ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#57 "ここで働かせてください"

 

 

 

 

 その時の俺はいまだかつてない速度で、ガキの背後をとり、そして、

 

 こめかみを(こぶし)でダイレクトアタックする、グリグリ攻撃——通称ウメボシをお見舞いしていた。

 

 

「なっ——いだだだだだだだだだ!!」

「だぁれがおっさんじゃボケェ……」

「ち、力強——」

「どぅわぁれがお兄さんか教えてやるべや——」

 

 ピチピチピッチの俺に向かってこのガキャ許さん。A.R.P.のおかげで肌ツヤ抜群、まだ白髪一本ない、どっからどう見ても二十代の若者をおっさん呼ばわりとはいい度胸してんじゃねーか。

 

「いだだごめん! ごめんなさい! お、お兄さん!! おれが悪かったです!」

「はっ、わかりゃいいんだよ」

 

 実力行使で理解(わか)らせてやり、素直に謝罪したので許してやることにする。この俺がオスガキごときに負けるわけねーんだよ。

 

 少年は赤くなったこめかみをさすり涙目になりながら、数歩後ろに下がった。

 

 だがさっきまで生意気に尖っていた口元からは、今度は困惑や戸惑いが隠せなくなっている。

 

 まるで、こんなことをされたのが生まれて初めてだ、とでも言わんばかりに。

 

 

 

「……あんた、何者なの?」

 

 

 

 ようやく強張った声で質問してくる。同時に木剣(ぼっけん)の切っ先が俺に向けられる。

 

 まぁ当然の判断だわな。俺は両手を挙げて、

 

 

「ナナ……サガシビトってところか」

 

「サガシビト……? 聞いたことない。何を探してんだよ」

 

 (しごと)とは言えなかった。俺は大人だ。体裁(ていさい)というものがある。

 

「おめーにゃ、わかんねーもんだよ」

 

 働いたことがないガキにはなと、あくまで俺がはぐらかすとどんどんガキの顔が(けわ)しくなっていく。

 

「——こんな場所に何の用」

 

「木剣の音が聞こえたから気になって来ただけだって。したらおめーがいたんだよ」

 

「…………」

 

 木剣は向けられたままだった。ちっ、しゃーねーな。

 

「まぁ名前くらいは教えてやるよ。俺は阿覧(アーラン)ってんだ」

 

 別にヴェルトの当て字がぱっと浮かばなかったってわけじゃない。違う。違うからね。ヴェが悪い。ヴェが。

 

「…………」

 

「聞こえてっか? 阿覧(アーラン)だよ。阿覧(アーラン)

 

 おら、名乗り返すんだよ。

 

「聞こえてる。——あんたに名乗る理由がない」

 

 

 ぴしゃりと。

 

 取り付く島もなかった。

 

 

「冷てぇなオイ」

 

「当たり前だろ。見ず知らずの男が、いきなり背後を取って頭を殴ってきたんだ。名乗るわけがない!」

 

「人聞き悪ぃこと言うな! 殴ったんじゃなくてグリグリしただけだろ」

 

「同じだ!」

 

「全然ちげーだろが。俺が本気で殴ってたら涙目じゃ済まなかったんだぞ——」

 

「う、うるさい! 同じだって!」

 

 涙目になったことを恥じているのか顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

 くそ、こいつ会話は成立するけど歩み寄りってもんが1ミリもねぇな。少しは年上に対する態度っつーもんを学べ。

 

 ……まぁいいか。そんなに名乗りたくねーってことは、御奈新ヶ万出(おなにいがまんで)とかそういう名前なんだろう。

 

 舌打ちをして、俺は木柵の近くに腰を下ろした。

 

 ガキは口を開けたまま、こちらを見ている。

 

「……なんで座るんだよ」

 

「座るよ。散歩の途中で疲れたんだもん」

 

「ここは鍛錬場だ。休憩所じゃない!」

 

「鍛錬場? 踏み固めた土の上に木の杭が何本か立ってるだけじゃねーかよ。ここで鍛錬してんのか?」

 

 

 ガキの目が、一瞬だけ、揺れた。

 

 すぐに平静(へいせい)に戻ったが、俺はそれを見逃さなかった。

 

 

「……正規の演武場は、勤務時間に使う。ここは……おれの自主鍛錬の場だ」

 

「自主鍛錬を、わざわざこんな人が来ないようなとこでやってんの?」

 

 なんだこいつ、ぼっちくんか? それとも全国大会目指して河原でコソ練でもしてんの?

 

「…………」

 

 だんまり。

 

「あー、まわりのやつとやっても意味ないから、とかって感じか?」

 

 今度ははっきりと俺を睨み、

 

「……あんた、さっきから馴れ馴れしいけど、何がしたいんだよ!」

 

「いや別に何がしたいでもねーけど。一人ぼっちで木剣振ってるガキが気になるのは、普通の感覚だろ?」

 

「気にしなくていい!」

 

「あっそ。じゃ気にしねーよ。あ、あとな、ほんとは人を待ってんだ。別に怪しいことをするつもりはねーよ」

 

 沈黙。

 

 少年は叫び続けた結果、肩で息をしたまま、なおも木剣を握っている。座る気配はない。けど、去る気配もなかった。

 

 

 風が吹いて、踏み固めた土の上を砂埃が走っていく。

 

 どんくらい待ちゃあ、いいんだろうな。なるはやで戻ってきてほしいぞ、白珠、応星。

 

 暇つぶしがガキの相手ぐらいしかない。

 

 

「…………なぁ」

 

 少年が、こめかみをさすって、ぽつりと言った。

 

「あん?」

 

「あんた、おれが誰だか知らないのか」

 

 は? 何を聞いてんだこいつ。

 

「知らねぇから名前聞いたんだろ。教えてくれなかったけど」

 

「名前じゃない。——おれの、家だ」

 

 あまり口にしたくなさそうに、ガキはその言葉を口にした。

 

「家?」

 

 わけわかんねーという顔をしてたのが伝わったのか。

 

「……知らないなら、いい」

 

「いや、いいってなんだよ。気になんだろそんな言い方されたら」

 

「気にするなって言ってるだろ!」

 

「気にしねぇよつったら話しかけてきて、思わせぶりなこと言ったのはてめーだろが!!」

 

「…………」

 

 はい、論破。これこれ、これが年の差ァ!

 

「つーか時間あるし……聞いてやるよ。家がなんだって? お兄さんに話してみ?」

 

「は?」

 

「暇なんだよ。人待ってるっつったろ。でも、しばらく来ねーだろうし。お前の話でも聞いてやるからしゃべれよ」

 

「……あんたに話す理由がない」

 

「理由理由って、るっせーな、理由なんかいらねーだろ。聞いてやるって言ってんだから。無料(ただ)だぞ? 感謝しとけ」

 

 少年はしばらく複雑な表情をしていた後に、

 

 木剣を肩に乗せ直して——

 

 

 

 ぽつり、と。

 

 

 

「……正規の演武場じゃ、周りの態度が決まってるんだ」

 

 俺に言っているのか、己に言っているのか、わからないくらいのつぶやき。

 

「おれが打ち込めば『さすがです』。指摘すれば『おっしゃる通りです』。組み手で勝っても『いい勝負でした』——全部、台本みたいに決まってる」

 

「……うん」

 

「で、おれがいないところじゃ、『あの坊ちゃんがまた正論を』『家柄で来てるくせに偉そうに』って!」

 

 本当は淡々と言いたいのに、誰かの言葉を再現してると勝手に感情が盛り上がってしまうのか。

 

「おれは……実力で全部やってる。上官に改善を進言したのも、訓練の非効率を指摘したのも、全部正しいと思ったから言ったんだ。なのに……『上官の面子を潰すな』『生意気だ』どいつもこいつも陰でそんなことばかり言う」

 

「……おう」

 

「どうやっても一人になるんだ。家の名前で見られるのも嫌だ。実力で示そうとすると、今度は避けられる。——だから、だから、ここにいる」

 

 

 ……おいおい。

 

 急に素直になったなこいつ。

 

 うーん、なんか聞いた限りだと、こいつもこの羅浮の兵士なんだろうな。こんなガキでも働いてんのかよ……世も(すえ)だなってのは置いといて、

 

 とにかく、こいつの実家が結構名家(めいか)()(もの)扱い。加えてこいつ自身も有能だから、なおのこと陰口叩かれまくってるって感じか。そんで結局ここでぼっち鍛錬……ね。

 

 なら必要なのは、家の名前で腫れ物にされるわけでもなく、実力で避けられるわけでもなく。ただ普通に話を聞いてくれるやつ。

 

 ……なんか生まれは正反対だけど、似たような境遇にいて、年頃も近そうなヤツに是印さん、心当たりがあるんですけどぉ?

 

「お前さ。俺が友達紹介してやろうか。たぶん仲良くなれると思う「——なんてね。油断は禁物ってことだよ、おっさん」

 

 

 一瞬で表情が切り替わり、ガキは口元をゆがめていた。 

 

 

「——あ?」

 

 

 そんな俺が間抜けな声を発したのは、そんな表情を見たせいか、それとも

 

 

 

 

 ——()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 久し振りに感じる、金属の、冷たさだった。

 

 

 

 ——剣。

 

 

 

 視界の端っこから、肩越しに切っ先が飛び出ていた。

 

 振り返れない。確信する。背中にぶわっと汗が吹き出るこの感覚は星嘯とカフカさん以来久し振りに味わう本気の殺気だ。

 

 誰だ。いつの間に。いつの間にこんな至近距離に来た。足音すら聞こえなかったし、気配なんて全く感じなかったぞ。が、

 

 

 

「——問う」

 

 

 

 背後から降ってきた声は、古めかしくて、硬くて、霜が降りたようで、それでいて少女じみた女の声だった。

 

 

 

「お前は、何者だ」

 

 

 

 やべ、これ、どうしよ。一手間違えたら、わかる、多分俺の頭はいとも容易くはね飛ばされる。もしもしルアン姉ちゃん? ちなみに頭なくなってもA.R.Pって大丈夫なんですかね? ゾンビ的に考えるとダメな気がするんですけど。

 

 

 

「もう一度だけ聞く。——何者だ」

 

 

 

 背後の空気がより一層冷え込んでいく。

 

 答えなければ斬る。答えても斬るかもしれない。予断は許されない。

 

 ガキが、木剣を肩に乗せて、近づいてくる。

 

 さっきまで身の上話をしていたのと同じ顔で——けど、目だけが、全く違う光を帯びていた。

 

 そんなガキに女の声が飛ぶ。

 

 

「——小僧、時間稼ぎ、ご苦労だったな」

 

「は、はい……っ」

 

 (うやうや)しく(こうべ)を垂れているが、てか、時間稼ぎってまさか——、

 

 

「……おいクソガキ、てめぇ」

 

「——ケンシュさま」

 

 こいつ、シカトしやがって。ケンシュさまってなんだよ。

 

 身の上話で俺の注意を引きつけている間に、裏で女に合図でも出してたのか?

 

 どうやらケンシュというらしい背後の女に向かってガキは続ける。

 

「この男は人を待っているようです。名は阿覧と申しておりましたが——偽名の可能性があります。戦闘能力は高く、おれの背後を取って頭部に的確に打撃を入れてきました」

 

 完璧な報告だった。こいつ、ガキのくせに——

 

 

「ご苦労。——下がれ」

 

 

 ケンシュの声に、少年はもう一度一礼し、数歩退いた。

 

 退きながらも、目だけは俺から離さない。

 

 もうやだ、こんなんばっかだよ。助けてカフカさーん!! あなたのポチがさみしがってまーす!!

 

 

 首筋の剣がほんのわずかにだけ肌から離れて、

 

 

「立て、そして、そのままこちらを向け。おかしな動きをすれば、それがお前の最期だ」

 

 ゆっくりと、刺激しないよう、不審な動きと取られないよう、立ち上がり、振り返って、

 

 

 

 ——月の光のように輝く銀髪。それを後頭部でまとめあげたポニーテール、誠の字でも書かれてそうな浅葱色(あさぎいろ)羽織(はおり)がはためく。

 

 

 何よりも、お顔。

 

 

 一見、どこかあどけなさを感じさせる。だが俺の心眼(しんがん)にはここが仙舟であることを踏まえて、見た目年齢では判断できない、ただならぬ情報量があることを見抜く。

 

 

 そう、つまりこれは、

 

 

 美しさとかわいさ、(りん)として可憐(かれん)、それらどちらもが同居している、

 

 

 

 ——奇跡のおねーさん。

 

 

 

 紅玉とたとえても過言じゃない、そのお顔に収まる両の目が俺を射抜き、

 

 

 それを脳が認識した瞬間、

 

 

 

 故障したかと思っていた姉センサーが全力全開(フルスロットル)で反応した。

 

 

 

 

「——待っていました。貴方のような存在を」

「——なんだと?」

 

 

 切り捨てられること覚悟で、俺は気づけばそのケンシュさんにかしづいていた。

 

 

「俺は真名(しんめい)を是印と申します。あなたの宇宙で一番の部下、いえ一番かわいい弟子です

「我はお前のような者を弟子に取った覚えはない」

 

 一瞬で切り捨てられた。ってか、声のドスが利き過ぎている。

 

戯言(ざれごと)はそこまでだ。我らが雲騎軍(うんきぐん)の者をなぶり、挙げ句の果てに弟子を(かた)るか。——覚悟は出来ているだろうな」

 

 タンッと信じられないほど軽やかに後ろに飛び退き、そして踏み込む。

 

 しなやかに腕が動く。

 

 それはつまり、俺の首を落としにかかるということで——あらら、まぁそうなるよな。だけど、俺は自由と信念に(じゅん)じた。惑星ごと焼かれたり、天罰レーザーや金爪(きんそう)(つらぬ)かれんのはゴメンだが、これなら仕方ねーや——と、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってください、ケイリュウっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 影が、割り込んだ。

 

 両腕を広げて、俺とケンシュさんの間に立っていたのは、

 

 

 ——白珠だった。

 

 

 風が一拍遅れて追いついて、その髪をふわっとさらう。

 

 

 剣は、奇跡的なのか、それとも絶技のなせる技か、白珠の喉から一寸の距離で止まっていた。

 

 

「——白珠?」

 

 そして口が開かれる。え、なに、知り合いなの。

 

 

退()け。——なぜだ、なぜこの男をかばう」

 

 

 白珠は、振り返らなかった。

 

 両腕を広げたまま、ケンシュさんをまっすぐ見据えていたと思った、次の瞬間、

 

 

 

「この方は——白珠(はくじゅ)未来(みらい)旦那様(だんなさま)だからですっ!!」

 

 

 

「ちょ待て待て待てーい!!!!」

 

 

 俺は腕に組み付いてきた白珠に絶叫していた。

 

 なにそれなにそれ、一言も承諾してねぇ。してねぇし、今このタイミングでなんちゅうことを——お前もうちっと状況見ろ! 

 

「何言ってくれちゃってんの、お前!?」

 

「え? だって本当のことですからっ」

 

 ピトッて頭を預けてくる。ひぃっ。なんか良い匂いするっ。

 

「やめろ!! 未来はデリケートなんだぞ!」

 

「むむっ、わかりました……是印さんがそう仰るなら、白珠が未来の妻ということにしますっ」

 

「オモテウラ変えただけじゃね、それ!」

 

 

 気づけば、剣は止まっていた。

 

 

「旦、那……様……?」

 

 

 ケンシュさんの顔に浮かんだのは、いまだかつて味わった事がないとでもいうような、分類のしようがない種類の困惑だった。

 

 だがそれでもケンシュさんは知り合いに剣を向けたままなのはどうかと思ったのか、苦い顔をしつつも、ゆっくりと剣を収め、そして深い溜息をついた。

 

 

「白珠。我はお前の友として言う」

 

「なんです?」

 

「この男はやめておけ。我の勘が告げている。得体も知れぬ、偽名を名乗る男を伴侶(はんりょ)などと。正気か。我は認めん。考え直すことを強く勧める」

 

「それは違いますよ、ケイリュウ。あなたはまだ是印さんの良いところを知らないだけです」

 

 なんだこれ、ここだけ切り取ったらDV彼氏とすぐに別れるよう勧める女友達の図じゃねーかよ。

 

 つーか、さっきからケンシュさんとケイリュウさん、どっちがおねーさんの名前なんですか。俺、気になりますっ!

 

「……我はお前が本当に心配だ、白珠」

 

 まるで俺を悪い虫のように睨んでくるんですけど、違います。俺は夏の虫なだけで、飛んでたら勝手に火のほうが向かってきたんです、本当です、信じてください。

 

「ケイリュウは頑固ですねぇ……。いいですよ、きっとわかるようになりますからっ」

 

 やれやれと言わんばかりに肩をすくめて、白珠は、

 

「是印さんっ、紹介しますね、彼女は鏡流(けいりゅう)。『羅浮』の雲騎軍の将のひとりにして、騰驍将軍(とうぎょうしょうぐん)の直属であり、また『羅浮』で最も優れた武芸を誇る者である——剣首(けんしゅ)なんです。とにかく凄いんですよっ!」

 

 さっきも危うく斬られたと思いましたーなどと軽く白珠は言うが…………ソードマスター鏡流先生……か……ふつくしい……そして強い女性だ。なんだこの、おねーさんなんだが、微妙にあどけない顔立ちというギャップが凄く新鮮。

 

 ……ううっ、俺ぁ、こんな剣の師匠がいたらって常々思ってたんだ、やっぱり頭を地面にこすりつけて先生になってもらわねばなるまい。あわよくば剣だけじゃなくて他の指導もやぶさかじゃないです。ご指導よろしくお願いします。

 

 

 俺が未来予想図にうっとりとしているかたわらで、

 

 

「おい、白珠。この男の目と鼻の下……どうかしておるぞ」

「かわいいですよねっ!」

 

 

 おっとダメだ、ちょっとお見せできない表情していたかもしんねー。俺が表情筋を引き締めている間に、俺がナナシビトで〜仙舟の外からやってきて〜という設定を白珠が鏡流先生に伝えていた。

 

 うーん、にわかには信じられんというのが顔にありありと出ているが、わかります。まぁ、逆の立場ならそう思いますよね、などと考えていると、

 

「——だからすごく探したんですよ、鏡流。こんなところにいたなんて。なんか書吏(しょり)の方たちも慌ただしかったですけど、どうかしたんですか?」

 

 一瞬こちらに視線を走らせ、ためらう素振りを見せるも、鏡流さんは嘆息し、

 

「将軍の姿が見当たらんのだ。だから我もこのあたりまで探しに来ていた」

 

「え”!? またですかっ!?」

 

 またってなんだよ。組織の長だろ? そんなよくある神出鬼没マンでいいのかよ。この軍、管理体制とか大丈夫なのかよ。

 

 白珠は俺に向き直り、

 

「——是印さん、鏡流を通して、騰驍将軍に是印さんをご紹介しようと思ってたんですが……暗雲立ちこめてきました」

 

 ぺたんと耳がしおれていた。やれやれ……、

 

「いや、つってもな……ここまで来ちまったし。仕方ねぇ、俺は鏡流先生のもとに厄介になるから、ありがとな白珠。アレだぞ、帰っていいぞ。——先生、ではまいりましょう」

「誰が勝手に先生と呼んでいいと言った?」

 

 抜剣(ばっけん)はっや、また首に刃が添えられてるんですけど。

 

「白珠、この頭のおかしな男に弟子と名乗らせることを今すぐやめさせろ。話はそれからだ」

 

 白珠は目をパチクリさせると、

 

「はー、もうこんなに仲良くなられたんですね」

「ああ、師弟関係だからな……」

「おい……我の話を聞いていたか?」

 

 わー、怒りのあまり口の端が震えてら。『師弟関係』っつったときにウィンクしたのがまずかったのかな。

 

「えー、でも、大好きな鏡流と大好きな是印さんが早速仲良くしてくれて、白珠、嬉しいですーっ!」

 

 鏡流先生は唖然としていた。なんなら、俺ですら、白珠、そのりくつはおかしいと思っている。

 

 やばいぞ、俺、負けるな、俺。ちょっとこいつに勝てないかもとか思い始めてなんかない、ないったらない! カフカさん、ジェイドお姉様、ルアン姉ちゃん、黄泉のねーちん、ヘルタ様、ブラックすわん、ダリアお姉ちゃん、オラに、オラに————力を!!

 

 ニッコニコの白珠がまぶしすぎて目をそらせば、隅で木剣を抱えたまま、黙ってこの状況を眺めているヤツがいた。

 

 そいつ——クソガキが、「何なんだこの人たちは……」という顔をしているなかで、俺は善意を踏みにじられた恨みを思い出した。そして、もう一度グリグリしてやろうかと一歩踏み出しかけ、

 

 

 ——違和感に、腰のパルサーエッジに手をかける。

 

 

 鏡流先生の表情も、変わっていた。

 

 

 

 目が動く。

 

 鍛錬場の奥——木柵の向こう、霧がうっすら垂れ込めた林の中を見据えた。

 

 

 

 

「——そこにおられたのですか、将軍」

 

 

 

 

 静かに、ただし明確な(とが)めを含む呼びかけだった。

 

 

 俺も、白珠も、ガキも、全員が鏡流先生の視線の先を追った。

 

 

 すると霧の中から——足音とともに、

 

 

「あちゃー、バレちゃったか」

 

 

 軽い。ふらりとした足取り。散歩の帰りみたいな気楽さで、一人の男が木柵の切れ目から姿を現した。

 

 

 見た目年齢だけでいえばせいぜい30前後といったとこか。少しくたびれた、けれどどこか色気のある顔。

 

 先生が将軍と呼んだということは、もしかしてこの男が——みんなが探し回っていたという、騰驍将軍なのか?

 

 将軍の甲冑を着崩していて、この羅浮の軍の頂点にはとても見えねーけど……、

 

 

 

 男は、にっ、と笑った。

 

 

 

「流石は我らが剣首殿だ——鏡流ちゃん」

 

 

 

 鏡流先生の眉がぴくりと動いた。

 

「お(たわむ)れを。わざわざ殺気を飛ばしたのは将軍のご意志でしょう。……あと、ちゃん付けはおやめくださいと何度申し上げれば」

 

「えー? かわいくていいじゃないか」

 

 と言ってから、俺へ顔を向け、

 

「——はっはっは、面白いものを見せてもらったし、話は全部聞かせてもらった! 若い子はいいねぇ」

 

 え、ちょ? 全部ってどこまで?

 

 ひょっとして——俺がこのガキにグリグリしてたときから、ずっとここにいたり? いや、まさかな。

 

 

 将軍は服のポケットに手を突っ込んだまま、歩み寄ってくる。

 

 俺。白珠。鏡流先生。

 

 順番に目を通して——ガキのところで、ほんの一瞬だけ目が止まった。

 

 ガキの方も——現代風に言えばバイト風情が社長や会長に会うようなもんだろう、将軍を見てから、拱手(きょうしゅ)をして(ひざまず)いていた。

 

 その姿に対して、将軍は口を開く。

 

景元(けいげん)ちゃんもご苦労だったね」

「はっ……」

 

 ほーう、こいつケイゲンっていうのか。個人情報ゲッチュー。内心ほくそ笑んでると、

 

 ふふと、同じく笑みを深めてから、将軍はすぐに俺に向き直って、

 

「キミは結局、是印(ぜいん)ちゃんでいいのかな? それとも阿覧(あーらん)ちゃん? どっちだい?」

 

「……是印です」

 

「はっは。事情は察するよ。なにぶんもう長いこと()(もの)どもと我々は(いくさ)を続けていてね。おまけにこないだの白珠ちゃんのとこの密偵騒動の件もある。少しばかり気が立っている者が多いんだ。代表して、おじさんが謝らせてもらうよ」

 

 そうして、軽くではあるものの、頭を下げられた。これ大丈夫か。相当偉い人なんだよな、この人。

 

 と、俺でも思うくらいなので、当然ながら黙ってられないとばかりに、

 

「将軍——何をッ!」

 

「鏡流ちゃん、いいんだ」

 

 鏡流先生が苦い顔をし、白珠はニコニコし、ガキは固まっている。

 

 

「それで、是印ちゃんは、おじさんに何を望むんだい?」

 

 何をか。

 

 改めて言われっと、色んな煩悩が脳内を駆け巡るが、さすがに当初の目的を伝えにゃならん。

 

「仕事を探してるんですけど、」

 

 将軍は鍛えられた腕を組み、

 

「フンフン、仕事かぁ、大事だねぇ」

 

「その、騰驍将軍(とうぎょうしょうぐん)なら、出自(しゅつじ)とか問わずに実力採用って白珠に聞きまして」

 

「なるほどなるほど、たしかにおじさんは()()ちがなんであれ、どうでもいいタイプだしねぇ」

 

「——早い話が、俺を部下に加えてもらえませんか?」

 

「うん、いいとも」

 

「そうっすよね……、そんな簡単に——いいい!?

 

 え、そんなチョロくていいの!? 

 

「うううう、ウソじゃないっすよね!?」

 

「ああ、本当さ。おじさんはウソは言わない」

 

「やりましたね、是印さんっ!!」

 

 抱きついてこようとする白珠を微妙に牽制(けんせい)して、二人してフォークダンスみたいになりながら俺は快哉(かいさい)を叫ぶ。

 

 やったぜ、カフカさん見てるー? これが是印さんの就活戦闘力ですよ。一発面接OK余裕でした。無職ゥ? そんなのあえてやってるだけ、あえて、ね。明日から本気出した結果がこれよ。どぅあーれが女子供(おんなこども)のヒモキュンじゃぁ? そんなむっちゃ細長いグミじゃねーんだからよぉ、イミフなこと言うなよな。

 

 

 しかし、

 

 

 ウンウンと満足げに頷くと、おもむろに騰驍将軍は——この場の全員を見回して、

 

 

 

 こう言った。

 

 

 

「やー、助かったよ。時間も人も色々足りてなくてねぇ、

 

 

 

 

 じゃあ、早速ここにいるみんなで——、

 

 

 ——龍尊様(りゅうそんさま)口説(くど)いてきてくれないかな」

 

 

 

 

 

 瞬間、

 

 胸元のグノモンが鬼バイブした。

 

 

 

 

 

 

 

 




執筆時BGM「Butterfly Kiss」米倉千尋





やはり中華やオリエンタルなアレンジのアニソンでしか得られない栄養分はあるぞな
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