ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#58 "龍の秤"

 

 

 

 

 

 その後はそりゃもう凄かった。

 

 固まるガキに食ってかかる鏡流先生、「大出世ですねっ」と抱きついてこようとする白珠から距離を保つため、今度は社交ダンスみたいな体勢になっている俺……いやなんで俺がエビ反りになる側なんだよ、おかしいって。

 

 

 そんなプチ地獄絵図を鼻先にしてなお、目を細めて笑う騰驍将軍(とうぎょうしょうぐん)曰く、

 

 

「おじさんの下につくというのなら、これくらいのことはしてもらわないといけない。もちろん是印ちゃんは無事遂行してくれると信じているけれど」

 

 そこで溜めをつくると、

 

 

 

「見込み違いだった場合は鏡流ちゃんに処遇を任せるよ。——それでいいだろう?」

 

 

 いやいや、なんもよくねーよ。

 

 だが、その言葉を聞いた鏡流先生は、一瞬きょとんとした後に、俺に向けて実にいい顔で、

 

「承知しました」

 

 勝手にうなずいてしまうのだった。ふええええ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして——俺は、便所なう。

 

 いや、そういう(てい)だけどね。あくまで、あくまでよ?

 

 これから、鱗淵境(りんえんきょう)とかいう場所に向かうための準備を整えている間に、「うぐっ、猛烈な波の訪れ!! ちょっと(かわや)へ」と鮮やかに抜け出してきたわけで、実際のところ生理現象は一切催していない。でも流しておこうかな、におうし。してない、してないけどね。小さい方もしとこうかな。ついで、ついでだけどね。

 

 

 

 一息つき、——胸元のグノモンに俺は小声で話しかける。

 

 

 

「ほんで? さっきの鬼バイブといい、結局、俺たちはこれから何しに行くんだよ」

 

『結論:龍尊(りゅうそん)と呼ばれる存在への接触任務。騰驍将軍の命を受け、持明族(じみょうぞく)の聖域である鱗淵境へ(おもむ)き、龍尊を説得し仙舟同盟の軍事行動への参加を打診する——以上が概要』

 

「概要っつーか全貌(ぜんぼう)だろ、それ」

 

『否定:被験者ゼインと本機にとってはそれだけではありません』

 

 グノモンの声は、いつになく(はず)んで——弾むという表現がこの機械仕掛けの観測装置に適切かはともかく、少なくともいつもよりテンション高めな気がする。錯覚の可能性も高ぇけど。

 

 

『参考:龍尊とは、星神(アイオーン)(りゅう)——かつて"不朽(ふきゅう)"を(つかさど)った星神の力を、血統として色濃く受け継ぐ存在。星神由来の力が、人の身体と血の中に残存。結論:これは極めて稀な観測対象です』

 

 

 "不朽"で、龍……だとぉ? 本当にいろんな運命がありすぎる。あー……昔、姫子がそんなこと教えてくれたような気もするがほとんど忘却の彼方だわ。数多いんだよ、覚えらんねぇよ。運命に星神(アイオーン)に派閥に行人ってキリねぇよ。

 

 

『補足:鱗淵境には建木(けんぼく)と呼ばれる封印対象が存在。建木は"豊穣"の力に侵されており、持明族がそれを封じる役割を担っています。そして羅浮そのものが、"巡狩"の軍事行動のただ中にあります』

 

 

 ケンボク……県を象徴する木? ケヤキとか、クスノキとかそういうやつ? 鱗淵境って林なんか?

 

 

「……つまり?」

 

『不朽、豊穣、巡狩。3つの星神に由来する強大な力が、同じ場所で重なっています。——見解:非常に好都合』

 

「お前、めちゃくちゃ乗り気じゃんかよ」

 

『肯定:観測者として、この機会を逃す手はありません』

 

 鬼バイブしてきたのもそのせいか? テンション爆上げってわけかよ。

 

 あ、じゃねーわ。それで思い出した、

 

「ま、それはいいわ、いきゃわかる。それよか——問題がある」

 

『疑問:なんでしょう』

 

「ちっと思ってたんだけどよ。お前、人前であんま声出せねーだろ。だから、振動で連絡する方法を決めとこうぜ」

 

 

 沈黙。いやお前が黙ってどうする。

 

 

『驚愕:被験者ゼインにあるまじき建設的発言。たしかに声での通信は控えるべきでしょう』

「おい、コンビ解消すんぞ」

 

 驚愕とあるまじき建設的発言って言う必要あった???

 

 青筋(あおすじ)を立てつつも……とにかく、俺たちは即席の暗号を組み立てていく。そうして出来上がったのがコレだ。

 

 

 短く1回で「はい」。2回で「いいえ」。3回なら「答えられない」。

 長く1回は「止まれ」——危険とか、やめろとか、そういう警告の合図。

 細かい連続振動は、何か観測に引っかかってるってこと。強ければ強いほどヤバい。

 弱く長く2回は、グノモンの方から相談があるとき。

 

 対し、俺の方は、懐を1回叩けば「聞いてる」。懐を押さえれば「黙れ」。あとは口頭なり何かしらでタイミングを見計らって対応する。

 

 

 

 今までクッソ不便だったからな、こうしてみっと意外と悪くない取り決めだと思う。

 

 ま、便所でこういうことやってる時点でどうかしてる気もするが。

 

 

 してないけど、何故だか非常にスッキリした気持ちになったので、みんなのもとへ戻ると、

 

 

「——遅い。何をしていた。言え!」

 

 

 案の定、鏡流先生の第一声はそれだった。

 

 

「すいません! 大きい方でした!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鱗淵境に向かう道中、イカれたメンバーを紹介するぜ!

 

 先頭を行くのが鏡流先生。将軍の密書を預かり、俺がちゃんとこの任務を遂行できるのか見極め兼引率係だ! 引導を渡す可能性もあるぞ!

 

 二番目が白珠。未来の俺のつ——あぶなっ、つい流れで言っちまうところだった。刷り込み? 洗脳? サブリミナル? こわ……、次!

 

 三番目、俺。以上だ!

 

 と言いたいところだが、

 

 最後尾が景元ことガキ、じゃねーわ、ガキこと御奈新ヶ万出景元(おなにいがまんでけいげん)。騰驍将軍から、「いい機会だから景元ちゃんも是印ちゃんを手伝ってあげて、頼んだよ」と言い渡されて絶望中ぅ、いい気味だ!

 

 

 うーん配慮を感じるね。先頭と殿(しんがり)に見張られて怪しい新入りのことなんて1ミリも信用してないってのがひしひしと伝わってきて俺嬉しいよ。

 

 

 あとは応星キュンだが、あいつはあの後、めんどくせぇ納品先担当者にでも出くわしちまったのか戻ってこなかった。まぁ仮に戻ってきてもあいつをこの任務に付き合わせるわけにもいかねーだろうから、結局別れるしかなかったんだろうけど。

 

 

 とはいえ、勝手に「もちろんついて行きます! 未来の妻として!」と言ってゆずらない誰かさんもいたわけで——

 

 

「是印さんっ、是印さんっ」

 

 そんな誰かさんである白珠がスピードをゆるめて、並んでくる。

 

「建木のこと、ご存知ですか?」

 

「うんにゃ」

 

 俺はグノモンが教えてくれた情報はいったん抜きに首を横に振る。

 

「簡単に言うと木なんですけど——ただの木ではありません」

 

「はい、出た、そのパティーンね」

 

 白珠が困ったように笑う。

 

「建木は『寿禍(じゅか)(あと)』と呼ばれている我らが宿敵である豊穣の星神(アイオーン)・薬師が仙舟に残した呪物のひとつなんです」

 

「ひとつってこたぁ、複数あんのか?」

 

「はいっ、羅浮は建木、曜青には繭月(けんげつ)、朱明には源皇(げんこう)のように、それぞれの舟に寿禍の跡はあって、それらが暴走しないように封印を見守っているのが持明族の指導者である龍尊様たちなんです。これから会いに行くのはその中でも『飲月君(いんげつくん)』様と呼ばれる方で——」

 

「やめやめ、ガーッと語んな。処理がおっつかねーよ」

 

 えーっとだ、白珠の解説を咀嚼(そしゃく)するにですよ? さしずめ、デカすぎる不発弾を撤去(てっきょ)もできねーから管理者を置いて見守らせてるって感じの状況か。そんで、管理者がインゲツ君って名前なわけね。

 

 

 ほーんと考えていると、

 

 

「……そんなことも知らないのか」

 

 背後から刺すような声が飛んできた。振り返ると、景元が軽蔑(けいべつ)の眼差しで、

 

「悪かったな。俺は生まれも育ちもここじゃねーんだよ」

 

「知ってる。——仙舟の常識も知らない男を、なんで将軍はわざわざ……」

 

 ぼそぼそ、ぶーたれやがってよぉ、こんにゃろ、まーだ俺のことを怪しんでやがるな。

 

 まぁ、頭がいいガキだ。素性不明の男が将軍にいきなり即採用されたら、そりゃ引っかかる。

 

 苦笑しつつも、白珠が、

 

「景元さんもあまり意地悪を言うのはご容赦ください。是印さんは外の世界から来た方ですから、知らなくて当たり前なんですから。——でも大丈夫です。あたしが立派な仙舟人の婿(むこ)にしてみせますのでっ、ちらっ?」

 

 スルーしたい……が、スルーしたらそれはそれで話が進んでいきそうでめっちゃ恐いんすけど。どういう理屈だよ。こっち見んな。

 

「……別に意地悪じゃない。事実を言っただけだ」

 

「それを意地悪と言うんですっ。正直は美徳ですが、この世には優しい嘘や、沈黙は金ということもあるんですよ?」

 

 白珠に叱られて、景元が口をつぐむ。

 

 やーいやーい、景元キュンはひょっとしてレスバが、弱いのカナ?? 内心でプークスクスしてると、

 

 そこに、深くため息をついて額を押さえている、鏡流先生の背が気になった。

 

 さっきからこんなに楽しい珍道中なのに、一切会話に参加してくれない。歩く速度も一切落とさない。ただ、俺が「先生」と呼びかけようとする瞬間だけ、背中から殺気に近い何かが飛んできて、喉の奥で言葉が死んだ。

 

 けど、ツンツンしてる年上のおねーさんもいいよね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 羅浮の内部を進むにつれ、空気が変わっていく。

 

 宣夜通(せんやどお)りのざわめきも、星槎海(せいさかい)の熱気も、今や遙か彼方だ。

 

 石畳の色が変わる。欄干(らんかん)意匠(いしょう)が変わる。軒先(のきさき)に吊られた灯りが消え、代わりに、水を透かしたような青い光が足元をなぞり始める。

 

 ——洞天(どうてん)

 

 羅浮の中に折り畳まれた区画。

 

「この先が、鱗淵境です」

 

 白珠が少し声を落として言った。

 

 いつも明るい白珠の声まで、ここでは水の膜を一枚かぶったように聞こえる。

 

「羅浮の持明族にとって、とても大切な場所です。波月古海(はげつこかい)と、建木の玄根(げんこん)を収めた洞天だと聞いています」

 

「はげつこかい?」

 

 またハゲかよと思いつつ、俺は聞き慣れない響きを繰り返した。

 

「海なのか?」

 

「はい。古い海です。持明族の方々は、脱鱗(だつりん)の時が近づくと、あの海へ(かえ)るのだそうです」

 

 どうやら今度は、船の中に海があるらしい。

 

 えーすごーい、普通、船ってぇ、海の上に浮かぶものだと思うんですけど〜、

 

 つかダツリン? 車輪でも外れんの? と聞いたら、「(うろこ)だ、馬鹿者」と吐き捨てるように鏡流先生から返される。ええ……ちょなんなん爬虫類系かよ。俺そんな得意じゃねーんだけど。

 

「つか、還るって……」

 

 死ぬ、とは違うってことだよな?

 

「はい、持明族は——生まれ直すんです」

 

 白珠の続けた言葉は——卵に還り、記憶を失い、また生まれてくる、と。

 

 なんだそれ。輪廻転生が制度として運用されてんの? 世界観が強すぎるだろ。

 

 俺が黙ると、背後の景元がぼそりと言った。

 

「知らないのか」

 

「知らねぇから聞いてんだろ。お前こそ俺のそんなことも知らねーのか?」

 

 はい勝ちィ〜、くにへかえるんだな、おまえにもかぞくがいるだろう……。

 

「……知性がある者は、もう少し静かに聞く」

 

「お前ほんと一言多いな。毎度毎度そんなツンケンしてたら心すり減るぞ。長生きすんならもっと心穏やかにあれよ——」

 

 軽口を返しながらも、俺の視線は前へ吸われていた。

 

 

 ——波月古海とやらの青い闇の向こうに、建木の玄根が沈んでいた。

 

 幹というより、海底に絡みつく巨大な根。白く乾いた木肌の奥から薄金の光が脈のように走り、周囲の水だけが、そこを避けるように重く淀んでいる。

 

 美しいのに、見てると息が詰まる。

 

 海の底に、命の源が根を張る。生命万歳(せいめいばんざい)と唱和すんのが似合いそうな光景なのに、なんでこうも不気味さが漂うのか。

 

 

 とはいえ、知らず漏れていた感嘆のため息が止まったとき、

 

 俺らが進む道の先に、巨大な石の門が見えてくる。

 

 門というより、封じ目といった印象だ。

 

 龍をかたどった彫刻が、両側から絡み合うように伸びている。その鱗の一枚一枚に、淡い青の光が宿っていた。水底に沈んだ石が、まだ呼吸しているみたいだった。

 

 

 そして、そのあたりから——胸元のグノモンが、震え始めた。

 

 短く一回でも、二回でもない。

 

 細かい連続振動は、記録中、または異常検知。

 

 

 ……おいおい、たしかにすげぇけどまだ入口だぞ。

 

 俺は懐の上から、そっと押さえる。

 

 わーったから黙れ。

 

 だが、震えは止まらない。弱くはなったが、完全には消えなかった。

 

 グノモンが、無言で騒いでいる。

 

 この先にあるものが、それだけヤバいということかもしんねーな。

 

 

「……建木ってのは、そんなにまずいもんなのか」

 

 俺が小声で聞くと、晴れ模様がデフォのはずの白珠が表情を曇らせた。

 

「軽々しく語れるものではありません。仙舟にとって、豊穣の恩恵であり、災いでもあったものですから」

 

「恩恵で、災い、ね……」

 

 豊穣。言葉だけならプラスの印象なんだけどな。ま、過ぎたるはなんちゃらってやつかね。

 

 しかし、その言葉に合わせるように、懐の振動が一段強くなった。

 

 わかりやすー……グノモン、めっちゃ食いついとるがな。

 

 俺は懐をさらに強く押さえる。

 

 鏡流先生が、ついに振り返り、

 

「お前」

 

「はい先生」

 

「何度言ったらわかる、我を先生と呼ぶな。あと——」

 

 一瞬、俺の背後の方へと目をやり、

 

「なんです?」

 

 一点を見つめているが、その先は特に何もない。俺が先生に目を戻せば、ギロリと睨んでおり、

 

「……これより先では、軽口を慎め。持明族の聖地だぞ。余計な真似をすれば、我が斬る前に、向こうが動く」

 

「あのーかわいい弟子を斬る前提になってんですけど」

 

 と、

 

 門の前に、二人の持明族らしき男が立っていた。

 

 耳が尖っている。エルフ耳だと地味に感動してると、持明族の特徴だと白珠がそっとささやいてくる。

 

 

 その二人は、こちらの姿を認めると、明確な拒絶の色を目に浮かべた。

 

 

 そこで「任せてくださいっ」と白珠が前に出て、丁寧に、しかし毅然(きぜん)と——騰驍将軍からの命を受け来た雲騎軍の使者であり、龍尊へお目通り願いたいこと。また剣首・鏡流が同行していることを告げた。

 

 

 門番たちは白珠の言葉を聞いても表情を変えなかったが、「鏡流」の名が出た瞬間、ちらりと先頭の銀髪を見た。

 

 

 鏡流先生は腕を組んだまま何も言わない。ただそこに立っている。圧倒的覇気。

 

 

 それだけで——門は、開いた。

 

 

 鱗淵境の内部は、ある種、予想を裏切らなかった。

 

 門をくぐった瞬間から空気の質が変わった。冷たく、湿っていて、かすかに潮の匂いがする。地上にいるはずなのに、海の底に降りていくような錯覚に襲われる。

 

 

 通路は緩やかに下降し、やがて——視界が、開けた。

 

 

 波月古海。

 

 巨大な、地底の海だった。

 

 天井がない。洞天の空間折り畳みで無限に広いのか、見上げても暗がりが広がるだけだ。水面は薄い光を放っていて、それが天井のない闇に反射して、まるで逆さまの夜空のように見える。

 

「龍宮はこの先でしょうか?」

 

 これまで先導するような勢いだった白珠も歩みを止めた。

 

 誰かが返答するより先に、いつの間にかそこにいた一人の持明族の老人が、無言で水面に掌を向けた。

 

 すると、古海の水が——割れた。

 

 まっすぐ下に向かって、透明な膜のような道が沈んでいく。水の壁が両側にそびえ立ち、その間を、乾いた道が海底へと続いている。

 

 ……海って縦に開くもんだっけ?

 

 もういいや、考えんのはやめだ。

 

 老人は一言も発さず、ただ顎でしゃくった。行け、ということだろう。愛想もへったくれもねーな。

 

 鏡流先生が迷いなく足を踏み出す。白珠が続く。景元が一瞬だけ俺と目を合わせ——すぐにそらして、歩き出した。

 

 ……こいつも初めてなんだな、ここ。

 

 そんなことを思いながら、水の壁に挟まれた道を降りていく。

 

 

 

 

 

 

 龍宮は、暗かった。

 

 海底に沈む宮殿。石と珊瑚で出来た柱が林立し、天井には苔か藻のようなものが薄く光っている。水の中にいるはずなのに、この空間だけは乾いていた。洞天の技術で切り取られた気泡のような場所なんだろうか。

 

 

 

 そして——その奥に、はたして人影があった。

 

 

 

 グノモンが跳ねた。

 

 細かい連続振動が、急激に密度を増した。今までとは桁が違う。胸元がびりびりと震えて、服越しでも分かるくらいの強さになっている。

 

 俺は反射的に懐を押さえた。待て待てテンション上がってんのはわかるが、黙れっての。

 

 

 だが遅い。隣の景元が怪訝そうにこちらをちらっと見た。っべー、と、

 

 

 

 

 人影が、こちらを向いた。

 

 

 

 

 暗がりの中で、最初に見えたのは目だった。

 

 連想したのは氷柱(つらら)だ。鋭い。冷たい。だが、その奥に、燃えるような何かがある。鏡流先生の冷厳さとは種類が違う。先生のそれが霜だとすれば、この男のそれは——氷の下を流れる溶岩だ。

 

 若い。見た目だけでいえば俺と同じくらいか。ただ、仙舟の長命種に見た目年齢は意味が全くない。実年齢がどの程度なのかは推測しても無駄だ。

 

 イケメンにしか許されない黒髪ロン毛に加えて、額の両側に珊瑚礁(さんごしょう)みたいな(つの)がある。持明族の中でも龍尊だけが持つ特徴だと、白珠が道中で教えてくれたが……エルフ耳といい本当属性てんこ盛りだな。

 

 

 

「——何者だ」

 

 

 

 低く、短く、えらそーな口ぶり。

 

 声だけで空気が変わるのを肌が感じた。

 

 鏡流先生が一歩前に出た。

 

 

「羅浮雲騎軍、剣首・鏡流。騰驍将軍の命により参った。——龍尊・丹楓殿(たんふうどの)に、将軍からの親書をお届けする」

 

 

 そう言って、懐から封書を取り出し、差し出した。

 

 ……インゲツ君じゃなくて丹楓が本名ってことなんかな。同じ存在が色んな呼称を持つのやめようぜ。

 

 龍尊は、しばらく鏡流先生を見つめていた。剣首の名は知っているのだろう。だが、それが何だ、とでも言いたげな目だった。

 

 

 鼻を鳴らすと、封書を受け取る。開く。読む。

 

 

 俺の目からは中身は見えない。ただ、丹楓の表情を追うことしかできない。

 

 

 ——変わらない。

 

 

 何が書いてあるのか知らないが、丹楓の顔には何の変化も生まれなかった。読み終えて、封書を畳み、そして——

 

 

「騰驍将軍の判断は理解した」

 

 

 間髪なく、

 

 

「だが、余が赴く理由にはならぬ」

 

 

 空気が固まった。

 

 

「龍尊は、雲騎軍の駒ではない。余には建木の封印を守る責がある。封印は常に不安定であり、龍尊が離れれば、その均衡は崩れうる」

 

 ひとつ。

 

「加えて——この地には余が守るべき民がいる。外の戦のために、この者たちを置いて去ることは、余の本分ではない」

 

 

 ふたつ。

 

 

 丹楓は親書を鏡流先生に突き返すように差し出し、

 

 

「将軍には伝えよ。龍尊は龍尊の務めを果たす、と」

 

 

 みっつ。

 

 訳すとすれば……てめーの駒じゃねーよボンクラ。封印も見守るし、民を守る、両方やらなくっちゃなんねーのが龍尊のツラいとこよね。

 

 全部、筋が通ってる。わがままで断ってるわけじゃない。

 

 鏡流先生はそれを受け取りもせず、静かに立っている。

 

 白珠も、景元も、動かない。

 

 

 

 膠着(こうちゃく)だ。

 

 

 

 はえーよ。このまま「お疲れっしたー」と帰れるわけがない。騰驍将軍に「ダメでしたー」って報告するの誰だよ。俺か? 俺だろうな。うわー、嫌だ。

 

 

 沈黙が重い。

 

 

 重いが、丹楓は待っている。こちらが何を言うのか、あるいは何も言えずに引き下がるのかを。

 

 

「あのー、ひとつ聞いていいっすか?」

 

 

 丹楓の目が、俺に向く。ちなみに鏡流先生もマジで射殺す勢いで睨んでる。景元はドン引き顔、白珠はお目々がキラキラしてる。

 

 

「今、挙げてくれた理由。全部スジ通ってると思うんすけど」

 

「……」

 

「それって、ここにいるべき大人の理由っすよね。じゃなくて、——龍尊サマご自身は行きたくないんすか?」

 

 

 よくわかんねーけど、こいつの意志はどうなんだって話だ。それがわかんねーと口説くってか、説得も何もねーし。

 

 

「余が……だと?」

 

 

 丹楓の声が、ほんのわずかに揺れた——気がした。

 

 そして、次の瞬間、龍尊の目が変わった。冷淡でも、傲慢でもない。もっと奥の——何かを見定めるような目へと。

 

 

「……余の意志を問うか。そなたが」

 

 

 やべ、龍だけに逆鱗(げきりん)に触れちったかな。下手(したて)に出とこ。

 

 

「あー、すんません、身分をわきまえてないのは重々——」

 

 

「よかろう」

 

 遮られた。

 

 

 丹楓が袖を払う。

 

 

 

 

 

 

「——ならば、(はか)ろう」

 

 

 

 

 

 

 その動作と言葉ひとつで、龍宮の空気がざわりと揺れた。

 

 

 次いで、丹楓の手が、壁に立てかけてあった稽古用かなんかの飾り気のない長槍(ちょうそう)に伸びた。

 

 

 

「そなたらに、余の答えを聞く資格があるかどうかを」

 

 

 

 

 ……は?

 

 今、こいつ——なんて言った?

 

 

 量る? 何を? どうやって?

 

 

「そなたらの覚悟、この身で受けてみよう。まとめてかかってくるがいい——余に証明してみせよ」

 

 

 ええ……なんだそれ、戦闘狂かよ。

 

 つまり——交渉の延長ってコト!? 

 

 ただし、言葉じゃなくて。肉体言語ってヤツね。

 

 なーんでこうなるかね……マジで……いや待て、無理矢理ポジティブに考えれば、こっちの方が楽かもしんねーな。

 

 ない頭使って、理由潰すよりも、むしろあっちの方からケンカして理解させてくれっていうんなら、理解させてやればいーじゃんね。

 

 なにより、

 

 こっちにはソードマスターである剣首・鏡流先生がいるもんね! やっちゃってください、先生!

 

 

 が、しかし、

 

 

 鏡流先生は動かない。なんなら目も合わせてくれず、スンとしてる。

 

 

 

 ……あ、はい。

 

 そうでした。先生は最初から、俺を見極めるために来ている。ここで先生が戦ったら意味がない。

 

 白珠が嬉しそうに挙手し、口を開こうとした瞬間、ようやく、

 

 

「白珠、——ならん」

 

 

 ぴしゃりと鏡流先生によって制される。不服そうにしているが、ここは(ゆず)らんとその腕を掴んで白珠を黙らせる。

 

 

 つまり——四人のうち、二人が消えた。残るは、俺と、

 

 

「——景元、俺たちでやるっきゃねぇな……」

 

「は、えっ???」

 

「流れ、そういう流れだから」

 

「待——」

 

「こちらの二名でやりまーす」

 

 がっちりと腕を掴んだ。もう逃がさねーから。

 

 景元の顔にも焦りと絶望が浮かんでいるが関係ねーし。鏡流先生はともかく、お前は手伝えって将軍に言われてるし。

 

 相手は"不朽"の末裔にして、建木の監督者、おまけにドラゴンタイプときたら、弱いはずがねぇ。600族の可能性が濃厚だ。さすがにソロプレイはまずい。

 

 それに……正面からまともにやって勝てる保証はまったくねぇ。

 

 

 なら——

 

 

「はいはいはいはい!!」

 

 俺は手を挙げた。

 

「まとめてかかってこいって言ったよな。でも四人が二人に減ったんだけど。——ハンデくんないすか?」

 

「……ハンデ?」

 

 あ、微妙に伝わらんか。一人称、余だもんな。

 

 

「要は、勝敗条件譲歩(しょうはいじょうけんじょうほ)してくれって話っすよ。倒すとかナシで——俺たちの攻撃が龍尊サマにちょっとでも入ったら、俺たちの勝ち。できずに倒されたら負け。それでどうすか!」

 

 景元が「は?」という顔になる。鏡流先生の眉がかすかに動いた。白珠だけが、何故かニコニコしている。

 

 

 

 丹楓は、ほんの一瞬、目を細めた。

 

 

 

「……譲歩、か」

 

「ああ。一撃入れることができたら、俺たちの勝ち。龍尊サマは俺たちの覚悟を認める。失敗したら、俺たちが言うこと聞く。んで、おとなしく帰りますわ——公正でしょ?」

 

 公正なわけがない。龍尊を正面から倒すなんて無理だから、勝利条件をすり替えているだけだ。

 

 

 

 だがな、こういうのはな、言ったもん勝ちなんだよ。

 

 

 

 丹楓は——ふっ、と。

 

 

 笑ったのか。口元がほんの一瞬だけ動いた。

 

 

「よかろう。入れられるものなら、入れてみよ」

 

 

 余裕。完全なる余裕だった。負けるはずがないという確信が、声に滲んでいる。

 

 うぇーい、交渉成立ぅ。

 

 丹楓は、

 

「ついてくるがいい」

 

 

 勝負の場に選ばれたのは、龍宮の奥にある広い壇だった。

 

 片側は石畳。片側は、そのまま波月古海へ落ちている。

 

 丹楓が振り返り、長槍を構えた。

 

 

「——構えよ」

 

「おーし!」

 

 

 よしここはノイちゃんの出番だな。

 

 そのキレイな顔をフッ飛ばしてやるぜと——ノヴァイレイザーに手を伸ばした、その瞬間。

 

 

 

 

 

 ——ブゥゥゥゥン

 

 

 

 

 

 

 長く、一回。

 

 グノモン選手から、明確な警告振動。

 

 

 ——STOP。

 

 

 俺は伸ばしかけていた手を止めた。

 

 

 んだよ、今かよ。よりにもよってこのタイミング?

 

 

 懐を一回叩く。聞いてる。

 

 弱く、長く、二回。グノモンからの相談。

 

 いやいやいや、さすがにこのタイミングで便意を催しました! は使えねーわ。

 

 ……武器、使うなってことか? ためしにノヴァイレイザーとパルサーエッジを触ったり、離したりして確認する。

 

 

 返答は短く一回——はい。

 

 

 なんでだよ。

 

 

 短く三回。答えられない。

 

 

 おいおいおいおいおいおいおい。

 

 

 

「——どうした。構えぬのか」

 

 

 

 丹楓が、怪訝な顔をしている。

 

 言えるか。「すみません、相方の時計クンから武器使うなって言われまして」なんて。頭おかしいやつって思われちゃうだろ。

 

 

 ま、まずい、どうしよ、完全に開幕ブッパで言うこと聞かせる策士是印(さくしぜいん)のパーフェクトプランが……。

 

 

 や、やばい、めっちゃ汗出てきた。

 

 

 し……仕方ない。仕方ないが、こうなったら——、

 

 

 俺は、隣に立っている景元の背中に、両手を添えた。

 

 

「おい、何を——」

 

「いけーっ! ケイゲン! キミにきめた!」

 

「は? ちょっと待て、何を——」

 

「相手は龍だ。同じ系統か、こおりかフェアリーの技でいけっ!」

 

 

 どん、と押し出す。

 

 

「わわっ——おい!!」

 

 

 景元が丹楓の前に躍り出た。それでもさすがに鍛錬してるというだけあって、すぐさま剣を構えている。

 

 そして、俺は後ろに下がって腕を組む。

 

 鏡流先生の視線が、冷たく俺に突き刺さっている。あの、そのぜったいれいどでれいとうビームな視線は俺じゃなくて向こうに食らわしてください。

 

 

 丹楓が、景元を見下ろした。

 

 

「りゅ、龍尊様、ま、参ります」

 

「……まずは小僧からか」

 

「ただの小僧か、どうかは——その目でお確かめください」

 

 

 おー、たいしたもんだ。それでもちゃんと丹楓にレスできたじゃん——と振り返ってこちらを睨む。

 

 目が「ふざけるな、殺すぞ」と言っていた。自然な怒りじゃねーわ、しぜんのいかりを放つんだよ!

 

 まぁ俺とて大人だ。両手を眼前で合わせて謝意を示す。

 

 ごめーん。武器なしってなると、ノープラン。まずは龍尊サマの強さがどんなもんなのかを確かめないことにはなんもでき

 

 

 

 丹楓が動いた。

 

 

 

 ——速い。

 

 

 

 景元の剣が弾かれる音が辺りに反響した。景元の体が滑っていく。だが倒れない。すぐに体勢を立て直して、距離を取る。

 

 正面からやり合っても勝てないと、一合で理解したらしい。

 

 景元が構えを変えた。まずは凌ぐ、という判断のもと攻めから守りへ転じる。

 

 丹楓がゆっくりと距離を詰める。槍の穂先が、揺れもしない。

 

 

 ——俺がつばを飲み込んだ瞬間、

 

 

 丹楓が踏み込むと、槍が横薙ぎに振るわれる——景元が下がりながら剣で受ける。甲高い音。景元の体が半歩ずれる。対する、丹楓は一歩も動いていない。

 

 

 その隙に、俺は横から回り込んだ。結局いつも頼りになるマイ拳を握る。

 

 一撃。とにかく一撃入ればいいんだろ——

 

 丹楓の左手が、軽く振られた。

 

 その動作と共に、古海の水が動いた。

 

 水柱が立ち上がっている。

 

「!?」

 

 水柱から吐き出されたそれは帯のようにうねり、俺の胴を横から叩く。あっけなく吹き飛ばされて地面を転がった。

 

 すぐさま起き上がり、

 

「はぁああッ!!??」

 

 

 ——うっそだろ、水? こいつ、水を操ってた!? なんだよそれ、ドラゴンタイプで妖術使いかよ、聞いてねーぞ!

 

 

 びっしょ濡れになった髪の毛の(しずく)を払って、景元が丹楓の注意を引いている間に、もう一度。今度は低く入る。なんか白珠がキャーキャー騒いでるが気にしてらんねぇ!

 

 

 じゃあ、蹴りなら——と、

 

 

 槍の柄が、横から払われた。脛を打たれて足がもつれる。体勢を崩したところに水が追い打ちで流れてきて、また転がされた。

 

 波打ち際に打ち上げられた魚のようになっている俺に対し、丹楓は、

 

 

「——喉は渇いているか?」

 

「つい今し方、(うるお)ったっての」

 

 

 もう一杯とばかりに冷たい飛沫が顔にかかる。海水より澄んだ、冷たい水だ。うげぇー、あとで腹くだしたら呪うからな。

 

 

 くそがっ、完全に遊ばれてやがる。

 

 

 四合目、五合目と景元は打ち合うたびに後退し、じりじりと追い詰められている。だが——目だけは何か打つ手はないのかと絶えず動き続けていた。

 

 

 俺もその間に何度か飛び込んだ。けど、拳、肘、蹴り。全部弾かれた。

 

 

 水か、槍の柄か、あるいは丹楓が体をわずかにずらすだけで——届かない。

 

 

 ……素手のリーチじゃ、どうあがいても槍と水の壁を越えられない。

 

 

 それでもずっと丹楓の槍さばきを見ていると、微かな差があることがわかる。

 

 右から入るときと左から入るときで、踏み込みの深さが違う。右のほうが深い。つまり右の攻撃が本命で、左は牽制——

 

 

 俺が見て分かることを、景元は見逃していなかった。

 

 

 不意に景元が左側に誘うように動く。丹楓の左からの牽制を読んで、その下を潜り——

 

 俺も同時に右から飛び込んだ。景元が左を引きつけている今なら——

 

 

 許されなかった。

 

 

 槍の柄が、あまりにも鮮やかな動きで景元の腹を叩いた。同時に、展開された水の壁が俺を横殴りに弾いた。

 

 

 その結果、景元が吹き飛び、俺も石畳に叩きつけられた。

 

 

 

笑止千万(しょうしせんばん)——小手先で(しの)げる差ではないぞ」

 

 

 

 丹楓が静かに言った。

 

 

 景元が「読んだ」ことを、丹楓はさらにその上から読んでいた。

 

 はたして一枚上手(いちまいうわて)で済むのかどうかという差がある。しかも俺の動きなんか眼中にすらない。路傍(ろぼう)の汚れを水で処理されただけといった具合だ。

 

 景元が立ち上がる。口の端を(ぬぐ)う。俺も這い上がる。とっくのとうに全身ずぶ濡れだ。

 

 

「……おい、景元。なんか策は」

 

「……おれが右から行く。お前は左を回れ——」

 

 

 嘘だな。

 

 こいつは今、俺に嘘をついている。

 

 左は、さっき丹楓の水が集中していた方向だ。俺をそっちに突っ込ませて囮にする気だ。こいつの本命は右。

 

 だから俺は——左じゃなく右から行った。

 

「——は!?」

 

 景元の声。予想通り、こいつも右から来ていた。二人で同じ方向から突っ込むという最悪の事態になる。

 

 

「邪魔だ!」

「邪魔だ!」

 

 

 丹楓の溜息が聞こえた気がした。

 

 押し寄せた水流に殴られ、景元と俺が並んで尻餅をついたまま流される。

 

 

 実に間抜けな姿をさらしていた。

 

 

 景元がうめくように、

 

「……なんで左に行かなかった」

 

「おめーが囮にする気マンマンだったからだよ」

 

「……っ」

 

 景元が目を見開く。ばれていた、という顔。

 

「お前も俺を信用してねーし、俺もお前を信用してねーよ。——そりゃ噛み合わねーわ」

 

 ぐっと、こらえようとして、それでも言葉が漏れ出てしまったとばかりに、

 

 

「だって、だって……信用なんて……どうすれば」

 

 

 立ち上がりながら、その胸を軽く小突く。

 

 

「——小賢(こざか)しい真似はやめろ。受け止めてやっから、正面からぶつかって来い。んで、俺にはできねー本当に賢い所を見せろよ。したら、バカは考えなしに従っちまうぞ」

 

 

 (きょ)()かれた表情で、やがて、

 

 

「……言ったな、信じろよ」

 

「わーった、信じる」

 

 

 そんな俺たちのやり取りを丹楓は黙って待っていた。

 

 あからさまにかけられた情け——これが格の差ってやつだ。龍尊サマにとって、俺たちは量る対象といったものの、このままじゃ何も出来ず、土俵にすら乗れていない。

 

 

 事実、落胆の色が既ににじんでいた。

 

 だが、それを無視し、景元が俺を向いて小さく頷く。

 

 

 ——せいぜい落胆してろ。爬虫類がよ。

 

 

 景元が駆け出す。

 

 今度は真正面から。馬鹿正直に、まっすぐ。

 

 丹楓が水を操る。即座に壁のように立ち上がる水流——景元はそれを読んでいた。直前で足を止め、横に跳ぶ。水の壁が景元のいた場所を薙ぐ。

 

 ——ここまでは、さっきと同じ。

 

 だが景元は跳んだ先で止まらなかった。

 

 水の壁が景元を追って曲がる——その水流の死角を縫うように、もう一度方向を変えた。丹楓の槍側の懐に向かって、斜めに滑り込む。

 

 丹楓の目が、一瞬だけ動いた。

 

 景元の動きが予想から外れた——その一拍。

 

 景元が剣を振る。丹楓が槍で受ける。甲高い音。景元は打ち合わない。一撃だけ当てて、すぐに横へ回る。丹楓の瞳がその動きを追う。

 

 ——そして、

 

 

 

「是印ッ!!」

 

 

 

 景元が、()()()()()

 

 

 

 既に丹楓に向かってダッシュしてる、俺に向かって。

 

 

 すかさず丹楓の左手が振るわれ、水が景元を叩く。武器を手放した景元の体が壇の上を転がり、波月古海側の縁ぎりぎりで止まった。

 

 

 

「——あんがとよ、景元ッ!」

 

 

 

 すかさずそれ、景元の剣を——受け取った。

 

 

 っし——ああ、あるぜ。リーチがな!

 

 

 丹楓の背中が見えている。水は景元を追っている。槍はまだ景元のいた方を向いている。両方塞がってる。

 

 残りの間合いを詰めるべく走った。全力で、丹楓の背中めがけて振り下ろ——

 

 丹楓が振り向く——だが、槍はリーチ分遅れる。俺の方が早い。()った!

 

 

 

 

 

 なのに、そこから先はまさに人外の動きだった。

 

 

 

 

 

 丹楓は膝を上げ、槍の()を、自分の膝に叩きつけた。

 

 折れた長槍は短槍となり、さらに穂先側に残ったその柄を掴み、

 

 穂先が、そのまま背後へ一閃する。

 

 

 

 

 ——冗、談——ッ、

 

 

 

 

 振り下ろしていく手の中で、景元の剣が真っ二つに砕けた——断面がきらりと光って、切っ先が地面に回転しながら突き刺さる。乾いた音。

 

 

 

 

 盛大に空振った剣の(つか)だけを握ったまま、俺はバランスを崩して膝をついてしまう。

 

 

 届、かなかった——あとほんの少しだったのに。折られさえしなければ、ぜってぇ届いてたのに——畜生ッ——、

 

 

 

 顔を上げると、冷たい顔で丹楓が見下ろしていた。

 

 

 

 

「——これが、そなたらの全力か?」

 

 

 

 

 淡々と、事実を確認している声だった。

 

 

 俺は膝をついている。景元は地面に這いつくばっている。

 

 

 やべぇ。このままじゃ、本当に帰らされる。

 

 

 丹楓が手を上げた。再び水が渦を巻き、槍のように鋭く収束し始める——

 

 これ、まともに食らったら——

 

 

 

 

 

 ——その時。

 

 

 

 

 空気を裂いて、何かが飛んできた。

 

 金属の音。回転する銀色の軌跡。

 

 それは丹楓と俺の間の地面に突き刺さり——

 

 

 

 ——剣だった。

 

 折れた柄を放り捨て、反射的に、それを握った。

 

 

 握った瞬間、分かった。

 

 

 さっきの景元の剣とは、まるで違う。

 

 重さ、バランス、刃の芯の据わり——ここまで違うと笑えてくる。こいつを打ったやつは、間違いねぇ、本物だ——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——使ってください!!! 兄さん!」

 

 

 かわいすぎる弟分の声が幻聴ではなく、ハッキリと聞こえた。

 

 

 

 

 

 




執筆時BGM:「雷車動地」崩壊スターレイルOSTより


あーやだやだ、男子ってホント、バトルですぐ絆紡ぐよね〜






これまで頂戴した支援絵で掲載しきれなかったものを下記の活動報告にまとめさせて頂いております。ぜひお暇なときでもご覧くださいませ。ギャグマンガ日和パロはいいぞ。

ルキンフォー・エム 【支援絵ギャラリー】
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