ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#71 "また、すぐに会えるよね"

 

 

 

 

 

 いつぞやの酒の席で使った楼閣(ろうかく)

 

 

 その楼閣が——今夜は貸し切りの宴会場と化していた。

 

 

 

「——さぁさぁ皆々様、今宵はようこそお集まりくださいました! えー、これより、奇蹟のカーニバル開まk、じゃねーわ! タラサの戦勝と……さよなら応星キュン送別会の、開始だァァァァァァ! 無礼講でーす!!」

 

 

 

 お玉をマイク代わりに握りしめた司会進行は、わたくし仙舟・羅浮の宴会部長である是印がお送りしております。

 

 

 拍手、歓声、指笛。おい誰だ指笛。仙舟に指笛の文化あったのかよ。って騰驍(とうぎょう)将軍……あんたじゃないすか……。

 

 はい、気を取り直して、主賓(しゅひん)のリアクションはっつーと——「キュ、キュンはやめてくださいキュンッ」的な抗議を予想していた俺の当ては、外れた。

 

 応星のヤツ、立ち上がって、深々と頭を下げてやがる。上げた顔の目の縁が既にうっすら赤い。いや速いって。

 

 これだけの顔ぶれが、自分のために集まってる——それだけで胸がいっぱいって顔だ。

 

 

 

 だがまぁ、

 ぐるっと座敷を見渡せば、そりゃそうなるわなって面子である。

 

 

 

 手前の子供卓じゃ、爻光が果実水の椀を掲げて先走りの乾杯をやらかしかけ、隣の薩蘭に襟首を掴まれてる。仲良くしろ。凝梨はさっきから、ひたすらちらちらと応星の様子を窺っている。ほんま健気やわぁ。糸目関西弁になっちゃうわぁ。

 

 真ん中はいつメン卓。

 

 白珠は酔いが既に回り始めているっぽいが……ありゃちっと空元気(からげんき)入ってるな。景元は苦笑い、丹楓は瞑目して肉串を咀嚼中、鏡流先生は我関せずの顔で杯を傾けている。

 

 ちなみにその背後じゃ、ラマンチャの野郎がもう勝手に串をかっさらってた。絶対ここぞとばかりに食いだめしてるだろ。つか、おい。主賓より多く食うな。

 

 そんで、隅の一角——あそこだけは異質だった。

 

 VIP、すなわち将軍卓だ。

 

 騰驍将軍が呑気に手を振っており、隣では竟天(きょうてん)将軍が鏡流先生と同じく静かに呑んでいる。月御(げつぎょ)将軍は涼しい顔だが、卓には大量の徳利が転がっており酒豪の覇気を漂わせていた、懐炎のジジイは……うん、通常運転の仏頂面で杯と俺を睨んでた。やーんこわーい。

 

 

 

 ——なんだって、こんな豪華メンバーが揃ったのか。

 

 

 

 

 

 

 話は、数週間ばかし巻き戻る。

 

 

 

 

 

 あの夜。つまり、応星が夜更けに俺の部屋の戸を叩いて、爆弾発言をかっ飛ばした、あの夜のことだ。

 

 俺が何秒黙っていたかはわからない。

 

 気の利いた返しのひとつも欲しいとこだったが、口から出た第一声は、

 

「……んで、それが懐炎のジジイに引っぱたかれたワケか」

 

「っ……」

 

 頬の濡れ布を、押さえる応星。

 

 目はキレーに泳いでいた。

 

 図星かよ。

 

「その……僕から、話しました。師匠は最初に話さないといけない人だと、思ったので。それで、その——一発」

 

「一発で済んだのか」

 

「な、なんとか……で、でも、最後は……『行って来い』と認めてくださいました」

 

 ……そうかよ。あのハゲジジイだって、本当はせっかく朱明に戻ったばかりの大切な弟子に、そんなことを許可したくないだろうに。でも……認めたのか。

 

 

「そんで? 外の世界を知るって……具体的に、何しに行くんだ」

 

 

 応星の目線が、自分の手のひらに落ちた。

 

 

「僕はずっと……最短で、って生きてきました。だって、僕は短命種ですから。何事も最短で、最短で腕を上げて、最短で認められて、最短であいつらに僕の打った武器を突き立てる。そうしないと、僕の一生のうちにあいつらへ復讐することなんて、とてもじゃないけど間に合わないと思ってたから」

 

 

 そりゃ……そうだろうな。

 

 応星の境遇がそうさせたといえば、短文で片付くが、本人にとってはどれほど必死に過ごしてきたのだろうかっつう話だ。

 

 自分の持つタイムリミットと、とてもじゃないが本当に達成できるのかという難題。それらを両手に抱えながら焦燥感だけが募る日々。

 

 

「でも、……兄さんのお陰で、仇は討てました。それに——十冶(じゅうや)の号も、いただけましたし」

 

「じゅうや、なんだそれ?」

 

「工造司の、職人の号です。数字が上がるほど、上の号になります。師匠は……百冶(ひゃくや)。いちばん上、です」

 

 ほーん。武術でいう初段黒帯的なアレか。詳しくは知んねぇけど、この歳でしかも短命種でくれば、おそらく相当とんでもねぇことなんだろう。

 

 

「なんだよ。仇は討った、号ももらった。順風満帆じゃねーのかよ」

 

「——だけど」

 

 

 膝の上で、鎚ダコだらけの手が握りしめられる。

 

 

「あの時。……兄さんの剣が、折れました」

 

 

 咬骸(ヤオハイ)との戦いを思い出したのか、応星は唇を噛みしめ、

 

 

「僕が打って、僕が()いだ剣です。決して欠けぬよう、決して折れぬよう、全てを込めたのに。あんなにも容易く……」

 

「——けど、届いたじゃねーか。折れたとはいえ」

 

「あれは、兄さんが届かせたんです。腕を、代わりに差し出して。……剣は、あそこで折れた。それが、僕の今の力量で……答えです」

 

 

 俺の慰めの言葉じゃ届かない、納得出来ない。静かに、応星はただ自分の力不足だけを責めていた。

 

 

「……覚えてますか。鱗淵境(りんえんきょう)で鏡流様に、陣刀を納めたときのこと」

 

「ああ」

 

「剣の本当の姿は、打ち手じゃなく——使い手が決める。師匠の教えです。……だから、羅浮で一番の使い手である剣首様に預けたら、僕の打つモノの真価が分かるかもしれないって、思ってました。……兄さんの剣を研がせてもらったのも、同じです。少しでも、使い手を知りたくて」

 

「…………」

 

「もっと、知りたいんです。使い手が、どんな場所でどうやって生きてるのか。何を守り、何に怒り、何を恐れて……どんなふうに、戦うのか。それを知らないで打った剣と、知って打った剣は、きっと別物です。だから、仙舟の外の——いろんな星の、いろんな使い手に、会いたいんです」

 

 

 顔が、上がる。

 

 

「最短はもうやめます。今度は遠回りをします。急がないで、寄り道して……たくさんの人に、会って、色んな経験を積んできます」

 

 

 ——それが、"お前の明日"っつうことか。

 

 

「……で、そのお供がラマンチャ、と」

 

 

「はい。ラマンチャさんは、朱明に以前来た際に……一度、誘われてたんです。巡海(じゅんかい)レンジャーにならないか、って。あのときの僕は断りました。それどころじゃ、なかったから」

 

 

 巡海レンジャー、ね。

 

 

 まぁサイボーグカウボーイを除いて、悪いヤツらじゃねーとは思うが、銀河を放浪し、危険な事に顔をツッコむのが職業のようなヤツらだ……あれ、箇条書きマジック?? 実は、俺も巡海レンジャーだったんじゃねーの?? そうか、俺が、いや俺たちが巡海レンジャー、だったんだな……。

 

 

 と、俺の内心をよそに、濡れ布を膝に置いて、応星は小さく息を吸った。

 

 

「でも今度は違います……僕から、頭を下げました。仲間にしてくださいと」

 

 

 断った側から、願い出る側へと。

 

 危険だぞなんて問うまでもない、そんなこと応星なら百も千も承知に違いない。

 

 それでも、決心したんだ。

 

 紛れもなく、誰かによるものじゃなく、自らの意志で。

 

 

「あと——もう、ひとつ理由があります」

 

「ん?」

 

 

 

 ひたと俺を見据えて、

 

 

 

 

 

「兄さんみたいな男に、なりたいから」

 

 

 

 

 

「……お、おう?」

 

 ど、どゆこと?? 応星キュンってば、俺みたいになりたいのん?? たしかにトシウエスキーの片鱗は窺えるが……この道は険しいぞ————ついて来れるか、俺に。

 

 じゃねーわ、

 

 

「やめとけやめとけ、これでも是印さんは割と苦労してんだよ。知ってる? たしかにおねーさんには会えたりするけど痛い目にいっぱいあってんの。お前にゃお前の——」

 

「でも、後悔はしてない、でしょ」

 

 

 ずっと抜けなかった敬語が、抜けていた。

 

 

「あ〜——まぁな」

 

 

「そういう生き方を、僕もしたい」

 

 

 茶化すには、あまりにもまっすぐな言葉だった。

 

 

 ——あちゃー。

 

 

 こんなに覚悟完了済みなら……もう言えることなんてねぇわ。

 

 

 こいつの人生だ。好き勝手にするべきだ。

 

 生まれてこの方こいつを縛り付けていたものから解き放たれたのなら、なおのこと。

 

 

 聞くべきことは、もちろん山ほどある。

 

 

 いつ発つのか、路銀はどうすんのか、ホントにヤバいときは逃げられるのか。だけど、どれよりも先に、

 

 

「ちゃんと——帰ってくんのか」

 

「はい。必ず」

 

 

 即答。

 

 

 ……そっか。なら、兄貴分の言うことなんざ、ひとつしか残ってねぇや。

 

 

 ニンマリと、

 

 

 

 

「なら——派手に送り出してやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というワケで、翌日から俺は走ったんですねぇ。

 

 飯炊きの合間に各将軍府へ日参(にっさん)、白珠から月御将軍、爻光から竟天将軍といったルートでアポを捻じ込み、招待状配りに東奔西走。ま、懐炎・ジジイ・将軍は直接乗り込んじゃったけどね。

 

 ま、いずれにしても大それた招待が通ったのは、騰驍将軍が一枚噛んでくれたおかげなんだが。

 

 

 もっとも——「応星の送別会っす」の一言を聞いた瞬間、ひらひら扇いでた手が、ぴたりと止まったんだよなぁ。

 

 

 

「……ありゃりゃ。おじさんの絵図、ちょーっと狂っちゃったなぁ」

 

 

 

 そりゃそうだ。タラサの英雄の一人として、これから羅浮でどう(かつ)ぐか。この人の頭ん中に、きっちり絵図があったはずだ。

 

 

 けど将軍は、ものの三秒で笑い直した。

 

 

「——いや。いいじゃないか、むしろね。旗ってのは、遠くで振られるほど良く見えるもんだよ。おじさんそういうの大好きだよ」

 

 

 それっきりで、あっさり話が通っちまった。うん? 今思うと、これも恩を売られちまったのかな……当店での買い取りは1信用ポイントになります。

 

 

 おっと、忘れちゃならない、回生院にも寄った。

 

 

 薩蘭に伝える行き先の件——例の、月御将軍の預かりについてだ。

 

 馬鹿正直に「ユーは今後、月御将軍預かりだから」ということも考えたが、さすがにアレなのでワンクッション置くことにした。

 

「弟子の件だけど」

「考えてくれたの!?」

 

 めちゃくちゃ目を輝かせ、前のめりになる薩蘭。期待感ほとばしり過ぎてるよ、この子。

 

 だが俺は年上なので告げる。

 

 

「おう、喜べ。なんとなんとあの! 曜青の月御将軍がお前のこと面倒見てくれるってよ!」

 

「お兄じゃないんだ……」

 

 

 あーあー耳がペタンってなっちゃったよ。

 

 

「だから俺じゃねーっての。弟子なのよ、俺」

 

「……その人、強いの?」

 

「あたりめーだろ、童 薩蘭(わらべ さらん)。将軍だぞ将軍。将軍と言えば、天下の大将軍で敵の群れや顔、味方の顔、そして天と地という将軍の景色で物事を見てんだよ」

 

「何言ってるかわかんない」

 

 舌打ちが漏れる。これだから年下の女子はロマンがわからんくて困る。ルアアアするぞルアアア。

 

 ……ふん、まぁいい、そんなこともあろうかと情報は得ている。

 

 

「月御将軍といえば、天下無二の弓使いらしいからな。あの白珠が『あたしなんて足下に及ばないくらいの凄い御方ですよっ』と言うくれーだから、そりゃ凄ぇんだよ。どれくらい凄いかって言うとマジで凄い」

 

 最後ちょっと面倒くさくなんてなってないからね。つか、白珠の名前出したら、急にむすっとし始めたぞこいつ。

 

 

「……負けない。わかった。あたし将軍様の元で頑張る」

 

 

 なんか急に聞き分け良くなったな……まぁいいや、とりあえず受け入れたみてーだし。

 

 薩蘭の件を華麗にクリアした後、約束通り応星を呼び寄せたのは言うまでもない。凝梨の完食スピードがレコードレベルだったということも付け加えておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 ——ってな数週間を経ての、今夜、である。

 

 膳も酒も役者も揃った。ってか俺が頑張った。おまけに音頭を取るのも騰驍将軍から押しつけられた。もう何役すればいいんだよ。

 

 まぁいいや、とりあえず——

 

 

 

 俺は杯を高々と掲げて、息を吸った。

 

 

 

「——それじゃ、もうとっくに呑み始めてっけど、

 

 改めまして、応星の門出にッ! 乾ッ杯ィィ!!」

 

 

 

「「「乾杯ーーッ!!」」」

 

 

 

 楼閣が、揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宴ってのは、生モノだ。

 

 開幕のお知らせである乾杯さえやってしまえば、あとはもう、そこらじゅうで勝手に会話の花が育っていく。

 

 俺は司会と給仕と宴会部長を兼ねて座敷を回遊していた。

 

 

 

 ——え、大丈夫? みんな是印君を働かせ過ぎじゃない? よくないよ。やっぱそう思うよね。うんうん、かわいそーじゃん。もっと大事にしてあげようよ。ほら、おねーさん集めてきたからお膝で寝てていいよ。

 

 

 

 ……っべー、なんかここ連日の過労で思考が徹夜明けみたいになってるわ。まとまらんし、とりとめもねーわ。

 

 

 頬を軽く自分ではたいていると、目に入ったのは子供卓だった。

 

 

 薩蘭のヤツが、料理をもぐもぐしながら、じーっと将軍卓の方を見ている。

 

 視線の先は——月御将軍だ。徳利の山の向こうで、月御将軍がふっと顔を上げた。

 

 目が、合う。

 

 どちらも無言だが、かといって逸らしもしない。

 

 視界の端でしか見ていなかったが、どうやら初対面の挨拶もこの宴が始まる前の二言三言くらいなもんだった。

 

 だから、何もかもが、これからなんだろうな。

 

 ふっと、表情を崩した月御将軍はちょいちょいと手招きをする。

 

 戸惑いを隠せず、助けを求める薩蘭の視線が俺にたどりついたので、「いけいけ。じゃねーと俺が代わっちまうぞ」と目で訴えてやった。

 

 それが伝わったのか、い"ーっと歯を剥いたのちに、薩蘭は意を決したように自分の皿を持って月御将軍の元へ行き、隣へ座った。

 

 ——がんばれ。と小声でエールを送りながら、空いた皿を回収していたら、今度は後ろから肩を叩かれた。

 

 

「……忙しい?」

 

「見てわかんだろ。俺があと五人ほしい」

 

 

 爻光はそんなつれない返答に目を伏せる。

 

 ……しまった。過労のせいで口の当たりまでキツくなっちまった。

 

 結果、あらら……シュンとしおれちまったぞ。スゲー罪悪感。

 

 

 ——と殺気を感じ、そちらの方へ反射的に目をやると、竟天将軍が俺をガン見しながら意味ありげにめっちゃ尖らせた空串の先をなめてた。

 

 

 保護者席からアサシンとか勘弁しろよ……と思いつつ、俺は盆をいったん卓の端に預けて、膝を折る。

 

「わりわり、今のナシ。んで、どしたよ」

 

 袖の中で、手がもぞもぞと動く。それから、ぽつり。

 

「……私の卦を、立てて、きた」

 

「あん?」

 

「今夜、お兄ちゃんの手が、いちばん空く刻。それが……いま、って、出たから」

 

「ゲ。けどよ、その卦——見ての通り、大ハズレなワケじゃねーの」

 

「…………いつもは当たるのに」

 

 

 またしおれる気配を察する。

 

 ——あーったくよぉ、

 

 

「5分な5分。あー暇で暇で死にそう」

 

 大嘘こいて、俺は空き皿をいったん卓に戻すと、あぐらをかく。

 

 

「……卦、は?」

 

「お見事、当たりだよ。言ったろ——糸は、たぐり寄せてなんぼだって」

 

 近くの縁台をぽんぽん叩いてやると、爻光はちょこんと腰掛けた。で、そのまま——何も言わない。

 

「ほいで? 話ってのは」

 

「…………特に、ない」

 

「ないんかい」

 

「うん。……お話、したかっただけ、だから」

 

 で、会話の舵取りは俺に託されるワケね。

 

 ねーねー、じゃあ、竟天将軍てば、両手の指に三本ずつ串を挟んでこちらに殺気飛ばしてるけど、アレの話する?

 

 できねっつの、子供にお見せできない顔してるって。

 

 

「あー……てか楽しいか? お前、こういう騒がしいの苦手だったらごめんな」

 

 

 誘ったはいいが、よくよく考えてみればキャラに似合わなそうなのでキツいかもしれない。返答もなしに、ジッと見つめてくるので、何の気なしに、

 

 

「お前、なんか()綺麗だな」

 

 (せい)とは別ベクトルで綺麗な感じだ。こっちは吸い込まれそうというか。

 

「っ…………この目。観自在眼(かんじざいがん)、っていうの。ひとの額の上に……その人の運勢が、吉凶札(きっきょうふだ)になって、浮かんで視える。それで……札からは、運命の糸が、伸びてるの」

 

 急にめっちゃ饒舌になるじゃん。

 

 つか、なんだその魔眼設定は。実は俺も"死"という概念が線で見えるんだ……十四才(ちゅうぼう)の頃に発症してな……残念ながらまだ完治してない。

 

 

「ほーん、んじゃ、今夜はどう視えてんだよ」

 

 爻光は、座敷をゆっくり見渡した。乾杯の輪。笑い声。酌の行き来。まばたきしない目が、ひとりひとりの——額のあたりを、順に追っていく。

 

 

「…………吉、ばっかり。それに、糸が……すごい」

 

 ぽつり、と。

 

「あっちの札と、こっちの札が、糸でつながって……引っ張りあって、ゆれてる。座敷ぜんぶが、ひとつの織物みたいになってる。……凄く、きれい」

 

 

 ……そーかい。俺には酔っ払いどもの赤ら顔しか見えねーけど、そのおでこの上が今夜は満場一致の吉だってんなら、応星にとっちゃ幸先いいんじゃねーの。糸も紅白に違いない。

 

 

「ちなみに俺は? 吉か? 凶か?」

 

 爻光は、俺の額のあたりを、じっ、と見た。三秒、五秒、と経過し、それから、ふるふると首を振った。

 

「やっぱり……あなたには、札が、ない」

 

「えー、ねーのかよ」

 

「うん。はじめて見た、札のない人。運勢が決まってないから、札がない……のかな?」

 

「へいへい、どーせ俺は規格外の……」

 

「でも」

 

 その目が、すっ、と座敷の方へ流れた。乾杯の輪。笑い声。酌の行き来。

 

「あの夜のお兄ちゃんは、どこか遠くへつながる、ほそくてぼやけた糸が……あるだけだった、けど。今は」

 

 視線が、卓から卓へ、ゆっくり渡っていく。

 

「ここにいる、みんなの札から……糸が、のびてる。あっちからも、こっちからも、ぜんぶ——中心であるお兄ちゃんの所で、糸が複雑にからみあってる。……すごいね」

 

 ——…………。

 

 なんつー顔していいか分かんなくて、俺はとりあえず頭をがしがし掻いた。

 

 遠くへつながる細い糸とやらは、時をかける男子として心当たりがあるが……

 

「そのうすほそいのは? ……まだ、あるんだよな?」

 

「うん。ある。消えてない。遠すぎて、先は視えないけど」

 

 ほっとした。

 

 爻光の目が俺の額の上に戻り、そこからようやく下降し、目が合った。

 

 

「——また続きを視せてね」

 

 

 そう言って、こないだよりははるかにマシだと褒めていいほど、口の端を指を使わずに上げてみせる。

 

「……5分、終わり」

 

「そこは律儀に測ってんのかよ」

 

 縁台からぴょこんと降りて、

 

「楽しかった。戻っていいよ——お兄ちゃん」

 

 はいはい、お許しが出たので働きますとも。

 

 立ち上がりざま保護者席を窺えば、串の殺気は心なしか弱まっていた。……合格って意味だといーんですけどね、アレ。

 

 業務に戻って、座敷をもう半周。はー急がし急がし。

 

 

 

 

 

 

 

 早いもので、宴もたけなわ。頃合いを見て、俺は両手を鳴らす。

 

「はーい男子も女子も注目ゥ! ここからは(はなむけ)のコーナー! 旅立つ応星キュンに一言ある奴、遠慮なく行けェ!」

 

 さぁ誰からだと思っていると、一番槍は、意外なとこから来た。

 

 すっ、と立ち上がった爻光が、応星の前まで歩いてって、その頭上をじっと見る。

 

「私は卜者(ぼくしゃ)だから。旅の卦を占ってあげる」

 

「え——お、お願いします」

 

 目を閉じてから大きく見開くと、ぽつ、ぽつ、と読み上げが始まった。

 

「……大筋は、吉。でも——途中が、すごく荒れてる」

 

「えぇっ!?」

 

「水に、落ちる。たぶん、二回。火に囲まれる五回。刃物の、もめごと。……多すぎる、無理。乗り物も、壊れる。道にも、迷う。何度も。——それから」

 

 いやロクでもなさ過ぎんだろ……。

 

 いったん切ってから爻光は、

 

「……異性には、気をつけて」

 

 

 座敷の空気が、ちょっと揺れた。女性陣がキャーとか言って……いや、実質騒いでいるのは白珠だけで、凝梨の目がおっかないですね……さよなら応星……。

 

 

「でも、いちばん奥の札は……強い、吉。だから、大丈夫」

 

 

「……えっと、は、はい。全部、覚えておきます。死にたくないので……」

 

 

 応星が神妙に頭を下げる。餞なんだか恐怖新聞なんだかわかんねーな……。

 

 

「はは——当たってるよ、その卦。うちらの毎日でも、どこかで盗み見たのかい?」

 

 言って、笑いながら立ち上がったのは、ラマンチャだった。そのまま芝居がかった仕草で、帽子をいったん脱ぎ、胸に手を当て、

 

 

「——工造司の坊や、改め、新入りくん。おたくの才は、確かに僕が預かった」

 

 

 それから人差し指を立てて、講釈をひとつ。

 

「いいかい、才能ってのは打ちたての刃と同じでね。鞘で寝かせておくと、切れ味より先に錆のほうが回ってしまうのさ。——だから振り回しに行こうじゃないか、銀河の果てまで。なあに退屈だけはさせないよ。それが巡海レンジャーさ」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「あ、ただし旅の飯代とかは割り勘ね。うち、そういうとこはきっちりしてるんだ」

 

「……はい?」

 

 せ、世知辛(せちがれ)ぇ……、いきなり世の中の厳しさ教えんなよ……。旅は道連れ、世は金かよ……。食べても大丈夫なキノコとか草の見分け方、応星に教えとくか。

 

 

 漂う微妙な空気を仕切り直したのは、

 

 丹楓が杯を置く、静かな音だった。

 

 

 座敷が、まさしく水を打ったように静かになる。欄干を背にしたまま、丹楓は応星をまっすぐに見た。

 

「余は以前、そなたに言った。……憎むがいい、と。そなたの(うち)で燃えるものを、羨ましいとさえ、な」

 

「……はい」

 

「仇は、討った。ならばあの焔は、役目を終えて消えたか? ——否。いま、そなたを旅へ押し出しているものこそ、あの焔の残り火。憎しみに()べる(まき)が尽きて、それでもなお消えず……人を知りたい、誰かのために打ちたいと、燃える先を変えただけのことだ」

 

 

 丹楓の杯に、月が揺れてる。

 

 

「余は海の底を出るとき、願った。何も残せぬまま消えるくらいなら、せめて一度、この手で誰かの明日を繋いでみたい、とな。……そなたのその鎚は、これから先、余の手が届かぬ遠い星々で、幾つもの明日を繋ぐはずだ。存分に、道草を()んでくるがいい」

 

「……っ、はい……!」

 

「それと、応星」

 

 ふ、と口元だけで笑って、

 

「帰ったら、また一献付き合え」

 

「——はい。……はい!」

 

 応星の背筋が伸びる。

 

 なんという真面目さでしょう。これよ、この堅物っぷり。これがふーたん。空気読めてないっちゃ読めてないけど、なんか良いこと言ってるっぽい歴史の先公みたいじゃん。

 

 持ち直した空気のなか、腕を組みむすっとしたまま景元が、

 

「……ずるいぞ、応星」

 

「え」

 

「巡海レンジャーに憧れてたのは、俺が先だ。なのに、行くのはお前かよ」

 

「ご、……ごめん」

 

 おいおい、ケンカはやめろよ、こんなと——

 

「ちゃんと帰って来いよな。それまでは俺が兄貴を独り占めするから」

 

 

 何を言うてますのん、このオスガキ??

 

 

「お前がいない内に、おれはビックリするくらい成長してやる。だからまぁ……絶対野垂れ死んだりとかするなよ。それは困るんだ……友達だから」

 

「うん。約束する。土産話、期待してて」

 

 おい友情パワーを発揮しているのとか、どうでもいいから。景元、お前の問題発言のせいでこっちの両サイドに爻光と薩蘭が音もなく来てるんだけど。ナニコレ、嬉しかねぇ。責任とってどうにかしろ。ボスケテ。

 

 うごめく妙な圧に俺が挟まれていると——次は、応星のほうから動くパターンだった。

 

 杯を置いて、居住まいを正して、向かった先は……鏡流先生のもとだ。

 

 

「鏡流様。……餞をいただく前に、ひとつ。謝らせてください」

 

 ひたすら動いていた先生の杯が、止まる。

 

「……呼雷(フーレイ)のことです。あいつを、取り逃がしたと聞きました。……僕の腕が未熟だったせいです。もっと良い剣だったら。もっと深く届く刃だったら——そう、ずっと考えていました。申し訳ありません」

 

 深々と下げられた頭を、先生はしばらく黙って見てた。

 

 それから、低く一言。

 

「——たわけ」

 

「……っ」

 

 杯を、とん、と置いて、

 

「彼奴を仕留め損ねたのは、我が(わざ)が足らなかったからだ。お前の剣のせいではない。……剣士の恥を、武器に背負わせるな。打ち手の恥に、勝手にすり替えるでない」

 

「……はい」

 

 返事はしたものの、まだ顔の晴れきらない応星に、先生は腰の一振り——鱗淵境で納められた、あの陣刀に手を置いた。

 

「改めて、我も鍛え直さねばならん。そのためにはこやつがいる。安心して行け——お前が留守の間、使い潰しておいてやる」

 

「……はい」

 

「もしそれでも悪いと思うのであれば」

 

 口の端が、わずかに上がった。

 

「今度は、お前が二度と我にそのようなことを思わせぬような一振りを打て」

 

「——っ、はい! 約束します」

 

 ……別に「おうせいがんばえ〜」っていえばいいのに。鏡流先生ってば、ほんとに素直じゃないんだから。

 

 正論弟子 兼 後方腕組み宇宙一かわいい弟子(づら)していると、目でお前は明日から地獄の鍛錬開始だと言わんばかりに睨まれた。いやータラサ以降、少し元気なさげに見えたから元気出て良かった良かった。

 

 と、

 

 

 ——気づけば、元の席に戻ろうとする応星の前に、小さい影がひとつ、立っていた。

 

 

 いつの間に席を立ったのか。凝梨(ぎょうり)は両手に小さな包みを抱えて、差し出す。

 

 

 差し出された包みを応星が両手で受け取って、開くと、

 

 

 ——髪留めだった。手製の組紐だ。

 

 ……ここんとこ、寝床でずっと手を動かしてるとか薩蘭が言ってたのは、あれか。

 

 

「——ありがとう。凝梨」

 

 

 応星はその場で髪をまとめ直して、留めて見せる。

 

 凝梨はそれをじっと見届けて。それから、小さな声で、言った。

 

 

「応星くん。また、すぐ会えるよね……?」

 

「——……」

 

 

 応星は、すぐには答えなかった。目線を合わせたまま、一度だけ、ちゃんと息を吸って。

 

 

「……うん。必ず、帰ってくるから」

 

 

 凝梨は、ちょっとだけ黙って。こくんとひとつ頷いて、

 

 

「いって……らっしゃい」

 

 

 最後は涙声になっていて、どうにかこうにか言い終えるなり、部屋の外へ飛び出していってしまう。

 

 思わず薩蘭もそれを追いかけようとするが、月御将軍が「任せて」とそれを制して、自らも外へと出て行った。

 

 

 

 開けっ放しの戸の向こうを、誰もが黙って見てた。

 

 

 

 ……任せてと将軍自らが言ったんだ。それを信じよう。

 

 

 

 そんな空気を割ったのは、両腕いっぱいの包みと、

 

 

 

「ううっ、——応星っ! これ、旅装の替えですっ! あとこっちが繕い直した分で、こっちは保存食……えっと、日持ちする順に、上から入ってます。それから傷薬と、包帯と、針と糸も——あ、ほつれても、無理に自分でやらなくていいですからね。その、なんていうか……」

 

 白珠の言葉が、そこで迷子になった。

 

「……と、とにかく! 必要そうな物は、全部包んでありますっ!」

 

「え、あの、白珠さん、多……」

 

 指し示す卓上には、包みが五つ、六つ。引っ越しかよ。……ってか、いつの間に作ってたんだ、これ。

 

 応星は包みの山をしばらく眺めて、それから、ひとつずつ丁寧に抱え直した。

 

「……全て、大事に使います」

 

「〜〜っ、はいっ……!」

 

「そ、それでその……白珠さん、僕は——」

 

「絶対、無事に帰ってきてくださいね。あたしも、是印さんもちゃんと待ってますからっ、——ねっ?」

 

 振り向きざまに泣き笑いの表情でこちらを振り向いてくる。

 

 そしてその顔は、どう考えても好きでもない男に向けるワケがない好意100億パーセントなものだった。

 

 

 そんな白珠の様子を見て、ぐっと応星は何かを飲み込む。そして、憑き物でも落ちたみたいに、

 

 

 

 

 爽やかに笑って、

 

 

 

「——はい。お二人とも、お元気で!」

 

 

 

 俺は「うわちゃ……」と額を叩いて、天井を仰ぎ見る他なかった。

 

 

 応星が実際に何を言いたかったのかはわからん。

 

 が、俺の勘が正しければ一世一代の勝負に出ようとしたのではないかと思うわけで……それなのに、完全に白珠によってタイミング及びその想い自体が粉々にされたことだけは窺えた。つかもはや白珠だけのせいじゃないんじゃねこれ……。

 

 いやもう、お労しや……責任を感じちゃう俺としても、なんと言葉をかければいいかわかんねぇ。しかもこの場だし。

 

 

「——応星、その……俺から贈る言葉は、宇宙広いし……その、もう色々、た、楽しんでくるといいんじゃないカナー……」

 

 

 届いたのか届いてないのかはわからなかったが、傍らの薩蘭が声を発する。

 

「……あんた」

 

 目は合わせず、箸も置かないまま、ぼそっと。

 

「タラサで……助けてくれたの、覚えてるから。……その」

 

 まごつきながらも紡がれたのは、

 

「——……ありがとう」

 

 応星は目を丸くして、それから笑う。

 

「はい。薩蘭さんも、お元気で」

 

「さんは、やめて。……次に会うときは、あたしのほうが強いから」

 

「それは……わかりました。僕も強くなるので負けません」

 

「ふふん! 言ったわね! それと——」

 

 箸の先が、ようやく止まった。視線は、まだ外の方を向いたまま。

 

「……凝梨のことは、あたしがついてるから。心配しないで」

 

「…………うん。心強いです」

 

 

 言って、応星は部屋の中心へ歩み出る。

 

 

 座敷じゅうの目が集まると、応星は一同をぐるりと見渡して、深く頭を下げた。

 

 

「今日は……本当に、ありがとうございます。僕は、この仙舟で——皆さんから、受け取ってばかりでした」

 

 

 顔が、上がる。

 

 

「だから、もっと成長して……その時に、僕からできることを、返させてください。皆さんの手にする武具は——いつか必ず、僕が打ちます」

 

 

 間。

 

 最初に返したのは、杯を持ち直した鏡流先生だった。

 

 

「——まったく、誰に似たのか……大言を吐いたものだ」

 

「よもや感染力の高い菌を撒き散らす者の傍らにいたわけでもあるまい」

 

「宇宙一かわいい工造司になりますとか言い出すんだろ?」

 

 

 鏡流先生とふーたんと景元の失礼すぎる追い打ちに、座敷がどっと沸いた。白珠は笑いつつも、空になった両腕で顔を覆って鼻をすすっていた。

 

 こ、こいつら……誰だか知らんけど、もし、もしもだよ? 本人が近くにいたらどうすんだよ、きっと人知れずイジられたことに傷ついてるよ? わかってる?

 

 その笑い声の中を、応星は銚子(ちょうし)を持って、隅の将軍卓へ歩いていく。

 

 騰驍将軍が受け、竟天将軍が受け——空の月御将軍の席を通り過ぎ、

 

 そんで——最後に、懐炎のジジイの前で、応星は膝をついた。

 

 ジジイは、何も言わなかった。

 

 ただ、杯をすっと差し出した。

 

 応星が注ぐ。

 なみなみと。

 

 それを一息に飲み干し、

 

 杯を、置く。

 

 それだけだった。挨拶もない、説教もない、餞の言葉もない。

 

 ないない尽くし……だけど、この一杯より雄弁な、師による弟子への餞を、俺は今夜ひとつも聞いていないようにすら思えた。

 

 応星はもう一度だけ深く頭を下げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——さて。

 

 宴には必ず、終わりの刻限がある。

 

 夜半(やはん)を回る頃合いに、宴はゆっくり燃え尽きていった。

 

 終いの頃合いになって、ようやく月御将軍は戻ってきた。その腕の中では——凝梨が、すーすー寝てた。泣き疲れて、そのまんま落ちたらしい。

 

 応星がそっと歩み寄って、寝顔に向かって、軽く声をかけた。たとえ届かなくても伝えるべきと判断したらしい。

 

 月御将軍も何も言わず、ただひとつ頷いて、星槎——子供組の帰り便へ、凝梨を運んでいった。薩蘭がこちらに手を振りながらその後ろをくっついてく。爻光もまた竟天将軍と共に去る寸前、こっちを一回だけ振り返って、これ見よがしにもう一度笑って見せた。

 

 はいはい、できてて偉いね〜。俺は保育士さんじゃねーんだぞ。保育されたいのは俺だっつの。

 

 白珠は泣き腫らした顔のまま、最後の最後まで「応星、荷物、絶対忘れちゃだめですからねっ、無事で帰ってきてくださいねぇええっ」と念を押し続け、しまいには鏡流先生に襟首を掴まれて退場してった。お帰りはあちらでーす。タクチケはありませーん。

 

 騰驍将軍は応星に何ごとかを伝えた後、「いや〜、いい宴だった。若いっていいねぇ。ご苦労様、是印ちゃん」と、しみじみ言うだけ言って帰ってった。

 

 懐炎のジジイは……夜風に吹かれてくるわいといつの間にか消えてた。

 

 景元と丹楓が連れ立って出てって、ラマンチャが「じゃあね大将。世話になった。あ!? そうだ、お土産に何本かあの串もらえないかな」とかほざいていたが、俺が無視していると諦めて退散していった——

 

 

 

 最後の提灯の火を、落とす。

 

 

 

 気づけば楼閣には、俺と応星のふたりだけが残ってた。

 

 欄干の向こうで、水面に満月が浮いてる。いつぞやとおんなじ席で、今夜の月は、なんだか、やけに近く感じた。

 

「——おい、応星」

 

「はい」

 

「……さっきの餞な。あれは、ナシにするわ。忘れろ」

 

「ふふ。……『楽しんでくるといいんじゃないカナー』、でしたっけ」

 

「一言一句憶えてんじゃねーよ。語尾の再現度もたけーよ」

 

 くくっ、と喉で笑う音がした。

 

 

「だから、その……なんだ。あ〜、改めて(はなむけ)ってやつを——」

 

 

 言いかけた途中で、

 

 

 

「——兄さん。でしたら、その……僕から、お願いしても、いいですか」

 

 

 

 応星が、懐から何かを出した。

 

 白い布に包まれた、平たいもの。ほどくと——(さかずき)だった。

 

 素焼きの、飾り気のないのがふたつ。

 

 

「……お前、それ」

 

 

「自分で、焼きました。……その、餞の代わりにほしい、と言ったら、変ですけど」

 

 

 盃を両手に持ち、

 

 

「兄さんと——義兄弟の、盃を。……交わして、いただけませんか」

 

 

 

 思えば、

 

 ——なんて濃密な時間だったんだろうか。

 

 最初は過去に飛ばされ何がなんやらわからないまま、俺が野垂れ死にかけていて、白珠を助けてほしいと懇願してきて、景元、鏡流先生、丹楓、色んな出会いがあって、そしてタラサでの戦で、こいつの、応星の、仇を討つ手伝いをした。

 

 

 ——なんでそこまでしたのか? 

 

 

 腕もがれるわ、口ん中ズタズタになるわ、挙げ句の果てに現代へ戻れなくなるかもしんねーのにノイちゃんブッパするわ。自分で言うのもアレだけどまぁ好きにやってくれてますわ。

 

 

 ——そんで?

 

 

 自分に問うたときに、俺はなんて答えるんだ。

 

 

 ——そんなんさ、決まってら。

 

 

 だって、

 

 

 一生懸命、運命に抗おうと生きている、こいつのこと、

 

 

 大事に思っちまったんだよ。

 

 

 

 だから、いいよな。

 

 

 

 お互い、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「——ああ、いいぜ」

 

 

 

 居住まいを正して、あぐらだけは崩さずに、俺は片方の盃を受け取った。

 

 

「あいにく正しい作法なんて知らねーぞ? ここも桃園なんかじゃねーしな」

「実をいうと、僕もです」

 

 苦笑しながら言うなよな……ったく、

 

 

「証人は、」

 

 

 盃で、欄干の外を指す。

 

「そこのまん丸いお星サマだけだ。文句あるか」

 

「いいえ」

 

 応星は、ちいさく笑った。

 

 

「最高の、証人です」

 

 

 応星が銚子を取った。最後まで酌をしたがる弟分の、その手つきを眺めながら、俺は素焼きの盃を両手で受ける。

 

 

 なみなみ。

 

 

 月を証人に、俺が半分。

 盃を渡して、今度は俺が注ぎ、応星が半分。

 

 

 

「「(ぼく)たちは、月に誓う。

 

 生まれた日も場所も違うが、」」

 

 

 

「「死ぬときは——、一緒だと願わん」」

 

 

 

 一息に煽った。

 

 

 

 

 

 

 空になった杯を、応星(おとうと)はしばらく、手の中で見てた。

 

「……まだ、色々、納得してない。でも——」

 

 もういらねぇだろと伝えた結果、ぎこちないが、応星は徐々に敬語を抜き始めた。

 

 ……色々、ねぇ。そりゃそうだろうよ。俺の隠し事を、訊かずに呑み込んでくれたことといい、言いたいことは山ほどあるだろう。——たぶん、さっきの白珠のあれも、な。

 

 

「でも、いいんだ。僕は兄さんを信じると決めたから」

 

 

 応星は自分で注ぎ直した二杯目を、ゆっくり、飲み干した。

 

 俺も、何も言わなかった。釈明の在庫なら山ほどある。

 

 けど、こいつが自分で呑み込んだもんを、俺の側から掘り返すことはないとも思う。

 

 

 水面で、月が揺れてた。

 

 風が渡って、それきり、どっちも黙ってた。それがむずがゆくて、

 

 

 

 

「楽しんでこいよ! んで、好きに生きろ

 でも忘れんな、応星、お前は自由なんだぜ。 

 兄貴の俺が保証する。

 

 

 だから、サヨナラなんかじゃなくて、

 

 

 

 

 ——"またな"!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 包みの山を二人で分けて担いで、宿舎までの夜道をだらだら歩く。

 

 応星は半歩前を行く。街灯の下を通るたび、結い直した髪で、組紐の髪留めがちらちら覗いた。

 

 俺の部屋の前まで来て、荷を下ろして、じゃーなと手を上げかけたら——応星が、立ち止まったまま動かない。

 

 

「……ん? どした」

 

「あの……兄さん」

 

 

 振り向いた顔は、さっき座敷で頭を下げてた大人の顔じゃなかった。

 

 

「今日は——一緒に、寝てもいいですか」

 

 

 ……お子ちゃまか、って言葉が口をつきかけて——やめる。

 

 

 今夜くらいは、許してやるか。

 

 

 俺は無言で戸を開けて、顎で中を示してやった。ぱっと明るくなった顔が、いそいそ就寝の支度を始める。おい、客用のそれ、俺のより上等なやつだぞ。

 

 

 で——寝床に入って、天井を見た瞬間だった。

 

 

 

 

 ぐわん、と。

 

 

 

 

 ……お?

 

 

 天井が、回ってる。ゆっくり、だが確実に。なんだこりゃ。

 

 

 酔った? いや、んなはずは……。

 

 

 おまけに昔懐かしのテレビの砂嵐のように、視界にノイズのような乱れが現れ始める。

 

 

 え、ちょ、大丈夫これ? あぶないおクスリを一服盛られたとしか思えない感じなんだけど。

 

 

 ……いや。まぁ、あれかな。ここんとこ、ずっと仙舟中を駆けずり回ったから、か……。

 

 

 思考が、砂みてーに崩れてく。まぶたが、鉛。

 

 

 衣擦れの音がして、小さい身体がぴったり寄ってきた。肩が、触れる。あったけぇ。……せまいっつの。

 

 

 

「兄さん……ってくれて……がとう……ってきます」

 

 

「……あ……おう、せい……いま」

 

 

 

 なんつった?

 

 

 つーか、あれ、グノモンめっちゃ震えてな——

 

 

 

 

 

 

 

 それが、俺の覚えている、最後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

    *    *    *

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——いびきが聞こえる。

 

 ——兄のものだ。

 

 

 

 

 応星は、闇の中で目を開けた。

 

 頭の芯は、冷えて澄んでいる。——そのために、今夜の盃は、最後の兄弟盃(きょうだいさかずき)以外はぜんぶ舐めるだけにしてきた。

 

 身を起こす。音は、立てない。畳んで枕元に忍ばせてあった旅装に袖を通し、髪だけは——組紐の髪留めごと、結い直す。

 

 

 白珠の包みを、ひとつずつ背負う。

 

 

 戸口で、一度だけ振り返った。

 

 是印は、白目を剥くようにして、とんでもない寝相で眠っていた。あれだけ強いのに、寝顔はいつだって、こんなにも無防備だ。

 

 掛け布団をかけ直してやり、思う。

 

 

 ——これがしばらく見れなくなるんだ。

 

 

 

 唇が動く。

 

 

 

「……またね、兄さん」

 

 

 戸は、音を立てなかった。

 

 

 

 

 

 

 外の夜気は、湿っていた。

 

 軒下の暗がりから、人影がのっそり剥がれる。

 

 

 ラマンチャだった。

 

 

 何も言わずに包みをみっつ取り上げて、自分の肩に担ぐ。

 

 

「——本当に、いいのかい? 盛大に見送ってもらってもいいんだ」

 

 

「はい。じゃないと、——泣いてしまいそうなので」

 

 

 ラマンチャは、了解とばかりに片手で帽子を深く被り直す。

 

 そして、二人は歩き出した。

 

 

 

 もう、振り返ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    *    *    *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、お前この時代にもいんの?」

 

 

 もはやおなじみとなった白い空間と体育座りマン——たしかズュールでいいんだよな? まぁいいや、ズュールに問いかけたかもしれないし、問いかけてなかったかもしれない。

 

 

 だが、

 

 

 返答はない。

 

 

「まぁそうか……時間とか空間とか関係なさそうだもんな、ここ」

 

 

 返答はない。

 

 

「エリオ……うちのぬこがさぁ、今の俺に必要なのは力を知ること、そして力を使い過ぎないことみてーなこと前、言ってたんだけどよ。どゆこと? お前、わかる?」

 

 

 返答はない。

 

 

「——もうこうなった以上、仲良くなろうぜ。俺の性癖を開示するからさ、お前も何が嫌いかより性癖で自分を語れよ。なぁなぁ」

 

 

 うんざりするほど、

 ひたすら独り言だけが続いて、

 

 

 

 

 ズュールは体育座りのまま、右手で指パッチンをするようなジェスチャーをしたような、しなかったような——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——明るい。

 

 てかまぶしい。

 

 

 

 

 

 ……朝、か。

 

 

 

 

 

 窓から注ぐ朝日がやたら目に染みて、俺は寝返りを打った。あー、ダル……あと頭スゲーガンガンする……完ッ全に二日酔いじゃんか、これ、久し振りすぎる。じゃねーわ、もぅマヂ無理、起き上がれないかもしれな

 

 

 

 

 寝返りを打った先に、なんかある。

 

 

 

 

 誰か、いる。

 

 

 

 

「————あ?」

 

 

 

 

 

 最悪のコンディションの中、瞼を押し上げれば、

 

 

 

 

 白髪ロン毛の、イケメンがすやすやと隣で寝息を立てていた。

 

 

 

 

 

「…………ん?」

 

 

 

 

 え?

 

 

 

 

 俺の隣で寝ているこいつ……誰、どちらさん?

 

 

 

 

 ハッと、とある最悪の可能性に気づいた俺は光の早さでケツを押さえる。

 

 だだだだダイジョーブ痛くもないし切れてもない……変な汁も垂れてない。カフカさんごめんね、アタシ(けが)され——てなかった……ッ。

 

 

 

「せ、セフセフ…………よし、とりあえずコロそう」

 

 

 

 人の寝込みを襲うやつなんて、コロコロされても仕方ないからね。往生せいや。

 

 

 と、パルサーエッジを手探りしていると、

 

 

 

「————んぁ?」

 

 

 

 イケメンが目覚める。

 

 

 寝ぼけ眼が、俺を認識するなり、うるみはじめ、

 

 

 

 

 そして、顔をくしゃくしゃにして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく会えたな——兄さんッ!」

 

 

 

 

 

 抱きつかれた。

 

 

 

 

 

 は?

 

 

 

 ひ????

 

 

 

 

 ふ!!!!????

 

 

 

 

 

「——……へほ?

 

 はぁああああああああああああああああ!!!!???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『OUSEI -オウセイ- 少年篇』 了






▼あとがき▼


>いつも おうえん してくれる おおきな おともだち へ

感想・評価・応援・激励、全てに感謝しやす。アザトゥース!

よーし、次話からは、
『OUSEI -オウセイ- 百冶伝(ひゃくやでん)が始まるぞ〜!、絶対見てくれってばよ!


うんすまない……ルキンフォー・エムは、N○K大河ノベルにして朝の連続小説として、これまでもやらしてもらっておりますが、つまりはそういうことなんだ……。

あとコレ余談なんですけどぉ……送別会であの人たち、王様ゲームしてたけどカットされたらしいですよ。そこでは省略されました。全てを読むにはわっふるわっふると(ry



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