伸ばした手は、彼女の涙をぬぐい、そして――
「――さて。それじゃあ、始めよう」
俺とカフカさんのちょうど真ん中に割って入ってくる、お邪魔猫の登場だった。
こいつ、いつかぜってーチョコ食わせちゃるわ。
(※注:絶対にやめてください)
俺がメンチ切ってる間に、あっさりカフカさんはご自分でもっとしっかり目元を拭いてしまった。あーん、いけずですわん。
そして、何事もなかったかのような口調に戻り、
「ちょっと待って。何を始める気? それと不公平だと思わない? 君は私たちの名前を知ってたのに、まだ私たちに名乗ってすらいない」
「あ、そーだそーだ!」
全面的にカフカさんに同意。あと全体的に説明と謝罪と賠償を求める。
「……あまり時間に余裕があるわけじゃないんだけどね」
「は? だったら、この問答を発生させてる時点で間違ってるんだが??」
はい論破、勝ち~。カフカさん、俺やってやりましたよとキメ顔で見つめるも、チラ見すらしてくれない。すいませーん、こっちにも目線お願いしま~す。もー、恥ずかしがり屋さんなのかな?
仕方ないと、既に歩き始めていた猫は振り返り、
「ぼくはエリオ。しがない猫であり、
――運命の
なにこいつ「
あと「運命の洞観者」って何? あまり難しい言葉を使うなよ、悪くみえるぞ。俺の頭が。
なので、ちゃんと質問しておく。
「よくわかんねぇけど、なに、お前がエリオっつうのはともかく、運命がなに?」
「ゼインの頭に合わせるなら、ぼくは未来が
「はぁ?」
あちゃー電波系猫だったかぁ。
「未来が視えるだぁ? じゃあ、明日のカンパニーラッキーロトの
「3.11.12.22.27.31.33」
「待って待って、メモないからすらすら言わないで。ワンモア! ワンモア!」
はわわわ、スマホどこやった。一等で6億信用ポイントだぞ、6億信用ポイント。自分人生あがり決まりました。お疲れ様でした。
あっ、……そういえば、スマホさん享年2ヶ月だった。22ヶ月残債だった。
「もっとも、今ぼくが口に出した瞬間、数字は変わったけど」
「は? バッ、おま、戻せよ!?」
「未来はデリケートなんだ。いかようにも変わりうる」
ああ……俺の、俺の6億。
たまらず膝をつけば、
「エリオ、ね。で、その『未来が視える』ネコ君が何を始めようって言うの」
さすがカフカさん。確信をズバッとついたのか、エリオはニャーと鳴いた後、
「単刀直入に言うよ。ぼくと取引して、
――この宇宙を”
誰も、といっても二人と一匹しかいないけど、何も言えなかった。
……ど、どう反応すればいいんだこれ。とりあえず魔法少女にならなくていいだけマシだと思いましたまる、でいいの?
「”終焉”、の運命……」
「……や、なんか、そのもうちょい……、なんかない?」
眉をひそめ、小声でつぶやくカフカさんに代わって俺は追加情報を催促する。
「さっき言った通り、未来はデリケートで、これから始まる旅は変数が多すぎる。だから、ぼくが伝えられることは今のお願いがすべてだ」
いや無理あるよそれ……。異世界召喚された学生が魔王倒せって言われるより無理あるって、厳しいって。今時のコ、ケンカすらしたことないんだから。
そんな中で、沈黙は打ち砕かれる。
「――取引って言ったわよね。なら、エリオ、君は私に何をしてくれるのかしら?」
「ぼくは、あなたに”変化”と”答え”をもたらすよ――それで足りるかな?」
はたして、それで等価になんのか? と
笑ったのは、カフカさんの方だった。
「――ふふっ、十分よ。取引成立ね」
かわよ。じゃなくてマジかよ。いいの? 宇宙だよ? 宇宙救うのに、今ので成立しちゃうんだ。
10年総額700億信用ポイントとかでもいい気がするぞ。大丈夫か。敏腕代理人として俺入った方がいいかな。
なんか
「……え、なんすか?」
猫のくせに咳払いをする仕草をすると、エリオは後肢で首を掻きながらそっぽを向く。
「ぼくよりは、――カフカくんに任せるよ」
ずいと歩み出たるはカフカさんで、俺の正面に立つ――
――なんだか、ようやく、向かい合った気がした。
それはカフカさんも同じようで、爪先という始点から徐々に上へと視線が動く。
こうしてみるとブーツ補正があるとは言え、それでもやっぱり俺の方が身長は少し高い。
なのでオシャレサングラスを乗せた髪から漂ういいにほひがヤバい。どんなシャンプー使ったらこんなにほひするの? いや、結構お互い走りましたよね? 全メーカー研究対象にした方がいいよマジで。
ってか、なんというか。すげーはじーっす。
血が頭に上ってくるのを感じる。なんか暑くない? 誰か暖房つけた?
――うつむいていたカフカさんも、最終的に少し上を見る形となり、俺も俺で泳いでいた視線が一点に定まった。
めっちゃ瞳、綺麗だった。
思わず飲み込む生唾。
いや、ちょ、これ、確実にあれ、アレする流れ!
口すぼめていい? いいよね?
「――――行こ? 探してくれるんでしょ。一緒に」
「はい」
もう一度、
「はァいッッッッ!!!!」
行きまうす!!
ヤッバ、銀河中にとどろくデカい声出た。これ出せるなら、どこの接客バイトでも面接一発だと思う。
おい、なんかヤらしいこと考えてたヤツら、いたら屋上集合な。
カフカさんちげーから、そういう軽い女じゃねーから。
でも、なに、今の。小首を
しかも上目の
なんなの? そういう特殊な訓練を積まれてるの?
恐ろしい。恐ろしすぎるよ。カフカさん。なんかもう既にクルッと背中向けられちゃってるけど。
「……やれやれ。やっぱり脚本家が舞台に上がるもんじゃないね」
何も聞いてませんし見てませんよ~とばかりに肩をすくめ、エリオは、
「今回は脚本がないけど、心配しないで。早速、取りかかるとしよう」
「取りかかるって、何をだよ?」
初めて、思った。
猫って笑うんだって。
「そうだね。まずは――ゼインには死んでもらおう」
★ ★ ★
「――子さん! 起きてくれ! ――さん!!」
――そんな声で叩き起こされたのは、約1時間ほど前になる。
まだ覚醒しきらない視界の中で、眼鏡をかけた誰かが身体を揺すっており――
「姫子!!」
そのボリュームの上がった声で急速に覚醒し、姫子は頭上の顔がヴェルトであると認識した。
「え……!? ち、ちょっとあんたッ!?」
何よりもまず自分がキャミソールとパンツのみであることに考えが至り、音速もかくやという速度でブランケットを抱き寄せて、ヴェルトから距離を取る。
「な、なんで、部屋に!?」
「す、すまない。謝罪は後できちんとする。落ち着いて聞いてくれ。――ゼインが襲撃された」
「――え、」
羞恥心と困惑の中、切り裂くように飛び込んでくる言葉。
星穹列車に乗り始めた頃ならいざ知らず、既に冒険を重ねている姫子の判断は早かった。
「状況を教えて」
「ああ、――――」
ヴェルトの話はこうだった。
ついさっき、たまたま目が覚めたヴェルトはスマホの通知に気づいた。見れば、数時間ほど前にゼインから『自分に何かあったら後は頼む』という旨のメッセージで、即座に彼の部屋に向かうと、荒れ果てた室内にこれが落ちていたと。
ヴェルトの手には、無残に破壊されたゼインのスマホがあった。
その後、事態を知らせるべく姫子の部屋を何度かノックしたが反応がなく、やむを得ず扉を破壊したのだという。
「……おそらく、俺の部屋も君の部屋も物音が聞こえないように細工されていた……すまない、どこか俺も気が緩んでいたようだ」
「それなら私も同罪よ。……今は責任の話より、ゼンを探しましょう」
宿を飛び出せば、すぐさま目の前の路地で元屋台と思しき木片を泣きながら拾い集めている男がいた。
事情を問えば、この男は屋台の店主で、いつものようにこの通りで商売をしていたら、いきなり男と女が上から落ちてきて、斬った撃ったの大立ち回りをした挙げ句、路地裏に逃げていったという。
「
話し終わるより早く姫子は、店主のスマホに相当な金額の信用ポイントを振り込んで走り出していた。
――その後も生々しい戦闘の痕跡をたどる。
よほどの強敵との激戦だったのだろう。戦いの余波が街に痛ましい爪痕を残し、徐々に血の登場頻度が増えていく。
焦燥感ばかりつのる。早く、とにかく、早くと。
同時に、祈る。
祈ることしかできない。
「大丈夫か。姫子?」
「……ええッ。急ぎましょ」
息はとっくに上がっているが、今は休んでいる場合じゃない。肩で呼吸しながら姫子は気合いを入れ直し、
ようやくたどり着いた先には、
――燃えさかる教会があった。
「!? ――おいっ! 待て、無茶だ!!」
「離して! ゼンがッ、ゼンが中にいるかもしれない!!」
制止するヴェルトの腕を振り払い、姫子は炎に包まれた教会の中へ飛び込む。
中は既に真っ赤に染まり、まさしく地獄の様相を呈していた。
ひっくり返ったベンチ、床板はめくれ上がり、オルガンも折れたパイプが四方八方に突き出されまるで針のむしろ、割れたガラスの破片の数をかぞえていたら頭がおかしくなりそうだ。
幼馴染の姿を必死の形相で探すも、容赦なく襲い来る凄まじい熱と煙にひるみ、腕で顔をかばった瞬間、
――銃声。
腕越しに何かが見える。
もう熱で
それでも目を凝らす。
眼球上の水分が瞬間蒸発し、痛いなんてもんじゃない
それでも、
目を凝らす。
――背中。コート。蜘蛛。銃。上がる硝煙。顔、見えない。
――足下。横たわる何か。広がる血だまり。
――何か。こちらに手を伸ばす。
――その顔。ずっと側にいた顔。これからも側にいてほしい顔。
――
「――
もう一度、銃声。
伸びていた手。
もう、動かない手。
「――素晴らしい時は、やがて過ぎ去る。お別れの時間よ。
”
――――ボンッ」
爆風。
その背中の蜘蛛の模様だけが目に焼き付き、喉が千切れそうになるくらい叫んでいるのが自分で、
いきなり現れたヴェルトに引っ張られて、そして、そして、
それから先はもう覚えていない。
「――――あ、」
ノックをしようとして、その部屋の主がいないのだから無駄なことだと気づく。
軽く握ったこぶしは、行き場をなくしてさまよう。
いつも、
いつもこうして、ノックをすれば、
中から「うーい」なんて言葉が聞こえてきて、
扉を開ければ、ソファの上で仰向けになりながら、
本気でムキになってスマホのゲームをしてたり、
かっこいい武器の構え方を追究しようと、
逆になんかダサいポーズを決めてたり、
貸してあげた専門書にもはや何が大事なのかわからないくらい付箋を貼ってにらめっこしてたり、
――いつだって退屈しなかった。
冒険が一段落すれば、
温かいコーヒーを一緒に飲みながら、
今回のあれは冷や汗かいただの、
罠に引っかかったのはどっちのせいだの、
あいつイイ奴だったよなーまた会えるといいよなーなんて、
出来たばかりの思い出を早速振り返る時間が、
――何より楽しかった。
施設の頃からそうだ。
列車内での生活でも、
さりげなく気を遣ってくれたり、
本気で危険な時は身を挺して守ってくれようとしたり、
いつもふざけてることしかしないくせに、
肝心なときは真剣な顔を見せたり、
つまんないことには我を通そうとするのに、
私が本気の時は意志を尊重してくれたり、
そのくせいつもいつもいつも、
人の気も知らないで、
年上が好きだって主張して、
いつか絶対、年下だっていい、
いやむしろ年下最高!
って言わせてみせるって、
そんな当たり前と未来が待っている、
はずだったのに。
――しんとした部屋の中に立ちつくして、姫子はようやく我に返る。
まずは明かりをつけないと。
真っ暗の中で何をしてるんだと自嘲した矢先、
何かにつまずいてしまい、
ドサッと物が床に落ちた音がする。
ぶつけてしまった膝をさすりながら、明かりをつけて、落ちた何かを拾い上げれば、
――本。
それは、自分たちにとって始まりの本。
星穹列車の伝説がまとめられた歴史書。
施設でお手伝いをいっぱいして貯めたお小遣いで買って、色んなとこにお願いをして、ようやく見つけて、誕生日祝いにあいつに贈った本。
ホントはもっと違う物が欲しかったと顔に書いてあったのに、こっちが泣きそうになったら慌てて飛び跳ねて喜んでくれた本。
気づけば、自然と革張りの豪華な表紙を撫で、めくった瞬間――何かが再び足下に落ちる。
それなりに年月を経た本だ。落丁でもしてしまったのかと拾い上げれば、
『絶対に開けるナ! 特に姫子!』
と表に見覚えのある筆跡の文字と、
イーッと歯を剥く子供のイラストが描いてある封筒。
「これ……!」
たまらず、封を切る。そこには、
=======================================
姫子へ
開けるなって書いたろ? まったく。
でもま、俺の知ってる姫子なら
絶対開けてると思って書きます。
この手紙を読んでいるとき、
きっと何か悪いことが起こって、
俺はもうお前のそばには、
いないんじゃないかと思う。
もちろん、できることなら
そんなことになってほしくねぇけど、
何が起こるかわかんねぇのが、この旅だ。
そんなの俺もお前も百も承知で、
それでも見たい世界があったんだもんな。
そりゃ止まれないよな。
走り出しちまったんだからさ。
ただ、もし俺の想像通りになっちまってんなら、
……運が悪かったのかな。
だからまず、謝っとく、すまん。
そして、一つ、いや二つお願いがある。
一つは、
俺がいなくても、旅を続けてくれ。
お前とは思い返せば、ガキん時からの
長い付き合いになったけど、
隣で見てたから、わかるよ。
姫子、お前無理しすぎ、人に弱み見せなさすぎ。
いつだって強くありたいのはかっこいいけど、
そうも言ってらんない時、やっぱあるじゃんか。
そんなとき、頼ってもいいような、
信頼のできる大好きな仲間たちが
お前には必要だと思う。
だから必ず見つけろよ。
てか案外近くにいるかもよ?
眼鏡かけてるかもよ?
二つ目は、
お前と俺で始めた、
この『開拓』の旅という
どんな未知の世界を訪れ、
どんな素晴らしい仲間たちと出会い、
どんな絆を紡ぎ、
どんな星々を繋いでいったのか。
そんな、お前だけの旅の軌跡を教えてくれ。
そんで、思いっきり自慢してくれよ。
あんたが見られなかった
こんな最高の経験ができたんだからって
その二つかな。
俺からのお願いでした。
- 追伸
ただ、お前が旅を終えたその頃には、
仮にもしも、いつか、俺が帰ってきて。
お前のそばにいても。
お前は俺に気づかないだろうな。
俺はお前の思い出の中にだけ、いる男。
俺はお前の少女の日の心の中にいた青春の幻影。
ありがとう。そして達者でな。
お前の旅の成功と幸せを祈ってる。
ゼイン
=======================================
よくも、
よくもまぁ、
最後まで読めたと思う。
自分で自分を抱きしめてやりたかった。
最後まで目を通した瞬間、
どこからともなく落ちた
「ゼイン」という文字に落ちて、インクがにじむ。
そして、視界もにじんでいた。
「…………馬鹿、あんたって、……いつも、いつも、バカ……ッ」
震える手で、その最後の手紙を抱きかかえるようにしゃがみ込む。
もう、我慢の限界だった。
――部屋の外まで響く、その
「カフカすわぁ〜〜〜〜ん、あ、荷物、お持ちします! ほんで、次どこ行きます? へ? あ~あ~大丈夫っすよ。俺がいなくてもあいつらなら元気にやってけますって! いざという時に備えて、ちゃんと手紙も残しておきましたしぃ!」
曇らせってこんな感じですよね。
所により曇りのち豪雨、所により快晴
え、また俺、なんかやっちゃいました……?