ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#47 " 'D'REAMER "

 

 

 

 カメラのシャッター音が止まない。

 

 会場のキャパシティは三百席程度だが、その倍近い人間が押し込まれているのではないかと思えるほどの熱気だった。正面のステージにはまだ誰も立っていない。照明は最低限。だがその中央に置かれた二つのものが、会場に入った瞬間から嫌でも目につく。

 

 マイクスタンドが一本。

 

 そして——アコースティックギターが一本。

 

「おい、あれ何だ?」

「楽器……? まさか歌うのか?」

「歌えるわけないだろ。声が出ないって話じゃなかったか」

 

 記者席の(ささや)きが、さざ波のように広がっていく。

 

 この「緊急記者会見」の案内が届いたのは、わずか2日前のことだった。差出人は銀河でも屈指のタレントたちを抱える、スターピースカンパニー系列の芸能事務所。

 

 内容は「弊社所属アーティスト ロビンより重要なお知らせがございます」——それだけ。にもかかわらず、会場には銀河各地のメディアが詰めかけ、この模様は全銀河に同時中継までされている。

 

 活動休止、消息不明の噂、シロッカでの生配信騒動。断片的な情報だけが銀河中のメディアを走り回っていたところに、前触れもなく緊急会見の通達。

 

 

 ——当然、誰もが”最悪”の2文字を頭に浮かべている。

 

 

「引退……だろうな」

「声が出ないなら歌手としては致命的だ。事務所も引き延ばす理由がないだろう」

「でもあのギターは何なんだ。まさか弾き語りでもするってのか、声も出ないのに。ギタリスト転向(てんこう)でも考えてるんじゃないか?」

 

 前列の記者がペンを回しながら鼻で笑った。

 

 ステージ上のギターは沈黙している。その傍らのマイクスタンドも、まだ誰の声も拾っていない。

 

 ただ、そこに在るのみだ。

 

 

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 

 

「——やれやれ……帰ってきて早々に"一局やろうぜ"とはね」

 

 黒猫——エリオが前肢でポーンを押し出しながら、呆れた声を出す。

 

「はっは、今度こそコテンパンナちゃんにしてやるわ。先日の俺とは違うとこ見せてやるよ」

 

 ”ねぐら”のブリーフィングルーム。

 

 ゼインがここを出発する前と同じように、1人と1匹がチェス盤を挟んでいる。ゼインは白。エリオは黒。この手番も変わりない。

 

 (かたわ)らのテーブルに置かれたラジオから、スターピースラジオのDJクリス・ヘップバーンの声が流れている。

 

『——さて、いよいよ始まるようですね。銀河の歌姫ロビンの緊急記者会見、当番組では会場からの生中継でお届けします。活動休止から数ヶ月、一体何が語られるのか——』

 

「ラジオ好きだね、相変わらず」()

「テレビよりは集中できるだろ」

 

 適当に返していれば、

 

「——でも、それだけじゃないんだろう?」

 

 猫特有のどこまでも黒く、吸い込まれそうな瞳孔(どうこう)がじっとゼインを見据えている。

 

 ゼインはポーンを一つ進めた。それから盤面ではなくエリオの顔と向き合う。

 

「——エリオ、お前に聞きたいことがあんだ」

 

「それが一番の目的だろう? いいよ、質問を受け付けよう。なにかな」

 

 

 

「——"解放"ってなんなんだよ」

 

 

 

 エリオの前肢が止まった。

 

 ほんの一瞬。

 

「ちょっくら留守にしてる間に死にかけてさ。そん時、……”白い空間”に気づけば俺はいたんだ。そこは何もかもから解き放たれたような感覚のする不思議な場所で、そこで……俺は何かに会った。背中しか見せない、ずっと体育座りしてる妙なヤツ。んで、そいつに」

 

「—— 一瞥(いちべつ)されたんだろう?」

 

 沈黙。

 

 エリオは黒のナイトを持ち上げて、ゆっくりと配置する。

 

「ここを出るときにゼインがした質問を覚えているかい?」

 

「……最も嫌われた星神ってやつか」

 

「そう。あの時のゼインの答えは"繁殖(はんしょく)"か"壊滅(かいめつ)"だったね」

 

 ゼインは肯定する。たしかにそう答えた覚えがある。

 

「ぼくは、たしかにと答え、はたしてどうなんだろうかと、それは嫌われたからと言えるんだろうかと続けた」

 

 エリオの言葉はよどみない。

 

「少し想像してみてほしいんだ。ゼインがもしも星神(アイオーン)だったとして、なんでもいいけど、——あなたらしく”年上”にしようか。”星神(アイオーン)”とは言ってみれば、究極の求道者(ぐどうしゃ)だ。さぁそんな”年上”の求道者であるゼイン、君の周りには”年下”や”学生”とかそういった”星神(アイオーン)”がいるんだ。それらを嫌うかい?」

 

 天井を(にら)みながら、しばし考えてゼインは、

 

「——嫌いにはならねぇかな……まぁそれはそれで、いんじゃね? って感じだ」

 

 エリオは肩をすくめ、

 

「だろうね。まぁ嫌うまではいかないだろう。時に喧嘩(けんか)くらいは起こるかもしれないけどね。だけど、そんな君の前に、また別のある星神(アイオーン)が現れた。その星神(アイオーン)はただいるだけであなたを、そしてあなたに共鳴して後を続こうとする人々の道をも——(はず)れさせてしまう。ひょっとしたら道などないんじゃないかと、他の可能性があるんじゃないかと——思わせてしまう」

 

 そんな星神(アイオーン)がいたら——どうかな? とエリオはそこまで言って、ペロリと舌を回す。

 

「そりゃ……」

 

 誘導(ゆうどう)されているようで非常に(シャク)だったが、

 

「嫌いだ……戦争だろ。そんなん」

 

 間髪入れずに、

 

「それが——”解放”なんだ。ゼイン」

 

 言って、エリオが目を細めた。

 

 やがて、ゆっくりと、その名を口にする。

 

「かつて"解放(かいほう)"の星神(アイオーン)——ズュールと呼ばれる存在がいた。あるいは、いる。他の星神(アイオーン)()いた運命を(はず)れさせる力を持つがゆえに、ほとんど全ての星神(アイオーン)から()(きら)われた」

 

 ゼインの指がルークの上で止まる。

 

「ほとんど全ての星神(アイオーン)から……()(きら)われただぁ?」

 

 どうしてもオウム返しになってしまう。

 

「ああ。唯一、友好的だったのは"開拓(かいたく)"の星神(アイオーン)・アキヴィリだけだった。だが——アキヴィリは殞落(うんらく)した。それから()は、他の星神(アイオーン)からも歴史からも、自らを解き放って姿を消した。そして、今もあなたの言うその”白い空間”で()は全てを解放し続けている。何もかもを、ね」

 

「…………」

 

 言葉がなかった。

 

 白い空間の光景が(よみがえ)る。あの、背を向けた誰か。振り返ってはくれなかった、あの影。

 

「あれがその——ズュールだってのか」

 

「あなたの見たものが何だったのかは、ぼくは断言しないよ。でも——ゼインがその存在に見込まれ、そしてその力を使ったことは確かだ」

 

 絞り出すように、ゼインはエリオへ問う。

 

「エリオ……お前は、何者なんだ」

 

「言っただろう? ——運命(うんめい)洞観者(どうかんしゃ)だって」

 

 

 

 

 

    ★    ★    ★ 

 

 

 

 

 

「——それでは、定刻となりましたので、ロビンさん、どうぞ」

 

 やがて指定された時刻を時計が示すのと同時に、司会者の声が発せられた。

 

 瞬間、

 

 シャッター音が嵐のように鳴り響く。

 

 ステージの袖から現れたのは——白いワンピースに、首元にはスカーフ、あとはほんの少しだけ化粧(けしょう)(ほどこ)した、(かざ)()のない姿。

 

 普段の大規模プロモーションで見せるような華美(かび)衣装(いしょう)ではない。

 

 ただ、そこにいるだけの等身大の彼女だった。

 

 だが、その身にまとうオーラと呼ぶべき雰囲気は空間丸ごとを塗り替えていく。

 

 まさに、(ほし)のような(かがや)き。

 

 スーパースターというのはそういうものだった。

 

 会場が一瞬、息を()む。

 

 ロビンが一礼して、マイクの前に立つ。

 

 そして、

 

 

 

 

「——皆様」

 

 

 

 

 ——会場が、凍った。

 

 

「お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」

 

 声だった。マイクを通した、紛れもない肉声。

 

 少しだけハスキーになり、以前のような完璧な透明感とは違う。

 

 しかしそれは紛うことなく——銀河の歌姫である彼女の声だった。

 

 ざわめきが一気に(ふく)れ上がる。隣同士で顔を見合わせる記者たち。目を見開いたまま速報を打ち込む者。

 

 フラッシュの嵐が一段と激しくなる。

 

 前列の記者が手を挙げた。震える声で、

 

「ロ、ロビンさん、活動休止から今回の緊急会見に至った経緯をお聞かせください」

 

 ロビンはそのざわめきが収まるのを、静かに待ってから、

 

「まず——このたびは、活動休止によりご心配をおかけしましたこと、深くお()び申し上げます。また、そのような中でも応援を続けてくださった皆さまに、心より感謝申し上げます」

 

 深く、丁寧に一礼した。

 

「——活動を休止していた間に、皆様もご存知かと思いますが、わたくしは——ある星で、たくさんの方に助けていただきました。声を失い、歌えなくなったわたくしに、もう一度歌う理由をくれた人たちがいました」

 

 一言一言を、丁寧に。噛みしめるように。

 

「その経験を通して——本日、皆さまに直接お伝えしたいことがあり、この場を(もう)けさせていただきました」

 

 

 

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 

 

 

「——どうやら記者会見が始まったようじゃないか」

 

 エリオは尻尾(しっぽ)でラジオを示しつつ、チェスの駒を動かすと、つぶやく。

 

「それはそうと、——使いすぎないようにね」

 

 ムダ(づか)いはほどほどにねと言わんばかりの気安さの発言だった。

 

 思わず困惑したゼインは、

 

「……は? 何を、だよ」

 

「その新しい力さ」

 

「いや……使いすぎるもなにも、俺はあれを自分でコントロールした覚えなんかねーんだけど」

 

「だからこそ、だよ」

 

 エリオのひげが揺れる。

 

「ズュールは——”解放”の果てに全てから解き放たれてしまったからね。ほら、よく子供が風船から手を離してしまって、どこまでも飛んで行ってしまうことがあるだろう。あんな感じさ」

 

 どんなたとえだよと思うも、ゼインは黙る。

 

 黄泉の言葉が脳裏をよぎっていた。

 

 ——私の道の先には何もない。君の道の果てにも。

 

「……ある人に聞いた。"四末説(よんまつせつ)"ってのを。”壊滅(かいめつ)”、”調和(ちょうわ)”、”虚無”(きょむ)——で、四つ目が"開拓(かいたく)"かもしれないって話。ズュールの唯一の友達が"開拓"の星神(アイオーン)なんだろ、じゃあ、そいつは銀河の終焉に繋がるかもしれないって——なんだよそれ、どう繋がんだ」

 

「へぇ……よく知ったね。その人はなかなか詳しい」

 

 珍しく感心したようにエリオは肉球(にくきゅう)を見せる。

 

「おい、茶化(ちゃか)してねーで答えろよ」

 

「チェスと一緒だよ、ゼイン。全部の駒の動きを同時に理解しようとしたら頭がパンクする。一手ずつ進むしかない。()()()()()()()()()()()()()()()()()——()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()

 

 はぐらかされた。ただ最後の警告だけは本気なのが伝わってくる。心配して言っているのだと、わかる。

 

「……なんで俺のことそんな気にかけてんだよ」

 

 ゼインはルークを動かした。悪手(あくしゅ)だったかもしれないが、構わなかった。

 

「ルアン姉ちゃんから聞いたけどよ。このハチャメチャが押し寄せてくる身体(ぼでー)にしたのもお前が一枚()んでるんだってな。"死ににくくしてほしい"って——それ、お前の注文なんだろ」

 

 エリオは答えない。ポーンを一つ進める。

 

「なんだよ、黙んなよ」

 

「怒ってるのかい?」

 

「怒ってねーよ。……お前のおかげで助かった。それは——まぁ、認める。でもな、勝手にやんなよ。俺の身体なんだからよ、言えよな」

 

 エリオがまた駒を動かす。チェックだった。

 

「隠してたことはごめんね」

 

 ゼインは舌打ちしてキングを逃がす。

 

「ただ、ゼインが思っているよりもずっと——ぼくはあなたを大切に思ってるってことさ」

 

 いつもの(とら)えどころのない口調とは違って、そんなこっぱずかしい言葉には、

 

 初めてといっていいほど、本気の温度が(ともな)っている。

 

 だからこそ——ゼインは頬をぽりぽりと()いて、

 

 次の一手が打てなかった。

 

 

 

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 

 

 

「——声が戻った経緯について、もう少し詳しくお聞かせいただけますか」

 

 記者の一人がマイクを向ける。会場の熱気は最初のどよめきからまだ冷めきっていない。

 

 ロビンはすぐには答えず、自らのタイミングで、

 

「信頼できる方にお力を貸していただきました。——申し訳ありませんが、守秘義務の関係上、その方のお名前をここでお伝えすることは控えさせてください」

 

 記者席がペンを走らせる音で満ちる。すぐさま、次の手が上がった。

 

「シロッカでの生配信は、ご自身の意思だったのでしょうか」

 

「はい」

 

 迷いのない一言だった。

 

「あの時、わたくしにできることは——助けを求めることだけでした。でも、それがわたくしにできる精一杯だったと、今でも思っています」

 

 シャッター音すら止んだ。あの生配信の衝撃を覚えている人間がこの場には大勢いる。

 

 大衆の前から姿を消し、声を失った歌姫が、突如ネットに降臨し、テキストで銀河に助けを求めた——あの日の記憶が、一人一人の中で蘇っているのだろう。

 

「あの配信がきっかけで銀河中の勢力が動いたという報道もありますが、この反響についてはどのようにお感じですか」

 

「……正直に申し上げると、驚いています」

 

 ロビンの視線が、少しだけ遠くなった。

 

「ですが、あれはわたくし一人の力ではありません。あの星で戦ってくださった方々、声を上げてくださった方々、そして……それを受け取って動いてくださった皆さまが繋いでくれたものです。わたくしはただ、最初の一声(ひとこえ)を上げただけにすぎません」

 

 別の記者が続けた。

 

「現地では子どもたちとも交流されていたと伺っていますが」

 

「はい。音楽を……教えていました」

 

 一瞬、言葉を選ぶような間があった。

 

「あの子たちはとても厳しい環境の中で暮らしていました。それでも、歌っている時だけは、子どもらしい顔をしてくれていました。——あの時間は、わたくしにとっても、かけがえのないものでした」

 

 ゴシップを追う目つきの記者たちの中にも、ペンを止めて聞き入っている者がいる。

 

「今後も、シロッカとの関わりは続けていかれるのでしょうか」

 

「はい。復興(ふっこう)にはまだ長い時間がかかると聞いています。わたくしにできることは限られていますが、——あの星のことを忘れるつもりはありません。支援は、続けていきます」

 

 静寂(せいじゃく)を破るように、また別の記者が立ち上がった。声に品のない好奇心がにじんでいる。

 

「一部の心ない声では、シロッカであなたが男性と行動を共にしていたなどというものがありますがねぇ——これについてはいかがでしょうか」

 

 フラッシュが一斉に()かれた。記者たちの目の色が変わっている。

 

 ロビンの表情は変わらない。

 

 一瞬だけ——本当に一瞬だけ、目元がほんの少し柔らかくなったのを、もしかしたら(そで)(ひか)えているマネージャーだけは見逃さなかったかもしれない。

 

「その方には——大変お世話になりました」

 

 だが記者は引き下がらない。

 

「お世話になった、とのことですがね——その人物についてはどうやら素性(すじょう)も明らかになっていません。一部では、正体不明の危険な人物にそそのかされていたのではないか、という声もありますが」

 

 会場がざわついた。露骨(ろこつ)すぎる踏み込みに、周囲の記者たちの中には顔をしかめている者もいる。

 

 ロビンは——静かに、まっすぐに、その記者を見た。

 

 

 

「わたくしの目で見て、わたくしの意思で信じた方です。——それ以上でも、それ以下でもありません」

 

 

 

 声は穏やかだった。だがその一言で、会場の空気がぴんと張り詰めた。

 

 記者は口を開いたまま、二の句が継げなかった。

 

 質疑のペースが落ち着いてきた頃、司会者が再びマイクを取った。

 

「——それでは最後に、今後の活動についてお聞かせください」

 

 ロビンは初めてマイクから一歩離れ、

 

 ついに——(かたわ)らに置かれたアコースティックギターを手に取った。

 

 会場にどよめきが走る。

 

「今後のことは——言葉よりも、聴いていただけますか」

 

 椅子に座り、ギターを抱える。弦に指を()わせて、チューニングを確かめるように一つ、二つ、と爪弾(つまび)き、そしてマイクスタンドに取り付けられていたピックを手に取り、

 

 そして——顔を上げた。

 

 三百人以上の視線と、銀河中に繋がったカメラのレンズが、彼女一人に集まっている。

 

「——活動休止の間、たくさんのことがありました。声を失って、歌えなくなって、夢すらも忘れて、自分が何者なのかもわからなくなった時期がありました」

 

 会場が、しん、と静まり返る。

 

「でも——その暗闇の中で出会った人たちが、もう一度歌いたいと思わせてくれました。この曲は、その人たちへの感謝と——わたくしの、答えです。

 

 聞いてください、全ての夢を見る人たちへ——DREAMER

 

 

 ギターのイントロが、静寂の中に落ちた。

 

 

 そしてロビンの右手が弦を弾き、

 

 大きく息を吸って、

 

 ——声が羽ばたく。

 

 

 

    ♪ DREAMER / 幾田りら ♪

 

 

 

 —— 簡単には手放せない

 —— 差し伸べられたあのメロディー

 

 —— 涙と一緒に溢れた

 —— 私にはこれしかないんだと

 —— 痛いほどに

 

 

 会場から音が消えた。シャッターを切る者すらいない。

 

 三百人以上の人間が、息をすることさえ忘れたように聴き入っている。

 

 

 

 —— 口ずさんだ子守歌に

 —— 幼き日の夢が蘇る

 

 

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 

 

 ラジオの向こうから、ギターの音色と声が流れてくる。

 

 ゼインの指が駒の上で止まっていた。

 

 盤面を見つめているふりをしている。だが目はもう、チェスの駒を追っていなかった。

 

 

 

 —— 探していたものは こんなに近くで

 —— 呼びかけるように瞬いてた

 

 

 エリオはゼインの顔をちらりと見て、何も言わずにポーンを進めた。

 

 

 —— 両手で強く押さえ込んだって

 —— 負けじと跳ね返すようにほら

 —— ほとばしる熱は止まらない

 

 

 —— だから歌ってきた

 

 

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 

 

 どうして、こんなにも彼女の声は響くのか。

 

 会場の最前列で、ペンを握ったまま泣いている記者がいた。

 

 どうして、こんなにも彼女の歌は刺さるのか。

 

 ゴシップを追いかけてきたはずの人間が、ただ聴いている。

 

 

 

 ——ロビンの声は所々(かす)れていた。やはり以前の完璧な透明感はない。

 

 だがその掠れの中に、こんなにも熱いものが宿っている。

 

 こんなにも傷だらけの美しさという、新しい魅力を伝えている。

 

 

 

 —— また気付けば鳴らしてしまうから

 —— 声が枯れ果てるその時まで

 

 

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 

 

 ゼインは頬杖(ほおづえ)をついている。

 

 いつの間にか、チェスの手番はとっくにゼインになっている。だというのに、エリオは催促(さいそく)しない。

 

 やれやれと言わんばかりに肩をすくめて、少しばかりの笑みを添えて見守っている。

 

 

 —— 飽きるほど腐るほど

 —— この心掴んで揺さぶり離さないもの

 

 

 ゼインの唇が、かすかに動く。声にはならなかった。

 

 

 —— 口にできず塞いだ思い

 —— 救ったのは あなただから

 

 

 二番へと曲が進む。ロビンの声は衰えるどころか、歌うごとに熱を帯びていく。

 

 弦を弾く指が、言葉を紡ぐ唇が、一曲の中で確かに変わっていくのが——ラジオ越しにすら伝わってくる。

 

 そして、間奏(かんそう)

 

 ギターの音色だけが会場を満たしたその上に——語りかけるように、声が重なった。

 

 

 —— 怯えてたあの頃の

 —— 私はもういない

 

 

 ゼインが顔を上げた。

 

 

 —— 響く歌声

 —— いつかの憧れ

 

 —— 私が心震えた

 —— あの日のように

 

 

 エリオも黙って目をつむり、音に身を任せる。

 

 

 —— 今ならこの声で

 

 

 間奏が終わる。一拍のブレイク。

 

 そこから——ギターのストロークが一段強くなった。

 

 

 —— だから歌っていたい

 

 —— 偽りのないありのままでいたい

 

 —— いつか夢が夢でなくなるまで

 

 

 

 会場のどこかですすり泣く声が入っている。

 

 ゼインの手が、ラジオのボリュームに伸びていた。

 

 無意識だった。

 

「——止めないのかい?」

 

 エリオがゼインの手元を見つめたまま問う。

 

「前は集中できないとか言ってたじゃないか」

 

 ゼインは指先でボリュームのダイヤルに触れた。

 

 ラジオの音量が——ぐいっとフルテンまで上がる。

 

 

「うるへーわ」と口をとがらせ、

 

 

 —— 飽きるほど腐るほど

 

 —— この心掴んで揺さぶり離さないもの

 

 —— 声にならない声をすくい上げてくれる

 

 

 

「めちゃくちゃ、良い曲じゃねーか」

 

 笑う。

 

 

 —— それがあなたなんだ

 

 —— 終われないんだ

 

 —— 今はまだ

 

 —— I'm a Dreamer

 

 

 最後のアルペジオが、余韻(よいん)を引きずるように消えていく。

 

 会場は数秒、沈黙した。

 

 それから——(せき)を切ったように、拍手が響き渡った。

 

 鳴り止まない拍手がラジオの向こう側から聞こえ続けて、

 

 

「最高!」

 

 

 そう言って——ゼインは白のナイトを進めた。

 

 エリオは小さく笑って、黒のビショップで応じる。

 

 ラジオからはまだ拍手が鳴りやまない。

 

 

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 

 

 ——楽屋の扉が閉まり、マネージャーも大興奮でどこかに電話をかけにいき、やがて1人になった。

 

 会場の喧騒は、もはや遠い。

 

 ロビンはギターをスタンドに置いて、椅子に腰掛ける。

 

 膝の上で、指が重なる。

 

 ——会見は上手くいった。声も、歌も、想いも、伝わった——はずだった。

 

 みんなのために歌った。間違いなく。

 

 でも、少しだけ、ほんの少しだけ、

 

 贔屓(ひいき)をしてしまった。

 

 みんなのためと言いつつも、曲の中の「あなた」は、ただ1人だけを思い浮かべていた。

 

 別れるときにお願いしたから、

 どこかでちゃんと——あの人も聞いてくれていると思う。

 

 だって、そういう人だから、 

 

 

 そういう人だから——好きになったのだ。

 

 

 ロビンの唇が小さく動く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ヴェルト・ヨウ……さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 

 ——1人と1匹の対局が、静かに続いていく。

 

 ゼインがふと、指を止めた。

 

「どうしたんだい?」

 

「いや…………なんだろ、なーんか忘れてる気がすんだよなぁ」

 

「何を?」

 

「いや……それがわかんねぇから気持ち悪いんだよ。ま、でも、忘れてるってことは大したことじゃねーからいっか!」

 

 1人で勝手に納得し、すぐに盤面に目を戻せば、

 

 

 ——チェックメイトされていた。

 

 

 ゼインはぐらりとゆっくり傾いていき、盤面に突っ伏し、その(はず)みに口に入ったクイーンの駒をぺっと吐き出して、ぶつくさぼやいている。

 

 

 

 だが、この男、実はそんなに悔しがっていない。

 

 

 

 目下(もっか)、頭の中を()めているのは、ただ1つ。

 

 

 久し振りに欲しくなってしまったから。次の休みの時にでも、

 

 

 

 レコード屋に、探しに行こう(ルキンフォー)——”DREAMER”を

 

 

 

 

 そんなことを、

 

 考えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ~ 3. Episode of "Dreamer" ~

 

 

 

 

 

 

 

 

          Fin

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——もちろん、生きていればの話だったが。

 

 

「ただいまー。あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーゼイン、帰ってきてる!!!!!!

 

 そんな絶叫が聞こえ、ゼインの身体が跳ね起きる。

 

 ブリーフィングルームに入ってくるなり、(せい)はようやく帰ってきた彼に目がけて顔面に全力ダイブしていた。真っ正面から。

 

 ——エリオと言えば、しれっと横にずれている。

 

 

「おっぶぇ!!?? ——あにすんだてめこの! 女子が真っ正面から男の顔にダイブしてくるヤツがあるか!!」

 

 

 どういう教育受けてんだ! これだから年下、とくにこのおチビは……と淑女(しゅくじょ)たるものの条件を講釈垂(こうしゃくた)れようとするゼインをガン無視して、(せい)はゼインの首筋や胸元に頭をぐりぐりこすりつけていた。

 

 ——が、

 

 止まる。

 

 鼻を寄せて、スンスンと()ぐなり、眉根(まゆね)が寄っていく。

 

 

「……知らない女のにおいがする」

 

「——は? おま、犬か。なに——」

 

 

 

 

 

 

「——へぇ……そう、(せい)、もう少し詳しく教えて? それって——1人?」

 

 

 

 

 

 その声が響いた瞬間、ゼインの背筋が伸び、満面の笑みでカフカすわ——と口にするより先に、首に糸がしゅるりと巻き付く——あ、これ、かつてないくらいキレてらっしゃいません——?

 

 カフカの言葉を受けて、(せい)は再度クンカクンカすると、

 

「——ひと……いや、2()! 2人(ふたり)!」

 

 クワッと目を見開き、カフカに向けて(せい)がピースをする頃には、ゼインはもう両手をこすり、読経(どきょう)を始めていた。

 

 

「へぇ……へぇ……そう……へぇ……」

 

 

 絶対零度(ぜったいれいど)すら生ぬるく感じるような声色(こわいろ)に、もう既にゼインの顔は土気色(つちけいろ)を通り越していた。

 

「——どれだけ心配をかけたかわかってる? どれだけ私たちが連絡したかわかってる? ポチくん。何か申し開きはあるかしら?」

 

「が、がんばったんです、俺……違うんです、カフカさん、俺、ほんとにがんば——」

 

 

 

 最後にゼインが見た景色は、『がんばったノート』と表紙にでっかく書かれたノートを数冊胸に抱えて、こっちに嬉しそうに向かってくるホタルの姿だった。

 

 

 

 

 

 

          Fin 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シロッカの空は、今日もマスクなしで見上げることができる。

 

 復興が進む区画(エリア)でコンソナンスの後継となる施設は、まだペンキの匂いが残っていた。新しく建てられたばかりの壁。真新しい机。窓から差し込む光の中で、子どもたちの声がきゃあきゃあと響いている。

 

 エレーナはその光景を入口から眺めながら、少しだけ目を細めた。

 

 前回来た時よりも、明らかに活気がある。走り回っている子。絵を描いている子。ぬいぐるみを抱えて昼寝をしている子。

 

 その中に——見覚えのある小さな女の子がいた。

 

「ターニャ」

 

 声をかけると、ターニャが振り向いた。満面の笑みで駆け寄ってくる。

 

「あ! エレーナおねーちゃんだ!」

「元気そうだね。ちゃんとご飯食べてる?」

「たべてるよ! 昨日はシチューだったの!」

 

 まぶしい笑顔だった。あの地下での光景はもはやどこか別世界のことだったのだと思ってしまうような、無邪気な笑顔。

 

「さみしくは——ない?」

 

 エレーナはしゃがんで目線を合わせる。ふと——いたら賑やかだろうなと思う顔が、本当ならいてほしかった顔が頭をよぎって、つい口をついて出た。

 

「——アイツ……じゃなかった、ゼイン君、元気にしてるかな」

 

 言い直した自分に少し腹が立つ。立つが、子どもの前であからさまに悪態をつくのも大人げない。

 

「ターニャもお世話になったでしょ、あのおにーちゃんに」

 

 ターニャが首を傾げた。

 

「おにーちゃん?」

 

「ほら、ゼイン君だってば。おにーちゃんって呼んでたでしょ」

 

 ターニャがもう一度首を傾げる。不思議そうな、無邪気な顔で。

 

「おにーちゃん……? ターニャ、おにーちゃんなんていないよ?」

 

 

 エレーナの笑顔が、固まった。

 

 

「……え?」

 

「そんなひとしらない。エレーナおねーちゃんのおともだち?」

 

 

 

 

 

 

 ——シロッカの澄んだ空の下で、子どもたちの笑い声だけが響いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




EDテーマは文中にもあります通り、
「DREAMER」幾田りら


※注意:余韻に浸りたい方はスルーお願いします。
 あとがきやメイキング好きな方はほーんと鼻ホジしながら読み流していただけますと幸いです。












 おわったああああああああああ。勝ったッ!第3章完!ようやくたどり着きました。

 いや、2章までで10万字ちょいなんですけど、その2.5倍くらいになってますがな、3章ェ!

 し、仕方ないんだ、すまない、星嘯戦がこんなに盛り上がると思わなかったんだ……すまない。

 まぁでもマジでみんな頑張ってくれたなぁとしみじみ思います。もはや作者の意向などガン無視でベストを尽くしてくれました。特にアベ、エレーナ、お前らやぞ。お前達、120点だ。

 本章の元々の初期コンセプトをつらつら上げちゃうと、
・オリジナル惑星
・ダブルヒロイン
・ミステリー要素
・絶滅大君登場
・詠唱
・作品⇒イメージソング。じゃなく、イメージソング⇒作品。

 おっと忘れちゃいけない、

・鬼メンタルことロビンさん。あの鬼メンタルに至った物語とは?
 変装、明らかに公式PVだとバレる予感しかないけど大丈夫そ?
⇒じゃあ、バレないようにしようねェ(ニチャア


 そうして、ねるねるねーるねした
 数週間後、そこには、

 ……もう絶対にヒロインが話せない、みんなマスクしてるとかいう二重苦設定はしないよ(レスキュー911)

 背中のすすけたアテシがいるのでした。いや、マジでビョルンとソニアのとことか頭焼き切れそうでしたわ。

 ……まぁそんな作者の苦労なんて、関係ないですわな!

 最後のオチの引っ張りなども含めて苦労した部分はいくらもあるんですが、

 とにかく楽しんでいただければ、これに越したこたぁないです。

 はい、そんなこんなで、今のところ、小エピソードをいくつか挟んで、次章はえー■■■■な■■■■模様でアホかと■■■■かと、でもって、■■なファ■■■とかやれたらなぁとか思ってますん。なお予定は未定な模様。

 てかそろそろ迎えに行かないとすねてる誰かさんとかいそうだし、あの人やあの人も出したいし……

 ここまで読んでくれた諸賢。

 100億パーセント趣味と(ヘキェ)で進行中の本作ですが、
 ここまでお付き合いいただき、
 本当に感謝しております。

 ありがとう。あんたらマジ凄いよ。

 では、下記の言葉をもちまして、3章の結びとしたいとおもいます。








 お前ら、ロビンとエレーナどっち派?
 ※活動報告に同じ文を掲載しております故、
 もしも思いの丈を吠えたい場合は感想欄ではなくそちらにコメントお願いします。







             來馬らんぶ
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