「――あのぉー白珠さーん。ひとつ、お尋ねしたいんですけど」
「はいっ、是印さん、どうぞ!」
「これ、"道"で合ってる?」
右には赤茶けた岩壁。左には、見なかったことにしたい深さの谷。
その間に、俺の足がどうにか収まるくらいの出っ張りが続いている。先を行く白珠が身体を横にして進むたび、背負った荷物が岩を擦っていた。
「合ってますよ。もう少しで広い所へ出そうですから」
「俺の知ってる道って、もうちょっとさこう、幅があって安定感もあんだけど」
「昔はもっと広かったみたいですね。ほら、あそこに杭も残っていますし」
言われた先では、錆びた杭が斜めに突き出していた。ぶら下がった鎖は途中で切れ、その先は谷へ垂れている。
……文明の痕跡ですね、これわ……ありがてー涙ちょちょ切れそう。
で、そこまでは、どうやって行けばいいのかなぁ。
「次の出っ張りには乗らないでください。上に手をかける所がありますから、そこを掴んで、ひとつ先へ」
「了解……っと」
言われた通り、腰の高さにある岩の窪みへ指を入れる。壁へ身体を寄せ、足を伸ばした。
その拍子に、背負っていた道具袋が引っかかる。ひ、ひえっ……。
「あっ、ちょ、タンマ。応星、応星、聞こえますか。今、あなたの脳に直接語りかけています! お前の道具が俺を離してくれない!」
「動かないで。あたしが外しますから」
白珠は少し先の平らな岩へ膝をつくと、こちらへ手を伸ばした。袋から飛び出した柄を持ち上げ、岩の隙間から抜いてくれる。
「はい、どうぞ」
「ざーっす……っ!」
ようやく足が届いた。ついでに袋の尻を押してもらい、白珠の隣へ這い上がる。
靴底で削れた小石が、ぱらぱらと谷へ落ちていった。
音は――いつまで待っても、しなかった。
……おい応星。マジでお前自分で取ってこいや。
――そもそもの始まりは、夜分にうちへやって来た白珠から伝えられた、応星の言葉だったんですよ。
『姉さんと二人で、ある素材を取ってきてくれ』
なんでも俺と白珠に作りたいという、今構想中の武器のために、どうしても試してみたい素材があるんだと。
仙舟を出て、巡海レンジャーとしてあちこち飛び回っていた頃、この星――ユーエン
なにそれ、急に鍛冶屋から素材集めを頼まれるっつーお使いクエスト始まっちゃってんだよなぁ。おまけに報酬は新装備。うーんこれは……、
つーか俺、ほしいなんて一言もいってねーんですけどぉ???
だってのになぁ、わざわざ白珠へ先に連絡して、星槎の手配まで済ませてやがった。……ったく、応星、あの野郎、妙なところまで気を回してねーだろうな。夜分に白珠が訪ねてきた時点で……嫌な予感がしたんだよなぁ……とほほ……。
だが、話を聞くうちにどんどんゲンナリしてくる俺とは対照的に、「是印さんっ、一緒に頑張りましょうねっ!」と白珠はやけに張り切っていた。
俺はNOを突きつけるつもりだったが、その猛烈な勢いに押し切られてしまったんですねぇ……。
しゃーなしに景元にも行き先と帰る予定を伝え、白珠の操縦する新たな星槎――
辿り着いたのが、この岩山だらけの星だったわけだ。そして、現在、絶対に落ちてはいけないタイプの崖をタマヒュンしながら進んでまーす。
ようやく心臓とタマに悪いエリアを抜けた俺たちは休憩を取っていた。
岩へ腰掛けたまま、応星から預かった端末を取り出す。
「……採取地点の画像、もっと引きで撮っとけよなぁ、あいつ」
宙へ浮かんだのは、灰色の石を二つに割った画像だった。断面には、白っぽいものと黒っぽいものが隣り合って埋まっている。
現地の説明より、この断面の記録の方がよっぽど詳しかった。硬さがどうとか、熱を加えた時にどうなるとか。いやたしかに詳しいけどいらねぇ……知りたいのは、それに辿り着くまでの道がどんな有様かってことなんですけど。
画像を送ると、今度は岩肌の間から石が顔を出している写真が出た。
近い。撮り方が近いんだよ。石しか写ってねぇし。写真下手くそかよ。
「応星らしいですね」
隣から覗き込んだ白珠が笑う。
「これを見つけた時、よっぽど嬉しかったんでしょうね。ふふっ、目に浮かびます」
「そんな嬉しかったなら持って帰っとけって話だろ……」
「持って帰れない事情があったんですよ、きっとっ!」
応星には甘い白珠の根拠なしフォローに俺はため息をこぼす。
まぁ、……あいつの旅も色々あったらしいからなぁ。
文句を垂れながら画像を閉じると、白珠が別の画面を広げた。星槎で上から測った地形に、俺たちがここまで歩いてきた道筋が重ねてある。
「えっと、ここが今いる所で……応星からもらった情報と照らし合わせると、おそらくありそうなのは、この奥」
指で示した場所は、山肌に細く走る裂け目だった。
上からでは、その中まで確認できなかった。近くに星槎を下ろせる平地もなかったため、少し離れた所へ着陸して、こうして命がけで歩いてくる羽目になった。
「この先は沢に下りられそうですね。水が流れた跡を辿れば、奥まで行けると思います」
「おっしゃーーー! もう崖でがに股になって歩くのはごめんだぞ!」
「もぉっ! 是印さん、あんなの手を使わなくてもいけるじゃないですか」
「お前、それガチで言ってる??」
白珠がくすくす笑うけど、お前みたいな
尻尾が揺れ、すぐ後ろの岩をぱたぱたと叩いている。
「にしても……意外だったわ。お前、こういう所、慣れてんのな」
「ふふ。白珠だって元ナナシビトですからねっ。あちこち旅をしてきたんですよ」
「いや、そうなんだけどさ。初めて来る星で、よく道を選べんなと思って」
「迷わないわけじゃありませんよ。たとえ迷ったとしても慌てなくていいように、過去の経験を活かして色々な可能性をちゃんと考えておくんです」
そう言って、白珠は俺が抱えていた道具袋へ手を伸ばす。
「それ、少し詰め直しましょう。さっき引っかかった道具、横へ入れた方がよさそうです」
「あー、そうな。ちょい待ち」
口を開け、長い柄のついた道具を引っ張り出した。白珠が袋の底にある包みをずらし、そこへ斜めに収めてくれる。
紐を締め直すと、飛び出していた部分が、ほとんどなくなった。
「サンキュ、たしかに〜」
「でしょう?」
白珠が得意げに胸を張った。
「えっへん! 見直しました? 見直しました? もっと頼ってくれていいんですよっ」
「はいはいすごいすごーい。んじゃ、案内引き続きよろしく、隊長」
「お任せくださいっ」
びしっと返ってきた敬礼が、妙に嬉しそうだった。
* * *
——からかわれているのは、分かっていた。
はいはいすごいすごい、なんて。あんな棒読みで、本気で褒めたつもりなら怒ってしまう。
それでも不思議なのか、あるいは単純なのか。先へ立つ足取りは軽かった。
他愛もないやりとりを続けながら、是印が自分の選んだ道を歩いてくれる。ここを踏んでくださいと教えれば、素直に従ってくれる。
——細道を抜けると、足元は広く、なだらかな斜面になった。
だというのに、是印はもう脳死でただひたすらに指示を聞いて脚を動かす機械と化している。
だからだろう。つい、
「次、そこです」
「へーい、あ? なんか不安て——ぬぅおぉっ!!??」
「や、やば……かった、心臓が口から飛び出るとこだった……っておい、お前何笑ってんだコラ」
にこにこ笑っている白珠がわざとそこを指定したことを悟り、是印の額に井桁が浮かぶ。
「なんのことでしょうか〜白珠わかりませーん」
「プッチーン、超えちゃいけないライン超えたな。お前、マジそこ直れや!」
口元をひくつかせて近づいてくる是印に、白珠はすぐさま、斜面へ足をかけてぐんぐん進み始めた。
岩の間を下りた先には、干上がった沢が続いていた。
雨の多い時季には、このあたり一帯を水が流れるのだろう。足元の石は角が丸く削られ、岸の岩肌には、白珠の肩ほどの高さまで泥の跡が残っている。
歩ける場所が広がると、是印も隣へ並んだ。その拍子に肩が触れる。
——この距離を意識しているのは、あたしだけ、なのかな。
初めて出会ったあの日から、早いもので矢のように月日は流れていった。
二人で出かけるのはもちろん初めてではない、けれど——それなのに、応星の話を聞いてからというもの、白珠はつい、この旅の先のことまで考えてしまう。
——いけないいけない。
まずは、頼まれたものを見つけなければ。
「割れている石があったら、中を確かめてみましょう。案外、上から流されてきているかもしれません」
「あいよ。白と黒が一緒になってるやつな」
是印はすぐにしゃがみ込み、足元の石をいくつか拾った。砂を払い、割れ目を確かめる。
「……こいつは、白だけか」
「見せてください」
受け取った石には、白い筋が何本も走っていた。端末の画像と見比べたが、応星の求めるものとは違うようだった。
それでも白珠は、目印に一枚、写真を残した。
そうやって沢を進み、何度か足を止めるうちに、道具袋の脇には試しに持ち帰る石の包みが増えていった。
日陰になった岩の下で休むことにした時には、二人とも指が砂だらけになっていた。ちょうど近くでは、岩の隙間から湧いた水が小さな流れを作っていたので、二人はそこで手をすすぐ。
「……普通に無謀じゃね、これ。この調子でやっててほんとに見つかんのかよ」
「たしかにそうですね……」
何かしら手を打たないと思いつつ、白珠は水筒を差し出す。是印は礼を言って受け取り、ひと口飲む。
隣へ腰を下ろしても、いつもと違って、すぐに誰かが彼を呼びに来ることはなかった。
だからそう。
今この瞬間は他の誰でもない、自分だけが独り占めできる時間だった。
白珠は膝の上で指を組む。
「……是印さん」
「あー?」
「是印さんが以前、旅をしていた時も、こんなふうに何かを探しに行ったりしたんですか?」
「おー、あったあった。頼まれたり、勝手に首突っ込んだり。だいたいっつーか、ほぼほぼ毎回なんで俺こんなことしてんのってなってたわ」
「ふふっ。今と同じですねっ」
「ほんとにな。どうしてこうなんだろな」
是印が水筒を脇へ置き、頭の後ろで手を組む。
——もっと聞いてみたかった。
旅に出る前は、どんな暮らしをしていたのだろう。誰に連れられて、初めて故郷の外へ出たのだろう。
尋ねたいことをひとつ選びかけて、白珠は口を閉じる。
「……どうした?」
「その……なんだかんだで、是印さんの昔のお話って、あんまり聞いたことがないなと思って」
「あー、まぁそうかもな」
「そうですよ。もう、ずいぶん一緒にいるのに」
是印は水筒の蓋を締め、白珠へ返した。
「そんな面白いもんでもねーけどな」
「面白いかどうかは……あたしが決めます」
「え、急に厳しくなったけど」
少し強く言いすぎたかなと白珠は思う。
けれど、ここで笑って引っ込めてしまったら、また聞けないままになってしまう。
「もちろん、あたしも話します。是印さんにも、もっと知ってほしいですから」
言った後で、指先へ力が入った。
是印は口を少し開けたまま、白珠をまじまじと見返していた。やがてぶっきらぼうに、
「……何が聞きたいんだよ」
「子供の頃のお話が聞きたいですっ。えっとじゃあ……まずはあたしからお話しますねっ」
そうは言ったものの、いざ自分のこととなると、どこから話そうか迷ってしまう。
是印はその様子を鼻で笑って、
「今考えてんの?」
「い、いっぱいあるんです。どれからにしようかとっ」
「へぇへぇ、ゆっくりでいいですよ」
是印は岩へ背を預け、足を伸ばした。体勢こそ楽にしたものの、ちゃんと耳はこちらに向けていることが白珠にはわかった。
適当じゃなく、ちゃんと聞いてくれるつもりなのだ。
白珠も水をひと口飲み、少し呼吸を整えてから話し始めた。
「あたしが旅をしたいと思ったのは、ひいおばあちゃんの話を聞いたからなんです」
「あ、そうなん? 白珠のひいばあちゃんて、旅してた人なんだ」
「ええ。物心つくかつかないかぐらいの頃でしたけど、本当に色々な星のお話をしてくれました。どこへ行っても驚くことがあったって」
食い入るように聞いていた頃を思い出す。
話が終わると、もっととせがんだ。同じ話でもよかった。知っているくだりになると、先に続きを言ってしまったこともある。
「でも、聞いているだけだと、どんどん行きたくなっちゃうんですよね。自分で見たら、どんなふうなんだろうって」
それはわかるなーと是印が相づちを打つ、
「成長してからナナシビトになって、初めて仙舟の外へ訪ねた場所でも、ひいおばあちゃんが話していたものを見つけると、なんか知っている有名人とか絶景に会えたみたいで。嬉しかったんです」
やがてひいおばあちゃんの話していた場所はみな旅してしまい、今度は自分で探していくことになって——その先には、想像したこともなかったものばかりがあった。
「一度、ある星の港から見えた塔へ行こうとして、半日も歩き回ったことがあって。白くて、とても綺麗だったんです。でも、いくら歩いても近づかなくて」
建物の陰へ入ると見失い、開けた場所へ出れば、また遠くに見える。白珠はそのたびに道を変えたが、とうとう港まで戻ってしまった。
「それで港のお店の人に聞いたんです。あの塔へは、どう行けばいいんですかって。そうしたら——」
白珠は、少し恥ずかしくなって笑った。
「蜃気楼だったんです。遠くにある塔が、そこに見えていただけで」
「……そりゃ、着かねーわ」
「知りませんでしたもん、そんなのっ」
あの時も、今みたいな感じでお店の人に笑われた。けれど、歩き疲れた白珠を中へ招き、お茶を出してくれたのも、その人だった。
「そこから色々教えていただいたんです。塔が本当はどこにあるのかとか、この町なら、他に何を見ていくといいかとか」
勧められた場所へ行き、また誰かと話す。そこで聞いた話に惹かれて、次の行き先が決まることもあった。
そうしてどんどん訪ねる場所が増え、帰って誰かに話したいことも同じく増えていった。
夢中で話すうちに、身振りまで大きくなっていた。是印は相槌を打ちながら聞いていたが、ふと思い出したように笑う。
「なるへそな。さっき言ってた経験って、蜃気楼を半日追っかけたりしたことも入ってんのね」
「入ってますっ。だから今は、事前にちゃんと調べるんです」
失敗したままで終わったわけではない。そこは分かってもらいたかった。
「隊長にも知られざる下積み時代があったんすねー」
「ありますよぅ。これでも、色々経験してるんですからっ」
胸を張ると、是印ははいはいと苦笑しながら頷いた。
またその返事だ。
こっちを向いてくれているのか、不安になる。
「……じゃあ、次は是印さんです」
「ガキの頃の話でいいのか?」
「はい。どんな所で育ったんですか?」
是印は足元の小石を拾い、親指で表面を擦った。
「あー、……俺、孤児施設育ちなんだわ」
白珠は、いくつか返答を予想して、すぐに返そうとしていた言葉を止めた。
「……そう、だったんですか」
「そ。……親はいなくてさ。まぁ早い話が、捨てられてて、そこの主やってたオッサンに運がいいのか悪ぃのか拾われたの」
思わず姿勢を正すと、是印が苦笑した。
「や、そんな顔すんなって。別に毎日泣いて暮らしてたわけじゃねーんだから」
「……はい」
「ただ、育ての親が、だいぶ変なオッサンだったってだけで」
そこで声の調子が戻った。
「アイツなー子供相手でも、勝負になったら絶対手ぇ抜かねーの。トランプでも双六でも何でも、イカサマ使ってでも普通に勝って喜ぶんだよ。大人げなさすぎだろ?」
それは、まるで、今目の前にいる人そのもので。たっぷり影響を受けているじゃないかと言いたくなるのをぐっとこらえて、
「ふふっ。是印さんも負けたんですか?」
「タコ負けしたわ。めっちゃムカついたんだよなぁ。いつか絶対負かしてやろうと思ってたわ」
是印は拾った小石を転がし、鼻を鳴らした。
その言い方に、白珠まで笑ってしまった。
「でも、何度も遊んでくれたんですね」
「……まぁな。忙しいんだか暇なんだか、フラフラどっかほっつき歩いて行方不明で死んだかと期待したらふらーって帰ってくる、マジよく分かんねぇ奴だったけど」
「何ていう方なんですか?」
「ジャック」
口にしてから、是印は何かを思い出してるのか、少し黙った。
白珠も、その名を胸の内で繰り返す。
「俺の名前つけたのも、そのオッサンだよ」
「お名前も?」
「そ。拾った子供に名前つけて、飯食わせて。……よくやるよな、ほんと」
ぶっきらぼうに言う声を聞きながら、白珠は、この先もその人の話を聞きたいと思った。
どんな顔で、小さな是印を呼んでいたのだろう。
その時の是印は、素直に返事をしただろうか。それとも今と同じように、軽口を返していたのだろうか。
「……あたしも、いつか、お会いしてみたいです」
「やめとけやめとけ。面倒くせーぞ、人をおちょくんの大好きだからな、あのオッサン」
食い気味に返ってきた言葉に、白珠は口元を押さえる。
会いたい気持ちは、少しも減らなかった。
「子供の頃からのお知り合いって、今もいらっしゃるんですか?」
「いるよ。……あー、姫子ってやつとか」
初めて聞く名だった。どう聞いても、女の名前だった。
「……姫子さん?」
「おう。幼馴染。ナナシビトやってた時も、一緒に旅してたんだわ」
幼馴染。
白珠は膝の上で、組んでいた指をほどいた。
「姫子さんって、女の方……ですよね?」
「ん? ああ、そうだけど」
一縷の望みを託したがあえなく肯定されてしまった。
是印にとっては、当たり前の答えなのだろう。石の包みを直しながら、何でもないことのように言った。
白珠も、そうなんですね、と頷く。
子供の頃の是印を知っている人。
その後も、一緒に旅をしていた人。
どんな人なのだろう。聞きたいことが、また増えてしまった。
「……姫子さんって、どんな方なんですか?」
なるべく、何でもないことのように尋ねた。たぶん上手くできたと思う。
「どんなって……暴力的?」
笑うとかよりとっさに言葉が出なかった。
「ぼ、暴力的、なんですか?」
「うん、すげーよ、俺が何か言うとすーぐ殴ったり蹴ったりしてくるからね。学生ん時とか、優等生なのにスケバンやってたしイミフだよな」
相変わらず是印の用いる言葉はよくわからないが、そのスケバンとやらが優等生と並び立たないものであることはなんとなく察せた。
「いやーあいつは俺のせいにするけど、俺だってあいつのせいでどエラい目にあったこと何度もあんだからな……だーれが好きこのんで、殺人鬼とバットでバトんのを生配信するなんてアホなことを選ぶかっつーの」
言っているうちに何か蘇るものがあるのか、唇を突き出す是印。
「そうなんだ。是印さんが、振り回されていたんですね」
「なんか含みあんな……まーでも、そーなんだよ、昔っからな」
文句を言う割に、その口ぶりにはよほどの信頼感や過ごしてきた時間の重みがあるようにしか白珠には思えなかった。
白珠ならまだ尋ねなければ分からないことも、その人は何度も隣で経験してきたのだろう。
「一緒に旅をしようって、その姫子さんからお誘いが?」
「うーーーん、ま、まぁ? そうな……あいつがきっかけっちゃ、きっかけと言えないこともない。姫子がいなかったら、俺が地元出るのもっと早かった気がするけど」
是印は、膝に落ちていた砂を払った。
「とにかくさ、俺も行きたかったんだよ。宇宙ってさ、こんだけ広いのに、ずっと同じ所にいるのも、もったいねぇじゃん」
「……はい。あたしもそう思います」
頷きながら、羨ましくなった。
そこには、旅先で出会った白珠にはどうやったって知りようのない、旅立つ前の是印がいる。
「姫子さんとは、色々な星へ行ったんですか?」
「ああ。まぁ、行った先でもすんげー色々あったけどな」
「あたし、もっと聞きたいです。どんな所へ行ったのかも、そこで何をしたのかも」
「おいおい、冗談だろ? とてもじゃねーけど、一晩じゃきかねーよ」
「じゃあ、少しずつでいいです。今日だけで全部聞こうなんて、思ってませんから」
これからもずっと、隣で聞かせてもらいたい。
そういうつもりで付け加えたが、是印は「物好きだな」と笑うだけだった。
「白珠も、まだ行ってみてぇとこあんの?」
「ありますよ。……場所とは、少し違うんですけど」
白珠は水筒を荷へ戻しながら答えた。
「——いつか、星穹列車に乗ってみたいんです」
見れば、意表を突かれたのか、是印はぽかんと間抜け面をさらしていて、
「…………あ、そう……へ、へー……あ、あの星穹列車にー?」
「はい。ナナシビトなら、消息不明とはいえ、あの伝説に一度は憧れるでしょう?」
是印は白目を剥きかけながら、
「……まぁ、そりゃ、なー……」
「色々な世界を訪ねながら、同じ列車へ帰ってきて。今日はこんなものを見たって、みんなで話すんです。次の駅には何があるんだろうって、楽しみにしながら」
想像するだけで、頬が緩む。
「星槎で巡るのも大好きですけど、列車には列車の楽しさがありそうじゃないですか」
「ああ。そりゃ、ある……だろうなー……」
是印の返事は、先ほどまでより静かだった。
何か妙なことを言っただろうか。
列車の話になってから、是印はどうにも歯切れが悪い。もしかしたら話を合わせてくれつつも、あまりこの話題は好きじゃないのかもしれない。だったら
「是印さんは? 旅を始めた頃、何かしてみたいことはあったんですか?」
「俺? 俺はなぁ……」
岩へ預けていた背を起こすと、是印は後ろ髪を掻いた。
「笑うなよ。笑ったらデコピンな」
「笑いません」
「ほんとかぁ? お前、今ちょっと笑ってっけど」
「これはっ、是印さんと二人でお話できるのが嬉しいからですっ!」
言い返すと是印の方が黙ってしまう。
白珠も、頬が熱くなった。けれど、今さら取り消すのもおかしい。
続きを待っていると、やがて是印は、あー、と声を出した。
「ガキの頃、憧れてた人がいてさ。——メーテルっていう、昔見た物語に出てくる女の人なんだけど」
「……物語の?」
「そ。綺麗で、物知りで、儚げで、ちょっぴりというかだいぶエッチで、常に余裕があって、自分が知らない所へ連れてってくれる、大人のおねーさんよ」
指を折って挙げながら、是印は照れくさそうに笑った。
「でも同時に、何考えてんのか分かんねぇところもあんのよ。そのミステリアスさがまたたまらなく魅力的でさ。思わせぶりで翻弄されちまうんだよなぁ〜」
「からかわれてしまうんですか?」
「それでもいいの。むしろ大歓迎です。ありがとうございますってなんの」
「ええ……?」
全く理解出来ないけれど、
それでは、さっきまで自分がされていたのと反対ではないか。
何と返そうか迷っているうちに、是印は膝へ肘をついた。
「そんな人と旅ができたらなって、ずっと思ってたんだわ。自分も宇宙へ出たら、どっかで会えるかもしんねぇだろ。そういう憧れてた人みたいな存在のおねーさんに」
白珠は、笑わなかった。
ひいおばあちゃんから聞いた景色を、自分の目で確かめたかった。実際に辿り着くまでは、何度も想像したものだ。
是印にとっては、それが景色ではなく、人だったのだろう。
「……分かる気がします」
「お、マジで?」
「はい。お話の中でしか知らなかったものに、自分も会ってみたいって。それで、旅に出たくなるのは」
是印は少し目を丸くしてから、そっか、と言ってから、いいセンスしてるよお前と付け足して笑った。
白珠は膝の上で、自分の手を握った。
聞けてよかった。
それに——今の話には、聞き流せないことがあった。
「つまり、是印さんは、年上の方がお好きなんですね」
「大好きです。今度は嘘じゃないっす。じゃねーわ、前も嘘じゃねーし」
即答だった。
「そこんとこは昔からブレてねーからな。お姉様の前では常に誠実でありたいと、そう思って生きているんですね」
「……あたしの前では?」
「ん?」
是印が首を傾げる。
なぜ、そこで不思議そうな顔をするのだ。
「これでも是印さんよりは、よっぽどお姉さんなんですからっ!」
つい声が大きくなった。
是印は白珠をまじまじと眺め、それから、自分を指さした。
「……俺より、お姉さん?」
「そうですっ。さっきも道をご案内しましたし、引っかかった荷物だって、あたしが外したでしょう?」
「ええ……そりゃ助かったけど」
「でしたら、もう少し頼ってくださってもいいんじゃありませんか」
別に年齢だけを言いたいわけじゃなかった。
是印が知っているより長く旅をしてきたし、彼の知らない星にも行った。手を貸せることなら、きっと他にもある。
なのに、この人ときたら、いつまで経っても、はいはいと頭を撫でるような扱いばかりするのだ。
「是印さんが知らない所へ、あたしがお連れすることだってできますよっ」
「……いや、今まさに連れてきてもらってんだけど」
「えとそれは、そこ以外もってことですっ」
「え〜……お前がぁ〜……ええぇ……〜〜〜〜」
承服しかねるとばかりにうなり声をあげる是印に、白珠はぷっく〜〜〜〜と頬を膨らませる。
言い返したいことは、いくつもあった。
もっと上手にからかえたら。今言っていたそのメーテなんとかのように
けれど……自分が何か言うたびに困っているのは、いつも自分の方だった。
そしてそれは、無性に、悲しくなる。
「……そろそろ行きましょうか」
白珠は頬の力を抜き、努めてゆっくりと微笑んだ。
落ち着こう。これくらいで、感情的になってはいけない。さっき是印が話していた人なら、きっと、笑って受け流すはずだ。
「——任せて。この先も、あたしが案内するわね」
「…………は?」
聞き間違いかという顔を是印がしていると、白珠はすぐに自分の荷を持ち、前へ立つ。困惑を払うように、頭を振って、ゆっくり立ち上がり、道具袋を背負う。
——沢は奥へ進むほど狭まり、乾いた砂の上に、大きさの違う石が重なっていた。
右の岸へ寄れば歩きやすそうだ。端末で道筋を確かめてから、白珠は是印を手招いた。
「こっちよ。大きな石は避けて、岸に沿って進みましょ」
「……は?」
顔を片手で覆いながら、是印がすぐ後ろへ来た。
「足元、気をつけて頂戴」
肩越しに微笑みかけた、その時だった。
爪先が石の縁へ引っかかった。
「——あっ」
踏み出すはずだった足が出ず、身体だけが前へ倒れる。
腕を掴まれた。
「あぶねっ!」
ぐっと引き戻され、白珠は是印の胸へ肩をぶつけた。反対の手も背へ回り、倒れかけた身体を支えてくれる。
驚いて、白珠もその腕へしがみついた。
「……大丈夫か? 足、捻ってねぇか?」
声が耳元でした。
白珠は顔を上げかけたが、近すぎて、途中でうつむく。
「だ、大丈夫よ」
おでこに痛みが走った。
「あうっ」
「——ふざけてる場合じゃねっつの。ほら、ちゃんと足ついてみろ、痛みとかねぇか?」
中指で白珠のおでこを弾いた是印に言われるまま足を揃え、体重をかける。痛みはなかった。足元へ落ちてきた髪を耳へかけ、ようやく頷く。
「……あ、はい。何ともありません」
白珠は掴んでいた腕から手を離した。
一応無事を確認したので、呆れたように是印は、
「無理ありすぎだろ、何考えてんのか知らねぇけど、いきなり口調変えてどうにかなるわけねーだろうが。あのな、んな小手先でいきなりいいおねーさん感出そうとしたって意味ねぇの」
図星、だった。
「——どうしたんだよ、白珠。お前……ちょっと前からなのかはわかんねーけど、本当おかしいぞ」
返す言葉もなかった。
「……そんなに、変でしたか」
「変っつーか、誰だよお前ってなったわ」
「うう……そこまで言わなくても……」
額を押さえたまま、小さく抗議する。
是印は困ったように後ろ髪を掻いた。
「いや、だから。お前はいつも通りでいいんだって」
「……あたしだって、頼りになるところをお見せしたかったんです」
「なってるよ」
あっさり返され、白珠は口を閉じた。
「道も星槎もお前に任せきりじゃんか。俺なんかさっきから石拾って、違ぇ違ぇ言ってるだけだぞ」
是印が、背中の道具袋を指す。
「これだってさ、お前に詰め直してもらってから、全然引っかかんねーし。助かってるよ、ちゃんと」
白珠は額から手を下ろした。
こんなのただ気づいたから直しただけだった。そんなことで、この人が頼りにしてくれていたなんて。
「……そう、ですか」
「はいそうです。だから、わざわざ変なことして転ばなくていいっつの」
「…………」
そうやって頭の上に手をのせてくるし、最後の一言は余計だと思った。
けれど、今度は言い返せなかった。
「……ありがとうございます」
「おしっ、じゃ、行こうぜ」
是印は白珠が引っかけた石を脇へどけ、道を空けた。
白珠も端末を確かめ、歩き出せば、是印は、すぐ隣についてきた。
白珠が岩を避けて歩みを緩めると、彼も急かさずに待ってくれる。
その都度、さっき支えられた時のことが蘇った。
腕に触れた手も、耳元の声も。あんなに近くにいたのに、怪我はないかとしか尋ねなかった、この人のことも。
白珠は、自分の袖口をそっと引いた。
出会ったときからそう、いつもこんなふうに、調子を狂わされている。
頑張って、嫌われたらどうしようと思うこともあるけれど、それでも自分なりに勇気を振り絞って、好意を示そうとしているけれど。
本当に伝わっているのだろうかと白珠は思う。
さっき——是印は言っていた。からかわれても、翻弄されても嬉しいのだと。
自分にとって是印はそうだ。だけど是印はどうなのだろう。
実際にそんな人が目の前にいたら、どんな顔をするのだろう。
逆の立場になって、何と言えばいいか迷ったり、少しでもよく思われたくて、格好をつけたりするのだろうか。
「……是印さん」
「んー?」
いつもの返事だった。
白珠は足を止めて、
「その方には、会えたんですか?」
「……あ? 誰?」
「さっきの。メー……憧れの人みたいな方です。旅をしていたら、会えるかもしれないって」
是印も立ち止まる。
「ああ……」
すぐに続きが返ってくると思っていた。
けれど、彼はしばらく黙ったまま、肩に掛けた道具袋の紐を握り直した。
白珠は、足元の石を数えたくなった。
尋ねたのは自分なのに、今になって、聞く前へ戻りたくなる。まだ会えてねーんだわと、気恥ずかしげにそう言ってくれることを、心のどこかで期待してしまっていた。
やがて、是印が微笑んだ。
「……会えたよ」
胸の奥が、きゅっと痛んだ。
それほど嬉しそうに答えるとは、思っていなかった。
——会えてよかったですね。
そう言えばいい。旅の話を聞いていたのだから、それでいいはずだった。
白珠は唇を開き、閉じた。
ずっと、気になっていたことがあった。
——あの時、偶然目にして、聞いてしまってから、一人で何度も考えた。そのたびに、そういう意味とは限らないと自分へ言い聞かせてきた。
けれど、今の返事を聞いてしまったら。
白珠は顔を上げた。
今日、もっと知りたいと言ったのは、自分だったから。
「その方が、是印さんの胸の
——想い人、ですか?」
執筆時BGM『Secret of my heart』倉木麻衣、『最高の片想い』タイナカサチ