ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#39 ”REVERSI”

 

 

 

 

 

「——無事、というわけではなさそうだな」

 

 

 最初こそ困ったような笑みを浮かべていたものの、俺を見るなり、眉をひそめ、痛ましそうな顔へと黄泉(よみ)のねーちんの表情が転じる。いやまぁ、たしかにヤバいくらい服は血だらけだし身体もえらいこっちゃなんですけど。

 

 それよか困ったような笑み——って、困ってんのはこっちなんですけどぉ?

 

 なになになんなの、援軍(えんぐん)パート2ってわけ? この人、コンソナンスでグースカピーした後、とっくにもう出て行ったかと思ってたんですけ——いや、まずはだ、

 

 俺は一目散に駆けだし、星嘯(せいしょう)からかばうようにねーちんの前に立ちながら、背中越しに叫ぶ。

 

「ねーちん、こんな地獄まで、何しにきたんすか!?」

 

「あ、ああ……どうやら少し寝て、体調も戻ったようだから、あなたを探していたんだ」

 

「なんでなんで!?」

 

 俺の勢いに少しだけ気圧(けお)されたように、

 

「——そういえば、連絡先を、聞き忘れてたと思ったんだ……迷惑だったら、すまない」

 

「え、すき……」

 

 え、すき……、やべ、声出ちゃった。てか声が先に出た。

 

 ダメだ、やっぱ俺が守らなきゃ。俺はねーちんを守って、胸を張って消し炭になろうと思う。

 

 なんかアベンチュリンのスマホから、「は?」って声が聞こえた気がするけど、気にしない方向でいくぞ。

 

 

 じゃねーわ!

 

 

「むちゃくちゃ、くちゃくちゃ、嬉しいんですけど。——今ちょっと、ばりヤバなんで、逃げてください! コンマ数秒くらいは時間稼ぎます。俺があなたをまも——」

 

 血の涙を流しながらも、連絡先よりねーちんの命を優先する。

 

「——心配してくれるのはありがたいが、状況は上のエレーナという女性から聞いている。昼間のお礼をさせてくれ」

 

 ねーちんの目が、俺を通り越して星嘯(せいしょう)に向いた。

 

 正確には——()()()()()()()を、ゆっくりと柔手(にこで)を使うかのように、視線が()でていく。

 

 

「……なるほど」

 

 

 ため息みたいな、小さな呟きとともに、

 

 

 ——空気が変わった。

 

 

 黄泉のねーちんの目が、底が抜けたみたいに深く、暗くなっていく。

 

 

 焦点(しょうてん)が合っているはずなのに、不安が(つの)り、こちらが何かおかしいんじゃないかという気がしてくる、そんな、

 

 

 一見、何も”見ていない”かのようで、何かを”見ている”目。

 

 

 でも、たしかに、わかるんだ。

 

 

 ねーちんは、今、

 

 

 ——()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「おかしな話だ。あなたはここにいるのに——ここにはいない」

 

 

 独り言のように、哲学的な言の葉が舞う。

 

 

「……(おっしゃ)る意味がわかりません」

 

「とぼけなくていい。ここにいる、あなたの身体は"(かげ)"だ。遠く彼方(かなた)にいる本体から伸ばされた投影(まやかし)——()れられるものが、そもそもここに存在していない」

 

 

 ——はい?

 

 なんで一目でわかるんだ? 俺とアベンチュリンが死にかけながら何十回も突撃して、ようやく辿(たど)り着いた結論を……この人、見ただけでわかっちゃうの?

 

 

「……随分と、眼が良いのですね」

 

「それは、褒め言葉ではない。——見えなくていいものばかり見える体質(たち)なんだ」

 

 

 星嘯(せいしょう)の声から、初めて警戒の色がにじんだ、気がした。

 

 俺たちが指摘したときとは反応が全く異なる。さっきまで星嘯(せいしょう)は、俺たちに対し”虫には何も出来まい”という、見下(みくだ)し以前と言って良い絶対的な線引(せんび)きがあった。

 

 しかし、ねーちんがこの場に来迎(らいごう)して以降、どこか様子がおかしい。

 

 

「反論があるならば、どうぞしてくれ」

 

「……さて。どうでしょうね」

 

 

 星嘯(せいしょう)が、はぐらかすように微笑んだ。その裏で、右手の金爪(きんそう)がわずかに引かれている。

 

 もしかして、距離を取ろうとしてんのか——?

 

 

「あなたのその爪だけが実体で、その中では”星核”の力が作用(さよう)している」

 

 

 黄泉のねーちんが、腰の刀に手をかけた。

 

 

 ——それを見た瞬間、空気がもう一段、塗り変わっていく。

 

 

 ねーちんの周囲の空気が、じわりと重くなる。近くにいる俺も悪寒(おかん)に襲われ、皮膚が粟立(あわだ)つ。地下空間を照らしていたわずかな光が、ねーちんの周囲だけ吸い込まれるように暗い。

 

 

「なら——その金爪と本体の間にある回線(つながり)を断てば、あなたは"ただの影"になる」

 

 

 …………ほ、ほう。

 

 うん? え……ど、どゆこと……? と目でアベンチュリンに助けを求めると、あごに手を当てつつ、

 

 

「例えるなら、……あの爪はネットワークにつながった映写機(プロジェクター)みたいなもの、ってことじゃないかな」

 

 

 アベンチュリンの説明だと、金爪が星核を電源とする映写機(プロジェクター)だとしたら、今現在スクリーンに映像を投影(とうえい)しているような状態にあるという。

 

 そして、その投影された映像こそ、すなわち爪を除いた目の前の星嘯(せいしょう)の身体であり、こちらが(さわ)れない理由だ。光を叩くようなものだから、どれだけ殴ろうとしても意味がない。

 

 だがそれだけではなく、映写機(プロジェクター)はもうひとつ別のことをしている。星嘯(せいしょう)の実体を、どこか遙か遠くにあるデータとしたら。

 

 それを何らかの——ねーちんはつながりと言っていたが、ネットワーク回線のようなものを通じてダウンロードし、星核に渡しているのではないか、と。

 

「な、なるへそ……」

 

 俺は一生懸命咀嚼(いっしょうけんめいそしゃく)(つと)める。ポクポクチーン。

 

 たぶん、すんげー乱暴に言えば、『定額見放題サブスクで見たい映画『星嘯(せいしょう)』を、金爪(きんそう)スマホのアプリで都度(ストリーミング)再生しているようなもん』てことなんだ。

 

 いや、そうならそうと言ってくれ、途中から俺だけ置いてけぼりにされたかと思ったぞ。

 

 さておき、

 

 黄泉(よみ)のねーちんの言葉では——その回線を切る、ということになるが……、

 

 金爪(プロジェクター)星嘯(本体)(データ)つながり(ネットワーク)

 

 それを()ってしまえば、おそらく金爪(プロジェクター)便宜上(べんぎじょう)名付(なづ)けるが、——星嘯(せいしょう)投影(シャドウ))を維持できなくなる。

 

 

 いや、まぁ一応、理屈はわかる、わかったけども、

 

 

 それを——どうやって?

 

 

 見えない回線を、どうやって斬るんだ?

 

 

「…………」

 

 

 星嘯(せいしょう)が沈黙した。

 

 いつしか微笑みも消えていた。

 

 初めて見る表情——否、「表情の不在」だった。あの静かな笑みが口元に張り付いていた顔が、今はまっさらに()いでいる。

 

 

 

「——さて。何を(おっしゃ)るかと思えば。自滅者特有(じめつしゃとくゆう)妄言(もうげん)でしょうか?」

 

妄言(もうげん)かどうかは——試してみよう」

 

 

 黄泉のねーちんの声もまた静謐(せいひつ)を保っている。

 

 だが、その身体は一歩ずつ、前へ進んでいく。

 

 

 そして、その手は、ほんのわずかに——刀を引き出していた。

 

 (さや)(つば)のあいだに、ほんの指一本分の隙間。

 

 そこから、見たことのない——色。

 

 色、というのもはたして正しい表現なのかわからない。光でも闇でもない。「何もない」が漏れ出しているような、奇妙な感覚を表現のしようがない。

 

 

 アベンチュリンが、俺の肩を軽く叩いた。

 

 

「——下がろう、マイフレンド」

 

「え?」

 

「僕の勘は(はず)れない。今から彼女がやることに——巻き込まれたくない」

 

 

 その声に、いつもの軽さがない。

 

 

「……おい、チュリ()。お前、あの人が何やるかわかんのか」

 

「いいや、わからない。わからないからこそ恐いのさ、よく言うだろう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

 

 冗談めかして言うが、目は笑っていなかった。

 

 ——いや、刀持ってるだろ。という言葉を飲み込み、

 

 若干というか、かなり(うし)(がみ)を引かれつつも、俺はアベンチュリンの言葉に従い、後ろに下がった。

 

 

「……貴方は」

 

 

 星嘯(せいしょう)の声が、初めて途切れた。

 

 

「実に——厄介(やっかい)、ですね」

 

 

 ねーちんは答えず、

 

 

 代わりに——刀を、抜いた。

 

 

 瞬間。

 

 

 

 

 世界が、塗り替わった。

 


 

 (まばたき)きよりも早い速度で、地下空間が消えた。

 

 壁も天井も床もない。星嘯(せいしょう)も。アベンチュリンも。自分の身体すらも。

 

 

 目の前に広がっていたのは、

 

 

 果ての見えない、白と黒の(色のない)世界。

 

 

 足元にはどこまでも水面が広がっている。薄い水の膜が鏡のように空を映し、水と空が溶け合って境界がわからない。地平線の果てまでずっと、ずっと——途切れることなく。

 

 まるで、そう。

 

 世界そのものが水鏡(みずかがみ)になっているかのよう。

 

 

 そして空に浮かんでいるのは——太陽、だろうか。

 

 黒い。

 

 漆黒の太陽が、地平線に沈もうとしている。

 

 光を放っているんじゃない。光を呑み込んでいる。周囲の白すら引きずり込むような、圧倒的な「無」。

 

 じっと見つめていると、自分の中の何かまで吸い取られそうになる。

 

 

 ……何だよ、ここは。

 

 何だよ、この景色は。

 

 

 ——綺麗だ、と思った。

 

 

 でも、同時に、恐ろしい。

 

 

 こんな、何もない場所を。

 

 何もかも失われた場所を。

 

 綺麗だと感じてしまう自分が、怖い。

 

 

 水面に映る人影がひとつ。

 

 黄泉のねーちんが、そこに立っていた。

 

 

 ——変わっていた。

 

 

 藍色だった長い髪が、白い。

 

 右腕が——鮮血を塗りたくったような(しゅ)に染まっている。

 

 右目も——鮮血を見過ぎたかのように(あか)い。

 

 二値(白黒)でしか表現のできないはずの世界の法則を崩すように、

 

 (あか)が浮き上がっている。

 

 ……もし、ためらわず表現することが許されるのなら、

 

 その姿は——鬼だ。

 

 さっきまで困ったような笑みを浮かべていた俺の守りたくなる対象の面影(おもかげ)が、どこにもない。

 

 

 これが——この人の、本当の姿なんだろうか。

 

 いや——本当の、姿だったんだろうか。

 

 

 

 唇が動く。

 

 

 

 声が、水面(みなも)に波を作り、渡ってくる。

 

 低く、静かで、でも地平線の果てまで届くような声。

 

 

 

「——涙雨(なみだあめ) ()手溢(てあふ)るる (わた)(がわ)

 

 

 

 歌じゃない。祈りでもない。

 

 言葉そのものが、力。

 

 一音ごとに、水面(すいめん)が波紋を広げる。黒い太陽が揺らぐ。世界が——彼女の言葉に反応している。

 

 

 

「……黄泉路(よみじ)をゆけず 常世還(とこよかえ)らむ」

 

 

 

 一筋の(あか)い涙が、白い頬を伝った。

 

 

 ——泣いている?

 

 悲しいから? 本当に?

 

 ——あ、れ。

 

 気づけば、

 

 俺もまた泣いていた。

 

 涙が出ていた。涙腺がバグったみてーに。なんで。痛くもないし、悲しくもないのに。ただ——この人を見ていたら、勝手に。

 

 何なんだよこの人は。何なんだよこの景色は。何なんだよ——この涙は。

 

 

 なんで、この人はこんなにも(とら)われているんだ——よ——

 

 

 白黒の世界が、割れる。

 

 ガラスにヒビが入るみたいに、白と黒の境界が裂けて——現実が戻ってきた。

 


 

 

 

 

 

 黄泉のねーちんの刀が、鞘に収まっていた。

 

 

 

 

 音はなかった。

 

 衝撃もなかった。

 

 光も、なかった。

 

 ただ——断った。

 

 何かが。

 

 目に見えないけれど確かにそこにあった何かを。

 

 ぷつり、と。

 

 ねーちんの一刀(いっとう)が、

 

 星嘯(投影)(せいしょう シャドウ)と、遥か彼方の本体を結んでいた回線(つながり)を——()ったんだ。

 

 

 

 その刹那(せつな)——

 

 

 星嘯(せいしょう)の身体が、金色のあの光に包まれる。

 

 

 まばゆい光に照らされながら、俺はいつの間にか(ひざ)をついていた。隣でアベンチュリンも片膝をついている。

 

 何が起きたのか処理しきれない顔をしている。

 

 ——おそらく俺も全く同じ顔をしているだろう。

 

 

「——なに、が」

 

 

 状況が追いつくより先に、確認しなければいけないことに気づく。はたして——

 

 

 

 

 ——星嘯(せいしょう)は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星嘯(せいしょう)は、まだそこに立っていた。

 

 白いボディスーツ、天環(ヘイロー)地環(ヘイロー)。金色の光はもう消えている。見た目は——変わっていない。

 

 

 まだ、ダメなのか——と思った瞬間。

 

 

 気づいた。

 

 

 星嘯の頬に、

 

 スッと線が入り、

 

 血がにじみ。

 

 溜まった、それは頬を(すべ)り降りて、

 

 星嘯(せいしょう)の白いボディスーツに、

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 たった、それだけのことだ。

 

 

 たったそれだけの瞬間を、どれだけ待ったことか。

 

 

 何十回と、パルサーエッジを振った。ノヴァイレイザーを撃ち込んだ。アベンチュリンがコインをぶつけた。

 

 なのに、あの身体は実に綺麗なままで、シワの1つも、ホコリの1つも乗らなかった。

 

 

 それが——汚れた。

 

 

 決して(おか)すことの出来なかった領域に、手が届いたんだ。

 

 

 

「……お見事です。あと一歩でした」

 

 

 静かに、星嘯(せいしょう)は口を開いた。

 

 ()け値なしの称賛(しょうさん)も、やはり声の温度は変わらない。

 

 星嘯(せいしょう)の手が、自分の頬に触れ、浮き出た血を確かめるように、指先でなぞる。

 

 

「やはり——”虚無”の力は、(あなど)れないですね」

 

「言葉を返そう……”調和”で位相(いそう)をずらしたか」

 

 

 その口ぶりの意図するところが掴めず、俺は——、

 

 

「仕留め切れなかった、……みたいだね」

 

「——は? いや、でも、傷が通るようになったんだぞ」

 

 

 先に口を開いたアベンチュリンが(かぶり)を振る

 

 

「……違うよ。傷が通るのがおかしいんだ。本当なら、……消滅していないとおかしい」

 

 すぐさま、肯定の言葉が続く。

 

「——ああ、ゼイン、すまない。そこの彼の言う通りだ」

 

 振り返らず、ねーちんは、

 

「私は回線(つながり)を断ち、そのまま爪も破壊するつもりだったが——どうやら、彼女はその前に転送を完了させていたようだ」

 

「…………へ、へー、ふーん」

 

 またはてなマークで、頭ん中がびっしり埋まる。ちょっと整理してもらえないとわからないよボク。誰か、誰か。もう一人のボクでもいいから。

 

「……えー、あのぅ、えっと、つまりぃ」

 

「話だけしか聞こえないけど、つまり、星嘯(せいしょう)回線接続(オンライン)必須の都度(ストリーミング)再生から、とっさに回線なし(オフライン)で再生できるように全データをダウンロードしたってことだよ」

 

「——やってくれるぜ。つまり、回線接続(オンライン)必須の都度(ストリーミング)再生から、とっさに回線なし(オフライン)で再生できるように全データをダウンロードしたってわけか」

 

 まだ電話をつなぎっぱだったらしいアベンチュリンのスマホから、エレーナの解説が届いたんで丸パクリしておく。もうやだ、この宇宙。賢いヤツばっかいるもん。

 

「……ああ、そういうことだ」

 

 黄泉のねーちんだけがツッコまずに俺を受け入れてくれる。やっぱり俺が守らなきゃ……ッ。なんかスマホの向こうからガミガミ言ってるのなんて聞こえないもん。ぷいっ。

 

 とにかく、ようやく理解が追いついたぜ。

 

 星嘯(せいしょう)を指差しながら、

 

「要するにだ、今のお前は実体……っていうとややこしいから、分身として再現されたってことだろ」

 

 さしずめ、星嘯(投影)(せいしょう:シャドウ)星嘯(分体)(せいしょう:アバター)に変化したって感じだろう。

 

 どうであれ、ダメージが通るようになった。それさえわかればいい。

 

 もうロクな武器もねぇが、こうなったらその辺の石ころ握ってでも倒す。まだこの場には、俺が、アベンチュリンが、黄泉のねーちんが、立って——

 

 

 

 

「——1つ、あなたは勘違いをしています」

 

 

 

 

 星嘯の口調は(さと)すような優しげなもので。

 

 その右手の金爪が——ゆっくりと持ち上がった。

 

 

「たしかに認めましょう。あなた方は手強(てごわ)い」

 

 

 金爪が宙を撫でる。指揮者がタクトを構えるように、ゆるやかに。

 

 

「——なので、順番を変えましょう」

 

 

 星嘯(せいしょう)天井(てんじょう)を——向いた。

 

 

 は? 天井? なんで天井を——

 

 

 理解するより早く、

 

 

 

 

「——聴け。星々(ほしぼし)の海に沈んだ祈りよ。いま終わりの()へ列し、”壊滅”の歌となれ」

 

 

 

 金爪(みぎて)が、天を指した。左手が、地を指す。

 

 思わず、うめき声が漏れた。

 

 完全に俺の脳に焼き付けられている、その仕草は——、

 

 

 

 

天蓋(てんがい)は裂け、坤輿(こんよ)は沈み、救いはただ”破壊”にのみ宿る――」

 

 

 

 星嘯の天環(ヘイロー)上方(じょうほう)へ動き出し、

 

 素顔があらわになっていく。

 

 星嘯の地環(ヘイロー)下方(かほう)へ動き出し、

 

 ()まわしい重りを取り(はら)ったように足が動く。

 

 

「——星よ満たせ、運命よ閉ざせ、万象はただ”滅び”を唱和せよ——」

 

 

 

 金爪(みぎて)の果てに天環(ヘイロー)が、

 

 左手の先に地環(ヘイロー)が、

 

 

 展開(セット)——され、

 

 

 

 

 

 

 

終曲黙示録・星海頌歌(レヴェレーション・アストラルカント)————光、あれ(フィーアト・ルクス)

 

 

 

 

 

 

 

 直後——地下区間全体に、光が生まれた。

 

 いや、光じゃない。

 

 あれは、——(ほし)だ。

 

 明かりが(とも)るように、いくつもの光点(こうてん)が浮かび上がる。1つ、3つ、7つ——加速度的に増える。数え切れない。ひとつひとつが金色に脈動していて、それが線でつながっていく。

 

 

 

「——(せい)()……?」

 

 

 

 空間のそこかしこに、巨大な星図が広がっていた。

 

 音が聞こえる。かすかな——、

 

 星嘯(せいしょう)顕現(けんげん)する前に聞こえていた子どもたちの歌声だ。

 

 星図の世界にあって、幻聴のようにどこからともなく、あの共鳴が響いてくる。

 

 ビョルンの儀式で蓄積された祈りが、本来は子どもたちの純粋な願いだったものが——”壊滅”の伴奏曲(ばんそうきょく)に強制変換されてしまっている。

 

 

 正直、吐きそうだ。

 

 

 隣で、黄泉のねーちんが刀の(つか)に手をかけていた。さっきの技の消耗だってありそうなのに、目だけは真っ直ぐ星嘯(せいしょう)から離れていない。

 

 

 ——あの目は「まだ来る」って読んでる顔だ。

 

 

 一変した世界で、星嘯(せいしょう)の金爪が指揮棒(タクト)を振るように——最初の一拍を刻む。

 

 

 

 

 

 

 

 ——結論から言えば、反応できなかった。

 

 

 

 

 

 

 発生したのは——予想を裏切らない、天罰レーザーと同じ光の柱で、

 

 

 光の柱が着弾した場所が、円形にブチ抜かれた。

 

 天頂光風琴奏(ゼニス・レイ・オルガナム)は上方にある黒環(ブラックホール)から一点を撃ち抜く射撃だった。

 

 だが、アレとは違う。規模が違う。

 

 地環から放たれた光の柱は、天環を通ることで何十倍もの極太のレーザーと化す。

 

 それが星図に反射され、いかようにも軌道が変わる。

 

 

 ——それはまるで発射台(ランチャー)増幅器(アンプリファイアー)反射鏡(ミラー)の関係。

 

 

 金爪が次の一拍を刻む。2本目のレーザーが、さっきとは別の軌道を描き、同じ場所に打たれ。3本目。4本目。間隔がどんどん短くなっていく。

 

 まるで——合唱の拍だ。

 

 最初はゆっくりとした前奏。それが加速し、主題に入り、展開部に差しかかる。金爪が指揮棒(タクト)として次の着弾点を刻むたびに、地環が応え、光の柱が放たれる。

 

 オーケストラだ。破壊のオーケストラを、星嘯(せいしょう)が指揮している。

 

 

 そして、なんで、反応出来なかったのか。

 

 

 それは、

 

 その矛先が——俺たちじゃなく、

 

 

 

 

 ()()()()()()()()

 

 

 

 

 レーザーが天井を撃ち抜いていく。

 

 5本目、6本目——構造体が限界を超えたのかとうとう、天井の一角を破壊する。

 

 だが、悪夢はまだ終わらない。

 

 アベンチュリンのスマホから聞こえた悲鳴——で俺は心臓が凍る。

 

 

 ——まさ、か。

 

 

「——てめぇ星嘯!!! ”順番を変える”って、そういうことか……ッ!!」

 

 

 こいつは俺たちを相手にするのを後回しにして、先に——上にいるヤツらを狙う気だ……ッ。

 

 上には何がある? 礼拝ホール。地上聖堂。コンソナンス。

 

 狙っているということは——そこにはまだいる——エレーナ。ロビン。子どもたち。

 

 

「やめろォォォッ!!」

 

 

 叫んで走る。星嘯(せいしょう)に向かって。金爪を止める。あの指揮を止めれば——

 

 だが、レーザーの雨が行く手を阻む。天井を狙いつつも、俺の行く手を阻むように前方にも降ってくる。こっちに当てる気はない——ただ邪魔をしているだけだ。近づけさせない。

 

 

「——そこでしばらく観覧しているといいでしょう」

 

 

 金爪が次の一拍を刻む。

 

 

 

 

 ついに天井が——崩れ始めた。

 

 

 天井の約3分の1が跡形もなくなっていく。まともに立っていられないほどの震動と、瓦礫(がれき)、そして煙塵(えんじん)が降ってくる。

 

 視界が白く染まって、何も見えない。

 

 けほっ、と咳き込みながら顔を上げると——

 

 空が、見えた。

 

 正確には空じゃない。礼拝ホールの天井だ。地下儀式場の天井が崩落したことで、地上階の床がごっそり抜けている。

 

 もはや穴と呼べない、破壊の跡の向こうに、ホールの薄暗い照明がぼんやり見える。

 

 そして——人影が見えた。

 

 崩れた床の(ふち)に、複数の小さな影——子どもたち。

 

 足元が崩れかけていて、必死にしがみついている。

 

 数は——少なくとも4人の子どもが、今にも落ちそうな状態で泣き叫びながらぶら下がっていた。

 

 その中のひとりを——誰かが引き上げようとしている。

 

 崩れた縁にうつ伏せのまま身を乗り出し、片手で子どもの腕を掴み、もう片方の手でどうにか自分の身体を支えている。その、顔は、

 

 

 

 ——ロビン。

 

 

 

 アリアである眼鏡はすでになく。乱れた髪、シスター服の裾が突き出した破片にひっかかって破れている。声が出ないから、叫ぶこともできない。

 

 ただ無言で、歯を食いしばって、子どもの腕を離すまいとしている。

 

 こっちから十数メートル上。手が届く訳もない。

 

 

 何もできねぇ——、

 

 

 

「——ロビン!!」

 

 

 そこにエレーナの叫びがここまで届く。崩れた縁の反対側から駆けてきて、腹ばいになり、ロビンが掴んでいる子どもに手を伸ばす。

 

「カブ!! お願い!!」

 

 ロビンが子どもをエレーナの方に震える手で持ち上げ、さらに飛び込んで来たカブが子供を下から押し上げようとする。エレーナが両腕で受け取り、後ろに引きずりあげる。子ども一人、確保。次は、

 

 

 金爪が——動く。

 

 

 放たれた一条の光は、あざ笑うかのようにロビンのすぐ脇の床へ穴を開ける。走るヒビは止まらない。

 

 ロビンのいた床がへし折れていく。

 

 バランスが崩れる。

 

 身体が傾く。

 

 エレーナが手を伸ばす。

 

 でも——間に合わない。

 

 

「ロビン——ッ!!」

 

 

 エレーナの悲鳴が、地下まで響いた。

 

 

 ロビンの手が、縁から離れた。

 

 

 落ちる。

 

 声もなく——落ちてくる。

 

 シスター服の裾がはためく。瓦礫の中を、人形みたいに。

 

 

 一瞬だった。

 

 思考より先に、身体が動いていた。

 

 

 黄泉のねーちんの方を見る。まだ縁にしがみついている子どもたちが三人いる。

 

「——ねーちん、子どもたち、頼む!」

 

 一言。それだけ。

 

 黄泉のねーちんは何も聞き返さなかった。ただ頷いて、跳んだ。地下から十数メートルの高さを、信じられない跳躍力で駆け上がっていく。

 

 それを横目に俺は走った。

 

 瓦礫を踏み越え、粉塵の中を。

 

 ロビンが落ちてくる場所を目測する。遠い。間に合うか。間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え、

 

 邪魔をするように光の柱。

 

 

 

 ——避けてたら間に合わない。

 

 

 

「があああああ——ああ——あああ————ッ」

 

 

 光の中、全身の皮膚が焼けただれていく。でも止まらない。止まるな。止まったらあいつが地面に叩きつけられる。

 

 

 エレーナが。ロビンが。アベンチュリンが、黄泉のねーちんが、

 

 

 全員が、自分にできることをやっている。

 

 

 なら俺にできることは——

 

 

 走って、走って、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロビンの身体を、受け止めた。

 

 

 

 

 

 ……間に合った。

 

 

 腕の中に、小さい身体がある。ロビンの身体は軽い。軽すぎる。ちゃんと食べてんのか。

 

 こんな軽い身体なのに、あんな高さにぶら下がって、子どもを引き上げようとしてたのかよ。

 

 衝撃で膝がガクッと折れる。両膝をついた格好で、ロビンを抱えたまま、動けなくなった。

 

 腕の中のロビンが、ぎゅっとつむっていた目を開く。

 

 

 

 

 

 

 

「——よぉ、ロビン。……こ、ん、どは、まにあった、ろ? たすけんの」

 

 

 

 

 

 

 声がかすれる。

 

 ——そんな、泣きそうな顔、しないでくれよ。

 

 ロビンの唇が動いた。声は出ない。

 

 でも、口の形で——何か伝えようとしている。

 

 ごめん、もう腕も足も感覚ないし、頭グラグラしてんだ……ちょっと、待っててくれな。

 

 頭上で、黄泉のねーちんが子どもたちを引き上げているのが見えた。

 

 (ふち)にしがみついていた3人を、片腕ずつ、確実に地上側に戻していく。エレーナがそれを受け取り、奥へ運ぶ。カブが子どもたちの周りを飛び回って、必死に誘導している。

 

 黄泉のねーちんが最後の1人を引き上げ終えた後、一瞬だけ——こちらを見た。

 

 

 目が合った。

 

 

 何かを叫んでいる。

 

 

 

 

 

 

 ——え、なに、うし、ろ?

 

 

 

 

 

「————ッ」

 

 咄嗟(とっさ)に、ロビンを突き飛ばす。

 

 

 

 

「——かばわれて、ばっかじゃ、カッコ、つか——」

 

 

 

 最後まで言う前に血がこみ上げてきて言葉にならなかった。あれ……なんで、胸から金爪生えてんだよ。冗談キツ————

 

 

 

「——だから言ったでしょう。あなたは1つ勘違いしていると」

 

 

 耳元で聞こえた星嘯(せいしょう)のその声が、

 

 

 

 

 

 

 俺の聞いた最後の声だった。

 

 

 

 

 






執筆時BGM:
「catastrophe」from ツバサ・クロニクルOST
「Reveal」、「Limits」from パンドラハーツ OST2
「testament」、「godsibb」、「promised pain」、「we've got to believe in something」from ゼノサーガ III [ツァラトゥストラはかく語りき] OST
「魔王」、「魔王ノ城/咆哮」from ニーア ゲシュタルト & レプリカント OST
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