最近まで着ていたはずの自分の服すらも容赦なくハサミを入れ、女の子たちが着られるように仕立て直しては、次から次へと渡していった。

 

 ほんのわずかな間かもしれないが、姉がそれらを手渡した瞬間、つらい現実を忘れることができたとばかりに、女の子たちは目に光と笑顔を取り戻すのだ。

 

 他方で、姉の手荷物は少なくなる一方。髪は乱れ、肌の手入れも行き届かなくなり、姿もみすぼらしくなるばかりだった。

 

 

 ——それはまるでかつて幼き日に読んで涙を流した、『幸福の王子』の童話のようで。

 

 


 

 

輝きを放つ黄金の王子の像は街の自慢でした。

ですが、貧しさにあえぐ街の人々にいつも王子の像は心を痛めていたのです。

 

そんなとき、たまたま一羽のツバメが王子の像と出会いました。ツバメは間もなくやって来る冬の寒さから逃げるため、暖かい土地を探す旅の途中でした。

 

王子の像はツバメに頼みます。

 

「ツバメさん、小さなツバメさん、おねがいがあります」

 

なんでしょうか、とツバメは問います。

 

「この剣に埋め込まれた宝石をあの飢えた親子にあげてください」

 

わかりました。とツバメは親子にそれを届けました。

 

泣いて喜ぶその姿を見て、ツバメはとてもあたたかい気持ちになりました。

 

帰ってきたツバメに、王子はまたお願いをします。

 

「次はこの目に埋め込まれた宝石をあのマッチ売りの少女にあげてください」

 

できません。それをしたらあなたは目が見えなくなってしまいます。ツバメは断りました。

 

それでも何度も何度も王子は頼みます。やがて、それに折れたツバメは王子の目であった宝石を少女に届けました。

 

見えなくなった視界の中で、王子はツバメに感謝します。

 

「これでよかったのです。ありがとうツバメさん。さぁ行きたかった暖かいところへお行きなさい」

 

--いいえ、王子。わたしはあなたのそばにいます。いたいのです。とツバメは答えました。

 

ツバメが何度も言うので、今度は王子が折れる番でした。ならばと、

 

「ぼくの肌は金で覆われている。それを1枚ずつはがして、貧しい人たちに配ってあげてください」

 

ツバメが1枚、また1枚と王子の金の肌を配る度、街の人々は幸せになっていきました。

 

でも、後に残ったのは灰色の見るに堪えない王子の像でした。今やあの輝きはどこにもありません。

 

そして、とうとう冬がやってきました。厳しい、とても厳しい寒さの冬でした。

 

ツバメは弱り、わずかに残った力で王子に伝えます。

 

--王子、さようなら。わたしはあなたが大好きでした。

 

「ツバメさん、とうとう暖かい土地に行くのですね。本当にありがとう。ぼくもあなたが大好きです」

 

王子は目が見えません。ツバメの別れの挨拶を勘違いしてしまったのです。

 

--いいえ、わたしはどこにも行きません。王子、暖かい土地はここにあったのです。

 

その後、王子がいくら呼びかけても、もうツバメは返事をしてくれませんでした。

 

ようやく意味がわかったときに、王子の像の心は砕けてしまいました。

 

厳しい、とても厳しい寒さの冬のことでした。

 

 


 

 

 そんな他人の幸福のため、ひたすら身を削り続けて、(ほどこ)していった王子の像と姉の姿がビョルンには重なって見えた。

 

 最後、王子の像は鉛の心臓だけとなり、その心の相棒であったツバメと共に神の元へ召されたが、思うのだ。

 

 この旅の果てで。

 

 ——”調和”の星神(アイオーン) ”シペ”よ、見ておいでですか。

 

 ——願わくば、

 

 ——どうか、どうか、姉様に幸福を与えん。

 

 そう、ビョルンは祈ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

   *

 

 

 

 

 

 

 2人の旅は続く。

 

 2人は諦めない。

 

 ——やがて、どの星でも必要なのは”教育”であることに気づいた。

 

 ならば、と2人はそれぞれの強みを活かす形をとり、ある戦争の続く星 “カスビリンアート-(エイト)”に腰を据えて、教育活動をし始めた。

 

 青空教室と呼んでなんら差し支えのない、屋根すら満足にないような場所で、崩壊した建物の瓦礫(がれき)の山から引っ張り出してきた板を壁に立てかけ、黒板代わりにして。

 

 ソニアは得意な歌や医療技術、そのほかにも料理、裁縫を。

 ビョルンは口が上手かったので、銀河の歴史や文法、算術、これまでに自分が学んできた全てを”調和”の理念に絡めて教えた。

 

 最初は何を馬鹿なことをしていると煙たがられた。

 

 いくら子どもたちは興味を示しても、大人たちは2人をせせら笑い、遠ざけた。

 

 ”調和”の力で人を(いや)す。

 争いが何も生まない(ことわり)を説く。

 聞こえはいい。

 

 だが、その理想論は現実という壁に阻まれてしまう。

 

 貧しさと心ない仕打ちの数々に何度も諦めかけ、故郷に帰りましょうと涙を流すビョルンに、ソニアは首を横に振る。

 

「大丈夫よ。ビョルン。泣かないで、男の子でしょ。必ず。必ず風向きは変わるわ」

 

 きっかけは、街の有力者の息子が賊に襲われた場に居合わせたソニアが、身を(てい)してその息子をかばったことだった。

 

 その時、ビョルンは希少な行商人がやってきていたことで何か教材となるような書物がないかを確かめに外出していた。

 

 その帰り道の途中で、人だかりができ、あたりが騒然としている場に出くわす。

 

 興味本位にその人だかりの向こう側を覗けば、

 

 

 

 ——子どもを抱きかかえ、首から血を流す、姉の姿があった。

 

 

 

「姉様ッ!!??」

 

 血相を変えて駆け寄れば、姉は意識が朦朧(もうろう)としており、事情を知っている様子の周囲の人間に噛みつく勢いでビョルンは尋ねた。

 

「なにが、なにがあった!!!」

「そ、その子が誘拐されそうになったけど、暴れてよ……賊が銃を抜いたとこにその女が割って入ったんだ」

 

 なんで、そんなことをしたんだと叫びそうになるビョルンの元へ、ようやく駆けつけてきた医者によって緊急で手術が行われ、ソニアは一命を取り留めた。

 

 ただし、

 

 

 

 ——ソニアの喉元には深い傷痕が残った。そして、もうあの綺麗な歌声は永遠に失われた。

 

 

 

 後日、

 

 街の有力者は息子を連れて、ソニアが彼を命がけで守ってくれたことを感謝し、今までの振る舞いを全力でわびた。

 

 意識を取り戻した姉はそのことを聞き、紙に文字を書く。

 

 ”ね、言ったでしょ? 変わるわ。風向きなんて、気まぐれですもの”

 

 

 ――その通りだった。

 

 まずはその有力者の息子が門を叩いた。

 

 少しずつではあるが、1人、また1人と生徒が増え始めたのである。

 

 転がり始めた石が加速するように、2人の評判も頭のおかしい姉弟(きょうだい)から、意外と良いことを言っている、いや、忘れてはならない大事なことを教えてくれると変遷(へんせん)していく。

 

 時間は矢のように過ぎていった。

 

 2人の教えを受けた子どもたちもびっくりするほどの早さで成長していき、巣立っていく。

 

 いつしか2人は、ソニア先生とビョルン先生と周囲から当たり前のように呼ばれるようになっていた。

 

 

 そんな、ある日のことである。

 

 

 その日はソニアの誕生日でささやかながら贈り物をしようと、ビョルンはかねてより少しずつ節約し貯めていた金を片手に、あるものを手に入れてきた。

 

 足取りは軽い。

 

 ――姉様、喜んでくれるだろうか。

 

 きっとどんなものであっても、喜んでくれるのだろうけど。それでも、姉の顔を浮かべるだけで軽くなった懐のことなどどうでもよくなった。

 

 

 そんなビョルンの帰りを――2人の教室が荒れ果てた姿で待っていた。

 

 

 動悸(どうき)が止まらない。

 

 入口の鍵は見るも無惨、扉ごと吹っ飛ばされていた。中へ踏み込み、せっかくの日だからと奮発した豪華な料理を作って待ってくれているはずの姉の背中がない。窓ガラスは割れ、家具はひっくり返されて、争った痕跡がハッキリと残っている。こんなの綺麗好きの姉が見たら卒倒してしまうと思った。

 

 ――何故かそれだけは目につくように、白々しく壁にナイフで手紙が留められていた。

 

 内容はこうある。

 

 1週間後。金を持って、指定の場所へ来ること。さもなければ、ソニアの命がないこと。

 

 吐き気が止まらなかった。

 

 途方もない金額が書かれている。手に持ったプレゼントがこぼれ落ちて、箱から飛び出た。

 

 ――首元を隠せるかわいらしい色合いのスカーフが顔を出している。

 

 

 

 

 

   *

 

 

 

 

 

 それから。

 

 どれほど、地面に頭をこすり続けたかわからない。

 

 どいつもこいつも頼りにはならない。金がいる。

 

 ビョルンはかつて姉の命を救ってくれた医者の元を訪れる。 

 

 無理だと拒否する医者の胸ぐらを掴んで、

 

 

「いいから、それが金になるのなら――やれ」

 

 

 

 

 

   *

 

 

 

 

 

 片目と背中の皮膚。肝臓(かんぞう)脾臓(ひぞう)

 

 それでなんとか足りた。

 

 まるで『幸福の王子』の一歩手前だと自嘲しながら、全身包帯まみれ、足を引きずるようにしてビョルンは指定の場所へと向かう。

 

 

 ――たす、ける。

 

 ――待って、いて、ください。

 

 

 町外れにある廃工場。かつては軍事品を生産していたらしいその荒れ果てた工場で、

 

 どこか聞き覚えのある声で、

 

 

 

 

「あ、本当に来たんだ。ビョルンせんせ」

 

 

 

 かつての教え子――有力者の息子が待っていた。幼かったあの日の面影はなく、影のある青年となっていた。

 

 

 

工面(くめん)できると思わなかったな。結構ふっかけたつもりだったんだけど、」

 

 

 青年は裸だった。

 

 ビョルンの頭は止まっている。片目が一点を凝視(ぎょうし)している。

 

 ――なぜ、

 

 青年の横(そこ)に転がっている女も。

 

 ——なぜ、裸なのだろう。

 

 横たわり、こちらの方を顔はむいているのに。

 

 ——なぜ、綺麗な瞳は、光を映していないだろう。

 

 

「やっぱ声がでないとつまんなかったよ」

 

 

 何かを言っている。うるさい。

 

 

「でもようやく手に入った。あの日から。ずっとほしかったんだ先生が」

 

 

 なんだ、なんて。うるさい。

 

 

「何度俺の元へ来いって言ってるのに。先生、断るからさぁ」

 

 

 けど、どうやっても理解ができない。うるさいんだって。

 

 

「――2人で叶えたい夢があるからって。訳わかんないよな。女の幸せ知らなかったのかな」

 

 

 ようやく気づいた。

 

 うるさいのは、

 

 地獄の底から叫んでいるような声を発しているのは自分のせいだった。

 

 

「うるさいなぁ。ほんとずっと邪魔なんだよな。お前がいるから、()()()()()()()()んだぞ」

 

 

 飛びかかろうとして、後ろから表れた青年の配下のものたちに羽交い締めにされる。

 

 青年は血走り、呼吸すらうまくできなくなっているビョルンの前までツカツカと歩いてきて、

 

「ほら、いつもみたいに言いなよ。”チョウワ”、”チョウワ”~って。”世界に平和を。銀河よ、安らぎとともに1つとならん”て。こういう時こそ言ってみせなよ。ほら説いてみろ、俺に」

 

 笑いながら頬を叩いてくるその手を噛みちぎってやろうとして、殴られる。

 

「ケダモノめ。じゃあもう言葉はいらないね。2度と偉そうなコトを言えなくしてやるよ」

 

 万力のような力で背後から口を無理矢理開かされた。

 

「そこら辺に溜まっていた工業用の廃液だ。遠慮はいらない、味わってくれ。せんせ」

 

 青年が取り出した小瓶を傾け、中から形容しがたい色の液が注がれる。

 

 ビョルンの口内へと。

 

「――ッ!! ~~~~ァ”!!!!!」

「言葉をなくすのはお前であるべきだったんだ。そしたら——きっと先生は俺のことを好きだって言ってくれた」

 

 焼け付くような痛みに視界が明滅する。全身が劇物に対する拒否反応で痙攣(けいれん)する。反射的に嘔吐しそうになった瞬間、今度は口が開かぬように閉じられる。逆流する胃液は鼻からこぼれてくる。もう痛みが神経の許容量をとっくに振り切っている。天地の感覚が失せている。足が自重を支えきれなくなる。

 

 

(きた)ね。もういいや。適当に足の(けん)でも切って、捨てといて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――どうすればよかったのか。

 

 

 足の感覚がなくなり、かすんだまま世界の中で、ナニカが腰を振るシルエットだけが残る。

 

 

 

 

 ――いつだって、取り返しがつかなくなってから、わかる。

 

 

 

 

 ——願わくば、

 ——姉様に幸福を与えん。

 

 

 

 

 

 どうして。

 

 どうして、こんな仕打ちをする。

 

 

 途方もない夢を抱くことの何が悪いのか。

 

 何か天に唾するような真似をしたというのか。

 

 百歩ゆずって自分が何かそんなことをしたのだとしよう、

 

 だが、その精算を何故姉まで引き受けなければならない。

 

 幸せに。

 

 絶対に幸せにならねばならない人を。

 

 

 ——許せない。

 

 こっちは信じようとした。

 

 でもそっちが裏切った。

 

 認められない。

 

 こんな、”運命”など。

 

 こんな”運命”を認めろというのなら、

 

 

 ”調和”など、踏みにじってやる。

 

 

 そうだ。

 

 

 それが真理。

 

 

 何もかも。

 

 

 ()れて、()んでしまえばいい――

 

 

 

 

 ――ナニカがこちらへ目を向けた気がした。

 

 

 

 

 

 

   ★  ★  ★

 

 

 

 

 

 

「——おかげでこの有様というわけです。面白いでしょう」

 

 

 ビョルンの話に俺たちは言葉をなくす。……なくさざるを得なかった。

 

 今の話が本当だとするなら、車椅子の理由も、声を発せない理由も……こいつの過去にあった。

 

 

「アリア。あなたのその高潔な精神は……姉様に似ていた。あの日、行くあてもなく立ち尽くしていた、あなたに声をかけたのは、ただ、それだけです」

 

 言い切って、合成音声は続く。

 

「——ですが、助けたかいはありましたよ。バカどもが港区画(ポートエリア)で危うくターニャに怪我をさせるところでしたからね。あなたに医薬品などの受取係を毎度任せておいて正解でした」

 

 崩れ落ちそうになるアリアを、とっさに後ろから支える。その唇は、”わた……くし……を?”と動いている。

 

 俺は唇を切れそうになるまで噛む。……畜生、やりづれぇこと教えやがって。

 

 

「……1度だけ聞いてやる。やっぱやーめたで、お互い落とし所探さねぇか……?」

 

 

 「ちょっと!」と口にしかけたエレーナを目で制する。

 

 ほんと悔しいが……理解出来てしまったからだ。

 

 ”運命”に対する、恨み辛みとやらを。

 

 誰しもが満足のいく”運命”をたどることなど、できはしない。

 

 荒波に翻弄される小舟のように、時として意図しない方向へ押し流してくる。

 

 でも、そんな”運命”を、望んでいない”運命”を受け入れたくないのだとしたら、どうすりゃいい?

 

 永遠に”運命”という名の檻に閉じ込められることをよしとするのは、——俺にはできない。

 

 だが、

 

 那由他(なゆた)の果てにありそうな可能性は、哄笑(こうしょう)でもって切って捨てられる。

 

「——どうされました。お優しい。あやうく(から)の目から涙が流れそうです」

「本気で……言ってるよ」

 

 首を——横に振られ、

 

「——いいえ、結構。もう何もかもが遅いのですよ」

「だからって……そんなこと……あなたのお姉さんが本当に望んでいると思うのッ!」

 

 もう我慢できないとばかりにエレーナが叫んだ、

 

 その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——だそうですよ。姉様?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後から——足音がした。

 

 

 こつ、こつ、こつ。

 

 聞き覚えのある、規則正しいリズム。それは、あの時の、楽器庫の前を通り過ぎた、足音。

 

 全身の毛が逆立ち、振り向く——、

 

 階段から、黒いフルフェイスマスクの人影が降りてくる。

 

 歩いて。

 

 視線を戻す——前方では、車椅子のビョルンがいる。

 

 そして今、背後の階段から降りてきているのも——同じ黒いフルフェイスマスク。同じシルエットのビョルン。

 

 ただ、こっちは自分の(あし)で立っている。

 

 

「——……は?」

 

 

 2人、いる。

 

 前にビョルン。後ろにもビョルン。

 

 背後の”ビョルン”が階段を降りきり、通路の出口に立ち塞がる。無言のまま、微動だにせず。

 

 だが、その背後の”ビョルン”の中身は、今の呼びかけから察するのであれば、

 

 

 

「——ご紹介しましょう。ソニア姉様です」

 

 

 

 背後の黒真珠マスク——ソニアは、反応しない。ただそこに在る。

 

「姉様は僕とは逆で、身体は動くが、心が(から)になってしまいましてね。だから僕が、こうして」

 

 ソニアのマスクに浮かぶのは、

 

 

(^^)

 

 

 黄泉のねーちんの部屋で表示された顔文字で。

 

 前方にいるビョルンは、こめかみがあるはずであろう位置を軽く叩く。だが、合成音声は後ろのソニアから聞こえてくる。

 

「動かしてあげている。”調和”の力で意識を共有する——かつて僕たちの故郷に伝わっていた修練の、成れの果ての1つです」

 

 ——遠隔、操作。

 

 ビョルンの意識が、ソニアの身体に入り込んでいる。

 

 俺の中で昼間の違和感が氷解していく。

 

 ついさっきまで黄泉のねーちんと話していた「ビョルン」が検査室にいた矛盾——種を明かせば、別人である2人が、別々の場所にいて、ただ車椅子に座っていただけだ。

 

 楽器庫の前を歩いていた足音もソニア。

 

 子どもたちがゲートを通らずに聖堂に入れたのは、説明がつかねぇが……おそらくあるとしたら代表室に隠し通路がある。あの去り際に見かけたスイッチパネルはそのため。動線が考慮されていたのも車椅子のためだけじゃない。複数人が動きやすくするためだ。

 

 

「ビョルン、てめぇ」

 

 黒真珠に、真っ赤な半円が浮かぶ。

 

 おかしくて仕方がないと笑う口のように。

 

 

 

 

 

 

 

「——さぁ、始めましょう。

 このクソッタレな運命(すべて)を”壊滅”させるために」

 

 

 

 

 

 

 

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