——とはいえ、こいつを連れて前に出るわけにはいかなかった。
おまけにこの場の
「こりゃ骨が折れそうだな……ロビン。しばらく下がってろ」
目が「嫌だ」と言っているが、
「お前にしかできねぇことが
その言葉で、ようやくロビンは小さく、
背を向ける。
正直、何ができるのやらって感じだが、まっ、
——よく言うよな。考えるより、走れと。
なので考えるより先に、足が地面を蹴っていた。
いやこんなんもうただの喧嘩じゃんか。いつぶりだよ。隣町の工業高校の
一歩で間合いに入った——つもりだった。
見えなかった。踏み込んだ瞬間にはもう、
拳は
——だってのに、
「——げっ!?」
百面体が反応している。面がめまぐるしく入れ替わって——×1。等倍判定。こちとら1ミリもお触りしてない。なのに倍率が出て——
「——っづ!!??」
右の拳に、痛みが走った。
おいおい——空振りしただけなのに、拳がシビれる。まるで俺がブン殴ろうとした分の力で殴り返されたって感じだ。
なるほど……これがチュリ男の言ってた”返ってくる”ってやつか。
そして——
……おいおい。このルール、空振りしたら自分だけ痛い上に残りの面も減るのかよ。当たればまだ相手にもダメージがいくけど、
——しかし、足は止めない。いつぞやの”脚本”じゃねーが、もう活路は前にしかない。もう一度踏み込む。今度は低く——金爪の
二の爪が来た。——上をくぐれば下から。読まれている。肩口を
拳は、また空を切った。
「い”っっ——っづづ!!??」
面は無情に、更にひとつ暗くなる。
くそ、二面目。これ以上無駄に消費したら——
「——武器もなしに。何のつもりですか」
「——お触りしたくなっちまったんだよ。諸事情でさ」
今は亡きパルサーエッジ君とノヴァイレイザーちゃんに心の中で
三度目。右から回り込む。フェイントを——入れる暇もなかった。金爪の一振りが空気ごと斬り裂いて、胸の前を通過した。後ろに
また空振り。ダイスが回る。——×1。当たってないのに再び同じ威力の衝撃が右手を叩く。三面目が暗くなった。
「——っきしょ!!」
届かない。全然、届かない。
しかも届かないまま、面だけが減っていく。アベンチュリンが維持してるこのフィールドの資源を、俺が一人で無駄に食い
武器があったときでさえ一方的にやられた相手に、素手で何ができると思ってんだ俺は。拳のリーチで金爪に挑むなんて、竹やりでミサイルに突っ込むようなもんだ。このまま空振り続けたら、当てる前に
——でも、
——不思議と、何かができると思ってんだ。
足を動かし続ける。届かないからってどく理由にはならない。どいたらその時点でこの戦いは終わる。アベンチュリンの
”おかえり”——耳をかすめたのは、そんな言葉で、
「——
影が、俺の横を抜けた。
刀が
星嘯の金爪を弾き——あの腕が、
道を
胴体が、一瞬だけ
「——いや、ほんっと、大好きっすわぁッ——!!!」
全力で踏み込む。金爪が戻ってくるまでのコンマ何秒。足が地面を割るくらいの勢いをつけて、右の拳を——星嘯の顔面に、叩き込んだ。
百面体が回った。面が切り替わり——
——×1。
さっきと同じ。だが、今度は違う。
拳の感触が星嘯の身体を
そして同時に、右の拳に
だけど、嬉しい、痛み。
「——ようやく、届いたぜ」
呟いたのは俺だ。
「——たかだか一発当てた程度で」
吐き捨てるように言う
「
いやはや……ここまで来るのに、どんだけ苦労したと思ってんだ。てか、まだまだ苦労が待ち受けてるんですけどぉ……と、横目で
殴れば殴るほど自分も壊れるうえに、出た目がデカければデカいほどヤバい。かといって、当たらなくても自分は痛ぇし。
こんなん頭おかしくなるわ。でもな——、
都度、
それでもねーちんは止まらなかった。
なら——その隙、全部使い切る。さっき無駄にしちまった三面の分まで。
ねーちんの刀が金爪と噛み合うたびに、コンマ数秒の穴が生まれる。そこに拳をねじ込む。殴る。
武器もない素手のパンチでも、ねーちんが道をこじ開けて、
もっぺん死ぬ気で殴るしかねぇ——
ねーちんの刀が
その一瞬——星嘯の動きが完全に止まった。
今だ。
全身のバネを使って
——×8。
8倍。
全身全霊の拳を
拳の先、奥にある芯がぐらりと揺れて、星嘯の身体が宙に浮き、そのまま振り切り、壁まで弾き飛ばし————た!!
そして、着地した勢いそのままに、
「っっしゃあ!! どーだ、見てたかロビン!!」
が、
ロビンは口をあんぐり開けてパクパクしてる。
は? え? ちょっとリアクション薄くない? もうちょっとこう……あるじゃんか。今のカッコよかったでしょ、キャーステキーメロいーあるでしょ。
ドン引きの表情で、”そ、それそれ……”と指さされ、視線をその先に向ければ、
——ぷらんぷらんになったワテクシの右手がそこにあったのでした。
ためしに振ってみると。
……
……え”?
「え……え? えぇ…………ぅそぉん……」
思いっきり
「ち、違うから。これは、その、骨が折れそうだって、そういうことじゃないから」
自分でフラグ立てて回収なんかしてないからと一生懸命ロビンさんに伝える。
いったん膝をつく。心折れたわけじゃないからね。あ、折れたとかいう表現使うのこれから禁止ね。
ぶらんと
どれどれ……、
絶対に、こんにちはしてはいけない
「チュ、チュリ男、どうしよこれ——」
この場の責任者であるアベンチュリンが音速で顔を
「ね、ねーちん……」
「すまない……」
そ、そうだよね、マジレス気味に謝られちゃうと困っちゃうな。ゼイン、ちょっと疲れちゃったかも……
あ、ちょい待ち。
ニチャァ、と——音がした。
折れた
「…………」
ぶんぶん振っても、ループ・ザ・ループしない。
はい〜〜〜これで二回目。いい加減
無理デェェェェス!!!!!
慣れねーよこんなもん。自分の腕がニチャァ…ってキモオタ風に自動修復していく光景に慣れる日が来てたまるか。
クソデカため息をつきながらも、右腕が、もう握れることを確認する。拳が作れる。さっきまでしおれていた腕とは思えない力が戻ってきている。
「…………卒業だな」
人間から。これまでありがとな俺。新しい俺、よろしくな。
「——この世からということでよろしいですか?」
案の定、叩き込んだはずの壁が撒き散らした
気づいた。
これ——いけんじゃね?
折れても治るなら、何度でも殴れる。ダメージが返ってきても、……この身体が治るのなら、また殴りに行ける。
普通の人間だったら×8の一発で退場だ。腕が折れて、そこで終わり。でも俺はこの異常なぼでーの
とんだ、
——ああ、たぶん、
——今、俺はすっげぇワルい顔してるわ。
「うんにゃ、これまでの俺とお前の関係性にだよ——!!」
走り出す。
再びねーちんと目で
「あああああ、いってぇなぁ!!!!」
殴るたびに壊れて、壊れるたびに治る。めちゃくちゃだ。格闘技でもなんでもない。
でも、——確かに効果は、あった。
最初の余裕が消えている。何度砕いても戻ってくる拳が
理解できないものを見ている目だ。
壊れたのに治る。折れたのに立つ。道理に合わないものへの——イラ立ち。
——だから、そう動いたんだろう。
金爪が
避け、れねぇ。半身で受けるしかない。
左の脇腹を金爪が抉った。おそらくというか確実に内臓に届いている。身体がくの字に折れて、
脇腹を押さえる。指の隙間から血が
でも——さすがにきっちぃな。金爪の直撃は
怪人が——アベンチュリンが、俺の前に出てきた。
浮いていた足が琥珀の地面に降りる。仮面はひび割れだらけで、左半分がもう欠けている。シルクハットはどこかに飛んでいったのか、ない。むき出しになった金髪が琥珀色の光に染まっている。
俺に負けないくらいボロボロだ。
フィールドを維持するだけで限界だったはずのこいつが、なんで前に——
チュリ男の視線が
何かを、計算し終えた顔をした。
「……
声だけは——いつも通り、軽かった。だが、何か引っかかるものを感じて、
「はぁ? 何する気——」
「君は——分の悪い賭けは好きかい?」
「大好き」
反射的に答えてしまったそのやりとりは、シロッカへ出立する直前に黒猫と交わしたやりとりそのもので——、
「じゃあ信じてくれ。なぁに、次は——僕の番ってことさ」
もしおねーさんだったら惚れそうになるくらい柔らかく笑うと、アベンチュリンはポケットに両手を突っ込んで
そんなことを言われたら、……信じるしかない。
百面体は空間の中央で、ゆっくり回転している。ここまで、あれは誰の
でもアベンチュリンの動きは違った。
仮面の
それに、手を伸ばした。
怪人の長い爪が——百面体に、直接触れる。
その瞬間、
百面体が、これまでとは比べ物にならない速度で回転を始める。面が
「お、おい、まさか————」
「そのまさかさ——最後の
面が渦を巻くなんてもんじゃなくなる。もはや百面体の形すら見えない。琥珀色の光の球が空間の中央でひたすら
アベンチュリンの虹色の瞳が——百面体と同じ光で明滅していく。
まるで同期しているかのようなタイミング。
これまでダイスは勝手に回って勝手に止まるだけの
でも今は違う。
——そして、アベンチュリンの手が、離れた。
「
指が百面体から離れた瞬間、回転が一気に上がり、
琥珀色の光を尾のように引きながら、
落ちてくる。
回転が急速に収束していく。面が一つ、また一つと読み取れるようになっていく。
——どれが、何が、出る——?
結果が出るより先に、足元が変わった。
琥珀色のフィールドの地面が——
最初は一枚。靴の裏で踏んでいた光が、丸く切り取られて浮いた。
コイン、あるいはカジノチップだ。琥珀色の光を固めた、アベンチュリンが作り出す空間そのものの欠片。
二枚、五枚、十枚——足元だけじゃない。
何十。何百。止まらない。
琥珀のチップが空を埋めていく。アベンチュリンの頭上に、天井が見えなくなるほどの厚みで集まっていく。
さっきまでしっかり光っていた
こいつ、自分の
どうし、て、という問いは、
——空間の真ん中に、百面体が音もなく戻ってくることで、回答となる。
そこには、一つの面が、浮かび上がっている。
刻まれた数字を見て、息を飲み込む。
×1じゃない。×2でも×8でも×16でもない。
「——姉さん。——ああ、そうだね。
——僕は、きっとツイている」
軽くなんかない。
耳に届いた、その声は願いが込められた、確かな重さがあって、
仮面の奥で虹色の瞳が燃えていた。
——×32。
32倍。
この場における。最高倍率。
さっきの俺の8倍の、その4倍。もしそれが全力パンチなどではなく、本当の威力を持つ一撃に込められるとするなら——
「バカ野——アベ——チュリ——!!!!」
アベンチュリンの腕が振り下ろされた。
青緑色の天蓋が、崩れ落ちる。
何百ものチップが星嘯に向かって
それは一枚一枚に×32の倍率が刻まれた、
上からも横からも、光の円盤が嵐のように叩きつけられていく。
着弾のたびに衝撃波が琥珀の空間を揺らす。一発、二発じゃない。数え切れない打撃が重なって、空間全体が絶叫しているかのようだ。
ようやく最後の一枚が着弾して——その
アベンチュリンの身体が、折れた。
膝をつく、なんて穏やかなもんじゃなかった。
仮面が真ん中から砕け割れ、破片が飛び散るのと、全身を何かに叩き潰されたみたいに琥珀の地面に崩れ落ちるのがほぼ同時。
かろうじて片手で身体を支えている、が、その腕もがくがく震えている。
あれほどの攻撃——×32の反動。
自分が倍率を乗っけて撃った分と同じだけの力が、そっくりそのまま返ってきたんだ。生きているだけで奇跡と言っていい。
「アベンチュリンッ!!」
思わず駆け寄る。
口から鮮血を吹き出す。金髪が額に張り付いて、肩で息——いや、呼吸にすらなってない。喉がひゅうひゅう鳴っているだけだ。
だというのに、
仮面の残骸の奥から覗く虹色の瞳だけが、
その証拠に——
薄くはなっている。足元の琥珀は明らかにまばらになった。さっきチップに変えた分だけ、地面は
でも、消えてない。百面体はまだ浮いている。
この死にかけの状態で——まだ、維持してるのか。こいつ。どんだけ
「……まい……ったな、ゴフッ……けっ……果……ブレるし……なかな……か、硬いね」
血を吐きながら笑ってんじゃねぇ……よ……。
そんなアベンチュリンの身体を張った全力の攻撃をもってしても——、
煙が、晴れていく。
なおも、星嘯は——立っていた。
ただし、さっきまでとは違う。
白いボディスーツのあちこちが裂けている。ストールがちぎれている。右の肩から胸にかけて、初めて見るほど深い亀裂が走っている。
——
けど、
通信状態が悪いときのネット動画、ってのがほんとに正しいかわからないが、解像度が
重なった影が、ほんの一瞬だけ別々の方向に引っ張られて、また重なる。
白い空間で見た砂嵐と同じノイズ。あのとき画面がバグったみたいにぐちゃぐちゃになったのと——同じ印象を持った。
星嘯の手が、己の胸に触れた。
「? ——なん、ですか。今の、は」
声は震えていた。
痛みに
胸に当てた手が、さぐるように動く。確かめている。何を? 自分が自分であることを、だろうか。
——こいつ、自分に何が起きたかわかってない、のか?
見たことのない顔だった。聖絶宣言のときも、
それが今、胸を押さえて、目が泳いでる。
それを好機と取ったのか、
黄泉のねーちんが——動いた。
刀を構えたまま、前に出る。
「……やはり、そうか。もう、維持できなくなってきている」
確信に満ちた断言。
「——あれは、本当は一つの存在じゃない。二つの似て非なるものが無理に重なっている……」
ねーちんの目には、さっきのブレがどう映ったんだ。俺には一瞬の映像の乱れにしか見えなかったものが、ねーちんには構造ごと見えているんだろうか。……わからない。
「何を、おっしゃっているのか」
星嘯の声は
金爪が、小さく震えている。
パルサーエッジの全力振り下ろしを
口は余裕を
黄泉のねーちんが、もう一歩踏み込んだ。
「先ほどのブレ——あれは
間髪入れない。ねーちんは、答えを聞くために問いかけたというより、”わかっている”と突きつけるために言っているように思えた。
星嘯の口が——開きかけて、閉じる。
金爪の震えが、大きくなった。
肩が、わずかに持ち上がる。呼吸が浅くなっているのが、こっちからでもわかる。
身体のブレが——また走った。今度はさっきより長い。影が二つにブレて、なかなか戻らない。こいつの中で何かが暴れている。
「——黙れ」
それだけ。
敬語が、消えてなくなった。
これまでイヤになるほど聞いてきた澄んだ丁寧語のどこにも、こんな音はなかった。喉の奥から搾り出したような、低い、生の声。
図星を突かれた何かが、反射的に口を塞ごうとした——そんな反応だった。
星嘯の身体にブレが再度走った。
今度は戻るのに時間がかかっている。影が二つに分かれて、発作に抗うように揺れて、ようやく一つに重なり直す。
金爪を握りしめる。震えを止めようとするかのように、ぎちり、と。
そして——冷や汗が吹き出た。
さっきまでの戸惑いが消えている。代わりにあるのは、もっと原始的な何か。
追い詰められた獣が、逃げ場を探すのをやめた目。逃げるんじゃなく、檻ごと壊す方に舵を切った目。
金爪が——宙を撫でた。
見覚えがある。あのときと同じ仕草。指揮者が
……認めるわ。この
だけど、
「聴け——星々の海に……星よ、満た、せ——天蓋は裂け——」
おかしい。
前に聞いた詠唱と、順番が違う。あんときは整った詩を朗読するみたいに、きれいに繋がっていた。
今は言葉がめちゃくちゃだ。「聴け」の途中で「星よ」が割り込んで、「天蓋」が追い越す。壊れたスピーカーから同時に3つの音声が流れてるみたいだ。
もはや自分の技の手順すら、保てなくなっている。
「——滅び、を——唱和、せよ——」
しかし最悪なことに——力は出る。
停止していた星嘯の
アベンチュリンの空間を上書いていくように光点が灯り始めた。1つ、3つ、7つ——加速度的に増えて、線で繋がっていく。
星図が、広がってしまう。
「——
最後の一節すら詰まった。「あれ」の一語がつっかえて、苦しそうに吐き出された。
金爪が振られると同時に——
一本目の光の柱が落ちた。
……落ちたものの、これは違う。
前のときとは、全然違う。
前の
前奏があって主題があって展開部があって、金爪が正確に拍を刻んで、光の柱が計算された軌道で襲ってきた。
破壊のオーケストラ——あのときは確かに、そう呼べるものだった。
今は拍がない。無茶苦茶だ。
リズムも何もなく。二本目が一本目の着弾を待たずに落ちる。三本目が見当違いの方向に飛ぶ。四本目が地面を
精密な指揮が消えて、ただ無秩序に撃ち散らかしている。
紛れもなく
なのに、次の
光の柱が俺の頭上を通過した。衝撃で身体が浮いて、琥珀の地面を転がる。立て直す間もなく六本目が壁を
こっちを狙ってるのか狙ってないのかすらわからない。あのときは「そこで観覧しているといいでしょう」と偉そうに邪魔してきたくせに、これじゃあただ暴れてるだけだ。でもそれが逆に厄介すぎる——読めない。
——ガチでやばいぞ。どうする。
アベンチュリンも死にかけだ。一刻も早く治療しねぇとまずい。
「——死ぬな……死ぬなよ、勝手に死んだら承知しねーぞ。死の淵まで本当に追いかけにいくからな。おい、聞いてんのか!?」
アベンチュリンの返事はなかった。虹色の瞳がこっちを見上げて、かすかに——はは……と、本当にかすかに笑った気がした。呼吸のたびに胸が上がるのが遅い。間隔が開いていってる。
この場のルールは全部こいつの上に乗っかってる。こいつが落ちたら
——早くこの状況を終わらせねーと、アベンチュリンが死ぬ。今度こそ詰む。
七本目。
星嘯の膝が一瞬落ちかけた——が、すぐに立ち直り、
面が一つ、また一つと暗くなっていく。正確な数は追えてない。でも確実にこの場の寿命が削れている。だが、この無差別乱射の中で、いくら治癒能力があったとして、はたしてたどり着けるのか——拳を握りしめて、
——腹をくくった。
そんなタイミングで、何かがもたらした風が頬を撫でる。
「————!!」
光の柱の隙間を
あのトリガーとなっている指揮を止める気だ。
九本目の光の柱が正面から黄泉のねーちんの進路を塞ぐ。回避が間に合わない——刀で受けた。光を斬り裂くんじゃなく、刃でもって
十本目が追い打ちのように来た。真上から。ねーちんは横に跳んで避けた——が、着弾の衝撃波で地面が割れて、破片がねーちんの脚を打った。よろけた。白い髪の先端が
立て直す暇なく十一本目。左から。今度は避けきれなかった。光の柱の端がねーちんの右腕をかすめ——肘から先が焼け焦げている。刀を持つ手がわずかに
でも刀を落とさなかった。焦げた右腕で、
止まらない。一歩、もう一歩。光の柱が落ちるたびに傷が増えていく。左の頬が裂けた。脇腹から血が滲んだ。それでも足が星嘯に向かって進み続ける。
——あの人だけが、今、何も奪わずにあの化け物に近づいていける。
ねーちんが低く身体を沈めた。金爪が頭の上を通過する。髪が数本、斬り飛ばされた。
その姿勢のまま、下から踏み込む。最後の一歩。星嘯の懐に入った。
刀を、振り上げる。
——金爪を、斬った。
金爪の先端が宙を舞う。切断された欠片がくるくる回りながら光を反射して、琥珀の地面に落ちた。乾いた金属音が響く。
光の柱が——途切れた。地環から放たれていた光が、噴き出す途中でぶつりと消える。天環の増幅が失われ、星図の反射が止まる。
エネルギー切れを起こしたかのように、光点がひとつ、またひとつと消えていく。天環と地環が軌道を失って、力なく漂い始め——
静寂が訪れる。
——止め、た。
ねーちんが——星嘯の目の前で、刀を振り抜いた姿勢のまま立っている。
息が荒い。右腕は焦げている。左頬から血が流れている。全身に等倍の反動が蓄積した傷が走っている。
金爪——
ここに到達するまでに
この人が受けた傷のぜんぶが、この場の誰の資源も奪わずに支払われた、ねーちんだけが引き受けた、代償なんだ。
「や————」
——った、と思った。
思った、瞬間。
金爪の残った根元が——動いた。
先端を失った金爪が、最短距離で突き出される。速い。ねーちんが刀を振り抜いた直後の、一番無防備な体勢——
ねーちんの脇腹を、貫いた。
「——ッ」
小さく息が漏れた。それだけだった。叫びもしなかった。
金爪の根元がねーちんの脇腹を突き破って、背中から飛び出している。
「ねーちん————ッ!!!」
声の限り叫び、全力を両足に込める。痛みなんて忘れた。
星嘯が金爪を引き抜く。ねーちんの身体がゆっくりと倒れていく。膝から力が抜けて、崩れ始める。
俺が駆け寄るより先に、ねーちんの視線が動いた。
俺を見て——それから、後ろにいるはずのアベンチュリンを見た。
口元がかすかに動いた。やるべきことを全部やって、最後に一息だけ吐いた——そういう顔だった。
「——すまない、後は頼む。……やはり、私には賭け事は向いていないようだ」
琥珀の地面に、黄泉のねーちんが倒れた。
刀が手から離れて、乾いた音を立てる。白い髪が薄くなった琥珀の光の上に広がった。それを追いかけるように血だまりもまた広がっていく。目が、閉じていく。
ねーちんが倒れても、百面体は沈黙したままだ。
最後の最後まで——この人はフィールドの資源を一つも奪わなかった。
走り寄って膝をつく。ねーちんの肩に手を伸ばして——触れた。まだ温かい。呼吸がかすかにある。気を失っているだけだ。大丈夫だ。重傷だけど。絶対に。俺はそう信じる。
顔を上げる。
星嘯が右手を見下ろしていた。先端を失った金爪。切断面がじりじりと金色の火花を散らしている。
背後からアベンチュリンの咳が聞こえる。フィールドの端がちかちかと明滅している。
ねーちんは動かない。ロビンは後方にいる。
——まともに動けるのが、俺しかいない。
もはや
早くしないと。——何を?
倒さないと。——どうやって?
わかんねぇ。だけど、ねーちんが一つも無駄にしなかった面が、まだ残っている。アベンチュリンがまだ歯を食いしばってる。ロビンが信じている。
拳を握る。折れても治る。壊れても戻る。
だから——残る最高倍率 ×16を信じて、……×32を耐えしのいだ星嘯を殴るしかねぇ。
——あとは、俺しかいねぇんだから。
「————誰か1人、大事な人を忘れてない?」
……ああ、
あああああ〜〜〜〜〜〜〜ッ!
ほんっっっとに。ぐうの音も出ねぇよ。
——
「——来んの遅くないすか」
「ごめん、ちょっと子どもたちを避難させててさ。これでも、頼りになる皆さんに預けてきて、すぐに戻ってきたんだよ? 褒めてくれてもよくない?」
「最高っすわ、——愛してるぜ、
隣にそいつが並ぶ。
「——どーせ、そんなの色んな人に言ってんでしょ?」
「うんにゃ、少なくとも
—— ×64。
「ッ……ふー、まぁ、いいや。仕事終わったら色んなコト聞かせてもらう予定だし」
横目で笑みを浮かべながら、
——エレーナは言う。
「残業はここまで。とっとと上がるためにさ、
——なんとかしてよ、
俺も笑いを隠せない。
こんな短い時間で成長するかフツー? なにがあったんだよ。
でもなー、
そうだよなぁ、帰りたくて仕方なかったのよ、ちょうど俺も。
まぁ、でも、その前に、キリよく終わらせねぇといけねぇ仕事がある。
そんな、返事の代わりは、
——背中で語らせてもらうことにするかね。
執筆時BGM:
「虚空のシズク」Antistar