ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#38 ”フレンズ”

 

 

 

 

「——やあ、お待たせ。派手にやってるね。僕も混ぜてもらっていいかな?」

 

 

 死を覚悟した直後に、そんな声が聞こえた。

 

 

 ……え、どちらさん?

 

 

 なんなん、見たとこ、俺とそんな歳の変わらなそうなイケメンは。

 

 迷い込んじゃったの? トイレこっちじゃないですよって親切に教えてあげた方が良い感じ?

 

 しかしイケメンは片手をポケットに突っ込んで、もう片方の手でコインをいじっている。無意識でもこなせそうなくらい、よどみなく指の間をくるくると踊る金属が、場違いなくらいチャリチャリと音を立てていた。

 

 星嘯(せいしょう)も、その闖入者(ちんにゅうしゃ)を見ていた。金爪(きんそう)の光が、わずかに緩んでいる。

 

 攻撃の手が——止まっている。

 

 どうであれ、(すき)ができたのなら、それを見逃すわけにはいかない。

 

 混ぜてくれというなら、

 

「——飛び入り参加大歓迎だよ。軍資金(チップ)も準備万端みてーだしな」

 

「ははっ、そうこなくちゃ。僕はアベンチュリン。スターピースカンパニー、(じゅう)石心(せきしん)——ジェイドからの”贈りモノ”さ」

 

 俺は星嘯(せいしょう)から飛び退()く形で、イケメンの横に並ぶ。

 

 ——十の石心。噂には聞いたことがある。スタピの高級幹部(エリート)だ。ひょっとしてジェイドお姉様、めっちゃ偉い説あるな、さすがは俺のお姉様です。

 

 じゃねーわ……ジェイドからの贈りモノって何だよ、なに勝手に呼び捨てにしてんだ、ノヴァイレイザーふぅふぅして冷ますからそこに居直れ、とツッコみたいが後回しだ。

 

「"贈りモノ"、って……あーエレーナがなんか言ってたやつか」

 

 そういうことね。シャレた真似してくれますわ。さすおね。

 

参加者(プレイヤー)が足りなくなるかもしれないからってちょっと彼女と取引をしてね」

 

「おーよ、全然足んなかったのよ。2人麻雀(ニマ)はつまん、ね……」

 

 言って、猛烈に咳き込む。胸を叩く。……あんま余裕ねーかも。軽口を返す体力すら怪しかった。

 

 アベンチュリンの目が、一瞬だけ俺を見た。ボロボロの身体と、かろうじて立っている足を。何かを読み取ったように、わずかに目を細める。

 

 ただ、何も言わず——代わりにコインを(はじ)いて、星嘯(せいしょう)に向き直る。

 

「——あなたは、……”存護(そんご)”の気配がしますね。ただ、深奥(しんおう)はそうではなさそうですが」

 

 穏やかで、丁寧で、底知れない、星嘯の声。

 

「——人の心の(のぞ)き見は良くないよ? そんな君は、”壊滅”の星嘯(せいしょう)かな。”調和”も関係してそうだけど」

 

 飄々(ひょうひょう)と、掴み所なく、底知れない、アベンチュリンの声。

 

「それで、あなたは何が出来るというのですか」

 

「——賭け事(ギャンブル)

 

 肩をすくめながらアベンチュリンが俺の前に出た。さりげなく、俺と星嘯(せいしょう)の間に身体を置いている。

 

 ——かばってるつもりかよ。

 

 わかった瞬間、少しだけ——ほんの少しだけ、息がしやすくなった。めっちゃ助かりますはい。

 

「……アベンチュリンさんよ」

 

「さん付けはいらないよ。男同士なんだ、堅苦(かたくる)しいじゃないか」

 

「じゃあこっちはゼインさんでいいぞ。——チュリ()。武器は?」

 

「君は随分とピーキーだなぁ!」

 

 思わずといった形でこっちを振り返る。

 

「えー、なんかなげーんだもん。バトってる最中(さいちゅう)、噛みそうになるわ」

 

 俺の言い草にあきれた顔で苦笑しつつ、コインを親指で弾く。くるくる回って、手の甲に落ちる。

 

「僕の武器は——少しばかりの幸運さ」

 

「わーすごーい……」

 

 ”賭け”と”幸運”っつったよ。この状況で。棒読みで反応するしかなかった。ミサイルとか持って来いよ。

 

 だがそれ以上聞いている暇はなかった。星嘯(せいしょう)が動く。

 

 金爪が光を帯び——讃える調べの五線譜(ヒュムノス・スタッフ)

 

「下がれ!」

 

 叫ぶのと同時に散開する。星嘯(せいしょう)の爪が振り下ろされ、さっきまで2人が立っていた場所に五条の溝が走った。

 

 粉塵の中で、アベンチュリンがコインを宙に弾く。

 

 コインが——光った。

 

 半透明の防護壁(ぼうごへき)が展開される。即座に追いかけてきた第2の衝撃波がそれに当たり、火花を散らして()れた。

 

「——バリアかよ!」

 

「雑だなぁ。チップと言ってくれ。僕がもらってる”存護”の権能は——”運命”を賭けて、結果を”守り”や”攻撃”に変えるんだ」

 

「そんなら。防御はチュリ男、頼んだ。——俺が仕掛ける!」

 

「いい(ハンド)だ。——行こうか!」

 

 走る。

 

 アベンチュリンのコイン——いやチップが射線上に防壁を展開し、星嘯の攻撃を逸らす。その隙に俺が回り込み、パルサーエッジを上段から振る。

 

 ——(はじ)かれる。

 

 金爪が見もせずに受け、腕ごと押し返された。後退しながら体勢を立て直す。星嘯(せいしょう)の追撃——アベンチュリンの防壁がそれを散らす。

 

「——無駄ですよ」

 

 星嘯(せいしょう)の声に焦りはない。

 

 構わない。もう一度仕掛ける。防壁の展開に合わせて死角に飛び込み、斬り——やっぱり弾かれる。

 

 それでも繰り返す。

 

 ぼっちで戦っていた時とは違う。防壁のおかげで致命打を避けられる分、攻めに出られる。2人いるだけで負担が段違い(ダンチ)だ。

 

 3度目の突撃も弾かれて着地した瞬間、アベンチュリンが横に並んだ。

 

「——どういうことだい?」

 

「何が!?」

 

 息を切らしながら、コインを弾く。

 

「君の近くだと、運の流れが乱れる。いつもと何かがおかしい」

 

「知らねーよ、んなの。困んのか?」

 

「困りはしないさ。ただ——」

 

 星嘯(せいしょう)の金爪が迫る。2人同時に飛んで避けた。着地。

 

「——変だ、ってだけ」

 

 冗談、ってわけじゃなさそうだった。アベンチュリンの声には本当に怪訝(けげん)そうな色がある。だが、楽しくおしゃべりしている余裕はない。

 

 連携を重ねる。アベンチュリンの防壁展開のリズムが少しずつ読めてきた。コインを弾くタイミング、防壁が展開される位置、持続時間。それを予測し動くと、無駄な動きが減っていく。

 

 息が合ってきている——実感があった。

 

 合間に、ふと天井を見上げる。

 

 

 

 黒環(ブラックホール)が、ない。

 

 

 

 さっき俺がノヴァイレイザーで消し飛ばした黒環(ブラックホール)——あの天罰レーザーの発射口が、再形成されていない。

 

 最大火力が封じられている。天罰レーザーが来ないなら——まだ、やれる。

 

 再び、アベンチュリンの横に並んだタイミングで、

 

「チュリ()、なんでもいい、(すき)、作れるか」

 

「おっと、攻めの姿勢(アグレッシブ)だな。——いいよ、なんとかしよう。その代わり、降りる(フォールド)のはなしだよ?」

 

「言ってろ!」

 

 瞬時にお互いが駆けだし、いったん俺は距離を取りつつ、アベンチュリンが突破口を開くのを待つ。 

 

 目下(もっか)の課題は金爪(きんそう)に防がれ、星嘯(せいしょう)に直接ダメージを与えられていないことにある。金爪をどうにかできない限りは状況の打破は不可能だ。

 

 ただ、どうにかさえしてくれれば、天罰レーザーの(うれ)いがなさそうな今、この血に()えた妖刀パルサーエッジが、

 

 

 

 

 ——スン、と消灯した。

 

 

 

 

 (つか)を握った手の先に、もう何もない。パチパチとスイッチを連打しても、つかない。

 

 刃を出力する部分に息を吹きかけても、高速で振っても、(はし)っこの部分をトントンしても、

 

 つかない。

 

 ……えー、誠に遺憾(いかん)ながら、エネルギーが完全に底をついたようです。

 

 

 血に飢えた妖刀ではなく死に絶えた本当のゴミです。対戦ありがとうございました。

 

 

「…………」

 

 

 えー、あ、はい、これはRPGで言うところのラスボス戦で素手(すで)になるイベントです。普通、こういうのはカットシーン入ってからの覚醒(かくせい)イベントとセットのはず。

 

 

 覚醒(かくせい)は? 覚醒きて、早く来て。泣くぞ。

 

 

 アベンチュリンが防壁で星嘯(せいしょう)の追撃をいなしながら、こっちを見た。目で訴えてくるのは、

 

 

 ——それじゃ、いくよ?

 

 

 いやいやいやダメダメダメ全然よかない、いかないで!!

 

 

「待————ってチュリ()ストップストップスト——ップ!! フォ————ルド!!」

 

 全力で叫んだ。

 

 アベンチュリンが、ちらりとこちらを見た。余裕なんかないはずなのに、サングラスの奥の虹色がちょっと楽しそうなのが腹立つ。

 

「——おいおい! そりゃないよ?」

 

「見てコレ!! だめ待ってムリしんどい!!」

 

 これ見よがしにパルサーエッジのスイッチを連打して見せて、ゴミアピールをする。そのまま腕をクロスさせ×(ばってん)を作る。

 

 さすがに俺の尋常ならざる形相(おもい)が届いたのか、アベンチュリンが防壁でルートを作りつつ後退してくる。

 

 

「フォールドじゃなくてフェイルド(故障)ってわけか——じゃあ、どうする?」

 

「どうするって——」

 

 

 見回す。手元にはパルサーエッジの(つか)。ひのきじゃないだけの、ただの棒だ。そして——、

 

 視線が冷却中のノヴァイレイザーに向く。

 

 撃てない。冷却フィンがフル回転中でまだ終わってない。だが——この展開されたでかい銃身は、物理的にはそこそこの重さの鈍器(どんき)だ。

 

 どうすんべ……いや、

 

 

 ——待て。

 

 

 ひとつだけ、方法がある。

 

 つーかもはや、それしかない。

 

 パルサーエッジの(つか)。意味不明に頑丈(がんじょう)謎合金製(なぞごうきんせい)。刀身がないだけで、棒としての強度は変わっていない。

 

 ノヴァイレイザーの銃身。重い。太い。金爪の一撃を受け流すには十分そうな質量がある。

 

 右手に柄。左手に銃身。

 

 ……二刀流だ。

 

 撃てない銃と光らない剣の二刀流(ガン=カタ)。字面で見たら死ぬほどダサいが、今の俺にはこれしかない。

 

「——チュリ男」

 

「うん?」

 

役割交代(スイッチ)だ。俺が前に出て隙を作る。お前は後ろから仕掛けろ」

 

 アベンチュリンが目を見開いた。

 

「……正気? 武器もないのに前に出るの?」

 

「武器ならある」

 

 パルサーエッジの柄を振ってみせる。ノヴァイレイザーの銃身を構える。

 

「……それ2つとも死んでない?」

 

「機能はな。でも棒と鈍器でまだ現役だ。”ワシャ、まだまだやれるぞい”って俺にはこいつらの声が聞こえる」

 

「息すらしてなさそうだし、それを二刀流とは言わないと思うけどなぁ……」

 

「うっせぇ。お前は後ろから存分にチップぶつけてこい。防壁を攻撃に回せるだろ」

 

 アベンチュリンが一瞬、黙った。

 

 俺の目を見ている。何を考えているのかわからない。コインが指の間で止まっている。

 

 やがて——口の端が、わずかに持ち上がった。

 

「……まったくとんだ賭博人(ギャンブラー)だな。だけど、君みたいなヤツは——嫌いじゃない」

 

「へぇへぇ、せいぜい賭博中毒(ギャンちゅう)同志(どうし)、仲良くしようぜ。——行くぞ!」

 

(さい)は投げられた、ってね。——頼んだよ、マイフレンド!」

 

 走る。

 

 星嘯(せいしょう)に向かって、もう何度目かになる正面から。

 

 金爪が振り下ろされる。讃える調べの五線譜(ヒュムノス・スタッフ)——

 

 ノヴァイレイザーの銃身を斜めに構えて、受け流す。金属同士がぶつかる重い衝撃が、左腕を伝って肩まで響いた。(はじ)き——きれない。身体が横に流される。

 

 だが——止めた。

 

 完全に受けたわけじゃない。角度をつけて力の方向をどうにかずらしただけだ。でも、なます切りにされなかっただけ十分だろ——

 

「——今だ、チュリ男!」

 

 背後からコインが飛ぶ。防壁ではなく——直接、星嘯(せいしょう)に向かって。

 

 アベンチュリンの攻撃。守りに回していた分のリソースを、そのまま攻撃に叩き込む。光るコインが拡大し、星嘯(せいしょう)めがけて殺到(さっとう)する。

 

 そんな光輪(こうりん)と化したコインが星嘯(せいしょう)の身体に——

 

 

 すり抜けた。

 

 

「「……は?」」

 

 アベンチュリンの声と俺の声がハモった。

 

 コインは星嘯(せいしょう)の身体を通過して、向こう側の壁に突き刺さり、カランと音を立てて落ちた。

 

 弾かれたんじゃない。防がれたんでもない。星嘯(せいしょう)の身体を——何の抵抗もなく通り抜けた。

 

 

「も……もう一発!」

 

 

 俺が金爪を受け流している間に、アベンチュリンがコインを立て続けに撃ち込む。2枚、3枚、4枚——

 

 

 全部、すり抜けた。

 

 

 星嘯(せいしょう)の身体に触れた瞬間、コインは何の手応えもなく通過する。まるで空気のカーテンをくぐるみたいに。

 

 

「…………」

 

 

 いつの間にかアベンチュリンの顔から軽さが消えていた。

 

 俺も動揺を隠せず、すぐに星嘯(せいしょう)から間合いを離す。

 

「——全部すり抜けてる。最初から、僕たちは触れてすらいない」

 

「防壁を張ってた時は気づかなかったのか?」

 

「守りに使ってる時は、星嘯(せいしょう)の攻撃を()らすことしか考えてなかったからね。でも攻撃として直接ぶつけてみたら——見ての通り手応えがゼロだ。まるで、イカサマだね」

 

 たしかにこっちの攻撃は当たらないとしたらずっこいなんてもんじゃ——いや、

 

「……でもよ、チュリ男。金爪(きんそう)は当たるぞ。さっきから俺、銃身で受けてるけど——ありゃあ、ちゃんと実体がある」

 

「確かに。身体はすり抜けるのに、爪だけ実体がある——か」

 

 アベンチュリンがコインを(もてあそ)びながら、目を細めた。

 

「推測に過ぎないけど、あの爪から感じる力の質が、本体と違う。あの爪だけが——何か別のエネルギーで構成されてる」

 

 別のエネルギー——。

 

 その言葉に引っかかって、星嘯(せいしょう)の全身を(あらた)める。

 

 何十回も攻撃して、コインをぶつけて。星嘯(せいしょう)のボディスーツも白いストールも相変わらず新品みてーだ。天環(ヘイロー)地環(ヘイロー)もぴかぴか。汚れるどころか、シワすらない。

 

 ——おかしい。どう考えてもおかしいんだよ。

 

 なら、もしかして、間違っているのは——

 

 

 アベンチュリンと目が合った。

 

 

「……ミスリードされてたかもしれないね、僕らは」

「だな——」

 

 普通、人型であれば、頭とか胴体が本体だと思いがちだ。

 

 だからこそ、俺たちも金爪(きんそう)ではなく、頭や身体を狙いにいった。しかしそれは結果として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうだしたら、

 

「狙うべき本当のターゲットは、」

 

 俺たちの声が重なる。

 

 

 

 

「「——金爪だ」」

 

 

 

 

 理屈はわからないが、星嘯(せいしょう)の右手の金爪以外の身体は実体のない影のようなもの。そして、あの金爪だけは星核の力で実体化している。だからぶつかるし、斬れるし、俺たちを壊せる。

 

 だが、それ以外の部位は幻影(げんえい)

 

 ……つまり、金爪以外のどこを殴っても意味がない、ってことだ。

 

 

 

「——ようやく気づきましたか」

 

 

 

 俺たちの推測を裏付けるような発言とともに、星嘯(せいしょう)の金爪が(せま)ってきた。ノヴァイレイザーで受け流す。追撃をパルサーエッジの柄で弾く。さっきより重い。腕ごと持ってかれそうだ。

 

 アベンチュリンがコインを弾く。防壁に戻して俺の横から援護に入る。

 

 攻撃が通じないなら、せめて前衛の俺が潰れないように守る——自然とそういう判断に切り替わっていた。ナイスカバー。言葉にしなくても動きで伝わる。

 

 

 

「それで、どうしますか? ——わかったところで、あなたたちは何かできるのですか?」

 

 

 

 ……最悪なことに(おっしゃ)る通り。

 

 俺たちの希望は一周回(いっしゅうまわ)って手からこぼれ落ちてしまった。元より、胴体にダメージが与えられればまだ勝機(しょうき)は見えてくると目論(もくろ)んでいたが、それはハズれた。

 

 本当に壊すべきターゲットである金爪も、これまで打ち合ってきてダメージを与えられていない。

 

 そう……狙いの認識が変わったところで、

 

 ——戦況は変わらない。

 

 こっちの攻撃は効かず、全部すり抜ける。

 

 向こうの攻撃だけが、確実にこっちを削っていく。

 

 これが本当のチートってやつだぞ……銀狼。

 

 

「……なぁ、チュリ男ッ!」

 

 金爪を受け流しながら呼ぶ。

 

「なんだい、マイフレンド!」

 

 鳥肌立ちそうだから、その呼び方やめてほしいんだけど。

 

「ダメもとで()っけど、お前あの金爪を星嘯(せいしょう)から分離する方法持ってねーか。なんかこう、()るとか()つ的な」

 

「僕が出し惜しみしてるって言いたいのかい?」

 

「……うんにゃ、ダメもとつってんだろ」

 

 金爪を()がすなりなんとかできればと思ったが、右手首から先は実体がないわけで、そんなもんどうやって切り離すんだよ。おまけに使える武器もねーし。もうわけわかんねーよ。イジワルなぞなぞでも、もちっとマシだよ。

 

 汗が一筋、頬を伝い、

 

 何か、何か、他に手立てはねーのかと、

 

 

 ——考える暇を、星嘯(せいしょう)はくれなかった。

 

 

「!?」

 

 

 金爪の連撃が苛烈(かれつ)さを増す。いよいよもって聖絶(せいぜつ)とやらの執行(しっこう)激化(げきか)する。

 

 ——容赦のない殲滅(せんめつ)モードだ。

 

 嵐のような猛攻をノヴァイレイザーの銃身で受ける。一発一発が重い、重すぎる。腕と脇腹が悲鳴を上げる。完全に防ぎきれず、余剰分(よじょうぶん)が全身の皮膚を切り裂いていく。足下(あしもと)の大理石にクモの巣状のひびが走る。パルサーエッジの(つか)で追撃をさばく。徐々に後ずさりするしかなく、その際に足元がふらつき、また確認する余裕なんてよもやなく、

 

 

 ——()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 あ。と思った。

 

 体勢が崩れる。

 

 金爪の一振りを、ノヴァイレイザーで受け損ねた——やっべ——星嘯(せいしょう)の口元が”とらえた”と笑う。

 

「——ゼイン!!」

 アベンチュリン、なんか叫んでんな。

 

 ——直後、銃身ごと金爪を横薙ぎに振るわれ、

 

 ダンプカーに()ねられたかのような速度で瓦礫(がれき)の山に突っ込む。

 

 右半身が(つぶ)れた音を鼓膜(こまく)じゃない何かが感知する。あ、マジでグシュッてトマト潰れたみてーな音がすんだ。

 

 な。

 

 

 

 

 

 

そこは白い空間で、そいつはいつも体育座りをして背中を向けている。

 

どこまでも白。

 

上も下も右も左も。

 

またいつもの白い空間。

 

体育座りの姿勢は変わりなく。

 

「おい、いい加減、こっ——」

 

 

 

 

 

 

「…………〜……〜……」

 

 

 

 ……声、出ねぇや……。

 

 あ〜あ〜あ〜。視界欠けてら。右目完全に見えねーし、全体的に”右”の感覚ねーでやんの。

 

 ドジったなぁ……こりゃ死んだか? いや、ナチュラルに死んだかって出るあたり生きてるか。意識、あるし、

 

 

 ——だから、セーフってことでいいか、エレーナ?

 

 

 ……いやぁ、もう反則だろ、”絶滅大君(ぜつめつたいくん)”って、どいつもこいつもこんなつえーのかな。てか”使令”だからなのか。そりゃ星系滅(せいけいほろ)ぼすのも頷けるわ。

 

 ——星系滅ぼす、か。

 

 俺を殺して、そしたら星嘯(せいしょう)はすぐに聖堂を飛び出すんだろうなぁ。大気汚染とか効いてるイメージ全くねーし、讃える調べの五線譜(ヒュムノス・スタッフ)と、わかんねーけど天罰レーザー復活して空からやりたい放題やんだろうな。そんで星中(ほしじゅう)が火の海になり、星嘯(せいしょう)の言う通り、苦しむ者ゼ〜ロ〜で救済完了ってなって、布巻いた解放戦線の連中も、俺を疑いやがった統治軍の連中も、生活区画(リビングエリア)で暮らしてるフツーのやつらも、コンソナンスのおチビたちも、ターニャも、それらを(ひき)いて逃げてるはずのエレーナもアリアも皆殺しかぁ……、

 

 

 ここまで随分と頑張ったつもりだけどなぁ、カフカさん()めてくれっかなぁ。

 

 

 そう……、だな。

 

 

 褒めてもらうにゃ、帰んねーと。

 

 

 (せい)もホタルもどうせお土産(みやげ)持って帰らねーと、ご機嫌(きげん)損ねるだろうし、メンド……なんもねーよ、この星。

 

 

 

 

 でも、みんな、

 

 

 

 

 生きてるよ。

 

 

 

 

 だからまだ、

 

 

 

 もうちょっと、ほんのちょーっと、先っちょだけくらいちょーっと、

 

 

 

 足んねぇよな。

 

 

 

 

 

 ——身体張(からだは)んの。

 

 

 

 

 

 立てっかなぁ、でも立ち上がんねぇと、チュリ()1人じゃちと荷が重いだろ、

 

 あ〜……休みてぇ、な……はぁ……クソ、マイフレンドなんて軽々しく言ってくんじゃねーよ……ダチになったら助けねーといけねぇだろうが、ただでさえ助けに来てくれちまってんだからよ。

 

 とりあえ、ず、だ。

 

 やって、……みるだけ、……やってみっか、左手に力込めて、ウケる。超震える。上体起こして、

 

 おえっ、血ゲロ出た。わー、すっげー出た。

 

 やり直しだ。左手すべるなぁ。そういうヌルヌルプレイじゃねーんだけど。

 

 左足をカエル足スタイルにして、少しずつ持ち上げて、

 

 立ち上がる。

 

 

 

 ……あれ?

 

 いけんじゃん。

 

 

 

 立てた。

 

 

 

 今ので試合しゅーりょー(K.O.)と思ったのに——歩けんじゃん。

 

 なんだこれ、脳内麻薬ドバドバってこと? それともあれか、かの有名な火事場のクソ(ぢから)。人間、死にそうになると脳がリミッター外すっていうし。

 

 きっとそれだ。今は動けるならそれでいい、とにかく、動かねーと、急げ。

 

 散乱する瓦礫(がれき)瓦礫(がれき)の合間を()って、右足を引きずりながら、

 

 おーおー、やっぱアベンチュリンも()されとるわ。腹のあたり押さえてるし、全く余裕なさそうだ。そりゃそうだよな。わかる……待ってろ……、

 

 星嘯(せいしょう)とアベンチュリンが戦っているさなかにゆっくり加わる。

 

 視界の端から何かのろのろしたのが動いてくるのを認識したアベンチュリンは、その宝石みてーな瞳を見開いて、

 

「ゼ————」

 

 言葉は続かなかった。

 

「ゼで止めんなよ……マジで絶句してる感パないから」

 

 

 人をゾンビみてーに見んな。

 

 一応、ピースしてやる。右手も指も変な方向、向いてるけど。

 

 

「あなた……本当に何者なのですか」

 

 

 どうやら完全に始末完了したと思ってったぽい、星嘯(せいしょう)も爪を下ろし、静止していた。へへっ、ザマーみろ。

 

 だから、ピースを星嘯にも向けて、言ってやる。

 

 

「年上好きの年下の男の子でーす。……ちなみにしぶてーのも美点みたいよ。いいだろ、好きになれる要素、いっぱいありますよ、おねーさん。おひとついかがでしょーか」

 

「——いいでしょう。しぶといのなら終曲(おわり)まで何度でも付き合ってあげましょう」

 

「ちぇっ、つれねーなぁ」

 

 誘い文句をガンスルーした星嘯(せいしょう)が右手を掲げると、金爪が光を増す。その明るさは、これまでで、

 

 ——最も明るい。

 

 

 

 間違いなく、かつてない一撃が来る。

 

 

 

「——チュリ男、壁、たのまぁ……」

 

「……それは1枚が限界だ」

 

「なら1枚でいい。最終局面(オーラス)だ、全ツッパ(オールイン)でいこうぜ」

 

「……ふふっ、ははっ、つくづく気が合うなぁ、僕らは」

 

 

 アベンチュリンが渾身(こんしん)の虎の子チップを放る。最後の防壁が2人の前に展開される。

 

 さらに俺は左手でノヴァイレイザーを防壁の手前に構えた。二重の壁。のつもり。気休めだ。気休めでも、やれることは全部やる。

 

 

 

 

 

 ——その時、

 

 

 

 

 

「金爪:讃える調べの七重(ヒュムノス・セプテ)——ッ!?」 

 

 

 

 

 

 ——場違いなほど軽快なメロディが響き渡る。

 

 

 

 止まった世界の中で、

 

 おもむろにアベンチュリンが「僕のだ」といってスマホを取り出し、あろうことか電話に出てしまった。

 

 おい、緊張感……、

 

 

 星嘯(せいしょう)星嘯(せいしょう)で、顔を俺たちから、ある1点——入口の階段へ向けている。

 

 固く引き結んだ口元から、何かを警戒しているかのように——俺には思えた。

 

 

 

「——はい、もしもし、うん、お互いまだ生きてるよ。だいぶ雲行きがあや——あーはいはい、」

 

 

 

 この()に及んで正気かと思うが、アベンチュリンはスピーカーに切り替えて、どういう訳かスマホを俺に向ける。

 

 

 

 

 それは、

 

 

 なんでか明らかに怒気(どき)(はら)んでいる、

 

 エレーナの声で、

 

 

 

 

 

『もしもし、そこにいるはずのバカ部下(インターン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——なんか知らない女がそっち向かってったんだけど?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カツン。

 

 

 

 

 

 

 

 革靴の音じゃない。アベンチュリンの呑気な足音でもない。

 

 もっと硬い。もっと重い。

 

 まるで。

 

 刀の鞘が床を打つ、乾いた音。

 

 

 入口の階段から、

 

 再び黒い影が降りてくる。

 

 

 その人は藍色の長髪をたなびかせ、

 

 薄闇にぼんやり浮かぶ白い顔を持ち、

 

 右手に(たずさ)えた刀が揺れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅れてすまない。どうやら私はいつも、

 思いも寄らない時機(じき)

 

 

 

 

 

 ——居合わせてしまう、運命らしい

 

 

 

 

 

 

 そう言って、黄泉(よみ)のねーちんは、

 

 困ったような笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 





執筆時BGM:「1coma」from 甲鉄城のカバネリ COMPLETE SOUNDTRACK


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