ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#49 ”天才”

 

 

 

 

 

「ささっ、ど~ぞ~」

 

 俺はヘルタ様の茶碗が空になるたびにすかさず茶を(そそ)ぎ、梅と海苔の挟み焼きと梅ジャムパイを小皿に取り分け、「暑くないですか」「肌寒くはないですか」「換気しますね~」「肩をお揉みしましょうか」「あーんしましょうか」と甲斐甲斐(かいがい)しく立ち回っていた。

 

 ヘルタ様の反応は「やめて」「近い」「触らないで」「その黒いシート、海苔(のり)?とかいうのはいらない」の四語が中心だったが、3杯目のお茶を注いだあたりから、うんざりした顔で受け取るようになってきた。ちょろいのか、面倒になったのか。んー、残念ながらたぶん後者ですね。あと梅と海苔のやつはガチで美味(うま)いから。そこだけはフォローさせて。

 

 茶碗から唇を離すと、 

 

「……あなた、何なの。こういうのに慣れてるわけ?」

 

「いえいえ滅相(めっそう)もない。俺は”年上”の運命の行人(こうじん)なだけでさぁ、ヘルタ様の前では俺なんぞ塵芥(ちりあくた)に等しい存在でして」

 

「聞いたことない運命勝手に作り出さないで。あと塵芥って自覚あるなら少し離れてくれない?」

 

 俺はその場で足踏みをしてみせて、

 

「は〜い! 2ミクロン離れました!」

 

「……機械頭(きかいあたま)の前に突き出してやったらどうなるかな。一泡吹かせてやれたら儲けものね」

 

 何やら俺のわからない単語をぶつぶつ言っているヘルタ様から、視線を外せば、

 

 ルアン姉ちゃんは梅ジャムパイの2切れ目に取りかかろうとしていた。しっかり海苔のほうも握っているので、やはりよくわかっていらっしゃる。お気に召したのなら何よりだ。

 

 と。

 

 ヘルタ様の目が、俺と同じくルアン姉ちゃんの方を向いていたことに気づく。

 

 純粋に何か「引っかかった」と言わんばかりの目つきで、

 

「……ルアン・メェイ」

 

「……はい?」

 

「あなた、どうしちゃったの?」

 

 ルアン姉ちゃんが梅ジャムパイを口元で止める。

 

「どうしちゃった、とは?」

 

「さぁね。いくら完璧な私でも、わからないから聞いてるの。——あなた、普段こんなに楽しそうにお茶飲まないでしょ」

 

 言われてみれば——俺も感じていた。ルアン姉ちゃんは前回会ったときも美しくてぶっ飛んでいたものの、もう少し距離があったように思う。

 

 研究者が被験体を観察するような、あの透徹(とうてつ)した目線。今日はそれの代わりに、何か別のものが混ざっている。

 

 ルアン姉ちゃん本人も、ヘルタ様に指摘されて少し戸惑っているようだった。

 

「そう……でしょうか。自分では、よくわかりませんが」

 

 しばしの沈黙のあと、ルアン姉ちゃんは梅ジャムパイを小皿に置いて、少しだけ姿勢を正した。

 

「……楽しそうに見えたのだとすれば、それはおそらく、この方がここにいらっしゃるからだと思います」

 

 俺を示して、ルアン姉ちゃんが続ける。

 

「ゼインさんの身体には、私が設計したA.R.P.(アープ)——自己修復因子(じこしゅうふくいんし)が組み込まれています。これは私にとって、これまでの研究の集大成と呼んでいいものですから」

 

「ふーん。自己修復因子ね」

 

 ヘルタ様が興味なさそうに——いや、興味なさそうに見せかけて、片耳だけ傾けている。

 

「はい。設計にあたっては、いくつかの既存技術と生体現象をモデルにしました。”豊穣(ほうじょう)”の加護(かご)が持つ再生メカニズム。仙舟(せんしゅう)長命種(ちょうめいしゅ)に見られる細胞の自己保存機能。そして——」

 

 ルアン姉ちゃんがちらりとヘルタ様を見た。

 

「——ヘルタさん、あなたの若返り技術も、参考にさせていただきました」

 

 ヘルタ様の眉がぴくりと動いた。

 

「……私の?」

 

「ええ。あなたが以前、自筆論文で発表した若返りの理論は、細胞レベルでの時間の巻き戻しという点で、A.R.P.の自己修復アルゴリズムの基礎設計に大きな示唆(しさ)を与えてくれました。もちろん、そのまま転用したわけではありませんが」

 

 ヘルタ様が初めて、俺の身体をまじまじと見た。

 

 さしずめ自分の技術が使われた作品を検分(けんぶん)する目ってやつだろう。

 

 美術館で自分の影響を受けた後進の絵を見つけたときの巨匠(きょしょう)というたとえでもいいかもしれない。

 

 というか、若返り……なるへそ、それでこの見た目で俺の姉センサーが作動したか……全く、銀河は不思議だらけだぜ! でも綺麗なお姉さんだからOKです。

 

「へぇ……。私の理論をベースに、豊穣と仙舟の生体データを掛け合わせた。——で、結果は?」

 

「現時点で、極めて良好です。——ゼインさん、よろしければ、ヘルタさんに見せていただけますか」

 

「お? 実演っすか。いいですよ」

 

 ルアン姉ちゃんの言葉に二つ返事で応えた俺は、ルアン姉ちゃんが示す卓の上にあった果物(くだもの)ナイフを手に取った。

 

 ヘルタ様が怪訝(けげん)な顔をしている。や、まぁ、そりゃそうだ。

 

「何する気」

 

「まぁ見ててください」

 

 左の(てのひら)を上に向けて、ナイフの刃を手のひらにすっと走らせる。

 

 赤い線が引かれた。じわりと血が(にじ)む。わりとしっかり切った。痛くないかと言われれば——普通に痛ぇっす。

 

「ちょ——ちょっと!?」

 

 ヘルタ様が椅子から腰を浮かせた。ルアン姉ちゃんは梅ジャムパイを持ったまま、平然と観察モードに入っている。この人はこういう所あるからしゃーない。

 

「まぁまぁ、大丈夫ですって。——ほら」

 

 傷口を差し出す。

 

 血が——止まった。

 

 赤い線が端からすぅっと閉じていく。傷口の両側の皮膚が互いに寄り合って、くっついて、まるで映像を巻き戻しているみたいに——10秒もしないうちに、掌は元通りになった。

 

 もはや傷痕すらない。

 

 ヘルタ様の目が見開かれていた。

 

「…………」

 

「はぁい〜手品でしたぁ〜」

 

 ナイフを拭いて卓に戻す。痛みの余韻が少し残っているが、まぁこの程度は何でもない。シロッカで半——8割殺しにされたのに比べれば、蚊に刺されたようなもんだ。

 

 ヘルタ様が俺の掌をひったくるように取った。爪先で傷のあった場所をなぞる。何もない。完全に元通りの皮膚だ。

 

「……10秒未満。表皮(ひょうひ)だけじゃなくて真皮層(しんぴそう)まで完全に再生してる。瘢痕(はんこん)も残らない。——ルアン・メェイ、この速度は」

 

「はい。通常の豊穣の加護による再生速度を上回っています。もちろん、この程度の表層の傷であれば、という条件つきですが」

 

「トリガーは?」

 

「最初の決定的なトリガーは心臓停止です。致命的な損傷に対して全身の自己修復が起動する設計ですが、軽微な傷に対してもパッシブで回復速度が底上げされています」

 

「——副次効果」

 

「老化の大幅な抑制(よくせい)を確認しています。理論上は——前琥珀紀(ぜんこはくき)から生きているヘルタさんに比べれば歴史は浅いですが、同等以上の持続性を持つ可能性があります」

 

 ヘルタ様が俺の掌を離さないまま、指を返したり裏を見たり、研究対象を調べるように触れてくる。さっきまで「近い」って言ってたのどこいったんすか。俺は嬉しいですけど。

 

「——原動力は? これだけの再生速度、エネルギー源が要るでしょ。まさか無から有を生んでるわけじゃないだろうし」

 

 さすが天才クラブだわ、俺こんなに矢継()(ばや)に質問できなかったよ。へ、へぇ……ふぅん、す、すごーい、え、やばーい、としか言えなかったわ。

 

 ルアン姉ちゃんは頷くと、

 

「おっしゃる通りです。A.R.P.の原動力は、ゼインさんの身体そのものです。摂取した食事、蓄積された脂肪、筋肉、水分——それらをまとめて燃焼させ、修復力(しゅうふくりょく)に変換しています」

 

「そ。つまり、自食(じしょく)ってこと?」

 

「端的に言えば、そうなります。軽微な傷であれば消費も微々たるものですが、致命傷レベルの損傷を受けた場合、身体そのものを削って修復に回します」

 

 ヘルタ様が俺の腕をつかんで、二の腕あたりを指で押した。筋肉量を確かめるような動きだ。

 

「じゃあ、飢餓状態(きがじょうたい)でA.R.P.が作動したら」

 

「体脂肪、筋繊維の順に分解が進みます。最悪の場合は——文字通り自分の身体を食べて命を(つな)いでいるという表現が、一番正確かもしれません」

 

 ヘルタ様の指が止まった。

 

「……欠陥(けっかん)じゃないの、それ?」

 

「——仕様(しよう)です」

 

 ルアン姉ちゃんが淡々と言い切った。あれこれ俺ツッコんだ方がいい系? 仕様って言われちゃったけど。もーしようがないなぁ。

 

「完全に無償な回復は、豊穣の加護でさえ実現できていません。対価なしの再生は原理的に存在しない——であれば、対価を本人の肉体から徴収(ちょうしゅう)するのが最も合理的な設計でした」

 

「合理的ね……。要するに、これが死にかけるたびに()せるってこと?」

 

「そうなりますね。実際、シロッカで重傷を負った際は、帰還時に体重が数キロ減少していました」

 

 二人して俺の身体の話を俺の目の前で静かにやっている。あのー、本人の俺は一応ここにいるんですけど。そろそろ頭よさげに発言しとくか。忘れられちゃいそうだし。

 

「まぁメシ食えば治る男の子システムってことですよね! 実際シロッカのあと、たっけぇ点滴(てんてき)とメシめちゃくちゃ食いましたし」

 

「命を繋ぐ手段が食事って、原始的ね」

 

「ふふっ、ヘルタ様。——人は食べたもので出来ているんですよ」

 

 俺はキメ顔でそう言ったがレスを返してくれなかった。あるぇ〜?

 

「——逆に言えば、食べてさえいれば理論上は何度でも復活するってことです」

 

 意に介さず話を続けてしまったルアン姉ちゃんに対し、ヘルタ様が腕を組んだ。その表情は、不快というより感心に近い。

 

「……割り切った設計ね。嫌いじゃないかな、その合理性。——豊穣のまがい物みたいに見えて、実態はもっと泥臭い」

 

「ありがとうございます。嬉しいお言葉ですね」

 

 ルアン姉ちゃんがほんの少しだけ、誇らしげに見えた。

 

「ふぅん。なるほどね。へぇ——面白いじゃない」

 

 ようやく俺の手を離して、腕を組んだ。そして、実に楽しそうに、実に愉快そうに言った。

 

「じゃあ、すごいのはこの身体で、本人じゃないんだ」

 

「それはそうですね」

 

 うぅ……即答するルアン姉ちゃんに対して、全く否定できないのが悲しいが事実だ。

 

「……つまり、あなたの最高傑作って、論文じゃなくてこの人間そのものってわけ?」

 

「はい。ですから——面白い実験結果のサンプルがあるとお伝えしたんです」

 

 

 ……なーるほど。ようやく合点がいった。

 

 

 ルアン姉ちゃんがここにお茶会と称し、ヘルタ様を呼んでややご機嫌だった理由。「面白い実験結果のサンプル」——それは俺自身だ。要は自慢したかったのだろう。お人形さんみたいなルアン姉ちゃんは口が裂けても絶対言わないだろうけど。

 

 複雑な気持ちだ。嬉しいような、いかにもサンプル扱いみたいで微妙なような——でもまぁ、ルアン姉ちゃんの口から最高傑作って言ってもらえるなら、いっか! サンプル上等! 来て良かったわ〜。きっと俺が来なかったら、ルアン姉ちゃん、こんな顔になってたに違いない⇒(´• × •`)

 

 

「それで。下僕(げぼく)サンプル。お茶を注ぐ以外に、何か私の興味を引くものはないわけ?」

 

 ようやく俺に呼びかける名前が変わった。

 

 すげーな、宇宙でイチバンの下僕×面白い実験結果のサンプルが悪魔合体するとこうなんのかよ。オレ、ゲボクサンプル、コンゴトモシクヨロ……。

 

 しかし「コレ」扱いから「下僕サンプル」かぁ……昇格、なのか? 愛を込めて名前で呼んでくれる日は遠そうだ。

 

「いっやぁ、実は結構波瀾万丈な人生送ってまして。つい最近も絶滅大君(ぜつめつたいくん)のアバターとやり合ったばっかで——」

 

「絶滅大君?」

 

 ヘルタ様の眉がぴくりと動く。

 

「冗談でしょ? あなた、絶滅大君と戦ったの?」

 

「や、そーなんですよ。死にかけ、いやマジで3回くらい死にました。ほんとルアン姉ちゃんのA.R.P.のおかげでどーにか、こうして生きてますけど」

 

「……その経歴で何者なの。普通の人間気取ってるつもり?」

 

「あー……まぁ、俺、”星核ハンター”っつう反社会勢力(はんしゃかいせいりょく)に属してまして……」

 

 カタギじゃないんですぅ……、つうか、シロッカでも最後にちょろっと名乗ったくらいで派手にやった覚えないし、銀狼スカウト時にパンクロードでカフカさんとSAMと銀狼が好き放題暴れたけど、俺はやってねーのに、諸々合わせて星核ハンターファミリア全員仲良く賞金額大幅アップされてたんだけど。俺、今46億2000万らしいよ。なんだよそれ、四皇(よんこう)名乗っていい? カフカさんとか50億超えてたし。どうなってんだよ、スタピ。いい加減にしろ、自首するぞ。

 

「あーなんか聞いたことあるけど、星核ハンターに……ゼインなんていた?」

 

 眉をひそめるヘルタ様に、

 

「フードっす」

 

 口にするのがはばかられ、すげぇ小声で早口になった。

 

「——え、なに?」

 

「フードっす」

 

「聞こえないんだけど」

 

「フードでーす!!!」

 

 わかっててやってない? ちゃんとローブのフードをかぶって、やけくそ気味に叫んだ。そ、そんなに繰り返し聞かなくてもいいじゃん!!

 

 一瞬、間があった。

 

「……星核ハンター、の、」

 

 ヘルタ様が復唱した。

 

「フード」

 

 もう一度復唱した。

 

 

 

 

 

「……は? そのまんまじゃない。どんなセンスない名前なの」

 

 

 

 

 

 ——マジで歓喜に打ち震えるとはこのことだった。

 

 

「——そ、そうなんですぅ! やっぱ偉大なるヘルタ様はさすがだわぁ! 皆がフードフード勝手に言うからなんかもう、俺が悪いのかと思えてきててぇ。おかしいっすよね!?」

 

 思わず離されたヘルタ様の手を再び両手で握ってしまった。いやん、そんなイヤそうな顔しないで。

 

「誰、つけたの」

「スタピっす」

「略さないで。はぁ……スターピースカンパニーが名付けたの? 銀河最大の企業が反社会勢力のメンバーに『フード』って。会議で誰も止めなかったワケ?」

「いやほんとそれっす! 大企業病ってやつすかね?」

 

 なに天才って共感力までエグいの!? すきぇ〜〜。

 

「せめてもうちょっとこう、あるでしょ。『運命の駒(ポーン)』とか、『終焉の使徒(アポストル)』とか。なんなら番号でもいいじゃない、『No.5(クインケ)』とかの方がまだマシ」

「か、かっこよ……」

 

 ネーミングセンスまでやはり……天才か……、圧倒的にそっちの方がいいんですけど。No.1はカフカさんとしてもNo.2か……悪くない。ここはあえてツヴァイと呼んでもらおうか。何故ならそっちの方がかっこいいから。うわぁ、ぜってーそっちが良かった。

 

「し、しかし、ヘルタ様、あのぅ……ご提案はすべてありがたいんですが、スタピの指名手配書に載っちゃってるんで、もうどうしようもないんすよ」

 

「あの企業、技術力はあるのにネーミング部門だけ壊滅的ね。——で、なんだっけあなたたちのリーダー? 『運命の奴隷(どれい)』とか言われてるんでしょ?」

 

「あー、エリオのことすか?」

 

 よく考えてみりゃ、あいつもずいぶんな言われようだな。しかも何をどうやってか、スタピもエリオの存在知ってるのよなぁ……また勝手に暗躍(あんやく)してんのかねあいつ。

 

 つうか()せねぇのは、俺含めて他のみんなが「DEAD OR ALIVE(生死問わず)」なのに、あいつだけ「ONLY ALIVE(生け捕りのみ)」だし、ズルすぎるッピ。

 

「そ。エリオっていうの? そのエリオはこれで何も言わないの? 奴隷の審美眼(しんびがん)、大丈夫?」

 

「いやそこはやっぱ猫に小判(こばん)っつうか、所詮畜生(しょせんちくしょう)というか、あんまあいつそこは気にしてなさそうなんで……」

 

「——猫?」

 

「あ、はい。うちのボス、黒猫なんで」

 

 

 

 し〜〜〜ん。

 

 

 

 ——舞い降りた沈黙。

 

 その中で、空気の読めない音を発しているのは。

 

 見れば、ルアン姉ちゃんがパリパリと海苔(のり)を破っている音だった。……それは小さくして食べるんだ。

 

(ちまた)を騒がせる星核ハンター。運命の奴隷、エリオ。その下僕(げぼく)、フード」

 

 いや、下僕なのはアナタに対してだけであって、エリオの下僕ってわけじゃないんですよとフォローしようとして、

 

 

 ——ぷっ、と吹き出した。

 

 

「ちょっと待って。そのエリオの手駒が——コレ? さっきから私にお茶注いで肩揉ませて椅子になるって言ってたコレが? 星核ハンターの”フード”なの?」

 

 せっかく昇格した呼び名が一瞬で「コレ」に逆戻りしたが、ヘルタ様は笑っていた。

 

 傲慢(ごうまん)の結晶体みたいな美しすぎる顔が、くしゃっと崩れて——それはなんかもう、ものすごく人間らしい笑い方だった。なんかギャップと相まって……すごい、……イイ。

 

「あはは、ふぅーん、知らないけど。エリオって趣味悪いんだ」

 

「まぁ良くはねーと思いますよ。実際、俺みてーなのを選んでますしね」

 

「自分で言うんだ——そう、」

 

 笑いの余韻(よいん)を残したまま、ヘルタ様の俺を見る目が変わった……気がする。さっきまでの塵芥(ちりあくた)扱いから、もうちょいマシなアメンボ、オケラレベルに対する目になった……ような。いや、それって変わってます???

 

「面白い身体、面白い経歴、面白いボス。——あなた、見世物(みせもの)としてはなかなかなんじゃない? 星核サーカスに変えたら? 続けてよ」

 

 貪欲(どんよく)なお方だ。でもそういうとこもすきぇ〜。この手の「もっと見せて」は、年上オーラまとう美人に言われるぶんにはご褒美(ほうび)ですらある。ゼイン、全力で道化師(ピエロ)遂行(すいこう)します——とはいえ、そういやヘルタ様も天才クラブだし、ちょっとは興味あるかもしんねーな。

 

「話ちっと変わるんすけど——実は今日、相談があって来た部分もあるんですよね」

 

「相談?」

 

「いやぁ、武器の調子が悪くて、どうにかならんもんかなって」

 

 俺はローブの裏から、パルサーエッジとノヴァイレイザーの2つを卓の上にどんと並べる。ノヴァイレイザーの重量で卓がみしっと鳴った。

 

「こっちがパルサーエッジっつって光の刃を出力する近接武器っす。で、こっちがノヴァイレイザー。カートリッジ交換式の——まぁ、トンデモ光線銃です」

 

 ルアン姉ちゃんが梅のお菓子ズをいじる手を止め、2つの武器に視線を落とす。

 

「ああ……シロッカから戻られてから、調子が悪いとおっしゃっていましたね」

 

「そうなんすよ。パルくんの方は起動するとチラつくし、ノイちゃんの方は銃身の展開がまともにできなくて——」

 

 と説明しかけた俺の言葉を、ヘルタ様が(さえぎ)った。

 

「ちょっと。それ見せて」

 

 ……いやあの、俺が返答するより先に、もう手に取ってしげしげと眺めてるんですけど。あ、パルくんがくるくる回されちゃってるっ。

 

「——凡庸(ぼんよう)なネーミングはさておき。あなた、これどこで手に入れたの」

 

「まぁ話せば長くなるんすけど」

 

「じゃ、いいわ」

 

「あーん、話させてください!」

 

 という、いささか古典的なやりとりを挟んだ後で、俺はお二人に対して、過去の冒険で「ナグラクバラク」という過去と現在を行き来する奇怪な惑星での冒険の際に、過去の世界で手に入れた天才作のシロモノであるということを説明する。

 

 いやぁマジで過去の世界だと新品だったものが現代だとボロボロに朽ちてるとか、その逆もあったりと頭使う過去現在という因果を行き来するギミックだらけでそれはもう攻略が面倒だったってことを語ったのだが、お二人ともリアクションが薄かった。それよりかは、

 

「——時間航行、トンデモ武器・兵器、おまけに虚数崩壊(きょすうほうかい)インパルスね……なんか色々と思い出さない?」

 

「そうですね。おそらく私の想起とヘルタさんのものに相違はないかと」

 

 俺を蚊帳(かや)の外に、タイプの違う美女過ぎて絵になるお二人だけで何やらやりとりしてますけど、やがてヘルタ様は嘆息しつつ、

 

「下僕サンプル」

「へい」

「あなたのこれ、どっちもある天才の作品みたい」

「マジッすか。なんて人ですか」

 

 そいつ文句の1つや2つというか鉄拳制裁したいんだけど。

 

 ヘルタ様は卓の上のノヴァイレイザーをこつこつと指先で叩きつつ、

 

天才クラブ会員番号#68、ミィル・カーネイジ。——と言っても、知らないわよね。別に知る必要もないケド」

 

「カーネイジ……?」

 

 大虐殺(カーネイジ)って、なにその物騒すぎる名字は。

 

「そう。名は(てい)を表すの典型ね。兵器を作ることにだけ異常な情熱を燃やしてた変人——いえ、変人は私たちみんなそうだから、正確に言うなら——ついた名前が『贋銃作者(パロディスト)』」

 

 ルアン姉ちゃんが横で静かに補足する。

 

「天才クラブ内では、あまり良い扱いを受けていなかった方ですね」

 

「良い扱いされるわけないでしょ。あの子の才能、とっても(かたよ)ってて。自分でゼロから理論を組み立てる能力がほとんどなかったし。その代わり、他の天才が書いた論文を読み解いて、兵器に転用することにかけては神がかってた」

 

 ヘルタ様が鼻を鳴らす。

 

「要するに、泥棒。他人の研究を勝手に使って兵器にするの。本人にはパクった自覚もある。あった上で『理論を思いついた奴は兵器化まで思いつかない。兵器化したあちしが一番偉い』って言い張ってたんだから、救えない」

 

「うへぇ……」

 

 これだから天才って。

 

「でもまぁ、腕は確かだった。それは認めざるを得ない。——このパルサーエッジの方」

 

 ヘルタ様がパルくんを手に取る。

 

「これはミィル単独の設計。といっても結局誰かが作り出した光学式(ブレード)の既存技術を寄せ集めて組み上げた、いわば合成獣(キメラ)。ゼロからじゃなくて、あちこちから切り貼りしただけ。——でも、切り貼りのセンスは認める。起動機構(きどうきこう)位相回路(いそうかいろ)の噛み合わせが、凡人では届かないほどに美しい」

 

 ヘルタ様がパルくんの(つか)を撫でる。その手つきは職人が他の職人の仕事を見るような——敬意混じりの視線だと気づく。

 

「でも問題は、こっち」

 

 ノヴァイレイザーに視線が移る。ヘルタ様の表情が一段、暗くなった。

 

「これは単独設計じゃない。ミィルが他人の理論を剥がして作ったやつ——たぶん、天才クラブ会員番号#79のもの」

 

「#79?」

 

——カルデロン・チャドウィック

 

 ルアン姉ちゃんが静かに目を伏せた。ヘルタ様も、一瞬だけ言葉を選ぶように口を閉じて、それから続けた。

 

固体物理学(こたいぶつりがく)虚数応用理論(きょすうおうようりろん)軌道力学(きどうりきがく)の専門家。わずか数年で、長命種の化け物たちが生涯を賭けても突破できない難題を突破した、本物の——天才よ」

 

 なんかまたスゲぇ肩書き。

 

「は、はぁ……」

 

「彼は自分の理論を兵器化することを、最後まで(こば)んでた。それでもカンパニーに取り込まれて、『虚数崩壊インパルス』を作ってしまった。で、自分の作ったもので24個の天体が消えた現場を見て、壊れちゃった。以降は生涯、自分の知識をカンパニーから守るために逃亡し続けた人」

 

 ヘルタ様の声が、少しだけ静かになる。

 

「ミィルはね、そのチャドウィックが『使われるべきじゃない』って必死に隠した理論を、どこかから拾ってきて勝手に兵器化した。生前の彼が一番嫌いだった後輩よ。——この銃、『星が爆発する直前の圧縮と、爆発の最初の一瞬を再現して撃つ』って構造でしょ? その基本原理は、彼の『虚数崩壊インパルス』の縮小版。本家が星系ごと消すのに対して、こっちは星の爆発の一瞬だけを銃身内の虚数空間(きょすうくうかん)に閉じ込めて、指向性を持たせて射出するってワケ」

 

「い”い”っ、そしたらこれ、スケール違うだけで中身そのトンデモ兵器と同じってことっすか……?」

 

「同じじゃないけど、親戚(しんせき)ね。チャドウィックの基本原理を、ミィルが『どうせなら一人で持ち運べるサイズにできないか』ってパクって改造したの。——本家は起爆に演算に研究所一つ分の設備が要るけど、こっちは(てのひら)に収まる。兵器屋としての発想と技術は、悪趣味だけどほんと天才的よ」

 

 いやあのでも、思い返しても、撃ったシーンは毎回俺がどエラい目にあってる記憶しかないんですけど。てかそんないわく付きだったんかよ。

 

「じゃあ俺が持ってたこれって……」

 

「チャドウィックが一生かけて隠そうとしたものを、ミィルが勝手に引っ張り出して兵器化した代物。——つまり、二重の意味で呪いの品

 

 俺は思わず卓の上のノイちゃんから手を引いた。やべぇガチの呪いの武器じゃんかよ。教会行かないと。あ、でも俺、教会にいい思い出がねぇ……。

 

「ミィル本人は、数十年前にふっと姿を消したわ。どこにいるのかも、生きてるかどうかも、誰も知らない。知りたがってる人間もいない。——そういうヤツよ」

 

「消えて……正解、みたいな言い方っすね」

 

「正解だと思ってる。あの子が天才クラブにいた頃、まともに話せたのはスクリューガムくらいだもの。他のメンバーはほとんど誰も関わろうとしなかった。自分の研究を盗まれるのが怖かったんでしょ」

 

 ヘルタ様がノヴァイレイザーの銃身を回転させ、俺の方へ向ける。え、ちょっと、やめてよ。

 

「で、あなたはそのミィル・カーネイジが設計した武器を2つとも持ち歩いてる、と。しかも片方はチャドウィックの理論ベース。——よくもまぁ、こんなものが(めぐ)(めぐ)ってあなたの手元に来たものね」

 

 絶賛後悔中です。やっぱフリマアプリでとっとと売っとくべきだった。

 

「その『ナグラクバラク』って惑星? ちょっと気になってきたわね。過去と現在が行き来する星で、ミィルのサインが入った武器が見つかる? ——偶然にしては、出来すぎ」

 

 ルアン姉ちゃんがうなずいた。

 

「——ヘルタさんもそう思われましたか」

 

 な、なに、ルアン姉ちゃんも内心なんか思うところあったんかい。早く言ってよぉ~。

 

「おまけにあの子、消える前に何かを追ってたって噂があったしね」

 

「何を、ですか?」

 

「ムロゾノの理論の断片」

 

 はい——? 今度はどちらさん? うん、全然しりまてん。俺は目が点。

 

 ヘルタ様が卓の上で指を組み、

 

天才クラブの会員番号#75——トキハ・ムロゾノ。彼女が提唱したある理論があって……その未完成の理論を、ミィルはいつものようにご自慢の兵器に転用しようとしてたってハナシ」

 

「理論を兵器化、っすか……?」

 

 やべぇ全然話ついてけんわ。

 

「——考えるだけで反吐(へど)が出る発想だけど、あの子にとっては『愉快痛快(ゆかいつうかい)』の一言で済む話だったんでしょうね」

 

 ルアン姉ちゃんが目を伏せた。

 

「……それで、ナグラクバラクの件と繋がりますね」

 

「そう。過去と現在が行き来する惑星で、ミィルが何かを追ってた。そこでこの下僕サンプルが、ミィルの武器を二つ拾ってきた。——因果を繋ぐには、材料が揃いすぎてる」

 

 ヘルタ様が俺を見た。

 

「あなた、自分が運ぶ物のヤバさの何割も理解してないでしょ」

 

「全然理解してないです」

 

 即答だった。なんかすんません。

 

「でしょうね。——でもまぁ、そういう人間の方が、駒として扱いやすいのかもね」

 

 その言葉の含みを、俺はまだ掴み損ねていた。

 

 とりあえず、俺もお茶を飲んで落ち着こうとして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはそれとして、これ——没収

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹きそうになった。

 

「えっ……でぇえ————ッ!?」

 

「2つとも、没収。こんな状態で使わせるわけにいかないでしょ。——贋銃作者(パロディスト)の作品でも、作品は作品。この扱いを見たら、あの子は喜ぶかもね。自分の兵器が絶滅大君とやり合って鈍器にされるなんて、悪趣味な自慢話ができるって。でも、チャドウィックは悲しむ」

 

 うわぁ、ほんとにどんな神経してんだよそいつ。と思いかけて、頭を振る。違う、そうじゃない。チャドウィック許すまじ。じゃねーわ、それでもねーよ。

 

「いやいやいや、没収って、とはいえそれ俺の武器——」

 

 

 

 

 

 

 

 

「——直してあげるって言ってるの。あなたの手に負えるものじゃないでしょ、これは」

 

 

 

 

 

 

 

 危うく——抱きついちゃうところだった。

 

「え、マジすか!? 直せんですか!?」

 

「あなたの前にいるの——誰だと思ってるの?」

 

「かしこくかわいい、誰もが目を奪われてく、完璧で究極な(うるわ)しのヘルタ様です!」

 

 (かかと)を揃え、右手を掲げながら唱えた。やばい、身体が勝手に動いちまう。

 

「よろしい。そういうこと」

 

 さも当然とばかりに髪をかきあげながら答えて、ヘルタ様はパルサーエッジとノヴァイレイザーを当然のように自分の脇に寄せた。有無を言わさぬ速度だった。

 

 てなわけで、俺は今、装備解除され、丸腰になりまして、

 

「ちなみに……あの、いつ返してもらえます?」

 

「直ったら。——ルアン・メェイ、下僕サンプルの身体のデータも後でもらえる。遺物との適合性を見直すから」

 

「はい、構いません。お送りしますね」

 

 ルアン姉ちゃんが涼しい顔で頷いている。俺の武器が没収された事実に対して微塵も心を痛めていない。てか身体データとか個人情報じゃねーのかよ。でも欲しいならあげちゃう!

 

 まぁ——ヘルタ様が直してくれるなら、これ以上のことはない。要するに天才クラブ製の遺物を直せるのは天才クラブの人間だけってこった。素直にありがたいと思うべきだが、ただなぁ、やっぱ丸腰の心許なさは如何ともしがたい。俺も(せい)(なら)ってバット振るかぁ。

 

 

 と、そこで、

 

 

「——あ、」

 

 いけね、忘れてた。ポケットの中のデータチップの存在を思い出す。

 

「あ、そうだ。——これ、ルアン姉ちゃんに。エリオから手土産にって渡されたもんなんですけど」

 

「はい?」

 

 ルアン姉ちゃんが小首を傾げる。俺はチップを卓の上に置いた。爪の先ほどの、ちっぽけなやつだ。

 

「中身は俺も知らないんすよ。渡せばわかるって言われただけで」

 

「猫さんから……?」

 

 ルアン姉ちゃんがチップを手に取り、壁際の端末にセットする。

 

 そこから壁一面にホログラフィックが投影され、読み込まれたチップのデータが展開される。

 

 おえっ、なんか蕁麻疹(じんましん)でそう。

 

 何が書いてあんのかさっぱりわからんねー。数式の羅列、図表と記号、とにかく記述がびっしりで黒々(くろぐろ)しい。目が(すべ)る。

 

 研究者向けの資料というのは、どうしてこうも人間の読む気を()ぐ方向に最適化されているのか。

 

 

 せいぜい俺にわかることといえば、タイトルの所にある文字くらいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——光円錐回帰理論

 

 

 

 

 

 

 

「こう、えん、すい、かいき、りろん?」

 

 

 カタコトちっくに読み上げて、なんぞそれと思ってお二人の反応を盗み見れば——

 

 ——ルアン姉ちゃんが梅ジャムパイを持ったまま、それを凝視(ぎょうし)している。

 

「……これは」

 

「なんすか? なんか変な論文データ?」

 

 ルアン姉ちゃんが答えない。目がデータに吸い付いている。

 

 そして同じように、ヘルタ様もまた、腕と足を組んだまま、微動だにせず壁を睨んでいる。

 

 ただヘルタ様の瞳だけは、やはりデータを追うように高速で動いていた。

 

 一行。二行。三行——、

 

 ヘルタ様の表情が次第に変わっていく。

 

 それはたとえるなら、根本的に何か——それも全く未知の、何かに触れたときの——驚きだ。

 

「——これ」

 

「はい」

 

「これ、ムロゾノの——」

 

 そこで言葉を切った。

 

 俺を見る。

 

 俺の顔を見て、それからデータチップを見て、もう一度俺を見た。

 

 そして同じような問いかけを繰り返す。

 

「……あなた、これが何か、わかってるの」

 

「いえ、全然」

 

 俺もまた同じように答えるしかない。

 

「でしょうね」

 

 ヘルタ様が画面に向き直る。ルアン姉ちゃんに代わり、データをスクロールする指の動きが速い。目が高速スキャンするように走りまくっている。天才の脳が高速で何かを処理しているのが、傍目(はため)にもわかった。

 

「……完成してる」

 

 小さな呟きだった。

 

「ムロゾノの理論が——帰還(きかん)(かぎ)まで含めて、完成してる。なんで。彼女は帰ってこなかったのに——誰がこれを」

 

 画面を見つめていたルアン姉ちゃんも俺に顔を向け、静かに口を開く。

 

「猫——エリオさんが、ゼインさんに渡したそうですね。手土産として」

 

「え、あ、はい……」

 

「運命の奴隷が?」

 

 ヘルタ様が立ち上がった。壁に対して、両手をつき見上げる。

 

 しばらく黙って、データを睨んでいた。

 

 さっきまでの笑顔はもうどこにもない。天才クラブのメンバーとしての、純粋な知性の顔がそこにあった。

 

 それから。

 

 

「——持ち帰って精査する。ルアン・メェイ、さっきのに加えて、このデータのコピーもよこして」

 

「はい」

 

 話がどんどん俺の頭の上を通過していく。ムロゾノってさっきヘルタ様が言ってたやつ? 帰還の鍵って何だ。何が完成しているんだ。

 

「あの——ヘルタ様。それ、何のデータなんすか」

 

 ヘルタ様が振り向いた。

 

 その目には、俺を見ているんじゃない。俺の後ろにある何か——おそらく俺を通してエリオの影を見ている。そう感じた。

 

「あなたが知る必要はないでしょ。——今のところはね」

 

 それだけ言って、ヘルタ様はコートを手に取り、帽子を被り直した。

 

 

「ルアン・メェイ。お茶、美味しかったわ。あと、——梅のシートも、悪くなかった。意外と、ね」

 

 

 最後の一言はこっちを見ずに、ぼそっと付け足した。さっき「いらない」って言ってたのにいつの間にか海苔(のり)一切れ食べてたんすね、ヘルタ様。だから言ったじゃないですかもー。

 

 俺の生暖かい視線をスルーして、素っ気なくヘルタ様は茶室を出ていった。

 

 俺とルアン姉ちゃんが残される。

 

 窓から差す光の角度がさっきより低くなっていた。思ったより長居してしまったらしい。

 

「……なんか変なもん、持って来ちゃいましたかね」

 

「——いいえ。ゼインさんは、とても面白いものを持ってきてくれたと思います。ああ見えて、ヘルタさんもはしゃいでいましたよ。だから早く帰りたくなったんでしょう」

 

 ルアン姉ちゃんは微笑んでいた。その裏側で若干ヘルタ様に対する意趣返(いしゅがえ)しのニュアンスが込められている気がしないでもないが……指摘はしないでおこう。

 

「だといいんすけど」

 

 ぼりぼりと頭をかきながら思う。

 

 ——(しゃく)(さわ)るが、

 

 

 

 『きっと向こうも喜ぶと思うな』

 

 

 

 またしてもエリオの言う通りだ。

 

「あの……ゼインさん」

 

「はい?」

 

 不意に名を呼ばれ、ルアン姉ちゃんに向き直れば、

 

 じっと俺の顔を見つめ、

 

 そこにはほんの少しだけ頬に朱が差した顔で、

 

 

 

「……このお菓子はどちらで売ってるんでしょうか」

 

 

 

 気づけばもうお菓子はなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    *    *    *

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——ねぐら。

 

 ゼインたちが出かけてから、おそらく一日半は経過した頃合いだろうか。

 

 廊下の一番つきあたりに、エリオの部屋がある。

 

 表向きは、ただの「猫の部屋」だ。ゼインやカフカ、他のメンバーも何度か足を踏み入れたことがあるが、誰もそれを変だとは思っていない。

 

 壁際には段差のついたキャットタワーがそびえ、窓際にはクッションが置かれている。床には爪とぎが何本か転がっていて、片隅のカゴにはねこじゃらしやおもちゃのネズミが無造作に積まれている。天井近くの(はり)にも渡り廊下のようなキャットウォークが組んである。

 

 猫にとっての理想郷といっていいだろう。

 

 ゼインあたりがのぞきに来ても「やはり猫。所詮、猫」と勝ち誇った顔で、尻をかきながら去って行く。たまにカフカも「快適そうね」と言って撫でに来る。(せい)は普通に遊びに来るし、ホタルはこの空間自体が面白いのか部屋に入っても真ん中に座って、見回すだけだった。

 

 だから、

 

 誰も、この部屋の奥に隠し扉があるなんて考えもしない。

 

 ——実際にはある、のだが。

 

 壁際のキャットタワーの三段目。そこにある小さな木製のパネルが、肉球でひと押しすると静かに沈む。

 

 壁の一部がスライドして、奥の部屋への通路が開く。エリオはするりと中へ入り、扉が閉まるのを確認してから、奥の部屋の中央に降り立った。

 

 ——表と裏で、空気が一変する。

 

 部屋は円形で、天井の全面が透明な強化ガラスになっている。

 

 見上げると、宇宙空間がそのまま広がっていた。星々の瞬き、遠い銀河の渦、漂流する小惑星の影。ねぐら自体が移動する宇宙船であることを、ここでは直接的に感じられる。天井のガラスには星の運行を予測するホログラムが薄く投影されていて、現在位置と未来の軌道が淡い線で示されている。

 

 円形の部屋の内壁は、びっしりと書き込みで埋められていた。

 

 手書きのメモ、付箋、相関図、星図。色の違うインクで走り書きされた文字が、層を成して重ねられている。

 

 「星」「開拓」「解放」「終焉」——単語が飛び石のように散らばり、それらを結ぶ矢印が縦横に引かれている。読もうとすれば読めそうで、読めそうで読めない。他人の目に触れることを想定していない、エリオ本人にしか解読できない符号混じりの脚本だ。

 

 部屋の中央には、木製の古い机。上にはタイプライター、羊皮紙、万年筆、インク壺が並んでいる。猫の肉球では扱いづらいはずの道具たちだが、よく見るとタイプライターのキーは肉球で叩ける大きさに改造されていて、羊皮紙の上には小さな肉球の跡が点々と残っていた。

 

 そして机の隅に、異彩を放つ一台の機械。

 

 ——スマホである。

 

 他のあらゆるアナログな道具たちの中で、それだけが異物のように先端的な光を放っていた。

 

 エリオは机の上に飛び乗り、スマホの前にきちんと座る。

 

 星核ハンター同士の普段のやりとりを行うスマホとは別の、この端末の存在を知っているのは、ねぐらの中でエリオしかいない。

 

 尻尾の先だけが、ゆるやかに揺れていた。

 

 

 

「——頃合いかな」

 

 

 

 そんな、エリオの言葉の直後、

 

 ヴー、と。

 

 スマホが着信を告げた。

 

 発信元の表示はなく、非通知で。

 

 普通の通信では辿り着けない経路からもたらされている。

 

 通信を、繋いだ。

 

 映像はない。音声のみ。

 

 ——回線の向こうから、ノイズ混じりの女性の声。

 

 

 

「データチップに連絡先を仕込むなんて、随分と古典的な釣り針ね」

 

 

 

 声には、怒りも困惑もなかった。むしろ、少しばかり面白がっているようだ。

 

 エリオは尻尾の先を、ゆっくりと一度だけ動かした。

 

「ごきげんよう、マダム・ヘルタ」

 

「——あなた、何者?」

 

 問いかけは、まっすぐだった。前置きも、探りもない。ただ事実の確認を求めるだけの、科学者の問いだった。

 

「はじめまして、ぼくはエリオ。しがない猫で、星核ハンターの首魁(しゅかい)。そして——『運命の奴隷(どれい)』または『運命の洞観者(どうかんしゃ)』と名乗らせてもらってる」

 

 一瞬の沈黙。

 

 それから、小さな笑い声。

 

「……奴隷にして洞観者。なるほどね。ムロゾノの理論を補完できた理屈は通る、か」

 

「——それについては、ある程度、ゼインから聞いているんじゃないかな」

 

「ええ、聞いた。下僕サンプルから——運命の奴隷で、反社会勢力のリーダーがまさかの黒猫だって。随分と()()()()()()()設定ね、バケネコ」

 

「ありがとう」

 

「褒めてないから」

 

 ヘルタが鼻を鳴らす。それから、本題を切り出すように、

 

「で。——そのバケネコが、何の目的で私に連絡を寄越させたわけ。ムロゾノの理論を完成させて、私たち天才クラブに持ち込んだ理由は?」

 

「——理由はいくつもあるよ。でも、一番重要なのは——実証実験のパートナーとして、マダムに白羽(しらは)の矢を立てたってことかな」

 

「パートナー? 道具扱い、の間違いじゃないの」

 

「まさか。あなたが道具にできるような人間じゃないのは、ぼくはよく知ってる」

 

 エリオの声は、飄々(ひょうひょう)としていて、それでいて確信を含んでいた。

 

「でもだからこそ、マダムに持ち込んだんだ。——この実験は、マダムの頭脳がなければ完成しない」

 

 ふっと息が漏れる音。

 

「あら。随分と持ち上げるんだ。猫のくせに」

 

「事実を言ってるだけさ」

 

「……ふーん」

 

 短い沈黙。ヘルタが何かを考えている時間だ。

 

「それで。あなたのメリットは? ムロゾノの理論を完成させて、天才クラブに持ち込んで、被験者まで用意して——それだけの手間をかけて、あなたは何を得るわけ?」

 

 単純な(ほどこ)しなら冗談じゃないとはねのけていた。このバケネコにも必ず狙いがあって持ちかけてきたはず。

 

 そう、対価のない取引を、ヘルタは信用しない。

 

 エリオは、

 

 静かに答えた。

 

 

 

 

 

「——完全無欠のハッピーエンド」

 

 

 

 

 

 通信の向こうは、沈黙。

 

「……は?」

 

「完全無欠のハッピーエンド。それが、ぼくの脚本の結末。そこに至るために、必要なピースを、必要な順番で、必要な場所に置いていく。——今回のマダムとの取引も、そのピースのひとつだよ」

 

 ヘルタが、しばらく言葉を失ったようだった。

 

 それから、少し笑った。

 

「……ふざけてるの? 洞観者の狙いが、ハッピーエンドとか、そんな——」

 

「ふざけてないよ」

 

 エリオの声は、落ち着いていた。

 

「完全無欠、って言葉に嘘はない。誰も欠けない。誰も不幸にならない。——そういう結末を、ぼくは望んでいる」

 

「……」

 

「そこにたどり着くために、僕は洞観している。脚本を書いている。駒を動かしている。手段や経路(ルート)はいくらでもある。でも、目的(ゴール)はひとつだけだ」

 

 やがて、

 

 ヘルタが深く息を吐いた。

 

「——わかった。あなたの動機は理解した。気に入らない部分もあるけど、理解はした。少なくとも、あなたは自分のために動いてるわけじゃない。——それだけは、信じてあげる」

 

「ありがとう」

 

「礼はいいの。で、被験者はあの下僕サンプル——のつもり?」

 

「そうだね。彼を被験者にしたい」

 

「なぜ? A.R.P.搭載の長命種モドキなら、ルアン・メェイに試作体を何体か用意させればいいでしょ。彼女なら喜んで作るわ。つまり被験者なら、条件さえ満たせば誰でもいいはず。——わざわざあの軽薄な人間を選ぶ理由は?」

 

 エリオはもったいぶるように間を置いて、

 

 それから、静かに言った。

 

 

 

「——彼は、『解放』の力を持っている」

 

 

 

「……解、放?」

 

 ヘルタの声が、思わず低くなる。

 

「なにそれ、聞かない言葉ね。どんな力」

 

「そのまんまの意味さ。それが在る故に”調和(ちょうわ)”は乱れ、(しか)して存在は”壊滅(かいめつ)”させられ、”記憶(きおく)”に残らず、いつしか”虚無(きょむ)”と成り果ててしまったけども、かつてはあった運命だ。

 

 ”解放”。すなわち運命から解き放つ力。——星神(アイオーン)の加護にも、光円錐(こうえんすい)の記憶にも、直接作用(ちょくせつさよう)できる」

 

 ——回線の向こうで、息を呑む音がする。

 

 今までの「面白がっている」態度が失せて、代わりに張り詰めた何かが走る。

 

 通信越しでも、ヘルタが身を乗り出したのがわかった。

 

「……星神(アイオーン)の加護に、直接作用? 待って。それ、本当に言ってるの?」

 

「うん」

 

「観測されたの? 現場で、どのくらいのスケールで?」

 

「シロッカで絶滅大君・星嘯(せいしょう)のアバターと戦ったとき、彼は一瞬だけその力に目覚めた。——アバターとはいえ絶滅大君相手に、彼は撃破に至っている」

 

 何か本のようなものがバサリと落ちる音がして、

 

「——ちょっと待って。つまりアレは、運命に干渉できる可能性があるってこと? 星神(アイオーン)そのものじゃなくて、『運命』という構造そのものに?」

 

「さすが”天才”。——その通り」

 

「……ふふ、……ふふふふっ」

 

 ヘルタの笑い声が、漏れた。

 

 ——研究者が、目の前に現れた未知の扉を見つけたときの笑いだった。

 

「面白いじゃない。——光円錐(こうえんすい)の記憶に作用するなら、実験中の観測に新しい軸を加えられる。光円錐の構造解析、星神(アイオーン)の力の再現実験、——ああ、『祝福』の設計理論にも跳ね返るかも。あの研究。少し行き詰まってたのよね」

 

「お気に召したら何よりだ。彼も喜ぶんじゃないかな。——まぁ、マダムならそう言うと思ってたよ」

 

「当たり前でしょ。私じゃなきゃ、この価値がわからない」

 

 ひとしきり興奮を口にしたあと、ヘルタは、深呼吸をする音を挟んだ。

 

 そして、声の調子を元に戻す。

 

「——交渉しましょう、バケネコ」

 

「うん、ぜひ聞かせて欲しいな」

 

「この私が、あなたの(てのひら)(おど)ってあげる。被験者はアレで確定でいい。ただし、私は観測の主導権を一切譲らない。ルアン・メェイにも現地実装を手伝ってもらうけど、データの精査と解釈は全部私の管轄(かんかつ)。——それから、彼の身体データも全部。A.R.P.の追加観測も含めて」

 

「いいよ。異論はない」

 

「——ずいぶん素直じゃない。もっとゴネるかと思った」

 

「ゴネる理由がないからね。マダムの条件は、ぼくの脚本と矛盾しない」

 

 小さな笑い声。

 

「……脚本、ね。ほんとに趣味が悪い。一体どこまでがあなたの描いた絵なの。——ムロゾノの理論を補完したのも、チップを彼に持たせたのも、ルアン・メェイが彼を私に見せびらかしたくなるように仕向けたのも、全部?」

 

「全部、と言えば嘘になるかな。——ルアン・メェイが彼に執着(しゅうちゃく)しているのは、ぼくの脚本とは別の理由だよ」

 

「……へえ。別の理由」

 

 ヘルタの声に、興味の色が戻る。

 

「それ、教えてくれる?」

 

「いや。それはルアン・メェイと彼の間の話だから、ぼくから話すべきことじゃない」

 

「ケチね」

 

「誠実、なだけさ。ただ開示できる範囲でいうと——あまり趣味がいいとは言えないかな。気になるなら彼女のラボにまた行った際に探してみるといい。ヒントは写真だ」

 

 ヘルタが小さく鼻を鳴らす気配。

 

「まあいいわ。それはそのうち自分で調べる。——話を戻すけど。私が納得したとして、実際に実験を動かすための光円錐(こうえんすい)の入手はどうする気。ムロゾノの理論どおりなら、行き先の座標を定義する光円錐が必要になるでしょ」

 

「大丈夫。それなら、アテはあるんだ」

 

「アテ?」

 

「うん。ある特定の時代の記憶を内包した光円錐を、近々、手配する。具体的な段取りはこちらで進めておくよ」

 

「——具体的には言わないのね」

 

「準備が整うまでは、ね。脚本の都合上と言おうかな」

 

「ふぅん。——まあいいわ。入手できたら、即座にこちらに連絡を。光円錐の解析準備と、——グノモンの作成、接続は私とルアン・メェイで進めておく」

 

「ありがとう」

 

「——あ、もうひとつ」

 

「?」

 

「下僕サンプルの武器、こっちで預かったの。ミィルの遺物が二つ。直せるものなら直すけど——」

 

「お願いするよ。あと、タネの割れている謙遜(けんそん)というのはあまり意味がないと思うな」

 

「……はぁ、ほんとイヤな猫」

 

 ヘルタが軽く吐き捨てた。それから、少しだけ声を静めて、

 

「——バケネコ」

 

「うん」

 

「ひとつ確認させて」

 

 ヘルタが言葉を選ぶように、

 

「タダで運命に干渉できる力なんて、この宇宙に存在するわけがない。——代償、あるんでしょ」

 

 エリオは、すぐには答えなかった。

 

 尻尾の先が、ゆっくりと一度、揺れた。

 

 通信の向こうで、ヘルタが待っている。

 

「……」

 

「答えないってことは、あるってことね」

 

「鋭いね、マダム」

 

「当たり前でしょ。あなたが話しているのは100万年に1人の大天才。——まぁいいわ。あなたが話さないなら、話さないなりの理由があるんでしょ」

 

「ありがとう」

 

「だから、礼はいらない。——ただし、ひとつ加えるなら。それって重いの? それとも軽い?」

 

 エリオは、少しだけ間を置いてから、

 

 

 笑う。

 

 

「——それを言ったら、答えたのと同じだよ」

 

「……ふぅん」

 

 ヘルタが小さく息を漏らした。

 

「——残酷な脚本ね、バケネコ」

 

 エリオは、答えなかった。

 

「完全無欠、ってのは、『全体』に対しての話で、『個』に対しての話じゃない——ってワケ」

 

 エリオは、なおも答えない。

 

 ブルーの瞳が、壁をじっと見つめていた。

 

 通信越しの沈黙は、それ自体が答えのようなものだった。

 

 やがて、黒猫はゆっくりと口を開いた。

 

「——マダム」

 

「なに」

 

「ぼくも、ひとつだけ、頼みがあるんだ」

 

「言ってみれば。——聞くかは別だけど」

 

 エリオが、目を伏せた。

 

 ブルーの瞳が、ほんの一瞬だけ、柔らかくなる。

 

 誰も見ていない場所だからこそできる、ごくわずかな——人間臭さ。

 

「——できれば、彼を、こちらにちゃんと帰ってこられるようにフォローしてあげてほしい」

 

 コンマ数秒。

 

 回線の向こうで、ヘルタが小さく息を漏らした。

 

「……『できれば』?」

 

「うん」

 

「運命の洞観者が、『できれば』なんて曖昧な言葉を使うのね」

 

「——彼は未定変数体(みていへんすうたい)だからね、いつだって最後まで安心はさせてもらえないのさ。ぼくの苦労もすぐにわかってもらえると思うよ」

 

 ヘルタが、しばらく沈黙した。

 

 それから、ほんの少しだけ、声を和らげて、

 

「……いいわ。努力する。——ただし、それは私の気まぐれ。あなたのために、じゃないから」

 

「ありがとう」

 

「礼はいいの。——じゃあね、バケネコ」

 

 あっさりと通信が、切れた。

 

 室内に、静寂が戻る。

 

 

 

 

 

「——やれやれ……天才過ぎるのも考えものだな」

 

 

 

 

 

 エリオは、スマホの前に座ったまま、しばらく動かなかった。

 

 ブルーの瞳が、天井にある窓の外を仰ぎ見る。

 

 その表情の裏にあるものはやはり読めない。

 

 ——ただ、尻尾の先だけが、さっきまでよりもわずかに、力なく垂れていた。

 

「——帰ってこられるようにしてあげてほしい、か」

 

 誰もいない部屋で、猫が小さく呟いた。

 

 それは、洞観者の未来予知の言葉ではなかっただろう。

 

 きっと、

 

 

 

「ここをちゃんと乗り越えられるかだね。頼むよゼイン」

 

 

 

 

 ——ただの、願いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







執筆時BGM:「My Will」Dream


な、なにげにこれまでで最長……
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