祈りも願いも届かない
刃でさえ届くというのに
暗くなりつつある空。
日はすでに落ちていて、廃工場内は薄暗い。
そして複数の気配が感じられ、空気は殺意と敵意で満たされていた。
「なんですか、ここはぁ? 空気が悪すぎですぅ。気持ち悪~い……」
「グレモリー眷属か。嗅ぎ付けてくるのが早いな。さすがといったところか」
「『禍の団』の英雄派ね? ごきげんよう、私はリアス・グレモリー。この地の管理を任されている上級悪魔よ」
黒いコートを着た男が奥の暗がりから出てきた。周囲には異形の者が複数いる。
リアスは男に冷たい声音であいさつをする。
と、男を見てリーラが震える。
「し、死神!? この町にもいたの!? そんなの聞いてないぃぃ!」
「落ち着きのないお嬢さんだな。安心しろ、我らは死神などでは……」
「
「え」
バァン!
苦笑しながらリーラの言葉を否定しようとした矢先、右手を銃のように構え、人差し指から放たれた小さな赤いエネルギー弾に男の周囲の異形が一掃された。
「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」
眼前の「英雄派」含めリアスたちですら一体何が起こったかわからない、という顔をしていた。
その状況を作り出したリーラだけはなぜかまだ動揺している。
「あぁ! はずしたぁ! 当てるつもりだったのにぃ! っていうかリアスさん!? 死神がいるなんて聞いてないんだけどぉ!?」
「い、いや、あの、私の話聞いてたかしら? あちらの話も……」
「そ、そうだ。我らは死神などではない。人間だ」
今のを撃たれてはならないと弁明する英雄派。
自身の両手に白炎を発現させ、自分を明るく照らす。
確かに一見見間違えるかもしれないが、当然死覇装ではなく、普通の黒いコートだ。
しかし今度は男の手の部分を指差して言う。
「嘘よぉ! 人間はそんなことできないもん!」
「いや、これがわたしの神器であって……」
「だから、神器なんて知らないってばぁぁぁ!」
どうやらまだ勘違いは解けていないようだった。
再び右手を銃のように構えたリーラを説得することは諦め、リアスは眷属に指示を飛ばす。
「さあ、皆! やるわよ!」
イッセーはカウントを終え
同時に木場、アスカロンを受け取ったゼノヴィアも前衛として敵陣に突撃する。
英雄派構成員はイッセーのダッシュ攻撃を避け、リーラを注視する。どうやら、赤龍帝であるイッセーよりも正体不明のイレギュラー――リーラをかなり警戒しているようだ。
だが、よく見るとリーラが……いない?
「「「……?」」」
辺りを探すが、グレモリー眷属と天使のイリナしかいない。
自分たちも相手の前衛組と戦っているから見逃したのか? とイッセーたちと戦いながらリーラを探す。が、やっぱりいない。
「うおおおおお!」
イッセーが突っ込んでくるので構成員たちはそっちに意識を集中しようと切り替えた。
そのとき、
バァン! バァン!
構成員の周囲が突然爆発した。
「な、なにが起こって……!」
彼らが驚いていると声がする。
「またはずしたぁ! なんであたらないのぉ!?」
リーラが後衛組――朱乃の横に現れる。まだ若干怯えてる。
「あら、リーラさん。今までどちらに? 急に消えて急に現れたからびっくりしましたわ」
「うー……。木場くんたちが戦ってる間に狙い撃ちしようとしたけど失敗したのぉ」
「それは残念でしたね。よしよし」
「朱乃さんは優しいのねぇ……」
朱乃になでなでしてもらっていくらか落ち着いたようなリーラだった。
リアスとアーシアはその様子を見て子供みたいと思った。
と、
「アーシア! 危ない!」
イッセーが叫んだ。
工場内の影からイッセーが放ったと思われるドラゴンショットがアーシアに向かってきている。
「させるかっ!」
ゼノヴィアが反応してアーシアのもとに向かうが、間に合いそうにない。
するとなでなでが終わったリーラが今度は左手人差し指をドラゴンショットに向け虚弾を放ち、相殺させた。
ゼノヴィアが言う。
「すまない、リーラ! 助かった!」
「別にいいけど……。どうしてイッセーくんの攻撃がこっちに来るのぉ?」
リーラの疑問はもっともだった。
それに対し、木場が答える。
「どうやら相手の中に影を使うカウンター系神器を持っている奴がいるみたいなんです! イッセーくんのドラゴンショットも僕の剣も吸い込まれて利用されたんです!」
「……なにそれぇ?」
あまり理解できていないようだった。
リアスがリーラに対して言う。
「あなた攻撃するのはいいけど、あまり派手にはやらないでちょうだい。建物を壊してはダメよ」
「むー。わかってるよぉ。騒ぎになるからでしょぉ?」
むくれ気味にリーラは答えた。
と、今度はイッセーの視界の端に青い光が映る。
民族衣装を着た男が光の矢を撃ち込んできたのだ。
それに対し反応したのはイリナ。
「光ならまかせてちょうだいな!」
彼女は手に光を纏わせると次々と光使いの男に放っていく。
バチッ、バチッ!
空中で互いがぶつかるごとに弾けて消えていく。
朱乃も援護とばかりに小さな氷の槍を放つ。が、それは影に吸い込まれ、リアスの影から出てきてしまう。
彼女は何事もなく避けるが、影からは光の矢だけじゃなく炎までも飛び出てくる。
それらはイッセーとリーラがそれぞれ叩き落としたが、みな影使いの影が一番厄介だと気付き始めていた。
リアスはイッセーたちに次の指示を飛ばす。
「イッセーは炎使い、祐斗は影使いを! ゼノヴィアは雑魚を屠りながら2人の活路を開いて! 中衛、後衛組は全力でサポートにまわりなさい! いくわよ!」
リアスの指示を受け、眷属たちは各々動き始める。
特に指示を受けなかったリーラはリアスに聞く。
「リアスさん、私はぁ?」
「あなたはアーシアを守りなさい。余裕があるなら遠距離から前衛をサポート。派手な攻撃は禁止よ」
「はぁい。……じゃあこうする」
言うや否や、彼女は右目に霊圧を集め始める。虚閃を撃つときの彼女の姿だ。
1度彼女の虚閃を見たことがあるリアスは慌てて言う。
「ちょっと! 派手なものはダメって言ったでしょ! それは撃っちゃダメ!」
「大丈夫ぅ。私の虚閃には……」
…………形は無いから。
ヴウウウウン!!
「待っ――」
て、と言う前にリーラの右目からは彼女の髪色と同じ薄紫色の光弾――虚閃が放たれてしまった。
その場にいた誰もが大惨事になると感じた。
しかし、そうはならなかった。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!
「!?」
……驚いた。
グレモリー眷属も、イリナも、英雄派構成員と異形でさえも。
彼女の虚閃は一直線に敵陣に向かったかと思うと突然
それは数えるのがばからしくなってしまうくらいの数。
しかも枝分かれした先からさらにわかれていっている。
さながら、樹木の生長を超高速再生で見ているかのような感覚に陥ってしまうほどだ。
「ギャアア!」
「ギイイイ!」
「グウウ!」
「ヒイイイイ!」
百は超えていただろう異形たちは彼女の放った虚閃に全てやられてしまった。
その間は30秒にも満たない。
――反則じゃないか。
誰もがそう思った。
「くっ、負けてたまるか! 焼き尽くしてやる!」
「俺の影で飲み込んでしまえばなんてことはない!」
「…………!」
構成員たちは自分たちの神器でリーラの虚閃に対し迎え撃とうとする。
炎使いは特大の炎の塊を。
影使いは影をさらに広げ。
そして安全圏にいる光使いは2人の負担を減らそうと枝分かれした虚閃を狙い撃つ。
いい判断だ。
リアスたちは思った。
万が一のことも考え、それぞれいつでも動けるように準備する。
だが、虚圏時代のリーラを知る者からすれば彼らの判断は間違っていると言うだろう。
――良い判断かもしれない。だが、正しい判断ではない、と。
この場面での正しい判断とは…………対抗ではない。
「なっ、私の炎が!? ぐわぁああ!」
「……がっ……!?」
炎の塊は掻き消され。
光使いの矢はことごとく撃ち落された上に、逆に虚閃を撃ち込まれた。
まるで一方的。焼け石に水とはこのことだった。
「他の2人はやられたが……俺の影には飲み込まれちまったなあ! 今すぐお返ししてやらあ!」
「……! リーラさんの虚閃をも飲み込むのか! やはり厄介だね……!」
木場は警戒を強める。
そう、唯一影使いはリーラの虚閃を影で飲み込むことに成功していた。
言葉通り工場内の影を利用し、あらゆる角度から撃ち出してくる。
リアスたちは撃ち落とそうと構える。
その中でリーラだけは逆に落ち着いていた。
「皆、構える必要はないよ」
「なに言ってるんですか、リーラさん! あなたの攻撃が返ってきてるんですよ!?」
「イッセーの言う通りだ! あの数……デュランダルでも撃ち落せるかどうか……!」
「……そうです。わたしの仙術でも捕捉しきれません」
「ぼ、僕の目でもカバーは厳しいですぅぅぅ!」
「大丈夫。……こうするから」
皆が焦るなか、リーラは右手を開いた状態で掲げると、
「
そう言って右手を閉じた。
すると、
「そんなばかな! 一度影に吸収されたはずなのに…………
無数に枝分かれしたはずの彼女の虚閃はその挙動だけで再び1つになったのだ。
リーラは言う。
「なんでもなにも……もともとは自分の霊圧だもの。普通ですよ、普通」
「いや、普通じゃないわよリーラさん! そんな簡単なことじゃないですよ!」
イリナの言うことはもっともだった。
そういうことが可能な使い手というのは確かにいるが、それでもとても繊細で緻密なコントロールと相当の集中力が必要だ。
それを右手を開いて閉じるだけでやってのけるなど一体どれほど凄いことか。
彼女はイリナや影使いの言いたいことがどうやらよくわかってないようだった。
「くっ! だ、だが、また飲み込んで返してやる!」
「そうはさせませんから! えいっ!」
ヴウウウウン!
リーラは一つとなった虚閃を右手を振り下ろすと同時に放つ。
影使いはなんとか飲み込もうと先程よりも影を広げて待ち構える。
ギュウウウウン!
バラバラではないリーラの虚閃を全て吸収するのはさすがに無理だったらしく、およそ3分の2程を吸収した時点で影は霧散した。
残りの3分の1は影使い自らが避けるかたちとなった。
「はあ、はあ。どうだ、俺の力は。今度はきっちり返してやる」
「どおぞぉ?」
満身創痍の彼に明らかに余裕そうに答えるリーラ。
彼女の返答を受けて激昂した彼は彼女の影から放ってやろうと神器を操作する。
ところが彼の意思に反して、虚閃はなかなか出てこない。
「どういうことだ、なぜ奴の攻撃が影から出てこない?」
「もう出てくるよぉ? ほらぁ」
リーラの言う通り虚閃は影から出てきた。
ただし彼女の、ではなく―――
ヴウン!
「がっ……はっ……? な、ん……だと……!?」
「な、なにが起きたんだ? なんであいつの影からリーラさんの攻撃が?」
虚閃を食らい、倒れ伏す影使い。
イッセーの疑問にリーラは答える。
「私わかったんです。あの男が影を利用して攻撃しているときはその影はつながってるって。そしてつながってるのは彼自身の影もそうじゃないかって思ったの。どうやら正解だったみたいです」
「すごい……それを見抜くなんて……。リーラさんはただ者じゃないね」
「褒めてくれてありがと、木場くん」
かなり嬉しそうな彼女だった。
イケメンの木場に言われたのが嬉しいらしい。
頬がほんのり赤く染まっていた。
ともかくこれで戦闘は終わったと皆息をつく。
構成員たちを拘束しようとグレモリー眷属が彼らに近寄ったとき、思いもよらぬことが起きた。
「……う、おおおおおおっ!」
「……ああああああっ!」
倒したと思っていた炎使いと影使いが突然立ち上がり叫び始めたと同時に彼らの体が白炎と影に覆われる。
その様子はまるで進化するかのような……。
カッ!
「あれは……!?」
リアスは彼らの足元に展開した魔方陣を見て驚く。
悪魔とも堕天使とも違う今まで見たこともない術式だったからだ。
その魔方陣の光に包まれると、彼らは一瞬の閃光のあと消えてしまった。
最後のあれは何だったのか。
イッセーはそのとき悪寒が走ったことを、そして妙な力を、確かに感じていた。