成り代わりチートたいき君。   作:あとば

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先の話を考えたり原作を読んだり色々してました。切りが良い所までは何とか投稿できるよう頑張ります。


第十三話『なぜ今ここにいる』

 松葉づえにも慣れて来た。

 

 そんなことを、階段をゆっくりと、不自然でない速度で降りながら思った。

 

 正直、既に治っているものを治っていない風に見せるのは厄介だ。怪我をしている部分を使っても痛みが走らないから、どうにも怪我してるという実感が無くて、忘れてしまう。

 

 だからこそ、人の目のない場所でも怪我をした振りをするというのは、大事だ。変えるべきは自分の認識からであって、そこをどうにかしてから、他人の目を欺くことを考えるべきだと、最近気づいた。

 

「……おはよう」

 

「おはよう、ございます」

 

 そんな事を考えていたら、一階へ着いて、彼女と挨拶を交わした。

 

(……千夏先輩、朝早いな、最近)

 

 少し前までは自分より遅かったと思うが、いつからか先輩が先に起きているという状況になっていた。ちなみに現在時刻は五時ジャストだ。ここの所、一般的な高校生がわからなくなる。

 

「飲む? コーヒー」

「ああ、貰います、ありがとうございます」

 

 ぼうっとしていたら、先輩が尋ねてくれた。条件反射でそう返すと、慣れた手つきでカップにお湯を注ぎ始めた。

 

 怪我をしている風に見せないといけないので、俺は椅子に腰を下ろす。すると目の前にカップが置かれたので、ぼけっとしながら、一口飲んだ。

 

「あっつ……い、ですね」

「冷まさないとダメだよ」

 

 そして──

 

「……ふう」

 

 完全に、覚醒した。

 

 冷静を取り繕うため、一息ついた。その後先輩の方へ顔を向ける。

 

 大丈夫? と先輩は目で問いかけている。カップで口元は隠れていた。

 

 ──千夏先輩、二人きり、あの日。

 

 瞬時に思い起こされた記憶が、暴れ出す。朝の力で一時的な忘却にあったあの日が、再生される。

 

『君の強さを壊した私がもっとつらいから、やめてよっ』

 

『互いにつらくなったとき、思い出して頑張ろうってなるような、約束をしたい』

 

『一緒に、いた──』

 

「……ああ゛」

 

 そして、死にかける。死ぬ寸前、やっと絞り出せた声のような、汚くあえぐ声を、小さく漏らす。

 

 ここの所毎日、これをやっている。

 

 寝た時にあの恥ずかしい日を忘れて、朝会って思い出して、悶絶するという、最悪なルーティンを行っている。

 

 思い切り奇声を発したいのを我慢していると、先輩がカップを片手に、食卓へ着いた。

 

「そういえばだけどさ……目標の紙、インターハイ出場にしなかったんだ」

 

 そして、日常会話が起こる。先輩はコーヒーをずずっと啜り、上目遣いでこちらを見た。

 

 俺は自分に言い聞かせる。

 

 ──普通に、接しろ。

 

「はい。まあ、ちょっと……さすがに」

 

 これは確か、あれだ。予選試合の後で、今年の目標を書けみたいな事をやったのだ、部活で。

 

 その時、怪我した奴がでかでかと目標にインターハイ出場と書くのはさすがにと思ったので、俺は……『怪我しない』にした。

 

「だよね……ごめんね。でも……来年一緒に行くんだよね」

 

 ジト目だった。原作であまりない表情だ。確かに弱気に映ったかもしれない。

 

 だから、こくんと頷いて、一応の同意を示した。

 

 そこで会話は止んだ。原作だとそろそろ大喜くんのお母さんが起きて来る頃だが、最近は学食を使うので、先輩が朝練に行くまで二人切りだ。

 

 俺はまた一息ついて、思う。

 

(本当に──気まずい)

 

 寝起きの直後は現実を認識する力が欠ける。だから先輩との会話も特に問題なく、平常心でこなせている気もするが、目が覚めると一気にダメだ。

 

 そもそも千夏先輩も、よく俺と話す気になるなと思う。だって……あんな会話、普通気まずくなる、だろう。

 

 あんまり思い出したくないから、あの時の言葉の一つ一つを思い出すようなことはしないが、あれは尋常じゃなかった。なんで千夏先輩は平常心を保てるの?

 

 ……とにかく、そんなこんなで、朝はさっさと過ぎていく。もうコーヒーを飲み終わって、先輩が朝練に出発するまで何をして気を紛らわせるかと、俺は悩む。

 

 あの日から、二週間が経った、朝だった。

 

 

 特に大した問題は起こっていないが、二週間の中であったことと、これからの事を考えようと思う。朝、気が抜けている時に重大な事を忘れるくらいだし、一度確認すべきだと考えた。

 

 まず、千夏先輩について。

 

 普通だ。正直、以前と何も変わっていない。

 

 ただ少しは会話が増えた気もする。俺の方からも話しかけるようになったからだろうか。

 

『最近部活どうですか?』

『調子良いよ。インターハイに向けて皆全力だし』

『それは良かった』

 

 みたいな感じの会話だ。

 

 ……なんか思春期の子どもとその父親みたいな会話だがまあ成長しているのだ。

 

 それより千夏先輩がわからない。なんであんな会話をした後に、普通に俺と話せるのだろう? はっきり言って、意味がわからない。少し怖い。

 

 まあでも、怪我の心配はされているから、全くあの日を忘れている訳ではないと思う。

 

 二週間前も、怪我の心配からだろう。朝一緒に学校まで行こうかと言われた。さすがにそれはまずいから丁重にお断りした。同居が栄明の生徒に露呈するのは、原作でも一部のキャラクターだけだった。全校生徒にばれる可能性がある行動とか、洒落にならない。

 

 次に、周りの人の怪我の反応。

 

 まあ、心配された、普通に。

 

 部活の人。同級生。

 好奇の眼も少しはあった気もするが、そんなものはあって当然だし、心配の色合いの方が強かったので、ありがたさと申し訳なさでいっぱいになった。

 

 大喜くんの家族。

 多分、心配されていると、思う。心配の言葉はあった。でも病院までは自分で行っている。送るとかは特に言われていない。そこだけ、違和感がある。

 

 あと雛にも心配は一応された。だがかなり軽い感じだった。

 

『怪我してたのに試合出たって?』

『うん』

『引くわー』

 

 みたいなものだった。

 この心配のされ方だと雛に関する懸念──まだ大喜くんのことが好きで告白してくる──は無くなったと見ていいかもしれない。

 

 まあ、皆意外とそんなもんである。骨折だし。そこまで珍しいものでもないだろう。

 

 さて……起こったことはそれくらい。原作のこの期間では大喜くんが熱を出したりしてたが、俺はチート野郎だからか無かった。このまま夏休みまでは何事もないだろう。

 

 で、これから、どうするかだ。

 

 今は七月。夏休みまであと数日の期間。

 

 当然、目的は変わっていない。千夏先輩に幸せになってもらう。それだけが大喜くんに報いる道であるから。

 

 それを念頭においてこの先も動いていく……が、重要な問題はあと一つだけだ。そこだけ解決できれば、後は先輩が勝手に幸せになる。だから正直、俺が動かないとまずい問題が起こらない限り、やるべきことは当分ない。

 

 ぶっちゃけ原作で起きた種々の問題は『大喜くんが千夏先輩に恋をしている』が故に起きた所が多い。そうでない場合は、何事もないのが普通なのだ。

 

 なので当分は何事もなく──それと……そう。

 

 そして、忘れていた。

 

 部活動。俺の最大級の苦しみと言える部活動。

 

 行きたくない、だが先輩のために行かざるを得ない、逃げ出したい思いが溢れて止まらない体育館。

 

 チートのせいでどうやっても苦痛で申し訳ないバドミントン。

 

 怪我をしてチート野郎から松葉づえ野郎に転向した俺は今、部活はどうしているのか。

 

「大喜!」

 

 ──はっきり言おう。

 

「タイマーセット、頼んだ!」

 

 俺は今。

 

「はい!!」

 

 最高にエンジョイしている。

 

 

 俺は色々あって怪我をしてしまった。

 

 が、勢いに乗ったせいでなんか治ってしまった。

 

 しかしながら、冷静に考えてあの怪我が一日二日で治るというのは人間としてあり得ないのである。ただでさえ体育館で『骨折ってんのに試合出た馬鹿がいるらしい』と噂になっているので、これ以上やばい奴扱いは、困る。

 

 そんな訳でもう治っているが怪我してる振りをして、マネージャーをやらせてもらっている……訳だが。

 

 これが思った以上に最高だった。

 

「大喜! シャトル出し頼む!」

 

 何が最高かって? 決まっている。

 

「はい!!」

 

 ──練習、しなくていいのだ。

 

 シャトルを渡しながら、もう一度強く認識する。

 

 ──練習、しなくていいのだ。

 

 俺にとって、バドミントンの練習というのは、チートみたいな身体能力のせいで、周りに負い目しか生まない地獄の時間だった。

 

 だから真剣な態度で部活に取り組んでいる部員たちに申し訳なかった。練習なんて早く終われと、常々思っていた。

 

 そんな俺にとって、マネージャーという職務は天職である。

 

 どのくらい天職かというと、コンビニ人間ならぬマネージャー人間に成りたいと思うくらい、天職だ。

 

 だって練習で、彼らの邪魔をすることもない。むしろ手助けをできる。素晴らしい。青春の中に俺のような異物が完全な脇役として在る。最高だ。

 

「大喜、ちょっと追加で雑巾濡らしてきてくれ」

「はい!!」

 

 そう頼んでくれた西田先輩に向かって、自分でもびっくりするほど大きな声を出して、つかつかと松葉づえに頼るふりをしながら水場へ向かう。

 

 俺はもう、一生マネージャーでありたいと思っている。冗談ではない。真剣に、心の底から、全身全霊がそう感じている。

 

「最近元気だなあ、大喜」

 

 水場で雑巾を何枚かばしゃばしゃ濡らしていると、匡が隣にやって来た。手伝ってくれるようだ。

 

「あ、匡。そうか?」

 

 雑巾を搾りながら返事して、考える。

 確かに最近元気かもしれない。大喜くんになってから、ここまで俺の精神が安らいでいるというのはなかった。

 

 自己嫌悪も今の所は落ち着いている。やっぱりあんなものは害悪でしかない。

 

「そうだよ。昔に戻──いや、成長したというのか」

「どうだろ」

 

 成長、ではないだろう。多分ちょっとメンタルが上振れているだけだ。一度でも顔を殴られたら戻る気がする。

 

 それに怪我が完治した頃合いになったら、また練習だし。どの道俺のメンタルはまた下の下に戻──あ。

 

 気配に気づいて、自分から振り返って、その人物に話しかけた。

 

「休憩?」

 

「そーだよ。猪股くんも笠原くんも、雑用お疲れ様でござる」

 

 変な語尾だった。

 

「それにしても、やっぱ松葉づえ似合わないね」

 

 蝶野雛──笑い混じりにそう言った。

 

「俺も恥ずかしいから、早く元に戻りたいよ」

 

 嘘だ。ずっとこのままがいい。

 

「カルシウム取ると治りやすいかもね」

「じゃあ牛乳飲むかな」

 

 などと口では言うが俺は思う。

 

(じゃあ絶対取らない。いやもう治っているが、治さない、ということにする)

 

 この状況が一番、俺にとって都合が良いのだ。怪我をしてマネージャーをするという、一つの負い目も生まれない状況。完璧なのだ。

 

 先日、期末テストが終わり、部活も再開。当分は何事もなくて、平穏な日々が続くはずなのだ。

 

「お、湯浅先生来たみたいだ」

 

 こんちはー、という大声が断続的に聞こえて来た。匡が絞った雑巾を平にした後、振り返って言った。

 

「……でもなんか、今日先生遅かったな」

「ああ何かマネージャー志望の子と話すから遅くなったらしい」

「へー」

 

 匡との何気ない軽い会話がとても心地いい。これはバドミントンの練習をしていないおかげだ。

 

 部活が楽しいというのは、こんなにも世界が輝いて見えるものだった。こんなつらいものの何が楽しいのかと思っていたが、やっと理解できた。

 

 部活は良いものだ。きっと何より良いものだ。

 

「集合かかった。いくぞ……ゆっくりでいいからな」

「あんまり気にしなくていいよ」

「じゃ、私も練習戻るから」

 

 だから日々よ続いてくれ。

 

 朝先輩と会って、部活が楽しくて、匡がいて雛がいて、それだけあれば他は何も望まないから。

 

 頼むから、何も起こらず、平穏であれ。

 

「マネージャーが入ったぞー」

 

 ──そう、思っていたのに。

 

「守屋菖蒲(あやめ)です! 今日からバ()ミントン部マネージャーになります!」

 

 なんで今ここにいるんだ、この人は。

 

 

「じゃ、大喜、仕事教えてやれ」

 

「……はい」

 

 ぼとん、と返事した。

 

 隣にいる人物に、最悪の気分が伝わらないよう、できる限り気を張ってみるが、無理だった。

 

 ──守屋菖蒲。

 

「お前なんか元気なくない? 大丈夫か?」

 

「大丈夫です……」

 

 西田先輩がちらほら心配そうに振り返りながら自分の練習に戻って行く。さっきとのギャップがひどすぎるせいだろう。余計な心配をさせてしまった。

 

「じゃあ、よろしくね。猪股くん」

 

「ああ、うん……」

 

 本当に、なんで今、ここにいるんだ。

 

 原作はどこに行ったんだ。果たして息をしているのか。由々しき懸念だ。ある程度は原作通りに行ってもらわねば、あの人とあの場所で会えない可能性がある。

 

 とりあえず衝撃が強すぎて、冷静じゃない。だがすべきことはわかる。彼女がここにいる理由を考えるのは、後でいい。

 

「とりあえず……じゃあ、タイマーの、使い方、から」

 

 びっくりするほど途切れ途切れの声になった。そういえば俺はコミュニケーションに難があるタイプの人間だった。調子に乗っていたからさっきまでは誤魔化せていたが。

 

「……」

 

 恐る恐る反応を見る。

 

 確かこの人は、初対面の相手でもなよなよしてたら結構ズバズバ指摘して来るタイプの人間だった、気がする。だからちょっと怖かった。

 

「……」

 

「……?」

 

 反応は──なんだ? 何故かにやにやしている。まあ、嘲笑だろう。

 

 少し落ち着いて来たので、切り替えて仕事をする。どこに何があるかとかは、当分は付きっ切りで教える事になるだろうし、一気に教えても覚えられないので、その都度でいいやと判断した。

 

 タイマーは練習で高頻度に使うので、とりあえずこれのセットの仕方を覚えておけば仕事に困ることはないだろう。小さめのテレビくらいの大きさで、ビーっ、と五月蠅く鳴る奴だ。

 

「えーと、画面の裏側にボタンがあるから……まあ、とりあえず見て覚えて……」

 

 そう言いながら、適当な秒数でタイマーをスタートした時だった。

 

「ねえねえ」

 

 守屋菖蒲が、よくわからない顔で尋ねて来た。

 

「……なんすか」

 

 なんですか、だと同学年に対してあれだし、なに? だとフランク過ぎるので、中途半端になった。

 

 しかし、何だろう。部活のことだろうか。いやそれか、あれか。遊佐くんのこと? いやでもあれは文化祭前だったはず──。

 

「彼女いるの?」

 

「か──」

 

 ビーっ、とタイマーが鳴った。スタートしてた。

 

 なんだなんだと目線が集まる。今部員らは個別で試合をしていた。タイマーは使っていない。

 

 なんでもないですと汗をだらだら流し、手振りを用いて伝えると目線は霧散した。ああびっくりした。

 

 それで、今、何を聞いた?

 

 そう思って守屋さんを見ると、

 

「う、うるさっ、これ」

 

 耳を塞いで涙目だった。キーンとなっているのだろう。確かに近くで聞くと超五月蠅い。だが合理的な理由があるのだ。

 

「……まあ、うるさくないと遠くに聞こえないから」

 

「で、彼女いるの?」

 

 ……聞き間違いではなかったようだ。

 

 本当に何を考えているのだろうか、この人は。

 

 そもそもマネージャーとして入部する時期がおかしいはずだ。あれは文化祭後、栄明に練習試合へ来た遊佐くんに一目ぼれしたのが理由だったはず。

 

「……あ、答えたくない?」

 

 俺が返事を忘れて考え事をしていると、ちょっとしょんぼりした顔で守屋さんはそう言った。

 

「あ、ごめん、いないよ」

 

「ほんとに? 良かったー」

 

 ……? まあいいや。聞き間違いか、言い間違いだろう。

 

 それからタイマーの操作を教えていると、守屋さんは俺に会話の意志があると判断したのか、また話しかけて来た。

 

「そういえばわたしさー、バ()ミントンまっったく知らないんだけどさ、知っといた方が良いことある?」

 

「……じゃあ、どうでもいいことだけど、バ()ミントン、だよ」

 

「えっ、まじで」

 

 これは割とよくある。『バト』と『バド』は結構勘違いしやすいのだ。なのでとりあえず指摘した。

 

 でも正直、今すぐ覚えろというバドミントン知識は思い当たらない。初めの一週間は戦力として考えるつもりもないし。ああでも線審とか……でもとりあえずは……。

 

「まあ……まずは部員の名前覚えるとか。他の細かいことは必要な時に教えるから。とりあえずそこら辺だけで……」

 

「わかった! じゃあ色々よろしくね、大喜くん!」

 

 ……なんか距離がおかしい気がする。

 

 さすがにそんなことが起こり得るはずがない。だが、万が一というのは想定すべきだ。

 

「……ああ、うん、守屋さん」

 

 なのでものすごく距離を取った。名前呼びに対して、苗字呼び+さん付けである。けっこう嫌な奴だろう。

 

「よーし! じゃあ次何教えてくれるの?」

 

 ……効いてない、だと。

 

 おかしい。原作の守屋菖蒲だったら、今みたいな地味な嫌がらせに対して、嫌な顔の一つでも浮かべそうだが。初対面だからか?

 

「……じゃあ、ドリンクを、作ろう」

 

 また途切れ途切れに言うと、彼女は愛想よく返事した。

 

 

 新体操部──。

 

「ど、どうしたの蝶野さん。急に動きが乱れたけど……」

 

「あ……ごめんなさい。ちょっと集中切れちゃいました。気をつけます」

 

 蝶野雛(わたし)は、驚愕からバトンを落とした。

 

 気をつけますと言ったが、バトンが手から滑ったのは久方ぶり。だから嬉しいやら悲しいやら、先生が少し休憩したらと言ってくれた。

 

 その言葉に甘えて、私は休憩中にその二人を見る。

 

 大喜と、新しく入ったバド部マネージャーの女の子。これまでは女の子のマネージャーはバド部にいなかった。

 

 大喜は背中側しか見れない。でもマネージャーの子の顔は見えた。

 

「……」

 

 女の勘的なものが、叫んでる。

 

 ──あの子、狙っている。あの笑い方とか、しぐさとか、諸々全部が”そのつもり”の人だ。

 

 私はぞわっと危機感を覚えた。

 

(もうちょっと、私も話かけよ。夏祭りとか誘おうかな……)

 

 そこまで考えて冷静になる。

 

(──って何考えてるんだ、私。インターハイ間近だぞ。引き締めないと)

 

 私はぶんぶんと頭を振って、この問題を忘れようと努めた。気にはなるけど、それは後で気にすればいい。今は練習が大事だ。

 

 そう思うけど、また目線を二人に──

 

(……? なんだろう、何か、違う気もする……?)

 

 今一度見て気が付いた。マネージャーの女の子。

 

 なんか、違和感がある。異物感。魚の骨が喉にひっかかった感じ──いや。歯の隙間にひっかかったほうれん草が取れない感じ。

 

 ズキズキと痛むほどじゃないけど、そこにあると邪魔で気になる感じの、違和感。それをあの子から感じる。

 

(大喜に向ける目……品定め、みたいな?)

 

 とにかく、彼女には注意しようと私は思った。

 

 

 マネージャーがまず覚えるべき事とは何だろう、とふと思った。

 

 実際、俺が最近こなしている雑務は全て、練習に参加する過程で勝手に学んだもので、マネージャーの立場として指導を受けた訳ではない。

 

 つまり、正直、何から教えるべきか俺もわからない。仕事には優先度があると思うが、そこら辺の塩梅は複雑で感覚的なものだから、伝えづらい。

 

 なのでとりあえず大喜くんの真似をする。原作で確か最初に施設案内して、ドリンクの作り方を教えていた。

 

 そういう訳で水場に来た。後でやろうと思っていたので、原作通りのデカいボトルを用意してある。

 

「これでスポーツドリンクを作るよ。すごく重くなるから……」

 

「うえー、大変そー」

 

 ……と言っても、原作では何とかなってたから大丈夫だろう。

 

 で、ドリンクの作り方だが。まあ粉を水に溶かして混ぜるだけ……ではなかったりするのだ。

 

 粉は確かに規定量があって、分量を量って入れればいいだけだ。だが、規定量は甘すぎるのである。

 ただ、甘いのは美味しいし良い。問題は飲んだ後だ。

 

 俺は、塩分タブレットとか、スポーツドリンクを摂取した後の、口の気持ち悪さが大嫌いだ。

 いったい全体何なのだろう、あれは。口も臭くなるし、歯磨きしても微妙に残るし。

 

 だから俺はドリンクを薄く作りたい派だ。含まれている酸が原因らしいから、ドリンクを薄くすれば対策できるはずである。

 

 そんな感じで俺流のドリンクを作っていると──

 

「こんな薄くていいの? もうちょっと粉入れた方が良くない?」

 

 横やりが入って来た。

 

 ……まあ、本当に俺好みに作ったら、影で文句を言われそうなので、実の所完成手前で粉を規定量まで追加する訳だが。

 

 守屋さんに指摘されたのでもう少し粉を追加した。すると彼女はこちらの顔を見ながら、

 

「薄いの好きなの?」

 

 と、言った。俺は少し悩んで、そういう訳じゃない、と首を振った。

 

「いや。濃いと、後々口の中が気持ち悪くなるから。だから薄いのか、それかお茶でいいやって、最近思った」

 

「ふーん、そっか……」

 

 そう言うと守屋さんは当たりを見渡して、あっ、と何かを見つけた。

 

「?」

 

 目線の先にあったのは空の、バスケ部がよく使う小さめのボトルだ。青色でザ・スポーツドリンクボトルという感じだ。

 

 それからは、時々会話したり怪我の心配をされたりしながら、ドリンクを作り終えた。

 

 そして俺は松葉づえ野郎なので、守屋さんにかなり重いドリンクボトルを運ばせることになる。少し罪悪感が湧いた。

 

「ドリンク作って来ましたー!」

 

 水場からコートに戻り、彼女が大声でそう言うと、わらわらと部員たちが寄って来る。

 

 俺はその集団から離れて、次は何を教えるべきか考えていた。

 

(後は教えるのは、スコアブックの書き方? 大喜くんはそうしてたな……)

 

 いやだが、とストップをかける。

 

(……あれ、ややこしいしなあ、まあ明日でもいいか)

 

 などと、結構真剣に悩んでいたら、静かに肩をとんとんと叩かれた。背後の気配に気づかなかった。

 

 なんだろうと振り向くと、守屋さんがいる。手には、ボトルがある。

 

「はい、大喜くん! 薄いやつ」

 

 それが差し出された。

 

 俺は当惑を隠せなかった。

 

 守屋さんはさっき見ていた小さめのボトルを手に持っている。言葉通りなら、薄いスポーツドリンクが入っているのだろう。

 

 個別で、作ったのだろうか。何故そんなことをする必要があるんだろうか?

 

「いや、俺、動いてないし……」

 

「体育館暑いじゃん。水分補給大事だよ。いーから」

 

 とりあえず断ると、正論と同時に守屋さんの体が寄って、ずいっとボトルが押し出される。

 

「いや、でも……」

 

「ほら、顔赤いじゃん。暑いんでしょ?」

 

 結局俺は断る理由を見つけることができず、渡されたそれを、手に取る以外の選択肢がなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 バスケ部──。

 

「取れないよナツー……」

 

「あ、ごめん!」

 

 鹿野千夏はパスがあらぬ方向へ逸れて、それを指摘されてから、やっと謝った。

 

 耳に入った。同居人と、友達の妹の声が。それのせいでミスしたのかは、千夏にはわからなかった。

 

 それから間もなく、三分の休憩に入った。その間に千夏は、大喜の方に視線を向けた。大喜と菖蒲は二人きりで会話をしている。マネージャーの仕事を教えているのだろう。

 

 菖蒲の方は、楽しそうに見えた。

 

 大喜の方は──つらそうな顔ではなかった。

 

「……」

 

 千夏は、思う所は、特になかった。

 

(別に大喜くんが、誰とどういう風になっても、私には関係──あるか。同居人だし)

 

 大喜に恋人が出来たら、その恋人にとって自分が邪魔な存在になることは理解している。無関係ではいられない。

 

 そもそも、それは居候の立場である以上、文句など言えるはずもないし、むしろ喜ばしいことだなと千夏は感じているが──

 

(あ、途切れ途切れになってる)

 

 会話中、時々大喜は文章の句読点が多くなる。千夏は、慎重に言葉を考えてくれているんだな、とプラスに受け取っていた。

 

(あれ、私と話す時だけじゃないんだ。まあそうだよね。大喜くん、誰にでも優しいだろうし)

 

 でも、と思う。

 

(なんか、なんか…………なんか)

 

 鹿野千夏は”なんか”を三回連続させて、その後に続く言葉が浮かばないままに、首を傾げた。

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