ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#56 "フーテンの是印さん"

 

 

 

 

 

 ハーイ、みんな、おれ、ゼイン!

 

 運命を『視る』ことのできる

 不思議な黒猫エリオと、

 元殺し屋な超美人カフカさんに、

 ある日出会ってしまってから

 俺の平凡な日常は一変!

 

 ”終焉”の運命から宇宙を救う(笑)ため、

 星核ハンターになっちまった!

 

 あれから、(せい)にホタル、銀狼と

 頼もしい仲間も増えたけど、

 相も変わらず一歩間違えたら死にかねない

 危険なハンター業の日々。

 

 今度の行き先は"過去"だって!?

 おまけに、中華文化っぽい仙舟同盟とくればぁ、

 一筋縄じゃいかねぇよな!

 みんな心配しないでくれ!

 

 だって、俺は————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——立派なヒモになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 えーんえーん、俺がこの過去の世界に飛ばされてから、もう2週間あまり。

 

 中華文化っぽい仙舟同盟、と適当にくくってみたが、いざ来てみたら、想像してたよりずっとSF寄りで度肝を抜かれた。

 

 そもそも俺はヘルタ様の小悪魔的実験の被験者として、星神(アイオーン)由来現象の観測のためにう……うん?……うんじょ……キセキの世代とやらが活躍していた時代に飛ばされた。

 

 

 懐中時計型KYタイムマシン・グノモンによってぶっ飛んだ結果、

 

 ——俺が降り立ったのはこの仙舟「朱明(しゅめい)」。

 

 

 いやーマジでツラかった……、来てみてびっくり、この時代とこの場所、スマホじゃなくて、ガラケー。つーかほぼもう通信機に毛が生えたようなもんしかねーし! そりゃスタペイ——スターピースペイメントも使えねーよ。

 

 でさぁ、こっちの時代の現金なんてあるわけもなく、イコール、その時点で文無し確定。来て早々、俺はプライドをかなぐり捨てて物乞(ものご)いをする羽目になった。

 

 でも、ウソ……っ、アタシの世間、冷たすぎ。

 

 じゃねーわ、他民族文化あるあるかもしれねーが、差別的な感情は仙舟にはびこっていて、しかも最悪なことに俺は被差別側の短命種扱いされちまって、通りかかるやつら、ちーっとも恵んでくれねーでやんの。

 

 ただでさえA.R.P(アープ)で燃費の悪くなったこの身体にとって、飢えは前にも増して超禁物。

 

 何度もあんパンフェイスのヒーローの名前を叫んだのに助けに来てくれなかった。もうみんな嫌い。チーズ蒸しパンマンになっちゃえ。やべ、ちょっとでもメシのこと考えたらもうダメだった……、

 

 もうこれ無銭飲食するしかなくね VS よしなさいゼイン、あなたはケダモノですが、心までケダモノになる気ですか……と天使と悪魔とダークライがせめぎ合い……てか、そもそも、もう少し世間優しくてもよくねーか! ヘルタ様もグノモンより食いもんください! と極限状態でバチボコに腹を立てながら、さまよっていたところに、

 

 ハゲマッチョがガキンチョをいじめている場面に出くわした。

 

 

 

 

 

 

 思えば、それが——白珠と応星との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 はい。

 

 よし、いったんストップ。

 

 ここいらでひとまず現状を整理しておこう。

 

 

 

 一応こっちに来てから情報収集してわかったことや、前から多少は持っていた知識をまとめて、ざっと並べると——だ、

 

 そもそも仙舟同盟ってのは、いくつもの超超超巨大な宇宙船で構成された連邦だ。船一隻一隻が一つの国みてぇなもんで、それぞれが独立した裁量を持って動いてる。

 

 ここ「朱明(しゅめい)」、白珠が住んでる「曜青(ようせい)」、なんちゃらとかいう有名な将軍がいるらしい「羅浮」、他にも「方壺(ほうこ)」や「玉殿(ぎょくでん)」とか色々あるらしい。

 

 で、これが非常に(やく)いが、今は戦時下なんだそうだ。

 

 信じられます? 奥さん? 戦が始まるじゃなくて、戦なうだったのよ。しかもその戦争も、かれこれ……すんげぇぞ1000年以上やってるらしい。

 

 長命種と言われる色んな民がいるせいかもわからんが、タイムスケールがバグってんよ……。

 

 んでもって、仙舟側に対して、じゃあ敵はなんだというと、宿敵、豊穣の民——これまた「豊穣(ほうじょう)」の星神(アイオーン)薬師(やくし)を崇拝する不老不死の亜人というか獣人というか、早い話がバケモノ集団ってわけだ。

 

 そんだけ長い期間戦争しているだけあって、「巡狩(じゅんしゅ)」の星神(アイオーン)(らん)を信仰する、攻撃は最大のアタックが信条の仙舟であっても、豊穣側は超回復だのなんだの言ってみりゃあ超防御力を持っている訳で、ホコタテというかニワトリタマゴというか、戦線は一進一退といったとこみてーだわ。

 

 ここ朱明は得意分野からして、最前線で突貫というより、やはり後方支援——武器を作って援助する側だ。

 

 だから最前線サイドの曜青の方から支援要請(曜青だけに)のために使節団が来たと、んで、その中に白珠がいたわけだ。

 

 

 

 そして話は、あの空中曲芸大会の日に巻き戻る。

 

 

 

 ハゲマッチョとのトラブルの後、白珠によって俺はどうにか生きながらえることができ、とはいえアテがあるわけでもないので再びふらふらしていたところに、

 

 

 

 ——ぶつかってきたのが応星だった。

 

 

 

 泡を食って何言っているか正直よくわからんかったが、メシと命の恩人である女が大ピンチで——

 

 

「お願いします! ハクジュさんを、た、助けてください」

 

 

 汗と涙でグシャグシャの顔でさぁ——それ、くたばりかけてた俺に言う?

 

 

 そんな必死のパッチで勇気を振り絞って土下座してきたら、断れねーだろが。

 

 

 ま、その後、スパイ映画ばりの大ジャンプする羽目になったのだけは、デコピン一発で許したけどな。

 

 ……むっちゃグノモン震えてたけど、無視した。一分一秒を争うときに構ってられっか。

 

 ほんで使節団側に紛れ込んでいた豊穣側の密偵だったらしいヤツが操る宇宙艇と白珠の宇宙艇——いや星槎(せいさ)と呼ぶが、

 

 星槎同士のドッグファイトに外から「ゼイン参戦!!」して、早速ヘルタ様・カスタムのお披露目がてらテンションブチ上げでぶっ放して、命からがら着陸して、まあ、いろいろあった、ね。

 

 で、

 

 クソデカため息がつい漏れる。

 

 

 

 

 

 ——白珠、あなたに惚れてしまったみたいです!

 

 

 

 

 

 寝床の上で頭抱えてゴロゴロ転がるしかない。

 

 ぬおおおおおおおおおお、どうしよう、あの後のあいつのかもし出す甘酸っぱい空気ヤバかったぞ。

 

 対する俺は背中に汗びっしょりかいて、「エッアッ、マダデアッタバカリダカラ」としか言えなかった。そしたらあいつなんて言ったと思う?

 

 

 

 

 

「はいっ、これから是印(ゼイン)さんに白珠のことたっくさん知ってもらいたいです! そして、白珠も是印さんのことたっくさん知りたいです!」

 

 

 

 

 まぶしすぎて震えたね。俺が闇属性なら消えてたぞ。

 

 ——まだ、問題は続く。

 

 白珠は曜青の使節団員だったので、任務報告だの、なりすまし密偵騒動の後始末だの、抱えてる面倒事は山ほどあるとかで、すぐに仙舟「曜青」へ戻らなきゃならねぇと言った。

 

 俺はですよ? 朱明から見れば化外民——短命種扱い。おまけに身元不明で金もねぇし、超ベリーハードモードで進行中の是印さんです。

 

 白珠が戻れば、俺もまたそのまま朱明の路地裏に逆戻り。明日も知れぬサバイバーとして、生き残りをかけて食欲と戦わないといけない。

 

 

 ——そこで、白珠が口を開く。

 

 

 「あ、あの、是印さん、行く当てがないなら、白珠の家へ、いらっしゃいませんか!」

 

 

 ……え? いや、ちょい待とうよ。聞き間違い?

 

 

 がしかし、白珠の瞳は夜空みてぇにキラッキラしてた。

 

 

 

「あ、言い直します! 未来の二人の愛の巣へ、いらっしゃいませんか!」

 

 

 

 吹き出した。マジで何言ってんのコイツ。言い直さなくてよかったじゃん。

 

 ピピーッ!! そんな簡単に男を家に誘うもんじゃありません。いけません、いけませんよ。

 

 俺がカフ検特級保持者じゃなかったら、その場で『ゴチになります!』と即答してた。あぶねぇ、ガチであぶねぇ。ルパンダイブしちゃうぞ、オラ! こえーだろ! 滅多なこと言うんじゃねぇ!

 

 

 いや、それはちょっとと、俺が口を開く前に、

 ——もう一人、待ったをかけたヤツがいた。

 

 

 

 

 「お、お、お待ちくださいッ!」

 

 

 

 

 突如、首から耳まで真っ赤になったガキンチョが現れ、両手を広げ、白珠と俺の間に割って入った。

 

 

 「あ、あの、お兄さんは……その、私が、お預かりします……ッ」

 

 

 声は震えていたが、でも、ここは絶対(ゆず)らねぇと腹の定まった目つきをしていた。

 

 マジかよ。いきなりどうした。ちなみに念のために言っておくけど、俺はそっちのケはないからね。年下は趣味じゃねーのよ。

 

 

 俺がジロジロ見ているうちに、ガキンチョはさらに続ける。

 

 

 「か、家族のいない私の家は、鍛冶場と寝床くらいしかありませんが、だ、だからこそ、部屋は余裕があります——」

 

「むむっ、応星さんはお仕事もあって、お忙しいんじゃないですか? ……ここは(あいだ)をとってあたしの家の方が……」

 

 (あいだ)とってねーだろ、偏りすぎてる。

 

「い、いえ、白珠さんこそ、曜青に戻ったら、お忙しいでしょうし、お疲れも……」

 

「いえいえ、そんなそんなって、あっ!! ——ちょっと待ってください!」

 

 突如、白珠が叫び、

 

「応星さんが是印さんにあたしを助けるよう頼んでくれたんですよね。ありがとうございましたっ!」

 

 ガキンチョ——応星の両手を掴んでブンブン振る。おおーすげー、人間ってまだまだ顔赤くなるんだー、ふーん。

 

「へっ、あ、い、いえっ」

 

「応星さんがもしも勇気を出してくれなかったら——この気持ちに気づけないまま、あたし死んでしまうところでしたっ!」

 

 やめろ、この気持ちに〜のあたりで幸せそうにこっち見んな。お前の死角でなんとも言えない顔してんだぞ応星が。

 

 

 

 

 きっつ。なんだこの空気……、

 

 

 

 

「なので、ここはあたしが——」

 

 (ゆず)り合いか足の引っ張り合いか、はたまたそれ以外の攻防の真ん中で、俺がそろりそろりと挙手しようとした瞬間、応星が首を振って言った。

 

 

 「いえ……お兄さ——是印さんは、私のような者を——街中で迷わず助けてくださいました。今度は、私が、お助けする番です」

 

 

 ピシッ、と。

 

 応星の背筋が、伸びていた。

 

 

 

「——あっ、」

 

 

 その姿を見た白珠は、一度口元を結んで、

 

 

 ——それからふんわり微笑む。

 

 

 「……ええ、そうですね。わかりました! 応星さん、どうか是印さんをよろしくお願いします!」

 

 

 深々と頭を下げる白珠。いやお前は俺のなんなんだよ。

 

 応星も慌ててかしこまって、同じく頭を下げる。

 

 

「……ナニコレ」

 

 

 かくして、俺は、何かに同意した記憶もないまま、応星の家の住人になることが決まった。

 

 ちなみにその後すぐ、当然ながらなぜあんなところで行き倒れていたのかと問われた俺は、白珠と応星にこう名乗った。

 

 

 

 

 "未知"という名の神秘を開拓する、

 

 

 ——ナナシビト、と。

 

 

 

 

 星々を渡りながら、星神(アイオーン)に関する出来事の記録を集めている。仙舟同盟と豊穣の民の戦争には星神(アイオーン)の影が濃いと聞いて、はるばるやって来た。

 

 けど移動手段の不具合で朱明に流れ着いちまって、金も身分も通じなくなって詰んだ、と。

 

 半分以上は本当だ。元だがナナシビトも、記録を集めてるのも、仙舟に来た理由も、朱明で詰んだのも。

 

 隠してんのは「未来から来た」こと「本当の目的」くらいなもんだ。嘘は少ないほうが、ボロも出にくい。超名案じゃん、ヘルタ様見てるぅー?? 是印くん頭使っちゃいましたぁ。

 

 

 と思ったんだけどさぁ……、

 

 

「やっぱり()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 

 なんで、胸に両手をあて、目を輝かせてんの白珠(きみ)

 

 

「白珠も——ナナシビトをしてたんですっ!

 

 

 なんで、そうなるの。

 

 

 気を失えるもんなら失いたかったわ。もう辛抱(しんぼう)たまらんと、白珠はにじり寄ってくると、

 

 

是印(ぜいん)さーーんっ! 白珠(はくじゅ)は出会えて幸せですーーっ」

「やめろっ、おまっ、抱きついてくんな!! おい、応星、見てねーで助けろ!!」

「はわ……はわわわ……」

 

 ——ことごとく俺の行動は裏目に出たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして現在、俺は朱明工造司の若手職人・応星キュンの家——いや、正しくは鍛冶場兼住居に、転がり込んでいる。

 

 あんなガキンチョだが、この世界では職人は、いっちょ前な扱いらしく、わりと立派な住処(すみか)をあてがわれていたらしい。

 

 応星の一日の行動パターンは、朝早くからトンテンカンと鍛冶に精を出し、それから昼前になると前の日に製作した武具なりなんなりを携え、焔輪鋳煉宮(えんりんちゅうれんぐう)に出かけて、夕方過ぎに帰ってくる。

 

 だいたい帰ってくると、大人にこってり絞られたのかしょげてるので仕方ねーから俺が励ましてやるのがここ数日の恒例になっている。

 

 でもって、……白珠は曜青と朱明を行き来しながら、しょっちゅう様子を見に来てくれる。

 

 しかも両手いっぱいの桃マン抱えてやってきて、炊事洗濯をこなして帰っていく。

 

 

 

 

 

 ——ええ。つまり俺はですね。

 

 

 

 寝泊まりは応星の家。

 

 飯は白珠の手料理。洗濯も白珠。そしてお小遣いですと勝手に現金を置いていったのも白珠。

 

 

 仕事? してないです。

 

 

 

 えへへ、衣食住をガキンチョと女に握られちゃった♪

 

 

 

 ——スーパーヒモですねこれ。

 

 

 

 いやダメだろ、終わりすぎている。これじゃただのウンコ製造機でしかない。

 

 

 胸ポケットの中で、グノモンが、ブルル、と振動した。

 

 

 『——報告:被験者ゼイン、現状の経済活動はゼロ。ここ数日の最大カロリー消費は桃饅頭(ももまんじゅう)咀嚼(そしゃく)

 

「うるへーわ。せめてよく噛んでてエラいねくらい言え」

 

 ただのウンコ製造機の原材料投入を報告すな。恥ずかし過ぎて死にたくなっちゃうだろ。

 

 俺はこの時代に、腹を空かせて野垂れ死ぬためでも、ヒモになるために来たわけでもねーんだぞ。

 

 ……ヘルタ様が欲しがっているのは、星神由来の力が働いた瞬間の生データだ。

 

 豊穣の祝福。

 巡狩の矢。

 各運命の使令級の干渉。

 

 人の身体や空間や運命が、普通の理屈をたやすく踏み越える瞬間。

 

 戦争の結果じゃなく、戦場の武勇伝でもない。

 誰かが後から書き残した記録でもない。

 

 その場で何が起きたのか。

 

 力が発動する直前、空間はどう歪んだのか。

 発動した瞬間、運命にどんな圧がかかったのか。

 発動した後、世界はどれだけ元の形に戻ろうとしたのか。

 

 そういったえげつねーもんが必要だとグノモンは俺に説明する。

 

『解説:観測対象は、星神由来現象の発露点です』

 

 胸元の時計が、いつもの丁寧で可愛げのない声を出した。

 

「つまり、メシ食ってクソして寝てるだけじゃ駄目ってことだろ」

 

『肯定します。ヒキニートゼイン』

 

「たたき割るぞ、お前、ヒしか合ってねーだろ。クソッ……こんなに家を出て、働きてぇと思ったのは生まれて初めてだ……」

 

 ボリボリと頭を掻きながら、考える。

 

 豊穣の民と仙舟が争う中、いつどこで普通じゃない力が噴き出しそうなのか。

 

 そこに近づかないと、俺は何も記録できないんだろう。

 

 とはいえ、最前線に突っ込めばいいって話でもない。

 

 そこにあるのは、たぶん死体と炎と矢の雨だ。こわーい。

 

 

 ……とにかく圧倒的に状況理解のための情報が足りねぇ。

 

 

 まずはいきなり戦場のど真ん中ではなく、戦争がどうやって動いているのか全体が把握できそうな場所を見つけねーとなぁ。

 

 

 ってか、そうしてみっと、『開拓』の手順と要はそんな変わんねぇな。まずは『探索』して、お次は『理解』、『構築』か。そこで、

 

 

 

 ぎぃ、と。

 

 俺の部屋の戸が開いた。

 

 

 

 「——兄さん、起きてらっしゃいますか!?」

 

 

 

 応星だった。

 

 息を切らせて、(すす)けた前掛けのまま、駆け込んでくる。

 

 

「は、白珠さんが、もうこちらに——」

「みてーだな」

 

 へ、と。

 

 振り返った応星の口から、小さく息を呑む音が漏れる。

 

 応星が開けた戸口からひょっこり顔を出して、白珠がこっちに向けてニコニコ微笑んでいた。

 

「是印さん、おはようございますーっ! 応星さんもおはようございますっ、あと今朝も早くからお仕事お疲れ様です!」

 

「は、白珠さん、おはようございますッ、……えへへ、ありがとうございます」

 

 ……応星、わかりやすすぎる。

 

 俺はひっそりと観察する。

 

 応星のこの嬉しそうな顔。白珠が来てると知って汗だくでやってきたスピード。

 

 

 ……あー、これは。これはなぁ、

 

 

 俺の脳内で、確信のスタンプが、バン、と押された。

 

 

 

 

 応星キュン——白珠のこと、好きじゃん。

 

 

 

 

 

 いや、薄々わかってたよ。俺、副業でキューピットやってるし。あん時の「私が、お預かりします」のときの決死のカットイン。

 

 あれは兄貴分を取られたくないとか面倒見たがりとか、そんなレベルじゃなかったしな。

 

 

 そう、

 ——ズバリ! 初恋に突き動かされていた顔だ。

 

 

 しかし、白珠は——

 

「是印さんっ、是印さんっ!」

 

 白珠の視線が、今度は俺へ向く。

 

「寝顔が見たいので、もう一度寝てくれませんか? あと白珠の作る朝ご飯の香りで目覚めてほしいですっ」

 

「おめーは何を言ってんだ……」

 

 目を輝かせている白珠に俺は額を手で押さえる。

 

 この純度1000%の好意をぶつけられる俺の身になってくれ……、

 

 

 ——でもなぁ、なんなんだろうなこの感じ。

 

 

 白珠は長命種の狐族で、見た目に似合わずかなりの年齢っつってたが、それなら俺の姉センサーが反応を……うんともすんとも言ってねーんだよなぁこれが。

 

 どうにもおかしい。まさかこっち来たせいで、センサー故障したのか? 

 

 ……俺はおねーさんが……年上が……いや、よそう。

 

 アイデンティティがぐにゃあ~っと崩壊しかねーわ。とりま今は深く考えんどこ。

 

 

「つーかなんで朝から来てんだよ白珠は」

 

「はひっ、実は白珠、今日はお休みなんです! だから朝ご飯、作りに来ちゃいました!」

 

「えっ、白珠さんの朝ご飯……」

 

 ほわわ〜んて幸福の世界に応星がひたってっけど、

 

「んで、その後は?」

 

「もちろん! 丸一日、是印さんと過ごそうかなと!」

 

 ぴ、ぴぇ……やべぇよ、こんな調子で一日中一緒にいたら俺の頭おかしくなるわ。

 

 

 いや、待て待て、考えろ俺。

 

 

 逆だ、逆。

 

 白珠が一日休みってことは——むしろ、今日が勝負日なんじゃねぇか。

 

 実は数日前、白珠に頼んでいたことがある。

 

「そろそろ仕事を探してぇんだけど、俺みてぇな得体の知れない系男子でも雇ってもらえそうな働き口、いくつか見繕ってくんねぇか」と。

 

 職まで女に探させるんかいというのは自覚してる——ゼハハハ! おれァ、"(ヒモ)"だ!

 

 でもさぁ、「困ったらなんでも言ってください! 白珠、是印さんの力になりたいです」なんて言うからさぁ……、

 

 その言葉に違わず、二つ返事で「任せてください!」と白珠は請け合ってくれたが、それからまだ報告がない。

 

 だから今日、丸一日休みのこの日に、候補を持ってきてくれるはずだ。持ってきてくれてるといいな。と俺が口を開けば、

 

「白珠——」

 

「は〜い、朝ごはんですねっ」

 

 ちっがーう、メシの催促(さいそく)じゃねーって。名前呼んだらメシが出てくるとか旧時代スタイル過ぎる。

 

 だが白珠は、いそいそと炊事場に向かってしまう。

 

 炊事場っつってもこの家は、当然ながら鍛冶場が半分以上を占めていて、居住空間は質素なもんだ。

 

 あるのは岩を削って作られた火口(ひぐち)(かまど)のセットと水瓶(みずがめ)に小机くらい。

 

 白珠はここに通ううち、完全に勝手を覚えたらしく、水瓶から慣れた手つきで水を汲み、鍋の中身を確認する。

 

 「今日は鶏粥(とりがゆ)油条(ゆじょう)です〜。応星さんの分もたっぷり作りましたからね。あと是印さんの好きな桃饅頭も、蒸しておきましたっ」

 

 「わ、わぁ〜……」

 

 湯気を立て始める朝飯に感動の声を上げる応星。

 

 しばらくして、とろりと煮込まれた鶏粥と、こんがり揚がった油条、それらの脇にはツヤツヤの桃饅頭が卓に並んだ。

 

 む、無茶苦茶いいにほひなんだけど……。

 

 三人で早速、いただきますをして、

 

 ——油条のぱりっとした皮を粥に浸して食うのが、こっち来て覚えた一番の食べ方だ。

 

 俺は油条を一本つかんで粥に突っ込む。

 

 

 ——うっっま。

 

 

 悔しいけど、白珠の手料理は毎回うめぇ。徐々に慣れてきてもうめぇ。抜群にうめぇのよ。

 

 

 

 「いかがですか?」

 

 

 

 白珠が、耳と尻尾を震わせて、感想待機中。

 

 待ての姿勢でマダカナマダカナしている時のホタルと完全に同じ顔をしていた。

 

 「……うめぇ」

 

 「やりましたぁ!」

 

 うめぇと伝えたときの白珠の笑顔は、毎度朱明の鍛造炉より眩しい。

 

 応星も小さな口でもぐもぐしながら、こっそり白珠を見上げて、すぐに目を逸らす。

 

 

 ……応星、お前、その視線の動き、完全に初恋純情ボーイのそれだぞ。

 

 

 やがて三人とも食い終わり、ご馳走様をして、卓の上が片付いた頃。

 

 

 白珠がフフフと不敵な笑みとともに、

 

 

「是印さんに、先日頼まれていた件——お仕事の候補を、いくつか持ってきましたよ」

 

「おっしゃ、きたきたきた! でかした白珠!」

 

「はひっ! それもっと言ってくださいー!」

 

 懐から丁寧に畳まれた紙片を一枚取り出して広げると、4つの候補が、白珠の丸っこい字で書き連ねてある。

 

「是印さんでも就けるお仕事を、白珠なりに調べてまいりました。ご時世柄、選択肢は少ないんですが……」

 

 眉根が寄ってからバネのように一瞬で元の位置に戻る。ピクサーかこいつ。

 

 

「では、一つ目から!」

 

 白珠がぴっ、と指を立てる。

 

「朱明工造司の臨時荷役(りんじにやく)です!」

 

「おお」

 

 俺は思わず身を乗り出した。

 

 荷役。いいじゃねーか。

 

 なんかこう、仕事の基本に立ち返って、汗水流して働く感じな。健全。非常に健全。

 

 ヒモ脱却の第一歩としてこれ以上ない響きだ。

 

「まかないは?」

 

「あります!」

 

「よし採用」

 

「早いです兄さん」

 

 応星が小さく突っ込んだ。

 

 いや、応星よぉ。男には飯の有無だけで判断しなければならない局面があんだよ。生命線だし。

 

 白珠は嬉しそうに続ける。

 

「ただ、工造司の荷役ですから、登録が必要です。持ち物の確認と、身元の聞き取りと、場合によっては技能確認もあるそうです」

 

「すいません、慎重に検討を重ねた結果、今回は見送りさせていただきたく」

 

「兄さん……」

 

「だって俺の持ち物を見せるとか、ほぼ自首じゃねーかよ」

 

 胸ポケットの中にグノモン。

 あと腰のパルサーエッジ。

 それからノヴァイレイザー。

 

 応星が、箸を置いて、少しだけ申し訳なさそうに言った。

 

「……たしかに、兄さんの持つ、他の星の武器というそれらは、工造司の職人が見たら、必ず調べたがると思います」

 

「だよな。お前だって実は見てーんだろ?」

 

「そ、それはその……はい。私も、じっくり見たいです」

 

 応星は、真面目な顔でそう言った。

 

 職人としては当然だろう。だがこの天才×2? いや×3による共同製作物を没収されたら何がどうなるかわからん。

 

 ただでさえ、白珠を助けた際にグノモンから収束圧云々ガーでねちねち怒られてんだぞ。是印(ゼイン)くんのことちょっとはかわいそうだと思わないの???

 

「じゃあ一つ目は却下だ。白珠、次!」

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——残りの三つも大して変わらんかった。

 

 補給路護衛とか、曜青軍務庁の雑務補助やら商隊護衛やら、いずれも最前線に近すぎたり、結局身元が確かでないとダメだったりと、白珠に探してもらっておきながらなんだが、全てお祈りせざるを得なかった。

 

「……ごめんなさい、是印さん。四つとも、ダメでした」

 

 白珠の耳が、ぺたん、と垂れた。

 

 応星も、しゅん、と肩を落とす。

 

 紙の上には四本の線が走り、全滅を示している。

 

「いや、お前のせいじゃねーし。あー……忙しいのに探してくれてありがとな」

 

 

 

 白珠の瞳が感動にうるみ、あ、これチャージ攻撃来るわ。

 

 

 

「ぜ、……是印さん〜〜〜〜っ!!」

 

「応星ガーーーーーード!!」

 

 

 抱きついてこようとする白珠に対して、応星の肩を掴んで盾にする。

 

「うわぁぁああ!!??

 に、兄さん何するんですかぁっ!!!!」

 

「わーん、是印さんが遠い〜〜、あ、でも応星さん、お肌すべすべですね、女の子みたいです〜」

 

「はわわわわ!!!」

 

 白珠に抱きつかれて、顔から煙を出しつつ絶叫する応星。ふん、せいぜい俺に感謝しろ。

 

 その年齢でお姉さんと出会えるとは……ずるいずるい! うらやま死刑!

 

 じゃねーわ。

 

 はぁ……ま、わかってた。

 

 化外民(けがいみん)つーか、何よりナナシビトを(かた)る実質身元不明の俺が、戦時下の仙舟で仕事にありつけるなんて、そう簡単な話じゃねぇ。

 

 しかも白珠に言ってねぇ条件がまだまだ俺の頭の中にある。

 

 星神(アイオーン)由来の現象に近づける場所、グノモンが記録を収集できる場所——都合良くそれらを満たせる働き口なんて、そうそう見つかるわけねーか……。

 

 

 俺は腕を組んで天井を見上げる。

 

 

 いやマジでどうすっかな……ヘタすっとヒモのまま、この地に骨を(うず)めかねねーぞ——

 

 

 その時。

 

 

 応星の頬をすりすりしていた白珠の耳が、ぴょこん、と立った。

 

 ちなみに応星はもうショートして事切れている。お前堪能(たんのう)しろよ!! それでもショタか!! どいてろ俺が本当のショタというものを見——

 

 

「あっ——そうです!」

 

 

 白珠の目が、ぱぁっ、と開いた。

 

 

「こういう時は偉い方に相談しましょう! 羅浮(らふ)の——騰驍将軍(とうぎょうしょうぐん)は、いかがでしょう!」

 

「とう、ぎょう、しょうぐん?」

 

 ——どちらさん?

 

 意識を取り戻した応星が「あっ」と顔を上げた。

 

「騰驍将軍は——仙舟同盟に名を連ねる帝弓七天将(ていきゅうしちてんしょう)のお一人であり、"泰山将軍(たいざんしょうぐん)"の異名を持つ、羅浮(らふ)雲騎軍(うんきぐん)の頂点に座すお方です。私や兄さんのような……化外の民にも、分け隔てなく接してくださる懐の深い方として、有名でいらっしゃいます」

 

「化外の民、でも、ね」

 

 なかなかに根深いよな。特に応星にとっては。……まぁしゃーねーんだろうけどさ。

 

「はい! 出自を問わず、能力さえお示しすれば、ご自身の麾下(きか)に置いてくださることがあるんです。あの方の懐は本当に深くて——」

 

「ほーん……」

 

 俺は腕を組み直す。

 

 将軍の麾下(きか)ねぇ。

 化外民でも受け入れてくれる。

 全体把握できそうだし、情報もありそう。

 

 ——ありよりのありだな。

 

 胸ポケットで、グノモンが、ブルル、と振動した。

 

 珍しく、何も言わなかった。

 

 空気を読む……徐々に学びつつあるらしい。

 

 

 が、そこで、応星が控えめに片手を上げた。

 

 

「あの、白珠さん。……実は、私も先日、懐炎先生から、羅浮へ行く用命をいただいたところで……」

 

「「え」」

 

 白珠と俺の声がハモる。やめろ「心通じてますね!」みたいな顔でこっち見んな。

 

「は、はい。あの……朱明工造司から、羅浮の雲騎軍へお納めする試作の武具を、私がお届けするようにと」

 

 応星は、傷だらけの指先を、そっ、と膝の上に揃える。

 

「なので……羅浮側で実地検分を済ませて、使い手の方々から直接ご意見を伺ってこなければなりません」

 

「はー」

 

 俺は感心して頷いた。

 

 やっぱガキンチョなのに、ちゃんと一人前にお仕事をこなしてんのな。うっ、『じゃあ、お前は?』ってセルフブーメランが心に刺さった。もう立ち直れない。『無職はイヤなのかね? ハローワーーーーク!!!』って組み分け帽子に言われるレベル。

 

 

懐炎(かいえん)先生は——」

 

 

 応星は目を伏せ、

 

 静かに口を開く。

 

 

「……『お前の(やいば)は、よく斬れる。だが、まだ、()()()()()』と。そこで『手、ですか?』と。私がお聞きしたら——

 

 ——『使い手の手だ。握る者の癖、恐れ、怒り、迷い。(やいば)はそれを受けて初めて武器となる』と」

 

 しん、と。

 

 湯気の引いた卓の上に、静かな空気が降りた。

 

 応星は、火傷の跡がいくつも残っている手の甲を、じっ、と見つめている。

 

「先生が言うのならそうなんだと思います。私に足りないこと……ですから、私は——羅浮に、行かねばなりません」

 

「……応星さん」

 

 白珠の声が、柔らかい。

 

「素敵な、ご命令ですね」

 

「え、あっ、……はい、で、ですから、その——」

 

 応星が、おずおずと、俺と白珠を順番に見る。

 

「もし、よろしければ……お二人と、ご一緒に、羅浮まで——」

 

 最後まで言いきれずごにょごにょとくちごもる。おい頑張れよ、そこでなんで尻すぼみなんだよ。

 

 白珠が、ぱぁっ、と顔を輝かせる。

 

「では、三人で、さっそく羅浮へ参りましょう!」

 

「えっ」

 

 今度は、俺がついていけなかった。俺まだ行く行くぅ〜って返事してねーんだけど、いや行くけどぉ。

 

「よ、よろしいのですか……?」

 

「もちろんですッ! 応星さんの大事な納品の旅、是印さんの大事な就職の旅、いい旅にしましょう!」

 

 そう言って白珠が胸を叩くと、それなりの膨らみが揺れて、また応星が倒れそうになる。気を確かに持て、傷はまだ浅いぞ。男子たる者、目を背けてはならん! (かーつ)ッ!

 

「そうときまれば、応星さん、出発はいつ頃をお考えで?」

 

「あ、わ、私の都合だけでしたら、すぐにでも」

 

「いやいやいや、ちょい待てって。騰驍(とうぎょう)将軍とやら、将軍様なんだから当然偉いんだろ? そんなノリでいきなり押しかけて大丈夫なのかよ?」

 

「任せてくださいっ、こう見えても白珠は顔が広いので!」

 

 まぁ、たしかになんか顔は広そうなキャラしてるもんなこいつ……と謎の納得感に頷いてしまい、俺たちは羅浮へ移動することとなった。

 

 どうせこのままいてもすることねーし。もう白珠の言葉を信じるしかないだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仙舟「朱明」から仙舟「羅浮」への移動は、朱明工造司の定期連絡便に便乗する形だった。

 

 応星の試作武具の納品が正式な荷物として登録されているおかげで、俺と白珠は「納品担当の随行者」として乗せてもらえた。

 

 白珠が受付の職員に一言二言話しかけただけで、ツーカーで通っていく。

 

 ……白珠、マジで顔が広いじゃんか。

 

 定期便の星槎は武器や軍資を運ぶ貨物船で、客席なんてものは存在しない。

 

 木箱と鉄箱の隙間に身体を押し込んで、俺と応星は武具の箱に背中を預け、白珠は向かいの木箱の上に座っている。

 

 応星は自分が鍛えた試作の陣刀を膝に抱えて、時折、鞘の中身を確認するように柄を撫でていた。

 

 白珠はといえば、なんか手際よく旅嚢から「道中のおやつですよ〜」と桃饅頭を配り始めた。

 

 いくつ作ってきてんだこいつ……いや食べないとは言ってねーけど。

 

 

 

 そんな感じで、揺られること——

 

 

 

 着いた。

 

 

 

 貨物船の防壁が開いた瞬間、俺は目を疑った。

 

 船の中に入ったはずだよな……これ?

 

 移動中、窓からちらっと見えた羅浮の外観は、ドームとリングに覆われた超巨大な星槎。朱明の「黄金の蓮」に比べたら、見た目だけならもうちょい無骨な要塞寄りってところだった。

 

 で、その船の中に、入った、はず、なんだが。

 

 

 

 ——視界が、開けすぎている。

 

 

 

 山が、あった。

 空が、あった。

 風が吹いていた。雲が流れていた。

 

 切り立った岩肌の上に反り上がった屋根と細い橋が重なって、いくつもの山塊(さんかい)が宙に浮いたまま、(もや)の中に並んでいる。

 

 その間を、星槎が川を下る舟みたいに滑っていく。

 

 ——嘘だろ。

 

 ここも、船の中なんか?

 

 「洞天(どうてん)、と呼ぶんです」と応星が小声で教えてくれた。

 

「羅浮の中にはこういう区画がいくつもあって、それぞれが空間を折り畳んで作られているので、外側からは考えられないくらい広いんです」

 

「折り畳む……」

 

 なるほど。だから外と中の大きさが合ってねぇのか。

 

 びっくり技術だよ。

 

 中華の絵巻みてぇな仙境が、超弩級の船腹の中に折り畳まれて入ってる。

 

 しかもこの風も雲も霧も全部人工だっていうんだから、もうなんつーか、すごいよ仙舟さん。

 

 応星曰くここは、星槎海中枢(せいさかいちゅうすう)——羅浮の玄関口にあたる港らしい。

 

 宣夜(せんや)通りとかいう大通りで普段は賑わうらしいが、今はその賑わいが戦の色に塗り替えられている。

 

 軍資の木箱が通りの端に山積みにされ、雲騎の兵士たちが足早に行き交い、星槎の群れの合間を指揮官らしき声が飛んでいた。

 

 白珠が少しだけ目を細める。

 

「……前に来た時よりずっと、慌ただしくなっていますね」

 

 その声には、飛行士の顔が混じっていたように俺には思えた。

 

 上を見れば——仙人の庭。

 下を見れば——戦支度の港。

 

 朱明は技術で飾った黄金の蓮だったが、羅浮は仙境みたいな顔をして、足元では戦支度を進めている。より戦の前線に近い仙舟ってのは、こういうことなのかもしれねーな。

 

 などと考えていると、

 

 港で星槎を降りた後、俺たちはいったん分かれることになった。

 

 白珠が、ぱん、と手を叩いて仕切る。

 

「では! 白珠は騰驍将軍への面会の取り次ぎに行ってきますね。応星さんは——」

 

「は、はい。試作武具の受領手続きを、雲騎の事務所で済ませてまいります」

 

 応星は試作の陣刀を大事そうに抱え直した。

 

 で、俺。

 

「是印さんは——」

 

 白珠が、困ったように首を傾げる。

 

「……その、雲騎の施設は、身元確認の必要な区域が多くて……是印さんは、ちょっと……」

 

「入れねぇ、と」

 

 ですよねー。

 

「す、すみません……! なるべく早く戻りますから、ここで待っていてくださいね!」

 

 白珠がぺこぺこ頭を下げる。応星も同じくぺこぺこ下げてるが、クセなのそれ?

 

「いいって、気にすんな。ちょっとその辺ブラブラしてるわ」

 

「に、兄さん、怪しまれない範囲で、ですよ」

 

「わーってるよ」

 

 二人が港の奥の事務棟に消えていくのを見送って、俺は一人、港の外縁をぶらぶら歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 羅浮の空気は、朱明と違って、どこか湿気がある。

 

 雲海が近いからなんかな。肌に張りつく霧の粒子が細かくて、息を吸うと肺の奥が冷たい。

 

 港の外縁(がいえん)は、木柵(もくさく)で区切られた待機区画になっていて、ここなら身元確認は要らないらしい。荷下ろしの順番待ちをしている業者やら、休憩中の脚夫やらがちらほら座り込んでいる。

 

 俺もどこかに腰を下ろそうかと思ったが、

 

 じっとしてられねー性分なのは自分が一番よく知っている。

 

 怪しまれない範囲、怪しまれない範囲、と念じながら、木柵の外を少しだけ歩く。

 

 港の端から、石畳の道が一本、雲の中へ伸びていた。

 

 道の先は(もや)で見えねぇが、風に乗って、かすかな音が届いてくる。

 

 

 

 ——ブンッ、と。

 

 

 

 空気を切る音。

 

 

 ——ブンッ、——ブンッ、と。

 

 

 

 規則的に、繰り返される。

 

 俺は足を止めた。

 

 音の出所は、石畳の道を少し進んだ先、靄の薄くなった広場のような場所だった。

 

 木柵の切れ目から、その広場が見える。

 

 演武場、と呼ぶにはあまりにも質素だった。踏み固めた土の上に、木の杭が何本か立っているだけ。

 

 その中で——

 

 

 

 少年が一人、木剣(ぼっけん)を振っていた。

 

 

 

 年は、応星とそう変わらないくらいだ。

 

 けれど応星の線の細さとは違う、鍛えていることがわかる堅さがある。

 

 

 一心不乱に、木剣を振り、その都度、汗が散って、地面を濡らす。

 

 

 止まらない。

 

 ひたすら振り続けている。

 

 もう何百回振ってんだろうか。俺が来る前から振ってるとなるととんでもない回数になんじゃねーの?

 

 気づけば、

 

 

 

 少年が、木剣を下ろし、振り返っていた。

 

 

 目が合う。

 

 

 少年は木剣を肩に乗せて、ぶすっとした顔で、

 

 

 

 

 

 「おっさん、見世物じゃないぞ」

 

 

 

 

 

 喧嘩を売ってきた。

 

 

 

 

 

 

 




執筆時BGM:「Grip!」Every Little Thing




▼おまけ▼

くろぬこ「——え、ぼくがコメント? そうだな、ご覧よ、アレが正解の動きだ」

会社員・ナビゲーター「「」」

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