ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#37 ”そして私にできるコト”

 

 

 

 

 ——時間は少し戻る。

 

 

 聖堂の礼拝ホール。そこにぽっかりある階段から吐き出されるようにエレーナは駆け(あが)った。

 

 酸欠一歩手前といっていいほど息が乱れている。

 

 カブが後に続き、アリアが子どもたちの手を引いて入ってくる。最後の1人が通過したのを確認して、エレーナはようやく膝に両手をついて、身体をくの字に折る。

 

「……はぁ、っ……はぁ……」

 

 心臓がうるさい。走ったせいだ。走ったせいに決まっている。

 

 ちらりと地下への入口を振り返る。もう何も見えない。ぽんと背中を押され、振り返ったその先で、星嘯(せいしょう)に向かっていった——あの背中が、(まぶた)の裏に焼きついて離れなかった。

 

 

 ——逃げて。

 

 

 あの時、自分は確かにそう言った。なんも間違っていない。現場責任者として、あるべき姿であり、合理的で正しい判断だった。インターンである彼にアリアと子どもたちを任せて自分が殿(しんがり)(つと)める。そのつもりだった。

 

 なのに。

 

 あの男は、ツッパねやがったのだ。

 

 「ヤだね」と。

 

 あまりにも軽い声で、あまりにも真っ直ぐな目で、こっちの言葉を全部ひっくり返して——

 

 

 ——ゼインくん、なんとかして。

 

 

 自分の口から、あんな情けない声が出るとは思わなかった。

 

 年下だから、部下みたいな立場だから、甘えていい理由なんてどこにもないのに。あの一瞬だけ、”命令”なんかじゃなかった。

 

 あれは完全に、”お願い”になっていた。

 

「……〜……ッ」

 

 一生もんの不覚である。

 

 そしてあろうことか、彼は、わしゃわしゃと頭を撫でてきた。

 

 ……まだあの感覚が残ってる気がする。

 

 いやいや、なんだあれは。

 

 恐ろしい。手慣れすぎている。おそらく近くに年下の女がいるに違いない。危険すぎる。近寄ったらバカを見るタイプの男だ。ジェイドお姉様とかいって油断させて、後ろからガブッと噛みつく狼だ。そうに決まっている。

 

 ——弱みは見せてはいけないと、ずっと肩に力を入れて生きてきたのに。

 

 いや、そもそも絶滅大君なんてバケモノが出てくるのがいけない。あんなのが顕現(けんげん)してきたら誰だってテンパってしまうのが普通で、同じ条件を突きつけられたら100人が100人——

 

 エレーナは自分の頬に手を当てた。階段の途中でつけたハーフマスクの上から触れても、内側の熱は伝わってくる。……まずい。

 

 ありえない。仕事中だ。しっかりしろ、エレーナ。

 

 深呼吸。もう一度深呼吸。

 

 自分はスターピースカンパニーの社員だ。この現場の責任者で、ジェイド様の期待を受け、(じゅう)石心(せきしん)への昇進がかかっていて、子どもたちを守らなきゃいけない立場で。

 

 つまり——今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

 ……わかってる。わかってるんだってば。

 

 初めてマスクに感謝した。口元は見えない。表情は隠せる。大丈夫。何も悟られていない。これはただ走った直後の紅潮(こうちょう)であり、生理現象であり、つまるところ何でもない。

 

 何でもないのだ。ないったらない。

 

 本当にしっかりしろ。エレーナはこめかみを掌底(しょうてい)で何度も叩き、気合いを入れる。

 

 ——自分がリードしなければ。

 

 彼の思いが無駄になる。どうすればいい。星嘯(せいしょう)はおそらくこのシロッカ全体を”救済”の名の下に壊滅させる気だ。

 

 このまま外に逃げるべきだが、この大所帯(おおじょたい)で、いったいどこまで行けばいい。港区画(ポートエリア)まで行ったところで、脱出できるのか。船はどうする、はたして間に合うのか、いや、この子たち以外にも他の惑星民は切羽詰まった今の状況など夢にも思っていないはず——

 

 考えがまとまらない。落ち着け。

 

 周囲の子どもたちの様子を確認する。催眠が解けた後の混乱で泣いている子がいる。カブが鳴き声を上げながら、子どもたちの周りをくるくる回って、必死になだめていた。

 

 その中で、アリアだけが静かだった。

 

 子どもたちの頭を撫で、背中をさすり、声の出ない口でも、ゆっくりと言葉の形を作っている。大丈夫、大丈夫、と。

 

 だが時折、不安そうに地下の方へ目を向けていることに気づいたのは、エレーナだけだった。

 

 そうだ。

 

 アリアもまた——あの男を残して来たのだ。

 

 思うところはいくらもあるだろうなとエレーナは唇を噛む。

 

 なんか、なんか起死回生の一手はないのか。

 

 何度も、何度もこめかみを叩く。

 

 少しばかり周りから優秀だと褒めそやされたくらいで、内心いい気分だった自分が恥ずかしい。穴どころか墓を作って埋めたいレベルだ。たしかに、これまで修羅場の経験は何度かあるが、……ここまでのレベルはまさかあるわけがない。

 

 ああもう、言い訳なんか考えたくないのに言い訳ばかりが浮かぶ。

 

 ——もう、この際だ。自分のことはいい、会社、いやジェイド様に助けを求めるべきだ。星嘯(せいしょう)から逃げるにせよ、立ち向かうにせよ、何もかもが足りなすぎる。でも、もし、

 

 

 ——助けてくれなかったら?

 

 

 スターピースカンパニーはどこぞの人材を”人財”と書くような、社員みんなに優しい会社とはまるで正反対の会社だ。使えなければ切られる。そうして会社から去っていった人間などいくらも見てきたじゃないか。それに、事実として、過去にカンパニーの管轄下(かんかつか)にある惑星が絶滅大君の襲撃を受けた場合、交戦ではなく、放棄(ほうき)を選択した事例などたしかいくつかあったはずだ。

 

「どうすれば、確実に助けに来てくれる……ダメッ……私が、私が、なんとか——」

 

 スマホを取り出したまま震えていた手に、暖かい手が添えられる。包み込んでくれる。

 

「——あ、」

 

 大丈夫。

 

 いつの間にか目の前に来ていたアリアの口は、そう動いていた。

 

 

「——アリア、さん」

 

 

 呼びかけたその名を——首を横に振る。

 

 

「え?」

 

 

 目の前に立つその人は、眼鏡(めがね)を取り、そしてお下げの三つ編みをほどいていく。クセを取るように首の後ろから両手を左右に払う。バサッと長髪が広がる。心なしか、目立たぬように常に猫背気味だった背が伸びる。目に確固たる意志。身にまとっていた雰囲気が一気に変わり、

 

 もはやアリアではなくなる。

 

 スマホの上で指が踊り、スピーカーが音を発する。

 

 

 

 そう、そこにいるのは、もう疑いようのない——、

 

 

 

 

 

「わたくしを、使って——」

 

 

 

 

 

 銀河の歌姫——ロビン。

 

 その影響力は当然、

 

 ——銀河規模。

 

 

 

 エレーナの目が大きく、それはもう大きく、見開き、脳内に電流が走る。

 

 心臓が()ねる、血液が一気に(めぐ)る。

 

 

 シナプスがスパークする。

 

 

 ようやく、エレーナの顔に不敵な笑みが宿(やど)る。

 

 

 それはスターピースカンパニー”戦略投資部”——魑魅魍魎(ちみもうりょう)たちが跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する社内で、数々の新人記録を女だてらに打ち立て——とあるエヴィキン人の生き残りが持つ最速昇進記録を後に塗り替える人物。

 

 影でつけられたあだ名は、”大化け株(テンバガー)”を超える、

 

 ”超大化け株(イレブンバガー)”。

 

 そんな彼女の目に輝きが戻ったのなら、

 

「——いいんですね。好き勝手、やりますよ」

 

「ええ、わたくしのSNSのアカウント、すべて、預ける」

 

 

 もう手がつけられる訳が——ない。

 

 

「ありがとうございます」

 

「なんのこと? ——勝手に、諦めそうになってた?」

 

「なんのこと? ——もう忘れちゃいました」

 

 同じく少し意地の悪そうな顔をするロビンに、エレーナは軽口を重ねていく。

 

「いやー、実はちょっとやってみたかったんですよね、——生配信者(ライバー)とか

 

 ちょんちょんとロビンに肩を叩かれ、

 

「ね。——敬語、やめよ? 年も近いでしょ?」

 

「あ、賛成! 実はWiki見てたけど、同い年だなって思ってた」

 

 両手を合わせるエレーナに、階段の方を見やりつつロビンがスマホをポチポチし、程なくして、

 

「——あの人、いつもあんな感じなの?」

 

 誰をさしているかは、すぐにわかった。

 

「いや、……実は知らないんだ。今回が初めて一緒の仕事だから。でも——」

 

 エレーナが苦笑する。

 

「なんか普段は敬語もロクに使えないし、いい加減で適当なくせに、肝心なときだけカッコい……つけるの、何なんだろ」

 

 まずい。

 

 ——言いかけてしまった。カッコい、と。自分の口から出た言葉に、いきなり打ち明けすぎたと、思えば、

 

 アリアの指が止まっていた。

 

 しばらく画面を見つめてから——打った。

 

「それわかる」

「え?」

「昔から、そう。いつも軽いのに、大事なときだけ本気になる。ずるいの」

「……ロビンて、やっぱり彼の知り合いだったの?」

「ええ、たくさん一緒に冒険をした仲」

 

 エレーナが目を(しばたた)かせる。

 

「なにそれ……めちゃくちゃ気になる……」

「全部終わったら、話してあげる。長くなっちゃうから」

 

 おう、なんか、急にちょいマウント取ってきたなと、

 

 エレーナがきょとんとして、それから2人して笑った。

 

「……わかった。じゃあ、ロビン。——生き残ったら、あいつの愚痴、もっと聞かせて」

 

「ええ、約束」

 

 うん、と小さく頷いて、エレーナは壁に頭を預ける。

 

 ——大丈夫。こんな状況だけど、なんとかなる。なんとかしてくれるって、あの人は、

 

 

 ……あの人は。

 

 

 ——この世界は弱肉強食で、なんならカンパニーのやり方や考えとは違うこともある。正直、敵ばっかだよ。だけど、……いいじゃん、1人くらい弱い者の味方がいたって。

 

 ——じゃねーと、1名きりの”弱い者の味方部(みかたぶ)”、廃部寸前だからな。枠空(わくあ)けて待っとけ

 

 

 

 ちりっ、と耳の奥に熱が走る。やめろ、今その方向に行くな。

 

 ハーフマスクの下で無理やり表情を引き締めて、エレーナは駆け寄ってきたカブの背中を撫でた。カブは「キュウ」と鳴いてこっちを見上げる。お願い、今は何も察しないで。

 

 と、その時。

 

 ふいにアリアがまたスマホをこちらに向けて、

 

 画面にはたった1行。

 

 そして音声。

 

 

「耳、赤いよ」

 

 

「——ッ!?」

 

 反射的に両手で耳を(おお)う。カブがびくっとして膝から転がり落ちた。

 

「な、なんのことかな!? これは走ったせいで体温が上がっただけで別にそういうのじゃなくてですね!?」

 

 ロビンの肩が震えていた。声が出せないのがもどかしそうに、口元に手を当てて、目を細めて——笑っていた。

 

 エレーナの顔が、今度こそハーフマスクでも隠しきれないくらい赤くなる。

 

「ちょ、笑わないでよ!」

 

 アリアが涙目で必死にスマホを打つ。

 

「ごめん、ごめんなさい。でも——かわいいなって」

「かわっ——誰が!?」

 

 無理無理無理。

 

 エレーナは両手で顔を覆い、深く息を吐いた。こんなところをまさか憧れの歌姫に見られるなんて、人生最大の不覚だ。

 

 ひとしきりうろたえた後、エレーナはおずおずと指の隙間からロビンを見る。

 

 ロビンはまだ肩を揺らしていたが、やがてその震えがだんだんと緩やかなものに変わっていくのがわかった。

 

 笑っている。

 

 ——こんな状況で、笑えている。

 

 それが、思ったよりも救いになった。

 

「大丈夫。秘密にしとく」

「……絶対だよ?」

「うん。——女の子同士の、秘密ね」

 

 エレーナの口元に人差し指を立てる。

 

「……ありがと、ロビン」

 

 そうして2人は、地下から響く轟音(ごうおん)を背景に、壁にもたれて並んで座り、

 

 どちらからともなく、そっと肩を寄せ合い、

 

 

 話し始める。

 

 

 

 ——できるコトを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会話の最中に——、エレーナのスマホが着信を告げた。

 

 知らない番号かつ、今このタイミング、なぜ、だれ、と(いぶか)しげな表情を浮かべながらも、耳にはめたヘッドセットで通話を開始する。

 

「もしもし——?」

 

「——ああ、ようやくつながったよ。この星だいぶ空気悪いし、移動も大変だしでどうなることかと思ったけど——」

 

「あの、え?」

 

 なんでこの声の主は勝手に愚痴(グチ)り始めているのだろうと疑問符が尽きない。それが顔に出ていたのか、何かあったのとばかりにロビンも動向を見守っている——そんな矢先に、

 

 

 そいつは現れた。

 

 

 聖堂の入口(ゲート)が開く音。エレーナは反射的に光線銃(ビームガン)を構え、ロビンを背にかばう。カブが「キュッ」と威嚇しながら、エレーナの前に飛び出る。

 

 薄暗い礼拝ホールの入口に、人影が立っていた。

 

 フルフェイスマスクをつけているが、体格からして細身の男とわかる。

 

 

「おっと。物騒な歓迎だね」

 

 

 男は片手にはスマホを持ちつつ、ホールドアップした。その仕草と言い回しがどれも芝居がかっていて、まるで舞台俳優みたいだった。

 

 そして、スマホもほぼ同じタイミングで、「おっと。物騒な歓迎だね」と声を発している。

 

 目の前の男が、電話の主——?

 

「あれ? おかしいな、ああ、そうか。僕だよ僕。スターピースカンパニー、戦略投資部所属  ”(じゅう)石心(せきしん)”——」

 

 言いながら、男はマスクを外し、

 

 

「——アベンチュリンだ」

 

 

 こぼれてきた金髪をかき上げ、わざわざサングラスをかけながら、名乗った。

 

 ——十の石心がひとり、アベンチュリン。

 

 エレーナの目が見開かれる。ジェイド様と同格の高級幹部。名前はもちろん知っていたし、遠巻きに何度か見かけたこともある。

 

 どんな背景を持っていようと清濁(せいだく)(あわ)()むカンパニーでも、その特徴ある瞳から「可能な限り、関わらない方がいい」と(うわさ)される人物の1人。

 

「アベンチュリン様……!? どうして、こんなとこに!?」

「ジェイドからの、"贈りモノ"さ。伝わってないのかい?」

 

 あ。

 

 オクリモノ——贈り、者。

 

 あの通信でジェイド様が言っていた言葉が蘇る。——"贈りモノがあるから上手く活用してみせて"。

 

 まさか、"贈りモノ"って、

 

「——僕のことだよ」

 

「……冗談きついんですけど」

 

「まだ信じないのかい? ジェイドは合理的な人だろう? 現場が荒れそうなら念には念を入れて、保険をかける。今回それが僕さ」

 

 エレーナは銃を下ろさない。だが——証拠を求めるより先に、アベンチュリンはスマホをいじりだし、

 

 やがて、ジェイドの声が響く。

 

 ——"エレーナちゃん。このデータが再生されているということは、アベンチュリンがあなたの元に着いたということね。彼は信用できるわ。ただし、振り回されることは覚悟しておいて。最後まで、期待してるわ"

 

 最後の一言に、エレーナの眉がぴくりと動く。

 

「……ジェイド様……」

 

「納得してもらえたかな。それはそうと」

 

 エレーナはゆっくりと銃を下ろした。カブも威嚇(いかく)をやめるが、不満そうに「キュゥ」と鳴く。

 

 アベンチュリンの視線が、エレーナの背後にいるロビンに移った。

 

「——へぇ」

 

 孔雀石(くじゃくいし)のような目が細まる。

 

「現在失踪中のはずの——銀河の歌姫 ロビンじゃないか。こんなところで会えるとは思わなかったよ」

 

 ロビンは警戒を解かないまま、小さく会釈(えしゃく)した。スマホを操作して音声を出す。

 

「はじめまして」

 

「はじめまして、お嬢さん。——声が出ないんだね。大変だ」

 

 アベンチュリンは口調こそ軽いが、目だけは笑っていなかった。薄い色(ライトカラー)のサングラス越しでも、絶えず観察しているのがわかる。

 

 ふっ、と口端(くちは)が上がり、エレーナに焦点(しょうてん)が戻る。

 

「それで、今の状況は?」

 

 エレーナが手短に報告する。ビョルンの裏切り、星核、星嘯(せいしょう)の顕現、今も部下(ぶか)地下(ちか)で時間を稼いでいること。

 

 アベンチュリンは黙って聞いていた。いつの間にか取り出していたコインだけがずっと指の間を踊っている。

 

「——絶滅大君(ぜつめつたいくん)、ね。それはまた赤でも黒でもないとこに玉が落ちたね」

 

「それでも……彼は残ったんです。自分から」

 

「ふぅん。僕が言うのもアレだけど、だいぶ賭博人(ギャンブラー)だ、その彼は」

 

「いいえ、ただのバカなんです、その人は」

 

 思ったより大きな声が出た。

 

 アベンチュリンの眉がかすかに上がる。——そしてすぐに、にやりと笑った。

 

「面白い部下をジェイドは抱えてるんだね」

 

「いやその正確には部下じゃないというか、あの人はインターンで、仕事上は私の……その——いいじゃないですか、別に!」

 

「はいはい」

 

 ひらひらと手を振って、それからコインの動きを止めた。

 

「——さて。ここからが本題だ」

 

 空気が変わった。

 

「ジェイドから1つ頼まれていることがあってね。君を——試さないといけないんだ」

 

 エレーナの背筋が伸びる。

 

「……試す?」

 

「簡単な質問さ」

 

 コインが宙に(はじ)かれる。くるくる。くるくる。

 

「この状況で、君は何を優先する?」

「——」

 

 エレーナは息を飲む。

 

「選択肢を挙げようか。1つ、地下に戻って星嘯(せいしょう)と戦う。2つ、そこの子どもたちと共に逃げられる所まで逃げる。3つ、——カンパニーの利益を最優先して、損切りする」

 

 それは。

 

 コインが落ちてくる。アベンチュリンはそれを受け取らなかった。金属が床に当たって、硬い音を立てた。

 

 

「どうする? たぶんジェイドが知りたいのは、君がどういう人間か、ということだけだよ」

 

 

 エレーナは黙っていた。

 

 

 地下から、また轟音が伝わってくる。足元が震える。

 

 

 目を閉じた。

 

 

 そこには、

 

 ——”人がまともに住めないくらい環境が破壊されてて。偉い人やお金持ちたちは我先に他の星に逃げちゃって。取り残された私たちみたいな貧困層は、灰色の空を見上げて。ただ終わりが来るのを待ってた”

 

 幼き日の自分がいて、

 

 ——"会社にとって正しい選択と、自分にとって正しい選択が違うとき、どちらを選ぶか"。

 

 

 夢。昇進試験。キャリア。ジェイド様の期待。全部、頭をかすめていく。

 

 

 それから——さっき。ロビンが、変装を()いた瞬間のことを思い出す。

 

 

 あの目。あの覚悟。声が出せない身体で、それでも「わたくしを、使って」と言い切った。

 

 

 ——”どんなに圧力をかけられても、立ち塞がる壁が高くとも、それが自分の信念に反するのなら、”

 

 

 ドビスキーさんの教え。

 

 

 ——”こっちは任せろ。だから言葉返すぞ、アリアと子どもたち頼むわ”

 

 

 どっかのバカのカッコつけ。

 

 

 

 何を優先するか?

 

 ——ああもう、なんか影響受けちゃってる気がする。

 

 だけど、

 

 ——()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 エレーナは目を開けた。

 

 

 さっきまでの自分とは違う目で、

 

 

 精一杯カッコをつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「信念。

 ——この星の人間を、全員助けます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 アベンチュリンがヒューと口笛を鳴らす。

 

「子どもたちだけじゃなく?」

 

「子どもたちだけじゃ足りません。星嘯(せいしょう)の"救済"は、この星の”壊滅”です。ここだけ守って終わりじゃ意味がありません」

 

「大きく出たね。——で? どうやって?」

 

 

 思考はクリア。

 決意は強固。

 回る舌は立て板に水。 

 

 

「カンパニーの利益は、この星が存続することで初めて成立します。債権回収(さいけんかいしゅう)復興契約(ふっこうけいやく)も、シロッカが壊滅したら全部パーです。だからカンパニー本体を動かす。——ただし」

 

 

 エレーナは一歩、前に出た。

 

 

「カンパニーだけじゃ足りない。上が"放棄"を選ぶ可能性がある。過去の事例でも、絶滅大君の襲撃に対して管轄惑星(かんかつわくせい)を放棄したケースはいくつもあります。それを防ぐ手段が()る」

 

「それが?」

 

 

 

「——世論(せろん)です」

 

 

 

 エレーナが振り返る。

 

 ロビンが、静かにうなずいた。

 

 

「活動休止中の銀河の歌姫が、紛争地で身分を(いつわ)りボランティアをしていた。そこに現れた”絶滅大君(ぜつめつたいくん)”。絶望の中、声を失った歌姫はそれでも子どもたちを守ろうとしていた。

 ——その事実を、銀河中に伝えます。ロビンが助けを求めている星を見捨てたら、カンパニーはどうなりますか」

 

「……なるほどね。世論を味方につけて、カンパニーの外堀(そとぼり)を埋める、と」

 

 首肯する。

 

「放棄なんてさせません。だって、そんなことしたらカンパニーのブランド価値が吹き飛ぶ。カンパニーの上層部なら、その計算はできるはずです。何より、我々は琥珀(こはく)の王——”存護(そんご)”の星神(アイオーン) クリフォト(もと)にあるのだから」

 

 アベンチュリンが口元に手を当てた。笑いを(こら)えているような仕草だった。

 

「それは——カンパニーを脅してるのかな」

 

No(ノー)。活用してるんです。カンパニーも、そして貴方(あなた)も。それがジェイド様の言葉を借りるなら、——"贈りモノを上手く活用する"。私なりの返答です」

 

「……はは。あっはっっは!!!」

 

 もう辛抱(しんぼう)たまらないと、アベンチュリンは声に出して笑った。よほど琴線(きんせん)に触れる部分があったのか、目尻には涙まで浮かべて。

 

 それを拭いながら、落ちたコインを拾い上げ、親指で弾く。くるくる。

 

 今度は手の甲に落ちる。

 

「——表だ。まったく僕はツイているな」

 

「ジェイド様への報告は?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。合格だよ。——面白いな、君は、本当に」

 

 スマホを思わせぶりにタップしてみせると、サングラスの奥で、虹模様(にじもよう)の瞳がちらりと覗く。

 

「じゃあ、僕はせいぜい活用されに地下に行くよ。その”バカ”な彼にも興味があるからね」

 

「——お願いします」

 

 エレーナは頭を下げた。今度は試しへの回答ではなく、純粋な懇願(こんがん)だった。

 

「彼がいないと、全部崩れるんです。この後の交渉も、停戦も、全部。それに——」

 

 声がかすかに震えた。

 

「——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を失ってしまいます」

 

 アベンチュリンは何も言わず、礼拝ホールの奥へ歩き出した。地下へ向かう階段に消えていく直前、肩越しに、

 

「いい配信にしてよ。——僕も後で見るからさ」

 

 背中越しに手をひらひら振りながら、ファーのついたジャケットが闇に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アベンチュリンが去って、数秒。

 

 エレーナは大きく息を吐いた。

 

 ——言い切った。

 

 スーパー大口(おおぐち)を叩いた自覚はある。この星の全員を助ける。言うだけなら誰でもできる。

 

 でも——やるしかない。

 

 エレーナはロビンに向き直った。

 

「やろう」

 

 ロビンがうなずく。

 

 2人は壁際に並んで座り、スマホを構えた。

 

 ロビンが自分のSNSアカウントを開く。フォロワー数が表示される。——銀河規模の数字だった。

 

 エレーナが画面を覗き込んで、口をあんぐり開ける。

 

「……億、どころじゃない、すごい数」

 

 ロビンが苦笑するようにスマホを差し出す。

 

「じゃあ、いくよ」

 

 エレーナはロビンのスマホを受け取り、配信画面をセットした。カメラはロビンを映す位置に。自分は隣、画面の端に入る角度。

 

 深呼吸。

 

 ——スターピースカンパニー戦略投資部所属。プレゼンなら何百回とやってきた。だが、相手が会議室の重役ではなく銀河全体だというのは初めてだ。

 

 いや、だからこそ。

 

 配信開始のボタンに指をかける。

 

「ロビン」

 

 声をかける。ロビンがこちらを見る。

 

「……大丈夫?」

 

 ロビンは少しだけ目を伏せた。それから——顔を上げた。

 

 その目に、迷いはなかった。

 

 うなずく。

 

 エレーナの指が、開始ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 画面が切り替わる。

 

 接続数が、みるみるうちに跳ね上がっていく。

 

 ロビンのアカウントから突然始まった配信に、銀河中のファンが殺到していた。活動休止中の歌姫が、予告もなく姿を現したのだ。

 

 ——それだけで十分すぎる大事件だった。

 

 コメントが滝のように流れる。

 

 ——ロビン!? ロビンだ! え、生きてたの!? どこにいるの!? 声は!? 復帰!?

 

 その濁流の中で、エレーナは口を開いた。

 

「——皆さん、突然の配信をお許しください」

 

 声は、思ったより落ち着いていた。何百回もプレゼンをこなしてきた喉が、勝手に最適なトーンを選んでいた。

 

「私はエレーナ。スターピースカンパニー戦略投資部の社員です。——そして今日は、私の友人を紹介させてください」

 

 カメラがロビンを映す。

 

 ——本物だ!! 嘘! なんかやつれてない?? ロビン、こっちを向いて!!

 

 コメントが爆発した。

 

 エレーナは構わず続けていく。

 

「皆さんがご存じの通り、ロビンは活動を休止していました。また理由は公表されていませんでした。——今日、その理由を、彼女の許可を得てお話しします」

 

 一拍、間を置く。

 

「ロビンは——今、声が出ず、歌うことができません」

 

 コメントの流れが、一瞬止まった。

 

「活動休止の後、彼女はひとりで、あるところへ向かいました。紛争と環境汚染に苦しむ星 ”シロッカ”。有名人だから何かできるわけでもない。歌えるわけでもない。それでも彼女は、顔を隠して、名前を隠して、物資を運び、子どもたちに音楽を教え、——誰にも知られないまま、ずっとここで人を助けていました」

 

 ロビンが目を伏せる。エレーナはその横顔をちらりと見て、続けた。

 

「その星で、彼女はある子どもをかばって、銃弾を受けました。——声を失ったのは、その時の傷です」

 

 ロビンが首の傷をカメラに向け、見せる。

 

 嘘は言っていない。

 

 順序と文脈を少しだけ整えただけだ。ロビンが声を失った経緯と、シロッカでの献身を、ひとつの物語として銀河に届ける。

 

 ——これがプレゼンだ。

 

 震動におびえて、寄り添いあっている子どもたちをカメラに写す。

 

「声を失っても、彼女はここを離れませんでした。歌えなくても、自分には何かができるはず。戦禍(せんか)により心に傷を負った子どもたちのそばにいたい——その一心で」

 

 

 エレーナの声が、少しだけ震えた。演出ではなかった。

 

 

「——ですが、今、この星は、存亡の危機に立たされています」

 

 

 トーンを切り替える。

 

 

「——”壊滅”の使令である”絶滅大君 星嘯(せいしょう)”の脅威が、今まさにこの星を襲っています」

 

 

 コメントが再び爆発する。

 

 ——絶滅大君!? 嘘でしょ!? ロビン逃げて!!

 

 

「今、1人の仲間がある場所で命を張って時間を稼いでいます。私たちは子どもたちを守りながら、できることを全部やっています。——でも、足りないんです。全然、足りない」

 

 

 エレーナはカメラをまっすぐ見た。

 

 

「だから、皆さん、お願いします——」

 

 

 ——ここから先は、私の言葉じゃない。

 

 

 エレーナがロビンに目配(めくば)せする。

 

 

 ロビンが、カメラの前に座り直した。

 

 

 コメントの流れが——止まった。

 

 

 銀河中が、息を呑んでいた。

 

 

 ロビンの手が、スマホに伸びる。

 

 

 指が、ゆっくりと文字を打つ。

 

 

 ——この瞬間のために、あの言葉はあったのだと。後から振り返れば、そう思う。

 

 

 ロビンがスマホを持ち上げる。画面をカメラに向ける。

 

 

 同時に、スピーカーから機械の音声が流れる。

 

 

 だが、その一言に込められたものは、

 

 ——機械の声では到底伝えきれない、途方もない重みを持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——たすけて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロビンの目から、一筋の涙がこぼれる。

 

 画面に映る銀河の歌姫は、声を失い、傷だらけのまま、それでもまっすぐにカメラを見つめて、そして、

 

 

 深々と頭を下げた。

 

 

 コメントが——動き出す。

 

 いや動き出すなんてもんじゃない。高速すぎて爆発するんじゃないかと思うレベルでコメントがただの流線と化していく。

 

 

 ——たすけるよ!! だって私、ロビンの歌にすくわれたもん! 何ができる! なにすればいい!!

 

 

 文字が濁流になり、画面を埋め尽くしていく。

 

 泣いている人がいた。怒っている人がいた。「行く」と書いている人がいた。「拡散する」と書いている人がいた。

 

 接続数の桁が、1つ上がった。

 

 もう1つ上がった。

 

 

 うねりは止まらない。

 

 

 エレーナは画面の端で、静かに微笑んでいた。

 

 

 ——これで、放棄(ほうき)はできない。

 

 

 銀河の歌姫が助けを求めた星を、見捨てるわけにはいかない。

 

 カンパニーも、暫定統治府も、解放戦線も、そのほかの派閥——”調和”のファミリー、弱きを助け悪をくじく義侠心(ぎきょうしん)にあふれた正義の”巡海(じゅんかい)レンジャー”、”絶滅大君”及びその配下の”反物質レギオン”と繰り返し戦闘を繰り広げている”巡狩”の仙舟同盟、

 

 

 

 誰も彼もが。

 

 

 

 世論(せろん)という名の巨大な波となり、

 

 今、このシロッカに向かって動き出している。

 

 

 

 エレーナは配信を続けながら、片手で自分のスマホを操作した。

 

 宛先は——ジェイド。

 

 短いテキストを1本。

 

 

 "シロッカに絶滅大君クラスの脅威。増援(ぞうえん)緊急契約保全(きんきゅうけいやくほぜん)を要請します。なお、本件は既に銀河規模で配信中です。全責任は私が負います——エレーナ"

 

 

 配信を終了すると同時に、送信。

 

 ……ジェイド様なら、この意味がわかるはずだ。

 

 つい今し方、このシロッカを銀河で最もホットな場所にしてしまったのだから。

 

 ——大口を叩いた分は、これで少し返せたかな。

 

 ロビンがエレーナの袖をくいっと引いた。目が「大丈夫?」と聞いている。

 

 エレーナは小さく笑って、こう返した。

 

「最高の配信だったよ、ロビン。見てよ、このコメントたち。みんな貴方をたすけたいって、だから——あなたがやってきたことは、何一つ間違ってなかった」

 

 ロビンの両目からまた涙がこぼれはじめる。涙をぬぐいながらも、照れたように笑う。

 

 

 ——その笑顔を見て、エレーナは確信した。

 

 

 この人の味方でいよう。ゼインの隣で、ロビンの隣で、子どもたちの前で。

 

 スターピースカンパニーの社員として。

 

 1人くらい弱い者の味方がいたっていい——いや2人になる予定だけど。

 

 それに、足りないなら、銀河中を巻き込めばいい。

 

 

 

「——さて」

 

 エレーナは立ち上がった。

 

「次は避難経路(ひなんけいろ)の確保。カブ、施設の構造図を出して」

 

 

 カブが「キュゥ!」と応える。

 

 戦いは続いている。

 

 地下から響く震動が、それを教えてくれている。

 

 ——あの馬鹿が稼いでくれた時間を、1秒も無駄にしない。

 

 

 

 

 

 

 

 それが私たちにできるコトだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







サブタイの”私”は”わたし・わたくし”とお読みくださいませ。

■執筆時BGM
「そして僕にできるコト hiroic」テイルズオブシンフォニア PS2版より
「そして僕にできるコト」day after tomorrow
      
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