ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#45 "TIDY UP"

 

 

 

 

 

 ここが桃源郷(とうげんきょう)だと思った。

 

 でなければ、なんというのか。

 

 

 

「——ポチくん」

 

「カカカ、カフカ、すわん?????」

 

 蝋燭(ろうそく)しかないその部屋は、まさに今にもコトがおっ(ぱじ)まりそうな暖色(だんしょく)で染め上げられ、光が男女を(あお)るように怪しく揺らめいている。

 

 

「どうしたの……?」

 

 

 そんな(ツヤ)っぽさMAXな声で耳元にささやかれると、ゼインの全身にゾクゾクッとしたくすぐったさが走った。

 

 バキバキに血走った目で、ちらと顔から下へと視線をなぞらせれば、赤紫(あかむらさき)のベビードールに包まれたその爆発的な胸とケツがダイナマイトしていた。

 

 生唾を飲み込む。

 

 いったんカメラが華麗に流してしまっていたのを巻き戻しすると、心なしか胸元に()()()()()()()()があることに気づき、ゼインは、(つぶ)れた(カエル)のような声を発した後、

 

「がが頑張ったご褒美(ほうび)ですかここの後の展開はそのアレですかお子ちゃま禁制ってことでよろしいですかありがとうございますゴチになります生きていてよかったです星核ハンター万歳俺はカフカさんエンドを迎えるぞ関係者各位すまんな南の島通称カフカとゼインのふたりの(アイ)ランドにはいつか招待してやるからな」

 

 全身の血が白目に集まったような真っ赤な目でそれを見つめながら、句読点(くとうてん)なしの(じつ)に読みにくい台詞(せりふ)超高速詠唱(ちょうこうそくえいしょう)する。

 

 

 ——ツン。

 

 

 カフカの人差し指がゼインの胸元をすべる。もしかしたら男女問わず非常に敏感なところを(つつ)かれたかもしれない。

 

 

「——ポチくんが望むなら。最初は……クスッ、何がしたいの?」

 

 

 返答するより先に、目をつぶりタコのように唇をすぼめてちゅぱちゅぱ何かを求める顔をしているゼインがいた。

 

 そんな顔が、

 

 

 

 

 ——ちゅっ。

 

 

 

 (はと)豆鉄砲(まめでっぽう)(くら)ったような顔——に変わる。思わず絶叫してしまった。

 

 

「え、マジ!? これマジなの!? どうせお預けだと思ったのに!! ヤッターーー!!」

 

 

 昇龍拳並(しょうりゅうけんなみ)に飛び上がって、どこまでもどこまでもその勢いは止まらずに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——目の前にいたのは、白黒の球体動物(カブ)

 

 

 

 

 

 

 

「キュ!? キュ————ゥ♡」

「…………」

「キュ……ゥ?」

「我は”壊滅”の使令、絶滅大君が1人”是印(ゼイン)”。この宇宙を”壊滅”する……」

「キュ!!!」

 

 怒りに震えながら、非常に古典的なムーブをかましたゼインの(よこ)(つら)めがけてカブは頭突きをかます。

 

「おっぶぇ!! ——なにしやがる!! て、てめーか!! 俺の唇を奪ったのは!! もうやだ! みんな嫌い! ゼインお(うち)帰る!!」

 

 と、シーツをひっかぶって、ふて寝しようとして、

 

 

 

 気づく——いやどこよ、ここ……?

 

 

 

 我に返れば、途端に身体の重さを自覚する。シャレにならない打撲(だぼく)()り傷、切り傷を百箇所(ひゃっかしょ)まとめて()った翌日のような、思わず幽体離脱(ゆうたいりだつ)して逃げたくなっても許されるだるさがある。

 

 おまけに右腕には(くだ)が刺さっており、その線をたどれば点滴(てんてき)だった。

 

 そして(おのれ)が寝ていたベッド。枕。横を向けば、カーテンで仕切られた隣のスペースと、壁際に並ぶモニター類。白は白の空間でもそこは、

 

 

 病室——か。

 

 

 天井(てんじょう)に向き直って、深呼吸。肺に空気が入っていく。吐いて、また吸う。普段意識せずやっていることを、身体が何度も確かめている。

 

 ——おう。

 

 生きている。

 

 どうやら、生きてるらしい。

 

 記憶をたどる。

 

 ——白い空間でソニアとビョルンに会って、星核を”解放”し現実に戻った。そしたら、賭場(フィールド)が消えていて、それから——

 

 そこまでで、途切れていた。

 

 

 あの後、誰かに運ばれたのか。どのくらい時間が()っているのか。あいにくここには窓がないので外の様子はわからない。

 

 ただ、あれだけの無茶をやらかした身体にしては、少なくとも外傷(がいしょう)のたぐいが消え失せている。これも例の治癒能力(ちゆのうりょく)なのかもしんねーなとゼインは思った。

 

 

「……はぁ……」

 

 

 まったくとんでもない身体(ぼでー)になったもんだと、ため息をついて、ちょっと強めにどつきすぎたかなぁと心配そうにしているカブを()でてから、

 

 ゆっくりと上半身を起こす。

 

 ベッドの上で周囲を見回すと、どうやら2人部屋らしい。入口の扉が中途半端に開きっぱなしなのと、自分の他にもうひとつベッドがあって、カーテンの。

 

 その向こう。

 

 

 金髪が枕に散っていた。

 

 

 (ほこり)と血の汚れは落とされている。その代わり、包帯が全身を(おお)い尽くしていた。右腕、左肩、(ひたい)と目元と(くち)——露出している部分だけでこれだ。あのファー付きのジャケットは影も形もなく、簡素な入院着の上からでも、巻かれた包帯の量が尋常(じんじょう)じゃないのがわかる。

 

 

 

 ——アベンチュリンだった。

 

 

 

 ご臨終(りんじゅう)してないよな……と胸が上下しているのを確認して、ようやく肩の力が抜けた。よかった、息はしている。よく見れば、隣の心拍(しんぱく)モニターが規則的な電子音を刻んでいるじゃないか。

 

 だが、特徴的な虹色(にじいろ)の目は閉じたままだった。

 

 あの最後に親指を立てた時点で、相当に無理をしていたはずだ。

 

 意識は——まだ、戻っていないのか。

 

 ゼインは点滴のスタンドを掴んで、足を床に下ろした。ふらつく。が、歩けなくはない。点滴の針を乱暴に引っこ抜き、隣のベッドまで数歩。パイプ椅子を引き寄せて、腰を下ろす。

 

 静かだった。

 

 空調と心拍モニターの電子音だけの部屋で、ゼインはしばらくアベンチュリンの顔を(なが)めている。

 

 そこには芝居がかった台詞(せりふ)も、余裕ぶった笑い声もない。包帯と入院着に埋もれた男は、改めて見れば思っていたよりずっと歳が近く見えた。

 

 

「……出会ってから何時間って話だよな」

 

 

 アベンチュリンが地下に降りてきて、戦いを通し、肩を並べ、チュリ()と呼び始め、星嘯(せいしょう)との戦いが終わるまで——それが、おそらくたった数時間の話。

 

 濃密すぎた。

 

 そしてその数時間で、何度助けられたかわからない。

 

 ピンチもピンチの状況でいきなり(あらわ)れて、ゼインが白い空間にいる間に賭場(フィールド)を展開して、時間を稼いでくれて、あまつさえ突破口まで開いてくれた。

 

 そして何より×64の反動が来る前に賭場(フィールド)を落としてくれた。自分だって死にかけだってのに、歯を食いしばって本当のギリギリのギリギリまで意識を保ってくれていたのだろう。

 

 

「……お前さ」

 

 

 声が出ていた。寝てる相手に話しかけるなんて(ガラ)じゃないが、この静けさの中で黙っているほうが無理だった。

 

 

大概(たいがい)賭博師(ギャンブラー)だよなぁ。……賭場(フィールド)、落としてくれたんだろ。おかげで最後の反動、来なかったよ。……あれがなかったら、俺、どえらいことになってたにちげーねーからさ」

 

 

 心拍モニターは変わらない。ぴ、ぴ、と同じ間隔で鳴り続けている。

 

 

「つーかさ。なんで俺なんだよ。カンパニーのエリート様が、どこの馬の骨ともわかんねぇインターンに命預けるって、どういう判断なわけ」

 

 

 返事はない。当たり前だ。寝てるんだから。

 

 ゼインは頭の後ろで手を組んで、天井を仰いだ。照明の光が目に痛い。

 

 

「……あの親指はずっちぃだろ。あれ1本で全部持ってきやがって」

 

 

 声のトーンが落ちていた。自分でも気がついていた。でも止まらなかった。

 

 

「数時間だぞ。たった数時間で——ここまでやるやつ、初めて会ったわ」

 

 

 沈黙が降りた。

 

 空調の音。モニターの音。それだけの部屋。

 

 ゼインは視線をアベンチュリンの顔に戻した。包帯の下に何があるか、想像したくもない。だが、生きている。

 

 長い間があって、

 

 それから——ゼインの口が、もう一度開いた。ツッコミでも、軽口でも、ぼやきでもなく、

 

 

 

「本当に……ありがとな」

 

 

 

 言い終えて、ふぅ、と肩の力を抜く。

 

 ——言えた。寝てるうちに言えてよかった。面と向かって、野郎にこんなこっぱずかしい台詞は吐けない。こいつの前じゃ特に無理だ。百パーセントニヤニヤしながら、イジり倒されるに決まってる。絶対に。間違いなく。こいつは確実に——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——どういたしまして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼインがピキッと固まる。

 

 声は、隣のベッドから出ていた。もっというと包帯ぐるぐる巻きの金髪頭から発されていた。

 

 アベンチュリンは目を閉じたまま、身体はぴくりとも動いていない。

 

 だが、口元だけが——うっすらと弧を描いている。

 

 

「……ッッッ、クソバカ起きてんじゃーーーーーーーん!!!」

 

「ひどいなぁ。せっかくいいこと言ってくれてたのに。感動したよ、いいスピーチだった」

 

「いつからだ!! いつから起きてた!!」

 

「さあ、いつからだろう。——少なくとも、『唇を奪われた』あたりからかもしれないね」

 

「全部じゃーーーーん!! ほぼ最初からじゃーーーーん!!!」

 

 ようやっとアベンチュリンの(まぶた)が開いた。虹色が、照明を反射して、万華鏡(まんげきょう)みたいに光っている。首だけをゆっくりとゼインに向けて、満身創痍(まんしんそうい)とは思えない目つきでこちらを見た。

 

「冗談だよ。目が覚めたら隣で君が何やら一生懸命しゃべってるからさ。おはようって言うタイミングを(のが)しちゃったんだ」

 

「……お、おン前って人間はァ……」

 

 ゼインは自分の頬を()る。耳から首筋まで熱い。賭場(フィールド)の感謝も、親指のことも、「初めて会った」も、何もかも全部聞かれて内心ニヤニヤされてたってことか。

 

 穴があったら入りたい。穴がなくても掘りたい。ではなく、入れるとか掘るとかそういう話ではないのだった。

 

 

「そう照れなくていいのに。——素直にね、嬉しかったよ」

 

 

 軽い声。あの、いつものアベンチュリンのトーン。だが最後の一言だけ、いつも演じている仮面が一枚剥(いちまいは)がれた気がした。

 

 口を引きつらせつつ睨むと、包帯だらけの男は天井に視線を戻して、少し黙った。

 

「ねぇ、ゼイン」

 

 名前呼びだった。マイフレンドでもなく。

 

「——君は最後の一撃の時、何かを見たのかい? それとも何かに見込まれたのかな?」

 

 すぐに白い空間のことを言っているのだと思った。

 

 だが、さすがにあれをアベンチュリンが感知できているとは考えられなかった。一瞬だけ逡巡(しゅんじゅん)するが、ゼインは、

 

「……さあな。見たし、見られたっつーか」

 

 いまだにちゃんと理解してないうえに、誰かを理解させられるように話せる気もまったくない。だからどうしても曖昧(あいまい)にしか答えられなかった。

 

「ふうん」

 

 アベンチュリンは仰向(あおむ)けのまま、小さく笑った。追及はしない。深掘りもしない。ただ、何かを確認するように頷いた。

 

「まあ、いいさ」

 

 包帯だらけの手が、ゆるく振られた。まるで見送りの仕草だ。

 

 

「——君とは長い付き合いになりそうだ、マイフレンド」

 

 

 ゼインは立ち上がって、パイプ椅子を元の位置に戻した。そして、近くにたたまれて置かれていた、おそらく血だらけでいわく付きのシロモノと化していたローブ一式を誰かが洗濯(クリーニング)してくれたのだろう——着替えに(そで)を通していく。

 

 そんな中で、あくまで雑談のように、

 

「あー、つかチュリ男。お前さ、歳いくつ?」

 

 カーゴパンツに足を通しながら尋ねれば、アベンチュリンの口からある数字が返ってくる。

 

「げっ、マジで同い年(タメ)かよ……かーッ……」

 

 うんざりとした顔をしつつ、これも何かの縁か、まぁいいわと、

 

「貸し1だ。お前がピンチになったら、今度は俺が駆けつけてやるよ。んじゃな、俺の連絡先ここ置いとくわ。次はちゃんと起きてる時に飲み行こうぜ」

 

「それは使い時が楽しみだ……飲みね……その後はもちろん?」

 

「スターホースレーシング行こうぜ。しばらく賽子(ダイス)見たかねぇ。お馬さんに有り金全ツッパ(オールイン)よ」

 

「はは、負けないよ?」

 

「俺だって負けねーよ。んじゃ負けたらお互いの秘密1コずつ話してくってのはどうだ。俺の(スリー)サイズ教えてやるからさ」

 

「それは無料(タダ)でもいらないなぁ」

 

 自分のベッドに腰かけ、靴下を()きながら、ゼインは思った。

 

 ——調子狂うが、全部聞かれてたなら、むしろ手間が省けた。言いたいことは全部伝わった。

 

 そういうことにしておく。

 

 足下のカブが何かの接近に気づくように顔を上げて、ん——と、ゼインもそちらを見やると同時に、足早な靴音とともに、

 

 

 ——なんで開いてんの?

 

 

 と半開きの扉だったせいか、ほぼほぼ形式といった感じが(ただよ)う投げやりなノック。

 

 銀髪が(のぞ)き、

 

 

 

「——起きてたんだ。よかった」

 

 

 

 エレーナだった。

 

 

 

「っていうか、もう動けるの? 昨日……もう一昨日(おととい)か、あんな状態だったのに」

 

「なんか知らんけど、治りが早いんだよ……俺」

 

「……それ、普通じゃないからね。ハッキリ言って異常だけど」

 

「わーってるよ。聞かねーでくれ、答えらんねぇから」

 

 物凄く何か言いたそうな顔をしていたが、疲れが勝ったのか、はぁ……とエレーナは深く息を吐く。

 

 疲労の色の()さからして、明らかに徹夜明(てつやあ)けというのが見て取れた。

 

 カンパニーの制服はところどころくたびれて、目の下にはでっかい(クマ)がある。寝てないのか、あるいは少しだけ寝たけど全くもって足りてないのか。それでも背筋は伸びていて、脇に長いものを二本抱えていた。

 

 

 それを認識するなり、

 

 

「お、お前たちぃ~~~~~~~~~!!!」

 

 

 感涙(かんるい)にむせび泣きながら、ゼインはエレーナから——パルサーエッジとノヴァイレイザーを受け取る。

 

 どちらもボディは打痕(だこん)でデコボコしているわ、大小問わず傷だらけで、なんならどちらも少し、……いやわりと()がっている気すらする。パッと見、粗大ゴミの日に自治体シールを貼られて捨てられていてもおかしくなかった。

 

「感謝してよ? 崩壊寸前の地下から回収しておいたんだから」

 

「マジサンキュな!! わざわざ取りに行ってくれたのか?」

 

「証拠品の回収ついでにね。聖堂の地下、今ぜんぶ調べてるから」

 

 さらっと言って、エレーナは意外とノヴァイレイザーが重たかったのだろう。肩を回している。

 

 ゼインはパルサーエッジのグリップ部をくるりと回してみる。やっぱり、今となってはこいつは手に馴染(なじ)む。よくぞ帰ってきた、という感覚がある。

 

 ぶん投げもしたし、エネルギー切れでゴミと思うこともあったが、それでも相棒だ。

 

 と——そこで、ゼインの目がエレーナの顔に戻った。

 

 

 ——ん?

 

 

 まじまじと見つめる。

 

 

 顔。

 

 

「……なに、人の顔見て。ちょっと……今メイクとか崩れてるだろうから、あんま見ないで」

 

 

 あり?

 

 顔が、見えている。

 

 

「つか……お前、マスクは?」

 

 ここは例の地上と地下の聖堂のように密閉されているわけではないだろう。思えば、ゼイン自身もそうで、アベンチュリンもまたマスクをしていない。

 

 エレーナは一瞬きょとんとして、それから「ああ」と自分の顔に手を当てた。

 

「そっか、ゼイン君は倒れてたもんね。知らないか」

 

「どういう——」

 

 

 

 

 

 

 

 

「——シロッカの大気、浄化されてるんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 ゼインがまばたきを3回。

 

「——は?」

 

「あなたが意識を失う前……正確には、星嘯(せいしょう)が消える時に、あの光——地下から黄金の光があふれ出したの。大気の毒素濃度(どくそのうど)が急激に下がり始めて、今はもう基準値を下回ってる。つまりマスクなしでも問題ない」

 

 エレーナの説明は淡々としていたが、言葉の端に興奮が(にじ)んでいた。無理もない。鵜呑(うの)みにするなら、シロッカの住民が長年に渡りマスクに縛られてきた生活が、一夜で変わったということになる。

 

「外に出てみるとわかるよ。みんなマスクを外して信じられない顔で、歩いてる。大人も、子どもも——コンソナンスの子どもたちも」

 

 

 その光景を想像して、水底から泡がふわふわと上がっていくように言葉が再生される。

 

 

 ソニアとビョルンの最後の言葉が。

 

 

 ——ビョルン、最後にあの子の願いを叶えてあげましょう。

 ——ええ、姉様。……あの子には悪いことをしましたから。せめて。

 

 

 あの子。

 

 

 それが胸に引っかかっていた。最初はロビンのことかとも思ったが、そうであるならば呼称は”彼女”になっているはずで、あの子、ということは——

 

 

 ——ターニャ。

 

 

 あの子の願い。

 

 

『——みんなを救ってあげて』

 

 

 ”壊滅”の汚染にねじ曲げられることなく、本来の”星核”の在り方のまま、その願いは成就(じょうじゅ)され、星の生命力が回復したのだとすれば——

 

 

「ゼイン君」

 

 

 エレーナの声のトーンが一変する。パイプ椅子を引っ張ってきて、ゼインの正面に座る。まるで簡易的な尋問だ。

 

 

「あの光の後から変わったの。星核が関係してるんでしょ。——何をしたのか、教えて」

 

 

 直球だった。エレーナらしい。推測はもうできている。あとは当事者の裏付けが欲しい。その目はそう言っていた。

 

 

 ——アベンチュリンは見逃してくれたが、こりゃ、ごまかしはきかねーな。

 

 

 ゼインは後頭部を()いた。

 

「……正直、自分でもよくわかんねぇんだけど」

 

「わかる範囲(はんい)でいいから」

 

「最後に星嘯(せいしょう)金爪(きんそう)を砕いて——星核に触ったとき、あの地下聖堂から、白い空間みたいなところに意識が飛んだんだ。んで、そこにビョルンとソニアがいて——」

 

 全部は話せない。話す言葉も持ち合わせていない。ただ、断片を拾って、順番に並べることにする。

 

 星核の本来の姿は「星の命」だったこと。”壊滅”がどうやら、それを変えてしまったこと。ビョルンとソニアが消える直前に、星核を元に戻したこと。

 

 ただ。

 

 あの姉弟の最後の会話も、ビョルンの涙も、「救われた」という言葉も——話さなかった。それは話したくなかった。

 

 エレーナは黙って聞いている。途中で口を挟まず、メモも取らず、ただ頭の中で組み立てている、そんな顔をしている。

 

 ゼインが話し終えると、数秒の沈黙の後、エレーナが口を開いた。

 

 

「つまり——星核が本来の在り方に戻って、この星を浄化して消えた」

 

「……たぶん」

 

「ターニャちゃんの願いが、正しく叶った、と」

 

「……そうなるんじゃねぇかな」

 

 自分で説明しておいて自信がないのもどうかと思うが、本当にわからないものはわからない。

 

 ただ、エレーナの口から整理されて出てくると、ああそういうことだったのかと自分でも()に落ちる部分があった。

 

 

 ——ただ、これ、あれか、俺が怒られる流れ?

 

 

 雷が落ちることをゼインが覚悟すれば、

 

 エレーナは椅子に背を預けて、天井を見上げた。

 

 

「……すごいね」

 

 

 声が小さかった。カンパニーの社員としてではなく、ただの一人の人間として呟いたように聞こえた。

 

 

 

 

「——あの子たちが、最後にこの星を救ったんだ」

 

 

 

 

 ゼインは何も言わなかった。

 

 言えるわけがなかった。ただ、無言で同意する。

 

 少しの間、二人とも黙っていた。

 

 その沈黙を破ったのは、やはりこの——3人目だった。

 

 

「感動的な話のところ悪いんだけどさぁ」

 

 

 隣のベッドから、アベンチュリンの声が飛んでくる。目は閉じたまま——いや、もうこいつの目が閉じてることを信用してはいけない。

 

 

「君は、エレーナだったっけ」

 

「……何ですか」

 

「あの配信、おそらくカンパニーの(うえ)は相当カンカンだよ。僕の読みだと、”昇進”は五分五分(ごぶごぶ)といったとこだろうけど、そこら辺はダイヤモンドとジェイドが上手(うま)くやるだろう。だけど、その前に——まぁ、覚悟はしておいたほうがいいじゃないかな」

 

 エレーナの表情がどんどん固くなっていく。

 

 生配信。ロビンのSNSを使って、銀河中に助けを求めた。世論を動かし、援軍を引き出し、カンパニーの「放棄」を封じた。

 

 結果は出した。

 

 事実、今シロッカには正義漢あふるる者たち、野次馬に毛が生えた者たち、単なるロビンファンなどなど、玉石混淆(ぎょくせきこんこう)の連中が大挙(たいきょ)してきている。

 

 だが、あれは完全に独断だった。

 

 ジェイドに「全責任は私が負います」と啖呵を切った、あの一連の行動。

 

 カンパニーという組織が、それを無条件に許すはずがない。

 

 アベンチュリンはエレーナより遙かに上層部に近い位置にいる人間だからこそ、独断専行(どくだんせんこう)の重みを知っている。

 

「……わかってます」

 

 エレーナの声は静かだった。覚悟はとっくにできている、という声だった。

 

「やらなきゃ、この星ごと見捨てられてた。だから後悔はしてません」

 

「うん、それでいい。ただ、問題はいくつかあってね。僕はジェイドと取引してきたんだけど、この有様(ありさま)だからさ。エレーナ、できるだけ君1人の功績(こうせき)にするためにも、ちょっとこの場に来て僕が手伝ってしまった言い訳を——」

 

 エレーナが言葉を返すより先に、動いたのは、

 

「いやーチュリ男、マジでありがとう。(まこと)(とも)と書いて”ベストフレンド”である俺のために無償(ロハ)で来てくれるなんて、友情にマジ感謝」

 

 何を言ってるのだコイツという凄い顔で、エレーナは馬鹿(ゼイン)を見つめる。

 

 が、次の瞬間、あ、という顔になる。

 

 気づいたかと言わんばかりに、ゼインの口端(くちは)が上がり、

 

「偶然立ち寄ったこんな星でベストフレンドである俺がインターンやってたけどさぁ。でもさぁ、ベストフレンドが困ってたら助けるのは——必然だよなぁ」

 

「——だ、だよね。び、びっくりですよ。二人がべ、ベストフレンド? だったなんて、知らなかったなぁ……アハハ……」

 

 とりあえずエレーナも乗っかることにする。いやさすがに苦しすぎでしょ……と汗が一筋流れるが、

 

「——クッ、あはっ、あははははっ、いたたた……あ、あんまり笑わせないでくれよ。ベストフレンド」

 

「ふん、狸寝入(たぬきねい)りかますてめーがなんもかんも悪い」

 

「わかったわかった、それでいいよ。それでいこう。ここまで来たんだ。僕も上手いことやらせてもらうさ」

 

 隣のベッドからまだ笑い足りないように「あははっ」という声が続いているが、ゼインはもう突っ込まない。こいつはもう好きにさせておく。

 

 そんなゼインとアベンチュリンのやり取りを(ほう)けたまま見つめていたエレーナの表情が切り替わる。伝えなきゃいけない決意の顔へと。

 

 

「——あのさ、ゼイン君。落ち着いたらなんだけど、今後の話をしていい?」

 

「今後?」

 

「シロッカの復興(ふっこう)は始まったばかりで、人手(ひとで)がぜんぜん足りてないの。統治府(とうちふ)解放戦線(かいほうせんせん)停戦交渉(ていせんこうしょう)もこれからだし、ビョルンが裏で(あやつ)ってた証拠の整理もまだ途中。カンパニーとしてもこの案件はしばらく続くから……その……」

 

 エレーナは指を折りながら説明する。その手つきに迷いがない。彼女の頭の中にはもう全部のタスクが並んでいるのだろう。だが、どうにも、

 

 

「その……えっと……」

 

 

 歯切れが悪い。

 

 

「なんだよ、言えよ」

 

 

 やがて、えいやと、

 

 

「——ゼイン君にも、手伝ってほしいんだけど」

 

 ぼしょぼしょと、ちらちらと上目遣(うわめづか)いで反応を(うかが)いつつ、

 

「あ、ほらってかインターンでしょ、もうこのまま正式に働いちゃおうよ! 私、ジェイド様にお願いするから。それになんかその、今回の仕事、やりやすかったし。け、結構いいコンビだったと思わない?」

 

 さらっと来た。

 

 さらっと来たが、その目はさらっとしていなかった。当然そうなるでしょ、という前提が目の奥にある。

 

 一緒にこれほどまでの修羅場(しゅらば)をくぐった仲間が、当然この先も一緒にいるものだと思っている顔。

 

 ゼインはニコッと笑うと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、ヤだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————?」

 

 は? とすら口にできず、エレーナの全身が石化(せきか)している。

 

 

「や、ありがてぇんだけどさ。——今回のインターンを通して、慎重に俺の中で検討・協議を進めた結果、ご期待に()えない結果となりました」

 

 ごめーんとばかりに両手を合わせて舌をペロッと出すゼイン。なんならウィンクまでかましていた。

 

 

「…………」

 

 

 エレーナは口を開けたまま完全に硬直している。

 

 

「おし、じゃあ行くわ。色々やることあんだよ。世話になったなお前ら。貴殿(きでん)らの今後の活躍をお祈りしてまーす。仕事がんばえ~」

 

 

 

 

 

 

 

 沈黙が舞い降りる。

 

 

 

 

 

 

 

 ——さ、流石に、そ、そりゃないよ、ベストフレンド。爆弾置いていかないでほしいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アベンチュリンは恐る恐る目を開けて、幽鬼(ゆうき)と化してなんかドス黒いオーラを発しているその女子を確かめる。

 

 

 

「え、意味わかんないんですけど。は? 彼、いやアイツなんなの? は? は? は? は? は? は? ——は?」

 

 

 めちゃくちゃ恐かった。

 

 

 小声で壊れたレコードプレーヤーになっているエレーナに、イヤなモノを見てしまった、本格的に寝たふりをしようかなと回避行動(かいひこうどう)にアベンチュリンが移ろうとした矢先、

 

 

 軽快な足跡が戻ってきて、扉から顔がひょっこり出る。

 

 

 

「あ、そだ。エレーナ。でもクッソ怒られそうになったら、呼べよ。

 

 そんときゃ、

 

 —— 一緒(いっしょ)に怒られてやる

 

 

 それだけ爽やかに言い残すとまた足跡は去って行き、

 

 

 

 

 

 

 

 再度の沈黙。

 

 

 

 

 

 恐る恐るアベンチュリンはもう一度、目を開く。

 

 そこには、

 

 

 

 ——顔真っ赤で、両手で(ほお)を押さえ、

   うずくまっているエレーナがいた。

 

 

 

「は? は? 意味わかんないでしょ? 下げてから上げる? いや上げすぎでしょ? 高低差(こうていさ)で頭おかしくなりそうなんですけど。は? は? こっちが恋愛初心者(れんあいしょしんしゃ)だからナメてる? ナメてるよね、アレ」

 

 

 アベンチュリンは思う。このエレーナになんかもし”靱性(じんせい)”とかいう耐久ゲージがゲームのように存在していたら、……確実に(ハジ)け飛んでると。

 

 

 あまりにも恐ろしい光景すぎて震えが止まらなかったが、逃げ出すことも出来ない(あわ)れなアベンチュリン。

 

 

 そして、エレーナは(かわ)いた笑い声を何度も繰り返した後、

 

 

「こ、こ……こんなにコケにされたの、……ふふ、生まれて初めてだよ……ああそう……そう来るんだ。……はは、そっちがそう来るなら」

 

 

 一つのとんでもない決意が彼女の中で生まれていく。

 

 

「”(じゅう)石心(せきしん)”? 戦略投資部長(せんりゃくとうしぶちょう)? 七人取締役会(しちにんとりしまりやくかい)? ()りないかなぁ、とことんまで(えら)くなって、アイツ、

 

 

 

 

 

 

 

 ——私の(した)で、絶対コキ使ってやる

 

 

 

 

 

 

 

 

 アベンチュリンは考えることをやめて、意識が落ちるのをひたすら願ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 










あ、すみませーん、弱点撃破1名追加でおねしゃーっす



┌(┌^o^)┐「……」

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