ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#46 "ランデヴ"

 

 

 

 病室を出たゼインは早足になる。

 

 やることは山積みで、おそらく、のんびりしている暇もない。

 

「——あいつのことだ、急いで合流しねーとマズいな。あ、エレーナに居所(いどころ)聞いときゃよかった」

 

 しまったと舌打ちし、ケツをぼりぼり()きながら通路を進んでいると、足が止まった。

 

 突き当たりに仮設(かせつ)のテントが張られている。コンテナや箱がいくつも積まれて、中には瓦礫混(がれきま)じりの残骸(ざんがい)、金属片、破損した機器が無造作(むぞうさ)に突っ込まれたケースもある。

 

 証拠品と回収物の仮置(かりお)()だろう。エレーナが聖堂の地下を調べていると言っていたから、その成果物(せいかぶつ)かとゼインは歩みをゆるめて様子を(うかが)う。

 

 

 ——カンパニーから増員されたのか作業服姿の男が二人、汗を(ぬぐ)いながら仕分(しわ)けをしていた。

 

 

 その様をほーんと(なが)めていれば、

 

 視線が、ある箱の中身に引っかかる。

 

 (つぶ)れた通信機器やら()げた布切れやらに埋もれるようにして、——黒い光沢(こうたく)を放つそれが入っている。

 

 勝手に足が動いていた。ゼインは堂々とその仮置き場へと入っていき、箱の前にしゃがみこんで、手を伸ばせば、

 

 そこにあるのは——漆黒(しっこく)のフルフェイスマスク。

 

 おそらくはソニアかビョルンが(かぶ)っていたもののどちらかだろう。

 

 表面には絶妙な感じでひびが(くち)のように走っているが、形はかろうじて(たも)っている。

 

 指先で弧を描いているひびをなぞった。

 

 白い空間での彼女と彼、2人の顔がフラッシュバックする。

 

 

「家族、ねぇ…………いいもん……なんかな……」

 

 

 それを振り切るように、頭を揺すって、

 

 ゼインはおもむろにマスクを裏返す。外側はともかく内側は意外ときれいだ。少し()けばそのまま使えそうなくらいには。

 

 ——……これ、なんか使えんじゃね? と、思案(しあん)していれば、そこで、

 

「おい、勝手に触るな。それは証拠品だぞ」

 

 ゼインの存在に気づいたらしい作業員の一人が声を上げた。手袋をはめたまま、こちらへ歩いてくる。

 

「おう、ご苦労さん。俺もカンパニーの者なんだけど、エレーナ……さんからこいつを持ってきてくれって頼まれててさ」

 

「エレーナ……様の? あなたは?」

 

「ああ、俺はチュリオ・エリオットってんだ。エレーナさんの部下をやってるインターン生だよ」

 

「インターン……? お前知ってるか?」

 

 その作業員は振り返り、もう一人の作業員の方へ確認する。

 

「ああ、そういえばそんなことを言ってた気がしますが……」

 

「うん、多分それだよ。急いでるからいいか? 遅いって怒られんの俺なんだけど。あのエレーナさんだぞ? わかってる?」

 

 作業員はその名前に一瞬ひるんだ。その反応で、エレーナがどういう存在として周囲に認識されているのか()して知るものがある。

 

 その(すき)にゼインはマスクを脇に抱えて、

 

 しかし、となおも迷っている様子の作業員に、

 

「大丈夫だよ、こんな壊れかけのマスクで何するってんだよ。何か起きたら、俺のせいにしていいから。まだいっぱい残ってんだろ? ほら作業に戻った戻った。怒られんぞ!」

 

 とてもインターンとは思えない態度で無理矢理勢いで押し切った時には、ゼインはすでに背を向けて歩き出している。

 

 また通路の角を折れて、作業員たちから離れた後で背後から追っかけてきたりしてないよな? と確認しつつ、ゼインはぼやき始める。

 

「めんでぇな……考えろー……あいつのやりそうなこと…………あー、実にありえる……そうすっと、どうする?」

 

 当てもなく探すよりは、出入り口に向かうべきだと足はやがて——港区画(ポートエリア)へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 港区画(ポートエリア)は、ゼインの記憶にあるそれとだいぶ様子が変わっていた。

 

 思わず、

 

「なに、祭りでもやってんの……?」

 

 やけに人が多い。しかも見覚えのない顔ばかりだ。カメラ機材を抱えた男、取材パスを首から下げたスーツ姿の女、手書きのボードを(かか)げた若い集団などなど——シロッカの住民とは明らかに毛色(けいろ)の違う連中が、発着場(はっちゃくじょう)のあたりにごった返している。

 

 壁際に寄って、通りすがりの会話に耳をすませた。

 

「——まだいるはずなんだよ、ロビン。あの生配信で位置がバレてるからな」

「カンパニーが(かくま)ってんじゃないの? 見た人いないんでしょ?」

「だからこの星で取材するしかないんだって。大気(たいき)浄化(じょうか)されたおかげでマスクなしで入れるようになったし、今がチャンスなんだよ」

 

 ——生配信ってなんぞ?

 

 と思ったが、アベンチュリンがエレーナに対して言ってた件のことかとすぐに見当がついた。

 

 何をやらかしたのかこそわからないが、そこかしこで交わされている会話を聞いていると、とにかくロビンがこの星にいることが外にバレて、銀河中からシロッカにマスコミなりファンなり様々な人間が押し寄せてきているらしい。

 

 加えて清浄化のおかげでゲートが開放されて、外から人がマスクなしで入れるようになったということが、順番こそ多少前後するかもしれないが、現在の様相(ようそう)(てい)するに至った経緯(けいい)らしい。

 

 ゼインは人混みの向こうを見やった。あの中にロビンはいない——と思う。だが、問題はそこじゃない。

 

 こんな状況のせいで余計、確信が深まった。

 

 あいつが今のシロッカにいる限り、この騒ぎは収まらないだろう。ロビンならそれを理解している。理解した上で、その先の思考を可能な限り予測してみれば、

 

 ——十中八九「自分がいなくなれば済む」と判断するだろう。そしてどうにか一人で出て行こうとする。そういうやつだ。

 

 ——急がねぇと。先に見つけないとマズい。

 

 発着場を迂回(うかい)して人目(ひとめ)を避けながら、ゼインが足を速めた、その時。

 

 

「——え、」

 

 

 ——立ち止まった。

 

 

 港区画(ポートエリア)の端。発着場から外れた資材置き場の影に、藍色の長髪が風に揺れている。

 

 壁にもたれて、刀を帯びたまま腕を組んでいるその人こそ——

 

 

黄泉(よみ)の、ねーちん……? あ、身体大丈夫すか——!?」

 

 駆け寄りかけて、

 

「……俺のいた病室の周りにはいなかったから、どこ行ったんだろうと思ってたんですけど……」

 

「ありがとう……だが、私のことは心配しなくていい。あのぐらいの傷でも、私の運命は変わらない。実際、こうして、あなたたちより先に動けるようにはなっていたんだ」

 

 さらっと言ってのけてしまう。あれだけの戦いでおまけに命に関わる重傷を受けた後でそれを言えるのかよ……とゼインは内心ドン引きするが、すぐにつーか自分も大概(たいがい)だったわと考えを改める。

 

「探し回ると、君と入れ違いになってしまうかと思ったから、ここで待つことにしていたんだ」

 

 黄泉は壁から背を離して、ゼインの方へ体を向けた。

 

「どうやらそれは、珍しく正しかったようだ」

「珍しくって自分で言わんでも……。つーかどうしてここへ?」

「この星を出るなら、ここを通るだろうと思ってね」

 

 なるほど。そういうことか。

 

 要するに、自分が港区画(ポートエリア)でロビンを探そうと思ったのと同じように、黄泉もまた港区画(ポートエリア)で待つという方針を取っていたのだ。

 

 ——まぁ先に会えたなら、こっちの件から話すか。

 

 二人の間を、清浄化されたシロッカの風が抜けていく。

 

 その(こころよ)さのなかで、ゼインは、

 

 

「ねーちん! 単刀直入に言いますけど、

 ——俺んとこに仲間になりに来ませんか?」

 

 

 黄泉がわずかに目を見開いた。

 

 

「まぁ知ってっかわかんないんすけど、俺と仲間は”星核ハンター”っつー……名前も活動内容もいかがわしいんすけど、一応この銀河を救う名目(めいもく)であちこち出張(でば)っては星核を回収してんすよ。

 だから今回みたいなドンパチも日常茶飯事で、ぜひねーちんの腕があれば百人力(ひゃくにんりき)——つーか、あの戦いで背中預けた仲だし、一緒にやれたら最強だって思ったんすけど」

 

 

 そこまでで、いったん止めて、

 

 

「俺、黄泉(よみ)のねーちんともっと色んな冒険したいっす! 絶対、楽しませるんでどうですか!」

 

 

 黄泉はゼインの顔をしばらく見つめていた。()いだ目に、ほんの少しだけ波紋が立ったように感じた。

 

 

 ふ、と優しく微笑みながら、

 

 

「ゼイン、あなたは不思議な存在だ。……私は、人は誰しもが”運命”と言う名の自分だけの道を歩んでいる。望む望むまいを問わず、そう考えていた。

 だが、あなたのそばにいると……なんて言うんだろうな。その歩むべき”運命”という道から外れて、

 ——別の道を歩むのも悪くない。そう思わせられてしまうんだ。」

 

 

 じゃあとゼインの目が輝いた。

 

 

「だが、……すまない。私には追わなければならないものがある。今はまだ、誰かと歩くわけにはいかない」

 

 だぁ〜とうなだれるゼイン。だが、その声には、だと思ったというニュアンスも含まれており、

 

「……っかー。だよなぁ」

 

 あっさり引き下がる。が、がっかりはしていなかった。黄泉の”今はまだ”という言い方に、可能性を感じ取ったからだ。

 

「追わなきゃならないもの、って?」

 

「"第IX機関(だいきゅうきかん)"という——”虚無(きょむ)”の運命にまつわる派閥(はばつ)で、存在するのかも定かでない組織だよ。その影を辿(たど)っている」

 

 ゼインは片眉を上げて、

 

「虚無の……。ねーちんって、”虚無”の運命に関わってんすか?」

 

 黄泉は即座に答えなかった。風がまた一つ吹き抜けるだけの間があって、

 

 

 

「——私は自滅者(じめつしゃ)なんだ」

 

 

 

 静かに、透明な水面(みなも)色水(いろみず)を垂らすような言葉だった。

 

「”虚無”の星神(アイオーン)IX(イックス)の影に()ちた人間のことをそう呼ぶ。色彩が薄れていき、味覚が消え、記憶が(おぼろ)げになる。いずれ五感の全てを失って——存在そのものが消える。それが自滅者の末路だ」

 

 ゼインは黙って聞いていた。あの戦いの時、白黒へと()ちた世界で必殺技を放った後に黄泉の頬を伝った朱い涙。

 

 あれは何らかの力の代償だと、その時は漠然(ばくぜん)と思っていた。だがそうじゃなかった。もっと根の深い、もっと重いものだった。

 

第IX機関(だいきゅうきかん)痕跡(こんせき)辿(たど)れば、”虚無”の正体に近づける。近づければ——(あらが)う手がかりが見つかるかもしれない。あるいは見つからないかもしれない。それでも、立ち止まるよりはいい」

 

「……ねーちん」

 

「なんだろう?」

 

「——それ聞いたら余計に、一緒に来てほしいんだけど」

 

 黄泉が小さく笑った。口元だけの、ほんのかすかな笑みだ。

 

「ありがとう。でも——私が隣にいると、周囲にまで”虚無”が感染(うつ)る。自滅者とはそういう存在だ。他の運命を無意識に侵食(しんしょく)してしまう」

 

 ゼインは何か言いかけて、やめた。これ以上食い下がるのは、この人に対して失礼だと思った。

 

 それすらも見通すように、優しい顔のまま黄泉は続ける。

 

「銀河を(ひと)り歩む人が渇望(かつぼう)していることは二つ」

 

 黄泉は壁にもたれたまま、港の向こうに見える、憎らしいほどに澄み渡った青空へ目をやった。

 

先達(せんだつ)の歩いた道を見つけるか、自分だけの道を見つけるか。しかし星神(アイオーン)眼差(まなざ)しのもとでは——後者を達成できた人はほとんどいない」

 

「……えっと?」

 

「どの道を選んでも、結局は星神(アイオーン)()いた運命の上を歩かされている、ということだ。”巡狩(じゅんしゅ)”も、”存護(そんご)”も、”調和(ちょうわ)”も、”虚無(きょむ)”も。全ての道は星神(アイオーン)が開いたもので、そこを歩く人間に自由はあるようで、ない」

 

「……ねーちんの道もそうだと?」

 

「そうだ。私は虚無に堕ちた時から、この道の上にいる。自分で選んだわけでもないのに」

 

 清浄化された、マスクの要らない風が頬を撫でる。

 

 ゼインはふと思い出した。エリオが言った言葉。「”終焉”の運命から救ってほしい」——あれもきっと。

 

 黄泉が続ける。

 

「第IX機関の痕跡を辿る過程で、ある予言に行き当たった。"四末説(よんまつせつ)"という——”終焉”の星神(アイオーン)・テルミヌスが(のこ)したとされるものだ」

 

 随分と物騒でまたロクでもなさそうな言葉だとゼインは思う。

 

「予言?」

 

「ああ、四つの運命が、いずれ銀河を”終焉”へと導くという説だ。そしてその内の三つまでは知られている。"壊滅(かいめつ)"——あなたがこの星で戦ったもの。"調和(ちょうわ)"——この星の星核が本来歩むはずだった道。そして"虚無(きょむ)"——私自身が沈んでいる道」

 

「四末なのに三つなんすか、ラス(イチ)は?」

 

「最後の一つは、確定していないとされる」

 

 

 黄泉が間を置いた。

 

 

「だが、ある仮説に触れた。四つ目の”終焉”は——"開拓"かもしれない、と」

 

 ”開拓”。

 

 その言葉に、ゼインの脳裏をよぎったのは星々を結び、宇宙を渡りゆくあの古巣(ふるす)である星穹列車(せいきゅうれっしゃ)——

 

 

「”開拓”の旅がその果てに辿り着く先は、”終焉”そのものになりうる。そういう話だ。真偽はわからないが」

 

 

 黄泉(よみ)がゼインの方を見た。

 

 

「ただ——君の……」

 

「……え、"解放"、だとは思うんすけど」

 

「そうか、”解放”は、面白い位置にいる」

 

「面白い、位置?」

 

「先達の道でもない。自分だけの道ですらない。星神(アイオーン)が敷いた運命そのものを——()がしてしまう力。……私は、そんな話を聞いたことがない」

 

 ゼインは頭の後ろを()いた。はたして()められているのかそうでないのか判断がつかない。

 

「ただ——だからこそ、気をつけた方が良いかもしれない」

 

 黄泉の声が、一段低くなった。

 

「私の道の先には何もない。色も、音も、記憶も、やがて全部消えていく。それと同じように——恐らく、君の道の果てにも」

 

 言葉が途切れた。その先を黄泉は言わなかった。

 

 ビョルンの最後の言葉が胸に残っている。

 

『救いになるのか呪いになるのかはわかりませんが』——どうやらあの杭は、そう簡単には抜けずに、しばらくは付き合うことになりそうだった。だが、

 

 

「それは違うっすね。ねーちん」

 

 今度、首を傾げたのは黄泉の方で、

 

「言ったじゃないすか。

 

 

 ——俺があなたの道標(みちしるべ)になりますって。

 

 

 だから、あなたの道の先に何もなくなんかないっす。絶対に」

 

 

 風が二人の間を抜けていく。やがて、

 

 

「——私は、自慢じゃないが忘れっぽいんだ」

 

「ほうほう、忘れてもいいですよ? それはそれでショックっすけど。何度でも思い出してもらいますし、覚えてもらいますんで。道標(みちしるべ)ってそういうもんでしょ?」

 

 

 一本取られたなとばかりに黄泉は苦笑して、

 

 

「違うよ。あなたのことは不思議と忘れられそうにないな。そう伝えたかったんだ。

 ——ありがとう、ゼイン」

 

 

 常にどことなく張り詰めていた、黄泉の空気がようやく(やわ)らいだ。そんな気がした。

 

 

 そんな折に、黄泉(よみ)は、あ、という顔になり、

 

「——遅れてしまったが」

 

 懐からスマホを取り出している。ゼインの方へ差し出して、

 

「いい、だろうか?」

 

 見れば、連絡先の交換画面だった。

 

 ゼインは目をぱちくりさせた。まばたきして——それからじわじわと顔が崩れた。

 

 

「——え、マジ? ねーちんの方から? うそ、何これ、すっげ嬉しいんですけど」

 

 言いながらローブのポケットをまさぐり、端末を引っ張り出して、

 

 

 ——固まった。

 

 

 さっき着替えの上に乗っかっていた時には気づかなかったが、ちゃんと見れば、画面に蜘蛛(くも)()のようなひびが走っている。右上の角は完全に欠けていて、液晶の半分が虹色のノイズに侵食されている。かろうじて電源は入る。だが交換画面を出そうとすると、タッチが三回に一回しか反応しない。

 

 バッキバキもバッキバキだった。

 

 星嘯(せいしょう)との戦闘で身体ごと何度も地面に叩きつけられた時に()ったのだろう。むしろ起動することが奇跡だ。黒猫製ローブってすごい。

 

 

「…………」

 

「……どうかしたか?」

 

「いや……ちょっとお待ちください……いける……いけるから……」

 

 青ざめた顔で、割れた画面を必死に連打している。黄泉が無言でそれを見つめている。その沈黙がまた恐い。

 

 格闘すること十数秒。なんとか交換画面を呼び出し、震える指で操作する。データが飛ぶ。通った。

 

「——よっしゃ通った!! っせ、セーーーーフ!!」

 

 端末に向かって叫んでいた。黄泉は小さく息を吐いた。

 

「……次はもう少し丈夫なものを持った方がいい」

 

「マジでそう思いました。何よりもまず頑丈さ優先でいきます……」

 

 ひび割れた端末をポケットにしまいながら、ゼインは港区画(ポートエリア)の発着場の方へ目を戻した。

 

 人混みは相変わらずだ。カメラ、マイク、ファンのボード。あの中にロビンがいるかもしれないし、もう出ようとしているかもしれない。

 

 いずれにせよ、あの群衆の中を声の出ない彼女が一人で突っ切ろうとしたら——囲まれて終わりだ。

 

「——悪い、ねーちん。もっともーっとお話ししてたいんだけど、ちょっと先に人を探さねーと——」

 

「ひと?」

 

 黄泉が、ゼインの言葉を反芻(はんすう)するように呟いた。それから、ふと視線をある方向に向けて、

 

「……もしかして、彼女のことだろうか」

 

 指し示す先。目を()らす。発着場の端、コンテナの陰。群衆からは死角になっている狭い隙間に——小柄な影がひとつ、身を縮めるようにしてうずくまっている。

 

 どっかで見たことのある、——三つ編み。ぐるぐるの瓶底眼鏡(びんぞこめがね)。違うのは、トレンチコートを羽織(はお)ってることくらい。

 

 

「あ、アリアさーん…………」

 

 

 思わずずっこけそうになりながらもゼインは、いやたしかにあの変装はパッと見じゃロビンとわからないからある意味正解ではあるが、事情を知ってるこちらからすると、浮きすぎててもはやギャグだった。

 

 だが、それでもどうやら動けずにいるのは——あの人混みの中を突っ切る勇気が足りないのか、あるいは群衆の隙を(うかが)っているのか、それとも何かしらの要因で動くに動けなくなっているのか。

 

 いずれにしても、あのまま1人であの人混みに出て発見されたら格好(かっこう)餌食(えじき)にされるだろう。

 

「やはり彼女だったか。ここで待ってた間に、あの辺りをうろうろしていたのが見えていたんだ。事情はわからなかったが、何かから隠れているようだった」

 

「ねーちん、マジでありがとう。……でさぁ、もう一つだけ頼みがあるんだけど」

 

 黄泉が視線で、なんだろうかと先を促した。

 

 それに片手で持っていたマスクを——ゼインは(かか)げてみせる。

 

「——ちょっとばかし、茶番(ちゃばん)付き合ってくんない?」

 

 

 

 

 

 

    *

 

 

 

 

 

 

 ——コンテナの陰は狭かった。

 

 身を縮めて座り込んでいると、膝の上に置いた手が小さく震えているのがわかる。寒いわけではない。シロッカの大気は清浄化されて、こうして外にいても息苦しさはない。マスクなしで呼吸できる空気が、こんなにも頼りなく感じるのは——きっと別の理由だ。

 

 三つ編みが頬にかかる。瓶底眼鏡は汗で何度もずり落ちて、その度かけ直した。トレンチコートの(えり)を立てて、顔を隠す。この格好なら、銀河の歌姫ロビンだと気づく人間はまずいない。

 

 

 ——はず、だった。

 

 

 それでも動けない。

 

 発着場の向こうから、自分の名前が聞こえてくる。「ロビン」「ロビン」「ロビン」。何十人もの声が、壁に反響して、コンテナの陰にまで届いてくる。カメラのフラッシュが時折、視界の端でちかちかと光る。

 

 あの生配信——エレーナが自分のアカウントを使ってシロッカの危機を訴えたおかげで、この星は救われた。援軍が来た。世論が動いた。それは正しかったし、何度あの時点に戻ることが出来たとしても同じことを選択したと思う。

 

 だけど、その代わりに、当然、

 

 自分がこの星にいることが、銀河中に知れ渡った。

 

 シロッカは今、復興(ふっこう)に向けてようやく最初の一歩を踏み出したばかりだ。汚染の残滓(ざんし)の除去、停戦交渉、他にも各種インフラを整え、子どもたちの生活を立て直す——本当に大切な仕事がこれから山積みになっている。なのに港区画はこの有様だ。自分を追いかけてきた人間たちで(あふ)れかえって、復興の邪魔をしている。

 

 

 ——わたくしが、いるから。

 

 

 わかっている。自分がここから出れば、この人たちはきっと追いかけて散っていく。結果としてシロッカは静かになる。

 

 だから出なければいけない。

 

 でも——あの人混みの中へ、一人で。声の出ない身体で。

 

 喉に手を当てた。声帯は壊れたままだ。「助けて」も「通してください」も言えない。囲まれたら、なす術がない。

 

 

 ここに来るまでに三回、出ようとした。三回とも、群衆の密度を見て足が止まった。自分の弱さが、情けなかった。

 

 

 

 ——あの人なら。

 

 

 

 ふと、頭をよぎる顔があった。

 

 ぼろぼろになりながら星嘯(せいしょう)に立ち向かっていった背中。自分が落下した時に、もうダメだと思って、目をつぶって……来るであろう衝撃に(おび)えて、それが一向に来なくて、気づけば、彼のボロボロの顔があって……今度は間に合ったろって言ってくれて……、

 

 いつもだ。知ってるのだ。

 

 この状況を見たら、きっと、考えるより先に動いてしまうのだろう。どんなに無茶なことでも、きっと。いつだってそうだった。

 

 ゲームの中でも、この星でも。

 

 そういえば、

 

 初めてこの星で会ったときもこの場所だった。最初は自分が放っておけないとかばって、そして、守ってくれて、声はあんまり似てないようにも思えたけど、話し方とか聞き方が、いつもボイチャ越しに想像していた人とそっくりで、

 

 そして、お決まりの年上のおねーさん好き。

 

 ——そしたら、本当に、あの人で。

 

 言葉で伝えることが今の自分ではできなかったけど、本当に、奇跡ってあるんだと思えた。泣きそうになるくらい嬉しかった。

 

 不思議だった。

 

 やっぱりあの人のことを考えると胸がぽかぽかしてくる。

 

 ここに来る前にどうしても顔が見たくなって、救護区画(メディカルエリア)にある病院のベッドで寝息を立てていた彼を見舞った。

 

 星嘯(せいしょう)との戦いの後で、意識を失ってまた倒れた時は心臓が止まるかと思った。でも、単純に疲労の限界が来たということがわかって、本当に本当に良かった。血だらけだった服も一生懸命洗濯をして、できるだけ綺麗にしたつもりだけど、彼は喜んでくれるだろうか。

 

 その顔を……見たかったなと思う。言葉を聞きたかったな、と思う。

 

 でも、甘えるわけにはいかない。

 

 助けてもらうことは大事だけれど、

 

 彼にはもう十分すぎるほど助けてもらった。いつかの約束の返答ももらった。あの言葉で、自分はこの先も歩いて行ける。頑張れる。そして、本当に誰にも言えないけれど……、

 

「————」

 

 ロビンの指が己の唇をなぞる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから、これ以上は——

 

 ロビンは膝を抱え直した。コンテナの冷たさが背中に染みる。眼鏡の奥の目が、少しだけ熱くなっていた。

 

 

 ——自分で、なんとかしなきゃ。

 

 

 もう一度だけ。もう一度、立ち上がって——

 

 

 

 そのとき。

 

 

 

 鉄と鉄がぶつかる音が、港区画(ポートエリア)に響き渡った。

 

 頭上だった。

 

 コンテナの隙間から見上げると——停泊中の貨物宇宙船の上で、二つの影が激突している。

 

 黒いフルフェイスマスクをかぶった男が、でかい銃器を鈍器(どんき)として振り回している。長い銃身が展開されたそれは、どう見てもただの鉄塊(てつかい)を力任せに振り回しているだけの図だ。

 

 その一撃を、藍色の長髪の女が鞘ごと刀で受け流し、船体の端へと大きく跳び退()いた。

 

「——星核を盗んだ犯罪者。大人しく投降(とうこう)したらどうだ。巡海(じゅんかい)レンジャーとして見過ごすわけにはいかない」

 

 凛とした女の声が、港区画(ポートエリア)に響いた。

 

 群衆がどよめいている。ロビンの名前を連呼していた全員が、頭上の光景に一斉に目を向けた。

 

「はぁ!? 星核を盗んだって……!?」

 

「あの女、刀持ってるぞ!? なんだ、巡海レンジャーって言ってなかったか!?」

 

 巡海レンジャー。——それは、銀河を渡り歩き、悪を討つことを信条とする正義の集団。その名は宇宙のどこでもそれなりに知れ渡っており、野次馬たちも含めて、人々は女の方へカメラなりスマホなりを向けていく。

 

「撮れ撮れ撮れ!!」

 

「船の上だ! 上見ろ!」

 

 カメラのフラッシュが頭上に向けて雨のように降り注ぐ。群衆の視線という視線が宇宙船の屋根に釘付けになって、ロビンの「ロ」の字すら、もう誰の口からも出ていない。

 

 そしてその当の本人であるロビンは眼鏡の奥で目を見開いていた。

 

 フードの下——あの黒いマスク。

 

 見覚えがある。見覚えがありすぎる。コンソナンスで何度も見たあの——ビョルンのマスク。なぜ、あれを(かぶ)った人間がここにいるのか。

 

 そしてあのでたらめな戦い方。武器をまともに使わず、身体ごとぶつかっていくような、型も何もないあの動き——地下聖堂で、何度も見せられた泥臭いあの戦い方は——

 

 

 心臓が、一つ大きく鳴った。

 

 

 ——まさか。

 

 

 だとしたら。あの人は、また——

 

 

 

 

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 

 

 

 

 ——おっしゃ、食いついた。

 

 マスクの内側で、ゼインは悪役のようにニヤリと笑う。

 

 黄泉が「星核を盗んだ犯罪者」と口にしてくれたおかげで、群衆は勝手に想像を膨らませてくれている。こっちから何も説明する必要がない。巡海レンジャーが追いかけてる時点でヤバい奴だと勝手に判断してくれる。

 

 最初、「私は巡海レンジャー役がいい」と言いだしたときは、守らなきゃ……じゃなかった、どうしちゃったのと思ったが、こうしてみると大正解だったことがわかる。

 

 ゼインは貨物船の(へり)を蹴って、隣に停泊している中型船の屋根へ跳んだ。着地の衝撃で船体が揺れる。黄泉が間髪入れず追いかけて、鞘のまま斬りつける。ゼインがノヴァイレイザーの腹で受ける。金属同士がぶつかる甲高い音が、港区画(ポートエリア)全体に拡散していく。

 

 下から見上げている群衆には、さぞ派手な追走劇(ついそうげき)に見えているだろう。船から船へ飛び移りながらの剣戟(けんげき)。フードを目深にかぶった謎のマスク男と、それを追う巡海レンジャー。映画のワンシーンだ。

 

 ——実態は茶番もいいところだが。

 

 黄泉の斬撃は全て鞘越しで、当たるぎりぎりのところで軌道(きどう)をずらしてくれている。ゼインもノヴァイレイザーの振りを大きく見せているだけで、本気で当てにいってはいない。見映(みば)えだけを最優先にした、二人だけのプロレスだ。

 

 中型船の屋根を蹴って、さらにその奥の輸送船へ。三隻目。群衆を十分に引きつけながら、発着場の端から端まで使って見せ場を作る。

 

 あと二、三分引っ張れば——

 

 銃声と共に、何かがゼインの耳をかすめる。熱。

 

 

「——空振りかと思ってたけどよ、ハッ、コイツはついてるじゃねーか」

 

 

 聞いたことのない声が、下から割り込んできた。

 

 金属質の足音。重いが速い。群衆が反射的に道を開けた先から、大股で歩いてくるその人影は——

 

 カウボーイハットを被っている。全身に金属の義肢が露出していて、腰に拳銃を二丁。声に混じる電子的なノイズは——共感覚ビーコンの改造とかそういうアレだろうか。

 

 見た目を直接表現するならば、

 

 ——サイボーグの、カウボーイだった。

 

 そいつは輸送船の船体を義肢の脚で蹴り上がり、一跳びで屋根の上に着地した。その衝撃で船体がぐらりと揺れる。ゼインと黄泉の間に割って入るように立ち止まると、ゼインをびしっと指差して、

 

 

「巡海レンジャー・ブートヒル——悪の花を()みに来たぜ、ベイビー!!」

 

 

 ——は?

 

 

 マスクの下で、ゼインの表情が凍りついた。

 

 ——なんだコイツ。

 

 ——え、お呼びじゃないんだけど。

 

 視線がちらりと黄泉に飛んだ。黄泉は涼しい顔を維持している。だがその目の奥が微妙に泳いでいるのを、ゼインは見逃さなかった。

 

 ——あーはいはい、ねーちんも想定外なのね、これ。

 

 巡海レンジャー。しかもこっちは——名乗り方、(たたず)まい、何より群衆の反応。下で「ブートヒルだ!」「本物の指名手配犯だ!」という声が上がっている。どういうことだよとゼインは内心ツッコむ。

 

 ブートヒルと名乗ったこの男——もしかして意識が落ちる直前に聞いた覚えのある声じゃねと思い至る。”義によって悪をぶっ倒しに来たぜベイビー”とか言ってたあの声だ。間違いない。

 

「おいおいアンタも、巡海レンジャーだってのか?」

 

 ブートヒルがくるっと黄泉の方を向いた。輸送船の屋根の上、三人が対峙している。

 

「オレは全銀河の巡海レンジャーの顔と名前くらい把握してるつもりだが——アンタの顔は見たことがねぇな? ニューフェイスか?」

 

 黄泉は一拍の間を置いて、

 

「……最近入ったばかりでね。まだ顔が売れていなくて、すまない」

 

 いけしゃあしゃあと嘘をついた。ゼインはマスクの内側で、ねーちんがんばえーと応援するしかない。

 

「ふーん? まぁいい、細けぇことは後だ。とにかく——」

 

 ブートヒルがゼインに向き直った。腰の拳銃にはまだ手を伸ばしていないが、目が完全に本気だった。陽気な口調の裏に、逃がす気はないという意思がはっきりと見て取れる。

 

「手配書で見たぜ、”星核ハンター”のフード。大人しくお縄につきな——って言いたいトコだが、つかねぇよなぁ、こういう奴は」

 

 ——やべぇ。こいつ、ガチだ。

 

 ゼインの脳がフル回転する。黄泉との打ち合わせにはこんなシナリオは含まれていない。

 

 だが——同時に。

 

 ゼインの目が、マスクの奥で、ブートヒルの義肢をまじまじと見つめていた。

 

 金属の腕。機械の足。胸部のバッジが微かに光っている。全身の九割が機械に改造されたサイボーグ——それが、カウボーイハットを被って、リボルバー式拳銃を二丁構えて、正義を名乗って、「ベイビー」を連発しながら、宇宙船の屋根の上に堂々と立っている。

 

 ——いいじゃん……かっこよ。サイボーグ忍者じゃなくて、サイボーグカウボーイかよ。

 

 そんな場合じゃなかった。まったくもってそんな場合じゃなかったが、男の子の心がときめいてしまったのは抑えようがない。SAMと戦ってほしいと思った。その後で友情芽生えて、最終的にアッセンブルしてほしいと思った。

 

 だが感動に(ひた)っている暇はなく、ブートヒルが動く。(かかと)を踏み鳴らして船の屋根を砕きかねない勢いで距離を詰めてくる。

 

「おらよッ!!」

 

 踵落(かかとお)とし。とんでもない速度だった。とっさにゼインはノヴァイレイザーの腹で受けた。義肢と鉄塊がぶつかり合って、船体全体がびりびりと震える。腕が(しび)れる。

 

 ——重ッ!! なんだこの蹴り!?

 

 ブートヒルの攻撃は一発一発にちゃんとブッ倒すという意思がこもっている。ノヴァイレイザーを盾にして(しの)ぐのが精一杯だった。

 

 二撃目。拳。金属の拳が真正面から飛んできて、ゼインは船の縁を蹴って隣の船に飛び移った。着地が間に合わず片膝をつく。ブートヒルが追いかけて跳んでくる。

 

 そこに黄泉が割り込んだ。ブートヒルの着地点に鞘ごと踏み込んで、追撃の動作を横からズラす。

 

「あぁ!? なにすんだハニー!」

 

「私が先に追っている。新入りにここは花を持たせてくれないか」

 

「あぁ? 手配書でオレが先に目ぇつけたんだよ! こいつはホーリーベイビーな名前だってな!」

 

「なら——勝った方が先ということにしよう」

 

 二人が船の屋根の上でぶつかり合う。黄泉は鞘ごとブートヒルの拳を受け流しながら、その視線と足をゼインから()らし続けている。

 

 ゼインはその隙に船を二つ飛び越えて、発着場の端まで移動した。下を見れば、群衆は完全に三つ(どもえ)の空中戦に釘付けだ。コンテナの陰にはもう誰も目を向けていない。

 

 ちらりとロビンがいたはずの方角に目をやった。

 

 三つ編みとぐるぐる眼鏡の影が、群衆の死角を縫うように、発着場の裏手へと静かに移動している。

 

 ——おし、いいぞ。いけいけ。

 

 あとはこっちの撤退(てったい)だけだ。

 

「ホーリーウーウーボ! 逃げんなよ!!」

 

 ブートヒルが黄泉を振り切った。船から船へ、義肢の脚力で一気に距離を詰めてくる。

 

 そして——腰のリボルバーを抜いた。

 

 パン、パン、と乾いた銃声が港区画(ポートエリア)に響く。群衆から悲鳴が上がった。ゼインの足元の船体を弾丸が抉る。火花が散った。

 

 ——この野郎! 発砲許可下ろした覚えはねーぞ!!

 

 威嚇(いかく)ではない。当てる気マンマンでトリガーを引いている。ゼインは船の屋根を転がって回避しながら、視界の端にあるものを捉えた。

 

 ——あれだ。またやるか。

 

 発着場のクレーン。貨物を船に積み込むための大型アームが、ちょうど頭上を横切っている。アームの先端からぶら下がっているワイヤーが、風に揺れて——裏手のドック側まで届いている。

 

 三発目。ゼインの横を弾丸がかすめた。耳のそばを金属が裂く音が通過する。

 

「おらおら止まれベイビー!! 次は風穴あくぜぇ!!」

 

「あいにくだったなブリキ野郎! こちとら、とっくのとうに風穴はあいてんだよ!」

 

 中指を立てつつ叫びながら——ゼインは船の端を全力で蹴り、

 

 

 跳んだ。

 

 

 空中でノヴァイレイザーを片手に持ち替え、空いた手でクレーンのワイヤーを掴む。(てのひら)鋼線(こうせん)が食い込んで、一瞬の激痛が走った。だが、痛がっている暇はない。

 

 身体が大きく弧を描いてスイングした。港区画(ポートエリア)の発着場を横切って、群衆の頭上を、ワイヤー一本で——

 

 下で群衆が絶叫している。カメラのフラッシュが一斉に空を向いた。ブートヒルが追撃の弾丸を放つが、スイングの速度と角度が変わり続ける標的には当たらない。

 

「ホーリーベイビー!! サーカスかテメー!!」

 

 そして、——ワイヤーの弧の頂点で、ゼインは手を離した。

 

 

 一瞬の無重力。

 

 

 港区画(ポートエリア)の裏手——ドックの屋根が眼下に広がる。そこへ向かって落下しながら、ゼインはノヴァイレイザーを下に構えた。着地の瞬間、鉄塊の重さを地面にぶつけて衝撃を殺す——力技にもほどがあるが、他に手がない。

 

 ズドン、と鈍い音を立てて鋼板製の屋根に着地した。衝撃で膝がガクッと折れかけたが、耐えた。

 

 振り返る。発着場の向こうでは、船の上に残されたブートヒルがなんか怒鳴り散らしている。そして黄泉もいつの間にか姿を消していた。

 

「ホーリーベイビー!! あぁん? ハニーもいねーじゃねぇか! 二人とも逃げやがった!! ホーリーウーウーボのダーリンのベイビー!!」

 

 ブートヒルが帽子を船の屋根に叩きつけている。怒りのあまり共感覚ビーコンの変換が渋滞を起こしてワケのわからんことになっている。

 

「ざまぁみとけ!」

 

 発着場の裏手。ドックの陰でようやく逃げ切ったとばかりにゼインはブートヒルの方向目がけて、親指で首を切るジェスチャー。それを何度か繰り返して、

 

 ゼインはマスクを外して、大きく息を吐いた。内側が汗で(くも)っている。こりゃ草葉の陰でビョルンにイヤな顔されてそうだった。そして、背後の気配に向けて、

 

 

「——どこ行くんだよ。サヨナラもなしにお別れは(さび)しいじゃねーか」

 

 

 振り返ると——三つ編みにぐるぐる眼鏡の小柄な影が立っていた。

 

 ——ロビンは眼鏡を外す。瓶底レンズの下から現れた目は赤い。口はわなないている。手に持ったスマホから響く音がある。

 

 

「どうして……?」

 

 

 タップは続く。

 

 

「どうして、こんなに、何度も、——助けてくれるの?」

 

 

 

 一瞬だけ静寂(せいじゃく)の妖精が通過して、 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たりめーだろ。

 俺はまだお前を助けきってねーんだからよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼインは手を差し出す。

 

 

「っつうことで、——行くぞ

 

 

 ロビンはその手を見つめていた。数秒かもっと。

 

 指は動かない。

 

 やがて、差し伸べられた手に向かっていく。

 

 指は動かない。

 

 代わりに、唇がこう動く。

 

 

 

「——どこへ?」

 

 

 

 ゼインは笑うのと同時に、少しだけ強引に、

 

 

 ——ロビンの手を掴む。

 

 

 そして、もう片方の手でジャンク一歩手前のスマホを取りだして、誰かにコールをする。

 

 

 

「あ、もしもし、どーもー、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——あなたの最高傑作です

 

 

 

 

 

 

 

 

 







次回で、ようやくエピローグもラストだじぇ



■執筆時BGM
「優しい彗星」、「好きだ」、「もう少しだけ」、「New me」YOASOBI
「スパークル」、「P.S.」、「With」、「恋風」幾田りら
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