ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#50 ”ヒトカリイコウゼ”

 

 

 

 

 

 恥ずかしすぎる。

 

「買い出し〜買い出し〜ありったけのブ~ツを~かき集め~掘り出しモノ〜さがし〜に」 

 

 俺はげんなりした顔&気持ちのまま、街行く人々の生暖かい視線を一身に集めつつ、鼻歌とともにスキップしている(せい)から、なるべく距離を取って、他人感(たにんかん)が出るように通りを歩いていた。

 

 

 

 

 ——ヘルタ様とルアン姉ちゃんのお茶会から、はや一週間と少しが経過していた。

 

 あの日、ルアン姉ちゃんとヘルタ様にムロなんとかの理論のデータチップを渡して、その後は直帰しただけで、何の続報もないまま今日に至っている。

 

 ヘルタ様は「持ち帰って精査する」と言い残して颯爽(さっそう)と去って行ったが、やっぱ返事がいつになるか未定だと落ち着かないもんだ。

 

 まぁ、天才の時間感覚は凡人のそれとは違うのだろう。であれば、じっくり腰を据えて待とうじゃないか。それまでは、俺は心を()まして——、

 

 

 無理でした。暇すぎた。

 

 

 武器も没収されたままなので、たまには真剣に鍛錬(たんれん)でもしようと思ってるときに限ってできやしねーし。

 

 素手格闘(ステゴロ)の基礎練習こそ続けているが、パルくんとノイちゃんがいない状態で仮想敵(照明の紐)相手にシャドーボクシングをしていても、どうにも手応えが薄い。オラ、どうした、やり返してこいや!

 

 なにより、

 

 ……カフカさんは、あのとき出発したタイミングこそ俺とほぼ同時だったものの、まだ帰ってきていない。

 

 よほどガーデンオブリコレクションとのコンタクトとやらが難航しているのか……一応メッセはできているものの、心配だ。

 

 カフカさんにもしものことがあれば、……改めてビョルンの気持ちがわかった気がするが、こんな宇宙ブチ壊してやると”壊滅”側に転向(てんこう)しまうかもしれない。まぁ、あのカフカさんが負けるところなんて想像もつかないんだけどさ。俺よりつえーし。

 

 エリオはエリオで、部屋に引きこもってんのか、ここ数日は顔を合わせていない。銀狼は相変わらずゲーム。唯一の幸いがあるとすればホタルの体調は、一週間前よりだいぶ落ち着いた。ほぼほぼ復調したといっていい。

 

 今はねぐらのラウンジあたりで、二人して格ゲーをやっていることだろう。

 

 ホタルはそういう娯楽系の知識や経験にうといということもあり、銀狼にとって格好の対戦相手らしい。

 

 これでまた体調を崩さなければいいが……初心者狩りのシルヴァーウルフさんマジかっけーっす。まぁホタルには、いつでも呼べと伝えてある。小足見(こあしみ)てから昇竜余裕(しょうりゅうよゆう)な俺がカタキを取ってやるわ。

 

 ——そんなこんなで、みんな、何かしらやることがあったわけで、ちょうど買い出しのリストが手元に溜まっていたこともあり、俺もじゃあ出かけっかと準備をしていたところに、

 

「ゼイン、買い物いくの? ほら——いくよ!」

 

 と、(せい)に連行される形で——おかしいよね? 俺は駄々をこねられた末に渋々連れて行く側だったはずだが、一瞬で連れてってもらう側になっていた。

 

 

 

 

 とまぁかくして、俺と(せい)は、街へ出たというわけである。ちなみに今回は『シェアフォート-(スリー)』ではなく、もう少し足を伸ばす形で『サーマナハル-XXIX(トゥウェンティナイン)』までやってきた。こっちの方が全体的に物価が安いのだ。これ主夫の知恵ね。

 

「ゼイン、それ!」

 

 (せい)が指さした先には食料品店の棚。パックに入った謎の赤い果実がみっちりと陳列されている。見た目は……()いて言うならトマトが近い、だがトマトにしては大きすぎるし、何より……表面が男性ホルモンほとばしるように毛深い、とても食べ物には見えない。

 

「……それは食う用じゃねぇ気がする」

 

「食べる用っぽい」

 

「やだよ、口ん中でジョリジョリしそうじゃんか」

 

「えー食べたい」

 

「却下。大人になってから自分で稼いで買え」

 

 ぶーぶーと口を(とが)らせて、星はするりと棚の前に進み、パックをじっと(なが)める。

 

 はぁ……星に「買い物いくよ」と言われた時点で、俺は薄々気づいていた。こいつは買い出しを手伝いに来たのではなく、おそらく自分で何か買いたいものがある。その口実としての「買い出し同行」だ。

 

 あわよくば「ゼイン、これ買って」の流れに持ち込みたい。そういう腹づもりで、俺の腕を引っ張ってきたに違いない。

 

 ——読めてるぞ、(せい)

 

 

 妙に(せい)に対して甘い所のあるカフカさんだったら、どうにかできただろうが、俺にはその手は効かん。

 

 ため息をついて、買い物リストを広げる。水、野菜、肉、卵、調味料、トイレットペーパー、エリオ用のキャットフード、歯磨き粉、洗剤——改めて思うが、所帯染(しょたいじ)みすぎじゃね? いいのこれ?

 

「先に食材から行くぞ。ヒゲトマトは諦めろ。まともな野菜はあっちだ」

 

「うん」

 

 素直に頷いた星だが、その視線は明らかに、向こう側の雑貨屋——より正確に言うと、さらにその奥にある、見るからに派手な色彩のパッケージが並ぶエリア——の方を向いていた。

 

 

 

 

 

 

 目当ての食材と日用品は、30分ほどで片付いた。

 

 両手に袋を()げて会計を済ませると、案の定、(せい)が袖を引っ張ってくる。

 

「ねぇねぇ、ゼイン、ゼインー」

 

「あん、どうした」

 

「あっちが私を呼んでる」

 

 指さす方向に視線を向ければ、

 

 ——さっきから視線が行ってた、派手な色彩のエリアだ。ゲーム・アニメ・ホビー関連のグッズ売り場。ガラス張りのショーケースの中に、フィギュアやカードやぬいぐるみがぎっしり並んでいる。通路を覗き込むだけで、目がキラキラしている子どもの姿がいくつか見える。

 

「だから、ちょっと見てやらんこともないと思ってる」

 

「…………はぁ」

 

 予想通りすぎて、ツッコむ気にもならない。両手の荷物を持ち直して、星の後をついていく。

 

 売り場に入ると、陳列棚が天井まで伸び、商品のパッケージの色彩が互いに反射して、目の中にじんわり残像を残す。店内BGMは電子音。耳に慣れないテンポで明るい曲が流れている。

 

 客層は若い、というか、幼い。俺みたいな成人男子は少数派で、ほとんどは子供が親と来ている。ぼんやり眺めていれば、立ち止まってガラスケースを覗き込む眼鏡の少年たちがいたりもする。あるよなぁお小遣いと相談……と、どことなくノスタルジーを感じていると、

 

 星が怪訝(けげん)そうに見上げていた。

 

「なんでもねーよ。お前はどこ見たいんだ?」

 

「あっちからブツのニオイがする」

 

 (せい)が指さしたのは、一番奥——フィギュア関連のコーナーだった。

 

「んじゃ、見てこいよ。俺はここら辺にいるから」

 

「わかった!」

 

 返事だけはいいが、(せい)がそのコーナーに吸い込まれていく速度が早すぎて、本当に聞いてるのか怪しすぎる。

 

 仕方ない、(せい)の視界から離れない程度に距離を取って、俺は俺で店内をぶらつくことにした。

 

 

 売り場の中央あたりに、立体のディスプレイがあった。

 

 

 MMO系のオンラインゲームの新作のタイアップコーナーらしい。ポスター、フィギュア、缶バッジ、アートブック。派手な色と金銀の箔押しで、いかにもメーカーが気合いを入れてプロモーションしている感じが伝わってくる。

 

 ——俺がハマってた、あのスマホゲーだった。

 

 棚の前で足を止めて、並んだ商品を眺めていると、

 

 

「——すまない」

 

 

 声がかけられた。

 

 振り向けば、細身の少年が立っていた。

 

 薄いベージュの髪を後ろでひとつに結って、切れ長の鋭い目を、棚の上の方に向けている。

 

 肌の色は浅黒く、ネイビーのジャケットを羽織っている。身長は小柄で、俺より頭ひとつ分以上低い。歳は10代後半かどうか——ってとこか。

 

 俺の顔を見るでもなく、上段の棚を指さして、

 

「そこの、一番奥にある箱、取ってもらえないか。背が届かない」

 

「お、ああ、いいぞ」

 

 いきなり敬語抜きのタメ口で話しかけられたが、不思議と嫌な感じはしなかった。

 

 少年が指さした棚は、確かにかなり高い位置にあった。俺でもうっすら爪先立ちにならないと届かない高さ。で、わざと見つからないようにでもしてるのかと思えるほど目的の箱は押し込まれていた。

 

 俺は手を伸ばして、ずるりと箱を引き出す。

 

「ほら、これか?」

 

「ああ……これだ」

 

 箱を受け取った少年が、パッケージの表裏をさっと確認する。眉を寄せて、やがて探していたモノだったのか、

 

「——感謝する」

 

 言葉が固ぇし、話し方も年齢不相応だ。

 

 ふと、少年の手元のリストに目が行った。手書きのチェックリスト——それも、かなり長い——に、買ったものと思しき項目からチェックが記されていた。

 

 事実、足下には、既に買い物袋が5個。小柄な体からは想像できないほどの荷物だ。

 

「ずいぶんな量の買い物だな、一人か?」

 

「ああ。——お嬢様に頼まれた買い物なんだ」

 

「お嬢様? その人……随分とゲーマーなんだな」

 

 どっかの金持ちのお屋敷で奉公(ほうこう)している少年なんかな。見たところ荷物の中身はゲームのグッズ類ばかりで、どう見てもそのお嬢様の道楽の範疇(はんちゅう)だが、まぁ人様の家庭事情に首を突っ込むのは野暮というものだ。

 

 少年はリストを険しい顔でにらんでから、はたと気づいたように、

 

「すまない、俺はゲームというものをあまりやらなくてな。わからない項目があるんだ。見て、もしわかるようなら、教えてもらえないか」

 

 と、少年がリストの未チェックの項目を指し示す。

 

 まぁ別にそれくらいお安いご用だと、俺はそれを確認する。

 

「——これなんだが。お嬢様が長らく気にされていた品だそうだ。どこにあるかわかるか?」

 

 フィギュアの商品名だった。それも——見覚えがある。かーなり見覚えがあって、

 

 銀狼やロビン達とやっていたスマホゲーム内のネームドお姉さんキャラの名前が、そのまま書かれていた。

 

 昔の俺が、何度も、何度も、何度も血眼(ちまなこ)になって追いかけていた相手だ。

 

「あー、なっつ、あのキャラか」

 

 オタ発言が出てから、しまった、と思う。でも一度出た声は戻せない。

 

「いやぁ……このキャラのレジェンド武器、ドロップ率エグすぎて、俺、徹夜して三日粘った記憶あるわ」

 

 一拍、沈黙。

 

 少年の切れ長の目が、ほんのわずかに細まって、俺の横顔に向けられる。

 

「——詳しいな」

 

「……あ、いや。昔の話な、昔、ハマってたんだよ。今そのキャラ出てるゲーム。もう引退してるんだけどさ」

 

 頬をかきながら、目線を棚の方に逸らす。しまったでござる。うっかりオタク特有の隙あらば自分語り癖が出てしまったでござるよ。

 

 少年は、それ以上は追及してこない。ただ一度だけ、小さく頷いて、リストに視線を戻す。

 

「そうか」

 

 納得したようでいて、納得していない、みたいな響きだった。そこは納得しとけ。

 

 やべー、こんな年下のジャリボーイに内心キモオタ扱いされてしまったかもしんねーわ。

 

 気恥ずかしさを隠しつつ、置いてありそうな棚まで移動して、目的のグッズ——意外とちっこいフィギュアだ——を見つけ出して、少年に渡した。

 

「あったぞ、これだ」

 

「——ああ。ありがとう」

 

 確認してから、少年がリストにチェックを入れる。やっと最後のチェック——だったようだ。ペンを仕舞いながら、小さく息をつき、

 

 そのついでに、ぽつりと、

 

「——お嬢様も、今はほとんどそのゲームには触れておられないようだ。所長に就任されてから、何かと忙しくされている」

 

「あ? 所長? あー、所長かぁ。そりゃ大変だな」

 

 どこの組織の所長か知らんけど、まぁ偉いさんには偉いさんの苦労があるもんだ。知らんけど。

 

「買い物リストだけが、……先月より長くなっていく。ご本人は、もう画面を開く時間もないようだが」

 

 おいおい、なんか急に語り始めたぞ? なんだ坊主。ストレスでも溜まってんのか? そんなときは近くのおねーさんに甘えなさい。

 

 俺は棚のフィギュアのパッケージを手に取り確認するようなフリをしつつ、一応耳を傾けてやる。

 

「……正直に言うと、あまり感心はしていない」

 

「ん?」

 

「お嬢様は、ただでさえ所長として激務に追われている。そこに加えて——」

 

 少年は顔をゆがめつつ、

 

「……個人的な事情で、気を揉まれていることもあるようだ。ある人物の行方を、ずっと探している。俺もその捜索に協力はしているが、まったく手がかりがつかめなくてな」

 

「……へー」

 

 話のスケール感からして、ただの友達とか仕事関係ではなさそうだが、他所様(よそさま)の事情だ。下手に聞くとヤブヘビになりそう。

 

「忙しいお嬢様の心を奪い、さらに(わずら)わせるような男だ。——顔を合わせることがあれば、一度、問い詰めてみたい気もある」

 

 少年の声には、大切な主にちょっかいをかけたであろう男に対する明らかに静かな怒りが混じっていた。

 

 ふーん。どこの誰かは知らんが、そのお嬢様とやらのハートを掴んで離さない男がこの宇宙のどこかにいるわけか。まったく、俺が天に代わって言ってやるよ——そんなクソ野郎は絶滅大君と遭遇(そうぐう)でもしとけ。

 

 つーか、こいつも大変だな。

 

 お嬢様一筋の忠犬みたいなオーラあるヤツに、主人の想い人の捜索を手伝わせるの、そこそこえぐい話だぞ。

 

「ドンマイ。そりゃ、そのー大変だな」

 

 あたりさわりのない、薄い相槌(あいづち)を返しておく。とはいえ、まぁ初対面だしこんなもんよ。

 

 少年は一瞬だけ自分の言葉を反芻(はんすう)するように口を閉じて、それから、小さく息を吐いた。

 

「——すまない。つい……愚痴になった」

 

「いやいや、お疲れさん。お嬢様思いじゃねーか」

 

「当然だ。それが俺の役目だ」

 

 かっこよく言い切った。

 

 ちょっとばかし感心してしまう。あれかな、身分違いの恋とかあんのかもな。そんときはおにーさんに任せなさい。俺は数多(あまた)の片思いを成就(じょうじゅ)させてきたプロのキューピットだ。実績としては姫ヴェル——

 

 少年がリストをたたみながら、ふと、

 

「——お嬢様もここ最近、グッズを買い集める頻度が上がった。プレイもできないのに、なぜ集めるのか。——俺には理解しがたい」

 

 いや、わかりみ。

 

 うっかり口を開きそうになって、止める。自分で言うのも妙な話だが、俺は、このお嬢様とやらの気持ちが、たぶん、わかる。

 

 ——ちっとだけ、だけどな。

 

「……あー、それな」

 

 棚のフィギュアのパッケージを、戻しながら、

 

「引退勢あるある。なんかさぁ、気になって買っちまうんだよ、プレイしてなくてもさ。何かしら、そのコンテンツに関するものに触れてれば、どっかで繋がってる気がして。その間だけはまだマシみたいな」

 

 少年が、リストから視線を上げる。

 

 まじまじと、俺の顔を見ていた。

 

 慌てて付け加える。

 

「……まぁ、あくまで、一般論だけどネ」

 

 言い訳を足したが、少年の目は逸れない。

 

 切れ長の目の奥で、何かの歯車が回っている。

 

「……それは、その——」

 

 何かを言いかけて、止めて、

 

「いや……覚えておこう。頃合いを見計らって、お嬢様にお伝えしてみる」

 

「や、別に大した話じゃねーから、いいって」

 

 ——うん、いや、待て、待て。なんだその間は。

 

 やめろ、絶対すべらないように面白おかしく話すだろ。

 

 お嬢様に言われて買い物行った時の話なんすけどォ、俺メモ見てもわからんくて困ってたんすよォ、ほんでぇなんか近くにおったおにーさんに助けを求めたんすけどォ、したらそのおにーさん、勝手に色々ブゥッワァー語ってくる痛いヤツでぇ〜エグゥ〜、みたいな。

 

 ——しばらく考え込んでから、少年は懐から小さなカードケースを取り出した。

 

「手伝ってくれた礼だ。何か困りごとがあれば、こちらに連絡をくれ」

 

 差し出されたのは、一枚の名刺だった。

 

 上品な紙質。シンプルな黒の書体で、

 

 ——宇宙ステーション「ヘルタ」 防衛課 責任者 アーラン。

 

「——い”っ?」

 

 思わず声が出る。うちうすてぇしょん「ヘルタ」? ってあの、宇宙ステーション? しかも防衛課の責任者って、こいつ……まだどう見ても虫取り少年に毛の生えたジャリボーイにしか見えねーのに。しばらく行ってない間に、そういう人事になったの? マジかよ、世も末だな。

 

「アーラン、っつうのか。名前」

「そうだ」

「お前、ずいぶん若く見えるけど、責任者やってんの?」

「歳は関係ない。役目を果たせるかどうかだ」

「かっけーなー、おい」

 

 でも歳は関係あるだろ、おねーさん的に考えて。

 

「そちらは」

 

 ——ん。

 

 名乗り返す場面である。

 

 いや、待て待て。落ち着け俺。

 

 星核ハンターの俺が、宇宙ステーション「ヘルタ」の防衛課責任者にうっかり本名を渡すのは、さすがにマズい気がする。手配書はフードかぶった写真で顔は写ってないから、素顔がバレても直ちにフード=もうひとりのボクに繋がることはない、が、名前まで渡すとさすがに後日結びつく可能性がある。

 

 仕方あるまい。——ヴェルト、力を借りるぞ。

 

「俺は、ヴェル——」

 

 口の中で音を転がす。

 

「ねーねー、ゼイン〜」

 

 俺の背後から、ソプラノボイスが飛んできた。

 

 両手にパッケージを抱えた(せい)が、てくてくと歩み寄ってくる。

 

「これ買って」

 

 俺の頭の中の偽名プランが、音を立てて崩壊した。

 

 アーランの視線が、星から俺に戻る。切れ長の目が、もはや細まるとかいうレベルを通り越して、きらりと光った。

 

「——ゼイン、というのか。そちらは……娘か?」

 

「……そ、そーなんだよ、俺ちゃんは、ゼイン。あとちげーから、こいつは娘なんかじゃなくてだな、」

 

 ちっちっちと人差し指を立てて、甘い甘いという顔をしてから、

 

「——()()だよ」

 

 と(せい)はドヤ顔で()()()()()()アーランに見せたので、さすがにチョップした。どこで覚えたんだよ、そのジェスチャー。

 

「アホなこと抜かすな」

 

 ふくれっ面になった(せい)は、抱えたパッケージを俺にずいっと突き出す。

 

「買って」

 

「あん? はいはい、いいぞ」

 

 よし、しゃーねーが、これを口実に、自然に話題を流そう。金を払うタイミングを口実に、アーランから視線を外す。

 

「——ゼイン」

 

 やめようよ、復唱するの。

 

 名刺入れをしまい、アーランは俺を見上げたまま、

 

「覚えておこう」

 

「や、別に覚えんでもいいけど」

 

 忘れよう。どうでもいいじゃん、別に。

 

「役目柄、出会った人間の顔と名前はひと通り記憶している」

 

 え、こわい。なにその特技。

 

 アーランは小さく首を傾げて、何か考え込む顔をしたが、やがて軽く会釈をして、

 

「——では、これらを買って、俺は戻る。世話になった、ゼイン」

 

 わざわざもう一度俺の名前を口にしてから、荷物をまとめて(きびす)を返すと、細身の背中が、色とりどりの商品棚の間を抜けて、やがて完全に見えなくなった。一生に一度のお願い使うから、忘れてよ〜。

 

 

 

 力なくうなだれた後、俺は、ふぅ〜〜〜と細く長く息を吐き、

 

「なんか……とちった気がすげぇする……」

「?」

 

 こうなった原因である(せい)が首を傾げる。こんにゃろ。

 

 ……もうこうなったらどうとでもなれだ。今考えても仕方ねぇや。万一パクられたら、そん時ゃそん時。銀狼パイセンになんとかしてもらおう。

 

 ま、(つか)まらないけどね! そういえば、俺、怪盗の方の才能あるし!

 

 と、俺の裾を引っ張り、お前もとっとと会計を済ませろとうながす(せい)に、まぁ待てと言い置いて、俺は手渡されたパッケージを(あらた)める。

 

 黒と赤の毒々しい配色に、牙だらけの口が大口を開けて笑っているデザイン。タイトルらしきロゴは崩れた血文字で、何が書いてあるのか全く読めない。

 

 どっからどう見てもB級ホラー映画のモンスターだった。

 

 ——女の子なんだから、もっとこう、かわいいぬいぐるみとか着せ替え人形とかないのかよ。さっき通路の向こうにクマとか次元プーマンのやつあったろ。

 

 俺の視線がそっちを向いたのを察したのか、(せい)がこっちを見上げて、

 

「私がかわいいのに、かわいいものを持つ必要はない」

「……は?」

「私がかわいいから、持ち物はこわかっこいい方がいい。物事はギャップとバランスだから」

「こわ。謎理論展開すんな、真顔で」

 

 マジで、(せい)と会話してるとSAN値下がるわ。それか宇宙の法則が乱れる!ってなる。

 

「ゼインはわかってないなー」

「わかりたかねーよ……」

 

 あ、と(せい)は思い出したように、

 

「さっきも。ほんとわかってない! 私が気づいたときには超絶美少女になってても遅いんだよ!」

「いやお前、そもそも元から美少女だろ」

 

 気づくも何もねーぞと指摘してやると、ぽっと頬が一瞬で染まり、

 

「きょッ、今日のところはこれくらいで……勘弁する」

 

 雑魚感満載(ざこかんまんさい)台詞(せりふ)を吐きながら、いってよしとばかりにレジを指す。いってよしも何もねー……買ってもらう立場の態度と台詞じゃねーし。

 

 はぁ……、

 

 色々と疲れる買い出しだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    *    *   *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——宇宙ステーション「ヘルタ」。

 

 銀河でも有数の研究施設として名高いこのステーションは、今や科学研究の中心地であるだけでなく、その運営においても高い評価を受けている。

 

 所長室は、ステーションの最上層に位置している。円形の広い部屋で、天井近くまで伸びる窓ガラスの向こうには、宇宙空間と、遠くに浮かぶ星々の光が広がっている。

 

 室内の中央には、巨大な木製の執務机。その天板の上には、無造作に積み上げられた書類の束と、稼働中のリアクター監視用のモニター、冷え切ったコーヒーカップがあった。

 

 カップの持ち主にして、この宇宙ステーションの所長——アスターは、画面の中のデータを睨んで、小さくため息をついている。

 

 桃色のサイドテールが、肩の上で少し揺れる。眉間にはしわが寄っていて、もう3時間ほど同じ姿勢のままだ。——目も肩も腰も、とっくに悲鳴を上げている。なんなら悲鳴も声が枯れてる勢いだった。

 

 

 ——あー、もう、誰がこんな部署間の調整までやれって言ったのよ。

 

 

 所長に就任してから、もう何ヶ月経ったろうか。最初はなんとかなると思っていた。天文学者になりたいという夢が実家というぶ厚い壁に(はば)まれ諦めかけていたころ、救世主のように突如現れたミス・ヘルタに、この職場、そしてこのポジションへの直接オファーをもらった。

 

 多少なりともそれは自信となって、マネジメントだって、やればやれるはず——そう信じていた。

 

 実際、できている。できてはいるのだが、毎日毎日、おびただしい書類と会議とメール、スタッフ間の調整、カンパニーとの交渉などなどが押し寄せてきて、気づくと自分の時間は完全にゼロになっている。当然、趣味の時間などあるわけがない。

 

 

 ——あれ、最後にゲームやったのって、いつだっけ。

 

 

 ——思い出すのさえ時間がかかるようになっちゃったんだ。

 

 

 ノックの音がした。

 

「——お嬢様。今戻りました」

 

 声の主は、部下のアーランだった。

 

 アスターは画面から目を離さないまま、

 

「お帰りなさい。ありがとう。——そこに置いておいて」

 

「はい」

 

 アーランが部屋に入ってきて、頼んでいた荷物を机の端に積み上げる。紙袋を数えると6つ。これだけの量を一人で(かつ)いで帰ってきたのだから、相変わらずの体力だと感心する。とはいえ、

 

「ごめんね、いっぱい頼んじゃって。欲しかったものわかった?」

 

 アーランが一礼して下がろうとして——足を止めた。

 

 ふと、付け加えるように、

 

「はい。——途中で、手を貸してくれた方がいたので」

 

「そうなの?」

 

 語尾を上げつつ、アスターはいまだ画面から視線を外さない。

 

「なんだか、面白い方でした」

 

 その一言に——アスターの指が、キーボードの上で止まった。

 

「面白い?」

 

「はい。お嬢様のやっておられたゲームにも詳しくて、今は引退されたと言ってましたが」

 

「……あー引退勢ね」

 

 アスターは、椅子の背もたれに、体を預けた。

 

 天井を見上げる。丸いライトの光が、天井の白に滲んでいる。目を細めて、ふっと息を吐く。

 

 ——次の瞬間。

 

 前のめりに、身を乗り出していた。

 

「ねえアーラン、その人——」

 

 そこまで言って、自分で口を止めた。

 

 我に返る。

 

 ——あれ、私ってば、何を、前のめりに。

 

 小さく笑って、椅子に体を戻す。

 

「……いや、さすがに、……そんなことあるわけないか」

 

 アーランは何も訊かず、静かに立っている。その切れ長の目が、わずかに細まって、アスターを見ていた気もしたが、すぐに普段の涼しい表情に戻った。

 

 アスターは、自分の手の中のコーヒーカップを見下ろす。黒い水面にあまり健康的に見えない顔が映り込んでいる。

 

「ごめんね、変なこと言って。——ねぇ、例の人、やっぱり足取り掴めない?」

 

「……申し訳ありません。こちらでも複数の筋から当たっていますが」

 

「いいの、責めてるんじゃないから」

 

 あの頃のチームのみんなには内緒で、結構な金を払い、方々(ほうぼう)に手を回して捜索しているのだが、ここまで足取りが掴めないとは。

 

 アスターは、肩をすくめ、軽く首を横に振る。

 

「まいったな〜、ま〜た実家がうるさいのよ」

 

 アーランが何か言いかけて、口を閉じる。

 

 ——気を使ってくれている。

 

 わかっている。わかっているが、吐き出さないと、今日はもう立ち上がれない気がする。

 

「家業を継げ、それと相手はこっちで用意する、って。冗談じゃないよね。私、こっちの仕事あるし、そういう相手は自分で選びたいし」

 

「…………それは」

 

「あはは、わかってる。だからせいぜいミス・ヘルタに見捨てられないよう頑張らないとね」

 

「お嬢様……」

 

「ありがとう、今日はもういいから、貴方は休んで」

 

 何かを言いたそうにしていたアーランもやがて小さく一礼して、退室するべく下がる。

 

 扉が、静かに閉まる——直前、

 

「あ、アーラン!」

 

「は、はいっ!」

 

 顔を覗かせたアーランに、アスターは

 

「その人って、なんか——()()()()()とかそんなこと言ってなかった?」

 

「いえむしろ……その」

 

 言葉選びに苦慮しながら、アーランは絞り出す。

 

「家族でもない、歳の離れた幼い女子を隣に連れて、教育に悪そうな発言をさせていたので……逆かと」

 

「ロリコンかー。あはは、じゃ、絶対違うよ」

 

 笑い声こそあげるものの、心の底から笑っているとは思えない主の姿に心を痛めながら、せめて耳に入れておこうと、

 

「——名前はゼインという男でした」

 

「へぇ〜、そうなんだ。まぁアーランなら大丈夫だと思うけど。一応、お礼とかは言っといて」

 

 再び高速でタイピングを始めたアスターに、アーランはかしこまりましたと最後に一礼して——ようやく扉は閉まった。

 

 

 

 

 しばらく快調に続いていたキーボードの音が、不意に、止まる。

 

 アスターは画面の端に、小さなウィンドウをひとつ開いた。

 

 タスク管理ツールの、個人用のタブ。関係者以外は誰も開けない、完全にプライベートの領域だ。

 

 そこに表示されているのは——半年以上前から、ずっと走らせている、ある捜索の進捗状況。

 

 依頼の対象は、名前も、容姿も、特定できていない。手がかりはたった一つ、ゲーム内のハンドルネーム——「アネモネ」。

 

 ある時を境に突然ログインしなくなった、チームの中心メンバー。

 

 当時のアスターは、所長就任の打診を受けたばかりの時期だった。現実の方が急に忙しくなって、オンラインに顔を出せなくなった自分が先だったのか、向こうが先だったのか、定かじゃないけれど——、

 

 画面の進捗状況に、新しい情報はない。半年前も、三ヶ月前も、一ヶ月前も、昨日も、ずっと変わらない。

 

 アスターは、冷えたコーヒーに手を伸ばして、口をつける。

 

 苦い。

 

 美味しくない。

 

 

「……アネモネ、どこ行っちゃったのよ、ほんと」

 

 

 呟いて、カップを置く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——ねぐらへ戻ってきた俺と(せい)は、買い物袋を両手にぶら下げたまま、エアロックを抜けた。

 

 廊下の空気は、街と比べるのも変な話だが、少し冷たい。宇宙船の中の乾いた空気ってやつで、帰ってくるたびに「ああ、うちのにおいだ」と鼻の奥が認識する。

 

「たでーまー」

 

 一応、誰にともなく声をかけながら、ラウンジに袋を運ぶ。(せい)は戦利品のパッケージを大事そうに両手で抱えたまま、俺の後ろをついてくる。

 

 併設されてるキッチンのカウンターに袋を下ろし、生モノ系を業務用と言ってもいいレベルの大型冷蔵庫にしまっていくと、奥のソファの方から声が飛んできた。

 

「おかえりー」

 

 銀狼だった。

 

 ソファにだらんと寝そべり、コントローラー片手に備え付けの大型スクリーンを睨んでいる。その隣には、床に座ったホタルがクッションを抱えて、同じく画面に目を吸い寄せられている。

 

 二人の視線の先では、ド派手なエフェクトの格ゲーのキャラ同士が高速で殴り合っていた。くっ、見てると血が騒いでくるので、見ないようにしとこ。アケコンを持てい!!

 

 床に空のスナック菓子の袋や飲み干した炭酸のボトルや缶がいくつか散らばっている。にゃろ、好き勝手散らかしやがって。

 

「ゼイン、おかえり」

「おう。ホタル、体調大丈夫か?」

「うん、ありがとう、もう大丈夫だよ」

 

 ホタルが振り向いて、はにかんだような笑顔を向けてくる。それを見る限り、顔色も問題ないみてーだな。

 

 と、(せい)が得意げにぴょんと前に出た。

 

「ホタル! 銀狼! 見て見て、これ!」

 

 抱えたパッケージ——持ち帰ったばかりの収穫ブツを、ホタルの前にずいっと突き出す。

 

 ——ホタルが悲鳴をあげなかったのは、さすがと褒めるべきだろう。

 

「……え、と、これ、こないだの映画の?」

 

 ただ顔は引きつっていた。

 

「フィギュア! どうこのセンス。こわかっこいいでしょ」

 

「え……あ、うん、……うん、かっこいい、ね?」

 

「こわいもあるでしょ」

 

「こ、こわいも? ……そ、そうだね、うん?」

 

 ホタルの語尾が上がっちゃってんだけど、気を使ってどうにか理解しようと、脳みそ一生懸命フル回転させてるのが丸見えなんだけど。

 

(せい)、やめろ、パワハラだぞもはや」

 

「違う! ゼインのセンスはアレだけど、ホタルはちゃんとわかってる」

 

「よく見ろ。滝汗(たきあせ)じゃねーか」

 

 ホタルの熱、ぶりかえしたらどうすんだよ。

 

 と、一戦を終えたらしい銀狼がリザルト画面からこちらに向き直り、口の端だけで笑って、

 

「あはっ、(せい)、いいじゃん、それ」

 

「でしょ!」

 

「悪趣味でかっこいいよ。思わず、ガンシューで撃ちたくなる」

 

「!」

 

 星のテンションが爆上がりした。小さくガッツポーズ。

 

「銀狼はわかってる!」

 

 いや、たぶん(おまえ)の意味合いと銀狼の意味合い違うと思うよ?

 

 ——不意に袖をくいくい引かれ、

 

 いつの間にか、隣に来ていたホタルが、

 

「——ゼイン、やっぱり、あたしも、そういうのわかったほうが……いい?」

 

 なんか上目遣いで訴えてくる。なのでしっかりと正面から、

 

「ホタル、お前は疲れている。自分をしっかり保て。あの二人に惑わされんな」

 

 これでホタルまでブレーキ効かなくなってきたら、星核ハンターファミリアの秩序(ちつじょ)は崩壊しかねない。

 

「いいか、俺にとっちゃ、お前が頼りなんだぞ」

 

「——っ、うんっ!」

 

 即座に「がんばったノート+それ以外も」を取り出して物凄い早さで何かを書き始めた。

 

 いや、前に確かに、がんばったこと以外もノートに書けとはいったものの、タイトルに直接付け足されたそれは、もはや日記か何かにリネームしたほうがいいんじゃねーのと思うが、ホタルなりのこだわりらしい。

 

「あ、……み、見ちゃダメだよっ」

 

 と、俺の視線に気づいたのか慌ててノートを抱えるホタル。うん、じゃあ目の前で書くのはやめようね。つうか前は報告会のときに、ガンガン見せてきてただろ……。

 

 

 

「——4人とも、お疲れさま」

 

 

 

 入り口から、落ち着いた声。

 

 いつものように忍者のように足音もなく歩いてきた黒猫が、ラウンジの床を静かに横切っていた。机の角までちょんと跳ね上がって、そこにすとんと座る

 

「あ、エリオ」

「おつねこー」

 

 ホタルと銀狼が挨拶する。(せい)は自分のフィギュアをエリオにも見せたいらしく、ずずいっとパッケージを差し出した。

 

「エリオ、どう、これっ」

 

「うん、(せい)らしいと思うよ」

 

 うわキングオブ無難コメントでごまかしてやがる。しかも(せい)もそれで納得してやがるし。ずりー。

 

「みんな、——ちょっといいかな」

 

 その一言で、空気が変わった。

 

 ホタルが姿勢を正す。銀狼も、ゲームの音量を下げて、こっちを向く。(せい)はフィギュアを抱えたまま、エリオの方に注意を向けた。

 

 エリオが尻尾を、一度だけ揺らし、

 

 

「——まずはゼイン、その着信に出てほしい。スピーカーでね」

 

 

 その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで。

 

 

 ——ポケットの中のスマホが、着信を告げる

 

 

 全員の視線が、俺のポケットに集中する。

 

 見れば、画面に映る文字。

 

 『ルアン姉ちゃん』

 

 脊髄反射(せきずいはんしゃ)でスピーカー通話ボタンをタップし、

 

「はい、あなたの最高傑作、ゼインです!」

 

 スマホのスピーカー越しに、いつもと同じく抑揚(よくよう)の薄い声で、

 

「こんにちは。ゼインさん。——お時間、よろしいですか」

 

「もちろんっす! いくらでも!」

 

 全員がこっちを見ている気配がするが、気にしなーい。

 

「ヘルタさんも、こちらにいるので、代わります」

 

 電話の向こうでカサリと動く気配。

 

「——もしもし、下僕(げぼく)サンプル」

 

「ご機嫌麗しゅうございます、ヘルタ様っ……!」

 

 身体が勝手にピッと直立する。敬礼までしてしまったのは、あふれるリスペクトのなせる技。

 

「こないだの件について話したいから、一度、こっちに来てくれる。詳しくはそこで話すから」

 

「はい! 喜んで! どちらへうかがえばいいですか?」

 

「私の宇宙ステーションまで。わかる?」

 

「もちろんっすよ、了解っす! 光の速さで向かいますっ!」

 

「じゃ、——よろしく」

 

 と、あっさり通話は終了されてしまった。え、なに、今の切り際の色っぽい感じの「よろしく」は。なんか興奮してきたな。

 

 いやぁしかし、ようやくお呼びがかかったわ。もう疲れなど吹き飛んだ気分で、俺が後ろを振り返ると、

 

 

 ——全員、じーっと、こっちを見ていた。

 

 

 まず、口を開いたのは銀狼で、

 

「きもっ……ねぇ、今の『下僕サンプル』ってなに」

 

「そんなん俺のことに決まってんだろ。あと先に感想から言うな」

 

 続いて、ホタル、

 

「なんか……嬉しそうだったね、ゼイン」

 

「まぁな、やっぱ気持ちが出ちゃったよな声に」

 

 そして、(せい)

 

「鼻の下伸ばすな」

 

 はい、でました、カーフキック。悶絶して、思わずその場にうずくまる。

 

「お前、(せい)、にゃろ……最近は、理不尽暴力ヒロインなんて人気出ないんだからな……俺は忠告したぞ……」

「ルールは破るためにあるッ!」

 

 なに言ってんのと思いつつ、ラウンジの空気が、じわじわと俺を追い詰める方向に傾いてきてる気がする。ふっ、だが、ここにカフカさんがいれば話は別だが、今はご不在だからな。お前たちじゃ俺の頭と胴体をサヨナラさせることなんて——

 

 エリオは呆れたように俺たちの間に割って入ると、

 

 

 

「——さて。その話はあとにしてもらってもいいかな? 話を続けたいんだ」

 

 

 

 全員を見回しながら、

 

「ゼインには脚本に従い宇宙ステーション・ヘルタへ向かってもらう。——で、ぼくが話したいのは、他のみんなの方の仕事なんだ」

 

「私たち?」

 

 銀狼が首を傾げる。

 

「うん。ゼインが向こうで話を詰めてくる間に、別の任務を頼みたい」

 

「えっと、エリオ、それってつまりあたしたちだけでいく、ってこと?」

 

 ホタルが、自分と(せい)と銀狼を順番に指さして確認する。

 

 エリオが、ゆっくりと肯定する。

 

「そう。カフカくんは不在だからね。そちらのメンバーは——(せい)、ホタルくん、銀狼くんの3人で動いてもらう」

 

 ホタルが、ぱちぱちと瞬きをし、エリオの発言の意図するところをゆっくり咀嚼(そしゃく)しているのが見える。それから、小さく拳を握って、エリオじゃなく、俺に、

 

「……わかった。あたし、がんばるね」

 

 妙なやる気をアピールしてきた。

 

「——ふっ、任された」

 

 (せい)がフィギュアをポイ捨てすると、取り出したバットを構える。おい、買ってやったばっかだぞ!!

 

 そして銀狼が、ソファからゆっくりと身を起こすと、

 

「——ふぅん?」

 

 口の端が、ちょっと上がる。

 

「だいぶ待たされたけど、——ようやく私の出番ってわけね」

 

「待たせてごめんね。銀狼くん。君の力が必要だ」

 

「そうこなくっちゃ」

 

 銀狼が、指をぱきぱき鳴らしながら立ち上がる。

 

 ——意外と乗り気だな。任務って言葉に食いついている。

 

 でも、言われてみりゃそうだわ。銀狼が入ってから、情報収集とかがメインで、確かに直近でデカい任務はこれまでなかったもんな。ゲームばっかやっていたとはいえ、肩透(かたす)かしを食らっていた部分もあったかもしれない。

 

 ——つーか、この年少組3人で動くってことは、カフカさんの指示抜きで戦闘任務をこなすのか。

 

 大丈夫か? そりゃ、銀狼も(せい)もホタルも戦闘力はバカ高いが、リーダーシップをとって指揮する大人がいない。エリオがねぐらで状況を見ているとはいえ、現場での判断は3人任せになる。

 

 心配になって、俺は口を挟んだ。

 

「エリオ、その任務、どんなやつなんだ?」

 

「——そうだね。あまり詳しくは言えないんだけど」

 

「まーたそれかよ」

 

「内容にふさわしい言葉を使うなら、——ハンティングクエスト、とでも言おうかな」

 

「ハンティング……?」

 

 銀狼が、にやりと口角を上げる。

 

「あー、狩りね。はいはい、得意分野だよ私そういうの。ゲームで何百回やったことか」

 

「現実は、ゲームほど都合よく復活(リスポーン)しないけれどね」

 

「——へぇ、そういう難易度なんだ」

 

 銀狼は肩をすくめるが、今のエリオの不穏な発言でたぶん、銀狼なりに任務の重さをちゃんと測っているはずだ。

 

 銀狼が腰に手を当てて、エリオの前にしゃがみ込む。

 

 黒猫と目の高さを合わせて、

 

 ——あえて、にたりと笑った。

 

「それで、何を狩るの?」

 

 エリオは、すぐには答えなかった。

 

 ブルーの瞳が、銀狼の顔を映す。

 

 しっぽが(ひるがえ)り、

 

 

 エリオもまた——笑って、

 

 

 

 

 

 

「そりゃあ、もちろん。

 

 

 

 ——人狩り(マンハント)

 

 

 

 

 

 

 

 

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