DARK SOULS Trilogy Collection 作:神父三号
お話の構成上、ゲーム本編のステージ描写とは食い違う部分が多いです。
それを踏まえてお読みください。
竜血騎士団の英雄ヨアはある時、竜を隠す"聖壁の都"が地の底にあることを知った。
竜の血を得た者は、生の真の理解に至り、それを超越するという。
ヨアは騎士達を率いて、地の底へと向かった。
"超越者"となるために。
「……なるほど? こいつはつまり、『無駄足じゃなかった』ってことだな?」
しゃがみ込んだ男はそう呟きながら、掌の上の護符を見つめた。
聖騎士気取りが不死を狩るために使う護符とはまた違う、確かな力を感じる。
大いなる生命が、しかし微かに脈を打っているような、そういう類の力だ。
これだ。ようやく、当たりだ。見つけた。見つけたぞ。
確証などない。
だが、確信していた。
男は自然とにやける口元を抑えられず、そのまま小さく肩を震わせた。
そんな男の有り様を見て、後ろの部下達もどよめき笑う。
「ヨア様、こんなくっせえ場所に来た甲斐がありましたね」
「ああ。これでスカだったら、このゴミ溜めを全部燃やしてやるところだったぜ……なあ?」
"ヨア"と呼ばれた男は視線を上げ、捕らえた女に声をかけた。
「お嬢さんがここでこんな護符を持ってるってことは、だ……あるんだな?」
「……っ」
「竜を隠してるって言う"聖壁の都"……それがこの汚いクズ底の先に、あるんだな?」
両腕を左右から抱え込まれた、クズ底の住人が俯いて固く口を閉ざす。
ヨアは住人を捕らえている二人の部下に、視線で合図を送った。
「ぅ、いっ、あぁあああぁぁっ!!?」
住人の左手の中指が、短刀で斬り落とされた。
悲痛な高音が、地下の暗く広い空間に反響する。
その心地よい音色に、ヨアの部下達は盛り上がった。
「なあ、頼むよ。教えてくれよ、クズ底のお嬢さん。俺達だってこんな非道な真似、本当はしたくねえんだ。これでも騎士なんだぜ? 何の罪もない可憐な淑女を、傷つけたくはねえ」
「ぁぐ、ど、どの口が言ってる……私の仲間をみんな、みんな殺した癖にっ……!」
「? こんなゴミ溜めに捨てられてるのなんて、どうせだいたい不死だろ? 不死くらい俺の部下にもいるから、どれだけしぶといか分かってるよ。……いいじゃねえか、殺したって死なねえんだから」
「不死じゃない者だって、大勢いた!!」
「そうかい。それで? "聖壁の都"はあるのか? ないのか? 知ってるのか? 知らないのか?」
「……ぅくっ、たとえ知ってても、お前らなんかに教えるものか!!」
虚勢を張る、クズ底の住人。
こんな場所でそこそこ整った身なりをしていて、複数種の魔術を振るっていた魔女だ。
異端だろうが忌み人だろうが不死だろうが、それなり以上の実力者だろう。
もっとも、ヨアにとっては赤子も同然だったが。
「手間取らせないでくれよ、お嬢さん」
ヨアは鼻で笑い、拷問を続けさせた。
結局、クズ底の魔女は最後まで口を割らずに、五体を留めないほどにいたぶられて、やがて失血で絶命した。
体内のソウルが漏れ出て、拷問を見物していたヨアの中に入り込んでくる。
そのまま少し待ったが、動く気配はない。
どうやら不死ではなかったらしい。
「あーあ、死んじまった」
「どうします、ヨア様。とりあえずクズ底の先まで行きますか?」
「そうだな。俺の勘では絶対、ここは"当たり"なんだよ……なっ」
手持ち無沙汰に屍へと突き立てられた、極太の大槍。
ヨアが少し思案しながらそれを無造作に引き抜くと、鮮血に混じって、何かが転がり落ちた。
血まみれのそれを拾い上げた瞬間、ヨアは目を見開いた。
護符とは桁外れの、確かな生命の脈動。
竜の爪だ。
それも、飛竜のような紛い物の爪ではない。
本物の、竜の爪。その先端の欠片。間違いない。
魔女は咄嗟に呑み込んで、腹の中に隠し持っていたのだ。
確信が、確証を得た。
「クククっ……ははははははははっっ!!!」
ヨアは酷薄な声をあげて笑った。
ついにこの時が来た。
祖国が滅び、しかし生き永らえ、騎士団とは名ばかりの賊にまで堕ち、それでも探し求め続けたもの。
竜の血。
それを得る時が来た。
"超越者"になる時が、ついにやってきた。
「行くぞ竜血騎士団! 俺についてこい! "聖壁の都"が……竜の血が俺達を待っているっ!!」
大槍を掲げたヨアに応じて、竜血騎士達が大剣を掲げ、吼え猛った。
漆黒の鎧を包み込む赤布が、騎士達の意気によって雄々しく翻る。
亡国の英雄、ヨア。
数千の軍勢にすら勝ると恐れられ、忌み嫌われた賊徒、竜血騎士団の長であった。
………
……
…
「……何だこりゃ。随分と凝った都だな」
クズ底を抜け、黒い渓谷を抜け、その奥へと進んだ先。
ヨアの眼下には確かに、"聖壁の都"があった。
石を切り出して築き上げたであろう、荘厳な都だ。
だが、どうにも様子がおかしい。
竜血騎士団が都を望む高台に着いた途端。
都の中央にある城と思しき巨大な建造物の周辺に、大量の石柱がせり上がったのだ。
石柱には、弓を構えた兵士達が多数乗っている。
「魔術か奇跡の応用で動かしてる、迎撃用の仕掛けですかね。こんな大仰のは、メルヴィアの魔法院ですら持ってねえでしょうよ」
「まあ、いいさ。見られてるのは、気づいてたからな」
ヨアはそう言うと、隣に佇む石像を大槍で殴りつけて粉砕した。
ここまでの道中にこの悪趣味な石像が多数あって、視線を送ってきていた。
だからこの都は、既に迎撃体制を整えているのだ。
「騎士達よ。これは竜の血を得る、試練だと思え。洞穴の引きこもり共に、世の中の広さを存分に教えてやれ」
「ヨア様、宝や女は?」
「ははは……まあ、後のお楽しみって奴だな。戦ってる間はシモを晒すなよ? 全部片づけたら、好きにしろ」
竜血騎士達が、大いに沸き立つ。
さすがヨア様、さすが英雄、とヨアの背に称賛が降り注いだ。
「さあ、殺せ! 殺せ! 殺せっ!! そして、竜の血を!!」
駆け出したヨアに、騎士達が雄叫びながら付き従う。
「てぇぇーーっ!!」
将と思しき男の号令で、大量の矢が降り注ぐ。
しかし、ヨアが大槍を一振りすると、生じた豪風に煽られて矢は軒並み吹き飛んだ。
敵の慄きが伝わってくる。
歴戦で莫大なソウルを得ているからこその、英雄の業だ。
「柱の上の雑魚は無視しろ! どうせ後で勝手に下りて、追いかけてくる! その時に仕留めりゃいいだけだ!」
また斉射。
ヨアの大槍が吹き飛ばす。
その一瞬の隙を突くように射込まれた矢も全て、他の竜血騎士達が大剣で打ち落とした。
ただの賊徒ではないのだ。
かつて周辺の国々を脅かした精鋭騎士団の、ソウルを貪り続けた強者達なのだ。
出来て当然である。
城と思しき建造物。
その固く閉ざされた門前にまとまった数の兵士がいる。
メイスと突撃槍。そして、巫女達。
巫女達が歌うと、暗黒の球体が先頭を駆けるヨアめがけて殺到した。
闇術だ。
「ははっ!」
だが闇術は全て、ヨアを恐れたかのように直撃寸前に爆ぜ散った。
巫女達が驚愕し歌を止め、武器を構えた兵士達も後ずさった。
スペル弾き。
ヨアの持つ指輪──祖国滅亡の夜に王墓から持ち出した、秘宝の力である。
「おら吹き飛べぇっ!!」
上からの三度目の斉射を蹴散らした後、ヨアは渾身の力で大槍を投擲した。
石造りの城門が木っ端微塵に粉砕され、その余波で兵士も巫女も皆もんどり打つ。
ヨアは背中の大剣を抜き、城内に突っ込んだ。
寄ってくる兵士を撫で斬りにして、床に深々と突き刺さっていた大槍を片手で引き抜く。
「ははははははっ!! 殺せ殺せ! 殺し尽くせぇっ!! 竜の血はすぐそこだっ!!」
腰を抜かした敵を大剣が両断し、背を向けた臆病者達を大槍がまとめて刺し貫く。
もはや、英雄の前に敵はなかった。
後ろの敵も、屈強な部下達が皆殺しにしている。
"聖壁の都"が、血の色に染め上げられた。
………
……
…
「そこまでだ。侵略者よ」
「……あ?」
都の最奥へ辿り着いたヨアの前に、一人の壮年の男が立ちはだかった。
冠を被っている。この都の、深い底の王か。
その後ろには、無数の蝋燭の灯りに照らされた壁。
竜の前に人々が跪く様子が、異常なほどの熱意で繊細に微細に掘り込まれている。
これが世に謳われる"聖壁"だろう。
「このような地下の最果て……サルヴァまでやってきて、我が騎士も兵も巫女も民も、誰も彼もを鏖殺して……何が目的だ?」
「失礼な奴だな。途中のめんどくさい半透明の騎士どもは見逃したし、良さそうな女もちゃんと生かしてやってるよ。俺の可愛い部下達は、その辺は賢く判断できるからな」
ヨアは笑って、ちらと後ろを振り返った。
部下の竜血騎士達は誰一人、この最奥までやって来ていない。
道中の敵をあらかた片づけた後、当初の目的を忘れて、略奪に熱中し始めたためだ。
ヨアは別に咎めなかった。いつものことだからである。
どうせ竜の血は大量に手に入る。
部下達は、気が済んだ後でそれを得ればいいだけだ。
そもそも一番乗りは絶対に自分だと、ヨアは心に決めていた。
まあ、竜の血で得られる力次第では、部下などもうここで全て消しても構わないのだが。
「下衆が……そうまでして、一体何を求める?」
「"聖壁の都"。そう呼ばれる国が、竜を隠してると聞いた。飛竜や蛇人みてえな紛い物じゃない、本物の竜を。そいつを目当てに、こんな気色悪い洞穴までやってきた」
「…………」
「竜の血を得た者は生命の真髄を理解し、そしてそれを超越する。くだらない"不死人"になるんじゃねえ。本物の"超越者"になれるんだ……! ははは……感じるぜ、大いなる生命の気配を! いるんだろ? その壁の奥だろ!? 違うか、えぇおいっ!?」
「……シンは、我がサルヴァの護り神。そしてこの先は、かの竜が安らかに眠るための褥。貴公らの如き蒙昧な匪賊に、断じて侵させるわけにはいかん」
王はそう言い放ち、奇石造りの直剣と美しい意匠の小盾を構えた。
強い。全身から滲み出す厳かで凄まじいソウルが、それを物語っている。
人生で、最大の強敵だ。
面倒な相手だ。それでも悲願達成の、最後の試練に相応しい。
ヨアの全身の血が、沸騰した。
「あんた、名は?」
"聖壁の都"サルヴァ、その深い底の王は静かに名乗った。
「王さま、俺はヨアだ。竜血騎士ヨア。竜も宝も女も、全部貰っていく。代わりにあんたには、最高に惨たらしい死をくれてやるよ」
「……参れ、ヨア!」
ヨアは容赦なく大槍を投擲した。
王は素早く跳び、豪風を纏った槍を躱す。
直撃した聖壁は、微塵も揺るがなかった。
「闇よ!」
王の盾が暗く輝き、"闇の球"を放つ。
大剣を両手で握り、正面から突っ込むヨア。
闇術は、英雄の突進に恐怖したように四散した。
「やはりスペルを……!」
「ははは、さっさとくたばれぇっ!!」
全力で叩きつけた大剣を、王が石の直剣で受け止める。
片手の直剣を、中々に押しきれない。なんという膂力か。
巧みにいなされ、舌打ちしたヨアの前で、再び王の盾が輝いた。
「あぁ?」
"闇の霧"が、周囲に立ち込める。
ヨアのスペル弾きの指輪がそれに反応し、だが弾ききれずに周囲が暗黒に覆われた。
「無敵というわけではなさそうだな。その秘儀にも、限界があると見える」
殺気。咄嗟に構えた大剣。
その刀身に伸びてきた奇石の切っ先がぶち当たって、ヨアは霧の外に突き飛ばされた。
「けっ……こんな地の底でも、王は王か……」
霧が晴れ、王がまた盾を輝かせた。
王を護るかのように、闇の球体が五個浮かぶ。
"追う者たち"だ。接近者に反応し、執拗にまとわりついてくる闇術。
"闇の霧"は、指輪の性質を探るための一手だったか。
これでは迂闊に近寄れない。
──と、臆病者なら考えるだろう。
「はっ……俺は英雄だぞ? 舐めんなよ、王さまぁっ!!」
ヨアは大剣を上段に構え、再び突進した。
間合いの外から振り下ろされた石の直剣が不自然に伸長して、鞭のように叩きつけられる。
伸びることなど、先ほどの一撃でヨアは理解していた。
刀身で受け止めて、火花を散らしながらさらに距離を詰める。
"追う者たち"が反応して、動き出した。
「ぐっ……!」
小盾で横薙ぎの斬撃を受け止める王。
だが、所詮は小盾だ。
衝撃が伝われば、王の膂力でも長くはもたない。
ヨアの指輪が輝きを強め、しつこく食らいつこうとしてくる闇の球体を押し留める。
せめぎ合いに打ち勝ったのは、ヨアだった。
咄嗟に斬撃を受け流そうとした王の隙を、大剣の角度を調整して押しきったのだ。
脇腹を深々と刃が斬り裂き、直後に指輪の限界が来て、"追う者たち"が追うべき標的を襲った。
「がはっ……!」
「つっ、ははは……ざまあみやがれ……!」
深手を受け、膝をついた王。
ヨアは被弾して歪んだ鎧が肉に深く食い込むのにも構わず、駆けた。
そして愛用の大槍を拾い上げて振り返り、王の背中へと素早く迫る。
"回復"の奇跡くらいは使えるだろう。
その前に、殺す。
「シンは……眠り竜は侵させん!!」
振り向きざまに、奇石の直剣がまた鞭のように薙ぎ払われる。
もう二度も見た。三度目はない。
ヨアは大剣で器用に受け止めて絡め取り、極太の大槍を振りかぶった。
「あばよ、王さま」
王の胴体を、深々とぶち抜いた。
即死だ。
「待っていたぞ、この時を!!」
その言葉に、ヨアは戦慄した。
何故死んでいない。奇跡か。一体何の。
王が輝く盾を掲げる。
"ソウルの大剣"のような闇の刃が生じて、振り下ろされた。
指輪が反応する。
だが、刃は止まらない。押しきられる。
「この……くたばりぞこないがぁっ!!!」
ヨアは石の直剣が絡まった大剣を捨て、大槍を手放し、王の顔面を殴りつけた。
王はそれで大きく吹き飛び、身じろぎしなくなった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!! クク……はははは……!!」
闇の刃に深く斬り裂かれた鎧の肩口を抑え、ヨアは勝利の余韻に浸った。
王の屍から溢れ出た莫大なソウルが、国を滅ぼした仇敵の中へと流れ込んでくる。
ソウルとは、そういうものだ。常に強きものに靡くのだ。
いや、ソウルだけではない。この世のもの全てがそうなのだ。
だから、竜の血を得るのだ。
"超越者"になるのだ。
全てを、屈服させるために。
王の死で封印が解かれたのか、"聖壁"が重たい音を立ててゆっくりと開き始めた。
「さて、と。戦う前にした約束は、きっちり守らねえとな……」
ヨアは深い底の王の首を刎ねた。
そして、屍を何度も串刺し、斬り刻み、無惨に辱めた。
勝ったのだから、当然の権利だ。
敗者は、抗うことなど許されない。
名誉ある死など、許されない。
許しはしない。
気が済んだヨアは、血まみれの冠を拾い上げ、聖壁の中へと進んだ。
「おお……! 竜だ、分かる……! 紛い物じゃねえ、なりそこないでもねえ……本物だ! 本物の、竜だっ!!」
ヨアは至上の歓喜に震え、叫んだ。
暗緑色の鱗に覆われた巨竜が、安らかに寝息を立てている。
眠り竜シン。
さきほどの王すら遥かに凌ぐ、極大なソウルの気配。
そして何よりも、大いなる生命の凄みを確かに感じられる。
存在としての格が、人間とはまるで違うのだ。
ヨアの足が無意識に前に進んだ瞬間。
「待て」
後ろから声がかけられた。
振り返ると、一人の女が憤怒の表情で立っている。
気配など無かったのに、忽然と姿を現したのだ。
「誰だ、あんた?」
「……エレナ。サルヴァの、深い底の王の妃だ」
「へえ、王さまの……確かに、極上の美人だな」
ヨアはにやつきながら、ドレスを纏う女を視姦した。
怒りに染まっているにもかかわらず、それでもヨアが見惚れてしまうほどの、絶世の美貌。
気品ある意匠のドレスの上からでも分かる、豊満な肢体。
「よくも、何もかもを破壊してくれたな。私のこれまでの全てを、無駄にしてくれたな」
「はあ? 知らねえな。手前の大切なものすら守れねえ奴らが悪いのさ。人のせいにするなよ」
ヨアはエレナの美貌と肢体を舐め回すように眺めながら、王冠を彼女の足元に投げ捨てた。
死闘の熱気と、竜との邂逅が、英雄の血と欲を燃え上がらせ続けている。
「はは……なあ、妃さま。ここは"褥"らしいな。意味は知ってるよな? ベッドの上ってことだ」
「…………」
「脱げよ。股を開け。具合と反応が良けりゃ、俺の女にして飼ってやる。"超越者"の妻だ。光栄の極みだろう? はははは!!」
エレナは目を細めて、ヨアの後ろの眠り竜を指差した。
「お前が"超越者"とやらになった後に、そうしてやる」
「ククク……どうせなら超越したモノを最初に味わいたいってか? なかなか淫乱だな、エレナ。気に入ったぜ。なら、そこで見てろよ」
ヨアは大槍を肩に担ぎ、兜を脱ぎ捨て、シンへと近づいていった。
竜は目覚める気配なく、静かに眠り続けている。
暗緑色の鱗は、じんわりと神秘的な輝きを放ってすらいる。
なんと美しく、雄大な生命であることか。
竜の血を得た者は、生の真の理解に至り、それを超越する。
祖国の言い伝えは、竜血騎士団の戦いは、いや、自分の戦いは決して無駄ではなかった。
ヨアは眠り竜シンの顔に触れた。
それでもシンは、いっこうに目覚める気配がない。
巨体をよじ登り、大槍を掲げ、ヨアは大いなる生命を見下ろした。
「これで……これで俺は"超越者"だ! この世の全ては俺の物だ!! あらゆる国を滅ぼし、あらゆる生命を跪かせ、あらゆる宝を奪い、この世の全てを手に入れてやる!! 人間も不死も、神すらも、全て俺の意のままだ!! ククク……はははは!! はーっははははははははっっ!!!」
狂笑。狂笑。狂笑。
英雄は大槍に己が全てを乗せ、竜の背を、刺し貫いた。
「きひっ」
溢れ出た。
生命の神秘が。竜の血が。
そう思った瞬間。
ゴワッ。
緑の爆風に煽られて、ヨアの身体は枯れ葉のように宙を舞った。
「な、何だ!? 竜の血は……な、何だこりゃ!? がはっ、ぐぅっ、ぅっ!?」
大嵐のように激しく吹き荒れる、緑色の何か。
毒だ。猛毒。歴戦の直感が、英雄に告げてくる。
ヨアは這いつくばったまま、竜の血にまみれた両手で口と鼻を塞いだ。
指輪が見たこともないほどに強く輝き、やがてひび割れた。
祖国の秘宝の加護が失われ、あっという間にヨアの身体が猛毒に蝕まれていく。
着込んだ鎧など、何の気休めにもならない。
口から、鼻から、目から、耳から、大量の血が流れ出した。
「っあが、何だ、何故……!? 竜の血は確かに、ぐぅ、浴びた、はずだっ!! 足りなかったのか……!? それとも嘘だったのか!? どうなってやがる、ぉぐ、おげぇぇっ!!」
ヨアはどす黒い血の塊を吐いた。
しかし他者から奪い続けたソウルが、鍛え上げた強靭な肉体が、安易な死すら許さない。
悶絶し、血を吐き、のたうち回り、血を吐き、何度も何度も、血を吐いた。
「い゛、嫌だ、や゛めろっ、死にだぐねえ゛っ!! こんな……あぁあ゛ぁっ、こんな゛ゴミ溜めの底で、死にだぐね゛ぇ゛っ゛!! がはっ、おげっ!! 俺は、ぢょうえ゛づ……"超越者"に、な゛る゛んだぁあ゛ぁぁ゛!!!」
魂魄を搾り尽くす、一人の英雄の叫び。
応える者は、誰もいない。
猛毒の嵐はさらに勢いを強めて、大きく、大きく広がっていく。
"聖壁の都"全てを、呑み込むように。
サルヴァを死の都に、変えるように。
「ぢぐじょぉ゛ぉ……ぢぐじょお゛ぉ゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛っっっ!!!!!」
そしてヨアは聖壁の中に消えた。
………
……
…
「……なんと穢れたソウルだ。闇よりもなお暗い。そして、何よりも醜い」
眠り竜の褥に溢れかえった英雄の夥しいソウルが、エレナの中へと駆け込んでくる。
穢された。
猛毒を浴びるなどよりももっと深く、根本的なものを、自分は穢されてしまった。
闇の落とし子であるエレナですらそう感じるほどに、穢らわしいソウルだった。
エレナの前で竜が起き上がり、哀しげに咆哮した。
眠り竜シン。
この地の底に蔓延る毒を一身に引き受けて眠り、それによって地下に捨てられた忌み人達に崇拝された竜。
暗緑色だった鱗は体内の毒の殆どを放出したためか、無垢な白色に変貌している。
都全てを巻き込むように放出された猛毒の嵐はしかし、僅かな生き残りを許したようだった。
都の中で動くソウルの気配がまだ、エレナには感じ取れた。
奇跡の心得のある者か。不死人か。
猛毒によって傀儡となったか。それとも、ただ運が良かっただけか。
だがもう、どうでもよかった。
「シンよ。目覚めたお前が為すべきことは、今は何もない。また眠りにつくがいいさ。"その時"が、やってくるまで」
エレナは王の冠を拾い上げ、歌った。
本来は聖壁の前で捧げられる、巫女の歌。
竜の安らかな眠りを守る、王が作った歌を。
世の理を継ぐに相応しい──いや、闇と一つになるに相応しい者であった、深い底の王が作った歌を。
闇の落とし子によって歌われたそれは強大な力を帯び、再びシンを眠りへと誘った。
「全ては光の王への、復讐のため……人の闇の、確かな復活のため……」
エレナはただ独り、歌い続ける。
来たるべき、"その時"まで。