——さぁ、始めましょう。
そんな
いや——"動かされた"と言った方が正しいか。
こつ、の一歩目が、とん、に変わった瞬間にはもう
ついコンマ数秒前まで階段の出口に立ち塞がっていたはずの黒マスクが、
「——ッ!」
考えるより先に腕が動く。
右手に握った
ソニアの
「冗談だろ……?」
普段ならそのままスムーズに進むはずの刃——に手応えがある。
正確には、俺の右手が握る
この女――素手でパルサーエッジを受け止めやがった。
受け止めた、だけじゃない。バカ
腕ごとのけぞりそうになるのを踏ん張り、すかさず逆手に持ち替え、横薙ぎに振るう。ソニアは上体を
を軽く
ソニアの
「カブッ!」
エレーナの声が飛ぶ。
横合いから黒と白の
ソニアは掌底を引き、代わりに回転するカブを片腕で
その半歩が救いになった。
「距離取ってッ!」
エレーナが片手サイズの
「サンキュ——!」
間合いを取り直す。パルサーエッジの光が、大理石じみた床に揺らめく影を落とす。
っべー、……こら、強いわ。
ソニアの身体はいわば操り人形。
心がない、つまり、痛みも恐怖もない。だからビョルンは迷いなく最適な動きを
また人間の身体が本来持つリミッターを、おそらく”調和”の増幅かなんかの力で外している。筋力も反射速度も、およそ生身の人間が出していいレベルじゃねえ。
いや、てかその前に、ソニアに片手を突き出し、
「――ちょっと待って。カブ子、お前飛べんの?」
「キューゥィ!!」
俺の前で8の字を描くように1周して、空中で静止するカブ。
「はよ言えやーーー!!! 俺の首に謝れ、今すぐ謝れ!」
俺なんのためにフルアーマーになったんだよ。ファンファーレが鳴った脳内演出はなんだったんだよ。
「なにバカなことやってんの! ——後ろッ!」
”重要なことなんだっつーの!”とエレーナに口にする暇もない。俺はたしかにソニアに”待った”をかけたが、
もう1つ、厄介なのがいたんだった——
「——
ビョルンが呟いた瞬間、空気が
鼓膜が引き裂かれるような
「がッ——!」
全身を
「
「ええ。お気づきですか、レディ」
ビョルンは車椅子に
「"調和"とは
子どもたちの歌声が変質していく。
要するに——子どもたちの歌声そのものが武器だ。
しかもこの野郎、"壊滅"の力まで上乗せしてくる。
衝撃波の中に、明らかに”調和”とは違う
たぶん"調和"が音の形を作り、"壊滅"がその
「ばっか、
「何が反則で何が正当か。それを決めるのは勝者です」
ソニアが再び突っ込んでくる。
今度は両手が超高速で振動している——見ただけでわかる、アレはヤバい。さしずめ”調和”の力で形成した超音波カッターの手袋だ。
当たればバターのごとく、身体のパーツがさよならバイバイすることだろう。うーんカフカさんの糸を思い出す。たしけて〜俺はここだよ〜カフカさ〜ん!
じゃねーわ、——集中しろ。1回で残機ゼロになるぞ。息を止め、
右からの斬り下ろしをパルサーエッジで受け、左からの横薙ぎを身体を捻って
「ォぐ——ッ」
吹っ飛ばされながら、受け身をとり、
俺が蹴りを食らったのを見て、エレーナが援護に入ってくれる。
「カブ、——
カブが羽を大きく広げ、全速で回転する。生み出された
同時に反対方向を向くエレーナが
「本体を叩く……!」
5連射。今度は正確に車椅子のビョルンを狙った青白い光弾——だが、ビョルンの手前で
音の壁——と形容するしかない。
ビョルンの周囲で圧縮された空気の層が、
冷や汗が出てくるのを感じながら、エレーナと背中合わせに立つ。横目で確かめるが、その顔にもやはり
「おいおいまっじーぞ、これ、防壁まで音で作るなんて……どうする? ごめんなさいする?」
「うっさいッ、今考えてるのッ……ビョルンを狙うにはソニアを止めないと。でもソニアを止めようとすれば、ビョルンが邪魔する。そしてそれをクリアしても今度は防壁……攻略してる間にまたソニア」
エレーナが
2対2。だが、こっちの2とあっちの2は意味合いが違う。
ビョルンは1つの意思でソニアと自分を同時に動かしている。俺とエレーナは連携こそなんとか噛み合っているが、それでも2人の人間が目で見て声で合図して動くのと、1つの脳が2つの身体を操るのとでは、同期の精度が比較にならない。
かといって、奥の手であるノヴァイレイザーをぶっ放すわけにもいかねぇし。こんな地下で発射しようものなら子どもたちも含めてみんな仲良くぺしゃんこになる。
ほんと使い勝手悪すぎるだろ。フリマアプリで売ったろうかな。どっかの天才が作ったらしいです。宇宙を
現実逃避が止まらない中で、
「————ビョルンさん」
スマホの読み上げ。
背後で——アリアが動く。両手でスマホを胸に抱えたまま、一歩ずつ、前に。
思わず止めに入る。
「アリア、危ねぇから下がってろ——!」
「…………お願い、止めないで」
だが、その強い意志の光を放つ目に射られて、俺は進路をゆずる。
「そのまま、大人しく後ろに控えていてほしかったのですが」
ビョルンの合成音声も、歌声と衝撃波が飛び交っていた地下空間に、不釣り合いなほど静かに響き、
同時にソニアが床を蹴る。邪魔させる訳にはいかない、
「わたくしも——絶望したことがある」
ビョルンの車椅子がわずかに動きを止める。ソニアが放ってくる
その隙をエレーナが見逃さない。カブが
雑技団もビックリレベルで宙返りをし、ソニアの足の爪先がカブを削りそうになるところを間一髪、カブの背中にあったリボンに指を引っかけ、軌道上からずらしてやる。
「キュ、キュンキュゥーン♡♡!!!」
さすがに反応している余裕がない。でもハートはいらねぇ……。
俺もパルサーエッジを構え直す。
「夢と歌が、全てだった。夢が”希望”で、歌が”世界”で。”希望”は一度手にしたはずなのに想像していたものと違っていて、そのうえ”歌”がなくなったら……何も残らないと思ってた」
アリアの指がスマホの画面を叩き続ける。速い。考えるより先に、あふれ出す何かに突き動かされている。
「歌を失って。世界がモノクロになって。……死にたいとは思わなかったけど。でも、生きている意味がわからなくなった」
ビョルンは黙っている。だが、衝撃波の
「でもここにたどり着いて、子どもたちに歌だけじゃない、色々なことを教えて。……声は出なくても、伝えることはできた。できることは残っていたの」
ソニアが再び動く。だが、先ほどまでの
ビョルンの集中が
パルサーエッジでソニアの一撃を打ち返しながら、俺も続くアリアの声に耳を
「——ある人に言われたの」
せめて想いが伝わるように、とばかりにアリアの指の動きに情感が込められているのが伝わる。
「——『勝手に終わらせんな』って」
息が漏れた。
——……おい。
それ、誰かさんが言った
「だから、わたくしも言うわ。ビョルンさん、
——勝手に終わらせないで。必ず、風向きは変わるから」
沈黙。
ソニアの動きが完全に止まる。
子どもたちの歌声だけが、白い地下空間を満たしている。
やがてビョルンの漆黒のマスクがアリアを——見た。
「その言葉を……軽々しく、使うな……」
長い間があった。
「変わらなかっただろうが、お前も、姉様も。救われなかっただろうが」
あの
ただ1人の、壊れた男がそこにいた。
「——わたくしはよく間違う」
だが、旋律は続く、
「ああすればよかった、こうしなければよかった。なんで、どうして、後悔ばかりが胸に残っているわ」
休符が置かれ、
「
それは、
「——たすけてって、もっと素直に言えばよかった」
——アリアにとっての
「それがうまくできなかったから、……わたくしはこうなってしまったけど。ビョルンさん。まだ間に合うわ。あなたが求めるのであれば、どんなあなたであろうと、——わたくしは手を差し伸べます」
片方でスマホを抱いたまま、アリアはもう片方の手を伸ばす。
「——やめろ」
ビョルンの合成音声が、
抑揚のない、機械的な声のはずなのに。
その奥に、かすかな
「つくづく、綺麗事しか言わないところが……ほんと、そっくりだ」
そこまで言って、
「感謝します。そして、認めますよ。銀河に響く——
ビョルンの声が、元の敬語に戻る。
「——ですが、」
「姉様や……あなたのような存在がいても、この銀河の”運命”は一向に変わらない」
断言だった。
「姉様は全てを差し出した。自分の服を、声を、身体を、誇りを——全てを。それでも世界は姉様を踏みにじった。あなたもそうだ、アリア。銀河に知らぬ人はいない影響力を持つ存在となり、”調和”を訴えた。そして見知らぬ人を守って、声を失って。……どうですか。世界は変わりましたか?」
アリアの指は動かない。
「変わっていない。
ビョルンの両手が、ゆっくりと持ち上がる。
車椅子の
「今ここにいる僕たちが——証明です」
——さっきまでのかすかに感じた
あまりにも——積み上げてしまった
アリアの言葉が
——
アリアの手が下がる。スマホの画面が暗くなる。
届かなかった。
わかっている。アリアも、わかっている。それでも言わなきゃ後悔すると思ったのだろう。
「——
ビョルンの声が、地下全体に
車椅子が動く。ゆっくりと、台座の中央——ターニャの方へ。
「くそ、待てッ——!」
俺はパルサーエッジを構えてビョルンを追いかける。だが跳躍してきたソニアが壁のように立ちはだかる。
エレーナの銃がビョルンを狙うが、音の防壁が全弾を
ビョルンの周囲で、子どもたちの歌声が——
今までとは違う。旋律が
バラバラだった歌声がひとつの音に溶け合い、地下空間そのものが巨大な楽器になったかのように共鳴を始める。
そしてその共鳴の中心にいるのは——台座に座らされたターニャ。
ターニャの顔は虚ろだった。だが、その頬を——涙が
目をつぶったまま、泣いている。
「さぁ——ターニャ、教えてください。優しい、あなたの願いを」
唇が、かすかに動いた。
「「「もうイヤ、かなしいのは、「もうイヤなの」だから——「だから」、
——みんなを救ってあげて」」」
声にならないような、ほんの
それが何重にも折り重なって延々ループするように響いてくる。
それは母親を失った子どもの、ただただ優しい女の子の、祈りのはずなのに。
「——ああ。届いた」
ビョルンが、
今度のそれは、ともすれば泣いているような、壊れた声だった。
「——素晴らしい。
ビョルンの手がターニャの頭に触れる。
”調和”の力が
「やめろ——ッ!!」
何をしようとしている、何が始まる。
俺でも予想がつかない。それくらい星核がもたらす結果は常軌を
——ここで止めねーと、マズい。
「カブ子! さっきのもっかいやれ!!」
「キュ! キュウゥゥゥゥゥゥゥ〜!!!」
再度繰り出した2つの竜巻がソニア目がけて
「う——るァッ!!」
俺はパルサーエッジを全力で投げる。
今の位置関係は、俺とソニア、そしてその向こうには——
それから先はコマ送りのように感じられた。
狂気じみた速度で膝から上を90度で
ターニャの方へ向かっていたビョルンの背に、光剣はまっすぐ向かっていく。
「——……は?」
それは、その場にいる誰しもが口にした声だったのかもしれない。
「ねえ……さま……?」
ソニアの精神は空だったはずだ。他ならぬビョルンがそう言った。
心が壊れて、何も残っていないと。
でも、それならば、なぜ。
「え、あ、なん、なんで……」
ソニアの手が、ビョルンの手を握った。
自分から。
「ね”え”……さま”……?」
ビョルンが呼ぶ。
その声は機械による合成されたものじゃない。
ビョルンの右手が動く。
黒いマスクが真ん中から割れていき、外れる。
音を立てて、マスクが落ちると、
——ビョルンの身体が、光り始めた。
金色の光。星核と同じリズムで
同時に——ソニアの身体も。
俺は、俺たちは動けない。
ビョルンの素顔が、金色の光に照らされている。
——
それでも。
「僕です、ね”え”……さま”……?」
壊された声で、姉を呼んだ。
しかし、握られていた手は離れ、力なく、
「——……ぁ」
ビョルンの息が
離れようとしたその手を握り返す。もう2度と離さないと。
「——
視界を白く染め上げる勢いで、2人の身体から光が
「だから、この
——顕現されたし。”調和”の”壊滅者”よ。
一際大きく、ドクンという鼓動音が
「まずいッ——お前ら構えろ!!」
星核が
金色の結晶体が
子どもたちの歌声が頂点に達し——ぷつり、と途切れた。全員が糸の切れた
一瞬だけ、沈黙が生まれ、
そして、
代わりに星核が——
音ではない。光でもない。そのどちらでもあり、どちらでもない何かが、地下全体を白く塗り潰していく。
「アリアさんッ!!」
エレーナが叫ぶ。カブが主人とアリアの前に飛び出し、羽を
俺はといえば、
視界を埋め尽くす光の中で、必死に手を伸ばす。
ビョルンとソニアの
2人の身体が、金色の粒子になって星核に吸い込まれていく。
——代償。
星核が願いを成就させるために必要な
必ず、誰かが、何かが、その支払いを引き受けている。
ビョルンは最初から、自分とソニアをそれにあてるつもりだったんだろう。
——光が
そして、息を飲むような美しい声が響いた。
「——同志よ。今、その清白の願いは
星核があった場所の上で、何かが宙空に
人の形をしている。だが人ではない。
白のボディスーツとこれまた白と淡い紫のドレス。そしてその上から床にまで伸びきっている、聖職者が垂らすような長い白のストールに身を包んでいる。だが人ではない。
不思議と……アリアと似ていると感じた。だが人ではない。
それは、断じて、
顔の目元を覆うような
空気が
地下空間の壁に
この空間そのものが、この存在の
「……そん、な」
呆然とつぶやくエレーナの顔から血の気が引いている。カブが
アリアも——
子どもたちが訳もわからないまま、
遅れて、俺も膝が笑っていることに気づいた。
——頭に浮かんでいるのは銀河中にとどろく悪名。
——”壊滅”の
——1体でとある星系を根こそぎ滅ぼしたともされる最凶最悪集団の頂天に
「……
俺の声に反応するように、
それが、ゆっくりと
まるで、
「——
その身体を包む無数のストールの端が翼のように、広げられる。
そして右手に装着された
「