ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#70 "これが僕の生きる道"

 

 

 

 

 

 将軍府ってのは、お偉い人にありがちな階段を三つばかし上ったお高い区画の先にある。

 

 上るほど人通りは減っていくくせに、すれ違う連中の身なりだけは鎧なりなんなりでどんどん堅っ苦しくなっていく。対し、軽装の俺。ちなみに余談ではあるが、袖を食いちぎられた俺の一張羅は、白珠さんに繕ってもらい無事に元通りになりました。『料理、裁縫、掃除、洗濯、任せてくださいっ』と言われたんだけどヤツに死角はないのですか。無敵ですかそうですか。

 

 だもんで、ふんぞり返って歩こうとすると必然的にジロジロと無遠慮な目つきにさらされるわけだが、俺は大人なので背中を丸め、揉み手で「ヘッヘッヘこいつぁどうも……」とダミ声で挨拶し気配りを忘れない。

 

「——はてさて」

 

 厨房に鍋を返してきた俺は、回廊を歩きながら、周囲に人気(ひとけ)がなくなったことを確認してから、

 

 

「なぁグノモン、これ、何の呼び出しだと思うよ」

 

 

 懐のグノモン選手に向けて小声で振ってみる。が、

 

 

「……ですよねー」

 

 

 わかっちゃいたけども。案の定、ガン無視だった。えーん。是印かなちい。せっかく歩み寄ったのに。

 

 

 

 

 

 ま、そうこうするうちに着いちまったわけでさぁ。

 

 

 

 

 

 将軍府。門の前じゃ兵がふたり、彫像じみた顔で突っ立ってる。火の入ったデカい提灯(ちょうちん)が、雲の紋を闇にぼんやり浮かんで実にムーディー。

 

「あー……ども。騰驍将軍(とうぎょうしょうぐん)にお呼ばれしました、是印っす」

 

「将軍より伺っております。どうぞお通りください」

 

 あっさり通された。あっさりすぎて逆に怖ぇよ。せめて身分くらい(あらた)めろって、俺が偽者だったらどうすんだ。なぁヴェルト、そうだよな?

 

 案内の兵の背中を追って、磨き抜かれた廊下を行く。床がつるっつるで、俺の履物がきゅっきゅ鳴くのが若干気恥ずかしい。等間隔の灯籠の先にある突き当たりで、

 

 やたら立派な扉が待ち構えていた。

 

「こちらへ」

 

 扉が、音もなく開く。

 

 部屋の奥。書類が山になった文机(ふづくえ)の向こうで、無精ヒゲもそらず、くたびれた印象のおっさん——騰驍将軍がひらひら手を振っていた。

 

「よく来てくれたね。是印ちゃん」

 

 とまぁ、ここまでは、想定内だったんだが、

 

 問題は、文机の脇に控えてるほうだ。背筋を定規で引いたみたいに伸ばして、視線だけをすっとこっちに寄越した、その見慣れたツラは——

 

 

「あ? なんで、お前がいんの?」

 

 

 景元だった。

 

 思わず漏れた声に、あいつの眉がぴくりと立つ。しかし、

 

「ふむふむ、すっかり仲が良くなったようで何よりだ」

 

 景元が口を開くよりも、騰驍将軍の方が速かった。

 

「景元ちゃんはね、おじさんが呼んだんだ。まぁ、細かいことはいいから。是印ちゃんも、そのへん適当に座ってよ」

 

 適当にって言われても、座る場所の格からして高そうなんすけど。おっかなびっくりに適当な椅子に腰を下ろした俺の前で、将軍サマは書類の山から、ひょいと一束を抜き出した。

 

 

「呼んだのはね、答え合わせをしようと思って。——タラサの件の」

 

 

 うごごごご。

 

 

 

「まずは、是印ちゃんの申告から読もうかな。えー……『自分は臆病風に吹かれ』……『以下、記載を(はばか)る粗相の申告につき略』……」

 

 将軍が、紙から目だけを上げる。

 

「ここ、元はなんて書いてあったんだい?」

 

 

 激凄恐怖、菊門的決壊不可避、我覚悟漏糞。

 

 とそれっぽく伝えようとするが、

 

「担当官がねぇ、頭を抱えてたよ。仮にも武功の帳面に、とある単語を三度も書かせようとした男は雲騎軍始まって以来だって」

 

 勝手に続きを口にし始める。

 

 あ、あれね、これ俺に振ってる風で振ってないやつね。

 

 

「で、続きがあってね」

 

 

 将軍の指が、紙の束にかかる。待て待て、この流れは知ってるぞ。

 

「あのー、将軍。そこはいいっす。俺、聞いてますんで。ってか聞かされたんで。一言一句」

 

「そう? でもおじさん、これ音読するの楽しみにしてたんだよねぇ。——『是印さんがいなければ、僕は五回は』」

 

 ぱじゅかしい。

 

「いやいや、だからいいですってば!」

 

「白珠ちゃんのは長いから割愛するけど、担当官は運が悪かったらしいね。夜までかかったとか」

 

 ったく改めて、ほんと、あいつらときたら……人がせっかく綺麗さっぱりゆずってやろうっつってんのによぉ。

 

 

「そんでもって、極めつけが——これだ」

 

 

 束の中から、ひときわ分厚いのが抜かれた。

 

 

「景元ちゃんの。別紙、七枚。……いやぁ、力作だねぇ」

 

 

 ぺら、ぺら、と紙をめくる音だけが部屋に響く。当の著者は文机の脇で、微動だにしない。従って俺にできることといえば、そのよく伸びた背中に()()()()()()念を飛ばすことだけだ。

 

 

 ——景元……景元……きこえますか……あなたの脳に直接呼びかけています。撤回します、今すぐ撤回しますと言うのです……

 

 

 

「はい。全て事実です」

 

 

 食い気味だった。しかも小声ですらなかった。

 

 

「あァ? てめこのッ」

 

「あっはっは。ほんと仲がいいねぇ、君たち」

 

 

 将軍は書類をとん、と揃えて置くと、頬杖をついて、こっちを見た。

 

 

「さて。片や『何もしてない』、片や『全部やった』。……帳面ってのは困ったもんでね、両方は載せられないんだ。どっちを採ればいいと思う?」

 

 

 ……も、もはやこれまで。

 

 

 俺は座り直して、深々と頭を下げた。

 

 

「手柄は、応星と景元と白珠にやってください。超絶操縦で海の底まで運んでくれたのも、手際よく人質の救出の段取りを整えたのも、骸を仕留めたのも、骸炉を止めたのも、その三人がいたからこそなんすよ」

 

「将軍。——発言の許可を願います」

 

 黙っていられないとばかりに景元が立ち上がり、

 

「自分が見届けたのは、人質の搬出までです。その先の骸炉のことは、書面にも推定と明記しました。ですが——そこまでで、既に足ります。潜入路の啓開(けいかい)、歩離人兵の撃滅、人質区画の……」

 

「うん、知ってるよ」

 

 

 将軍は、笑ったままそれを遮る。

 

 

「七枚ぶん、ちゃーんと読んだからね。見た事実と推定を分けて書く子は、軍功方でも滅多にいないって褒めてたよ」

 

 

 将軍は帳面を、机に置くと、

 

 

「景元ちゃん。君の書いたものは、正しいよ。勲一等の正しさだ。……ただねぇ」

 

 

 頬杖の角度が、ゆるりと変わる。

 

 

「それは、あの時、タラサの底にいた者の正しさなんだ。一兵卒の目の高さ、と言ってもいい。おじさんたちはね、残念ながら、そこに立たせてもらえない。将軍というのは——万里の上から見下ろして、百、二百、千年先まで見通して、それで初めて給金がもらえる因果な商売でね」

 

 

 声の調子こそいつものヘラヘラしたものだ。だが、妙な圧と共に部屋の照明が少し暗くなった気がした。

 

 

「だから、同じ問いをもう一度。今度は兵としてじゃなく——万里の上から答えてごらん。この帳面は、のちの仙舟に、何を(おぼ)えさせるためにある?」

 

 景元は、すぐには答えなかった。

 

 目線が、将軍の手元の帳面に落ちて——それから、ゆっくり持ち上がった。心なしか、目の据わる位置が、さっきより高い。

 

 

「……忌み物どもたちとの戦は、続きます。この先も、ずっと」

 

 

 ぽつり、と。数えるように。

 

 

「であれば、帳面が載せるべきは……武功の主の名では、なく。次の戦の、力になるもの。——旗、です」

 

「ふぅん? 続けて」

 

「素性の知れない流れ者の武勇伝は、実りのない詮索を呼ぶだけで、旗になり得ません。応星は——」

 

 そこで景元は、一度、言葉を切った。眉が寄る。自分の答えの途中に、何か引っかかったらしい。

 

「……いえ。応星も、全軍の旗には、なりません。あいつは短命種です。長命の兵の中には、快く思わない者のほうが多い」

 

「うん。正直でよろしい。じゃ、使いどころのない帳面かな?」

 

「——いいえ、それも違います」

 

 目の据わりが、変わった。

 

「この仙舟で、短命種は実態として数に入れられていません。兵にも、職人にも、頭数の外です。ですが我らが"巡狩(じゅんしゅ)"の戦は続く。長命の兵だけでは、いずれ数が心許なくなることもあるでしょう。……故郷を焼かれた短命種が、己の打った剣で仇を貫いた。それが書かれた帳面は、全軍の旗ではなく——これまで数に入れてこなかった者たちを、すなわちタラサのような同盟星や諸外の星々を数に変える旗です。つまり、短命の民たちが、忌み物共を狩るため、剣を取る理由には——なり得ます」

 

 部屋が、しん、とした。

 

 将軍は頬杖のまま、しばらく黙って——それから、ぱち、ぱち、と気の抜けた拍手をした。

 

 

「……いやぁ上出来だ。おじさん、そこまでは期待してなかったんだけどねぇ」

 

 

 将軍はひとしきり手を叩いてから、机の帳面を、とん、と揃えて脇に寄せた。

 

 

「じゃ、帳面の件は決まりだね。タラサの英雄は、朱明(しゅめい)・工造司の応星ちゃん。景元ちゃんと白珠ちゃんの武功は、そのまんま載せる。で、是印ちゃんは——」

 

 将軍はにっこり笑って、

 

「臆病風に吹かれて、その、アレだった。……そういうことに、しておこうか」

 

 

 願ったり叶ったりの裁定に、なんで俺はいま微妙〜な顔になってるんだろうな。いや、いい。いいじゃないのよ。望んだ通りだろ。俺は深々と頭を下げておいた。

 

「あざっす。恩に着ます」

 

「いいってことさ。よし、それじゃあ——景元ちゃんも、今日はご苦労さま。もう下がっていいよ」

 

 げー、俺も下がりたいんすけど。

 

 だが、景元は一瞬、動かなかった。

 

 目線が、俺と将軍の間を、すっと一往復する。

 

 それでも景元は何も言わず、綺麗な所作で一礼した。

 

「失礼します」

 

 俺の椅子の後ろを通り抜けざま、小声で、

 

 

「……七枚で、足りなかったくらいだ」

 

「もういいっつの。読書感想文なんていくらでも書けるマンか」

 

 唇を尖らせた景元はもう振り返ることなく、扉が、音もなく閉じた。

 

 

 

 

 ……で、残されました。将軍サマと俺。

 

 

 なにこの空気。気まずいんですけど。

 

 

 当の将軍はといえば、とっくに冷めてるだろう茶をずずーっとすすって、「うん、渋い」とか言ってる。マイペースか。

 

 ……ま、いっか。二人きりなら、こっちも聞きたいことのひとつくらい、聞いたって罰は当たらねーだろ。

 

「そーいやなんですけど、将軍」

 

 俺はなるべく、世間話の顔をこしらえて言った。

 

「タラサでの神君……えらくタイミングがよかったっすよねぇ。ちょうど器獣があふれかえって大ピンチの時に」

 

 どっちにも転べる一投のつもりだった。食いつくなら、よし。流すなら、それもよし。

 

 将軍は茶杯を置いて、こっちを見た。

 

 

「ん? なんのことかな?」

 

 

 ……完璧だった。

 

 首の傾げ方も、目の丸さも、声の軽さも。何ひとつ引っかかりゃしない。まっさらな白紙を、すっと差し出された気分だ。

 

 

 あー……なるほどねぇ。

 

 

 やっぱ、そういうこと。なかったこと、ね。

 

「……いや。なんでもねっす」

 

「そう?」

 

 またずずーっと飲み始める。それっきり、だ。追いも探りもしてこない。……この人と腹の探り合いなんぞ、百年早そうですわ。

 

「んじゃ、俺はこれで。夕飯の激戦に加わんねぇといけないんで……」

 

 腰を浮かせかけた俺に、

 

「あ、そうだ」

 

 将軍が、指を立てた。

 

「もうひとつだけ、あったんだよねぇ。——是印ちゃんに、頼みたいこと」

 

 

 ……聞き返したくね〜〜〜。だが、しゃーなしに、

 

 

「ええーなんすか、改まって。言っとくけど俺、宴会の仕出しなら三十人前が限度っすよ」

 

「あはは、それも魅力的だけどねぇ」

 

 将軍は文机の抽斗(ひきだし)を開けると、薄い書き付けを一枚、俺の前に滑らせる。

 

「まず、読んでみてよ」

 

 恐る恐るつまみ上げれば、

 

 几帳面な字が、みっちり並んでいた。思わず立ちくらみを覚えるが、どうやらこれは——丹鼎司(たんていし)回生院(かいせいいん)の、医士によって書かれたものらしい。

 

『狐族の童女・薩蘭(さらん)焼灼創(しょうしゃくそう)の経過、良好。——良好の域を、大きく超える。断面の縮小、丹方(たんほう)の効能にては説明つかず。参考までに逐日の記録を付す』

 

 以降は、日付と数字と文字がびっしりだ。

 

 ……よくないよくないですよこれぁ……あの医士のおねーさん、ほんとに「ぜーんぶ」書き付けちゃってるってば。そんでもって、もう既に将軍の下まで報告があがってるってことは……どうなるっていうんだ。

 

 

「それね、丹鼎司から順繰りに上がってきて、今、おじさんのもとで止まってるんだ」

 

 

 将軍は俺の手から書き付けを、ひょいと摘み上げた。

 

 

 

「で、——ここで燃やす」

 

 

 

「……は?」

 

 言うが早いか、紙の端が燭台の火に差し込まれた。

 

「治りが早い、はね。この仙舟じゃ、褒め言葉にならない。『豊穣』という字が透けて見えた瞬間、周りの目の色が変わるだろう。調べられて、遠ざけられて、下手をすれば籠の中、あるいはもっと悲惨だ。……タラサから命からがら戻った子の帳面に、そんな影は要らない」

 

 書き付けが灰になってくのを見送る横顔は、笑ってなんかない。

 

 あっという間に紙一枚が燃え尽き、

 

「さて。ここからが頼みごとなんだけどね」

 

 灰を払って、将軍は、

 

「あの子の行き先を、決めたんだ」

 

「どこ……ですか」

 

 

 もし、どっかに収容されたりするってんなら……飯係は今日この瞬間までだ——

 

 

「そう恐い顔をしないでいい——曜青の、月御将軍(げつぎょしょうぐん)の所だよ」

 

「……月御って、あの」

 

 あれだろ、軍議の時に見かけた、白珠の上司で曜青のトップに位置するおねーさま将軍様だ

 

「そ。見ての通り面倒見がいいんだよねぇ、彼女。書類の上じゃ、戦災孤児の引き取り。実際は——ま、弟子、みたいなもんかな」

 

 弟子……、だとぉ? いったいこの人は何考えてんだ。

 

「でさァ、これをね、是印ちゃんの口から伝えてほしいんだ」

 

「い”? なんでまた俺が……あの、そういうのはそれこそ、お役所から正式な紙とかで」

 

「お役所の紙で『月御将軍預かりとする』——なんて言われてさぁ、あの子、はいって頷くかなァ?」

 

 たぶん……はいわかりましたってワケにはいかねぇな。下手すりゃ回生院の隅で籠城が始まる可能性すらあるぞ。

 

「あの子が言うことを聞くのは、たとえば、そうだなぁ——命の恩人だけだろうね。記録は消した、行き先も付けた。なら、最後のひと押しは是印ちゃん。君の仕事……ってことで、どうかな?」

 

「…………」

 

 すぐには頷けない。

 

 だってそりゃそうだろ。勘定(かんじょう)が合わなすぎる。

 

 記録を握り潰すのも、行き先に将軍サマの名前で筋を通すのも、タダでできることじゃねぇって。

 

 それをぜーんぶ済ませた上で、俺への注文は、薩蘭に伝えてくれだけ? ……釣り合ってねぇだろ、どう見ても。こっちの負担が軽すぎる。

 

「……将軍。聞いていいすか」

 

「なんだい」

 

「あんた——何を、考えてんです?」

 

 

 世間話の顔は、もうやめた。

 

 

「さすがに俺にとって都合が良すぎる」

 

 将軍は、きょとんとした顔で俺を見て——それから、ふ、と息だけで笑った。

 

「うん。景元ちゃんといい、君といい。今日は冴えてる子ばっかりだねぇ」

 

 頬杖が、外れる。

 

「じゃ、正直に言おうか。——おじさんはね、君に恩を売ってるんだよ。安いうちに、たくさん」

 

「恩?」

 

「ああ。——この長らく続く忌み物どもとの大戦をね、おじさんは自分の代で終わらせたい。そのためなら、……使えるものはなんだって使う。人も、神君も、帳面も。で、おじさんの見立てじゃ、是印ちゃんは使えるはずなんだよねぇ。それも、とびっきり」

 

 使えると、面と向かって言われたのは初めてだ。

 

 口端は上がっているのに、目の奥は笑っていない。

 

「だけど君は、金でも位でも縛れないと見てる。功績まで自分から捨てちゃうしさ。そんな、普通は食いつくわかりやすいものが通用しない人間を繋ぎ止める紐はね、昔っから相場が決まってる」

 

「……たとえば」

 

「——金や位で縛るのはね、『以力服人(いりょくふくじん)』っていうんだ。力で(したが)わせたものは、力が尽きた日に終わる。おじさんが欲しいのは逆でね。……『心悦誠服(しんえつせいふく)』。心から(よろ)び、誠に(したが)う。」

 

「……はい?」

 

 

 どゆこと。む、難しすぎる言葉を使わないでほしーんだけど。

 

 俺の白けた顔を見て、苦笑すると、将軍は要するにと前置き、

 

 

義理と、人情、そして恩義。外ではなく、内から動いてもらわないとね」

 

 

 なんだそれと思わずその場でズッコケそうになった。が、どうにか体勢を立て直し、

 

 

「そんだけ買ってる、ってことすか……俺を?」

 

「そういうことさ。あとは、ま、あとは薩蘭ちゃんの件はね」

 

 

 将軍は燭台の、蝋の残りにちらと目をやった。

 

 

「半分は、ただのおじさんの趣味もある。……子供の笑顔に影がつくのは、ね。昔っから、嫌いなんだ」

 

 

 ……ダメだ。この人、どこまでが本音で、どこからが芝居か、まるっきり見えねぇわ。俺が何に使えるってんだよ。頼むから是印ちゃんは『人材』じゃなくて『人財』ですとか言い出さないでくれよ。

 

 まぁでも……最後の言葉は嘘じゃないってことだけは少なくともわかった。なら、その売ってくれた恩とやらをありがたく受け取らせてもらおう。

 

 俺は嘆息し、

 

 

「……へぇ、りょーかいっす。薩蘭には俺から伝えますよ」

 

「うん。助かるよ」

 

 

 締めの空気だ。俺も今度こそ、扉に向かお——

 

 

「ああ、それと。是印ちゃん」

 

 

 えぇ……まだあんのかよ。

 

 

「今回はね、たまたま、全て丸く収めることが出来た。……けど、用心することだ」

 

 

 振り向いた先で、将軍は頬杖をついたまま、こっちを見てた。

 

 

「おじさんにだって、拭いてあげられないものはある。人の口も、人の目も、この仙舟には多すぎるくらいあるんだ。——隠しごとってのはね、隠してる本人が実は隠していると思っているだけかもしれないよ」

 

「……うす」

 

「うん。以上だ」

 

 

 それが、お開きの合図だった。

 

 

 

 

 将軍府の門をくぐると、もうすっかり夜になっている。うわぁーこれは晩飯時にいなかった分、明日挽回しないとおばちゃんたちに怒られちまうわ……。

 

 

 にしても、

 

 

 グノモンといい将軍といい、皆さん色々ご忠告してくれますけども、

 

 

「それができたら……苦労はしねーよ……」

 

 

 もう一度大きくため息をして、とりあえず乗り切ったー! とばかりに伸びをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿舎に戻った頃には、灯りのついてる窓のほうが少なかった。

 

 自分の部屋に入って、戸をぴったり閉める。

 

「おーし」

 

 俺は懐から銀色の懐中時計を取り出すと、机の上に、そっと置く。

 

 

 姿勢を正す。膝を折る。両手を、つく。

 

 

 そんでもって——額を、床にこすりつけた。

 

 

「——えーグノモンさんグノモンさん、わたくし是印ですが、この度はタラサにおける数々のご無礼の段、誠に申し訳ございませんでしたァ! ごべーん! 俺が悪がったァーッ!」

 

 

 渾身の、土下座と嘘泣きだった。

 

 

 

 しばしの、間があり、

 

 

 

 やがて、頭上で、ピコンと小さく電子音が鳴る音がした。

 

 

 

『——FW(ファームウェア)自動アップデート完了。エラーなし。状況把握中…………被験者ゼインの現在の姿勢を「謝罪行動」と判定しました』

 

 

 

 聞き捨てならない言葉が頭にあった気がするが、ここはツッコまず冷静に、

 

「がーさすです。その通りでーす」

 

『では、受理に先立ち——質問:』

 

「なあに?」

 

 

 

 

 

『被験者ゼインは、

 帰還する意思を、保持していますか』

 

 

 

 

「…………あ?」

 

 思わず、額を上げてた。

 

「あるに決まってんだろ。なんだよ藪から棒に」

 

『では、観測事実を申し上げます。収束圧警告への度重なる無視、計17回。うち16回は、現地の人員の保護を目的とした行動中に発生。応星へのA.R.P.披露——機密の開示。そして、ノヴァイレイザーの全域射撃。

 

 被験者ゼイン。

 

 ワタシの記録上、アナタの行動基準は、観測開始時点から一貫して変化を続けています。アナタの意志決定を占める要素として——応星、白珠、鏡流、景元、丹楓の比重が、ミッション完遂に対するそれを、上回りつつあります』

 

 

「そ、それは……」

 

 

 ……ぴ、ぴえん。

 

 だってだって、ぐうの音も、出なかったもん……え、もしかして、だからグノモンなの?

 

 じゃねーわ。

 

 ひとつひとつは、あの場じゃ全部「そうするしかなかった」だ。けど、こうして並べられると——うん。傾向としては、おっしゃる通りですとしか言えませんわ。

 

 

『再質問:ワタシは、観測データと共に、アナタを現代へ帰還させるためにあります。アナタが帰還しなければ、これまでの観測データは、すべて無意味になります。

 

 ——確認します。アナタは、帰還する意思を保持していますか』

 

 

 二度目の、同じ問い。

 

 

 それに対し、俺は、

 

 

「——あるよ。そら、ある。カフカさんも、(せい)も、ホタルも、エリオも、みんないるんだからな。だから、……俺の帰る場所は、あっちだ」

 

 

『了解しました。その言明を、記録します』

 

 

 記録します、かよ。信用してねーな、こんちくしょう。

 

 

 ……ま、いい。グノモン選手に信用してもらえるように、今後はポイントを積み上げていきゃあいんだろ。

 

 

「そんで……その、あれだ。本当に悪かったよ、色々。次から警告は聞く」

 

『期待します』

 

「ああ。ちゃんと聞いた上で、やらかすのは——どうしてもってときだけにする」

 

 

 

 

 

 

 沈黙。

 

 

 

 

 

 

 またうんともすんとも言わなくなっちゃったよ。なんなんだよ、こいつ。

 

 

「……おい? 聞いてる?」

 

『衝撃:危うくワタシ自ら電源を落としてしまうところでした』

 

「うぉいッ!? セルフ介錯(かいしゃく)やめよ!?」

 

『アナタの直前の言明を解析した結果です。要約:「警告は聞く。だが従うとは言っていない」。……被験者ゼイン。ワタシは先ほど、アナタの謝罪行動を受理する処理を開始していました。当該処理を、当面の間——保留とします』

 

「いや完了せーや! 保留すな! 土下座と流した涙が無駄になっちゃうだろ!」

 

『告発:被験者ゼインの目元には涙の痕跡が見当たりません。むしろドライアイです。

 宣告:謝罪に加え、賠償を請求します』

 

「おい馬鹿、やめろ、なんかセンシティブな言い回しになってっから!」

 

 めっちゃまばたきしちゃったじゃんか。でも……ああ、戻ってきたわぁ、この感じ。このやりとりがこんなに沁みる日が来るとはなぁ。

 

 つーか、久し振りにねぐらのみんなのことを思い出して、おセンチになっちゃったかな俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうにかこうにかグノモン選手をなだめた俺はあぐらをかきながら、肝心なことを尋ねる。

 

 

「——つかさ、今回のタラサの件で進捗はどんくらいになったんだ?」

 

『観測ミッション進捗——71.4パーセント』

 

「おおっ!!」

 

 

 思わず身を乗り出した。大進展じゃないこれ、前30パーくらいだっただろ、たしか。

 

 

『タラサにおける収穫が寄与しました。月狂いの完全観測。器獣の群体運用の記録。および——巡狩由来の威霊、通称・神君。いずれも、ワタシの観測において、初の類型です。観測の進捗には、初出の類型ほど大きく加算されます——既知の類型の再観測は、ほぼ寄与しません』

 

 やべ、あんまに頭に入ってこんわ。初っぱなの数字にばかりとらわれている。だって、

 

 

「——あと、3割……か」

 

 

 

 もうひと頑張りじゃんか。それで……この時間旅行も、終わり、なんだ。

 

 

 

「……なぁグノモン。初物(はつもの)が望ましいとか言ってたけど、じゃあその3割ってのは、どうすりゃ埋まるんだ?」

 

『ワタシに、未来の予測はできません』

 

 ま、まぁそりゃそうだろうけどよ、とは思ったが、相棒は続けた。

 

『——ただし、観測目録には空欄が残っています』

 

「目録?」

 

『出発前にミス・ヘルタが参考に定義した、収集データ対象の類型一覧です。この内の該当すると考えられる未収集事項を読み上げます。

 

 

 ——残るは、神君以外の使令級存在の顕現。星神(アイオーン)による直接干渉など』

 

 

「…………えー……」

 

 

 儚げな声出ちゃったよ。うげげげ、なんだよ、そのロクでもねぇお品書きは。使令に、星神(アイオーン)って、

 

 

「よりにもよって最後に美味しい物取っといちゃった感じかよ……」

 

『はい。端的には、そのようになります』

 

「命がいくつあっても足んねー仕組みだなぁ、おい……」

 

 

 ふわ、とあくびが出た。今日はもう、店じまいだ。考えたくねぇ、明日の俺に託す。

 

 

『以上、定時相談を終了します。……おやすみなさい、被験者ゼイン』

 

「おー。おやすみさん」

 

 

 灯りを消して、寝床に転がる。

 

 

 ……70パー、か。

 

 

 数字が増えるのは、いいことだ。帰りが近づいてる。俺の帰る場所は、グノモンに言わされたように、あくまで未来(あっち)にある。

 

 

 ……ある、んだが。

 

 

 

 頭の中を()()()()()()()()()の顔がよぎっていく。

 

 

 

 考えるまでもない。

 

 どちらが大事かなど。この時代において俺はそれこそただの異物でしかなくて、本来置かれるべき所はここじゃない。だけど、

 

 

 

 

 

 ——兄さん。

 ——是印さんっ。

 ——兄貴。

 ——馬鹿弟子。

 ——是印。

 ——お兄ちゃん。

 ——お兄。

 

 

 

 

 

 なーんで、……素直にバンザイできねぇんだろうなぁ、俺は——

 

 

 

 

 とん、とん。

 

 

 

 瞼を閉じようとする直前。

 

 戸を、叩く音がして、

 

 

 

 

 

「兄さん。僕です。——まだ、起きてますか」

 

 

 

 

 

 向こうから聞こえたのは、応星の声だった。

 

 

 何事だと寝床から身を起こし身構える。こんな夜更けに、朱明にいるはずの応星が……なんで。

 

 パルサーエッジに念のため、手をかけつつ、俺は戸を開けた。

 

 

「応星? んだよ……起きてる。って、どした!?」

 

 

 応星の頬には、ぶたれたような跡があり、俺は即座に拳を鳴らし、

 

 

「誰にやられた。言え、——お礼参り行くぞ」

 

「ち、違うんです! だ、大丈夫です……これは、仕方ないので」

 

「あ?」

 

「いえ、……その」

 

 

 応星の様子がおかしかった。歯切れの悪い物言い。泳ぐ目。手つきも落ち着きがない。

 

 

「聞き取りも、工造司の一連の武具の納めも、今日で全部、片付きました。それで……あの……その」

 

「なに?」

 

 

 イラつきと怪訝そうな顔が表情に出てたのか、なおさら応星はまごつく。とりあえず事情を聞くべく、部屋の中に招き入れる。

 

 

 そして、適当な布を濡らして、頬を冷やすように渡す。

 

 

「ちっと深呼吸しろ、落ち着いて話せ」

 

 

 椅子に座らせると、応星は言われたとおり深呼吸をして、ようやく俺をしっかり見据えて、

 

 

 

「——兄さんに、話しておきたいことがあって、来ました」

 

 

 

 頷きを返せば、応星は一際大きく息を吸って、

 

 

 言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——僕は仙舟を出ます。

 ラマンチャさんについていき、外の世界を知ろうと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








執筆時BGM:『Wind』、『Yellow Moon』 Akeboshi




ようやくこの曲が似合う場面きたこれ
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