ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#47.3 ”UNREAL”

 

 

 

 

 

 ——いや、その、あのですね。

 

 

 なんかそれはもう、パンクロード中のスピーカーから大音量で問題発言音声が降り注いだんですケド。

 

 なにこの空気。まるで衆人環視(しゅうじんかんし)の中で公開告白をしたような感じじゃねーか。やだもー、おまけに演出的にエコーまでかかってさ、ご丁寧に街のビル群に反射しているし、どこまで聞こえたのよこれ。

 

 はは、そんな目立ちたがり屋さんのナルシストムーブをしたヤツだぁ~れ? 

 

 はーい♪

 

 ——俺の声でした。

 

 間違いなく俺の声でしょう、ええ、本人ですからね。

 

 それは認める。でも、問題は内容だわ。

 

 

『銀狼——俺は、——お前が——大好き!』

 

 

 ナニソレ。ナニソレ。ナニソレ。

 

 絶対にそんなこと言ってないと思……言ってないよな……言ってないはず……シルヴァ、銀狼に対してだろ……いや、ないない。よ、弱気になるなゼイン! 誇れ、お前は強い!

 

 どどどどどうすんの、どーすんの? これ確実に濡れ衣で俺が悪いことにさせられる流れじゃん。ハメられた。べ、弁護士を呼んでくれ。ホドナルくんとかミカドコみたいな名前の弁護士にしてくれ。金ならベストフレンドが払う!

 

 しかし弁明の余地を探る(ひま)すら、この場には存在しなかった。

 

 

 なぜならば。

 

 

 3(つい)の目が、完全にこちらを向いていたんですねー。

 

 

 

「き、記憶にございません!!」

 

 

 

 先手必勝で叫んだ。心の底から叫んだ。古来から記憶になければ風化(ふうか)するまで耐えしのぐということができるという伝説の——

 

 ——最初に動いたのは、(せい)だった。

 

 言葉もないまま、視界の端で小さな影が踏み込んだと思った次の瞬間、右の膝裏(ひざうら)に衝撃が走る。

 

 おなじみカーフキック。しかもえげつないほど的確な角度で。

 

 ちょおま——無茶苦茶、威力上がってんじゃねーか!?

 

 バランスを失い、俺はパンクロードの汚い路面に片膝をつく。

 

「いっっっ——てぇ!!??」

 

「わたしは、

 ——ぼうりょくけいヒロインをふっけんする

 

「な、何言ってんの? おま、暴力はんた——」

 

 

 顔を上げた。

 

 

 ——ネオンの逆光を背負ったカフカさんが、見下(みお)ろしていた。

 

 

 ヒュ——と喉が鳴る。

 

 

 表情が、見えない。

 

 

 見えないのに——声だけが、降ってくる。

 

 

「へぇ……」

 

 温度が、ありまてん。

 

「……へぇ……」

 

 2回目。2回目の方がやばい。1回目で零度、2回目で絶対零度を突破した。科学の常識に反しちゃってますぅ。

 

 言い訳を、釈明を、弁明を、何か、言わなければ。俺のぼうけんのしょはここまでになる。口を開きかけた瞬間——

 

 

「ゼイン」

 

 

 SAMのイケボが(さえぎ)った。

 

 白黒金で構成された重装甲。そしてVの字を描くバイザーが、こちらをまっすぐに捉えている。ホタルの時とは違う、抑揚(よくよう)()ぎ落とした声で、

 

「1点、確認させてください」

 

 ——嫌な予感しかしない。

 

「先ほどの音声がもしも仮に万が一たとえば事実であるとした場合——乗り換えるということは、ゼインは銀狼に対して好意または愛情があるということでよろしいですか」

 

「1ミクロンもよろしかね————!!! だからあの声は事実じゃねーって!! ねつ造だよ! 記憶にないんだって言ってんじゃんか——」

 

「訂正します。もう1点」

 

 まだあんのかよ。

 

 

それは、私たちに対する感情よりも大きいのでしょうか

 

 

 淡々と。あくまで淡々と。事実確認の体裁(ていさい)を一切崩さないまま、()うてきた。

 

 SAM状態じゃなくてホタルだったら、こんなにどストレートに聞いてこな……いや聞けなかっただろう。おそらく口にしようとして、どうしても吐き出せずに飲み込んでそのままだったに違いない。

 

 が、

 

 反射的に、口が動いた。

 

 

 

「あ”? んなことあるわけねーだろ」

 

 

 

 ——言ってから、気づく。

 

 やべ、ついカチンときてキレ気味(ぎみ)口調(くちょう)になっちまった。

 

 

 カフカさんの眉がぴくりと動き、SAMの肩が上下し、(せい)が鼻を鳴らす。

 

 

「感謝します——カフカ、今はこれで十分(じゅうぶん)でしょう」

 

 

 SAMからそんな声が発せられるのとほぼ同じタイミングで、

 

 

「——カフカ」

 

 

 (せい)が、カフカさんのブラウスの(そで)を引っ張って、空いた方の手でビルの壁面を指差した。

 

 

 

 108:34

 

 

 

 カウントダウン。さっきから止まることなく、静かに、確実に刻まれ続けている数字。

 

 だいぶ無駄にしている。こんなことをやっている場合じゃない。

 

 

「…………」

 

 

 カフカさんが視線をカウントダウンに移し、それからゆっくりと——こちらに戻した。

 

「——信じてあげるわ」

 

 それ以上の言葉を持ち合わせず、ぴえん顔になる俺を一瞥(いちべつ)だけして、カフカさんはネオンの街に背を向ける。

 

 間一髪、どうやら首がつながったらしい。俺はそっと息を吐いていると、

 

 

「——さ、行きましょ。おチビちゃんに、お返しをしてあげないと」

 

 

 お返し。その単語の重みが常人のそれと異なることは、もはや説明するまでもない。

 

 おいおい、銀狼……お前怒らせちゃいけねー人を怒らせちまってるぞ。

 

 何考えてんだか知らねーけどよ……はぁ、

 

 なんか最近ため息ばっかりついてる気がするが仕方ない。なんもかんも猫が悪いということにしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

    *    *    *

 

 

 

 

 

 

 

 鬼チームが動き出した瞬間から、銀狼のモニター群は忙しくなった。

 

 各自がそれぞれの方向へと散開する。

 

 カフカが裏路地に消える。ゼインと星が反対方向に走り出す。

 

 そして——SAMは空へと上がった。

 

 スラスターの炎が赤い尾を引いて、パンクロードの狭い空をビルの隙間を縫うように駆け上がっていく。白と黒と金の装甲が、ネオンの光を(はじ)く様は銀狼の目からでも流星のように見えた。

 

 ターゲットは明確だった。銀狼の目——監視カメラとドローンだ。

 

 1台、2台、3台。着手が早い。カフカの指示通り、片っ端から焼き始めている。

 

 放っておけば、いつかは本当に全部やられかねない勢い。

 

 

「——ま、そうさせないけどね」

 

 

 銀狼の指先が軽やかに動いた。

 

 エーテルカセットを通じて、銀狼の意識がパンクロードの都市ネットワークに沈む。

 

 ——最初に起動したのは、都市防衛システムだった。

 

 パンクロードは自慢じゃないが治安が終わっている。

 

 なまじ「エーテル編集」などというものがあるばっかりに、現実を書き換えてくる相手に対しては、電子的なセキュリティなんてものはないも同然になる。

 

 ファイアウォールをいくら重ねたところで、壁ごと消されたら終わりだ。だからこそ、この星の治安維持は、最終的に物理に頼っている。コードで殴ろうとしてくるなら、物理で殴り返す。そんなハッカーと真逆に位置するマッチョな思想で組まれた武装システムが、街のあちこちで常時稼働していた。

 

 その内のひとつ、ビルの屋上に据え付けられた対空セントリー砲台(ガン)。不正侵入者を物理的に排除するための治安維持ドローン部隊。反社会勢力一歩手前の街のセキュリティ会社が普段管理しているそれらが——銀狼のアクセスひとつで、主人(マスター)を変えた。

 

 セントリー砲台がSAMに照準を合わせる。6基。同時にロックオンを開始。

 

 治安維持ドローンが編隊を組み、四方からSAMを包囲する軌道に乗った。大型が12機、小型が40機以上がどこぞの(むし)彷彿(ほうふつ)とさせる低いプロペラ音を立てている。

 

 起動から展開まで、4秒。

 

「さぁガツンとくるやつでいこう」

 

 砲撃と突撃が同時に始まった。

 

 セントリーの連射がSAMの飛行経路を塞ぎ、ドローン部隊が死角から群がる。パンクロードの空がネオンとは違う色の光で埋め尽くされる。

 

 ——何秒持つかな。

 

 モニターに目を戻す。答え合わせまでの時間を利用して、別の画面ではカフカの動きを追い始めた。あの女は建物の陰に入ったまま出てこない。何をしている——と思ったら、糸だ。細い糸が路地を横断するように張られていく。1本、また1本。

 

 面倒な動きをする。が、いまはSAMの方が優先だ。

 

 視線を空に戻して——銀狼は、首を(かし)げた。

 

 セントリー砲台(ガン)、6基中4基が沈黙していた。残り2基もすでに砲身が溶けている。ドローン部隊は——数えるまでもない。散らばった残骸がネオンの光の中をきらきらと降っている。

 

 経過時間、——18秒。

 

 

「……は?」

 

 

 早い。早すぎる。都市防衛システムの火力は民間のそれとは格が違うはず。なのに、あの鎧ときたらどうだ、傷1つないように見える。

 

 反応炉——あのロボットの胸部で脈打っている光源から放出されるエネルギーの数値が、モニター上で異常な値を叩き出していた。

 

 出力がおかしい。こんなスペックのアーマードスーツは銀狼のデータベースにない。

 

 だが、まだ手はある。

 

 

「——じゃ、次」

 

 

 電力グリッドにリソースを向ける。パンクロード全域に張り巡らされた送電網。その莫大なエネルギーを——1点に、集める。

 

 街の照明がちらついた。

 

 ネオンサインが一斉に瞬き、屋台の電灯が落ち、暗がりが街を呑み込もうとする。

 

 そして——SAMの頭上に、光が収束した。

 

 電磁パルス。パンクロード南部ブロック3区画分の電力を束ねた、即席の雷。それが白と黒と金の装甲めがけて落ちる。

 

 

 着弾/閃光/爆音。

 

 

 周囲のビルの窓ガラスが震え、何も知らない道行く人々が何事かと耳を塞いで()いつくばる。

 

 モニターがホワイトアウトする。

 

 カメラのセンサーが飽和(ほうわ)して映像が飛んだ——数秒後、復帰した画面に映っていたのは、

 

 煙を突き破って飛翔するSAMの姿だった。装甲の表面が焼けた痕跡はある。が——飛んでいる。速度も落ちていない。

 

 

「…………マジ?」

 

 

 じゃあ、もうひとつ。

 

 ビルの可動構造。パンクロードのスマートビルは、用途に応じて内部構造が組み変わるように設計されている。壁面パネルの展開、通路の開閉、フロアの結合と分離。それらを管理する建築制御AIに介入し、銀狼は——

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 SAMの進路上にあるビル3棟が、壁面を展開する。コンクリートと金属の巨大なパネルが左右から閉じていき、ビルとビルの隙間が消える。空の通り道が塞がれ、さらに背後からも壁が迫る。

 

 

 冗談みたいに巨大な箱。

 

 都市の構造物で作った、即席の(おり)

 

 

 同時に、街中のホログラム投影機をジャックする。SAMのセンサーに向けて、偽の熱源反応と音響データを大量に流し込む。箱の中にありもしない敵の群れを映し出し、壁のどこが本物でどこが虚像かもわからなくしてやる。

 

 

 情報の洪水で判断力を奪ったうえで、さらに物理的に閉じ込める。

 

 

 ——これで。

 

 

 金属が(きし)む音がした。

 

 壁面パネルが、内側から膨らんだ。

 

 鉄板が飴のようにひしゃげていく。亀裂が走り、隙間から黄緑色の光が漏れ出して、

 

 ——次の瞬間、壁が吹き飛んだ。

 

 SAMが、拳ひとつで突き破って出てきた。ホログラムの残骸が砕けたガラスのように散る。

 

 バイザーの奥の光は、最初からまったく揺らいでいない。偽の情報(ブラフ)を最初から相手にしていなかった——としか思えない。

 

 銀狼は椅子の背もたれに沈み込んで、天井を仰いだ。

 

 都市防衛システム。電力グリッド。ビルの構造。ホログラム。

 

 パンクロードにあるもの全部おみまいしたつもりだったが、まさか全部しのぐとは。

 

 

「——戦闘、継続」

 

 

 天井を見つめたまま、銀狼の顔に笑みが広がっていく。

 

 

「——面白いじゃん。オーケー、——難易度、上げようか」

 

 

 モニターの中で、SAMがまた1台、カメラを潰すのと同時に銀狼は姿勢を元に戻す。

 

 モニターの1つをSAMの戦闘映像に固定し、残りの指でエーテルに潜った。

 

 狙いは——SAMの構造解析。

 

 遠隔とはいえ、3つのエーテルカセットが同時に稼働すれば、戦闘中の対象からでもデータを読み取ることはできる。

 

 問題は、どこまで読めるか、だ。

 

 SAMの装甲表面をエーテル越しになぞる。最初に見えたのは外殻(シェル)応力構造(おうりょくこうぞう)——衝撃の分散経路(ぶんさんけいろ)と、エネルギー伝導(でんどう)のパターン。次に関節部の可動域(かどういき)出力配分(しゅつりょくはいぶん)。スラスターの推力制御(すいりょくせいぎょ)高機動(こうきどう)パターンの(くせ)

 

 ここまでは読める。断片としては十分すぎるデータ量。普通の相手ならこれだけで完コピできるほど、

 

 だが——コアに触れた瞬間、銀狼の指先が止まった。

 

 反応炉の設計。あのアーマードスーツの心臓部。

 

 

「——なに、これ……」

 

 

 読めない。

 

 暗号化されているとか、ファイアウォールが硬いとか、そういう次元(レベル)の話じゃない。

 

 ——理解の外にある。

 

 銀狼が今まで触れてきたあらゆる技術体系のどこにも属さない設計思想。

 

 パンクロードの最先端技術でも、スターピースカンパニーの研究機関のデータベースでも、かつて侵入した軍事ネットワークのどこにも、こんな構造は存在しなかった。

 

 誰が作ったのかもわからない。どこの技術かもわからない。わかるのは、自分の手には余るということと、これを作ったのは紛れもなく、

 

 

 ——()()である。

 

 

 思わず舌打ちが出た。

 

 銀狼にとって、「手に余る」という経験は、ほとんど初めてといっていい、が、そこはプログラマ思考で切り替える。エラーやバグは万物に付きものだ、アプローチを切り替えるしかない。

 

 

「……全部わかんなくても、別にいいし」

 

 

 口を(とが)らせつつ、思考の角度をずらす。

 

 読み取れた断片だけで十分だ。別に寸分違わぬ模造品(レプリカ)なんか作る必要はない。ネタ元があれば、あとは自分で組み上げる。それはゲームの改造でもハッキングでもずっとやってきたことだ。

 

 銀狼の意識がそこから外へと飛ぶ。

 

 エーテルが街に浸透する。

 

 パンクロードの路地裏に転がっているスクラップの山。廃棄された工業用フレーム。潰れたドローンの残骸。壊れた装甲板。ビルの解体現場から流れ出たジャンクパーツ。

 

 それらが一斉に震え始めた。

 

 金属片が浮き上がり、ボルトが回転し、断線したケーブルが蛇のように()い出す。路地裏のスクラップが砂鉄みたいに集まり、寄り合い、絡み合い、ひとつの形を成していく。

 

 やがて認識できるようになったそれは、

 

 ——人型。

 

 SAMとほぼ同じサイズの、

 

 ——しかし、明らかに違うもの。

 

 基本のシルエットは共通している。二本の腕、二本の脚、頭部らしき形状。だがSAMの装甲が精密に設計された一枚板なら、こちらはスクラップのつぎはぎだ。フレームの隙間からケーブルが覗き、関節部は廃材のボルトで無理やり繋がっている。

 

 そして色。SAMの白と黒と金とは対照的に、銀狼の機体はパンクロードのネオンカラーを吸い込んだような不安定な発光に包まれていた。紫、青、赤——サイケな色がちらちらと明滅して定まらない。安定した光の対極にある、バグった画面が正しい。

 

 自家製サイケカラーのグリッチ()え(パンクロードの香りを添えて)——とあえて呼ぼう。

 

 銀狼シェフが腕によりをかけて作った一品。

 

 

「——起動(レッツ・ラン)

 

 

 銀狼が指を鳴らすのを合図に、機体の胸部で、エーテルの光が灯る。SAMの反応炉とは似ても似つかない、銀狼が読み取れたデータの断片と自分の解釈で組み上げた擬似動力(ぎじどうりょく)。本物の出力には遠く及ばない。

 

 だが、こっちには生まれも育ちも悪いサイバーパンク流のやり方がある。

 

 エーテル機体が跳んだ。

 

 スクラップの塊とは思えない速度で路地を蹴り、ビルの壁面を駆け上がり——空を飛ぶSAMの眼前に(おど)り出る。

 

 SAMのバイザーが、一瞬だけこちらを見た。瞬間。

 

 拳が交差する。

 

 衝撃波がビルの窓を割り、足下(あしもと)(のき)(つら)ねていた路上の屋台を吹き飛ばした。純粋な出力ではSAMが圧倒的に上回っている。だが銀狼の機体は吹き飛ばされながら体勢を立て直し、即座に距離を詰め直す。

 

 殴り合いで勝てない。

 

 ——そんなことは()()()()()()()()()()()

 

 だから——地面が(ゆが)んだ。

 

 SAMが着地した瞬間、アスファルトの硬度がエーテル編集で書き換わる。固い地面が泥のように沈み込み、SAMの足を一瞬だけ呑み込む。その隙に機体が横から蹴りを叩き込み、SAMがよろめいた方向の壁面の摩擦係数(まさつけいすう)をゼロに書き換える。

 

 掴まれない壁。

 

 踏ん張れない床。

 

 空間そのものをびっくり箱(ギミック)ステージへと突入させる。

 

 SAMが壁を蹴って空中に逃れようとすれば、スラスターの進行方向に見えない気流の壁が立ちはだかる——大気の密度をエーテルで局所的に変えて、空気抵抗を何十倍にも引き上げてしまう。

 

 機体の能力値(スペック)では負けている。でもフィールドそのものが銀狼の味方をしている。

 

 言ってみれば、試合会場を丸ごと買収(ばいしゅう)して、めちゃくちゃ有利になるように魔改造(まかいぞう)したようなものだ。

 

 銀狼はモニターの前で唇の端をさらに吊り上げる。

 

「ね、——力比べ(パワーゲーム)なんかしなくても、やりようはあるでしょ」

 

 SAMの動きが一瞬、(にぶ)る。足場の罠を回避し、気流の壁を突破し、エーテル機体の攻撃をいなしながら——その合間に、SAMの腕がちらりと横に振られた。

 

 通りの角にあったカメラが、火花を散らして落ちる。

 

 続けて、SAMがスラスターで低空を突っ切りながらもう1台。ビルの壁面に据え付けられていたドローンにも体当たりして破壊しながら、反転して機体に拳を振り下ろす。

 

 

 ——ああ、こいつ。

 

 

 どっかのプロの魅せプレイ集を流してるみたいだ。

 

 戦いながら、着実にカメラを潰してる。

 

 最初からそうだった。セントリー砲台(ガン)と戦ってる時も、ビルの箱に閉じ込められた時も、この機体と殴り合ってる今も——SAMは一度も本来の任務をやめていない。

 

 だが、どうだ。銀狼の目は1,247台。多少潰されたところでは(いた)くも(かゆ)くもない。

 

 ゲーマー的に言えばHP削りが全然追いついていない。

 

 ——はずだった。

 

 異変に気づいたのは、機体の操作に違和感を覚えた時。

 

 ほんのわずかな遅延。指先で命じてから機体が動くまでの間に、今まで存在しなかったズレが生まれている。

 

 モニターを確認する。

 

 左手のモニター群のうち、3割がブラックアウトしていた。

 

 

「——ハァ?」

 

 

 ——いつの間に。

 

 戦闘に意識を集中していた。機体の操縦とフィールドのエーテル書き換えに処理を割いていた。その間にSAMは、銀狼が操作に没頭する隙を突いて、コツコツとカメラを潰し続けていたのだ。

 

 状況を最新化(リフレッシュ)

 

 1,247台が、800台を切っている。

 

 まだ大丈夫だと思った。800台もあれば十分だと。

 

 だが——SAMの破壊ペースが、明らかに加速していた。

 

 理由は単純。

 

 残数が減ったことで、SAMの位置を追跡するカメラの密度が下がっている。死角が増えた。そしてSAMは——その死角の中にあるカメラを優先的に壊しに行く。見えていない場所から、見えている目を潰される。

 

 800が700になり、700が500を切るまでに、時間はかからなかった。

 

 モニター群が歯抜けになっていく。街の全景を映していたはずの視界に穴が空き、穴が繋がり、やがて大きな暗闇(ブラックアウト)になる。

 

 それに比例して、機体の動きが(にぶ)くなる。

 

 目が減れば状況把握に時間がかかる。把握に時間がかかれば、機体への指令が遅れる。指令が遅れれば、エーテル書き換えのタイミングもずれる。足場の罠も気流の壁も、SAMが通過した後に発動しても意味がない。

 

 歯車が、ひとつずつ狂い始めていた。

 

 

「——ったく、しつこい!」

 

 

 舌打ち混じりに、銀狼は残りのカメラの配置を最適化する。まだ戦える。まだ——

 

 500が400になった。

 

 機体の右腕が、SAMの一撃で吹き飛んだ。スクラップの破片がネオンの光の中に散る。エーテルで即座に周囲の廃材を引き寄せて再構成するが、修復にも処理が要る。その間に、また3台のカメラが消えた。

 

 400が300を切った。

 

 遅延(ラグ)が、もう、無視できない。

 

 銀狼の機体の動きと、SAMの動きの間に、はっきりと速度差がついている。

 

 

 ——やばい。ちょっと、まずい。

 

 

 椅子から身を乗り出す。余裕が消えた目でモニターを(にら)む。打てる手を——何かを——

 

 その時、銀狼の視界の端を、あるモニターの映像がかすめた。

 

 ゼインだ。星と一緒にどこかの通りに立って、スマホを見ている。

 

 その横顔を見た瞬間——ひとつ、思いついた。

 

 

「——やりますか、不本意だけど」

 

 

 いったん、SAMから距離を取り、物陰へと待避する。

 

 そして、銀狼の指先が動く。エーテルの波紋がスクラップの機体を包み込み、その輪郭(りんかく)が揺らぎ始めた。

 

 ネオンカラーの不安定な発光が()せていく。つぎはぎのフレームが(なめ)らかに変形し、スクラップの質感が消え、代わりに——人間の肌の色と、見覚えのある髪型と、見覚えのある顔かたちが現れる。

 

 グラモス前後で変わったが、容姿(ようし)ベースはグラモス以降。ここに至る前でも、監視カメラで今まさに見ている映像でもいい。声のデータは会話ログにいくらでもある。

 

 エーテル機体が——ゼインの姿を取り、

 

 物陰から姿を現す。

 

 SAMのバイザーが、そちらを向いた。

 

 ほんの一瞬。本当にほんの一瞬だけ——スラスターの光が揺らめいた気がした。

 

 だが、まだ足りない。

 

 

「——スキンだけじゃ、響かないか」

 

 

 声を乗せる。盗聴データの中から選び出した、ゼインの声のパターン。そしてこれまで観察してきた、あのスーツの中の子——ホタルという名の少女の、反応の傾向。

 

 ゼインに褒められた時。名前を呼ばれた時。二人きりでいる時。ホタルの心拍数は上がり、体温がわずかに上昇し、視線は泳いで、声が半音高くなる。

 

 であるならば。

 

 エーテル機体の口が——ゼインの口が、開く。

 

 

 

「っぶねーー! タンマタンマ、ホタル! 俺だ俺!」

 

「——ゼイ、ン?」

 

 

 SAMが静止する。

 

 バイザーの奥で、何かが動揺している。

 

 

(せい)とはぐれちまってさ。ここら辺で見かけなかったか? つーか、すげーな。あっちゅー間にカメラほとんどブッ壊してんじゃねーか」

 

「いえ、それほどでも……感謝します」

 

「ほんと——頑張り屋さんだよな。ホタルは」

 

「そ、そんなことは」

 

「あんだけノートを書き留めるなんて1つの才能だぜ? ほんと戦闘でも普段の生活でも、お前は——俺の自慢の仲間だよ」

 

 

 SAMの拳が下がった。

 

 戦闘プログラムは正常に機能している。敵を目の前に捉えている。距離も角度も把握している。振り下ろせば届く。

 

 ——なのに、腕が動かない。

 

 銀狼はモニター越しにその硬直を確認し、

 

 

 

「——いただき、

 

 

 

 残ったカメラの配置を立て直す時間を稼ぐため、エーテルで足場と気流を同時に書き換え——

 

 

 SAMが、動いた。

 

 

 ぎこちなかった。今までの流れるような機動とは違う、ガチガチの、1歩1歩に抵抗がかかっているような動き。

 

 バイザーの光が明滅を繰り返している。システムと、その内側にいる心が、引っ張り合っているかのように。

 

 だが——動く。

 

 ゼインの姿をしたエーテル機体に向かって、SAMは不器用な軌道で踏み込む。

 

 銀狼は咄嗟に機体の口を開かせる。

 

 

「ホタル、ちょお、やめ——」

 

 

 SAMの拳が、ゼインの顔面を貫いた。

 

 エーテルの皮膚が砕け、スクラップのフレームが露出し、その奥のネオンカラーの動力源(どうりょくげん)が弾け飛ぶ。ゼインの姿が剥がれ落ちながら、機体が後方のビルに叩きつけられ、壁面にめり込み——沈黙した。

 

 

 黄緑の粒子を放つ光を(まと)ったまま、SAMはしばらくその場に立ち尽くしていた。

 

 

 拳を振り抜いた姿勢のまま、微動だにしない。そして、静かに、でも、しっかりと、

 

 

 

 

「ゼインは——そんなこと言わない」

 

 

 

 

 バイザーの明滅が、ゆっくりと収まっていく。

 

 

 

 

「自分から進んで褒めたりなんかしない。

 それはダメ——違うんだよ」

 

 

 

 

 地下室のモニターが、また1つ暗転した。

 

 

 

 銀狼は椅子の背もたれに深く沈み込んで、両手で顔を覆った。

 

 スペックで止まらない。頭脳戦でも崩せない。メンタルに揺さぶりをかけても——突き抜けてくる。

 

 指の隙間から、歯抜けだらけのモニター群を見やる。残りのカメラは200を切っていた。

 

 

 

——な、なんなの、この子

 

 

 

 しかし、その呟きには——ほんの少しだけ、嫉妬に近い響きがあった、

 

 

 

 かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





執筆時BGM:「Chase the Light!」、「Let Me Hear」、「Rave-up Tonight」Fear, and Loathing in Las Vegas



好きな性癖発表ドラゴン「原作にない組み合わせのバトル」

ホタルさん は かいしゃくちがい を おぼえた!

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