DARK SOULS Trilogy Collection   作:神父三号

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ダークソウル3のロスリックとローリアン、そして最初の賢者の物語です。
最初の賢者については、大書庫の「ソウルの奔流」のフレーバーテキストで語られています。
ロスリックのはじまりに関わり、だが火継ぎの懐疑者であり、また密かに王子の師でもあったと。
非常に多くの考察がされる人物ですので、私なりに物語にしてみようと思いました。
出来れば一つ前の「絶望を焚べる者」を読んでからお読みいただければ幸いです。
3話構成の短編です。


血統の末、呪い、選択・1(DS3:双王子、最初の賢者)

 与えられた私室を、私は心の中でのみ"牢屋"と呼んでいた。

 

 "牢屋"とは、いずれ罰を受ける者を入れる場所らしい。

 あるいは、そこにいること自体が罰なのだとも。

 いつしか乳母が私にそう、教えてくれた。

 

 絢爛な部屋だ。

 寝台も机も椅子も装飾も、王子たるに相応しいものだ。

 

 だがそれは私にとって、まぎれもなく"牢屋"だった。

 

 今日も私は寝台に寝そべったまま、"牢屋"の白塗りの天井を見つめる。

 そうして、心の中の深みへと潜っていく。

 物心ついた頃まで、記憶を遡っていく。

 

 記憶の初めに出てくるものはまず、自分の萎びた指。

 生まれながらに抱えた病で萎びた、成長した今でも変わらない白い細指だ。

 

 そして、乳母の言葉。

 この国を支える三柱の一つである、祭儀長の言葉。

 

「ああ……王家はついに、手に入れました」

 

 何を? 

 

「王をです」

 

 王は既に、父上がいるではないか。

 

「違います。悲願の王です。"薪の王"の、資格者ですよ」

 

 "薪の王"。資格者。

 

 

「王におなりください。"ロスリック"様」

 

 

 乳母は、祭儀長エンマはそう言って笑った。

 おぞましい笑みだった。

 

 記憶の奥底から浮かび上がり、改めて"牢屋"の天井を睨みつける。

 

 "ロスリック"。

 この国の名だ。

 

 "ロスリック"。

 私の名だ。

 "薪の王"の資格者たる、私の名だ。

 

 だからそれは、私の名ではなかった。

 

 本当の私は、どこにもいない。

 どこにもいてはいけないのだ。

 

 私は聖王"ロスリック"。

 永く続いた王家の悲願、"薪の王"の資格者。

 それだけが、私の生まれてきた意味。

 

 

「そうだ。私は、王になるのだ」

 

 

 独りきりの"牢屋"で吐き出した言葉は、自分の耳にしか響かない。

 あまりにも、虚しい響きだ。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 窓の外から、大きな歓声が聞こえてくる。

 騎士たちが吼え猛っているのだ。

 

 私は杖を手に取り、何とか力を振り絞って、窓際まで寄った。

 窓へ厳重にはめられた熔鉄の格子の隙間から、大男がその巨体に相応しい大剣を担ぎ、悠然と大階段を上がってくるのが、産着のフード越しに見えた。

 その後ろには多数の兵士たちが、巨大なデーモンの屍を乗せた輿を担いで続く。

 

 大男は、私の兄上だ。

 ローリアン。

 武に秀で、騎士たちの声望高い、この国の第一王子。

 兄上は王家に代々受け継がれてきた黒い真鍮の鎧を身に纏い、熔鉄の大剣を携えている。

 遠征に出る時は、いつでもそうだ。

 

 だが愛用の大剣はここからでも微かに感じられるような、どこか禍々しいソウルを宿していた。

 これだけ離れていては兄上の大剣に何が宿っているのか、よく見えない。

 ただ、感じられるソウルから察するに、おそらくは炎だろう。

 高位のデーモンが持つとされる、混沌の炎。

 兄上は、ローリアンはそれほどの大物を仕留めて凱旋してきたのだ。

 

 ローリアン様、万歳。

 ローリアン様、万歳。

 ローリアン様、万歳。

 

 騎士たちが諸手を挙げ、声を揃えて讃えているのが、ここまで聞こえてくる。

 当然のことだ。

 そうするに相応しい功績だからだ。

 英雄の所業だからだ。

 

「兄上……」

 

 窓の下の歓声を聞きながら、自分の身なりを顧みる。

 これは産着だ。

 私がこの世に誕生した時に、身体を包み込んだ布。

 その一枚の布が私の成長に合わせて、都度仕立て直されてきた。

 私は生まれて以来、これ以外のものを身に着けたことはない。

 勇壮な鎧どころか、華美な衣服も。

 産着を震える手で握りしめた。

 この萎びた非力な手では、引きちぎることすらできない。

 この産着から、逃れることすらできない。

 

 兄のローリアンはあんなにも、雄々しい出で立ちをしているのに。

 

 私は兄上が階段を上がりきる前に、寝台へと戻った。

 そして目を閉じた。

 疲れたからだ。窓際に行っただけで、脚が酷く痛む。

 

 兄のローリアンはあんなにも、頑強な肉体をしているのに。

 

 

「これが、王の有り様か」

 

 

 何故、私なのだ。

 この病にまみれた脆弱な身体のどこに、"薪の王"の資格とやらがあるというのだ。

 代々の"血の営み"で受け継がれ、蓄えられ続けてきた、莫大なソウル。

 それは確かに、自身の内側に感じられる。

 だがそのソウルは決して、私を救ってくれない。

 私の病を癒してくれない。

 ただの、重荷のようなものだ。

 生まれながらに背負わされた、重荷。

 

 英雄である兄上が、火を継げばいいのに。

 こんな萎れた薪を焚べるよりも、きっとよく燃えることだろう。

 "薪の王"の資格だと。

 何をもってして、私に資格があると判断したのだ。

 

 そんなことをぼんやりと考えている内に外側からかけられている錠が外れ、熔鉄の扉が開いた。

 

「ロスリック様。ローリアン様がお戻りになられましたよ」

 

 入ってきたのは私の乳母たる老婆、祭儀長エンマだ。

 すぐさましっかりと扉は閉められ、そして何らかの魔法がかけられる。

 煩わしく思いながらも、私は身を起こした。

 

「エンマよ。兄上は、何か強大なデーモンを仕留めてきたのだな」

「はい。"デーモンの王子"と呼ばれる、忌まわしい怪物です」

「……兄上に伝えてくれ。『流石は兄上です。私は貴方のような偉大な英雄が兄であることを、誇りに思います』と」

「かしこまりました。……ローリアン様からも伝言がございます。『もうじき雨になりそうだから、温かくするように』と」

「そうか。ならばエンマ、よしなに頼む」

「承知しておりますとも」

 

 エンマは一度頭を下げて、先ほど私が佇んでいた窓際まで進んだ。

 熔鉄の格子に手を伸ばして杖で魔法を行使すると、格子が変形して隙間が無くなった。

 雨が降る時はいつも、そうしてもらっている。

 窓や扉の熔鉄には何らかの特別な効力があるのか、閉まると外の音は何も聞こえなくなる。

 

「雨がやめばまた、隙間を開けに参ります」

「ああ。ありがとう」

 

 エンマはにっこりと笑み、そのまま"牢屋"を出て、また熔鉄の扉に錠をかけた。

 窓の格子の隙間が全て閉じたせいで、室内は真っ暗になり、無音になった。

 私は再び目を閉じた。

 

 生まれてからずっと、この"牢屋"の中だ。

 この国の三柱の一つである、祭儀長エンマは言う。

 

 

 "薪の王"の資格者は火継ぎを果たすまさにその時まで、乳母以外と直接話してはならない。

 外を出歩いてはならない。

 自分の姿を見てはならない。

 産着のフードを、取ってはならない。

 産着以外の物を、身に纏ってはならない。

 魔法を習得してはならない。

 知るべきこと以上のことを、知ってはならない。

 王の資格が、消えてしまうから。

 

 

 そのしきたりは歴代の"薪の王"を輩出したあらゆる国で、そうであったという。

 

 

 嘘だ。

 そんなあまりにも厳しい制約があれば、どこかで火継ぎは途絶えていたはずではないか。

 そもそも太陽の光の王グウィンから最初に火継ぎをした"薪の王"は、そんな制約など課されていなかったのではないか。

 火継ぎにそれほどの制約があることを、大王グウィンは予め人間たちへ事細かに教えていたとでもいうのか。

 それでも、厳しすぎる。

 火が陰って消えるまでに"薪の王"の資格者を得られない危険性が、あまりにも高すぎる。

 もしも私が大王グウィンの立場ならば、そんな異常な制約など絶対に作らない。

 それで火継ぎが失敗したら、本末転倒にもほどがあるからだ。

 だからそんな禁忌には本来、何の意味も無いのではないか。

 

 

 エンマに口頭でこの国の成り立ちを教わり、世界の歴史や不死の呪いや火継ぎと"薪の王"の在り方を教わってきた中で、私は強く疑問に思った。

 だが、異様な光を眼に宿らせて語りかけてくる乳母の老婆に、何も聞けなかった。

「知るべきこと以上のことを、知ってはならない」とは即ち「迂闊なことは聞くな」ということでもあるのだ。

 

 だから、もうしばらくすれば成人だというのに、兄上とすらエンマを介してしか話せない。

 顔すら合わせたことが無い。

 兄上だけではない。父上とも、母上とも。

 

 父上の名は、オスロエス。

 母上は、名前すら教わっていない。

 そしてエンマは両親には決して、取り次いでくれない。

 求めても、やんわりと受け流されるだけだ。

 

 

「これが、悲願の王の有り様か」

 

 

 熔鉄によって封じられた暗黒の"牢屋"の中で私は独り呟き、泣いた。

 それは、いつものことだった。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 ある日のことだ。

 

 窓の外が突如、やたらと騒がしくなった。

 王城前の大階段が騒がしいことはさほど珍しくないのだが、今までと明らかに性質が違うように感じられた。

 

 私は萎びた身体を無理やり寝台から起こして、杖で何とか窓際まで寄った。

 

 大勢の騎士たちが慌ただしく階段を下りていく。

 その中には、兄上も混ざっていた。

 騎士の友である飛竜までもが空を飛び、高壁の方角へと向かっていった。

 

 戦だろうか。

 

 この国に流れ着いたという"薪の王"の故郷のいずれかが、攻め寄せてきたのか。

 そういうことが今まで何度もあって、その全てをこの国は征してきたとエンマからは聞かされていた。

 しかし、私が物心ついてからこの国が攻め寄せられるのは、初めてのことだ。

 今までは、兄上や騎士たちがいずこかへ外征に行く程度だった。

 

 ドォンッ。

 

「!?」

 

 大階段よりも遥か彼方、この国を覆う高壁の向こうで、太陽が産み出されたかのような巨大な赤い火球が炸裂した。

 城が大きく揺れ、私は咄嗟に格子へしがみついた。

 魔法の類なのか。なんという業だ。

 魔法などエンマが使うものしか見知らぬが、それでもあれは、人の成し得るものとは思えない。

 魔物か。デーモンか。それとも神か。

 

 

「ル、ルカティエルだぁーーっっ!!!」

 

 

 階段を駆け上がろうとして途中で転げた物見の兵士が、裏返った大声で絶叫する。

 騎士たちのざわめきが、さらにもう一段性質を変えた。

 

「"ルカティエル"? 何だそれは……!?」

 

 聞き慣れぬ言葉を復唱しながら凝視していると、高壁の向こうで今度は空から雷が無数に落ち始めた。

 いくつ落ちたか数えることもできないほどの雷が、絶え間なく落ち続けている。

 さらに極太の青白い光線が左右に大きく薙ぎ払われ、空を舞っていた飛竜三頭の内、二頭が一瞬で消し飛ばされた。

 あまりにも隔絶した、圧倒的暴力。

 しかし私は何故か、それらに禍々しい悪意を感じなかった。

 むしろ──

 

「ロスリック様、見てはなりませぬっ!! 聞いてはなりませぬっ!!」

 

 扉から激しく息を切らせて入ってきたエンマが私を素早く窓から引き離し、熔鉄の格子の隙間を埋めた。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」

「……エンマ、一体何が起こっているのだ?」

「はぁ、はぁ……い、いいえ、何も。高壁の下に、賊徒が押し寄せただけにございます」

「賊徒……それは世に"ルカティエル"と呼ばれる類の賊徒ということか?」

「っ……単なる下賤な賊徒にございます。それ以上ではありません。ご心配なさらずとも、ローリアン様や騎士や飛竜がすぐに鎮めます」

「しかし」

「ロスリック様、お休みください。そして全てをお忘れください。この国は、選ばれた国です。貴方という悲願の王を、遂に得た国です。何もご心配には及びません。高壁は何があろうとも、決して揺るぎません」

 

 エンマの眼が、見たことの無い色に染まっている。

 初めて見る乳母の強張った形相に、私は口を噤んで頷くしかなかった。

 

「どうかお休みください、ロスリック様。何があろうとも、この国は揺るぎません」

 

 そう言い放つとエンマは肩を震わせながら私の"牢屋"を出て、乱暴に扉を閉めた。

 それで"牢屋"は、いつものように暗闇に包まれた。

 

 

「"ルカティエル"……」

 

 

 初めて聞く言葉を、私は舌の上で転がした。

 エンマは確かに言った。

 見てはならない。聞いてはならない。

 

「……ふっ、ははは」

 

 知るべきこと以上のことを、知ってはならない。

 王の資格が、消えてしまうから。

 

 そうエンマに言われて、これまで育ってきた。

 ならばもう、私は先ほど"薪の王"たる資格を失ったではないか。

 だが、エンマはそれでもまだ私を悲願の王だと呼んだ。

 やはり、嘘だったのだ。

 あらゆる国で守られてきたという"薪の王"の資格者の制約など、全て嘘だったのだ。

 私の心に、一筋の光が差した気がした。

 しかし、その光はすぐに消え失せた。

 

 結局、私はどうあっても、火継ぎの宿命を背負わねばならないのだ。

 厳しい制約を破ればそれで資格を失って終わりという、安易な宿命ではなかったのだ。

 

 なおさら、辛い現実に向き合わなければならなくなっただけだ。

 それでも。

 

 

「"ルカティエル"……"ルカティエル"……"ルカティエル"……」

 

 

 知ってはならなかったはずのその言葉を、私は暗闇の中で繰り返し発した。

 "ルカティエル"とは、何だろう。

 エンマの言う通り、ただの賊徒か。

 それとも敵国か。魔物か。デーモンか。神か。

 何であれ、尋常ならざる存在であることは間違いない。

 高壁の下で炸裂した巨大な赤い火球の輝きが、まだ目にこびりついている。

 

 目を閉じた。

 ズズン、ズズンと城が不規則に何度も揺れた。

 

 いいぞ、"ルカティエル"。

 そのまま攻め上がってこい。

 ここまで来い。

 

 どうか私を、見つけてくれ。

 

 いつもより眠りに落ちるまで、時間がかかった。

 胸の高鳴りが、抑えられなかったからだ。

 

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