ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#35 ”ココロノアリカ”

 

 

 

 

 ——さぁ、始めましょう。

 

 そんな開始宣告(かいしせんこく)の余韻が床に落ちる前に、背後のソニアが動いた。

 

 いや——"動かされた"と言った方が正しいか。

 

 こつ、の一歩目が、とん、に変わった瞬間にはもう間合(まあ)いを詰められていた。

 

 ついコンマ数秒前まで階段の出口に立ち塞がっていたはずの黒マスクが、残像(ざんぞう)を引くような速度でこちらに突っ込んでくる。

 

「——ッ!」

 

 考えるより先に腕が動く。

 

 右手に握った(つか)のスイッチを親指で弾けば、低い(うな)りとともに光の(やいば)が伸び、

 

 ソニアの(こぶし)に衝突——

 

「冗談だろ……?」

 

 普段ならそのままスムーズに進むはずの刃——に手応えがある。

 

 正確には、俺の右手が握る(つか)の部分と刃が出力される(つば)の部分のわずかな隙間に手刀が入っていた。

 

 この女――素手でパルサーエッジを受け止めやがった。

 

 受け止めた、だけじゃない。バカ(ぢから)でもって(はじ)かれる。

 

 腕ごとのけぞりそうになるのを踏ん張り、すかさず逆手に持ち替え、横薙ぎに振るう。ソニアは上体を()らして(かわ)し、そのまま低い姿勢から蹴りを放つ。足首を狙った回し蹴り——

 

 を軽く()んで(かわ)す——が、浮いたその(すき)を見逃してくれない。

 

 ソニアの掌底(しょうてい)が胸に迫る。

 

 

「カブッ!」

 

 

 エレーナの声が飛ぶ。

 

 横合いから黒と白の(かたまり)弾丸(だんがん)のように突進してきた。背中の羽を畳んで高速回転しながら、ソニアの側面(そくめん)めがけて体当たりを仕掛ける。

 

 ソニアは掌底を引き、代わりに回転するカブを片腕で()らす。だが、勢いは殺しきれない。カブの体当たりに押されて半歩、距離が開く。

 

 その半歩が救いになった。

 

「距離取ってッ!」

 

 エレーナが片手サイズの光線銃(ビームガン)を構え、立て続けに3発。青白い光弾がソニアの足元を穿(うが)つ。当てるつもりじゃない。俺からソニアを遠ざけるのが狙いだった。

 

「サンキュ——!」

 

 間合いを取り直す。パルサーエッジの光が、大理石じみた床に揺らめく影を落とす。

 

 っべー、……こら、強いわ。

 

 ソニアの身体はいわば操り人形。

 

 心がない、つまり、痛みも恐怖もない。だからビョルンは迷いなく最適な動きを(たた)き込める。

 

 また人間の身体が本来持つリミッターを、おそらく”調和”の増幅かなんかの力で外している。筋力も反射速度も、およそ生身の人間が出していいレベルじゃねえ。

 

 いや、てかその前に、ソニアに片手を突き出し、

 

「――ちょっと待って。カブ子、お前飛べんの?」

「キューゥィ!!」

 

 俺の前で8の字を描くように1周して、空中で静止するカブ。

 

「はよ言えやーーー!!! 俺の首に謝れ、今すぐ謝れ!」

 

 俺なんのためにフルアーマーになったんだよ。ファンファーレが鳴った脳内演出はなんだったんだよ。

 

「なにバカなことやってんの! ——後ろッ!」

 

 ”重要なことなんだっつーの!”とエレーナに口にする暇もない。俺はたしかにソニアに”待った”をかけたが、

 

 もう1つ、厄介なのがいたんだった——

 

 

 

「——”羞慙するは歪み”(ディストーショングレイス)

 

 

 

 ビョルンが呟いた瞬間、空気が(きし)んだ。

 

 鼓膜が引き裂かれるような高周波(こうしゅうは)。子どもたちの歌声が、一瞬だけ(ゆが)む。その歪みがそのまま衝撃波(しょうげきは)となって、俺たちに叩きつけられた。

 

「がッ——!」

 

 全身を鈍器(どんき)で殴られたかと思う衝撃。エレーナも悲鳴と共に(ひざ)をつきかける。カブが主人の前に飛び出して羽を全開にし、風圧(ふうあつ)で衝撃波を相殺(そうさい)しようとする。だが完全には防ぎきれない。

 

(お…と)……!?」

「ええ。お気づきですか、レディ」

 

 ビョルンは車椅子に(すわ)ったまま、悠然(ゆうぜん)と両手を広げる。

 

「"調和"とは畢竟(ひっきょう)(りつ)(つかさど)ること。音も、振動も、波も——全ては律の管轄(かんかつ)です」

 

 子どもたちの歌声が変質していく。旋律(せんりつ)はそのままに、音の位相(いそう)がずれ、重なり、干渉し合う。それが指向性を持って俺たちに(たた)きつけられる。

 

 要するに——子どもたちの歌声そのものが武器だ。

 

 しかもこの野郎、"壊滅"の力まで上乗せしてくる。

 

 衝撃波の中に、明らかに”調和”とは違う(しつ)の力が混ざっている。触れた地面が黒くヒビ割れ、壁の一部が崩落(ほうらく)する。

 

 たぶん"調和"が音の形を作り、"壊滅"がその威力(いりょく)を底上げしている。

 

「ばっか、双属性(ダブルエレメント)は反則だろ……ッ!」

「何が反則で何が正当か。それを決めるのは勝者です」

 

 ソニアが再び突っ込んでくる。

 

 今度は両手が超高速で振動している——見ただけでわかる、アレはヤバい。さしずめ”調和”の力で形成した超音波カッターの手袋だ。

 

 当たればバターのごとく、身体のパーツがさよならバイバイすることだろう。うーんカフカさんの糸を思い出す。たしけて〜俺はここだよ〜カフカさ〜ん!

 

 じゃねーわ、——集中しろ。1回で残機ゼロになるぞ。息を止め、

 

 右からの斬り下ろしをパルサーエッジで受け、左からの横薙ぎを身体を捻って(かわ)す。だが3撃目——は傾注(けいちゅう)していた手じゃなく、

 

 膝蹴(ひざげ)りが俺の鳩尾(みぞおち)に突き刺さる。

 

「ォぐ——ッ」

 

 吹っ飛ばされながら、受け身をとり、態勢(たいせい)を立て直す。すんげーイイのが入った……たまらずせり上がってきた胃液の混じったツバを吐き捨てる。しばらくなんも食ってなくて助かった。

 

 俺が蹴りを食らったのを見て、エレーナが援護に入ってくれる。

 

「カブ、——”市場は大荒れ”(ボラタイル)!」

 

 カブが羽を大きく広げ、全速で回転する。生み出された竜巻(たつまき)がソニアを巻き込み、強制的に距離を(はな)す。

 

 同時に反対方向を向くエレーナが光線銃(ビームガン)の照準をビョルンに合わせ、

 

「本体を叩く……!」

 

 5連射。今度は正確に車椅子のビョルンを狙った青白い光弾——だが、ビョルンの手前で不可視(ふかし)の壁に(さえぎ)られる。

 

 音の壁——と形容するしかない。

 

 ビョルンの周囲で圧縮された空気の層が、光弾(こうだん)をすべて防ぎ切ってしまう。

 

 冷や汗が出てくるのを感じながら、エレーナと背中合わせに立つ。横目で確かめるが、その顔にもやはり(あせ)りが(うかが)えた。

 

「おいおいまっじーぞ、これ、防壁まで音で作るなんて……どうする? ごめんなさいする?」

「うっさいッ、今考えてるのッ……ビョルンを狙うにはソニアを止めないと。でもソニアを止めようとすれば、ビョルンが邪魔する。そしてそれをクリアしても今度は防壁……攻略してる間にまたソニア」

 

 エレーナが歯噛(はが)みする。

 

 2対2。だが、こっちの2とあっちの2は意味合いが違う。

 

 ビョルンは1つの意思でソニアと自分を同時に動かしている。俺とエレーナは連携こそなんとか噛み合っているが、それでも2人の人間が目で見て声で合図して動くのと、1つの脳が2つの身体を操るのとでは、同期の精度が比較にならない。

 

 かといって、奥の手であるノヴァイレイザーをぶっ放すわけにもいかねぇし。こんな地下で発射しようものなら子どもたちも含めてみんな仲良くぺしゃんこになる。

 

 ほんと使い勝手悪すぎるだろ。フリマアプリで売ったろうかな。どっかの天才が作ったらしいです。宇宙を終焉(しゅうえん)から守る仕事があるので時々発送遅れます。ペット(猫)家にいます。ノークレームノーリターンでお願いします。

 

 

 現実逃避が止まらない中で、

 

 

「————ビョルンさん」

 

 

 膠着(こうりゃく)しかけた戦闘の隙間を()うように、合成音声が聞こえた。

 

 スマホの読み上げ。

 

 背後で——アリアが動く。両手でスマホを胸に抱えたまま、一歩ずつ、前に。

 

 思わず止めに入る。

 

「アリア、危ねぇから下がってろ——!」

「…………お願い、止めないで」

 

 

 だが、その強い意志の光を放つ目に射られて、俺は進路をゆずる。

 

 

「そのまま、大人しく後ろに控えていてほしかったのですが」

 

 

 ビョルンの合成音声も、歌声と衝撃波が飛び交っていた地下空間に、不釣り合いなほど静かに響き、

 

 同時にソニアが床を蹴る。邪魔させる訳にはいかない、

 

 

「わたくしも——絶望したことがある」

 

 

 ビョルンの車椅子がわずかに動きを止める。ソニアが放ってくる貫手(ぬきて)拍子(ひょうし)が、ほんの一瞬だけ乱れた。

 

 その隙をエレーナが見逃さない。カブが低空(ていくう)を滑るように突進し、ソニアの足を(すく)う。が、

 

 雑技団もビックリレベルで宙返りをし、ソニアの足の爪先がカブを削りそうになるところを間一髪、カブの背中にあったリボンに指を引っかけ、軌道上からずらしてやる。

 

「キュ、キュンキュゥーン♡♡!!!」

 

 さすがに反応している余裕がない。でもハートはいらねぇ……。

 

 俺もパルサーエッジを構え直す。

 

 

「夢と歌が、全てだった。夢が”希望”で、歌が”世界”で。”希望”は一度手にしたはずなのに想像していたものと違っていて、そのうえ”歌”がなくなったら……何も残らないと思ってた」

 

 

 アリアの指がスマホの画面を叩き続ける。速い。考えるより先に、あふれ出す何かに突き動かされている。

 

 

「歌を失って。世界がモノクロになって。……死にたいとは思わなかったけど。でも、生きている意味がわからなくなった」

 

 

 ビョルンは黙っている。だが、衝撃波の頻度(ひんど)が落ちた。

 

 

「でもここにたどり着いて、子どもたちに歌だけじゃない、色々なことを教えて。……声は出なくても、伝えることはできた。できることは残っていたの」

 

 

 ソニアが再び動く。だが、先ほどまでの苛烈(かれつ)さが薄れている。

 

 ビョルンの集中が()かれているのか——それとも、アリアの言葉を聴くために意図的に手を(ゆる)めているのか。

 

 

 パルサーエッジでソニアの一撃を打ち返しながら、俺も続くアリアの声に耳を(かたむ)ける。

 

 

「——ある人に言われたの」

 

 

 せめて想いが伝わるように、とばかりにアリアの指の動きに情感が込められているのが伝わる。

 

 

「——『勝手に終わらせんな』って」

 

 

 息が漏れた。

 

 

 ——……おい。

 

 それ、誰かさんが言った台詞(せりふ)じゃねぇか。

 

 

 

「だから、わたくしも言うわ。ビョルンさん、

 ——勝手に終わらせないで。必ず、風向きは変わるから」

 

 

 

 沈黙。

 

 ソニアの動きが完全に止まる。

 

 子どもたちの歌声だけが、白い地下空間を満たしている。

 

 やがてビョルンの漆黒のマスクがアリアを——見た。

 

 

「その言葉を……軽々しく、使うな……」

 

 

 長い間があった。

 

 

「変わらなかっただろうが、お前も、姉様も。救われなかっただろうが」

 

 

 あの哄笑(こうしょう)も、皮肉も、敬語の仮面も——()がれている。

 

 ただ1人の、壊れた男がそこにいた。

 

 

「——わたくしはよく間違う」

 

 

 だが、旋律は続く、

 

 

「ああすればよかった、こうしなければよかった。なんで、どうして、後悔ばかりが胸に残っているわ」

 

 

 休符が置かれ、

 

 

後悔()の1つを伝えます」 

 

 

 

 

 それは、

 

 

 

 

 

「——たすけてって、もっと素直に言えばよかった」

 

 

 

 

 

 ——アリアにとっての懺悔(ざんげ)だった。

 

 

 

 

 

「それがうまくできなかったから、……わたくしはこうなってしまったけど。ビョルンさん。まだ間に合うわ。あなたが求めるのであれば、どんなあなたであろうと、——わたくしは手を差し伸べます」

 

 

 片方でスマホを抱いたまま、アリアはもう片方の手を伸ばす。

 

 

「——やめろ」

 

 

 ビョルンの合成音声が、(さえぎ)った。

 

 抑揚のない、機械的な声のはずなのに。

 

 その奥に、かすかな()らぎがあった。

 

「つくづく、綺麗事しか言わないところが……ほんと、そっくりだ」

 

 そこまで言って、

 

「感謝します。そして、認めますよ。銀河に響く——()()()()()()の存在は尊く、歌は美しかった。ひょっとしたら姉様の歌よりも」

 

 

 ビョルンの声が、元の敬語に戻る。

 

 

「——ですが、」

 

 

 (つめ)たい。(こお)りつくような。

 

 

「姉様や……あなたのような存在がいても、この銀河の”運命”は一向に変わらない」

 

 

 断言だった。

 

 

「姉様は全てを差し出した。自分の服を、声を、身体を、誇りを——全てを。それでも世界は姉様を踏みにじった。あなたもそうだ、アリア。銀河に知らぬ人はいない影響力を持つ存在となり、”調和”を訴えた。そして見知らぬ人を守って、声を失って。……どうですか。世界は変わりましたか?」

 

 アリアの指は動かない。

 

「変わっていない。微量(びりょう)一分(いちぶ)たりとも。あなたが歌を届けても、姉様が”調和”を説いても、この銀河は同じことを繰り返す。善意は利用(りよう)され、弱者は蹂躙(じゅうりん)され、最後に立っているのはいつだって——踏みにじった側の人間だ」

 

 

 ビョルンの両手が、ゆっくりと持ち上がる。

 

 車椅子の肘置(ひじお)きから離れたその手が、(ちゅう)(かか)げられる。

 

 

「今ここにいる僕たちが——証明です」

 

 

 ——さっきまでのかすかに感じた()らぎはもはや消えていた。アリアの言葉は確かにビョルンの(むね)を刺さる部分はあっただろう。だが、それでも、

 

 ビョルン(あいつ)の絶望は、崩れない。

 

 あまりにも——積み上げてしまった怨嗟(えんさ)の年月が違う。

 

 アリアの言葉が(うそ)じゃないことも、ビョルンは理解している。でもあいつの過去という事実の方が、あまりにも重い。

 

 ——畜生(ちくしょう)

 

 アリアの手が下がる。スマホの画面が暗くなる。

 

 届かなかった。

 

 わかっている。アリアも、わかっている。それでも言わなきゃ後悔すると思ったのだろう。

 

 

「——最終楽章(フィナーレ)にしましょう」

 

 

 ビョルンの声が、地下全体に(ひび)(わた)る。

 

 車椅子が動く。ゆっくりと、台座の中央——ターニャの方へ。

 

「くそ、待てッ——!」

 

 俺はパルサーエッジを構えてビョルンを追いかける。だが跳躍してきたソニアが壁のように立ちはだかる。

 

 エレーナの銃がビョルンを狙うが、音の防壁が全弾を(はば)む。カブが突進しても、衝撃波で吹き飛ばされる。

 

 ビョルンの周囲で、子どもたちの歌声が——()わった。

 

 今までとは違う。旋律が収斂(しゅうれん)していく。

 

 バラバラだった歌声がひとつの音に溶け合い、地下空間そのものが巨大な楽器になったかのように共鳴を始める。

 

 そしてその共鳴の中心にいるのは——台座に座らされたターニャ。

 

 ターニャの顔は虚ろだった。だが、その頬を——涙が(つた)っていた。

 

 目をつぶったまま、泣いている。

 

「さぁ——ターニャ、教えてください。優しい、あなたの願いを」

 

 

 唇が、かすかに動いた。

 

 

「「「もうイヤ、かなしいのは、「もうイヤなの」だから——「だから」、

 

 

 

 ——みんなを救ってあげて」」」

 

 

 

 

 声にならないような、ほんの(かす)かな(つぶや)き。

 

 それが何重にも折り重なって延々ループするように響いてくる。

 

 それは母親を失った子どもの、ただただ優しい女の子の、祈りのはずなのに。

 

 

 

「——ああ。届いた」

 

 

 

 ビョルンが、(わら)った。

 

 今度のそれは、ともすれば泣いているような、壊れた声だった。

 

 

「——素晴らしい。至純(しじゅん)の祈りだ。ハハッ、ハハハハハハハハハ」

 

 

 ビョルンの手がターニャの頭に触れる。

 

 

 ”調和”の力が律動(りつどう)する。ターニャの「救ってあげて」という願いを増幅(ぞうふく)し、変換し、性悪願望器(しょうわるがんぼうき)たる星核へ叩き込む回路が完成していく。

 

「やめろ——ッ!!」

 

 何をしようとしている、何が始まる。

 

 俺でも予想がつかない。それくらい星核がもたらす結果は常軌を(いっ)する。

 

 ——ここで止めねーと、マズい。

 躊躇(ためら)っている余裕は——ない。

 

 

「カブ子! さっきのもっかいやれ!!」

「キュ! キュウゥゥゥゥゥゥゥ〜!!!」

 

 

 再度繰り出した2つの竜巻がソニア目がけて交錯(こうさく)しようとする。左右の動きを封じたその刹那(せつな)

 

「う——るァッ!!」

 

 俺はパルサーエッジを全力で投げる。

 

 今の位置関係は、俺とソニア、そしてその向こうには——

 

 

 

 

 

 それから先はコマ送りのように感じられた。

 

 狂気じみた速度で膝から上を90度で()り返って投げ槍と化したパルサーエッジを避けたソニアは、自分が避けた先にビョルンがいることを視認したように、——俺には見えた。

 

 ターニャの方へ向かっていたビョルンの背に、光剣はまっすぐ向かっていく。

 

 

 

「——……は?」

 

 

 

 それは、その場にいる誰しもが口にした声だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ……さま……?」

 

 

 

 

 

 

 ソニアの精神は空だったはずだ。他ならぬビョルンがそう言った。

 

 心が壊れて、何も残っていないと。

 

 でも、それならば、なぜ。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「え、あ、なん、なんで……」

 

 

 

 ソニアの手が、ビョルンの手を握った。

 

 自分から。

 

 

 

「ね”え”……さま”……?」

 

 ビョルンが呼ぶ。

 

 その声は機械による合成されたものじゃない。

 

 (しゃが)れた、(つぶ)れた、かろうじて(こえ)と呼べるだけの——肉声(にくせい)

 

 ビョルンの右手が動く。

 

 黒いマスクが真ん中から割れていき、外れる。

 

 音を立てて、マスクが落ちると、

 

 ——ビョルンの身体が、光り始めた。

 

 金色の光。星核と同じリズムで脈動(みゃくどう)する。

 

 同時に——ソニアの身体も。

 

 俺は、俺たちは動けない。

 

 ビョルンの素顔が、金色の光に照らされている。

 

 ——片目(かため)は瞼が下りているが明らかな(くぼ)みで、顔の半分に火傷(やけど)のような痕が走り、口元は(ゆが)んで、声帯が潰されたせいで言葉が(くず)れている。

 

 それでも。

 

「僕です、ね”え”……さま”……?」

 

 壊された声で、姉を呼んだ。

 

 

 しかし、握られていた手は離れ、力なく、()れようとして、

 

 

「——……ぁ」

 

 

 ビョルンの息が()れる。

 

 

 離れようとしたその手を握り返す。もう2度と離さないと。

 

 

 (のこ)った片目から、(ひかり)(こぼ)れた。

 

 

「——()よ。僕たちの全てを捧げます」

 

 

 視界を白く染め上げる勢いで、2人の身体から光が(あふ)れ出す。

 

 

「だから、この”調和”の運命(すべて)を終わらせるために」

 

 

 

 

 ——顕現されたし。”調和”の”壊滅者”よ。

 

 

 

 一際大きく、ドクンという鼓動音が耳朶(じだ)を打つ。

 

「まずいッ——お前ら構えろ!!」

 

 星核が(こた)えた。

 

 金色の結晶体が拳大(こぶしだい)から膨張し、更なる(まばゆ)い光で塗り替えていく。台座が(きし)み、地下空間全体が震動する。

 

 子どもたちの歌声が頂点に達し——ぷつり、と途切れた。全員が糸の切れた人形(にんぎょう)のように崩れ落ちる。

 

 一瞬だけ、沈黙が生まれ、

 

 そして、

 

 代わりに星核が——咆哮(ほうこう)した。

 

 音ではない。光でもない。そのどちらでもあり、どちらでもない何かが、地下全体を白く塗り潰していく。

 

「アリアさんッ!!」

 

 エレーナが叫ぶ。カブが主人とアリアの前に飛び出し、羽を(たて)のように広げる。

 

 俺はといえば、

 

 視界を埋め尽くす光の中で、必死に手を伸ばす。

 

 ビョルンとソニアの輪郭(りんかく)が溶けていく。

 

 2人の身体が、金色の粒子になって星核に吸い込まれていく。

 

 

 ——代償。

 

 

 星核が願いを成就させるために必要な対価(たいか)。俺が観測している限り、願いを叶えてはい終わりといったケースはない。

 

 必ず、誰かが、何かが、その支払いを引き受けている。

 

 ビョルンは最初から、自分とソニアをそれにあてるつもりだったんだろう。

 

 

 

 

 ——光が収束(しゅうそく)する。

 

 

 

 

 

 そして、息を飲むような美しい声が響いた。

 

 

 

 

「——同志よ。今、その清白の願いは()に聞き届けられました」

 

 

 

 

 星核があった場所の上で、何かが宙空に(たたず)んでいた。

 

 人の形をしている。だが人ではない。

 

 白のボディスーツとこれまた白と淡い紫のドレス。そしてその上から床にまで伸びきっている、聖職者が垂らすような長い白のストールに身を包んでいる。だが人ではない。

 

 不思議と……アリアと似ていると感じた。だが人ではない。

 

 それは、断じて、

 

 ()()()()()()()()

 

 顔の目元を覆うような天環(ヘイロー)と足下を回る地環(ヘイロー)

 

 空気が悲鳴(ひめい)を上げている。

 

 地下空間の壁に亀裂(きれつ)が走り、天井から粉塵が降り(そそ)ぐ。

 

 この空間そのものが、この存在の(あつ)()えきれていない。

 

 

「……そん、な」

 

 

 呆然とつぶやくエレーナの顔から血の気が引いている。カブが(ひく)(うな)り、威嚇(いかく)の姿勢を取るが、足元が震えている。

 

 アリアも——(ひざ)から(くず)れ落ちていた。伸ばしたままの手が、力なく下がる。

 

 子どもたちが訳もわからないまま、()()りにうずくまっている。ターニャも台座から(すべ)()ちて、困惑した様子で泣いている。

 

 遅れて、俺も膝が笑っていることに気づいた。

 

 

 ——頭に浮かんでいるのは銀河中にとどろく悪名。

 

 ——”壊滅”の星神(アイオーン) ナヌークから直接力を(たまわ)った存在。

 

 ——1体でとある星系を根こそぎ滅ぼしたともされる最凶最悪集団の頂天に()する、

 

 

 

「……絶滅(ぜつめつ)大君(たいくん)

 

 

 

 俺の声に反応するように、

 

 それが、ゆっくりと(くび)(かし)げた。

 

 まるで、足元(あしもと)(むし)()いていたことに今気づき、不思議がるように。

 

 

 

 

「——星嘯(せいしょう)と申します。たとえ死に至るまでの須臾(しゅゆ)の時間といえど、お見知りおきを」

 

 

 

 

 

 その身体を包む無数のストールの端が翼のように、広げられる。

 

 

 そして右手に装着された金色(こんじき)の爪を(かか)げ、宣告する。

 

 

 

 

 

刻下(こっか)(もっ)て、救済の手を差し伸べん——」

 

 

 

 

 

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