ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#51 ”インフェルノで待ってて”

 

 

 

 

 

 言ってやる。

 

 

 今度こそ、言ってやる。

 

 

 そう、それくらい、

 

 

 ——あったまきていたのだ。

 

 

 

 

 グラフィエ学園(がっこう)の制服のまま、姫子は海岸線を走り抜け——秘密の入り口に立っていた。

 

 乱れた息を整える。

 

 潮のにおいから次第に混じり始めた——油のにおい。

 

 もはや通い慣れてしまった、かつては巨体で闊歩(かっぽ)していたかもしれない機械のなれの果てであるジャンクや遺跡の残骸といったものが山積する不安定な足場を、姫子はローファーでもって危なげなく登っていく。

 

 

 視界が開けた。

 

 

 その先、薄暗がりの中で、ぽっかりとそこだけスポットライトで照らされているように、古びた列車が横たわっている。

 

 外壁のパネルが何枚か外されて、内部のフレームがむき出しになっていた。工具がそこらじゅうに散らばり、床には()き取りきれなかったグリスの跡が黒い模様を描いている。

 

 その列車の床下から、足だけが覗いていた。

 

 くたびれたスニーカーの底。(かかと)は踏みすぎて元に戻らず半ばスリッパだし、片方の靴紐はほどけている。ガンッ、とどこかで金属と固い何かがぶつかる音がして、「——い”ってぇ」とくぐもった声が漏れ聞こえてくる。

 

 

 ——見つけた。

 

 

 息を吸い込み、

 

 

「ゼンッ!!」

 

 

 驚いた拍子に、もう一度ぶつかる音と、

 

「……いでで……」

 

 声。

 

 いったん足が引っ込んだのちに、ずるずると()い出てきた幼馴染(おさななじみ)の顔は、頬にグリスの線が走り、額に汗が浮いていた。

 

 目が合うと、眉根を寄せて唇を突き出し、

 

「——んだよ姫子、驚かせんなよ。つーかまだ授業中だろ? あと制服でここ来んなって。汚れるぞ」

 

「そんなことどうだっていいのよ!」

 

 姫子は鞄の持ち手を握りしめた。

 

 

 

 青天(せいてん)霹靂(へきれき)からまだ1時間と経っていない。

 

 

 

 姫子はその瞬間を思い返す。

 

 ——友人達と昼食を取っていた最中に校内放送で呼び出しを受けて、うららかな日射しに照らされていた職員室まで慌てて行けば、ちょいちょいと手招く担任がいて、わざわざ隣の進路相談室で他の先生や生徒達の耳に入らない状況にしてくれて、いったい何事と思った矢先に、

 

 

 

 ゼインの退学届が受理されたと聞かされたのだ。

 

 

 

 常日頃からサボりがちだったのは知っている。授業中にいつもどこか遠くを見て上の空だったことも伝え聞いてる。たぶん学校はつまらないんだろうなと、校内で背中を見かける度に思っていたけど、

 

 でも、まさか本当に辞めるなんて——しかも、このバカは、ひと言もなく。

 

「どうして……どうして、相談してくれなかったの。学校を辞めるって」

 

 ゼインは工具を拭きながら、あっさりと、

 

「だって相談したらお前、止めるだろ」

 

 カッとなった。

 

「そんなこと許せるわけないでしょ、当たり前じゃないっ! どうして、どうしていつもあんたはそうやって……」

 

 声が震えた。怒りなのか、もっと別の何かなのか、自分でもよくわからなくなってくる。

 

 ゼインは工具を置いて、立ち上がった。Tシャツの袖で額の汗を拭いてから、こっちを見て、

 

「……あのなぁ、何度も言ってっけど、俺は(しば)られたかねーんだよ」

 

 呆れたような物言いに、置き場所がなくて、列車に目をやった。外壁を剥がされたあられもない姿の列車は、傷だらけの動物みたいだった。

 

「時間は有限だろ。お前が夢を持ってるように、俺だって夢を追いかけてーの。とっととこの列車を直して、んでもって広い宇宙に探しに出る。——そのために今集中しなきゃなんねーのは勉強(ベンキョ)よりこっちだろ」

 

 見上げたゼインの目が遠くを見ている。こんなに近くにいるのに、心はとっくにここにいない。

 

 ——何も、今そんな顔しなくてもいいのに。

 

 こんなこと、いつもだったら、

 

 いつもだったら絶対あり得ないのに。

 

 それくらい、目の前から急にいなくなったのかのように感じて、動揺していたのかもしれない。

 

 話を聞いて、すぐさま鞄を引っ掴んで学校を飛び出して、ここまで駆けてきたのもそのせいで、

 

「——なんで、」

「あん?」

 

「——なんで、いつも。先、行っちゃうのよ……」

 

 ただでさえ、年下で。

 

 こっちの方向いてくれないのに。

 

「置いて、かないでよ……一緒に行くって、約束した、……じゃない」

 

「え、なにおま、ちょ、泣くなよ」

 

「——泣いてなんかないッ!!」

 

 少しだけ目が熱くなってるだけだ。なにもかも目の前のこいつが悪い。

 

 鼻をすすって、顔を見られたくなくて、背を向ける。

 

 

 

 沈黙を埋めてくれそうな波音すらもこの場所では、かすか過ぎて、頼りない。

 

 

 

 ずいぶんとかかってから、ようやくそれが絞り出された。

 

 

 

 

 

「……あんたにとって、私ってなに……?」

 

 

 声は、自分でも驚くくらい小さく、弱々しかった。

 

 

「はぁ? なにって、幼馴染だろ。大丈夫かよ、なに言ってんだ急に」

 

 

 ——知ってた。

 

 

 そう言うと思っていた。わかっていた。わかっていたのに聞いてしまった自分がいちばん馬鹿だ。

 

 姫子は唇を噛んで、視線を落とす。靴の先がグリスの跡を踏んでいる。ああ、汚れてしまった。でも、もうどうでもいい。

 

 

 頭を乱暴にがりがりと掻くような音がして、

 

 やがてため息。

 

 

「わけわかんねーよ…………。あー……その、アレだ、一度しか言わねーぞ。さっきのは言葉足らずだった」

 

 

 わり、ごめん、と前に置いて、

 

 

「お前は、俺にとってのたった1人の大事な幼馴染だ」

 

 

 ほんとに、

 

 

「いつまでも一緒に旅ができるか……正直、それは約束できねぇわ。やっぱり俺は俺のやりてぇことがある。でもま、それまではずっと一緒だ。置いてかねーよ。約束する」

 

 

 こいつはズルい。

 

 ズルくて、……でもそんな言葉で気持ちが少し軽くなっている自分が、

 

 

「それに離れたとしても、お前がピンチの時は特別サービスで——どんなとこからでも、助けに駆けつけっからさ」

 

 

 チョロくて、悔しい。

 

 

「——本当?」

 

「おうよ、男に二言はねーぜ。だから、今日んところは、そんくらいで勘弁してくれよ」

 

 そういって、取っておいたのか清潔っぽいタオルを頭にかけられた。

 

 みっともないところを見せたという恥ずかしさで姫子は乱暴にそれで目元を(ぬぐ)う。そしてくしゃっと丸めて、振り向きざまにバカ目がけて投げつける。

 

「——ったーくよ、」

 

 仕方ねーやつという顔を隠そうともせずに難なくキャッチして、

 

「んじゃガッコ戻れ。お前は、頭いいんだから、つぶし()くようにちゃんと最後まで行けよ。内申(ないしん)もったいねーぞ」

 

「……それ、辞めた人間が言うセリフじゃないでしょ」

 

「だから俺はバカだからいいの。お前は違うだろ」

 

 そのお兄さんぶる態度が気に食わなくて、列車のステップに腰掛けて、このタオルどうしたもんかと迷っているゼインの手からタオルを再度奪い。ドカッと隣に姫子は腰を下ろした。

 

 制服のスカートが汚れないようタオルを敷いてもなお、まだ金属の冷たさがお尻に伝わってくる。そこで下着が見えないよう気を払いながら、膝を抱えて、ゼインの横顔を見上げる。

 

「……今日は私もサボる」

 

 かーっ、と(たん)でも絡まったような声をあげて、

 

「わりーやつ、優等生サマなのに怒られても知んねーぞ」

 

「そしたら、どっかの不良にそそのかされたって言うわ」

 

「やーめーろーって。そのどっかの不良、お前のファンに刺されかねねーんだからよ」

 

 ゼインが本気でイヤそうな目でこっちを見る。姫子はざまみなさいと鼻で笑うと、くり抜かれた青空へと視線を上げた。

 

「——ねぇ、ゼン」

 

「あん?」

 

 

 

 

 す——と開きかけた唇は。

 

 

 

 

「——…………なんでもない」

 

 

 

 言ってやるって決めたはずの本当の気持ちは、

 

 

 やっぱり口に出せなかった。

 

 

 

 

 

 

    *    *    *

 

 

 

 

 

 

 今日のところはあまり長居をする予定じゃなかった。

 

 いくつか状況の報告・共有やら、少し物資の補給をかねて立ち寄らせてもらっただけ。

 

 だから、姫子は、ヒールの音を立てながら廊下——宇宙ステーション「ヘルタ」。

 

 そのメインブロックから星穹列車(せいきゅうれっしゃ)が停車しているポートデッキへつながる連絡通路を足早に行く。

 

 ロングの赤い髪がたなびくだけで、自然と宇宙ステーションのスタッフ達の視線を集めていく。

 

 ——美しい、綺麗、美人、そんな俗っぽい思いが男女問わずよぎっているのだろうが、多少目端(めはし)が利く人間ならそれに気づくかもしれない。

 

 白いドレスの胸元に、目立たないよう、小さな何かが留められている。

 

 黒い布のブローチ。

 

 それは何かと誰に問われても姫子は寂しげな笑みを浮かべて、明確な言葉を返すことはない。

 

「次はそうね……クランバール、イッシュモニカ、そのあたりがいいかしら」

 

 列車が向かう新たな星へと思いを馳せながら、足跡は規則正しく通路に響く。すれ違うスタッフたちが、その容貌(ようぼう)や知性、ナナシビトとして宇宙の各地で活躍し、名を高めていく彼女へ「姫子さん、お疲れさまです」と挨拶をしていく。それに姫子は笑顔と手をあげて応えて、歩みを止めることはない。

 

 いつも通りの一日。いつも通りの廊下。

 

 それでもときどき、ふとした瞬間に——あの潮と油のにおいや、人影を探して目がさまよってしまうのは何故だろうか。

 

 進めば進むほどに、人々のざわめきが大きくなっていく。

 

 次第に見えてきた広大なポートデッキは星穹列車に限らず、調査船、輸送艇、個人の小型艇といった様々な宇宙船もまたドッキングアームにつながれていた。到着したばかりの乗客や出発をいまかと待つ人々、荷物を運ぶスタッフたちでごった返している。

 

 これもまた、何度も訪れた今となっては、いつも通りの光景。

 

 姫子は慣れた様子で、彼ら彼女らの間を縫ってい

 

 

 

 

 ——すれ違った。

 

 

 

 

 その、瞬間。

 

 

 なぜだかはわからない。

 

 

 考えるより先に、手が動いていた。

 

 

 振り向いて、

 

 

 すれ違ったばかりの、男の腕を掴んでいた。

 

 

 

 

 男が振り返る。

 

 驚いた顔。当然だ。すれ違いざまにいきなり腕を掴まれて、驚かない人間はいない。

 

 

 

 目が合った。

 

 

 

 

 ——知らない、顔。

 

 

 

 自分が何をしているのか、一番わかっていないのは姫子自身だった。

 

 骨格が違う。目の色も、鼻の形も、髪の色も、何もかもが違う。

 

 あの幼馴染とは何ひとつ重ならない、まったくの別人。

 

 

 当たり前だ。あいつは、もう——

 

 

「……っ、ごめんなさい、人、違い、で——」

 

 姫子は手を離した。後ずさるように一歩、二歩。男の顔をもう一度見てしまう。

 

 見れば見るほど、知らない顔だった。

 

「……本当に——ごめんなさい」

 

 頭を下げて、背を向ける。早足が、駆け足になる。階段を駆け上り、星穹列車に飛び乗って、壁に背をつけて——

 

 

 姫子は、目を閉じた。

 

 

 心臓が、うるさいほど鳴っていた。

 

 

 ——なんで。

 

 

 なんで今、あんなことをしたのか。自分でもわからない。

 

 知らない人の腕を掴むなんて。

 

 知らない人にあいつの面影を重ねたのか、どうかしている。

 

 胸の上で揺れる喪章に、指が触れる。

 

 

 

 ——いい加減にしなさい、姫子。

 

 姫子は息を吸い込んで、ゆっくりと吐いた。

 

 しっかりしろと両頬を叩く。

 

 今の自分のこんな姿を見たら、あいつはなんて言うだろう。

 

 きっと腹を抱えて笑って、何やってんだよってニヤニヤしながらいじってくる。そんなこと言われたらこっちもムカついて、思ってもない強い言葉を言い返して、そしたらまた「これだから年下は〜」とか火に油を注ぐ余計な一言を——

 

 

 

 

 

 

 

 もういないんだから。

 

 

 

 

 

 

 そんなことをいう奴は。

 

 

 

 追いかけていたはずの背中は、もう通り過ぎてしまったのだから。

 

 

 

 

 だから、前を向け。

 

 

 

 

 向きなさい。姫子。

 

 

 

 だって、

 

 

 ——決めたでしょ。

 

 

 あいつの最期の言葉通り、

 

 

「——旅を続けるって」

 

 

 いつかまた会えたときは、死ぬほどうらやむくらいの思い出話を聞かせてあげるから、

 

 

「今日のとこは、これくらいで勘弁、してよね……」

 

 

 もう泣くのは。

 

 これっきりに、するから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——ざわめきの中に紛れていった姫子の姿を見つめて、男は、しばらくその場に立ち尽くしている。

 

 いきなり腕を掴まれたときは終わったと思ったが、即座に勘違いだと謝罪して去って行ってしまった赤い髪の後ろ姿を、ただ呆けたように見つめていて、

 

 不意に背後から声がかかった。

 

「——こんなに早い再会になるとはな」

 

「……ん? おー」

 

 振り返れば、

 

 呆れたような顔を浮かべたアーランだった。

 

 服装はこないだの私服から、今は荒事にも対処できそうな宇宙ステーションの警備服へと変わっている。

 

「ミス・ヘルタの客人の名前がゼインと聞いて、まさかとは思ったが——」

 

「よお、こないだぶりだな。……世間って案外狭いよな」

 

 ゼインは、掴まれたばかりの腕を、もう片方の手で無意識にさすりながら、

 

「どうかしたのか?」

 

「いんや、……知り合いを見つけたんだけど、少し()せたなって思っただけだ。なんでもねぇ」

 

 アーランはしばし無言でゼインの顔を見つめていたが、やがて小さく一礼して、

 

「——研究室までご案内します。こちらへ」

 

 仕事上の口調に改めて向けられた背中には、買い物を手伝ってくれた男がなぜヘルタに招かれているのか、という疑問が張りついているのが見えた。

 

 肩をすくめて男——ゼインはその後に続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    *    *    *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——仙舟(せんしゅう)羅浮(らふ)」。

 

 仙舟同盟(せんしゅうどうめい)を構成する六隻(ろくせき)旗艦(きかん)のひとつ。

 

 あらかじめ言っておくが惑星ではない。

 

 およそ、ひとつの惑星と同じ規模を持つ——超弩級(ちょうどきゅう)方舟型宇宙船(はこぶねがたうちゅうせん)であり、八千年ものあいだ宇宙を航行し続けている、いわば一隻一隻が随意(ずいい)に動ける国だ。

 

 その内部に目を落とせば、「洞天(どうてん)」と呼ばれる区画に分かれているのを知るだろう。

 

 (にぎ)わう繁華街(はんかがい)を丸ごと収めた洞天もあれば、生い茂る野原が広がる洞天もある。

 

 そこで暮らしている船の民は大別すると4つに分けられる。

 

 大半が「天人(てんにん)」と呼ばれる”豊穣(ほうじょう)”の星神(アイオーン)薬師(やくし)に祝福された長命種(ちょうめいしゅ)であり、(なら)せば1000年もの時を生きる。

 

 次に寿命こそ天人に及ばないが、それでも300年ほどの寿命と狐の耳と尾を持つ”狐族(こぞく)”。

 

 ”不朽(ふきゅう)”の星神(アイオーン)(りゅう)を祖に持つ、500年ほどで卵となり転生を繰り返す、(つの)(うろこ)が特徴的な”持明族(じみょうぞく)

 

 そして、数百年を当たり前のように生きるそれら長命種に対し、せいぜいが100年程度の(はかな)い生を生きる短命種(たんめいしゅ)——”殊俗(しゅぞく)(たみ)”。

 

 これら異なる種族が同じ船の上で暮らし、”巡狩(じゅんしゅ)”の星神(アイオーン)(らん)信仰(しんこう)しながら、呪われし祝福を授けた、怨敵(おんてき)である”豊穣(ほうじょう)”と戦い続けてきた。

 

 その羅浮の外縁部(がいえんぶ)に、かつては洞天でくくられた居住区画のひとつだったらしい場所がある。

 

 何故、過去形か?

 

 

 

 今は見る影もなかった。

 

 

 

 建造物の骨組みだけが空に向かって突き出し、崩れた屋根瓦が地面を覆っている。焼け焦げた柱の残骸。ひしゃげた欄干(らんかん)。石畳は大地ごとえぐり取られたように裂けて、その断面から黒ずんだ土が露出していた。

 

 これがたった1人の手で壊されたものだとは、にわかには信じがたい。

 

 銀狼は、崩れた壁の陰から顔を出し、スマホの画面に目を落とした。

 

 

 そこにはエリオから提供されたエネミーのデータが表示されている。

 

 

 ——難易度:SS

 

 ——対象名:(じん)

 

 ——元・雲上(うんじょう)五騎士(ごきし)にして百冶(ひゃくや)の称号を持つ鍛冶師(かじし)。「■■」。

 

 ——また剣士としても特筆すべき点がある。幽囚獄(ゆうしゅうごく)から連れ出された際、■■より直接、剣技を叩き込まれた。

 

 ——現在、魔陰(まおん)の身を発症。極めて不安定な精神状態にあり、周辺区画に甚大な被害。

 

 ——達成条件:対象の確保。 

 ——不死に近い自己治癒能力を保持。殺傷は不可能。

 

 時折エリオによって意図的にマスクされているものの、大体の情報は揃っている。気にかかるとしたら、

 

 

「自己治癒能力に……殺傷は、不可能、ね」

 

 

 ——どこの年上バカだ。あっちは単にしぶといだけっぽいけど。

 

 と銀狼はスマホを閉じて、隣に目をやった。

 

 ホタルが膝をついて、前方の瓦礫の向こうを覗き込んでいる。その手は、すでにSAMの起動キーを握っている。いつでも変身できる態勢。表情こそ緊張しているものの、異様なこの光景に尻込みしているわけではなさそうだと判断する。

 

 反対側では、星がバットを肩に担いで、じっと前を見据えていた。こちらはいつものように自然体極まりない。逆にもう少し緊張したほうがいいんじゃないと銀狼は思う。

 

 3人の視線の先——荒廃した広場の中央に、それは立っていた。

 

 

 

 長身痩躯(ちょうしんそうく)の、幽鬼(ゆうき)のような男だった。

 

 

 

 長い黒髪が、風もないのにざわざわと揺れている。左手には包帯。右手には、刀身にひびの入った剣。

 

 (まと)っている空気が、こちらと根本的に違った。殺意とも怒りとも違う、もっと底の深い——自分自身を燃やし続けている炎のような、ドス黒い何かが渦巻いてるように感じる。

 

 低い声が、途切れ途切れに漏れていた。

 

「——どこだ……あいつは」

 

 その言葉とともに、刃の右手が動いた。ひびの入った剣が——自分自身の左腕に、振り下ろされた。

 

 あっ——とホタルが息を呑む。同じく星がバットを握ってない手を口元に持っていった。

 

「殺す……殺せ。殺す、俺を……殺してくれ……」

 

 肉が裂ける音。血が飛ぶ。腕が半ばまで断たれて、だらりと垂れ下がった。

 

 

 ——数秒。

 

 

 

「なぜ——」

 

 

 肉が盛り上がり、断面が塞がり、腕が元の形に戻った。刃は治った腕をぼんやり見下ろして、もう一度、振り下ろした。

 

 

「——なぜだ、なぜ死ねない……なぜ……」

 

 

 うわごとだった。

 

 誰かに向けた言葉ではない。自分の中にある何かと、延々と対話している——いや、はたして対話なのだろうか。壊れたレコードが同じ溝を繰り返しているだけの方が近いかもしれない。

 

 

「……なにあれ」

 

 

 いつもは溌剌(はつらつ)とした(せい)の声が、やけに小さい。ホラー映画よりよほど本能に訴えてくる恐ろしさが目の前の現実だ。

 

 ホタルは何も言えなかった。両手で口を覆って、目を逸らせないまま固まっている。

 

 銀狼だけが、表情を消していた。端末を持つ指先が、わずかに白くなっている。

 

 事前情報では「元・雲上の五騎士」と聞いていた。銀狼個人としてはいかにもそそられる肩書きだ。

 

 仙舟の歴史に名を残す伝説の戦士のひとり。百冶(ひゃくや)の称号を持つ凄腕鍛冶師にして、遙か昔の”豊穣”との戦争を戦い抜いた英雄。

 

 いわゆる1つのレジェンドキャラ。前作の主人公パーティキャラとして続編で数年後の姿で登場しそうな過去だ。

 

 だが——目の前にいるのは英雄の面影など欠片もない、どう考えてもとんでもない厄災がその身に降りかかり、結果として壊れてしまった哀れな男だった。

 

 いつまでもこうして静観しているわけにもいかない。

 

 

「——行くよ、2人とも」

 

 

 意を決し、銀狼が、静かに合図を出した。

 

 ホタルが頷く。燐光(りんこう)がホタルの身体を包み、一瞬で装甲に覆われた巨躯——SAMが、瓦礫の向こうに躍り出た。

 

 同時に、星が横から回り込む。バットを低く構えて、地面を蹴る。

 

 銀狼は後方に残り、指先が宙に走った。ハッキング——対象のステータスを読み取り、弱体化(デバフ)のコードを叩き込む。

 

 

 

 ——ERROR

 

 

 

「なんで?」

 

 

 数値がおかしい。防御力も攻撃力も、想定より桁がひとつ多い。しかもステータスそのものが不安定に明滅して、読み取りのたびに数字が変動している。

 

 銀狼の頭の中ですぐさま仮説が構築される。

 

 明らかにジャミングされてるってわけじゃない。読み取り自体は成功してる。なのに毎回数値が違うのは、読み取りのたびに対象のほうが変わってるからとか——

 

 おそらくあるとすれば、あのドン引きものの自傷行為。

 

 そう——身体が常に壊れて治ってを繰り返しているせいだ。スキャンするたびに対象の状態が書き換わるから、数値が安定しない。

 

 弱体化のコードを注入しても、高速治癒が身体を常時再構築しているせい定着しない。たとえるならパッチが当たる前にOSごと初期化してなかったことにされるようなものだ。

 

 ——ゼインが”A.R.P.(アープ)”とか言っていた修復能力とコンセプトが同じだがまた別タイプ。あれはカロリーと引き換えの修復らしいが、目の前のこいつは代償すら踏み倒して無限に再生し続けているように思えた。

 

 しかもそれだけじゃない。身体能力の数値が、生物として正常な範囲を逸脱していた。

 

 痛覚のリミッターがとうに外れた状態——人間の筋肉と骨格が本来出していい出力ではない。

 

 普通その代償として身体が壊れるはずだが、この男の場合、壊れたそばから治るので意に介さない。

 

 

「リアル狂化(バーサク)ってワケ……」

 

 

 舌打ちをして、別のアプローチに切り替える。だが、それよりも前に——

 

 

 刃が動いた。

 

 

 うわごとを呟いていた口が閉じ、虚ろだった目が——焦点を結んだ。

 

 瞳に映るは3人。

 

 陽炎(かげろう)のように揺らめきながら、最初に動いたのは星の方向だった。

 

「させません。——掃滅、開始ッ!」

 

 SAMが前に出る。スラスターの噴射と共に鋼鉄の拳が弧を描いて刃の胴体を捉えた——が、刃はSAMの拳の速度に合わせるようにして身をひねり(かわ)す。勢いそのまま、軽業(かるわざ)がごとくSAMの腕の上に乗り、

 

 そのまま後ろ歩きするように身を倒し、トンットンッとSAMの頭部を足がかりにして跳躍、宙返りを披露し、一息で(せい)の間合いに入る。

 

「——っ!」

 

 星が飛びかかるようにして、バットを全力で振り下ろす。

 

 刃はそれを剣で受けなかった。

 

 剣鋒(けんぽう)が、バットの(グリップ)とヘッドの境目——接合部を、吸い込まれるように通過していく。

 

 一太刀。

 

 バットが上下に分かれて、星の手の中から金属片が散った。

 

「——え」

 

 (せい)の手に残ったのは、(グリップ)だけだった。

 

 斬られたことすらわからなかった。力任せに叩き折ったのではない。接合部の素材がわずかに変わる境目を——あの一瞬で見抜いて、そこだけを切った。

 

 神業(かみわざ)

 

 銀狼の目が見開かれた。

 

「——武器破壊……ッ!」

 

 資料に書いてあったことの意味が、今になってわかった。元・百冶。かつての仙舟最高の鍛冶師。

 

 どうやらこの男は武器や防具の構造を、金属の組成を、いともたやすく読み取る目を持っている。壊れた頭でうわごとを呟いていても、——かつて(つちか)った技術は体に染みこんでいるらしい。

 

 SAMがすかさず(せい)をかばう位置に割り込んだ。刃の剣がSAMの左肩装甲に叩きつけられる。

 

 今度もまた力任せではなかった。装甲の継ぎ目——パネルとパネルが重なる隙間を、正確に狙っていた。

 

 金属が悲鳴を上げる。SAMの左肩装甲が、縫い目を裂くようにめくれ上がった。

 

「——くっ、装甲損傷……!」

 

 ホタルの声が、SAMの中からくぐもってここまで届く。

 

 刃は間髪入れずに二撃目を振った。今度は右脚の関節。三撃目はバイザーの留め具。すべてが構造上の急所だった。力ではなく、知識で鎧を剥がしにきている。

 

 SAMが後退しながら拳を連打する。一撃、二撃、三撃——そのどれもが人体を破壊するには十分すぎる威力で、刃の身体を殴り飛ばした。

 

 骨が折れる音。肉が裂ける音。壁に叩きつけられて、人の形が崩れる。

 

 ——1秒、2秒。

 

 骨が繋がる音がした。肉が盛り上がる音。ぐちゃり、ぼきり——人の身体から出ていい音ではなかった。

 

 粉塵(ふんじん)が晴れると、(じん)は立ち上がっていた。陥没(かんぼつ)していたはずの胸が、見ている間にもとの形に戻っていく。

 

「思い出した! ——あれ、こないだビデオで見た! ゾンビ、それかキョンシー!!」

(せい)! 下がってください!」

 

 星の手元にはもう武器がない。折れたバットの柄を握りしめたまま、SAMの張り上げた声に従い、後ずさる。

 

 刃の光のない目が(せい)をかすめる。

 

 ——もう脅威ではないと判断したのか、視線はすぐにSAMに戻る。

 

 次の標的が決まっていた。

 

 残った二人のうち、より硬い方——SAMの装甲を、構造ごと解体するつもりだ。

 

 刃がSAMに向かって踏み込んだ。ひびだらけの剣が刺突するように構えられ、

 

 その動きに、理性はなく、戦術もまたなかった。

 

 だが、身体に刻まれたかつての大戦を経て得ているはずの戦闘経験と、誰かに叩き込まれたらしい剣技が意思の代わりに刃の四肢を動かしているように銀狼には見えた。

 

 SAMの右腕の関節を切り、駆動系を半壊させた。ホタルが悲鳴を上げる。左腕で掴みにかかるが、刃はSAMの腕を掴み返し、恐ろしい膂力で——およそ数百キロの鉄塊を、投げた。

 

 SAMの巨体が瓦礫の山に突っ込む。

 

 銀狼のハッキングが、再び刃に向かう。神経伝達にノイズを流し込み、剣を振る筋肉の反応を遅らせにかかる。一瞬だけ動きが(にぶ)った——が、高速治癒が神経回路ごと再構築してしまう。ノイズを流しても、回線ごと張り直されたら意味がない。

 

 銀狼が舌打ちした瞬間、

 

 

「がぁあああああああああああっ」

 

 

 突如、苦悶(くもん)にうめき、(ひたい)をおさえたまま刃が身体をくの字に折る。

 

 呆気に取られる銀狼達をよそに、血走った刃の目から、涙が流れていた。

 

 

「——なぜ、泣くのですか……」

 

 瓦礫をかきわけ立ち上がるも、今のダメージで右腕が火花を散らし、力なく垂れ下がった状態のSAMから声が響く。

 

 

「……終わりなき、煉獄(れんごく)

 

 

 息も絶え絶えに、ホタルに対する返答か、それとも独り言なのかわからないことをこぼす。

 

「——この身は()かれ、しかれど……、許されることは、ない」

 

「なら、燃やし尽くします——ッ!」

 

 SAMの左脚に炎が纏わりついた。

 

 駆動系が半壊した右腕の代わりに、残った四肢すべてのエネルギーを左脚に集中させている。

 

 踏み込み。瓦礫が弾け飛ぶ。

 

 炎を纏った蹴りが、刃の胴体を正面から捉えた。

 

 衝撃と熱が同時に炸裂する。刃の身体が炎に包まれたまま吹き飛び、崩れかけた建造物の柱を合計3本へし折って、壁に叩きつけられた。焼けた肉の臭いが広場に漂う。

 

 着弾点から黒煙が上がる。

 

「——やった……?」

 

 (せい)が物陰から顔を出して、つぶやいた。

 

 

 ——もしこの場にゼインがいたら、「おま、それ一番言っちゃいけねぇヤツ!」と叫んでいたことだろう。

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 ぱちぱちと、焦げた皮膚がめくれる音。その下から、赤い新しい肉が盛り上がっていく。炭化した筋繊維が剥がれ落ちて、白い骨が一瞬覗いて、すぐにまた肉に覆われていく。

 

 

 煙が晴れた。

 

 

 刃が、立っていた。

 

 

 全身の火傷が、見ている前で消えていく。焼け落ちたはずの肌が、十秒と経たずに元通りになっていく。炎で焼かれた痕跡が——なかったことにされていく。

 

 ホタルは、SAMの中で息を止めていた。

 

 ——直後、SAMの左脚から力が抜けた。

 

 エネルギーラインの警告によって、カメラアイが赤く点滅する。左脚の駆動系、出力低下。続けて、膝関節のロックが外れ、

 

 

「——え?」

 

 SAMが、片膝をついた。

 

 意味がわからなかった。蹴りは確実に当たって、吹き飛ばしただけのはずだ。なのに——なぜ。

 

「ホタル、蹴った瞬間にやられてる!」

 

 銀狼の声が飛んできた。SAMの行動(アクション)ログを読み取ったらしく、

 

「蹴りが当たった直後、吹っ飛ぶ前の零コンマ何秒で脚のエネルギーラインと膝の関節部に2発入れられてる。——どんなDEX(デックス)AGI(アジ)してんの」

 

 右腕は半壊。

 

 左脚も、エネルギー系も断たれた。

 

 SAMを身にまとう武器と表現するなら、これもまた(せい)に引き続き破壊されたというわけだ。

 

 

 銀狼の頬を汗が伝い落ちる。

 

 

 

『現実は、ゲームほど都合良く復活(リスポーン)しないけどね』

 

 

 

 どこがだ。してるじゃん。

 

 

 一緒に格ゲーで対戦してたときにゼインが「あの猫はヤらしいんだよ、今度マタタビかがせちゃる」と陰口を叩いていたが、その意味がようやく飲み込めてきた。

 

 一旦落ち着こう。

 

 手強いエネミーなのは認める。

 

 高速治癒によるほぼ無限の体力。こちらの攻撃を見切った上で武器を破壊してくる身体能力と比較にならないほどの戦闘経験。

 

 ハッキングは高速治癒に上書きされて定着しない。おまけに(せい)、SAMともに半リタイア状態。

 

 このまま消耗戦を続ければ、先に限界が来て全滅するのはこちらの方だ。

 

 通常の手段では、もう——

 

「じゃあ、仕方ないよね」

 

 銀狼は、ホログラフィックウィンドウを閉じた。

 

 

 

 

 そして、エーテルを走らせ、

 

 

 右手に無限の力を内包してそうな籠手(ガントレット)を装着する。

 

 

「ホタル、(せい)、内緒にしといてよ。私が——()めプしてたって」

 

 そうして、革ジャンのポケットから取り出した親指ほどのサイズの「エーテルカセット」チップを籠手の甲へと埋め込むと、

 

「面白くなってきたじゃん。——やるよ、アッハ」

 

 とある星神(アイオーン)の名を口にし、

 

 

 あの黒猫が——殺傷は不可能というのなら、

 

 

 それすら嘲笑(あざわら)ってこそ、

 

 

 

 

 

 ——『愉悦(ゆえつ)』。

 

 

 

 

 

 こういう時になんと言うべきだったか。

 

 

 ああ——と銀狼は思い出し、

 

 

 

 

 

 

 

「別に、アレを倒してしまっても構わないんでしょ?

 

 ——エリオ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「それは困るな」



執筆時BGM:
前半「Moon Halo」ようつべのオルゴールアレンジ
後半「アニマロッサ」ポルノグラフィティ



▼おまけ▼


くろぬこの館
〜迷える子羊たちに後悔しない選択を〜



何が聞きたいの?

なるほど、どうすればよかったか、か。

そうだね……彼の前で絶対にそんなこと許さないとか縛るような発言は悪手だったね。

年下であろうとなかろうと、それ以前に精神的な余裕と包容力を見せない限り、攻略は難しいんだ。アオハルすること自体は尊く、美しいと思うけどね。

たとえば? 

そうだな、どんなに距離が離れていようと、2人を結びつける何かがあれば多少は許容する、とかさ。

逆にいえば、そこをクリアしたことで、姫子くんと彼がそういう関係になった世界線(ブランチ)もある。

もっともその場合は、……こちらから迎えにいかないといけないから、分岐点(フラグ)管理が面倒ではあるんだけれど。それでも、『まったく年下は最高だぜ!』世界線(ブランチ)より全くもってマシだけどね。あれはツラいんだ……すごく。

まぁあとは『口にしておくべきだった』。

……めげずにガンガン攻めるのも手だからね。事実、それで……いや、このくらいにしておこうかな。あまり語りすぎてもダメだからね。未来はデリケートなんだ。

この場合においては結局……()()()()()()()()()()()()()()()、というやつだ。

参考になったかな。それじゃ。


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