ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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4.Episode of "E"
#48 ”魔女達のお茶会”


「だぁーー、もう、クソ、ご主人様の言うこと聞けや!」

 

 

 パルサーエッジくんとノヴァイレイザーちゃん。それぞれの(つか)や銃身をがちゃがちゃいじりながら、俺はブリーフィングルームの椅子の上であぐらをかいていた。

 

 

 

 シロッカから戻ってはや2ヶ月くらい、——こいつらの調子がすこぶる悪い。

 

 

 

 まずパルくんの方だが、そもそも起動できるかが運任せになっている。おまけに振り抜いたときの重心が内部で動き、カチカチという異音がする。致命的ってほどじゃないが、武器の微妙な違和感ってのは存外気持ちが悪い。歯の裏側にずっと何か挟まってるような、あの感じに近い。

 

 柄頭(つかがしら)のあたりを掌底(しょうてい)で叩いてみる。スイッチを押してみれど、うんともすんとも言わない。舌打ちしつつ、10回ぐらい押してようやく、光刃がブゥンと音を立てて伸びた——が、以前と比べて輝きが暗いのとチラつきが半端ない。風前(ふうぜん)灯火感(ともしびかん)が凄い。

 

 シロッカで星嘯(せいしょう)とやり合ったとき、限界ギリギリまで酷使したのがまずかったのか。

 

 俺の身体ならA.R.P.(アープ)が勝手に直してくれるが、武器はそうもいかない。

 

 一度切って、再度スイッチを連打。

 

 ——やっぱりチラつく。

 

 ノイちゃんもノイちゃんで、鈍器(どんき)と盾代わりにブン回したのがよくなかった。試しに銃身を展開してみると、途中で引っかかってギギギ、ガコンッと変な音がする。大丈夫なんこれ? なんか適応してない? てか完全に展開しきるまでのなめらかさが死んでいる。冷却装置の排気口も数カ所凹んでいて、これで撃ったら冷却が追いつかずに爆発しかねない。

 

 

「はぁ……どうすっかな」

 

 

 お手上げだ。天才(ガイキチ)製の遺物を素人である俺の手先でどうにかできるわけもない。

 

 にしたって、今の俺得物(えもの)なしなんだけど、どーすんだよ……星嘯(せいしょう)ん時の戦いで身にしみたが、俺ももっと真面目に武器の扱い方もそうだし、戦い方とか色々学ばねーといけねぇな……これまで我流(がりゅう)でどうにかこうにかやってきたけど頭打ちがとうとう来てしまった印象だ。

 

 根本的にレベルアップしねーと、……もう二度とゴメンだが、また絶滅大君(ぜつめつたいくん)クラスと対峙(たいじ)しちまったら奇跡に期待するしかねーべ。

 

 ため息は止まらなかった。

 

 大天才のルアン姉ちゃんにでも、諸々を相談でもしてみるか、と思ったところで、

 

 

 ぴこん、とチャットの通知音。

 

 

 差出人を見て、俺は姿勢を正す。

 

 ルアン姉ちゃんだ。

 

 わぁい、ゼインうれしい! 何このシンクロニシティ。噂をすればってレベルじゃねーぞ。念じたら来た。テレパシーか。見えない何かで結ばれた絆ってやつでしょうかね。

 

 光の速さでメッセージを開く。

 

 


 ——お茶会のお誘い。近況を聞きたいので、お時間があれば、弊ラボまでいらしてください。


 

 

 ——と文面こそ丁寧だが、必要最低限のことしか書かれていない。相変わらずルアン姉ちゃんてばサービス精神のカケラもないところがシビれる憧れる……、「お時間があれば」なんて、ある。あるに決まってる。

 

 年上の美人からのお誘いに対して俺の予定は常に空白だ。宇宙の真理のひとつとして教科書に載せてほしい。

 

 パルサーエッジを脇に置いて、返信の文面を打ち始める。

 

 

 ——喜んで伺います!

 

 

 いや待て、あめーよ。

 

 即レスは軽い男だと思われる。3分くらい置いてからの方が大人の余裕が出るか? いやいや、逆に。既読スルーだと思われたらまずい。特にルアン姉ちゃんみたいなお忙しい人は、返信がないとそのまま忘れてしまいかねない。

 

 

 ——ぜひ! いつでも大丈夫です!

 

 

 ダメだ。「いつでも大丈夫」は暇人のセリフだ。事実、ここんとこ、わりと暇なのだが、事実と見栄は別問題だ。

 

 結局3パターンくらい打っては消してを繰り返し、最終的に出来上がった文面は、

 

 

 ——お誘いありがとうございます。ぜひ伺わせてください。

 

 

 最初に思いついたやつとほぼ同じじゃねーか。この10分を返してほしい。

 

 送信。

 

 

 さーて。

 

 

 行くと決まれば、次の問題はひとつ——いや、正確には4つだ。これはトリビアなんですけど、この宇宙で最も恐ろしい4つの生物が、今このねぐらに暮らしてまーす。これを四星獣(しせいじゅう)と呼称したい。

 

 まず東の青龍——カフカさん。糸一本で人間の首を()ねちゃう美女の怒りは、大嵐(おおあらし)のごとく全てを薙ぎ払う。龍に逆鱗(げきりん)があるように、カフカさんにも「不機嫌スイッチ」という逆鱗がある。触れたら最後、問答無用の即死だ。まさに龍!

 

 次に西の白虎——(せい)。嗅覚が犬並み、いや虎並みのこのおチビは、事あるごとに俺に鼻をスンスンさせながら近寄ってくるせいで、教育に悪い変なことが迂闊(うかつ)にできません! 獲物の匂いを逃さない猛獣。しかも最近なんか身長伸び出してきててこえーよ。成長力!

 

 北の玄武——ホタル。堅い守りの亀よろしく、ホタルはあの無邪気な笑顔と目で「ゼイン、どこ行くの?」って聞かれると嘘がつけねー。攻撃力は皆無のくせに防御が固すぎて突破不可能。自覚もねーし、ある意味いちばんタチが悪い!

 

 そして南の朱雀——銀狼。先日加入したばかりだが、ゲーマーのくせに妙に観察力が鋭いスーパーハカー。炎の鳥のごとくどこからでもネットワーク経由で飛んでくる。俺の行動履歴もブラウザの履歴も丸裸だぞ! やめてくださいマジで!

 

 

 どうよこれ。東西南北、逃げ場がない。

 

 

 思ったけど、ここのところ、俺の行動に対する締め付けが激しすぎません? 現実もネットも行き場がないなんてあんまりだよ。

 

 てか食材とか消耗品の買い出しまで、みんなで行くのおかしくない? カフカさんだけにしてくれよ。あともっと言うと、メシ作るのは俺でいいけど、必要なもんメモして渡すから行ってきてほしいんだけど。

 

 シロッカ後に、処刑台へと送られ、むごたらしい惨劇から身体の傷は癒えても、心の傷は癒えていない。ここで「きれいなお姉さんのところに行ってきまーす」などと宣言すれば、今度こそ本当に絞め殺される。

 

 

 ……脱出ルートを考えなければ。

 

 

 プランA——こっそり出る。だが、この狭いねぐらかつ警戒度の上がった昨今で「こっそり」が通用するとは思えない。トイレにこもって15分席を外しただけで(せい)に大捜索をかけられたくらいだ。”絶望”の絶滅大君であるポンポンペインと戦っているときくらい一人にさせてくれ。

 

 プランB——正直に言う。「ルアン姉ちゃんのところにお茶会に行ってくる」。年上の美人。お茶会。……いや、だからダメだって。カフカさんのオーラが氷点下を突破して、俺だったモノがバラバラになっている光景しか目に浮かばない。

 

 プランC——

 

「ゼイン」

 

 プランCを思いつく前に、ブリーフィングルームの入口から黒猫が一匹姿を現した。音もなく歩いてくるエリオに、俺は条件反射でスマホを背中に隠す。

 

「ゼイン——ちょうど話したいことがあったんだ」

 

「あん? どした」

 

「すぐに行ってもらいたい場所があってね」

 

「はァ?? マージかよ……俺出かけようと思ってたんだけど」

 

 最悪過ぎる。そういうのはルアン姉ちゃんにメッセを返す前に言えよな。やべぇどうしよう、送信取り消し間に合うかなぁ……とうなだれていると、

 

 

 

「——天才クラブのルアン・メェイの所に向かってもらいたい」

 

 

 

 ガバッと顔を上げる。

 

「えっ、えっ?」

 

 にわかには信じられず、身を乗り出してマジマジとエリオを見つめてしまう。

 

「行っておいで。——カフカくんには、ぼくから話しておくから」

 

「マジで? ボス……俺、ここまでアンタを信じて、ついてきて良かったっす」

 

 身を乗り出して、くねくねする俺を、エリオが肉球を見せて制する。

 

「うん。脚本の都合でゼインには出かけてもらう必要がある——って言えば、カフカくんは納得するよ」

 

 脚本。

 

 その一言で、俺の脳が冷える。

 

 

 えぇ……、——どういうつもりだ? 行かなきゃいけないってことか……?

 

 

 エリオが「脚本」という単語を使うとき、そこには必ず計算がある。

 

 その証拠に、これまでのどの行動においても、振り返ってみれば意味があるものばかりだった。だからこそ、俺たちはエリオをボスとして信用し従うし、あのカフカさんですらも個人の感情より「脚本」を優先するし、もはやそれが星核ハンターのルールとなっている。

 

 逆に言えば、脚本に関係ないただのお茶会だったら、カフカさんはやはり普通にキレるんですかね。やーん、こわーい。

 

「……このお茶会も脚本なのかよ?」

 

「さぁ、どうだろうね。未来はデリケートなんだ」

 

 いつもの言葉ではぐらかされた。導きはするものの下手に未来を確定させないよう、こんな調子なのは、まぁ今となっては慣れたことだが。

 

「せっかく参加するなら——手土産(てみやげ)でも持っていった方がいいと思うよ」

 

「ほう……たしかにな」

 

 ルアン姉ちゃんにはロビンの件もあったことだし、お礼もかねてポイントを稼いでおくに越したことはないだろう。珍しくエリオにしては素直にいいことを言う。

 

 何にしようかなー、ルアン姉ちゃん梅が好きだから、梅と海苔の挟み焼き+梅ジャムパイでも買ってくか。

 

「はい、これ」

 

 エリオは卓の上まで上がってくると、(くわ)えてきた小さなデータチップを、俺の前にぽとりと落とす。

 

 つまんでみれば、爪の先ほどのちっぽけなチップだ。

 

「何ぞ、これ」

 

「手土産」

 

「いや、だから中身」

 

「渡せばわかるよ」

 

 黒猫の顔に笑みの概念を当てはめること自体が間違いなのかもしれないが、エリオの表情はいつだって飄々(ひょうひょう)としていて、裏にあるものは絶対に読ませてくれない。

 

「これが本当の目的かよ……まーたロクでもねぇもんだろ……」

 

「とんでもない。とても価値があるものだよ。きっと向こうも喜ぶと思うな」

 

 まぁいい……背に腹はかえられない。とりあえずお茶会に行けるんだったら、多少の面倒は飲み込もう。

 

 俺がチップをポケットにねじ込むと、

 

「——あと、もうひとつ。カフカくんにも別の仕事を頼むつもりなんだ。これも脚本に関わることでね」

 

「別の仕事?」

 

「記憶の庭園にコンタクトを取ってもらう」

 

 記憶の庭園——ガーデンオブリコレクション。名前くらいは知っている。

 

 ”記憶”の運命に属する、宇宙規模の情報組織だ。対応する星神(アイオーン)浮黎(ふり)は万物を記憶し永久にその姿を留め、生き証人であろうとしているらしいとかなんとか。

 

 んで、そんな浮黎(ふり)崇拝(すうはい)し、()啓示(けいじ)に従うというこれまた謎の多い、——早い話が得体の知れない連中だ。

 

「なんでまた、んなとこに」

 

追々(おいおい)わかるよ」

 

 ったく、これだよ。どこまでが脚本で、どこからがこのぬこの気まぐれなのか。エリオと話していると境目がわからなくなる。

 

 そのあたりで、廊下の奥からブーツのヒール由来と思しきコツコツという足音がした。

 

 コートの裾を揺らしながら、室内に入ってきたカフカさんに、エリオが振り向く。

 

「カフカくん。少し話があるんだ」

 

「——私に?」

 

「うん。2つあってね。ひとつは、ゼインを今日外に出す。脚本の都合でね」

 

 ……おい、俺はペットか何かか。放牧(ほうぼく)みたいに言うな。せめて仮釈放(かりしゃくほう)にしろ。

 

 カフカさんの視線が、ちらりと俺を捉える。

 

 そのジト目が「どこに」と問うているのは明らかだが、エリオは答えない。俺も縮こまって人差し指を合わせるくらいしかできない。えっと、えっとぉ……。

 

 カフカさんもそれ以上追及しなかった。脚本と言われた以上、従うようだが……、

 

 ——あーあーあー目を合わせてくれなくなっちゃったよ。腕組んだまま、ぷいってそっぽ向いちゃった。

 

「もうひとつは、カフカくん自身に仕事を頼みたい。記憶の庭園(ガーデンオブリコレクション)にコンタクトを取ってもらいたい」

 

 カフカさんの目が、(いぶか)しげに細まる。

 

「……記憶の庭園に?」

 

「そう。できれば早めに」

 

「理由は?」

 

「追々わかるよ」

 

 まったく同じ文句かつ返事を俺にもカフカさんにもしている。この猫、効率だけはいいんだよなぁ。

 

 カフカさんは数秒の沈黙のあと、小さくため息をついた。

 

「……わかったわ。了解」

 

 踵を返してブリーフィングルームを出ていきかけて——振り向く。

 

 俺の元へと歩み寄ってくると——

 

「いでででで!!!」

 

 思い切り、俺の左胸をつねった。

 

 そして、何も言わず出て行ってしまった。

 

 

 

 カフカさんの足音が遠ざかっていく。

 

 エリオのブルーの瞳が俺に向き、

 

「上手くいっただろう? ——頑張ってね」

 

「おいどこが上手くいってんだよ……」

 

 つねられた胸元をさすりつつ、恨めしげに言うと、

 

 ミャウと、肯定なのか否定なのか全くわからない鳴き声だけを残し、しっぽを翻すとエリオもまた去って行った。

 

 ブリーフィングルームに静寂が戻って——俺は椅子の背もたれに体重を預け、天を仰ぐ。

 

「……どうっすっべ。梅ジャムパイ、カフカさんの分も買ってお土産にするか……」

 

 微ダメージで突破は出来たものの、カフカさんのご機嫌を損ねてしまったのでフォローは必須だ……帰ってきたらどうせタトゥーを見せないといけねぇし、土下座(ゲザ)って誠意をアピールするしかねぇな。

 

 さて、と思い直して立ち上がったところで、また違うゆっくりとした足音が近づいてきた。

 

 開くか? と思ったタイミングから遅れること、数拍。

 

 ようやく入口が開き、

 

「——あ……、」

 

 ホタルだった。こいつも俺を探していたんだろうか。ようやく見つけたと言わんばかりに笑みを浮かべるも、……どこか強張(こわば)っている。

 

「ゼイ——あう……」

 

 近寄って、ホタルの(ひたい)にぺたりと手を当て、次いで自分の(ひたい)に手を戻す。

 

「……微熱あんな。今日はおとなしくしてろ」

 

「……ど、どうして?」

 

 気づいたの? とばつが悪そうな顔をしてるので、

 

「なんか顔色わりいし、いつもの雰囲気と違う」

 

「えっ、……そ、んなことないよ? 大丈夫、だよ?」

 

 古今東西、大丈夫と言う人間が本当に大丈夫だった試しがない。その上、嘘が下手くそなことに定評のあるホタルさんだ。

 

 例の……ロストエントロピー症候群にまつわる症状が今日はあるんだろう。時々、発作(ほっさ)のように身体にしびれなどが発生するらしく、その際に動きがぎこちなくなってしまうとは本人の弁だったが……どうにもそれだけじゃないと思える。

 

「でも……、あ、出かける、の? わた——」

 

 人差し指でその口を押さえる。

 

 連れてくわけねーだろうが。今のその状態で。

 

「でももクソもねーよ。いいから。ちっと脚本の件で、人に会いに行くだけだ。済んだらすぐ帰ってくっからよ」

 

「……うん、ごめん……」

 

 消えそうなくらい小さな声だった。

 

 はぁ……こういう言い方をされると弱いんだよなー。

 

 ホタルも発作がない限りは基本的には元気だが、ふとしたときにこういう声を出す。身体の奥に抱えているものの重さが、意識のありなしを問わず、一瞬だけ外に漏れ出てしまうような、そんな声だ。

 

「まー心配すんな。帰ったらおかゆか、うどんでも作ってやるよ」

 

 ホタルの頭をぽんぽんと叩く。

 

「なんかあったらすぐチャットする。そんかわり、今日はちゃんと休め。約束」

 

 ホタルが何か言いたげに口を開きかけたが、入口が不意に開いて、(せい)がひょいと顔を出す。

 

 ちょっと前まで小学校入るか入らないかくらいだった見た目は、現時点で小学校の高学年くらいになっていた。……いや冷静にこの成長速度異常なんだけどさ。治癒速度異常な俺がいるからもう何も言えないのよ。この宇宙は不思議がいっぱいだわ。

 

 今でこそまだホタルが姉、(せい)が妹という、見た目は似てないが姉妹のように見える二人だが、このまま(せい)がどんどん成長したらどう見えるんだろう……いや考えても仕方ねーな。なんかこえーわ。

 

「ホタルー、ホラー映画見ようよ。銀狼からオススメの教えてもらった」

 

 体調悪いのにホラー映画見せる事に対してはやめたげてーと思わなくもないが、結果的にはベストアシストだ。なかなかどうして内面も一応は成長しているらしい。

 

 なおも迷っていた様子のホタルもやがて「うん……」と小さくうなずいて、(せい)に手を引かれていくのを見届ける。

 

 

「解放……か」

 

 

 誰もいなくなった部屋で独りごちてから、頭を振って、考えを捨てる。

 

 ——ホタルの……寿命のことは、今考えても仕方ねぇ。

 

 せめて、帰ったら消化の良い美味いもんでも作ってやろうと心に決めて、俺もブリーフィングルームを後にする。

 

 

 

 そして、宇宙艇へ乗り込む前に寄るところがあった。

 

 

 

 ——銀狼の部屋をノックすると、返事の代わりにドアが勝手にスライドした。

 

 薄暗い部屋にひしめき合っているマルチディスプレイの青白い画面が目に入り、その手前に小さい背中が目に入る。

 

 こちらを振り返らずに、ツイストガムを膨らましては(はじ)けさせて、やがて素っ気ない声が投げられる。

 

「何」

 

「俺、エリオに言われてちょっと今から出かけなきゃなんねーんだけど。——銀狼、悪ぃんだけどさ。留守の間、(せい)とホタルのこと頼めるか」

 

「……私、ベビーシッターじゃないんだけど」

 

「……ホタルが少し発作起こしてるのか微熱出してんだよ。カフカさんも外出するし、(せい)だけだと不安があってさ」

 

 銀狼がようやく振り返る。

 

「……ホタル、大丈夫なの」

 

 心配の色がにじんでいたので、頷きを返す。

 

「たぶんな。でも念のため、誰か見ててやってほしい」

 

 銀狼がちょっとだけ黙って、それから小さくため息をついた。

 

「はぁ……わかった。そのかわり貸し1ね」

 

「おう! 喜んで借りさせてもらいまーす」

 

「……今度はどれだけ溜まるんだか。で、どこ行くの」

 

「ちーと、人に会う用事だ。あ、言っとくけど脚本絡みだからな」

 

「ふうん。怪しい」

 

「怪しかねぇよ」

 

 こんなこと言ってる時点でかなり怪しいが、ここは押し通す。

 

「やー、ほんとありがとな。銀狼。お前が入ってくれて良かったよ」

 

「〜〜っ、あーもうミスった。とっとと行きなよ! はいはい行ってらっしゃい行ってらっしゃい!」

 

 急に怒りだした銀狼に追い出される。まぁとにかく引き受けてくれて助かった。

 

 

 ……なんとなくだけど、家族ってこんな感じなのかもしんねーな。

 

 

 なんて。

 

 宇宙艇に向かう廊下を歩み出しながら、俺はそんなことを思う。

 

 

 

 

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 

 

 

 

 ルアン姉ちゃんのラボは、宇宙の辺境にぽつんと浮かぶ小惑星をまるごと使っている。——こら不法占拠とか言うんじゃない。

 

 座標は秘匿(ひとく)。天才クラブ関係者以外でここにたどり着ける人間は、たぶん……片手で数えて余るくらいじゃねーかと思う。俺がその数少ないひとりに入っているのは、ルアン姉ちゃんに身体をいじって助けてもらった縁であり、これはまぁ率直に言って役得だ。

 

 宇宙艇のキャノピー越しに見える小惑星の表面は、灰色の岩肌——じゃない。

 

 

 緑だ。

 

 

 近づくにつれて、それが植生(しょくせい)だとわかる。小惑星の表面を覆い尽くすように(こけ)低木(ていぼく)がびっしりと張りついていて、その合間から白壁と灰色の瓦屋根がのぞいている。どう見ても宇宙空間にあっていいデザインじゃない。

 

 ど真ん中にある建屋(たてや)を中心に回廊と東屋(あずまや)が放射状に伸び、人工の小川(おがわ)がその(あいだ)()っている。水面が星の光を受けてちらちら輝いているのが、ここからでも見えた。

 

 中華風の庭園。——宇宙に浮かぶ、箱庭みたいな理想郷だ。

 

 初めてロビン連れて来たときは「マジすか?」と呆気に取られたが、2回目ともなると感想が変わる。

 

 おそらく——ルアン姉ちゃんは、自分の好きなものに囲まれていないと研究に集中できないタイプなんだな、と。天才の感性は常人の物差しでは測れんもんだ。

 

 着陸許可をもらい、指定されたスペースに宇宙艇を降ろす。エアロックを抜けると、湿った土と草の匂いが鼻腔(びこう)に入ってきた。空気の組成(そせい)まで地上を再現しているらしいが、()り性にもほどがある。

 

 石畳の小道(こみち)を歩いていくと、回廊の奥に見覚えのある茶室(ちゃしつ)がある。前回はここでルアン姉ちゃんにお茶を出してもらいながら、A.R.P.(アープ)の説明を受けた。9割意味がわからなかったが、ルアン姉ちゃんの顔を(なが)めていられたので結果オーライだった。ロビンの方から妙な圧が発生していたけど、そこはほら大人なんでスルーした。

 

 引き戸に手をかける。

 

「——失礼しまーす」

 

 開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、卓の向こうに座るルアン姉ちゃんの横顔だった。

 

 窓から差す光の中で、後頭部でまとめた髪が淡く光っている。手元には茶器。湯気がゆるやかに立ち上って、その向こうにルアン姉ちゃんの端正な顔が浮かんでいる。

 

 ふ、ふつくしい。

 

 いや、知ってた。知ってたけど、毎回こうなる。会うたびに「あれれ〜、こんなにきれいだったっけ」と思い直す。記憶が美化されていたのではなく、記憶が追いついていなかっただけだと気づく。なにそれ、何度でも楽しめてお得過ぎる。

 

 ちゅうかなんですか、今日服装と髪型いつもと違うんですけど。

 

 全体的に青緑(あおみどり)のチャイナドレスじゃなく、豊かな胸元が純白で包まれているドレスじゃ〜、あ〜りませんか。

 

 は、春めいている。心がぴょんぴょんしてきた。それでいて、相も変わらず、スリットから伸びるおみ足の美しさときたら——

 

 ——おい待て。鼻の下が伸びているのを自覚しろ。脳内(せい)でカーフキックだ。

 

 

「こんにちは、最高傑作さん。お久しぶりですね」

 

 

 ルアン姉ちゃんが微笑む。微笑むというか、表情の変化がとても控えめなので、唇の端がほんの数ミリ上がっただけなのだが、それが良い。俺じゃなきゃ見逃しちゃう!

 

 

「お招きいただきありがとうございます! いやールアン姉ちゃんもなんかイメチェンですか? 最高でっす。お美しすぎて意識失うかと思いました、——あ、これ、手土産(てみやげ)でーす」

 

 

 持参した包みを卓の上に並べて置く。中身は梅と海苔(のり)の挟み焼きと、梅ジャムパイ。てか、このおニューなドレスも梅の花の意匠(いしょう)が散りばめられてるし、本当に好きなのね。おほほ。

 

 更に、ミリ単位でルアン姉ちゃんが目を見開く。

 

「あり、がとうございます……」

 

 もう視点が梅ジャムパイで固定されちゃってます。こうかばつぐんすぎる。

 

 と、そこで俺も椅子に腰掛けようとして——息を()んだ。

 

 

 

 

 ルアン姉ちゃんの向かい側に——もうひとりいた。

 

 

 

 

 ——ど、どえりゃあ美人だ。さながら、ルアン姉ちゃんが東洋の神秘だとすれば、こちらは西洋の至宝と呼んで差し(つか)えないだろう。

 

 見た目は20代ってとこか? ヘタしたら10代でも通用……なんだ、俺の姉センサーがビンビンに反応している……だと……。

 

 ドデカい、魔女がよくかぶってるようなつば広帽子(ひろぼうし)を脇に置いて、足を組んで椅子に座っている。その座り方がやたら偉そうだ。

 

 まるで玉座にでも座っているかのような自然さで、この空間の中心にいるのは自分だと主張している。身にまとういかにも女王様気質(じょおうさまきしつ)を隠すつもりが微塵(みじん)もない。だが、それでいて、「それが何か? これがワタシ」と言わんばかりの圧倒的なまでの自信が放つ魅力が凄まじい。

 

 知らない顔だ。ルアン姉ちゃんの知り合いなんかな——いやちょい待ち、ちゃんとお顔をチェックすると、微妙にどこか見覚えのある顔に思えて——

 

 

 その美人が、不快そうに鼻を鳴らし、俺を見た。

 

 

 じろり、と。

 

 

 値踏みするような、品定めするような、あるいはスーパーの棚で1日でも長い賞味期限をチェックするような目だった。

 

 そして、ルアン姉ちゃんの方を向いて開口一番。

 

 

 

 

 

 

「——なにコレ。珍しくあなたが面白い実験結果があるって言うから、忙しい研究の合間を縫って、わざわざ足を運んであげたのに」

 

 

 

 

 

 

 ——は?

 

 コレ?

 

 俺、今「コレ」って、呼ばれた?

 

「ヘルタ。この方が例のゼインさんです。

 ——ゼインさん、こちらはヘルタです。天才クラブの会員番号#83で、私の同僚……? いえ、知人です」

 

 ルアン姉ちゃんが穏やかに紹介してくれるが、ヘルタと呼ばれた空前絶後(くうぜんぜつご)超絶怒濤(ちょうぜつどとう)の美人は俺を一瞥(いちべつ)しただけで、興味なさそうにもう一度、鼻を鳴らした。

 

 ——うん?

 

 脳内でセルフマジカルバナナが始まり、

 

 ヘルタ……ヘルタ、ヘルタ——と言ったら、宇宙ステーション、宇宙ステーションと言ったら——

 

 

「ふーん。で、これが面白い実験結果? どう見てもただの男じゃない。しかもなんか鼻の下伸びて——」

 

 

「あああああああっ!!!

ご本体様だあああああああ!!!」

 

 

 思わず絶叫してしまった。

 

 かつて某幼馴染(ぼうおさななじみ)のムラタさん(仮名)によって妨害(ぼうがい)されたロボットドール「ヘルタ」のご本体——絶世の美女「ヘルタ」様を捜索(そうさく)するクエストは()せずして今、ここにッ、達成されたァ……ッ!!!

 

 

「はじめまして、ヘルタ様。俺はゼイン。完璧で究極なアナタの——宇宙でイチバンの下僕(げぼく)です」

 

 

 ドン引きの表情をしていたヘルタ様の両手をガバッと包んで自己紹介をしてから、ひざまずく。

 

 

「は? な、なに……コイツ……」

 

 

 ヘルタ様が助けを求めるようにルアン姉ちゃんを見る。

 

 が、しかし、ルアン姉ちゃんは梅ジャムパイを既に包装から出し、頬張っていて心ここにあらずだった。もぐもぐしてるのに全然減ってないのかわいい。

 

「あ、ヘルタ様。お茶がもうないじゃないですか。今お入れしますね〜」

 

 俺はすかさず茶壺(ちゃふう)から、空になりかけていた茶碗に注ぐ、

 

「ちょ、ちょっと、勝手に入れないで。別にお茶を飲みに来たんじゃないんだけど」

 

「いや飲んでいきましょ。お茶会ですから、ガンガン飲みましょ。それはそうと、ああっ、せっかくのブーツが汚れてます! なめて綺麗にしていいですか? あ、それとも、アレですか。お茶飲んで暑いですか? あそこに()えてるオバケみてーな葉っぱもぎ取ってきて(あお)ぎましょうか? あっ、てか椅子(いす)になりますよ。どうぞ」

 

「……面白いって、——そっちの方向なワケ……?」

 

 

 そんな困惑するヘルタ様の言葉をきっかけに、

 

 

 かくしてお茶会は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






執筆時BGM:「CHANGE THE WORLD」V6



それでは、新章のはじまりはじまり〜



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