ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#53 "W.F.ロードは彼女なのか?"

 

 

 

 

 

「別に、アレを倒してしまっても構わないんでしょ?

 

 ——エリオ」

 

 

 吹きすさぶ風に、銀狼が言の葉を載せた瞬間、

 

 

 

 ——世界のルールが、変わり始めた。

 

 

 

 銀狼の右手に装着された籠手(ガントレット)が低い振動を発する。エーテルカセットが甲のスロットに噛み合い、回路に七色の光が走っていく。

 

 瓦礫の広場の地面にうっすらと青い光の格子(こうし)が浮かび上がった。崩れた壁にも、散乱した石畳にも、等間隔に光の線が走っていく。まるで設計図(ワイヤフレーム)の上に立っているような——

 

 

「……なに、これ」

 

 

 様変わりしていく世界に、物陰から顔を出した(せい)が目を丸くしている。SAMのカメラアイも明滅して、ホタルが内部で状況を確認しているのがわかる。

 

 銀狼の口端が上がる。

 

 ——同時接続者(ビューアー)なんていくらいたっていい。どっかの星神(アイオーン)すらも、せいぜいゲラゲラ笑っていればとすら銀狼は思う。

 

 

 

「こっから先は——ガチ部屋で!」

 

 

 銀狼は、デコから顔の半分を覆うほど巨大なサングラスを鼻梁に落とした。

 

 左右のレンズは普通の楕円ではない。鋭く尖った三角形が外側へ大きく伸び、中央で噛み合うように折れている。

 

 まるで、プリズムで出来た翼をそのまま顔に貼りつけたような形だった。

 

 格子の光が一段強くなる。

 

 空間の端にUI展開——ヒットポイントバー、コンボカウンター、ステータスウィンドウが半透明のまま浮かび上がった。銀狼にだけ見えるものもあれば、場における全員が閲覧できるものもある。

 

 

 そして、籠手(ガントレット)の甲に指先を走らせる。カセットのROMに、直接コードを書き込んでいく。

 

 

 

「すべてのプロセスは私次第

 ——だってその方が面白いから。

 

 すべてのルールは私次第

 ——だってその方が愉しいから。

 

 すべての権限は私次第

 ——だってその方が傑作だから。

 

 この世の全ては私次第。

 

 ——だってその方が笑えるから。

 

 せいぜいおもしろおかしくするから

 ——見てて、アッハ」

 

 

 

 宣言と共に、この空間で走るすべてのプロセスの最上位権限が、銀狼の手の中に収まる。

 

 (じん)はまだ広場の中央に立っている。

 

 光のない目で、うっすらと銀狼を瞳に収めている。

 

 ただ変化は感じ取っているのか、身体が警戒するように低く沈んだ。

 

 

 ——ROM、書き込み完了(コンプ)

 

 

 銀狼は手をかざし、

 

 

 

 

最終鬼畜管理者:銀狼(ルート:ウルフロード)、ログイン」

 

 

 

 

 

 

 彼女の愉しい世界が、起動した。

 

 

 

 

 

 

 セット。

 ——タイトル:Wolf Make Lie(ウルフメイクライ)

 

 

 空気からまとわりつくような粘りが消えた。

 

 重力——身体が軽い。

 

 正確に言えば、この空間内での重力加速度を書き換えたのだ。背中に展開されたウィングユニットにより銀狼の身体がふわりと浮き——瓦礫の柱を蹴って、一気に刃の頭上へ。

 

 視界の隅にスタイリッシュランクが表示される。

 

 

 ——《D-ull》。

 

 

 なにもしていないのにDスタートとか、ちょっとモチベに関わるんだけど。と銀狼の唇が尖る。

 

 刃が反応した。長い黒髪がうねり、ひびだらけの剣が弧を描いて空に向かう。速い。だが——

 

 

 こっちはもっと速い。

 

 

 銀狼は空中で身をひねって斬撃をすり抜け、回転の勢いのまま踵を刃の肩口に叩き込んだ。衝撃が地面を放射状にひび割れさせる。

 

 ——《C-ool!》。

 

 着地はしない。跳ねた反動でさらに上へ。重力は味方だ。自分で設定したんだから当然。

 

 崩れかけた柱を足場にして三角跳び。左右の壁を蹴り、不規則な軌道で刃の周囲を旋回する。刃の剣が追ってくるが、地上の剣技は空中の機動を捉えきれない。

 

 上から蹴り、横から蹴り、背後から蹴る。一撃ごとにコンボカウンターが回り、ランクが駆け上がっていく。

 

 ——《B-ravo!》。

 

 ——《A-bsolute!》。

 

 

 チャート通り。

 

 ゴールド出てる。

 

 

 ——《S-tylish!》。

 

 

 いいペースだ。このままランクを維持して、ダメージを重ねれば——

 

 

 ぐるんと刃の目が変わった。

 

 

 虚ろだった瞳に、何かが灯る。理性ではない。本能よりもっと深いところに刻まれた——反射(ナニカ)

 

 銀狼が左から仕掛けた蹴りを、刃の剣が迎え撃った。

 

 同じコースだ。三手前と同じ角度、同じタイミングで入った蹴りを、刃は正確にカウンターした。ひびだらけの刀身が銀狼の(すね)を捉え——障壁(バリア)展開——弾かれて体勢を崩す。

 

 壁に叩きつけられるのを空中で姿勢制御して着地。衝撃が両脚に走る。スコア変動。

 

 ——《C-ool!》に落ちた。

 

 もう一度同じコンボを試す。左から入って、フェイントを挟んで、右に——

 

 刃の剣が先回りしていた。

 

 フェイントの先を読まれた。

 

 銀狼の目が細くなる。

 

 百冶(ひゃくや)。伝説的な鍛冶師の目。武器の構造を読む力だと思っていたが、どうやらそれだけじゃない。

 

 その本質はきっと、解析。

 

 攻撃のパターン——動きの構造そのものも、見抜いてくる。

 

 同じ技は二度通らない。壊れた頭でも、その目と、ほとばしる才気、そして身体に刻まれた経験値がパターンマッチングを走らせている。

 

 

 ——なるほど。学習型のボスか。

 

 

 だったら——

 

 

 

「——タイトルセレクトッ!」

 

 カードをシャッフルするようなアニメーションとともに、サングラス越しの視界に銀狼の特別お気に入り(スペオキ)のタイトルがズラッと並ぶ。

 

 何もない空間から引き抜く動作と共に、

 

 

「セットッ!」

 

 

 銀狼は籠手(ガントレット)の甲に指を走らせた。ROMのコードを書き換え——ゲームの中身が変わり——タイトルが更新されていく。

 

 

 

 それはまた空間のルールも同様。

 

 

 

 

 ——タイトル:ウルフの伝説

      BREACH OF THE WILD(ブリワイ)

 

 

 

 重力操作が消え、代わりに空間内のすべてのオブジェクトに干渉する権能を設定する。

 

 

「マグネタッチ!」

 

 

 銀狼が指揮者のように手を動かせば、得体の知れない力場がうごめき、瓦礫の破片が浮き上がる。

 

 崩れた壁の残骸、砕けた石畳、ひしゃげた金属の(はり)——そのすべてが銀狼の意志に従って宙に漂い、容赦のない弾丸の群れとなる。

 

 刃が踏み込んでくる。

 

 銀狼は瓦礫の塊を3つ、同時に射出した。正面、左、上。三方向から飛来する不定形の弾丸を、刃は剣で切り落とす——が、4つ目が死角の右下から脚を(すく)う。

 

 型も、拍子も、殺気の起点もない。

 

 ただの瓦礫が、銀狼の気まぐれひとつで、死角から襲ってくる。

 

 さらに地面が裂けた。

 

 銀狼が足場の権限を書き換えて、刃の立っている石畳を突然2つに割る。バランスを崩した刃の胴体に、浮遊させていた金属梁を横殴りに叩きつけた。

 

 吹き飛ぶ。壁に激突。煙が上がる。

 

 どうせ数秒で治癒するのはわかっている。だから止めない。

 

 煙の中から立ち上がった刃に、今度は頭上から——崩落しかけていた天井の残骸を丸ごと落とした。

 

 数トンはあろうかという瓦礫が(じん)を埋める。

 

 これもトドメにはならない。

 

 数十秒もすれば、あいつは瓦礫の下から這い出てくるだろう。でも、それでいい。

 

 大事なのはランダム。同じ技を選択しない。同じ手順を踏まない。同じ軌道、リズム、とにかく攻撃に型を持たせない。

 

 床も、壁も、柱も、屋根もそこらに転がる破片のひとつひとつに至るまで、ステージ上にあるオブジェクトは、全部こっちの弾だ。

 

 百冶(ひゃくや)が読めるのは「動きや技の構造」。

 

 なら、構造そのものをなくしてやる。

 

 瓦礫の山が盛り上がり、刃が這い出してくる。銀狼は次の瓦礫を浮かせながら——内心で舌打ちした。

 

 削れてはいる。だが届かない。

 

 今の攻撃は、あくまで足止めと削り。刃の再生を上回るには、まだ足りない。

 

 しかも——弾は無限じゃない。あたりのオブジェクトも使い尽くしたら終わりだ。

 

 

 じりじりと削るか、一撃で沈めるか——。

 

 

 

 

 

 ——よし決めたッ。

 

 

 

 

 

 

「タイトルチェンジ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——タイトル:GUILTY KIBA(ギルティキバ)

 

 

 

 対戦格闘のルールが空間に適用された瞬間、世界が狭くなった。

 

 広場そのものは変わらない。だが「戦える距離」が決まった。銀狼と刃のあいだに見えない枠が設定され、その内側だけがフィールドになる。

 

 刃が動いた。

 

 剣が横一文字に薙いでくる。速い——が、銀狼にはフレームが見えている。

 

 この空間内では、フレーム——すなわち細かなコマにすべての行動が分解される。

 

 攻撃が出るまでの時間。剣の軌跡が残る時間。振り切った後、身体が戻るまでの時間。

 

 刃の横薙ぎは発生12フレーム、持続4フレーム、硬直18フレーム。

 

 硬直がある。

 

 銀狼は剣が振り切られた瞬間に踏み込み、刃の脇腹に拳を叩き込んだ。一撃。

 

 

 そして——ロマンシングキャンセル(ロマキャン)

 

 

 自分の攻撃後の硬直を、()()()()()()にする。

 

 拳を引き戻す動作が消えた。

 

 引き戻す前に次の蹴りが入る。蹴りの硬直もキャンセル。続けて膝。膝の硬直もキャンセル。

 

 刃の身体が弾む。

 

 反撃しようとして剣を持ち上げるが——銀狼の次の打撃がそれより先に到達する。

 

 行動の硬直が存在しないのだから、人間が反応できる隙間がない。

 

 コンボカウンターがめまぐるしく回る。5、8、12、17——

 

 

 ここだ。

 

 

「——削りきるッ!」

 

 WR(世界記録)更新ペースでしょという言葉が銀狼の脳裏にチラつく。

 

 一方的な鬼ラッシュ。刃の剣は一度も銀狼に届かない。振ろうとするたびに、硬直の隙間を突かれて次のコンボが始まる。

 

 22、25、30——

 

 コンボカウンターが回り続ける。刃の身体が殴られるたびに骨が折れ、

 

 

 ——もっと、

 

 

 肉が裂け、

 

 

 ——もっと速く、

 

 

 

 

 

 だが——治っていく。

 

 

 銀狼の拳が刃の顔面を捉えた瞬間、陥没した頬骨が見ている前で元に戻った。

 

 33、36——ダメージは入っている。コンボは途切れていない。なのに——

 

 40ヒット目。

 

 ヒットした瞬間、コンボ開始時に与えた1ヒット目のダメージ跡が、もう消えていることに銀狼は気づいた。

 

 コンボを完走しても——最後の一発が当たる頃には、最初の傷がもう治っている。

 

 火力が足りないんじゃない。

 

 ここまでやってなお、倒しきるまでの時間が足りない。なぜ。もしかして——

 

 

 ——向こうの治癒速度が加速している。

 

 

 なら40ヒットを50にしたところで、治る速度がダメージを上回っている以上、永遠にHPがゼロにならない。

 

 

 じゃあ——手数じゃなく、精度。

 

 

 ロマキャンは硬直を消してコンボを途切れさせない技術だ。

 

 だがコンボが途切れないということは、一連の動作の流れの中で打点が決まるということでもある。つまり、「どこを殴るか」を一発ごとに選ぶ余地がない。急所じゃないところも殴らざるを得ない。が、その間に急所が治ってしまう。

 

 

 手数を捨てろ。コンボを捨てろ。

 

 一撃ごとに「どこを壊すか」だけを選べ。

 

 

 

「——チェンジ」

 

 

 

 さらに格闘ゲーム(格ゲー)のタイトルが入れ替わった。

 

 

 

 

 

  ——タイトル:鉄犬~TETSUKEN~

 

 

 

 

 新たに銀狼の視界に表示されたのは——刃の全身のフレームデータ。

 

 骨格、筋繊維の走行、関節の可動域、剣を振るときの重心移動。それらすべてが数値として可視化されている。

 

 刃の上段攻撃——剣が縦に振り下ろされる。発生14フレーム。

 

 銀狼は最小限の動きで半歩ずれた。刀身が頬の横を通過する。

 

 硬直——16フレーム。

 

 確定反撃。

 

 銀狼の指が刃の右手首の(けん)を正確に打った。剣を握る指が一瞬だけ痙攣(けいれん)する。続けて膝裏の靭帯(じんたい)に蹴り。崩れかけた体勢を見逃さず、鎖骨の下の胸鎖関節(きょうさかんせつ)掌底(しょうてい)

 

 三点。すべて人体の構造上の急所。

 

 派手さなんてない。コンボカウンターも回らない。

 

 だが、再生が追いつく前に、次の急所を壊す。再生にかかる時間——約4秒。その4秒のあいだに3ヶ所を壊せば、身体はまともに動けない。

 

 治る。壊す。治る。壊す。

 

 銀狼の表情が冷えていく。

 

 RTA走者が最終局面で無言になるのと同じだ。集中が極限に達して、実況をしている余裕がなくなる。

 

 刃の右膝を崩し、左肩の関節を外し、剣を持つ手の小指の腱を切る。再生を見越して、再生後に最初に動く部位から順番に壊す。

 

 フレームを読み、確反を入れ、離脱する。

 

 これを何十回と繰り返せば——いずれ再生の速度を上回れる。理論上は。

 

 実際、刃の動きが(にぶ)り始めていた。

 

 壊す速度が治る速度を追い越し始めている。もう少し。もう少しで——

 

 刃の右腕が治った。

 

 ——速い。

 

 さっきまでより、さらに再生が加速している。4秒かかっていたものが、2秒に縮まっている。

 

 銀狼の指が止まった。

 

 なぜ。瞬時。フレームデータを読み直す。刃の生体情報がおかしい。数値が跳ね——明滅している。

 

 読み取りのたびに、値が変わっていく。

 

 これは最初のスキャンした時と同じ症状だ。でも——何かが違う。

 

 あのときは「壊れて治ってを繰り返すから数値が安定しない」のだと思った。

 

 今回は違う。

 

 やはり再生速度そのものが、加速している。

 

 しかも——その加速のリズムが、刃の意志から外れていっているとしか思えない。

 

 刃はまだ苦しんでいる。

 

 額を押さえ、うめき、焦点の合わない目で何かを探している。攻撃する意図はあっても、身体の動きがそれとは別の——例のナニカに引っ張られている。

 

 

 

 ——すぐケリつけなきゃヤバい!

 

 

 

 銀狼が本能的に悟るのと同時に叫んでいた。

 

 

「ラストッ!。——チェンジ、

 タイトル:WTA——Wolf Theft: Any%(ウルフセフトエニパ)

 

 

 

 偉大なゲームの名をもじったWTA——ルールそのものが存在しない。バグあり、壁抜けあり、何でもあり。

 

 銀狼が持てる手札のすべてを、制限なく使える環境。

 

 正規ルートじゃ倒せない。

 

 だったらクリアだけに焦点を。

 

 Any%(エニーパーセント)で最短最速で駆け抜ける。

 

 銀狼は刃の再生パターンをスキャンし——「不可解で好都合(グリッチ)」として処理しにかかった。

 

 高速治癒の再生プロセスに解析をかける。

 

 どうやら手順がある。

 

 損傷検知→修復指令→細胞再構築→完了。

 

 このプロセスの途中にバグを仕込めば、修復指令と細胞再構築のあいだにラグが生まれるはず。

 

 ROMに書き込んだコードが刃の再生プロセスに干渉する。いけるか、いけいけ、

 

 

 

 ——効いた。

 

 

 

 刃の右腕の再生が途中で止まった。肉が盛り上がりかけたまま、固まっている。修復指令が空回りしている。

 

 

 やっぱり。このタイトルなら——

 

 

 が、

 

 

 

 

 腕が、動いた。

 

 

 

 止まっていたはずの再生が、銀狼のコードを無視して再開した。しかも——形がおかしい。

 

 戻っていく腕の形が、一瞬だけ植物のように分岐しかけた。肘から先が二股に枝分かれするように肉が膨らみ、すぐに一本に戻る。だが戻る前の一瞬——人間の腕ではないものが見えた。

 

 

 ERROR!

 

 

 ERROR!

 

 

 ERROR! ERROR!

  ERROR! ERROR!

   ERROR! ERROR!

 

   ERROR! ERROR!

  ERROR! ERROR!

 ERROR! ERROR!

 

 

 銀狼のスキャンが警告を吐いた。

 

 スキャンの結果に、異常が混ざっている。

 

 刃本人のものではない——別の生体反応が、同じ身体の中で動いている。

 

 

 ——最初は見間違いかと思った。だが違う。反応は明確で、独立していて、しかも——どんどん膨張(ぼうちょう)している。

 

 

 再生するたびに傷口から何かが溢れ出す。

 

 

 (あか)い——花弁。

 

 

 刃の裂けた肌の隙間から、彼岸花(ひがんばな)が咲いていた。一輪、二輪、三輪。腕を伝い、肩から首筋へ、足元の地面へ。

 

 朱い花が刃の身体を這うように広がっていく。

 

 別名:曼珠沙華(まんじゅしゃげ)。死者の道に咲く花。

 

 その茎が——銀狼の主催する愉悦の空間(お楽しみエリア)の青い格子に触れた。

 

 触れた瞬間、格子が崩れた。

 

 デジタルなフレームに赤い茎が絡みつき、喰い込んでいき、そして花開く。青い光の線を朱い花が覆い尽くしていく。

 

 UIがぐにゃりと歪んだ。

 

 コンボカウンターの数字もまた歪む、ヒットポイントバーの端から朱色の何かが滲み始める。

 

 愉悦の空間に、まったく別の原理が食い込んでいる。

 

 銀狼の黒目がめまぐるしく動くなかで、止まる。

 

 刃の身体から噴き出す再生が、もはや「治癒」ではなかった。

 

 皮膚の下を何かが走っている。血管なんかじゃない。筋繊維でもない。もっと原始的な、生命そのものの暴走——死なせない、死なせない、死なせないと叫ぶように、壊れた身体を無理やり再構築していく。

 

 本人の意志であるはずもない。

 

 だって、刃はただ苦しんでいる。

 

 呻き、額を押さえ、血の涙を流しながら——身体だけが、勝手に再生を繰り返し、再生のたびに赤い花弁が舞う。

 

 それは、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「——う、嘘ッ」

 

 

 愉悦の空間のルール設定が次々と無効化されていく。銀狼が書き込んだコードが、朱い花に飲み込まれて消えていく。

 

 ゲームフィールドの枠組み(愉悦)そのものが、内側から異なる概念によって食い破られていく。

 

 そんなことができるとしたら——

 

 きっと、

 

 

 あれは——こっちと同格(おなじ)だ。

 

 

 銀狼の愉悦(アッハ)由来の力を食い破りつつあるのは、

 

 あのおぞましい再生の奥にいるナニカは、銀狼の権能(ルート)と同じ階層(クラス)——星神(アイオーン)の権限を帯びた、

 

 

 ——使令(しれい)クラスの力。

 

 

 だって、拮抗(きっこう)している。

 

 今、銀狼と刃の中にいる「ナニカ」は、ほぼ互角だ。

 

 アッハのルール——"愉悦"の星神(アイオーン)の「遊び」の法則を、まったく別の星神(アイオーン)の力が、原理のレベルで侵食している。

 

 だが、辛うじて、負けてない。

 

 銀狼が最終鬼畜管理者権限(ルート:ウルフロード)を維持し続ける限り、刃も動きを制限されるだろう。

 

 完全には止められないが、抑え込むことはできる。空間がじりじりと侵食されながらも、ギリギリ持ちこたえられる、はず。

 

 銀狼がやるべきことは、エーテル演算をやめず、管理者権限を握り続けること。

 

 ——だけど、それじゃあ——

 

 

 思考が移る、次の瞬間。

 

 

 刃が——銀狼から視線をどこかへズラす。

 

 

 膠着(こうちゃく)しかける状況のさなかで、刃の身体がぐるりと向きを変えた。

 

 

 

 視線の先にいるのは——

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——(せい)

 

 

 

 

 

 

 

 銀狼と、(せい)

 2人の声が重なる。

 

 

 

 

 

「「——え?」」

 

 

 

 

 

 刃が一歩踏み出す。銀狼に向かってではなく、瓦礫の陰から固唾(かたず)を飲んで見守っていた(せい)に向かって。

 

 壊れた頭で、

 壊れた記憶で、

 まともな判断なんてできないはずなのに、

 

 

 ——戦場の弱点を突くことだけは、身体に刻まれている計り知れない戦闘経験が衝き動かすというのか。

 

 

 銀狼を正面から突破できないなら、銀狼が守ろうとしているものを狙う。

 

 それだけで、銀狼は動かざるを得なくなる。

 

 

 

 

 

 ここに至って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「——ッ!」

 

 反射的に銀狼は管理者権限維持に傾注していたリソースを割いた。

 

 (せい)の周囲に障壁(バリア)を張る。座標を固定して、判定を無効化して——

 

 

 

 

 そうすればどうなる?

 

 

 

 

 ——針の上で維持されていたバランスが崩れる。

 

 

 拮抗(きっこう)を保つために使っていたエーテル演算の一部を、(せい)の防御に回せば、それはつまり、彼岸花の侵食を抑え込むための処理能力を削ったということで——

 

 

 朱い花が一気に広がった。

 

 

 UIが端から溶けていく。グリッド線が途中で千切れ、空間の枠組みが剥がれ落ちていく。

 

 

 青いフレームの上を赤い彼岸花が覆い尽くし、無機質でデジタルな空間が、有機に呑まれていく。

 

 銀狼が必死に空間を再構築しようとする。

 

 だが(せい)の防御を維持したままでは、管理者権限の維持のリソースが足りない。かといって、(せい)の防御を解けば、(じん)が武器も何もない(せい)の元へ到達してしまう。

 

 このまま2つを同時に維持し続ければ、障壁(バリア)より先に管理者権限が落ちる。

 

 そしたら最後、障壁(バリア)もこの空間も結局全部消えてしまう。

 

 

 

 ——障壁(バリア)を切るしかない。管理者権限を優先する。

 

 

 

「ホタル! (せい)の前に入って!」

 

 銀狼が叫ぶ。

 

 SAMの脚は動かない。

 

 だが上半身はまだ生きている。ホタルが残った駆動系とスラスターを振り絞って、SAMの巨体を(せい)のほうへどうにか転がり込ませる。

 

 無様極まりない姿勢なことなど構うことなく、(せい)を覆うようにSAMは装甲の背中を向けた。

 

 

「——ごめん、あとは任せた!」

 

 

 銀狼が障壁(バリア)を切った。解放されたリソースが一気に管理者権限維持に流れ込む。

 

 侵食を押し返す。朱い花々を青で上書きし——

 

 一瞬、持ち直した——よし、管理者権限はまだ生きている。

 

 空間は維持、可能。

 

 

 だが、彼岸花は止まらなかった。

 

 

 上書きした端から新しい茎が伸びて開花する。1本消せば、2本生える。

 

 銀狼が再構築する速度を、侵食の速度が上回っている。

 

 朱と青で紫に光っていた空間が、赤紫——いや、

 

 

 朱に染まった。

 

 

 それはつまり、管理者権限が根元から食い破られたということ。

 

 

 瞬間、銀狼の心を占めたのは、

 

 

 

 なに、これ、

 

 

 ——()()()()()

 

 

 

 

 決して考えてはいけなかった思考に達した瞬間、

 

 

 

 ——愉悦の空間が、終了する。

 

 

 

 仮面の星神(アイオーン)がそっぽを向くように。

 

 青い格子が消える。UIが消える。空間を支配していたルールが消える。

 

 

 

 瓦礫の広場に、現実が戻ってきた。

 

 

 

「——ァヅッ」

 

 

 苦悶の声と共に、銀狼の膝が折れる。

 

 籠手(ガントレット)が焼けるように熱い。

 

 スロットの排熱が追いつかず、カセットの端子が赤熱している。

 

 管理者権限を維持するために回し続けていたエーテル演算が、空間崩壊の瞬間に行き場を失って籠手に逆流した。

 

 そのショックの余波もまた全身を叩いて、指先の感覚がない。

 

 視界までもがぐらつく。

 

 ——まず、い。

 

 銀狼の手札はすべて切り終わった。

 

 しかし、本当に癪なことに、

 

 

 ——刃はまだ健在だ。

 

 

 決しつつある流れに毛ほども興味がなさそうに、

 

 淡々とした足取りでSAMと(せい)の前に立つ。

 

 

 光のない目がゆっくりと——SAMの背面を走る装甲の継ぎ目をなぞっていた。

 

 

 肩甲部と背部のあいだ。脊椎(せきつい)フレームに沿った排熱スリット。腰部の接合部。装甲が重なり合う隙間。

 

 

 

 ——銀狼の背筋に、冷たいものが走り、

 

 

 

 

「——ホタル! 逃げ——」

 

 

 

 遅かった。

 

 刃の輪郭が揺らめく。

 

 ひびだらけの剣が一閃。

 

 刀身はSAMの背中——肩甲部と脊椎フレームのあいだ、装甲が重なり合うわずか数センチの隙間に、吸い込まれるように滑り込んだ。

 

 装甲の内側を貫通する。

 

 (せい)を覆っていたSAMの腕から力が抜けていく。

 

 しかし、最後の力でSAMは(せい)を突き飛ばす。

 

 たたらを踏んで(せい)は尻もちをつく。

 

 それを一瞥もせずに、刃は剣を押し込みながらSAMの巨体を押し倒した。

 

 背後から地面に叩きつけられたSAMの装甲が、瓦礫の上で跳ね——しかし、剣が地面まで突き抜けて、SAMを強引に縫い止める。

 

 

「——ッ、あ、ぁあああああッ!!」

 

 

 ホタルの絶叫がSAMの中から響いた。

 

 SAMの装甲の内側は、操るホタルの身体と直結している。

 

 剣が貫通した衝撃と痛みが、ホタルの背を貫いている。

 

 うつ伏せに倒れたまま、四肢を痙攣させている。ホタルの悲鳴が、次第に細く小さく、途切れ途切れになっていく。

 

 

 刃は、SAMの背中に突き立てた剣から、静かに手を離した。

 

 

 そして、

 

 沈黙したSAMを越えた先に——へたり込んで固まっている星がいた。

 

 

 石畳の上に座り込んだまま、目の前で起きたことを信じられないように口をわななかせている。

 

 

 刃が(せい)の前に立った。

 

 

 包帯に巻かれた手が伸び、

 

 

 (せい)の首を、片手で掴む。

 

 

 そのまま——易々(やすやす)と、持ち上げた。

 

 

 星の両足が地面を離れる。小さな身体が空中でもがく。

 

 

 両手で刃の腕を掴んで引き剥がそうとするが、びくともしない。

 

 

 星が暴れる。足が空を蹴る。指が包帯を引っ掻く。

 

 

 喉を締められた星の口から、

 

 途切れ途切れの声が漏れた。

 

 

 

 

「た、すけ——ゼ……イ……ン、」

 

 

 

 

 

 

 その声は——きっと届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 






執筆時BGM:「フルドライブ」KANA-BOON





▼おまけ▼


くろぬこ?の館
〜迷える子羊たちに後悔する選択を〜




「倒してしまっても構わないんでしょ」は良くないよ。


発言した本人にも聞いたことがあるけど、「あれはリ——その時のマスターと状況的にそういうしかなかったのだ。仕方あるまいよ」らしいからね。

まぁ、うん面白いフラグは大歓迎だけどね。どんどん立てるべき!

必要な工程とはいえ、天狗の鼻が折れるってほんっと愉しい——アハッ♪




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