引き金を引く時。
あるいは、刃を突き立てる時。
その瞳が光を失い、何も映さなくなる、
その
一体何を感じているのだろう。一体何を感じるべきなのだろう。
それが分からない。
きっと何かが絶対あって、それはとても大切なもののような気がしているけれど、
何度も問いただした。彼、あるいは彼女に。
鮮やかな血をほとばしらせながら、必死に言葉を紡ごうとするけれど、やはり答えをくれはしない。
お互いが知らないモノは存在しないし、理解できない。
そういう風に出来ている。
だから、どうしても獲物をもてあそびたくなる。
分かりたいから、色々な角度から刺激を与えて、言葉で揺さぶりたくなる。
気づけば、いつだって、獲物はもう沈黙していて、
――結局、何もわからないのだけれど。
血だまりの中で、そっとスマホが鳴った。
『新バビロン』。
プテルゲスで
総帥の名は、メルザントという。
小太りで
メルザントは先程からせわしなく暖炉の前を行ったり来たりしている。
「ええい……一体何をしているのでショ!
ナナシビトの列車が停まったという報告を部下たちから受けたのは、今日の昼頃の話だった。
来訪は喜ばしいことか。否。完全に招かれざる客であることは確かだ。
ナナシビト。あまねく銀河に数多くの伝説を残す、『開拓』の運命の
開拓とは言ってみれば、目に見える変化であるとメルザントは考える。
苦痛や悲しみにあえいでいるならば、それは救いなのかもしれない。
だがもし、その変化を望まないものがいるとしたら、ただの迷惑に他ならない。
現状とは、過去の歴史が紡いできた最適化の結果であるとは考えられないのか。
危険をもたらす、いわば災厄の存在である『デーモン』。これを退治するというのも一種のビジネスである。
そしてそれ故に新バビロンの背後には中央都市『アウロステルダム』の権力者たちという、このプテルゲスの闇が隠れていた。
一言で言えばマッチポンプ。
デーモンを狩るためには、当然デーモンがいなくてはならない。
ならば、デーモンを生まれやすくする環境作りが必要だ。
それ故に、権力者たちは人の本能的な欲求である「食欲・睡眠欲・性欲・怠惰欲・歓楽欲・生存欲」を満たすべく、
雨風をしのげる屋根を作り、
度数の強い酒を造り、
依存性の極めて高い甘い薬物を作り、
性を売る女と男をはびこらせ、
死なない程度に金をくばり、
その金で賭け事に興じさせるべく賭場を建てた。
そして、残る欲として、承認欲。
デーモンを狩る『デーモンハンター』という栄誉ある仕事を用意した。
そう、プテルゲス-
この星の運命は『怠惰』。
かつては存在したが、歴史の闇にいつしか消えた
——永遠に怠惰であれ。あるがままに堕ち続けるべきなのだ。開拓などされては困る。
思考の淵から戻れば、メルザント専用であるはずの椅子に彼女が腰掛けていた。
「
「フン、まったく参上するのが遅いでショ。で、首尾は?」
女は無言でコートのポケットから箱を取り出し、これ見よがしに振って中身の存在を音で示すと、メルザントの執務机に置く。
「ご所望の『
血走った目と裂けるように口の端を吊り上げたメルザントは、そそくさと箱を懐にしまうなり、
「ご苦労でショ」
「はいはい。——で、次は?」
つまらなそうに頬杖をつき、机上にある白磁の壺を指ではじく女。
それがいくらすると思ってるんでショと内心叫びたいのを抑えながら、
「『ナナシビト』、お前も気づいてるでショ」
「ええ。少し前に珍しい乗り物が来ているとは思っていたけれど」
「邪魔でショ。この星には必要がない」
メルザントの言葉に、女の片眉が上がる。
意に介さず、続ける。
「任せる。処遇は問わんでショ」
「まったく悪い人。私に依頼って——つまり、
「いいから。早く行くでショ!!」
自分の意に従い早急に行動しろと、やわな堪忍袋の緒が切れたメルザントに肩をすくめ、女は立ち上がる。
憎々しげに睨むメルザントの横を涼しい顔して通り過ぎていく。
ようやくこの腕は立つが、どこまでも
——ああ、それと、
と女は歩みを止めて、振り返る。
「——
蜘蛛の巣の
こっ、かっ、とメルザンドの舌が伸びたまま、
震える手を伸ばしたまま、なおも「……っ、……っ」と言葉にならない音を発しながら、這いつくばる。
「——もう二度と、私のことを
「……わ、かっ。……た、で……ショ……」
最期の力を振り絞った様子のメルザンドに、ようやく微笑むと、
「聞いて。——よくできました」
一瞬だけ見えた希望の光が消え失せたことに、メルザンドは目を見開いたまま動かなくなる。その懐からこぼれたのは、先ほど手渡したばかりの箱。フタが外れて、中からどす黒い心臓があらわになる。いまだ脈動を続けるそれを
「もう、必要ないわね」
銃を取り出し、その心臓を打ち抜いて去って行く。
後に残ったのは、
見るも無惨な、血だまり。
★ ★ ★
えー、もしも、ド美人が夜中に自分の部屋を訪れてきたら、どうするか?
早速ですが答えを言っちゃいます。
部屋の前に立っていた、昼間の光景がいまだ目に焼きついたままである、あの微笑を浮かべたヴァイオリン女を前にして、
俺は扉をそっ閉じした。
いやいや、ここは、”チェーーーンジ!!” とお店に叫ぶ所存だったのに。聞いてないよこんなの!! 大当たりじゃん!!
慌てて(注:どうせ脱ぐかもしれないが)服を着つつ、俺はスマホを取り出し、震える指でヴェルトに個別メッセージを打っておく。
================================
ぜいんくんさん*:ヴェルト、おれになにかあたらあとはたのみう
ヴェルトルト←巨人になりそう*:(未読)
*名前変更済
================================
すぐさま、
ええい、
今がその時じゃい!!
と、
小気味よいパララという銃声と共に風穴が空いた。
「…………」
電源ボタンを押してもロックが解除されない。そもそも画面が点灯しなかった。というか穴から向こう側が見えていた。
内部パーツのハミ出た不格好な円の中に、
「ああああああああああああああああああああああああああ、俺のスマホーーーーーー!!!」
「あら、ごめんなさい」
悪びれもしない声のトーンに頭がフットーする。野郎ぶっ殺してやる。こないだ奮発して
つうかなんなんだこの女。出会い
「なんなんだよ! あんた!?」
「見てわかるでしょう? 君に逢いに来たの」
「わーロマンチック。なんて言うかバカ!」
「ひどいわ。か弱い女の子に向かってバカなんて」
一瞬マジでドキッとしちゃったわ。顔がいいからって許されざるよ。絶対に許さん。次やったらマジで怒るわ。
……ってか、か弱い、女の子?
間合いを取りつつ、改めて全身を眺めてしまう。昼は距離があり、演奏していたからわからなかったが、蜘蛛の意匠が散りばめられた革コートに、白のレースブラウス、レザーショートパンツから伸びるブラウンストッキングに包まれた脚——
有り体に言えばボンキュッボン。溢れんばかりの色香。
そして、手袋越しの十指には全て指環がはめられ、その手で掴むのは——刀とサブマシンガン。
「……男の部屋を訪れるときは丸腰でって、教わらなかった?」
クスクスと笑いつつ、器用に刀を回転させて肩に乗せると、
「目的によるわ。熱い夜を過ごすのならそれがいいけれど、今晩は少し違うもの」
はいはい、そーいうことね。完全に理解した。
「あーまぁなんかそんな感じしてたわ……逃げていい?」
「ええ、どうぞ。追いかけるのは好きよ? 追われるのはもっと好きだけれど」
ふーっと息を吐き、次の瞬間、
手近にあった椅子を窓にぶん投げて、そのまま飛び出る。出来れば固いところはやめてやめてお願いと祈りが通じたのか。下で商売中だった屋台の頭上からダイナミック入店した。
「ちょあ——!?」
視界の端で驚愕している店主。
口に入った野菜くずを吐き出し、頭にのっかった鍋を振り落とせば、
影。
頭上に見えるのは月を背にし、刀の切っ先を向けたまま落下してくる女。
腰を支点にし、身体をねじらせ転がり込む。
「う、うちの店ーーーっ!?」
俺の頭が数瞬前まであった位置に寸分違わず女の刀が体重と重力を乗せて突き刺さる。悲鳴を上げるしかない店主。
まだだ。殺気は止んでない。
「——!?」
後転する。刀から既に手は離れ、銃のトリガーにかけられた指。
俺の移動した分だけ弾痕が続く。もう少しで俺のタマタマが鉛玉に玉突きされるところだった。
「よ、
「あら、
「違う、
手品のようにもう片方の手に
「ッ!?」
女が撃つのをやめ、回避の姿勢に移ると同時に俺も身体を起こし、手当たり次第周囲のモノを切りつけてデコイ代わりにしながら路地裏にほうほうの
——熱いというより、キツい夜になりそうだった。
★ ★ ★
はい、回想しゅーりょー。
まったくしつこいったら、ありゃしなかった。
辛うじて命はつながっているものの、なんとか
ぶっちゃけ、さっきの特攻で殺せなかったのが痛すぎた。
だって聞いてねぇよ、てっきりあの女の武器、銃と刀だけかと思ったらいきなり糸取り出してくんだぞ。マジで腕と足と身体と頭がバイバイするところだった。まだダルマさんがこーろんだしたくねぇって。
狭い通路に誘い込み、攻撃の範囲を可能な限り狭めればワンチャンあるという俺の
死に物狂いで逃走に全振りした結果、どうにかこうにか街の外れにあった教会と
「はぁはぁ……くっそ、ってか、あの女の、戦闘スタイル。俺のパクりか!?」
銃と刀(+糸)のいわゆる
ギギィと重苦しい音を立てて、扉が開く音がする。もうええっちゅーねん。ほんとロクに休ませてくんねぇな。
「どうしてかしら。悪魔の嫌がる神の家。人ならではの皮肉な選択ね」
まるで脳内で賛美歌でも鳴らしてるのか、女はリズムに沿うような足取りと優雅な手つきで祭壇までの道へ歩みを進める。
——だが、もう四の五の言ってらんねぇ。
「へぇへぇ。ようこそ、迷える子羊ちゃん」
祭壇の陰から出ると、肩をすくめる。そして、これまで使用を
「あら、君も持ってたのね。隠し球ってやつかしら?」
「そういうこと。ま、ただ弾は出ないんだけどな」
「ふぅん、何が出るの?」
「あー、さしずめ、宇宙災害ってとこ?」
女は俺の発言に笑うが、別にギャグで言っているわけじゃない。パルサーエッジ同様、この銃も
「こいつは“星が爆発する直前の圧縮”と“爆発の最初の一瞬”だけを、銃の中で再現して熱線として撃つ」
詳しい仕組みは入手したときに姫子から虚数ヲ崩壊ウンチャラー、プラズマガーとかジバガーとか説明されたものの、難しくてぶっちゃけよくわからなかった。
ただ平たく言えば、物凄く熱い粒の雲を、ぎゅっと押しつぶして、一方向の逃げ道から噴き出させるような代物らしい。
ジャケットの内側から、こいつの燃料カートリッジを一つ取り出し、
両手で持ってもずっしりと感じる重量感は、もはやハンドキャノンといって差し支えない。
元より単発式に加え、発射後は冷却装置がフル稼働するため、連射が物理的に不可。目を焼きかねない閃光と全身が
そりゃ誰だって使いたかねーわ!
俺だって最初に触っちまった瞬間、勝手に
「へぇ、面白いおもちゃたくさん持ってるのね。さっきの攻撃といい、それといい、……とっても楽しかったけれど、そろそろお芝居もカーテンコールね。君以外にもあと2人ほど片付けないといけないし」
「——ッ」
クッソ、こいつ、姫子もヴェルトも全員まとめて始末する気か。
ノヴァイレイザーのグリップを握る手に汗がにじむと同時に、力が入る。どうせやられるくらいなら、きたねぇ花火、見せてやろうじゃねぇか。
引き金を引く刹那、違和感がよぎる。
いやなんかおかしくないか。待て、なんで、こいつ手ぶら————————
「
突きつけたはずの銃口
それが力なく降ろされる。
「——はぇ?」
つい間抜けな声が出た。
う、嘘だろ。意味わかんねぇ。
俺の身体だろ。なんで言うこと聞かなくなってんだよ。
自分自身が一番信じられない。女の命令に勝手に身体が従う。
「
足下にそっと置いてしまう。タンマ、タンマ、おい待て待て、そんなことしたら——
ひざまずいた格好のまま、見上げれば、もう目の前に女は立っていて、
「言ったじゃない。
「い、……いや、それって……、」
糸のことじゃないのかよ。反則過ぎるだろ。なんだよ、これ。この
チャキッという音と共に、いつの間にか再び女の手に収まっていた刀が俺の喉まで伸びている。
——悟る。
終わった。
万事休す。
ゲームセット。
ここから起死回生の一手はさすがにもう思いつかない。
……はは、もはやギャグだな。
星穹列車から離れたくて、トラブルを自作自演しようとしたら墓穴を掘った?
救いようがないバカ。身体を張りすぎなアホだ。
「…………最後に一つだけお願いが……あんだけどさ。聞いてくれたりする?」
女は、人差し指を頬に当てて思案する。
そしてコートのポケットからおもむろに取り出したのは、
「コイントスで決めましょ。当たればそのお願いを聞く、当たらなければ、」
親指で弾き上がったコインが落ちていく。目にも見えない速度で掴み取られる。
——後は言わなくてもわかるでしょう? と言わんばかりにゾクッとするような微笑。
あごでもって、選択を促される。考える猶予は与えてくれないらしい。
「……裏」
ゆっくりと、じらすように人差し指から中指、薬指、小指と開かれた手の平の上には。
思わず息が漏れた。
「ついてねぇ……」
万策尽きた果てに、俺はステンドグラスを見上げる。
喉をよく見えるように突き出し、やれと親指で示す。
その姿をどう受け取ったのかはわからない。
ただ目をつぶり、歯を食いしばって、最期の瞬間を待っているのに、なかなかその終わりが訪れなかった。
「……
最初は聞き間違ったのかと思った。次いで、"なんで?"という疑問符がいくつも浮かぶ。
恐る恐る目を開ければ、なんの感情も入っていないような、たとえるならカメラレンズ越しに何かが興味本位で覗いている。
そんな
本当なら、
命乞いをすべきか。そりゃ、当然、すべきなんだろうけど。
それよりもっと大切なことがある。
何より、最後のお願いとはなんだったのかという命令ならば、唇は勝手に動く。動いてしまった。
「————
女の首が10度傾く。
「
もう10度追加。
「だから、さ。
「————————、は?」
あれほど
そして、その顔が死ぬほどかわいかった。
もっとそういう色んな表情見せた方が絶対魅力的だと思う。
「最期が、それ、なの?」
いやだって、めっちゃ気になってたから。このまま死んだら絶対この世に未練残すって思ったから。
あまりの緩急のつけっぷりによるせいなのか、完全にツボった様子で女は吹き出す。それはもう身体をくの字に折ってしまうほどに。
「君。あはは、ははは、おかしっ、そう、なるほど——、君も、狂人ね。それとも1回死んだことでもあるの?」
涙が出るほど面白いことを言った気はしないが、事実涙が出るほど面白かったらしい。ってか後半合ってるし、そりゃそうだ。初めて死ぬならもっと色々みっともない真似してると思うわ。
目尻に浮かんだ涙を拭いながら、女は、
「————いくつに見える?」
「真面目に言うと………………、あー意外とタメだったり?」
「君は?」
俺の年齢を口に出すと、
そのあまりにも綺麗な顔が近づいて、
耳元で、
いやぁ、生まれて初めて思った。
雷に打たれるって、こういうことだ。
思っちゃったわ。
思っちゃったんだよなぁ。だから、俺の負けだわ。
負けで……いいや。
——女は元の表情に戻る。刀を握る手がゆっくりと動く。
俺、この
まったく皮肉だよなぁ。ようやく、ようやく見つけたかもしれないのに、――俺のメーテル。
まぁでも、見つかるだけマシか。
クソみたいな終わり方した前世よりは、ずいぶんと楽しかったな今世は。
あーあー、まったく、どうして、最後の最後かねぇ。ままならなすぎんよ。
畜生。
これからだろ。普通、さ。
「そこまでにしようか」
喉元に刀の切っ先がチクリと刺さった瞬間だった。
聖母像の上。
俺と女を見下ろすように、
どっかで見かけたことのある、
――黒猫が。
ええい!いいから「ドラマティック・アイロニー」を見るのだーーー!
間に合わなくなっても知らんぞーーー!!
あとノヴァイレイザーのモデルは「トリプルアクションサンダー」これは譲れない