ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#47.4 ”You never walk alone”

 

 

 

 

 

 SAMが上空でド派手にやっている間、地上の俺たちは銀狼を探して奔走(ほんそう)していた。

 

 カフカさんの糸がパンクロードの路地という路地に張り巡らされて、怪しいエリアはかなり絞り込まれてきている。SAMがカメラを潰しまくったおかげで、銀狼の目もだいぶ減っているはず。

 

 あとは——俺が、あいつを見つける番だ。

 

 ゲーム、星穹列車離脱大作戦、グラモスでの冒険、それぞれを経た仲間として、唯一付き合いのあった俺が、どうにかして居所を突き止めねーといけない。

 

 銀狼のプレイスタイルは、一撃の重さよりもひたすら手数(てかず)で押していくタイプのスピードアタッカーだった。ステータスを攻撃と速度に全振りして、守りなんか考えない。

 

 レイドでもPvP(対人)でも、あいつのやり方は変わらなかった。常に動いて、常に攻めて、立ち止まらない。じっとしてるのが何より嫌いで、待ちの戦術を提案するたびに「それじゃ、つまんない」の一言で却下されてきた。

 

 であれば——動いてるはず。

 

 カフカさんの糸に引っかからないのは、糸が張られるより先に移動してるから。エーテル編集で自分の気配や痕跡を消しながら、常に止まることなく動き続ける——銀狼ならできる。

 

 その前提で移動ルートを予測する。パンクロードの地図と糸の配置を照らし合わせて、銀狼が通れるルートを割り出し、先回りできそうなポイントを絞り込んでいく。

 

「——(せい)、こっちだ!」

「おー!」

 

 最初のポイント。東部の廃棄されたサーバールーム密集地帯。銀狼がハッキングに使えそうなインフラが集中していて、なおかつ裏路地が入り組んでいる。移動しながら身を隠すなら、ここが最有力だ。

 

 ——いない。

 

 目と頭を同時に動かしながら、片っ端からそれと思しき人の存在を探すが、ない。痕跡も、気配もない。

 

 そりゃそうか……1発目で当たるほど甘くないだろう。想定内だ。

 

 

「次行くぞ!」

 

「ゼイン、はやい!」

 

「時間ねーんだよ——走れ!」

 

「むー、——えいっ!!」

 

 と思ったら、(せい)が俺の背中に飛び乗ってきた。慌てて足を抱えるも、その勢いでつんのめりそうになる。

 

「何勝手に飛び乗ってんだ。このクソ急いでるときに!?」

 

「そこは、あいでカバー!」

 

「おま、意味わかって言ってる!!??」

 

 問答している時間が惜しい、いつぞやみたくおぶって走るしかねぇ。いやあんときはお姫様抱っこだったけどさ。

 

「ったく、このおチビは。——掴まってろ!」

 

「ごーごー!!!」

 

 

 

 

 

 

 2箇所目(かしょめ)に向かって全速力で走ってる途中で、足元がぐらついた。

 

 地震——じゃ、ない。

 

 2ブロック先で、ビルが傾いていた。

 

 十数階建てのスマートビルが、途中からぬるりと(すべ)るように上半分を失っていく。断面が一瞬だけ見えた——そこから散る火花。あまりにもきれいな、一直線の切り口。

 

 ビルの上半分が道路に倒れ込み、コンクリートの粉塵と金属の悲鳴が通り一帯に響き渡る。

 

 ——カフカさんの糸だ。

 

 糸で範囲を絞るだけじゃ飽き足らず、「ここにはいない」と判断したエリアをビルごと潰して物理的に封鎖しにいっている。糸というか、もはやワイヤーカッターじゃないすか。

 

 通りが瓦礫(がれき)で埋まって、そのエリア一帯が丸ごと消えた。

 

 え、えぇ……ビルってあんなにスパッて切れるもんなの??? パンクロードはビルが豆腐か何かで出来てるの???

 

「……さ、さすがカフカさん」

 

「カフカはわたしがそだてた」

 

「……逆な逆」

 

 (せい)が感心した声を上げている横で、俺は頭を抱える。

 

「いやぁかくれんぼってアレだったかなぁ、隠れてる誰かを見つけるんじゃなくって、隠れる場所なくしちまうのがルールだったっけかなぁ」

 

 聞こえたのか聞こえてないのか、粉塵(ふんじん)の向こうからカフカさんの楽しげな声が響いてきた。カフ検所持の俺が察するに、少し溜飲(りゅういん)が下がってきてる模様。

 

 

「——あら、まだ見つからないの? なくなっちゃうわよ、——この惑星(ホシ)?」

 

 

 ノールックで背後に現れたドローンをサブマシンガンで蜂の巣にしながら、小首を傾げるカフカさんが美しすぎる件について、永久に賛美し続けたかったが、泣く泣く敬礼を返し、

 

「鋭意努力中でっす!!!」

 

 冗談じゃなく、普通にパンクロード全土を更地(さらち)にしてしまいそうなのでそちらを優先する。やべぇ、こうなってくると銀狼の命もパンクロードの運命も俺の両肩にかかってるかもしんねー……。

 

 

 

 

 

 

 ひたすら足を動かし、2箇所目。

 

 南西部の高架下。

 

 どうやらパンクロードにはかつてモノレールが走っていたらしい。過去形なのは、目の前に広がる荒廃(こうはい)した有様(ありさま)を見ればわかる通り、とっくのとうに廃線(はいせん)になっていたからだ。

 

 残されているのは巨大なコンクリートの高架橋(こうかきょう)と、その上に敷かれたまま()びていく一方のレール。高架の下は半トンネル状の空間になっていて、屋台やジャンクショップがびっしりと(のき)を連ねている。

 

 いかにもアングラ感丸出しな怪しいモノを売ってそうで、好奇心がうずくところではあるが——今は営業時間外なのか、シャッターの降りた店が並んでいるだけだった。薄暗い。ネオンの光がここまで届かず、天井のパイプから漏れる蒸気が視界を白く(かす)ませている。

 

 足音が反響する。俺と(せい)のものだけ。

 

「ゼインー、ここ暗い」

 

「だからだよ。カメラの死角が多そうだろ。あいつが移動ルートに使うなら——」

 

 言いかけて、足を止めた。

 

 シャッターの隙間に糸が引いてある。カフカさんのだ。もう張り終えている。何らかの動きがあった形跡は——ない。

 

 もう少し奥へ進む。高架の柱と柱の間を縫うように、廃棄されたモノレールの車両が1台、壁際に放置されていた。窓ガラスはとっくに割れて、車内にはスクラップが詰め込まれている。パンクロードでは何でも再利用されるか、されなければそのまま朽ちるんだろう。

 

 車両の下を覗き込む。裏側を確認する。(せい)が反対側からバットで床を叩いて音を出してみる。

 

 何も返ってこない。

 

 高架のさらに奥——トンネル状の空間が暗闇に()まれていく手前まで足を延ばした。蒸気の向こうに、もう1台の廃車両が横たわっている。その先はバリケードで行き止まり。

 

 ……俺の予測したルート自体を、銀狼が使っていない可能性が出てきた。

 

 嫌な汗が背中を伝う。スマホのタイマーと同期させておいたカウントダウンは——残り60分を切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雲行きが怪しいことを自覚しつつも、3箇所目。北部の屋上庭園エリア。

 

 パンクロードのビル群は、ある高さを越えると屋上同士が空中回廊(くうちゅうかいろう)で繋がっている。もともとは富裕層向けの「地上に降りなくていい生活圏」として設計されたものらしいが、住人が出ていった後はハッカーたちの遊び場になっている——と、走りながらスマホで調べた付け焼き刃の知識が教えてくれた。

 

 なにこのローディング待ち時間にでも表示されてそうなマメ情報。観光で来たんならいざ知らず、今はクソどうでもいいわ。

 

 エレベーターは沈黙したまま俺たちを(にら)んでおり、思わずため息が漏れた。しゃーなしに見つけた非常階段を駆け上がり、回廊を走り、また階段、(せい)がおんぶを所望(しょもう)しライドオン。また駆け上がって、

 

 扉。

 

 屋上に出た瞬間、下界とは別の空気が広がっていた。

 

 

 庭園——と呼ぶにはここもまた荒れ果てていた。

 

 まぁ、ただ、かつてはそうだったのだろうという名残(なごり)はある。ひび割れたプランターから雑草が溢れ、枯れたまま放置されたツタがフェンスに絡みついている。その隙間から、パンクロードの夜景がネオンの海となって足元に広がっていた。

 

 空中回廊はビルとビルを渡す細い通路で、手すりは腰の高さしかない。下を見れば十数階分の落下。地上からは完全に見えない。カメラの設置密度も屋上レベルでは激減しているように思える。

 

 銀狼なら、何かしらの手段でここを高速で渡り歩けると睨んだ。地上の糸にも引っかからず、カメラにも映らず、ビルからビルへと飛び移りながらエリアを横断する——あいつのエーテルなんちゃらの能力なら、理想的な移動経路(ルート)となるだろう。

 

「——(せい)、あっちから回り込んでくれ。俺はこっちの回廊を確認する」

 

「うん!」

 

 俺の背中から降りると、(せい)が回廊のひとつに飛び出していく。俺は反対側の回廊を走る。

 

 足元の金属板がかんかんと鳴る。風が吹き抜けて、フェンスのツタが揺れる。回廊の途中に放置されたコンテナの裏を確認する。次のビルの屋上に渡って、排気ダクトの陰を覗く。そのまた次のビルへ。

 

 どのビルの屋上も、同じだった。

 

 荒れた庭園と、錆びた設備と、誰もいない空間。

 

 回廊の途中で立ち止まる。風がケミカルな香りを運んでくる。

 

 (せい)が反対側の回廊から戻ってきた。こちらを見て、ぶんぶんと首を横に振る。

 

 

 

 ——空振り。

 

 

 

 足が止まった。

 

 (せい)と2人、ネオンが万華鏡のように絶えず色味(いろみ)を変えていく屋上の(ふち)に立つ。パンクロードの街並みが眼下に広がる。

 

 どこかで煙が上がり、どこかでネオンが明滅し、遠くのディスプレイではカウントダウンが刻まれ続けている。

 

 

「——だぁ……もう、……くそ」

 

 

 フェンスにもたれて、スマホの画面を(にら)む。パンクロードの地図。カフカさんの糸で潰したエリアを除外しても、残りはまだ相当ある。足で回るにはとてもじゃないが時間が足りない。

 

 あいつはじっとしてるのが嫌いだ、だから絶えず動き続けているはず——なのに、見つからない。

 

 

 だとすると、読みが間違ってるのか。

 

 ……そうだとしても、他に筋の良いアイデアがあるわけでもない。

 

 どうする。どうすべきだ——、

 

 

 

 

 カウントダウンは——残り45分を切っていた。

 

 

 

 

 頭をかきむしりつつ、しゃがみこんで思考していると、いつのまにか近寄ってきていた(せい)(ひたい)から流れてくる汗を、(そで)でワイパーみたく(ぬぐ)ってくれ——あばばば、雑ゥ! ガラスだったら傷だらけになっとるわ。

 

「暑ぃ……なんかずっと走ってる気、する——」

 

 そこで、ふと、気づいた。

 

「——あん?」

 

 待て待て、落ち着け。残り時間に惑わされるな。ちゃんと考えろ。

 

 

 ——冷静に考えてみれば、だ。

 

 

 俺と(せい)、ここまでずっと走り回ってきて—— 一度も、邪魔されてなくないか?

 

 SAMには街丸ごとが敵になったように襲いかかってきて、雷まで落ちたし、ビルで閉じ込めようとしていた。なんかよく見えなかったがSAMもどきの機体までぶつけていた。そして、カフカさんにはドローンを差し向けたり、糸を切りにかかってる。

 

 

 なのに——俺と(せい)には?

 

 

 何もない。

 

 

 トラップもない。ドローンも来ない。ホログラムのデコイすら飛んでこない。監視カメラで俺らの位置は筒抜けのはずなのに、妨害が一切ない。

 

 この街、下手すりゃ星全体を手の平に載せてるやつが、俺らにだけ何もしてこない。

 

 見つけられたくないなら、俺らの足も止めるはずだ。カフカさんやSAMにあれだけ本気で対抗しておいて、俺らを自由に走らせる理由なんて——

 

 

 ——いや。

 

 

 1つだけ、ある。

 

 

 邪魔しないのは——来てほしいから。

 

 

 スマホが震えた。

 

 

 見計らったような——銀狼からのメッセージ。

 

 

 

 

 

 

 『まだ?』

 

 

 

 

 

 3回目だ。

 

 画面上部に過去の経緯が表示されている。

 

 「まだ?」

 「おそい」

 

 ——そして、また「まだ?」。

 

 同じ言葉に、戻った。

 

「……ゼインー」

 

 (せい)がバットを地面に立てて顎を乗せたまま、俺の手元のスマホから視線を移し、じっと見つめてくる。

 

「ああ」

 

「ねぇねぇ——ぎんろー、ほんとにかくれてるのかな」

 

「……は? かくれんぼだぞ。隠れてるに決まって——」

 

「ちがう」

 

 (せい)が妙にはっきりした声でぴしゃりと(さえぎ)る。

 

 

 

「かくれてるんじゃなくて、

 ——まってるんじゃないの?

 

 

 

 ビル風の音が止んだ気がした。

 

 

「だってさ、『まだ?』でしょ。『おそい』でしょ。『まだ?』でしょ。

 ぜんぶ、そこにいるから言えることばじゃない?」

 

 

 (せい)のきらきら輝く瞳が、真っ直ぐこちらをとらえている。

 

 

「どっかにかくれて逃げ回ってるなら、『ざんねーん、はずれ!』とか、わたしならそう言うよ」

 

 

 息を吸って、

 

 

「でも——ぎんろーは『まだ?』ってきいてる。

 それってたぶん、

 

 

 ——ずっとおなじ場所で、来るのをまってるから、

 『まだ?』なんだよ

 

 

 

 ツバを飲み込む。

 

 

 

 俺を邪魔しないのも。

「まだ?」を繰り返すのも。

 

 全部——同じ意味だ。

 

 ——待ってる。

 

 隠れてるんじゃない。

 

 ——待ってる。

 

 じっとしてるのが嫌いなあいつが——じっと、待ってる。

 

 あいつが動かずにいるなんて、ゲームやってた時を思い出しゃ、予想もできなかった。

 

 でも、あいつは、変わったんだ。いやそれも違う——変わったんじゃなくて、動かない理由がある。

 

 

 

 それくらい大事な場所に、いる。

 

 

 

 だとすれば、

 

 「まだ?」は「まだ、来ないの?」じゃなくて、つながる言葉は、

 

 

 

 

 ——「まだ、ここにいるよ」だった。

 

 

 

 

 最初のメッセージから、ずっと。

 

 じゃあ「ずっといる場所」ってなんだ。

 

 銀狼にとっての——離れられない場所。

 

 みんながいなくなっても、鍵を開けたまま、1人で守り続けてた場所。

 

 ——ルアン姉ちゃんとこでロビンから聞いた話が(よみがえ)る。

 

 俺もいあいあもシングもゲームからいなくなった後、おそらくシルヴァだけが——ずっといた場所。

 

 鍵を開けたまま。ログインしたまま。誰も来ないのに。

 

 

 

「——(せい)、お前わりとマジで天才かもな」

 

 むふーと鼻息を荒くし、

 

「今ごろきづくのおそい。でもあとでホタルにじまんする」

 

 やめたげてーと思うも、ぐりぐりと頭を撫でてやる。

 

 

 

 一刻も早く確かめる必要があった。

 

 でも——ゲームをやっていた俺のスマホは、カフカさんに撃たれて壊れた。移行とかもしてなかったし、あの後、2回も買い替えた端末からは旧アカにアクセスできない——「アネモネ」のアカウントは死んでいる。

 

 だが、新アカなら作れる。

 

 

「……(せい)、ちょっと待ってろ」

 

 

 大急ぎでゲームアプリを落とし、新しいアカウントを作る。名前は——出血大サービスだ。本名プレイで生き恥をさらしてやる。

 

 ログイン。

 

 久しぶりのロビー画面が目に飛び込んでくる。見覚えのあるUIも、聞き覚えのあるBGMも、全部そのまんまだ。

 

 フレンドリスト——当然、空っぽ。

 

 さすがに、チームルームの場所は覚えている。

 

 チュートリアルクエストを回避し、座標を直接打ち込んで、飛ぶ。

 

 ロード画面。

 

 パスコードの要求があるかと思って身構えていると、

 

 

 あっけなく——扉が開く演出。

 

 

 

 チームルーム。

 

 

 

 片付けられていた。

 

 かつてここで過ごしていた時は、武器やアイテムやガラクタが散乱してて、それぞれが好きなものでプライベートスペースを構築してたもんだが……、

 

 全部、なくなっていた。

 

 きっとインベントリに格納してしまったんだろう。きれいに、退去前の賃貸部屋(ちんたいべや)のようになっている。

 

 

 

 

 

 そして——部屋の真ん中に、

 

 

 シルヴァのアバターが立っていた。

 

 

 フレンドリクエストを飛ばし、

 

 受諾(じゅだく)されると同時にボイチャをオンにする。

 

 

 

「……ダメもとで来てみたら——ビンゴってことで、いいか、」

 

 

 

 反応がない。新アカの、知らない名前の、知らないやつが勝手に入ってきただけ。

 

 銀狼からすれば不法侵入者でしかないが、そこはほら、本名表示してるわけだから許して。

 

 

 

「——シルヴァ」

 

 

 

 沈黙。

 

 画面の中のシルヴァのアバターが——ぴくりと動いた。

 

 

 沈黙。

 

 

 ——長い沈黙。画面の向こうで何が起きているのか、わからない。アバターは棒立ちのまま微動だにしない。

 

 

 やがて、息をしこたま吸う音が聞こえたと思ったら、

 

 

 

 

 

 「おっっっっっっそ」

 

 

 

 

 

 めちゃくちゃ怒ってた。まぁ大人ですし年上ですから? ここは素直に諸々迷惑かけたことを謝っておくわ。

 

 ちゃんとアバターの頭を下げて、

 

「わりーわりー、ごめん。スマホ変えちまったし、旧アカ死んでんだわ。まぁ——色々あったんだよ色々」

 

「知ってる」

 

「お前知ってる以降も……もっと色んなコトがあったんだよ。つーことで、ちっとは大目(おおめ)に見てくれてもいーんじゃねーの」

 

「それとこれとは別じゃん」

 

 久し振りに新アカで復帰したのにおまけも何もないらしい。随分と殺風景(さっぷけい)になったチームルームを見回しながら、

 

 

「——お前、ここ守ってくれてたんだろ。ずっと」

 

 

 返事がない。

 

 

「それに関してはまぁ……アレだ。サンキュな」

 

「——何言ってるかわかんない」

 

 あんだけ、仲間にしてくれと言った覚えはない〜を連呼してたくせに。

 

 ここで、いやここだけじゃなく、このゲームという名の世界で一緒に過ごせた時間が、こいつにとっていい時間だったなら——それは素直に嬉しい。

 

「まぁまぁそう言うなよ。チームルームの(パス)、不用心に開けっぱなしだったじゃんか。待っててくれたんだろ?」

 

「……別に。閉めるのが面倒だっただけ」

 

「へぇへぇ、あっそう」

 

「ほんとだし。維持費(いじひ)タダだし。放置してただけだし」

 

「わーったわーった。それでいいけどよ。

 ——とりあえず、かくれんぼは、俺たちの勝ちな」

 

 ふいーなんとか間に合ったわ。これでカフカさんに褒めてもら——、

 

 返事がすぐにないことを不審(ふしん)に思ったその時、

 

 

 

「冗談——まだ終わってないでしょ」

 

 

 

 ——ん????

 

 

「……はい?」

 

「ゲームの中じゃカウントしないよ。

 ——リアルで見つけてよね」

 

「いやいやいやおま——」

 

 ——ログアウト。

 

 シルヴァのアバターが消えた。

 

 チームルームに、俺だけが取り残される。

 

 スマホを握ったまま、しばらく画面を見つめて——なんでじゃーと叫ぶより先に笑ってしまった。

 

 

 ——リアルで見つけてよね。

 

 

「——そりゃそうか……そりゃそうだな」

 

 ……あいつ、ほんとに素直じゃねー。けど、ゲームの中で見つけたって、それはあいつの半分だ。もう半分は、リアル——現実のどこかに、銀狼はいる。

 

 

 がらんとしたチームルームをもう一度、見回す。

 

 家具は全部しまわれて、壁も床もデフォルトの状態に戻って——

 

 

 ——ちょい待ち、

 

 

 なんか変わってる。

 

 壁だ。壁のテクスチャ。さっきまで無機質なデフォルトテクスチャだった壁面が、()き出しのコンクリートになっている。天井を見上げれば、蛍光灯が等間隔に並んでいて、そのうち半分が点滅している。

 

 

 ——そんな妙に現実じみた光景に、見覚えがあった。

 

 

 片付けられる前の、元のチームルームで、シルヴァのエリアがまさにこんな感じだった。コンクリートの壁。半分切れた蛍光灯。

 

 ゲームの中なのにゲーム関連のグッズ、特にレトロアーケードゲーの筐体(きょうたい)が並んでいるという、悪趣味なのかこだわりなのかよくわからない空間だった。

 

 ほんとこいつゲーム好きだなぁと思いつつも、

 

 たしかその時、聞いたんだよな。ボイチャで。

 

 


 アネモネ『なんでお前んとこだけこんなリアル路線なの?』

 

 シルヴァ『……別に』

 

 アネモネ『別にって何だよ。ファンタジー系で揃えろとまでは言わねーけど、なんかこう、もうちょいあんだろ』

 

 シルヴァ『……落ち着くから。ウチの近所のゲーセンみたいで』

 

 アネモネ『はぁ? お前んちの近所にこんな薄暗(うすぐら)いゲーセンあんの?』

 

 シルヴァ『うるさい。アネモネのエリアよりマシ』

 

 アネモネ『俺のエリア関係ねーだろ! 年上をあがめろ! ポスター増やすぞ!』


 

 

 そこで会話は終わった。いあいあとシングがインしてきて、次のクエストに行って、それきり。

 

 ”ウチの近所のゲーセンみたい”

 

 当時は「ふーん」で済ませた。あいつの現実(リアル)の話だろうと。

 

 その言葉が、今になってようやく刺さる。

 

 ”リアルで見つけてよね”とか言いながら、わざわざ部屋の壁を書き換えてから落ちた。

 

 口では突き放しながらも、ちゃんとヒントは残していった。

 

「ったく……ほんとに素直じゃねーやつ」

 

 ゲーセン、を探すしかもう残る手はない。

 

 パンクロードのどこかにある、銀狼の「ウチの近所」とやらの。

 

 たぶん、あのひねくれ方からして、「近所」じゃねーな。自分のことを話すときに、「知り合いが〜」って形を取るのと一緒だ。

 

 方針は決まった——けど、この星に来たのは今日が初めてだ。

 

 パンクロードの地図を開く。ゲーセンで検索する——案の定、山ほど出てくる。この星はそういう星だ。「ウチの近所」とかいうヒントにならないヒントじゃ絞り込めない。

 

 他に手がかりは。何かねーのか。俺の手持ちの情報だけじゃ——

 

 

 

 ……手持ちの、

 

 

 

 俺の手持ちじゃ足りない。でも、

 

 

 ——()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 だってそうだろ。

 

 最初から全部知っていて、けど何も教えなかったやつが、いるんだから。

 

 

 

 

 

 ——エリオっつーさ。

 

 

 

 

 

 そもそも。

 

 なんでわざわざ今回ついてきたんだ——あいつは。

 

 「たまにはね」なんて言ってたが、あの猫が理由なく動くことはない。

 

 かくれんぼ開始後、「相変わらず、面白い子だね」と言って、「ここで待ってるよ」と言って、

 

 ——()()()()()()()()()()()

 

 最初から答えを知っていた。でも教えなかった。何故?

 

 

 たぶん——俺が自力でたどり着けると、わかっていたから。

 

 加えて、ちゃんと探し回った果てに、ゲームの中で銀狼と会話する必要があったから。

 

 

 しかも、その2つだけじゃないのだとしたら?

 

 

 カフカさんが街中に糸を張り巡らし、SAMがカメラ諸々を焼いた。あの人間災害である2人が先に銀狼を見つけていたら、かくれんぼどころじゃ済まなかった。

 

 だからあの2人から遠ざける必要があり、事実、2人ともすぐにあの場からは離れる形で行動を開始した。

 

 それは——エリオがそこにいたからだ。

 

 つまりあいつは、動かないことで、俺たちに必要なプロセスを踏ませていた。

 

 そして今も——スタートであり、ゴールでもあった地点で、待っているはずだ。

 

 

 

 

 

「……あんのクソ猫ォ……」

 

 

 

 

 スマホをスリープにする。

 

 

 

(せい)、走るぞ。戻る」

 

「もどるの? どこに?」

 

「最初の場所。エリオんとこだ」

 

 (せい)がきょとんとして、それからにっと笑った。

 

「——うん!」

 

 

 

 

 

 それはもう走った。全力で走った。

 

 

 

 

 

 パンクロードのネオンが流れる。看板が飛ぶ。屋台の(にお)いが(かす)めて消える。謎ヌードルうまそうだななんて思う。カウントダウンの数字がディスプレイの端で減り続けている。

 

 

 残り——10分。

 

 

 スタート地点の広場に飛び込んだ。

 

 エリオは——いた。

 

 最初と同じベンチの上に、同じ姿勢で、ちょこんと座っていた。まるで1ミリも動いていないかのように。

 

 息を切らせて立ち止まる俺を、ブルーの目が見上げた。

 

「——がんばったみたいだね。おかえり」

 

 待っていたと言わんばかりだった。

 

「エリオ、お前——最初から」

 

「さあ、何のことかな」

 

 とぼける。いつも通りだ。だが、猫はベンチから降りて、くるりとこちらに背を向けた。

 

 しっぽが、ゆるく持ち上がる。

 

「——それじゃあ、行こうか」

 

 しっぽの先が、示す方向。

 

 広場の隅。ネオンの光がかろうじて届く場所に、ぽつんと建っている小さな店があった。

 

 看板の文字は半分消えかけていて、窓から漏れる光はやたらと黄色くて、外壁のペンキは何年前に塗ったのか見当もつかない。

 

 

 ファーストフード店だ。

 

 

「……あれか」

 

 

 エリオが先に歩き出す。俺と(せい)がその後を追う。

 

 店のドアを押し開けると、客もおろか店員すらも見当たらなかった。

 

 あるのは、こびりついてるらしい揚げ物の油の(にお)いと、どこか(なつ)かしいような古びた空気。

 

 一歩ずつ踏み込んでいけば、カウンターの奥に、下りの階段がある。

 

 薄暗い。

 

 コンクリートの壁。蛍光灯の光がちらちらと(またた)いている。

 

 ——チームルームと、同じだ。

 

(せい)——ここで待ってろ」

 

「え、なんで」

 

「何も言わずに来ちまってるからな。カフカさんとホタルをここに呼んでくれ」

 

 (せい)がむっとした顔をしたが、「頼む」と一言添えると、しぶしぶカウンターチェアに座って、自分のスマホをポチポチし始めた。

 

 エリオはといえば——すでに姿を消していた。おそらく下に向かったんだろう。

 

 

 

 俺は急ぎ、階段を降りていく。

 

 

 

 

 

 

    *    *    *

 

 

 

 

 

 モニターは、もうほとんど残っていなかった。

 

 地下室の薄暗がりの中、銀狼は最後のホログラムモニターを閉じた。開けておいたところで、映るものがもうない。

 

 椅子の上で(ひざ)を抱える。

 

 筐体(きょうたい)の電子音が、かすかに鳴っている。この地下室にずっと前からある、古い筐体たち。画面は焼きついて色が()せて、ボタンはすり減って文字が読めない。

 

 これだから実物(リアル)は困る。どんなにメンテして、大切に扱おうと、いつか寿命が来てしまう。

 

 壁はコンクリートがさらされてて、天井の蛍光灯はチカチカうざったい。蜘蛛(くも)の巣は相変わらず縄張りを拡張し続け、ネズミもたぶん、まだどこかで運動会の準備をしていることだろう

 

 何も変わらない。ずっと前から、何も。

 

 ゲームの中のチームルームを書き換えてからログアウトした。

 

 あの壁と天井を見せれば——あいつなら、わかる。と思う。

 

 わかるはず。

 

 ……わかんなかったら、ちょっと怒る。結構怒る。かもしれない。

 

 

 

 

 

 ——思えば、最初からスリルのあるゲームだった。

 

 

 

 

 

 スタート地点を、わざとこの店の近くに設定した。あいつがたどり着けるように。でもそれは同時に、最初の一歩でバレるリスクを抱えるということでもあった。

 

 実際——ひやりとした瞬間があった。あの黒猫だ。かくれんぼが始まった直後、ベンチに座ったまま動かなかった猫。

 

「ここで待ってるよ」——そんな言葉をモニター越しに聞いた時、一瞬、背筋が冷えた。

 

 ——まさか、気づいてるのかな。この場所に。

 

 だが、猫はそれきり動かなかった。

 

 ベンチの上で丸くなって、あくびをして、目を閉じて。何もしてこなかった。

 

 目的は読めなかったが、実害がない以上、捨て置いた。SAMの方がよっぽど差し迫った脅威だったし。

 

 

 ——カウントダウンは残り何分だろう。

 

 

 モニターを全部閉じたから、もう確認する手段がない。時間の感覚が曖昧(あいまい)になっていく。

 

 

 膝に顔を(うず)める。

 

 

 

 

 

 ——来るかな。

 

 

 

 

 

 来なかったら。

 

 

 

 

 来なかったら——別に、

 

 それはそれで。私の勝ちだ。「面白いもの探しに行こう」の条件が発動するだけだ。別に承諾ももらってないけど、いつも強引なんだからたまにはこっちの強引にも付き合うべきだ。

 

 そしたら、あいつと2人で。おそらく死ぬ気で他のメンバも追いかけてくるだろうけど、それはそれで、悪くない。きっと楽しい。

 

 

 

 でも。

 

 

 どうだろう。

 

 

 ひょっとしたら、もっと、もっと楽しい——

 

 

 

 

「——?」

 

 気配。

 

 それも、いつからあったのかわからない希薄(きはく)な気配。

 

 膝から顔を上げた瞬間、視界の端に——黒い影が映った。

 

 筐体(きょうたい)の上。

 

 黒猫が、前肢(あし)を揃えて座っていた。

 

 銀狼は椅子から飛び上がりかけた。モニターを全部閉じた今、この地下室に入ってきた人間——いや、猫を検知する手段はない。でもそれ以前に、足音すらなかった。

 

「——いつからいたの」

 

 声が(とが)る。警戒が滲む。

 

 同時に思う。

 

 

 ——ゲームオーバー、か。

 

 

「つい今し方だよ」

 

 猫がのんびり答える。目を細めて、首を掻いていた。

 

 

「……どうやって入ったの——」

 

「上の店の入口から、階段を降りてきたのさ」

 

「…………」

 

 

 そういうことじゃないっての。と、銀狼の目が細まる。

 

 

 この猫——世にも奇妙な喋る黒猫は、あのチームの黒幕だ。ベンチに座って動かなかった、あの猫。得体が知れないのは最初から感じていた。

 

 それが、今、目の前にいる。

 

「見つけたなら——そう言えば? あなたたちの勝ちでしょ」

 

「いいえ。ぼくはエリオ。ただのしがない猫だからね」

 

「は?」

 

「つまり、ぼくはただの脚本家(うらかた)ってことさ。勝ち負けには関係ない。だけど見届けにきたんだ。——久し振りに彼のね」

 

 エリオは目を閉じたまま、喉をゴロゴロ鳴らし始めた。筐体(きょうたい)の上で丸くなる姿は、本当にただの猫にしか見えない。

 

 銀狼は椅子に座り直した。

 

 警戒は解かない。でも——この猫が何かをする気配はなかった。宣言通り、ただここにいるだけとしか思えなかった。

 

 見届けに来た、と言った。何を?

 

 ……たぶん——あいつが来るのを。

 

 

 

 自分と同じように。ここで、待ってる。

 

 

 

「——ほら、」

 

 

 

 

 

 

 足音。

 

 階段を降りてくる足音。1人分。

 

 ボロい階段なんだから少しは(いたわ)ってやろうという思いを全く感じない。駆け降りてる。段を2つ飛ばしにしてる。

 

 ——知ってる。いかにもこんな足音を立てそうなヤツを、知ってる。

 

 銀狼は膝を抱えたまま、階段の方を見た。

 

 蛍光灯の明滅する薄暗い階段の奥から、影が現れる。

 

 息を切らせている。汗だくだ。さぞかし走り回ったんだろう、この街中を。ネオンの残光が髪にまだ残っているような印象すらある。

 

 そして——初めて、画面越しじゃない、生身の目が合った。そして、

 

 

 

 

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 

 

 

 

 薄暗い階段を駆け降りた先に——その場所があった。

 

 コンクリの壁。半分切れた蛍光灯。古いゲーム筐体(きょうたい)が並んだ、狭い地下室。

 

 いやチームルーム、まんまだな……これ。

 

 この大して広くもねー、薄暗い室内が——あいつにとっての例のゲーセンであり、現実(リアル)ってことか。

 

 ついつい不躾(ぶしつけ)に部屋中を見回していると、壁際のレトロゲーの筐体(きょうたい)の上で、姿の見当たらなかったエリオが丸くなっていた。目を閉じたまま、尻尾だけがゆらりと揺れた。

 

 そして——椅子の上で膝を抱えた、小さな影。

 

 初めて見る、銀狼の実物。

 

 画面の中のアバターでもなく、監視カメラの映像でもなく、モニター越しの文字列でもない。

 

 銀色の髪をポニーテールにし、束ねるリボンはまるでウサギの耳だ。気だるそうな目。小生意気そうな顔は想像していたよりも若く、思ったより——ずっと、小さい。

 

 まぁ、でもそんなことは些末(さまつ)なことだ。お約束である以上、これを言わないといけない。

 

 

 

 

「————銀狼、見ーーーっけ」

 

 

 

 銀狼は膝を抱えたまま、こちらを見上げて——

 

 

 

「……おっそ」

 

 

 

 声が、震えていないことを確かめるみたいに、ぶっきらぼうに。

 

 

 

 ——おっそ。

 

 さっきゲームの中でも言ってた。「おっっっっっっそ」。

 

 もっと前のメッセージでも、「おそい」。

 

 全部、同じ言葉。同じ意味。

 

 それはすなわち、こう言いたかったんだ。

 

 

 

 ——ずっと、待ってた。

 

 

 

「まぁそう言うなよ。リアルじゃ、はじめましてだろ。——よう、俺がゼインちゃんです」

 

 フンと鼻を鳴らす銀狼の前に立ち、息を整える。

 

 

「あー、お前に2、……いやもう3でいいわ。借りあっけどさ」

 

 

 はるばる、ここまで来たんだ、伝えなきゃいけないことがある。

 

 

「どうやって返すか。ぶっちゃけ——迷っててさ」

 

「…………」

 

 何を言ってるのかと怪訝(けげん)そうに銀狼が目を細める。

 

 

 

「でもま、どっかのクソ猫のおかげで? 走り回ってるうちに、1つ思い浮かんだワケだ」

 

 

 

 こいつの言語で。こいつに響く言い方で。

 

 

 銀狼は退屈が嫌いだ。面白いことが好きだ。

 

 

 でも、その裏にあるのは——1人になりたくない、っていう、絶対に口にしない気持ちだ。

 

 

 だから、あいつが「面白い」と思えるように言ってやんねーといけねぇわな。

 

 

 

 

 だったら——

 

 

 

 

 

 人差し指を突きつけて、

 

 

 

 

 こう言うしかねーだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「俺がお前の人生から

  ”退屈” の2文字、消してやる。

 

 だから、

 

 仲間になってくれよ、銀狼、

 

 

 —— 一緒に、この宇宙を

 "終焉(しゅうえん)"の運命から救いにいこうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 止まった時間が、ゆっくりと動き出し、

 

 

 

 

 

 

 

 銀狼の目が——丸くなった。

 

 膝を抱えた手が、ほどけた。

 

 

 そして、

 

 

 

 ——震える声が絞り出される。

 

 

 

「……なにそれ。

 

 

 ——ずっっる、……反則じゃん」

 

 

「お前らしいだろ? これがチートだ、チート」

 

「……本当は、……そんなこと、……しようとしてたんだ」

 

 

 声が、さっきとは違う。さっきまでのどこかトゲのある声じゃなくて、もっと——柔らかい。目がきらきらしている。

 

 筐体(きょうたい)の画面の明滅が、その瞳に反射して、ゲームのエフェクトみたいに光っている。

 

「断れるわけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——めちゃくちゃ、面白そうじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——笑った。

 

 ようやく、銀狼が、心の底から笑った。

 

 グラモスの時からずっと聞こえていた声は、不敵だったり苛立ってたり焦ってたり、込められていたのはそんなニュアンスばっかだった。きっと表情も相応だったはずだ。

 

 

 でも今、目の前にある現実(リアル)の顔は——そのどれとも違う。

 

 

 椅子から降りる。膝を抱えていた体が伸びて、それでも、ずっと小さい背丈が銀狼の全部だった。

 

 

「しょーがない、貸しはチャラにしてあ——」

 

 

 そこに——ドタドタと、品のない足音が階段を降りてくる。

 

 

「ゼイン! 見つかったの!?」

 

 

 ホタルの声。SAMを解除し、普段の姿に戻っていた。

 

 

「——へぇ、ほんとにおチビちゃんね?」

 

 

 カフカさんが、紫の髪や羽織ったコートに白く付着した、ビルを斬った名残であるコンクリートの粉塵を払いながら姿を現す。

 

 

「おーぎんろー! 見ーつけた!」

 

 

 (せい)が飛び降りるように階段を降りてきて、銀狼の顔をまじまじと見つめる。

 

 

「ちっさ」

 

「うるさ。大してかわんないじゃん」

 

「ちっちっち、ぽてんしゃるがちがう」

 

 銀狼がジト目で返す。指を振りながら(せい)は「むふー」と勝ち誇ったように笑う。

 

 

 全員が狭苦しい地下室に揃っちまった。

 

 

 6人。——いや、人間5人と猫1匹。

 

 

 銀狼が、その全員をゆっくりと見回した。カフカさん。ホタル。(せい)。エリオ。そして俺。

 

 

「なんか思ってたけど……このパーティ、重くない?」

 

「おま、初対面で何言ってんの」

 

「だって——」

 

 銀狼の目がカフカで止まる。

 

「このおば——」

 

 

 俺の手が銀狼の口を塞いだ。光よりも速い危機回避だった。

 

「それ以上はマジでやめとけ。俺も許さんし、命に関わる」

 

 遅かった。

 

 カフカさんの目が三日月(みかづき)型に細まっている。笑顔ではある。笑顔ではあるが、温度が絶対零度に向かって急降下しているのが肌でわかる。

 

 

「——ポチくん」

 

「はいっ」

 

「その子、ちゃんとしつけてあげて?」

 

「は、はいっ! かしこまです!!」

 

 有無を言わさぬ笑顔だった。この顔に逆らえる存在を、俺はまだ知らない。

 

「おい、銀狼。お前、おばさんって言ったこと謝れ。今すぐ。マジで」

 

「は? なんで。事実じゃ——」

 

「ざけんな。いいか、よく見ろ。この美しさ。——うわぁ、まぶしくて見えないっ——わかったろ? カフカさんはな、おばさんなんかじゃねーんだよ。いったんそのお目々クリーニング出してこい。おねーさんなの。だから、おばさん呼ばわりしたことを今すぐ——」

 

——ポチくん?

 

「お待ちください、今しつけてますんで——」

 

 

 あれれー、なんか首に糸が巻き付いてるぞ???

 右手、左手、右モモ、左モモも糸がスタンバってるぞ???

 

 

「あ、いやあのですねカフカさん、俺のはその、文脈として——」

 

「ええ、わかってるわ。だからポチくんは後。先に——」

 

 

 カフカさんが一歩、前に出た。

 

 銀狼を見下ろす。

 

 対面してのさすがの迫力に、銀狼も、たじろぎ、

 

 

「な、なに……」

 

「——()()()。今からキミは1週間、猫ちゃん口調で(しゃべ)りなさい」

 

 で、出たー、カフカさんの言霊(ことだま)だぁ。

 

 銀狼の目が点になった。

 

「はぁ!? なんで猫!? (おおかみ)って犬なんだけど——ニャン

 

 口を押さえた。自分の口から出た語尾に、銀狼自身が一番驚いている。

 

「に、ニャ——いや、だから——ニャ……」

 

 抵抗するたびに「ニャン」が漏れる。エーテルなんちゃらで現実を書き換えられるはずのハッカーが、自分の口だけは書き換えられなさそうですよ、奥さん。

 

「——ぷっ」

 

 最初に吹き出したのは(せい)だった。

 

「ぎんろー、かわいい」

 

「かわいくないニャン!!」

 

「ぷっ、……ごめ、あは、あははっ」

 

 ホタルが両手で口を押さえながら笑い出す。珍しくツボったらしい。

 

「わ、笑うなニャ——だから——ニャァァ!!」

 

「いい薬ね。うちはちょっと犬が増え過ぎてるの。エリオもさみしがっちゃうから、キミはしばらく猫ね」

 

 カフカさんだけが涼しい顔をしている。完璧な勝者の笑顔だった。つ、つよい。でもそこが好きぇ〜〜〜。

 

 銀狼が真っ赤になってこちらを(にら)む。

 

「ゼインのせいだニャ」

 

「すまんニャ——って”ぇ”ぇ”ッ、何すんじゃ!!」

 

 鋭すぎるボディブローが俺の脇腹に炸裂してた。ハッカーが物理技使うな。

 

「……これ、マジで1週間続くニャ?」

 

「我慢しろ、マジで続くと思うよ。まぁでも終わったらカフ検5級をやろう」

 

 カフ(どう)言霊(ことだま)を食らうところから始まる。

 

「意味わかんニャイ……最悪ニャン」

 

 地下室に笑い声が響く。

 

 コンクリートの壁に反射して、蛍光灯がジジと唸る音と混じる。古い筐体(きょうたい)の画面がちらちらと明滅する中で、5人がそれぞれ笑って、怒って、文句を言い合っている。

 

 筐体(きょうたい)の上で目を閉じていたエリオが、ゆっくりと立ち上がった。

 

 ブルーの目が、地下室を、そして俺たちを一巡する。

 

 尻尾がゆるく揺れて、

 

 

 

「よろしくね、銀狼。

 

 ——じゃあ、帰ろうか」

 

 

 

 猫が先に階段を上がっていく。

 

 その後を、5人が追う。

 

 階段を上がり、揚げ物の匂いが(ただよ)う店内を抜け、ドアを押し開ければ、

 

 ——パンクロードのネオンが、一斉に目に飛び込んでくる。

 

 

 

 巨大ディスプレイのカウントダウンは——00:47で、止まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーイ、みんな、おれ、ゼイン!

 

 運命を『視る』ことのできる

 不思議な黒猫エリオと、

 元殺し屋な超美人カフカさんに、

 ある日出会ってしまってから

 俺の平凡な日常は一変!

 

 ”終焉”の運命から宇宙を救う(笑)ため、

 星核ハンターになっちまった!

 

 あれから、(せい)にホタル、銀狼と、

 頼もしい仲間も増えたけど、

 相も変わらず一歩間違えたら死にかねない

 危険なハンター業の日々。

 

 でも、

 

 

 俺は——

 

 

 

 俺は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——おい、馬鹿弟子!!

 何をぶつくさ言っている。

 我はもう待ちくたびれたぞ!」

「はァい、ただいまァ!!!!」

 

 

 

 

 俺は——、

 

 腹ぺこな先生のために、アホみたいな火力を前に、

 クッソ重たい鉄鍋(てつなべ)を振るって、

 

 

 

 元気に炒飯(チャーハン)を作っています!

 

 

 

 塩気(しおけ)って、涙でもいいかな——?

 

 

 

 

 どうしてこうなったかというと、まぁ話せば長くなるんだけどよ——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be continued in the next episode...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




<あとがき>



そんなこんなで銀狼加入編という感じで、短編ぐらいのボリュームになってました。
あっさり終わるとは……気が付けばこっさり、いやこってりでしたわ。でも、SAM vs 銀狼はやりたかったので仕方ないね。
てか銀狼はんLv999前にやることになるとは……世の中のタイミングは難しい! おのれホヨバース、オレァクサムヲ……

原作では加入が末っ子な銀狼はんですが、この世界線では末っ子をまぬがれたようでおめでとう。よかったね、もう1人じゃないぞ! これでますます”ねぐら”はワチャワチャしてきそうでつね。⇒出力80%
てか湿度大丈夫そ? ミストサウナ化してない? アテシ心配……。ま、まぁ大丈夫やろ!!ガハハ。助けて(せい)さーん!

はい、読者諸賢、気づけば50話超えてました。え……もうそんなに……。
毎度ここまでお付き合いありがとうごぜぇます。

次章は、みんな大好きあのキャラやら、いい加減出さんかいというあのキャラやらが続々登場するとかしないとか……どうなるんだこれ、読めねー。ただジャンルは決まってるんだ、うん。



ルキンフォー・エムはSF少女——



                               來馬らんぶ
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