「——ッ」
単調な針仕事を繰り返していると、ひたすら思考に没頭できるから、この時間が好きだった。
だが、時として思考の
ルアン・メェイはぼんやりと朱い点の浮かんだ指を見やる。ぷくっと浮かび上がった血は、次第に半球を肥大させていく。
口に鉄の味が広がる。
こんな
「——彼は、そろそろでしょうか。猫さん」
叶うならば、ぜひ
——ああ、楽しみだ。
彼は最高傑作と自称していたが、少なくとも現時点でも自信作ではある。
もう一度、血のにじんでいた指をねぶる。
窓の外では、梅の花も今まさに咲こうとしている。
少し、——思い返してみることにした。
*
あまり事情がよく飲み込めないままに、とにかくある人物へ治療を
視線の先では、骨格、
そしてそのガラスの向こう側にある医療ポットの中には、
「……やはり、単純な修復では不十分ですね」
何が起きれば”
治療は開始しているが、ただ傷を
裂けた組織を元に戻すだけでは、次の負荷で同じ箇所がまた壊れる。
失血を止めるだけでは、循環の
神経をつなぐだけでは、反応速度に遅れが
修復では足りない。必要なのは、損傷を前提にした構造そのものの引き直し——
ルアンの指先が、空中の断層図をなぞる。
すると、既存の血管走行の上に、別の分岐案が薄く重なった。筋線維の束ね方が変わり、負荷の逃がし方が変わり、断裂した神経の先に、これまで存在しなかった伝導経路が仮設される。
人体。
骨は軽さと強度の境界で
筋肉は力を生むだけでなく、骨格と連動して動作の意味そのものを支えている。
内分泌、免疫、恒常性維持、再生機構――そのすべてが、あまりにも精密に、あまりにも完璧に噛み合っている。
まさに神が作りたもうた、奇跡の結晶。究極の芸術。
メスを入れ、
何をどう考えれば、この骨格となるのか。
何を意図すれば、この神経配列になるのか。
この筋肉、この
”
いけない、また思考に
黒猫だった。
気づけばそこにいた。
こちらを見上げている。
しばし、お互いが動きを止めて、お見合いをする時間が流れた。ふと
「にゃー」
呼びかけてみる。
返事は、
「——こんにちは。ぼくはエリオ。あなたはルアン・メェイだね」
言葉で返ってきた。
さしもの『天才クラブ 会員番号#81 ルアン・メェイ』といえども、
「私を……ご存知なのですか?」
「ああ。よく知っているよ。あなたの名前はどの脚本でもよく登場するんだ。いや、あなたに限らず、”天才クラブ”のメンバーは存命ならといった方が正しいな」
どこか
「脚本……?」
「耳なじみがないよね。あまり気にしないで。こちらの話だ」
よくわからないままに、話が進んでいく。その意図するところが
「——猫さんは、何かご用なのでしょうか?」
「”天才クラブ”のメンバーはいつも話がはやくて助かるよ。取引をしたいんだ。あなたは——”繁殖の
それを、どこで。
「——そう警戒しないでほしいな。あなたの
エリオの言葉は止まらない。幾千、いや幾万、ひょっとしたらもっと、同じ言葉を何度口にしたのかわからないという印象が芽生えるほどによどみない。
「”記憶”の
まるで、
そう、まるで、心の内の
いや、目の前の存在は断じて、単なる喋る黒猫などではない。もっと、もっと遙かに大きな——、
「私に、何をしろと——?」
「簡単な話だよ。ぼくはさんざん彼に手を焼かされてきたけど、お互い様だからね。——大事な存在なんだ。すごく」
ポットの方へ尻尾を立てて、ニャーンと鳴く。
その様を見て、ルアンは、
「……こちらの方は猫さんと長い付き合いなのでしょうか?」
「いいや。この
くぁとあくびがまざる。それで、この猫の感情を
「まぁ、困ったことに
——死ににくくしてほしいのさ」
なんだそれは。
なんて、
なんて、
——うずいて仕方ない。この身に
「何を、してもよろしいのでしょうか」
「いいよ、あなたがしたいようにすればいい——ただし、
なんでしょうと言わんばかりに小首を傾げるルアンに対し、
「怪我が続き——心臓が止まったらで頼めるかな」
黒猫はニッコリと笑った。
★ ★ ★
——まーたこの夢かよ。
白。
どこを見ても白。上も、下も、右も左も。
はいはいわーった、わーった。もうええわ、どうもありがとうございました。知ってるよ。この場所は知ってます。何度も見た。くたくたになって
だけど——消えない。
おっかしーなぁ、いつもなら、
逆に心配になる。起きろ。ゼインくーん、おっきしよー。おっきって下ネタじゃないよー。
しゃーないので、
……なんだこれ。
夢なら夢で、もうちょい自由がきくもんじゃねーのかよ。おねえ様は告らせたいとか、五等分の姉嫁とか、俺のことが大大大大大好きな100人のおねーさんとかそういうのないの? そういうのがいいんだけど。そういうのでいいんだけど。
まぁ待て、落ち着け。
状況を整理しよう。
最後に覚えてるのは——ロビンを突き飛ばして、
……
それは覚えてる。覚えてるというか、忘れようがねーわ、あんなん。金爪が肉を割って入ってくる感触なんて一生に一度でいい経験を1秒でやりやがったもん。
で。
……死んだのか? 俺。 えーまたぁ?
いや、何度か来てるはずの死後の世界ってこんな殺風景だったの? もうちょっと何かあるだろ普通。
とにかく、目が覚めない。
……ここにいるしかない。
改めて、周囲を見る。
白い。——気が狂いそうになるほど果てしなく、としか表現できない。床も壁も天井もない。そもそも”方向”の感覚が怪しい。立っているのか浮いているのか座っているのかすら、自信が持てない。足の裏に地面の硬さがない。重力がかかっている実感もない。
試しに、息を吸ってみた。
吸えた——たぶん。胸が膨らむ感覚はある。でも空気の味がしない。温度もない。冷たくも温かくもない。鼻から入ってくるはずの情報が、全部抜け落ちている。……としか言いようがない。
耳を澄ます。
無音。
いや、無音とも違う。普段の「静かな場所」には、静かなりの音がある。自分の呼吸とか。心臓の音とか。耳鳴りとか。それすらない。音という概念ごと存在していない空白が、頭の中を埋めている。……としか言いようがない。
——気持ち悪い。
人間の身体って、こんなに外からの情報に頼って生きてんだな。全部取り上げられると、自分がどこにいるのか以前に、自分がいるのかどうかすら不安になる。
歩いてみる。歩いているはず。
足を前に出す。出た——と思う。一歩踏み出した感覚はあるのに、景色が動かない。当たり前だ、景色なんてない。目印になるものが何もないから、進んでるのか止まってるのかもわからない。
10歩。20歩。数えることでかろうじて正気を保つ。
……と、思ったら。
なんか、いた。
体育座りマン。
背中を向けて、膝を抱えている。
知ってる。こいつも知ってる。この白い空間にいつもいるやつ。今までは一瞬だけチラッと映って、声かけようとしても終了だったから、
でも今日は——はっきり見える。
人の形をしている。それはわかる。背中の線、肩幅、抱えた膝。サイズ感は俺よりやや小柄だが大きくは変わらない。
距離がおかしい。
さっきまで遠くに見えていたのに、もう手が届きそうなところにいる。近づいた覚えはないのに。いや、歩いてはいたけど、何十歩もかかるような距離だったはずだ。
ここでは距離がまともに機能してない。なんだそれ。ますますバグったゲームか高熱出てるときの悪夢みてーだ。
……で。
この体育座りマン。こいつは——誰だ。
今まではそれどころじゃなかった。シロッカに来て早々に吹っ飛ばされた時や、楽器庫で居眠りこいたり、さっきの戦闘中に見たときだって、自分から声をかけようとしたけど、「おい、いい加減、こっ——」まで言いかけて、現実に引き戻された。
でも今は違う。
時間がある。……腹立たしいくらいに、たっぷりありそうだ。
よし。
「——おーい」
声を出した。
出た——のか? 口は動いた。喉も震えた気がする。でも音が空間に響く感覚がない。壁がないから反響がないのは当然としても、自分の声が自分の耳に返ってこない。
「おーい。おたく、聞こえてますかー」
反応がない。
体育座りの姿勢は微動だにしない。呼吸してるのかも怪しい。石像みたいだ。
「……あのー、ここなんなんすか、知ってます? てかどちらさん?」
率直に聞いてみた。
ツッコミ待ちとかじゃなく、純粋に知りたい。何度も何度もこの白い空間で見かけてきたくせに、こいつが何者なのか、俺は何も知らない。
名前も。
顔も。
なんでここにいるのかも。
なんで俺が意識を失うたびに、こいつのところに来るのかも。
何一つして、わからない。
「……なぁ」
もう少し近づいてみた。手を伸ばせば背中に届く距離。
届く——はずなのに、その「もう少し」が縮まらない。半歩進んだつもりが、距離が変わっていない。
さっきは勝手に近づいたくせに、今度は近づけない。
何だよこれ。ルール教えて誰か。
……いや、そもそもルールなんてないのかもな。ここは。
重さも、匂いも、音も、距離も、全部が適当で、全部がいい加減で。言ってみれば、
ここは——何もかもが解き放たれた場所なんだ。
束縛するものが何もない。
だから、こうなる。
「…………」
体育座りの背中を見つめる。
声が届いているのかいないのか。聞こえていても無視しているのか。そもそも聞こえる仕組み自体がここにはないのか。
わからないことだらけで、手がかりもゼロだ。
ここじゃ、何も起きない。
声を出しても届かない。近づこうとしても近づけない。殴る相手もいない。守る相手も——。
……ロビン。
不意に、思考がそっちに引っ張られる。
あいつは無事なんかな。突き飛ばしたから、金爪は当たってないはずだ。はず。たぶん。
エレーナも。子どもたちも。黄泉のねーちんも。アベンチュリンも。
みんな、大丈夫なのか。
俺が倒れた後、
——わかんねぇよ。ここからじゃ何も。
体育座りの背中が、ぴくりとも動かない。
「……なぁ、頼むから何か反応してくれよ。無視されんの、けっこう
返事はない。
「何でもいいからさ。指一本動かすとかでもいいんだ。お前が生きてんのか、そもそも生き物なのかすら俺にはわかんねーんだから」
返事はない。
「…………」
膝を折って、座り込んだ。座ったと思われる。
こいつの斜め後ろ、数歩分——の、はずの距離。近づけないなら、ここで座る。
白い床に——床なんてあるのかわからないけど——腰を下ろすと、座った感触があった気がする。
何もない空間で、2人きり。ロマンスには発展しそうもない
片方は膝を抱えて動かない。
もう片方は——俺は——天井のない空を見上げて、息を吐いた。吐いた気がしている。
「……どうすりゃいいんだ」
途方に暮れて、思わずこぼれた呟きもまた、白に吸い込まれていく。
「…………クソッ」
拳を握る。爪が掌に食い込む感覚だけが、かろうじて、自分がここにいる証拠になった。
★ ★ ★
——ゼインの身体が崩れ落ちる瞬間を、ロビンは見ていた。
突き飛ばされた勢いのまま尻もちをついていたロビンは、声にならない叫びを上げた。口が開き、喉が震え、しかし空気だけが漏れる。
つい先ほどまで天井だった無数の破片の上を膝が
——ボロボロだった。
どこまで頑張ったら人間はこうなってしまうのか。頬に貼り付いたままの髪の上で固まった血が、擦り傷だらけの口元についた血が、焦げたにおいのただよう焼けただれた身体が、こんなになるまで自分たちのために戦ってくれたのかとロビンは思う。そして、傷だらけの身体の中で、何よりも目を
——胸に、穴が開いていた。
血がどんどん
温かい、のに。
でも、この温かさは——この人の命だ。
目は閉じたまま、開く気配がまったくない。呼吸は——あるのか、ないのか、ロビンの震える手では確かめようがない。確かめたくない。
——声が出ない。
名前を呼びたい。起きてと言いたい。お願いだから目を開けてと叫びたい。
喉にはかつて銃弾が通った傷が今も残っている。声帯は損傷し、まともな声は出ない。
今まで何度も悔しいと思った。歌えないことが。伝えたいことを声にできないことが。
でも今ほど——こんなにも、声が欲しいと思ったことはない。
ロビンは彼の頭を抱き寄せた。自分の額を、彼の額にくっつける。
冷たい。さっきまであんなに馬鹿みたいに熱かった人が、もうゾッとするくらい冷たくなり始めている。
涙が落ちた。
ゼインの頬に、ロビンの涙が落ちた。
一滴、二滴。止まらない。声の代わりに、涙だけが際限なく溢れていく。
——まにあった、ろ、と言ってくれた。あの声が、まだ耳に残っている。笑うような、泣くような、かすれた声。
間に合ったのに。間に合ってくれたのに。
その代わりに、こんな——
ロビンの肩が震えていた。声のない
——その光景を、少し離れた場所からアベンチュリンは見ていた。
虹色の瞳が、ゼインとロビンの二人を
マイフレンド——と呼んだばかりの男が、胸を貫かれて倒れている。
——それをじっと、見つめて、引き結んでいた口の端が少しだけ上がる。
「……美しいですね、その涙は」
金爪についたゼインの血を、指先で払う仕草。衣服についた
「”調和”の力に愛されし運命の双子の片割れ——そのよしみで聞きます。あなたも、救済の手を取りなさい」
ロビンは顔を上げなかった。彼の頭を抱えたまま、動かない。
「——そうですか」
金爪が持ち上がっていく。再度
標的は——ロビン。
光が生まれるより早く、足音が空気を裂いた。
「——彼と彼女には手を出さないでもらえるかな」
アベンチュリンがロビンとゼインの前に立っていた。
ファー付きのジャケットの裾がふわりと揺れる。場違いなほど涼しい顔を——しているように見せているが、
「あなたの順番は次です。そこで観覧していてください」
「うん、まぁ、ちょっと観覧するには演目がひどすぎてね。途中退席しようかと思ったんだけど——やっぱり最後まで見届けることにしたよ」
軽い。いつも通り軽い。
だが——足は
星嘯の首が、わずかに傾いた。品定めをするような動き。
「何が言いたいのでしょうか」
「
「……そうですか。では演目を変えましょう。
金爪が向きを変える。標的がロビンからアベンチュリンに移った。
「それとも、"救済"を受け入れるつもりはありますか」
「遠慮しておくよ。僕はディーラーに配られたカードで勝負するのが好きなんだ——自分の手を捨てるのは趣味じゃない」
次の一拍。
光が放たれ、アベンチュリンが横に飛ぶ。着弾点が床面ごとえぐれた。
——重い。一撃一撃が、冗談のような質量を持っている。
かわしながら、アベンチュリンは考えていた。
とっておきを、ここで切るか。
だが——まだだ。今じゃない。
——アベンチュリンは、チラリとゼインに目を向けた。
倒れたまま動かない。ロビンが泣きながら抱えている。
死んでいるように見える。普通なら、死んでいる。
だが——仮にもマイフレンドと認めた相手の最期を、こんな場所で認めるつもりはなかった。
何より、1つの可能性が捨てきれない。
まだカードは揃っていない。
焦るな——
そのとき——刀を
藍色の長髪は、すっかり白い塵が
倒れたゼイン。泣いているロビン。星嘯と対峙するアベンチュリン。天井が崩落した地下空間に散乱する瓦礫と粉塵。
表情は変わらなかった。
ただ、鞘に手が触れた。
「——あなたはまだ無事か」
短い言葉だけを落として、アベンチュリンの横に並ぶ。
「やぁ、さっきぶり。あいにくとまだピンピンしてるよ」
「ああ——彼は」
「ご覧の通り、生死不明。あれじゃあ100人が100人死んだと言うだろうね。でも僕は——101人目として、死んでない方に賭ける。
「……そうか。私は賭け事はやらないが——初めて興味が
「そいつはいいね!
アベンチュリンの軽口を鼻で笑うと、黄泉の視線が、
目が——底が抜けたような、見えないものが見える、あの目へと切り替わる。
「……少し、様子が変わったな」
独り言のようなつぶやき。
アベンチュリンが横目で問う。
「何か見えるのかい」
「見えるというより、感じるんだ。——さっき私が斬ったときより、彼女の器は
そして、
「焦っている」
と、言った。
「——焦ってる? 彼女が?」
「ああ。金爪の振り方が速くなっている。さっきまでの拍数とは異なる」
黄泉の目が細まり、
「”限り”の出来た時間のせいか——」
アベンチュリンが口笛を鳴らす。
——時間制限。
回線を断たれた分体の維持。絶滅大君クラスともなるとその消費エネルギーは膨大になるが、補給はない。使えば減る一方。いかに星核がその中に未知の量のエネルギーを内包しているといえど、限界はある。
だが、それを”焦り”の変化から読み取るとは
「……なるほどね。つまり、今の彼女は戦いが長引けば長引くほど弱くなる」
「そういうことだ。——だから」
黄泉が、半歩前に出た。
「
アベンチュリンの口元に、笑みが浮かんだ。
「はっ、奇遇だね、
並んで立つ。アベンチュリンは左、黄泉は右。
共闘——と呼ぶには言葉が足りない。互いの手の内を知らない者同士が、この場で初めて肩を並べる。信頼はなく。打算すらもまたない。
ただ、今、やるべきことが一致した。
それだけだった。
「……変わった組み合わせですね」
星嘯の声に、初めてかすかな色が混じった。興味に近い何か。
「”
「人生は
「私も——
金爪が一拍を刻む。
光が放たれた瞬間、二人が別方向に散った。
黄泉が間合いを詰める。
抜刀はしない。鞘ごと構え、金爪の一振りを受け流す。衝撃が足元の岩盤を砕いたが、黄泉の足は
受け流しの直後——
「——こっちだよ」
アベンチュリンが反対側から走り込んでいた。手には何もない。武器であるコインすらも、とっくに尽きている。
だがその足は止まらない。
狙いは明快だった。当たらなければいい——当たらない位置を、当たらない速度で走り続ける。言うは
が、アベンチュリンのそれは実に
金爪は標的の選択を迫られた。黄泉を追うか、
こたえは。
——
その一瞬を黄泉が突く。鞘が金爪の手首を叩き、
金爪が引き戻される。戻した先にまたアベンチュリンが走っている。床を蹴り、足場を変え、決して同じ場所に留まらない。
だが——それでいい。
金爪が光の柱が
——まぁ、それでも、いつまでもはもたないんだけどね。
声には出さず、口元だけで笑う。
即席の連携にしては、噛み合いすぎていた。
黄泉が吸い寄せた注意をアベンチュリンが外し、アベンチュリンが散らした視線を黄泉が刺す。片方が攻めれば片方が引き、片方が引けば片方が詰める。
会話はない。アイコンタクトすらない。
ただ、互いが次に何をするかを——戦場の空気だけで読んでいた。
「……面白い。ですが——」
黄泉が横から斬り込み、金爪の一振りを鞘で受ける。受けた衝撃で身体が
——重い。先ほどよりも、一振りが重い。
焦っているのに、手数は増えている。残り時間を自覚しているからこそ、力任せに押し潰しにかかっているのだ。
だが。
金爪の軌跡に、微細な揺れが混じり始めている。
ほんのわずか。コンマ数ミリのブレ。
消耗している。確実に。
視界の端ではロビンとゼインが引っかかっている。
「——困るな」
不意に黄泉がそう呟いた。アベンチュリンの方は見ていない。金爪を受け流しながら、ぽつりと。
「なにがっ?」
「ああ——彼には、連絡先を、まだもらっていないんだ」
「……はは。それはたしかに起きてもらわないと困るね」
「ああ」
その一言に、ほんのわずかな力がこもっていた。
——ロビンの涙は止まらない。
彼の頭を膝に乗せたまま、ロビンは泣き続けていた。
声の出ない
何もできない。
歌えない。叫べない。傷を治す力もない。ただ抱きしめていることしかできない。
もう死んだのだと——頭のどこかが告げている。こんな傷を受けて生きている人間がいるわけない。胸に穴が開いているのだ。心臓すら貫いていてもおかしくない。
それでも——手を離せなかった。
離したら、本当に終わってしまう気がした。
また一筋の涙が、ゼインの胸の傷に落ちた。
——何かが、光る。
気のせいだと思った。
涙で視界が
でも——消えてくれない。
ゼインの胸に開いた傷口のまわりで、淡い光が、呼吸するように明滅している。
ロビンの涙が触れた場所から——始まっていた。
ロビンは目を見開く。
何が起きているのかわからない。わからないが、止めてはいけないという直感だけがあった。
両手を、傷口の上に置いた。もう血を止めようとする動きではなかった。祈るように。願うように。
——お願い。
——目を開けて。
声にならない言葉を、ただ繰り返した。
光が、広がっていく。
傷口を中心に、ゼインの身体を薄い膜のように包み込んでいく。あたたかい光。どこかで——感じたことがあるあたたかさ。
ずっと昔、幼き日、母様が生きていた頃。母様が歌うたびに、聴いてくれる人の表情がほぐれていくのを見て感じていた——あの感覚に、似ている。
金色ではない。星核の光とは違う。
もっと柔らかい、透き通った光。
そしてその光の中で——ゼインの傷口が。
——
虹色の瞳が、大きく見開かれた。
この場の空気が変わっていく。
星嘯の壊滅の重さとも、黄泉の虚無の冷たさとも違う。別の流れが、ロビンを起点にして生まれていた。
”調和”のあたたかさ。
ロビンの涙が——”調和”の力を帯びている。
そして、それが彼の身体に触れたことで、ナニカが——動き始めた。
それはきっと先ほどから
思わず、前線に戻ろうとしていた足が止まった。
「——やっぱりね」
小さく、独りごちた。
口元が、ゆっくりと弧を
「まぁマイフレンド、起きたら謝るよ」
——どうやら、カードは揃ったようだ。
——ならば、
——
アベンチュリンはジャケットの内側から、”
起動
「——
石は砕けず、壁は揺るがず、
賭けの座に置くは、我が
——いざ、
砂に
そして、最後の誓いを高らかに叫ぶ。
「——全てを
瞬間、その
「
「——ははっ、まぁ、せいぜい
光の中から影が出てくる。
頭には
——その姿は怪人というしかない。
しかしこれこそが、
宙に浮かぶ
「本当の
——このゲーム、僕らが勝つ!!」
地下空間に
▼おまけ
黒猫「おかしいなぁ……90連でゼイン出ないや」スリヌケー