ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#74 "久闊を叙すりたい"

 

 

 

 

 

「……なあ、兄さん。なんでそんな歩幅を狭めてるんだ?」

 

「え、気のせいじゃない?」

 

「いや、めちゃくちゃちょこちょこ歩いてるだろ!」

 

 

 ちっ、俺の牛歩(ぎゅうほ)戦術が応星の目にはモロバレだったらしい。

 

 

「早く行こう。待ってるんだろ? ——白珠姉さん」

 

 わかってねーな。むしろ、それがこの戦術をとっている原因なんですけどぉ?

 

 ほんとに大丈夫だよな……シチュとしては泥酔して朝チュンで目覚めた後、記憶はないがやらかした可能性は大いにある。に限りなく近いんだけど。

 

 

 ……越えちゃいけないラインを越えてないことを祈るしかない。

 

 

「……ういー」

「ういは1回だ」

「……ういうい」

「……はぁ、どっちが兄で弟なんだかなぁ」

 

 

 俺と応星はいま、星槎港の裏手を歩いていた。なんでかと問われれば——話は今朝の将軍府に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 将軍府に着いて、俺と応星はそれぞれの目的の場所に分かれた。

 

 応星は騰驍(とうぎょう)将軍のもとへ。名目は「帰還の慰労」ってやつだが、中身はどう考えても事情聴取なんですけどねー。ちなみにちらっとだけ挨拶した騰驍将軍はパッと見なんも変わっていなかったし、ノリも変わらず是印ちゃん呼びだったのでとても安堵(あんど)しました。

 

 よかったわー、いきなり赤面して是印呼びになってなくて、「あの熱い夜を忘れないよ、おじさんは……」とか言ってこなくて本当によかった。そうなっていたら俺はもう限界断食の果てに即身仏になるしかなかったモンニ。

 

 

 景元の執務室へ案内されると、

 

 

「ありがとう兄貴、きっと来てくれると信じていた」

 

 

 俺の顔を見て、頬杖をつきながら書類仕事をしていた景元は白々しく言ってきやがった。

 

 

「あのな、ほぼ確定演出だったくせによく言うぜお前……」

 

「まぁそう言わないでくれ。あの場で話せなかったこともあってさ」

 

 そうして聞かされた中身は、昨日の話の答え合わせと、その先だった。かいつまむとこうだ。

 

 先生の目撃談はぜんぶ又聞きで、場所はぼんやりしている。共通してるのは、徐々に前線へ近づいてる、ってことだけだ。

 

「で、だ。あの人の今の居場所を正確に知ってる人物が——ひとりだけいた」

 

「誰だよ」

 

 と、俺が訊き返すのと扉がすっ飛んで開いたのは、ほぼ同時だった。

 

 

「おい、兄さん、聞いてないぞ!!??」

 

「なにもう、急に」

 

「俺が留守中に参加した戦で名乗りを上げるときに『──では、改めて名乗ろう。我こそは朱明工造司、応星。余人に振るえぬ長剣を得物とする剣士なり!』とか叫びまくってたって聞いたぞ!?」

 

「……………………誰が?」

 

「兄さんがだよ!!」

 

 知らねーよ!!! 俺だって今はじめて聞いたわ!!!

 

 

 どゆことだよ、なんでそんなに自信満々に『僕、応星ですゥゥゥ!!』って叫んでんだ、ふざけやがって。俺がいつもそういうことをやってるみたいじゃねーか、そういうのよくないよ。

 

 

 聞けば——この十年、俺はタラサ同様にあの手この手の理由をつけられ出兵に駆り出されては、そこそこどころじゃない戦果を挙げていたらしい。しかも、その際の名乗りは毎回「応星」。おまけにクセの強い口上つきだったらしい。

 

 と、まくし立てながら列挙されたのは、

 

 

 

 ——なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるは世の情け、豊穣の悪を防ぐため、仙舟の平和を守るため、愛と真実の巡狩を貫く、ラブリーチャーミーな、応星!

 

 

 ——誰も見たことのないものを創るなら自分の手で。それが朱明工造司の応星ってもんス。

 

 

 —— O-SAY(オーセイ)ナッコォ!

 

 

 ——『(ほのお)の工造司・応星』だ。覚えておきたまえ。

 

 

 ——モッチロン応星です! 敵将を狙い断つ!

 

 

 

 ……わーお。なにそれ。俺たぶん、めちゃくちゃ美味しい空気吸ってるじゃん。俺は脇汗が横腹を伝い落ちるのを感じながら、そっぽを向いて、

 

 

 

「記憶にございません」

 

「記憶にないなら尚更タチ悪いだろ!? 全部意味がわかんないぞ! というか、俺の名前なんだと思ってるんだ!?」

 

「今日の俺に言うな!! 過去の俺に言え!!」

 

「ああ言えるものなら言いたいね! だったら俺も打ち明けるけどな! 旅の中で名前を偽るとき、兄さんの"刃"を使わせてもらったさ!」

 

「いいもん! そんなの勝手に使えばいいもん!」

 

 

 景元は、俺たちがわーきゃー騒いでいるのをよそに、素知らぬ顔で茶を(すす)っている。やがて、ほぉ、なのか、はぁ、なのかわからんが一息ついて、

 

 

「まぁ諦めたほうがいい、事実だ。お前が旅立った後、騰驍将軍と兄貴がその(かた)りを思いついたらしくてな。功の行き先も、丁寧に(かつら)までつけたうえで、頭巾(フード)を深くかぶった、どっかの誰かの名乗りのせいで全部応星に付いたんだ」

 

 

 うーん、こいつぁ手が込んでる。すげー、つまりあれなのか。俺の十年の戦果、ぜんぶ応星名義なのね。やったね応星! 褒賞がもらえるよ!

 

 

「——で、だ。話を戻そう」

 

「あ、お、おいっ、俺はまだ納得して――」

 

「諦めろ」

 

 

 応星を制すると、景元が茶杯を置く。

 

 

「さっき言いかけた、師匠の居場所を正確に知ってる唯一の人物。……そこに至る手段となるのも、あの人しかいない」

 

「ん? 居場所って、鏡流さんのか?」

 

 

 なおもわめいていた応星が首をかしげ、

 

 

「それなら白珠姉さんに頼めばいいじゃないか。姉さん、鏡流さんのとこに補給で通ってるって便りにあったし」

 

 

 その発言に景元が灰になる。

 

 

「……俺の調査と前振りは、要らなかったようだ」

 

 

 なんというか……残業ご苦労様としか言えない哀愁を漂わせつつ、ぼやきながら懐から出てきたのは過所(かしょ)——通行と身分の証だった。

 

「なので兄貴は白珠と合流して、師匠の元へ向かってくれ。これがあれば融通は利くはずだ」

 

「おい、何、姉さんを呼び捨てで呼んでんだ!」

 

「彼女が呼び捨てでいいですよと言ったんだ」

 

「なにィッ!?」

 

 なんなんだこいつら……デカくなってもキャンキャンうるせーな。マジで。ガキが取れたオス同士の口喧嘩とかマジで需要ねーぞ。

 

 とにかく、俺氏を鏡流先生のとこに連れてってーという白珠への依頼は既に景元の方で済ませており、二つ返事で引き受けてくれたという。

 

 

「兄貴はどうした? 複雑そうな顔をして」

 

「……なんでもねっす……」

 

 とうとう白珠とも再会ですかい……という、こちらの複雑な事情などわかってくれるはずもなく、

 

 話は一区切りついたとばかりに、景元は応星の全身をあらためて眺めた。

 

 

「——それにしても、大きくなったな。あの泣き虫が」

 

「泣き虫は余計だろ!?」

 

「十年前を思い返してみろ。……声変わりにも驚いた。廊下の声、誰かと思ったよ」

 

「お前こそ何だよ参軍サマって。偉くなっちゃってさぁ」

 

 

 しかし……こうして目の前に並べると、どうしてこうなったんだ。

 

 あのかわいかった応星キュンがちょっとヤンキーというか不良っぽいオーラをまとってしまい、小生意気だった景元キュンが大人びた高二病になって落ち着いてしまった。これはネットが荒れるよ、確実に。実は身体が「入れ替わってるーーーー」とかいうオチじゃねーだろうな。

 

 

 と、思っていたら。

 

 

「だけど、変わらないものも——あるさ」

 

 

 景元がちらりと俺を見て、妙な間をつけて言った。

 

 

「たとえ十年経っても、な」

 

「…………」

 

 

 応星が一度きょとんした顔を浮かべた後に、ふっと笑った。

 

 

「——だな。帰ってきて思ったよ。兄さんは、いつまでも()()()()()()

 

「ああ。いつまでも、()()()()()

 

 

 二人して、なんかしみじみと頷き合っているものの……語尾の強調のせいで火花が散っているのが見える。キツいって。勘弁して。

 

 お前ら、それ逆に俺からしたら何もかも変わってるってことわかってる? 他人の気持ちをちゃんと考えようって俺が教えてあげよっか?

 

 つーか、なんで二人とも、『ま、俺の方が兄さん or 兄貴のことをよく知ってるけどな』みたいに勝ち誇った顔してんの?? やめてくんない?? お前ら、どんぐりがマウントし合っても何も産まねーの理解しろよ。あと、打合せしてないリズムでグノモン選手震えてっけど、それが『プークスクスwww』としか思えないんだけど。

 

 

 俺がひとりで百面相をしていると、景元が咳払いをひとつして、居住まいを正した。それから、目元をゆるめて。

 

 

「まだ言ってなかった——よく戻った、応星」

 

「ああ——ただいま、景元」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、事情を話し、景元にも応星もついでに随行することを許可してもらった俺たちは早速白珠と落ち合うべく動き、今に至る。

 

 補給船の発着は、表の渡航場じゃなくこっちの貨物埠頭(かもつふとう)らしい。積まれた木箱と油の匂いの間を抜けながら、俺は角を曲がる手前で、最後の祈りを済ませておく。えーんこわいよー。

 

 

 十年で、何もかも変わっちまった。

 

 景元も応星、薩蘭に爻光も大人になり、俺の頭をおかしくさせてくる。もうどこにも心の安寧がないんじゃないかとすらちょっぴり思ってるんだ。——騰驍将軍? あれはノーカン。

 

 

 だからさ、

 

 

 

 ——頼む。白珠だけは、そのまんまでいてくれよ。俺の情緒のために。

 

 

 

 角を曲がった先で、声がした。

 

 

 

「——えっと、水糧(すいりょう)、よし。医包(いほう)、よし。替えの(さく)……よしっ!」

 

 

 

 積み荷の前で、点呼の指が揺れていた。

 

 曜青の飛行士御用達(ごようたし)らしいファー付きのマント。モフモフした耳、そして尻尾。透き通るような長髪、そして語尾を弾ませる、変わらない声、どれも、

 

 

 

 

 ——俺の知っている、ままだ。

 

 

 

 

 何もかも変わっちまった世界で、俺はようやく、"変わらないもの"に会えた。

 

 

「あっ——是印さんっ!」

 

 

 ぱっと振り向いた笑顔も、そのまんまだった。

 

 よかった。

 

 あーもう、マジでよかった。俺はいま猛烈に感動している。この時代にもまだ、良心が残ってた。

 

 

 で、その視線が俺の隣へ滑って——止まる。

 

 

「…………応、星?」

 

「ああ、ただいま。白珠姉さん」

 

 

 応星が背筋を伸ばす。白珠の目が、ゆっくり上へのぼっていく。

 

 

「お帰りなさい……! おっきく……なりましたねぇ……っ!」

 

 

 感極まった手が伸びて、頭の高さで行き場をなくす。応星が笑って、軽く屈んだ。

 

 

 わしわし。

 

 

「よし、よし。……ふふ、届きましたっ」

 

「ははっ。子供扱いしないでくれよ、姉さん」

 

「えっ、あのっ、応星、というか、今なんと?」

 

「ん? ——姉さん?」

 

 

 衝撃を受けたように固まってから、白珠は、

 

 

「は〜〜〜〜、白珠感動しましたっ!! 実は凄く応星にそう呼んでもらいたかったんですっ。ね、是印さんっ!! ねっ、ねっ!」

 

 

 爆発した。

 

 

 やめーや、俺に同意を求めんなっての。

 

 

 白珠にされるがままになっている応星も応星だが、昨日の別れ際の『任せといてくれ。うまくやるから』という不穏すぎる言葉が頭から離れないんですけどー。マジで頼むから余計なことすんなよ……そういうのは俺がおねーさんといる時だけの援護射撃にしろ。今やったら背中に向けて撃ってることになるからな。

 

 

 ひとしきりの再会を済ませて、白珠が桟橋の奥を手で示した。

 

 

「今日はあの子で行きます。……見た目はアレですけど、腕はいつも通りですからねっ」

 

 

 視線の先には、ずんぐりした中型の星槎が一隻。なんか既視感あるんですけど……。

 

 

 応星がきょろきょろと辺りを見回した。

 

 

「あれ? 鸞影(らんえい)は? 久しぶりに見られるんじゃないかって、ちょっと楽しみにしてたんだけどな」

 

「ああ、鸞影なら、——とっくに墜ちましたよ?」

 

「「えっ」」

 

 にっこにこで言うことかそれ。しかし、ら、鸞影氏〜。青空に半透明でサムズアップしてる場合じゃないでござるよ~。

 

 じゃねーわ。

 

 っべー、つい俺も応星と同じリアクションしちゃったけど、これもあれか、俺は本来初耳じゃないやつ?

 

 めんどくせぇ……、けど、一応ごまかすために言っとくか……、

 

 

「あーそうそう、懐かしい~。ら、鸞影、無茶しやがって……」

 

「ええ、応星が旅立ってすぐくらいでした……ある戦闘で被弾し、それでも最後まで立派に、あたしを運んでくれました……」

 

 

 しみじみと腕を組み、

 

 

「その次の子、鸞汀(らんてい)は着水の名手でした。三年がんばってくれて、最後はバクレダの地で安らかに横たわっています……」

 

 

 ま、まだ尊い犠牲者リスト続くのかよ。星槎たちを守る会の皆さんも黙ってないだろもうこれ。

 

 

「で、その次の子は……まぁ、その。——い、いろいろ、ありましてっ」

 

「いろいろ?」

 

「はひっ、い、いろいろですっ!」

 

 

 応星に、やや引きつった笑みを返す白珠。

 

 

 ……今の間、なんだ。そして、ちらちらこちらを見るな白珠。何かごまかしたいのか、それともごまかしたくないのか全ッ然わかんねーぞ。

 

 

 ええ……つーかこの白珠の反応から察するに俺、その「いろいろ」に確実に関係しているパティーンでは?? やだよー、こわいよー、聞きたくないよー。

 

 

 そんな俺の願いが通じたのか、白珠は咳払いをし、

 

 

「と、とにかく、それで今、新しい子を仕立ててもらってる最中なんです。今日はそれまでの、つなぎの借り物でして」

 

「はー……相変わらずなんだな、姉さんの"星槎殺し"っぷりは」

 

「あーっ、なんで知ってるんですか!! その呼び方は嫌いなので、禁止ですっ!」

 

 

 仮にも飛空士なのに、縁起でもなさ過ぎるだろその異名。まずはその星槎をぶち殺す!

 

 ぽかぽか白珠に叩かれながらも、応星は船体を見上げて、目を細めた。

 

 

「しっかし……懐かしいなぁ。タラサで行きはちょうどこんな星槎で……帰りは鸞影の外に貼り付いたの、思い出す。兄さん、俺は——もう一回くらいやってもいいぜ?」

 

「ざけんな、なに抜かしてんだ。俺がぜってぇやだわ」

 

 

 お前の中じゃ十年物のいい思い出かもしんねーけどな。こちとら体感そんなに経ってねんだっつの。しかも今の応星みたいな野郎と抱き合いながら墜ちるってただの罰ゲームじゃねーかよ。応星キュンを返せ応星キュンを。

 

 つかもうノヴァイレイザーのミィルの方のカートリッジ、ラス1になっちゃってんだぞ。おいそれと使えるかっつーの。

 

 

「ふふ。ご安心ください。あの時と違って今日は安全運転でいきますので!」

 

「やめろ、フラグっぽく感じるからそれ」

 

 

 嘆息しつつ、白珠の積み込みの仕上げを手伝って、いよいよ乗船の段になった。

 

 

過所(かしょ)、お預かりしますね」

 

 

 言われて、景元からもらったそれを差し出す。

 

 受け取る指先が、俺の手のすこし手前で、一瞬だけ止まった。

 

 

「……なんだよ?」

 

「は、はひっ、確かに!」

 

 

 返事が、ワンテンポ遅れて上ずっていた。過所(かしょ)を確かめる目線も、なんか泳いでる。つーか今それ、上下逆さまだぞ。

 

 

「白珠……お前、なんか変じゃね?」

 

「は、はひっ!? へ、変って何がですかっ? 変なのは是印さんの方ですっ!」

 

「俺が変なのはいつもだろ」

「確かに……」

 

 確かに、じゃないんですけどぉ??

 

「いや、ま、つっても具体的にはわかんねぇんだけどさ」

 

「だ、大丈夫ですっ! 白珠はいつも通りです! ——て、点呼! 点呼しますね! お二人とも、いますねーっ、よし!」

 

 

 いるだろ。おもくそ目の前に二人。

 

 ……いや、様子おかしいわ。

 

 やばい、また汗出てきた——ままま、まさか本当に、越えちゃいけないラインを……いや、そ、そんなことはない。ないもん! 俺は、俺のノヴァイレイザージュニアに聞いてみたけど、知らないってゆってたし、俺のパルサーエッジジュニアに聞いてもわかんないってゆってたし。

 

 ふと視線を感じ、横を見ると、応星がなんも言わずにこっちを見ていた。

 

「……なんだよ」

 

「……いや、別に」

 

 (こうべ)を振って、乗り込んでしまった。クソッなんだっつの。

 

 

 

 ——で、まぁ、そんなこんなで。

 

 積み荷の谷間にしつらえられた後付けの座席に収まって、俺たちを乗せた飛ぶ星槎は、つつがなく(そら)へ上がった。

 

 航路は跳躍をしても、着くのは明日の朝だそうだ。窓の下では、羅浮の(いらか)の海が、もう雲に呑まれて見えなくなるところだった。

 

 

 目標はシンプルだ。先生を見つける。連れて帰る。——以上。

 

 

 な、ハズなのだが、どうにも一筋縄で行く気がしねーのは、なんでなんだろうか。

 

 

 

 操縦席に座る白珠の後ろ姿をぼんやり見ながら、そんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

    *    *    *

 

 

 

 

 

 

 

 ガーベス星系——ブエナキャリオン。

 

 万年日照りの星である。

 

 雨は、暦のどこにも載っていない。空はいつも白茶けて高く、道は昼のうちに石窯の底になる。畑は疾うに諦められ、日除けの布だけが軒から軒へ渡されて、街はその下で息をしている。

 

 こんな星に、用のある者は普通ならいない。

 

 用があるとすれば——この星の、港だけだ。

 

 前線と仙舟の版図(はんと)を結ぶ補給線の中継地。戦線帰りの船が燃料を継ぎに降り、交代の兵が便を待ち、荷を降ろした輸送屋が次の荷を待つ。故に、人の出入りだけは涸れない。

 

 

 ——前線帰りの兵が、通る場所である。

 

 

 ただの水は酒より高く、酒は噂より安い。

 

 だからこの星でよく育つのは、砂と、渇いた風と——行き場のない噂だけだ。

 

 

 そして噂が集められる先は、酒場だった。

 

 

 昼日中(ひるひなか)から、店は埃っぽい熱気で埋まっていた。外があの日射しでは、日銭を稼ぐより日陰で稼ぐほうが利口だからだろう。

 

 天井では羽根の欠けた扇風機がのろのろと回り、汗と安酒の匂いを、店の中でただ攪拌(かくはん)している。

 

 客層は、雑多。前線帰りの兵。積み荷待ちの輸送屋。行商に賞金稼ぎ。

 

 日焼けと土産話が立派な男たちの卓で、硬貨と札と法螺話が行き交っている。

 

 

 扉が開く。

 同時に、乾いた風と光が差し込んで、砂が敷居を越える。

 

 

 入ってきた背格好は、男のものではなかった。

 

 その柳の枝のような肢体は、強い日射しを嫌うように、ぼろ切れで全身を包んでいる。

 

 笑い声が半分の音量に落ちる。

 

 よそ者を測る目が、旅装の埃の厚さだけ測って、また酒へ戻っていく。 

 

 

 ——ただ、奥の卓で、仙舟の軍装を着崩した若い兵のひとりだけが、杯を持ったまま固まっていた。

 

 そこからでは顔は窺えないはずだ。ぼろ切れは深く、面差しは影の中にある。それでも——布の隙間からひと筋こぼれた白髪と、雑踏を裂いて真っ直ぐな足運びに、妙な勘が働くことがあったのかもしれない。

 

 

「……なあ、あれ」

「あ?」

「いや。……なんでもねぇ」

 

 

 連れに笑われる前に、兵は自分で首を振って、杯へ戻った。

 

 

 女は振り返らない。

 

 

 視線がひとつ、(かす)めて離れたのは分かっている。人の集まる場所にしか噂は落ちておらず、人の集まる場所では、時折こうして気取られるがいちいち相手にしていたらきりがない。

 

 まっすぐカウンターの前までやってくると、やがて銅銭と思しき硬貨を置き、

 

 

「——酒を」

 

 

 凜とした声。

 

 注がれるのを待つあいだに、懐から写真を一葉、カウンターへ滑らせる。

 

 

「それと。……この男を、見かけたことはないか」

 

 

 バーテンは硬貨をつまみ、慣れた薄笑いを浮かべた。

 

 

「おっと、……男にでも逃げられたかい、姐さ——」

 

 

 ぼろ切れの中から射抜くような眼光。

 

 バーテンは途中で口をへの字に閉じる。それから写真を一瞥して、肩をすくめ、

 

 

「悪いが、見たことのねぇ顔だな」

 

 

 舌打ち。

 

 どこの星の、どの店でも、扱いは大方こうだ。

 

 

 ——男を追う訳ありの女。

 

 

 彼女——鏡流は写真を仕舞い、注がれた杯を取って、隅の卓へ座った。

 

 

 口は、つけない。

 

 

 考えるのは、いつも同じことだ。

 

 

 

 後悔。

 

 

 

 ——タラサの海で、仕留め損ねた。去り際、獲物は言った。勝負は預けておく、と。

 

 

 ……体のいい言い草だ。預けられたのではない。取り逃した。それだけのことだ。いくら慰撫する言葉をかけられようと、剣首であるのだ。己があの場で切り捨てねばならなかった。

 

 

 あの一合を、夜ごとにやり直してきた。十度、百度、同じ間合いを踏み直す。踏み込みが浅かったか。見切りが甘かったか。振りが、遅れたか。

 

 

 ——それとも。仕留められると、初めから思い込んでいたことそのものが、

 

 

 (おご)り、であったか。

 

 

 答えはまだ、己の底に沈んだままだ。

 

 

 そんな己が弟子を持っているとはなと、鏡流は自嘲する。

 

 ……弟子どもは、育っていると思う。

 

 

 片方は剣の才こそないと受け入れた結果、才のあった頭を使うことで、将軍府では出世頭としてめきめき偉くなっている。そして、もう片方は——どうせ、相変わらずだろう。

 

 

 十年経っても。何もかも。

 

 

 あの馬鹿弟子は、『剣以外にも素晴らしいものがあるんで、それを教えて差し上げましょう!』などと抜かして——方々に己を連れ回し、人と引き合わせ、夕日や星の美しさを見せてきて……何度も、……時には実力行使でたたきのめしても、よほど頭が悪いのか、馬鹿の一つ覚えのように先生先生〜とこちらに向かってきた。それは、

 

 ……楽しかった、こともあったろうか。

 

 わからない。

 

 わからなくなってしまった。

 

 

 なぜ、ああも、人の心に、ずかずかと踏み入ってくるのか。

 

 

 嗚呼、馬鹿だ。千遍(せんべん)でも万遍(まんべん)でも繰り返そう。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。本当に馬鹿だ。思い返してみても馬鹿でない行動などひとつたりとてない。何よりも……白珠の想いをわかっているだろうに、応える気があるのかないのかをはっきりしないあの態度こそが——

 

 

 ……思い出すだけで、調子が狂う。

 

 

 しばらく考えないようにしていたのに。それもこれも、何もかもが、あの馬鹿弟子が悪い。

 

 

 ガヤが、耳に障ったのはその時だった。

 

 

「だから、今の俺の推しは巡海レンジャーの(ジン)よ! なんたって、そいつはな——斬り合った相手の得物を、瞬間的に解体したり再構築するらしいぜ?」

 

「……なんやそれ。手品師かい」

 

「だから本当なんだって!斬り合ったっていうヤツが言ってたんだよ!」

 

「はっ! ならワイの推しは仙舟同盟の雲上の五騎士——応星や! あっちは正真正銘の剣士サマやで!」

 

「知ってる知ってる、名乗りがいちいち長ぇってやつだろ?」

 

「せやねん。しかもな、聞くたび口上が違うらしいで」

 

「なんだそりゃ。偽物でも混じってんじゃないのかハハッ」

 

 

 どっと笑いが起き、賭けが始まる。刃と応星、やり合ったらどっちが強いか——硬貨と紙幣が、卓の上を行き交う。

 

 

 鏡流は、こめかみを指で押さえた。呪われてでもいるのか、わざわざ僻地まで来ても、その名……というか戦場ですら好き放題していた男のことを聞くことになろうとは。

 

 

 刃とやらはともかく、片方の噂には、心当たりしかない。

 

 

 ……網に掛かるのは、この手の与太話ばかりだ。

 

 空の器を下げに回ってきたバーテンが、鏡流の卓で足を止めた。減っていない杯を一瞥し、少しためらってから——声を落とした。

 

 

「……余計な世話かもしれねぇがな、姐さん。さっきの歩離人の男と関わりがあるかは知らねぇが、ひとつ、妙な話がある」

 

 

 布巾で卓を拭くふりをして、顔を寄せてくる。

 

 

「近ごろ、隣の星系で妙に宇宙船が増えてるんだと。おかげで輸送屋がみんな航路を変えてる。獣がいる、あっちの宙域にゃ近づくな、ってな。……あんた、狩りをする顔だ。顔を見りゃわかる。だけどな、悪いことは言わねぇが、やめときな」

 

 

 返答はなかった。怪訝に思って表情を窺おうとしたバーテンがギョッとし、たじろぐ。

 

 

 凪いだ水面のような瞳で、鏡流は杯の面を見つめている。

 

 船が増え、輸送屋が航路を変えるほど——つまり獣どもが、群れている。

 

 十年、散って隠れてきたものが、なぜ今になって群れる?

 

 

 

 ……何かが、おかしい。

 

 

 

 だが、そんな思考をブチ壊すように、入口が勢いよく開かれ、

 

 

 

「うわっちぃ〜〜なァ!! クソ暑すぎだろこの惑星、喉渇いたわマジで」

 

 

 

 乾いた風と、砂と、間の抜けた大声が転がり込んでくる。

 

 

 ——その声を、鏡流は知っている。

 

 

 まさかと思うより、その声の主は、蟑螂(ゴキブリ)じみた気色悪い早さでこちらに駆け寄ってきて、

 

 

「あるェ〜? ……ふっふっふ、俺の目がたったひとつの真実見抜いちゃいましたァ、見ーーーーっけ!! いやーお変わりないようでクソ安心しました。どーも宇宙で一番かわいいあなたの弟子ですよ、ささ、まずは会えなかった期間のハグを鏡————」

 

 

 

 

 どさくさに紛れて抱きついてこようとする馬鹿の頬に、気づけば鉄拳を振るっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




執筆時BGM:「DON'T STOP THE MUSIC」LOU GRANT、「SPACE BOY」DAVE RODGERS、「SPEED LOVER」SPEEDMAN





▼おまけ▼

応星?「よく見てろよ……みんなが笑ってたこの応星の本当の限界を今から見せてやるから」

ラマンチャ「奴は進化している!!」
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