ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#73 "OUSEI - オウセイ - 百冶伝"

 

 

 

 

 

 ——兄貴、だぁ???

 

 

 グノモンを懐に戻しながら、戸板一枚の向こうから届いたその二文字が、俺の頭でいつまでもリピートしていた。

 

 声に覚えはない。低くて、落ち着いていて、ちゃんと大人なメンズのイケボだ。

 

 なのに。

 

 

 俺をそう呼ぶヤツの候補が今んとこ一人しか思い浮かばないんですが……、

 

 

「やれやれ……まったく、困ったものだな……」

 

 

 ため息が聞こえてくる。呆れの成分よりかは、くたびれた成分のほうが多いため息だった。けど戸は鳴らない。蹴破る気配も、(かんぬき)をガチャガチャやる気配もない。代わりに、

 

 

「そっちがそっちの気なら、いいさ。待つよ。どうせ他に出口もないんだ」

 

 

 衣擦れの音。気配が向かいの壁にもたれて——それきり、動かなくなった。

 

 ……いやいいから、そこは謎の確信いらねーだろ。開けて出てきたのが俺じゃなくて別人だったらどうすんだよ、超気まずいだろ。

 

 

 沈黙。

 

 

 戸の向こうの気配は微動だにする気配すらない。

 

 ……よし、出よう。つかそれ以外マジで方法がない。

 

 ついクセで水を流してから、閂に手をかける。

 

 戸板を細く開けて、隙間から、恐る恐る覗けば、

 

 

 まず飛び込んできたのは、服だった。

 

 

 羅浮の軍装。しかもこれ、だいぶ位が上のやつじゃね?

 

 一縷(いちる)の望みを託して、かつてあった景元の視線の位置に目を向けると、腰しかない。そして、ゆっくり視線を上げていくと、

 

 腕を組んで壁にもたれた、大人の男がいた。

 

 

 ため息交じりに肩をすくめられる。

 

 目元は涼しく、特徴的な泣きぼくろが存在を主張しており、そのくせ眉のあたりにだけ——あの生意気な少年兵の面影が、ちゃんと残っていた。

 

 

 が、こいつもこいつでどえらい男前である。

 

 

 まーたこいつも白髪ロン毛かーい。まぁ応星はともかくとして、白髪の仙舟人は多いから仕方ねぇけど、みんな神様転生でもしてきたの?? ビジュがズルくない??

 

 半身だけ個室から出た体勢のまま、俺は動けずにいる。

 

 向こうは壁から背を離し、まじまじと俺を眺め——それから、実に神妙な顔で言った。

 

 

「それにしても……うっ……何を食べたら、こんな(にお)いがするんだ?」

 

 

 ——え、待って、待って。濡れ衣。お、俺のじゃないのに……俺のせいにされてるッ!!

 

「ちげーよ!? 前のヤツだよ! 俺が来た時にはもう鎮座してたの、すごいのが!」

 

「ああ、わかったわかった。そういうことにしておくから」

 

「わかってねーだろその顔! 聞き分けの良い大人ぶんな!!」

 

 景元(仮)は俺の抗議を意にも介さず、ふっと息だけで笑って、

 

 

「さすが——"(かわや)是印(ゼイン)"だな」

 

 

「……は?」

 

 

 なんなんそれ……。眠りの是印じゃなくて、厠の是印て……イジメ? イジメなの? 俺は十年の間に世の中にイジメられてるの? もう許さない。全員開示します。震えて眠りなさい。

 

 

「はいはい。その白々しいのも飽きたよ。式典、いや事ある度に『トイレタイムを請求します』と忽然(こつぜん)と消える男が他になんと呼ばれるんだ。……俺が裏で擁護(ようご)している苦労も、少しはわかってもらいたいよ」

 

 なんで「先生!トイレ!」「先生はトイレではありません」ムーブを繰り返しまくってんだ俺は。歴史の再現力低すぎる。俺はそんなにトイレシーン多くないしん!

 

 だがしかーし、こめかみを揉みながら景元のそのぼやきは、板についているというか、熟成されているというか。少年の頃にはまだなかった、気苦労の多さを確かに感じさせた。

 

 

「行こう、兄貴。ここは立ち話をする場所じゃない。鼻が曲がりそうだ。……元々は応星のところへ向かう道中だったんだ。将軍府がお呼びでね。帰還の慰労、という名目だそうだが、色々と情報を取りたいんだろう」

 

 

 言って、景元は顎で出口のほうを示し、歩き出す。

 

 ……その背中は、俺の知らない広さになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 景元の斜め後ろについて大通りへ戻る。

 

 街はもう今日という一日を本格的に始めていた。一気に増えた通行人。湯気と呼び込みと荷車の音。今朝の俺の逃走劇なんて誰も覚えてないような顔で回っている。

 

 

 

「あーっ、是印さん! 今度こそツケ! ツケ払ってって!」

 

 

 

 前言撤回しましゅ。露店の兄ちゃんに秒で見つかったわ。この兄ちゃんはアレなの。トレーナーか何かなの?

 

 せめて少し、と財布……そいや、俺いま一文も持ってねぇわ。手ぶら逃走だったし。でへへ……とスマイルあるいは皿洗い100枚でごまかそうとしたところで、景元が歩調も緩めず言った。

 

 

「そのツケの分は私に回しておいてくれ」

 

「!? ——はいよ、参軍(さんぐん)さま! まいど!」

 

 

 まいど、って。慣れた返事すぎるだろ。

 

 マジかよ太っ腹イケメンじゃんか……って、いや、ちょい待ち。なんかこの構図見覚えあんぞ。

 

 

 

 

 

 

 あ、

 

 

 

 

 

 あれこれ……もしかしてまた……ヒモ……つーかタカリなパティーン? 一周回って戻ってきちゃってんじゃんかよ。ちょっとだけアレンジされて、舎弟に払わせてる感じがすごいんですけど。

 

 ち、違うんだ、俺には社会的に意義があるお仕事があるんだ……あるよね……え、そういえば今の俺のジョブなに? まだ飯係だよね?

 

 通りの角で巡回の雲騎兵とすれ違う。兵は景元を認めると背筋を伸ばして敬礼し、それから俺をチラ見して口を開きかけて、

 

 

「今朝の件だろう。その件はいい。私の預かりだ」

 

「はっ」

 

 それで終わりだった。え、今ので終わり? 俺の逃走劇、事務処理早すぎん?

 

「え、……あいがとぉー」

 

「やれやれ……いいさ。いつものアレだろう?」

 

 いたいけに感謝を述べながらも、その返答に違和感を覚える。もう、いつものは勘弁してくれって。

 

 

 と、

 

 

 歩きながら、視界の違和感をまた拾ってしまう。

 

 通りの先に、見覚えのない瑠璃瓦(るりがわら)の楼閣がそびえてた。行きにも気になったが、俺の記憶だとあそこは平屋の倉庫街で——

 

「ああ、あれか」

 

 景元が俺の視線を追って言った。

 

「何度見ても成金趣味だな。新興の商会連中が建てた迎賓楼(げいひんろう)だ。師匠は目が痛いと言って近寄らない」

 

 

 ……訊いてもいないのに注釈をくれる。助かるけども。俺は「ソダネー」とだけ返しておいた。

 

 

 一体全体どうすりゃいいんだよ、うまいこと話を合わせながら、"今"の情報を集めてみるか……?。まぁ服装といい今の兵の態度からして、

 

 

「……つーかお前も、偉くなったもんだよなー。"私に回せ〜"とか言ってたじゃねーか、小生意気なクソガキだったのに」

 

 ほんとそれだよ、正直ひっくり返りそうになったぞ。立場に応じて、澄ました顔で一人称変えやがって、大人の階段のぼってんじゃねーぞ。ゼイニキは認めないからな。

 

 

 景元は自分の襟を見下ろして、

 

 

「まぁこれでも、今じゃ雲騎軍の上から数えた方が早い身だ。とはいっても、参軍とはいうが……実質は将軍府の雑用係みたいなものさ。騰驍(とうぎょう)将軍も何をお考えなのやら」

 

 

 遠い目をされた。苦労の中身は知らんが、苦労してんのは分かった。

 

 

「ま、まぁ、あの人、何考えてるのかわかんねーかんな」

 

「はは、それを兄貴が言うのか。一番何を考えてるのかわからないのに」

 

 微笑みつつ、トゲを刺してきながら、景元がふいに角を折れた。

 

 大通りの喧騒が一枚布を挟んだみたいに遠くなる。倉の裏手に沿った、人気のない細い道だった。

 

 

 

 ……そういえばさっきから、道を選んでるのはずっとこいつだ。

 

 

 

 気づいた時には、景元は足を止めていた。

 

 

「——兄貴に頼みがあるんだ」

 

 

 振り返った顔からは、やれやれ&冷笑系の顔が消えていて、

 

 

「……軍のお使いじゃない。鏡流師匠の、弟弟子(おとうとでし)としての頼みだ」

 

「え? あ、おう」

 

 

 ……ど、どゆことだ。鏡流先生に何かあったってのか。

 

 

「まったく……師匠のことになると本当に表情がわかりやすいな。兄貴も知っているだろうが、師匠が羅浮を離れて久しい。表向きは期限付きの修行だ。将軍の判も出てる。本来なら……何も問題はないんだが」

 

 

 羅浮を離れて、修行中……? と内心に釣られて口が動きそうになるのをこらえ、眉をひそめていると、

 

 

「定期的な便りも来ている。剣首ともなれば修行中でも定期の報せは義務だからな。一度たりとて師匠は欠かしたことがないんだ」

 

「なら、何が引っかかってんだよ」

 

「文言は決まってこうだ——修行継続、以上。と」

 

 

 うーん、塩文章を送ってくる鏡流先生が容易に目に浮かぶぞい……。

 

 

「師匠は顔が知られているからな。前線帰りの兵が俺を見つけては教えてくれるんだ。——こないだ、どこそこで剣首をお見かけしました、と。悪気なく……で、そのどこそこが決まって、」

 

 

 もったいぶるように間を置いてから、

 

 

「——補給の港だの駐屯地だの、野戦の療養所だの、前線帰りの兵が通る場所なんだ」

 

 

「……修行する場所じゃ、ねーってこと?」

 

 

「ああ。だが、かといって前線で戦っているという報告もない」

 

 

 ……まわりくどいが、つまりは不審な行動をしてるってことか。

 

 

「修行なら本来、場所は選び放題だ。凶獣の巣くう辺境の星でも人の寄りつかない荒星でも、銀河にいくらでもある。なのに師匠が居着くのは補給港だの駐屯地だのばかり。それは修行の歩き方じゃない。まるで——何かを探している旅みたいじゃないか」

 

 

 何かを探している旅、か。

 

 

 心当たりがないわけじゃ、なかった。

 

 

 

 

呼雷(フーレイ)、か……?」

 

「——ああ、おそらくな」

 

 

 ああ見えてというか、お堅いところもあるし、なにより責任感結構強めなおねーさんだからなぁ、鏡流先生は。

 

 ……タラサで自分が取り逃がしたことをいつまでも悔やんでいるに違いない。で、十年の間にひょっとしたら落とし前つけてるんじゃないかとも思ったが、今の景元の発言でそうじゃないことをほぼ確信した。

 

 

「素直に命令とかで呼び戻せねーのか? お前なら——」

 

「命令書には理由を書く欄があるんだよ。俺がそこに『剣首の行動に疑いあり』と書く。そこから先は軍の調べだ。修行の名目で何をしていたのか、師匠は軍に追及されるだろう」

 

「……ほんとに呼雷(フーレイ)を追っていたとしたら?」

 

「処罰だろうな。外れていても、一度疑われた剣首という傷は消えない」

 

「…………」

 

「まったく……命令で人が守れるなら俺の苦労はないさ」

 

 

 ため息の形は厠の前と同じだった。苦労がにじみ出ている訳が、少しだけわかった気がする。

 

 

「今ならまだ、ただの修行の長いお茶目な師匠で済む。確証が得られたわけでもないし、俺の勘が外れてるならそれでいい。……ただな、近々また大規模な戦闘が始まるらしい。そうなれば軍は総員に召集をかける。修行中の師匠にもだ」

 

「んじゃ、それで戻ってくんなら、めでたしめでたしじゃねーの?」

 

「戻ってくれば、な。……探し物の途中の師匠が、はいそうですかと素直に応じると思うか?」

 

「…………あー」

 

 

 さすがに、鏡流先生……いやでも……よ、読めねー、状況次第な気がする。

 

 

「たとえ万が一でも、応じなければ今度こそ正真正銘の抗命(こうめい)だ。剣首が召集を蹴ったとなれば、もう誰にも庇いようがない」

 

「…………」

「だから——召集が師匠を捕まえるより先に、連れて帰ってきてほしい。誰にも知られずに」

 

 俺までやれやれ系になるわ………とぽりぽりと胸のかゆい所をかきつつ、

 

「で、……なんで俺?」

 

「軍の使者が行けばそれだけで公式の訪問だ。記録が残る。兄貴なら五騎士つながりで友人が訪ねただけで済む。誰の帳簿にも載ることはない」

 

 理屈は通ってる。通ってるけど、理屈だけなら他にも人はいるだろ。ってかなんかサラッと凄いこと言ってなかった? とそう返すより先に、

 

「それに何より——師匠は、兄貴が行けば帰る」

 

「……は? なんだよそれ。どういう意味だよ詳しく、今、俺は冷静さを欠こうとしています」

 

 景元は答えなかった。

 

 そのまま歩き出す。速度も変えない。追いついて横顔を見ても、続きを言う気配はなかった。

 

「返事は今じゃなくていい。行く気になったら明日、将軍府へ来てくれ。移動手段やら手形やら、要るものは俺が裏で手配しておく」

 

 行く気になったらって言っておきながら明日って指定してるのはなぁぜなぁぜ?

 

 言って、景元は懐から折り畳んだ書状を取り出した。

 

「あと、これを応星に渡しておいてくれ。将軍府の呼び出し状だ。俺の朝の用事もこれで済むというわけさ」

 

「いや自分で渡せよ。ここまで来てんだろ」

 

「兄貴を探すのでわずかな空きの予定は使い切った。あいにくと——私は忙しくてね」

 

 肩をすくめる景元に、くそ、社会に染まりやがってと毒づきながら、俺は書状を受け取る。

 

 そして、景元は軽く手を上げて元来た道へ戻っていった。

 

「景元ー、あとお前、その声でやれやれっていうのやめなさーい、なんか色々よぎっからーッ!」

 

 はたして聞こえているのかいないのか。軍装の背中が角に消えるまで、俺はなんとなく見送ってしまった。

 

 

 

 

 

「なんだってんだよ次から次に……しょうがねぇ……いったん戻るか」

 

 家に着くまでの道すがら、俺は覚悟を決める。

 

 もうラブコメやる気はねーぞと、乱暴に家の戸を開けた瞬間、

 

 

 

 

 し〜〜〜〜〜んとしていた。

 

 

 

 

 え、静か。静かすぎて逆に怖いんですけど。罠?

 

 

 警戒を緩めず踏み込むと、土間の向こうで応星がひとり、朝の膳の後片付けをしていた。

 

 俺に気づくと手を止めたので、

 

 

「……あいつらは?」

 

 

 クソデカため息を吐きながら応星は、

 

 

「帰ってもらった。……いろいろ約束させられたけどな」

 

 

 半分白くなりながら言う。何を約束したのか知らねーけど、それって俺に対する約束とか勝手に結んでないよね、ね、ね?

 

 

 応星は前掛けで手を拭いてから、こちらへ向き直る。結い上げた髪に、色の抜けてボロボロになった組紐がちらりと見える。

 

 

 ……そんくらいになるまで、その紐使ってんだな。

 

 

 また新たに、意図せず重ねてしまったらしい年月を感じていると、

 

 

「どうかしたのか? 兄さん」

 

「いや、ま、アレだ、そいや言ってなかったな。——おかえり、応星」

 

 

 パチクリと瞬きをしてから、すっと背筋を伸ばし、

 

 

 

「——ただいま、兄さん。あんたに会いたかった」

 

 

 

 まっすぐ、破顔した。

 

 そこには大人になっても、応星のかわいげがまだ辛うじてあった……だいぶ声がカッコよすぎるけどな。気恥ずかしさを感じ俺は頬を掻きながら、

 

「ッと、そうだ、届けもん」

 

 俺は景元から渡された書状を引っ張り出して突き出す。

 

「景元から。将軍府の呼び出し状だってよ。明日、色々聞き取りしたいらしいぞ」

 

「わざわざありがとう。……ははっ、兄さんが景元の使いなんて、なんか変な感じだな」

 

 応星は書状を受け取って、少し笑った。

 

 膳の残りを脇に寄せて文面を眺めるかたわらで、俺は椅子に腰掛けると、

 

「旅は——どうだったんだ?」

 

「どうって……便りに書いたとおり、だけどなぁ」

 

 ……どの通りだよ。つか、まだなんか慣れねぇな、おどおどしてない応星の口調。

 

 反射で懐に手が伸びかけて、やめた。人前じゃグノモン選手はバイブ専用機だし、そもそも記録がねぇのは便所で聞いたとおりだ。

 

「え、あ、おう。書いたとおり、だよね。わかるわかるー……けどアレじゃんか、やっぱな、お前の口から聞きたいんだよ」

 

「なんだそれ」

 

 笑いながらも、どこか楽しそうに応星は語り出す。

 

 

 そこから先の十年は、思ってた三倍くらい濃かった。

 

 

 重力が三倍もある星の採掘地を、銀河海賊から守った話。そこの民兵が振ると並の剣は一合で曲がっちまうらしい。だもんで、応星は刃の厚みも重心も一から作り直して新しい標準となる剣を作り上げたらしい。同じ剣でも、星が変われば別物になるんだ、と言っていた。

 

 

 音で斬る盲目の剣士に会った話。目の代わりに、風を斬る音で間合いを測るヤツで、応星は刃の「鳴き」を調律した剣を打った。しかも打つ前に、自分も目隠しで三日暮らしてみたらしいから、パネェ。

 

 

 跳躍の出口を間違えて漂着した廃棄ステーションに、引退した老レンジャーが住み着いてた話。何十年も自分で直しながら使い続けた一振りを見せられて、応星は半年そこに残り、あり合わせの屑鉄だけで剣を直す技を仕込まれたらしい。口癖はこうだったと——いい剣を打つ奴はどこにでもいるが、生かす剣を打つ奴はめったにいねェのサ。

 

 

 あとは細かいエピソードが山ほどだ。氷の星で足場が割れて装備ごと湖に沈んだだの、ステーションの冷却水槽に落ちただの、借りたプラズマ炉を焼いたとか——火の失敗は「もう数えるのがアホらしくて数えてない」らしい——他にも、ごっつい機械の腕の傭兵に渾身の出来だった剣を三本続けて握り潰されたとか、エンジン故障で星図にない未知の星系を漂流して飢え死に仕掛けたとか。

 

 

 そんな思い出の数々を身振り手振りを交えつつ、

 

 ついさっき目の前で遭遇してきたように熱を込めて語る姿は、ひとつの開拓の旅を終える度、くったくたになりながらも星穹列車の食堂車であーでもないこーでもないと反省会をしていた頃の……幼馴染の姿を思い起こさせた。

 

 

「どうかしたか? 兄さん」

「……いーや、なんでもねぇ。だいぶ波瀾万丈の冒険繰り広げてきたみてーじゃねーか」

 

 知らず、顔が緩んでいたのかもしれない。

 

 慌ててデフォルト状態である劇画チックのハードボイルドフェイスに戻しながら——ふと思う。

 

 そういや、今のエピソード……なんか餞別(せんべつ)代わりの爻光の卦で言ってたことだいぶ当たってねーか。こえー、仙舟の母を名乗った方が良い説まであるぞ。……ん? いやたしか、もう一個、あったような……、

 

 

「なあ応星。そいやお前、出立ん時に爻光に"異性に注意"とか言われてなかったっけか」

 

「…………そうだっけ」

 

 

 

 え。

 

 

 

「今の間、なに」

 

「…………」

 

 そっと遠い目になる。

 

 ちょ……お、応星キュン……ま、まさか……嬉し恥ずかしムフフでボインでバキュンなイベント発生済み……ってコト!? す、隅に置けなすぎる……そ、そうかぁ、もう、童て……いキュンじゃねーわ、応星キュンとは呼べませんね。応星です。これは応星。ようやく俺も認めます。風呂一緒に入ったときとか、ヘソから下がつんつるてんだったあの応星が……ねぇ……。

 

 

「そ、その生暖かい目はやめてくれ! 違う! 兄さんが思ってるようなことはなかった!!」

 

「へーふーん、なかったよねーそーだよねー」

 

 

 顔が赤いんだよンナ。と鼻をほじりながら返答していると、応星は咳払いをし、

 

 

「あ! そうだ、ラマンチャも兄さんに会いたがってたんだよ!」

 

「あん? ラマンチャが?」

 

 

 露骨すぎる話のそらし方だったが、ふっ、まぁいいだろう。俺も男よ。武士の情けくらいはかけてやらねばな。

 

 

「久し振りに大将に串でも焼いてもらいたいなぁってさ」

 

 俺に会いたいっつーか、ほぼ食欲じゃねーかよ。しかも俺別に久し振り感ねーんだけど、ほぼ昨日の晩一緒に飲み会いましたよね、なんだけど。

 

 

「ったくアイツめ……お前と一緒に仙舟には来なかったのか?」

 

「ああ、その内寄らせてもらうとは言ってたけどさ。ま、本当に銀河を股にかけてるからな、あの人は。ひもじいのもちゃんとした理由があるし……」

「ほーん」

 

 

 まぁいいや、ラマンチャのことはそれぐらいでいいだろう。

 

 

「つーかよ、お前。朝に言ってたけど。なんか見せたいものあんのか?」

 

 

 応星の眉がぴくりと上がる。それから、待ってましたと言わんばかりに立ち上がった。

 

 

「ああっ! これを見てほしいんだ」

 

 

 旅嚢(りょのう)に手を突っ込んで取り出したのは——

 

 

 

 

 

 ボロボロの分厚い帳面だった。

 

 

 

 

 

 角は丸くなり、表紙は途中で付け替えたらしく色が違う。挟み込んだ紙で膨らんで、紐で無理やり縛ってある。

 

 受け取ると、油と煤の匂いがした。

 

 

「旅の間書き続けた——設計帳なんだ」

 

 

 設計帳? と思いつつ、パラパラとめくっていく。

 

 

 手の素描。握りの型。身長と腕の長さの寸法。利き目。その横に、細かい字でびっしりと暮らしの書き込み——どういう境遇で生きてきて、何を為すための剣か、なぜ武具を振るうのか、そんなことまで書いてあった。

 

 どんどん頁をめくる。

 

 すると、さっき聞いた連中と思しきヤツらが出てきた。高重力星の民兵の頁には、一合で曲がった剣の絵と、異様に分厚い刃の線。盲目の剣士の頁は文字が少なくて、代わりに波形みてぇな記号がびっしり並んでる。これは何を書いていらっしゃるのかしら?

 

 

 ……剣の帳面っつーより、人間の帳面だなこれ。

 

 

「出逢った人ひとりひとりについて書いてたらこんな量になっちゃってさ」

 

 

 応星が横から手を伸ばして、巻末のあたりに指を差し込む。どうやらそこを読めということらしく、開けば、

 

 

 

 五つの名前が並んでいた。

 

 

 

 鏡流。丹楓。景元。白珠。

 

 ——是印。

 

 

「……なんだよ、これ?」

 

「皆さんの武具は僕が打ちます、って言ったろ。あの皆さんには、最初から兄さんも入ってる」

 

 当たり前みたいに言うけど、俺もカウントに入ってたんかよ。

 

 二の句が継げないまま頁に目を落とす。

 

 

 五人の頁は——空白が目立っていた。

 

 

 あるのは、それぞれに相応しいであろう武器のアイディアと素描。あとは端に、確かめたいことの書き付けが少しだけ。

 

「……十年も時間あったろーによ。完成させちまわなかったのか?」

 

「そりゃあ、今のみんなを、まだ知らないからな。……頭の中にはあるんだ。でもやっぱ最後は今の手を知りたいし、最高の環境で作り上げたかったんだ」

 

 

 そして俺の頁は、白ですらなかった。書いては消した跡が何重にも残って、紙がそこだけ薄くなってる。

 

 

「ああそれ……特に、……兄さんのは……これが一向に決まらなくてさ」

 

 

 苦笑すると応星は俺が差し出す帳面を受け取り、こっちを見据える。

 

 

「兄さん。——手伝ってくれないか」

 

「何を、だよ」

 

 

 若干というかだいぶ面倒ごとの予感が凄いんですけど。

 

 

魂を込めた、五つの武器を打つ。今の俺なら出来る気がするんだ。だから、今の皆のとこに連れてってくれ——まずは、鏡流さんのとこから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、ヤだよ。めんどくせーもん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 反射的にそう答えた瞬間、応星は口をへの字にして、うつむき、

 

 

 

「兄さんは……俺のこと、嫌いなのか……?」

 

 

 

 すげーしょげてる。

 後ろにクゥ〜ンって描き文字の幻覚が見えるレベルで。

 

 

 ……おい図体はデカくなったのに、ワンコ系男子かよ。何これ、乙女ゲーでも始まったの?? 人気投票ランキングでひとりだけケタが違うヤツじゃんかよ。

 

 

「いや、別に嫌いってワケじゃねーけどぉ……」

「じゃあ大好きでいいじゃないか! 宇宙で一番かわいい弟の頼みだ!」

 

 

 めんどくせぇえええええええええええええええええええええええッ、

 

 

 つかやめろ俺の芸風をパクんな。そしてそんなに目を輝かせて嬉しそうにすんな。俺なんも言ってねぇだろうが。

 

 

 今度は俺の方がクソデカため息をつく番だった。ちきしょー結局こうなんのかよ、まさか景元の野郎、こうなることを見越して書状といい、師匠の件を頼んできたんじゃねーだろうな。

 

 

「……かーっ、わーった、わーったよ。っつーか俺もちょうど、鏡流先生に会いに行かないといけねぇんだわ」

「ほんとか! 兄さん、大好きだっ!」

「やめろ、それも俺の芸風だ!」

 

 

 一引用ごとに使用料請求するぞコラ。

 

 

「あーとりあえず、今仙舟を離れてんだよ鏡流先生は。だから、まぁ色々あんだけど、明日は将軍府に一緒に顔出すぞ」

「ああっ、わかった!」

 

 応星は満足そうに帳面を旅嚢へ仕舞いかけて——その手が、途中で止まった。開いたままの頁に目を落として、それから何かを思い出した顔でこっちを向く。

 

「そうだ。訊きそびれてたことがあった」

 

「あん?」

 

 

 

 

 

 

「——兄さん。白珠……姉さんとは、

 夫婦(めおと)になったのか?」

 

 

 

 

「ぶッ」

 

 吹いた。なんだその質問。どっから出てきたんだその質問。

 

「な、なってねーよ!! なんでそうなる!?」

 

「ふーん……」

 

 

 応星はお返しだと言わんばかりに、しげしげと俺の顔を見た。何も言わずに。

 

 

 やめろ、その目はなんだ。俺は何も知らぬぅぇ……けど……アレ……だ、大丈夫だよね……凄く心配になってきたんですが。や、やだよ、俺、急に腹を大きくした白珠が登場してきて、俺のことをあなた呼びしてきたら、その場で倒れちゃうからねマジで。「パパになっちゃえ~クルクル~」が許されるのはヘルタ様だけだからね。

 

 

 脂汗が頬をしたたり落ちる俺をよそに、応星は、

 

 

「はぁ……まぁ、だと思ったよ。じゃなきゃ、あいつらが朝からあんなに仕掛けてくるはずないもんな」

「!?」

 

 そ、そうだ、ははっ、そうだよ、お兄ちゃんにお兄だもんな、お父ちゃんにお父じゃないもんな……ありがとう爻光、薩蘭、大好きっ!

 

 

「わかったよ。宇宙一かわいい弟が一肌脱ぎますか。まったく……世話が焼ける兄さんだなぁ」

 

「え、何を言うてるの?」

 

 ぽんと俺の肩の上に手を載せると、キメ顔で、

 

 

「任せといてくれ。うまくやるからさ。薩蘭から凝梨にとっとと会いに行けってドヤされてんだ——それじゃ、また明日!」

「待って、え、何を? 

 

 ちょっ何をォーーーーーッ!?」

 

 

 俺の絶叫を背中に受けながら、応星はハッハッハと快活に笑いながら去って行ってしまった。

 

 

 

 

 おい誰かアイツ止めろ。止めてください。お願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——思えば、この時から、

   もっと本気で、止めていれば、

   よかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




執筆時BGM:「distance」LONG SHOT PARTY


因果応報、やね


▼おまけ▼
○とある世界線にて2

隆介「これが星穹列車か…。ところでナビゲーターはどれくらい貰える仕事なんだ? 社会保険やボーナスは?」

なのか「え、…いきなり収入とか福利厚生なんて聞かれてもそんな難しいことわかんないんだけど! ゼイあんちゃん、助けてー!」

ゼイン「そういうのやめてください。
 俺たちは開拓する星の人たちの笑顔や感謝のためにやってるんであって、お金じゃないんです。
 開拓はお金以上の経験やスキルが手に入るし、若いうちに圧倒的成長をしたいなら、多少の苦労は将来の財産だと思わないといけないんです」

なのか「いいこと言ってる風で、めちゃくちゃ搾取されちゃってるよ!!」

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