成り代わりチートたいき君。   作:あとば

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第三話『俺は嫌われている』

 ああ──沈鬱だ。

 

 試合というのは、本当に嫌だ。

 

 バドミントンだと、努力と個人の才能を競い合う場が試合な訳だ。だが才能だけの奴は一人を除いていない。天才はいるが、天才はセンスだけでなく努力も天才的なのだ。

 

 そんな努力を競い合う場所と言っても過言でない、試合。

 

 俺は、そこで異物である。

 

「ふっ!」

 

 今日は部内戦だ。

 

 ランキング戦ともいう。総当たりで部員全員と戦い、部内の優劣を決める。これによってメンバー入りの合否が決定するのだ。

 

 相手は──二年、西田先輩。

 

「でりゃ!」

 

 ドロップが来た。声でスマッシュかと誤解させて来た。ネット前に落ちて来る。

 

 コート中央から床蹴ってネット前に、からのヘアピン。いや、読まれている。先輩の動き出しが速い。ヘアピンのあと後退する。プッシュされ──ない。

 

「うらっ!」

 

 ドライブ気味のロブ。

 シャトルは、俺がいる右ネット前と全く対角、コートの左下端に向かっている。シャトルの落下地点に向かうにはバックでは無理だ。上体を捻り走って向かわねば追いつかない。

 

「さすがに大喜でもあれは……」

 

 観戦する三年の誰かが言った。

 

「いや、あいつは──」

 

 普通なら、間違いなく失点する。この位置、この体勢、このシャトル。もうシャトルは片道旅行を半分ほど終えている。ようやく俺は動き出す。

 

「取りますよ」

 

 すぐさま体を反転し、猛烈な勢い──猪のように、落下地点へ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 うちわを思い切りあおぐように、右肩を支点にがばりと、腕を回転させる。

 

 弾かれたシャトルが、生半可なスマッシュと同じ程度の速度で飛んで、ネットを超える。地に堕ちる。

 

 西野先輩は一歩も動かなかった。

 

「だぁあああっ! くっそ! ……あれ取るのかくっそ」

 

 裏の裏の裏をついたつもりだったのによう、と先輩が騒ぎながらシャトルを拾いに行った。

 

「でしょ」

「……」

 

 少し笑いが混じった、針生先輩の声だった。三年の先輩は何も言わなかった。

 

「……ふう」

 

 息を、吐き出した。

 今のは中々、危なかった。プッシュされたらさすがに取れなかった。やはり変なこと考えて試合に臨むのは間違っている。だが考えるなと自分を律しても、頭は勝手に思考を生やす。

 

 ──ほんとう、お前は異物だ。

 

 俺だけが、努力でなくて、才能(チート)で戦っている。

 

 雑念が抜けぬまま試合が再開される。周りの音が嫌でも耳に入って来る。いまいち試合に集中できていない。

 

「兵藤さんに、猪股か……まったく」

 

 針生先輩の声だ。

 

「超えるべき壁が多くてやになるよ」

 

 そんな言葉が、耳に入って、ぺしりと失点した。

 

 しかしそのまま、試合のペースを握り続け、先に二ゲーム取って勝利した。

 

 原作ではこの時期の大喜くんは西田先輩には勝てない。しかし俺は勝った。

 

 何故か? そんなのは言うまでもないことだが……俺がチート野郎であるが故だ。どうでもいい話だがチート野郎と書いて、俺の場合はくそ野郎と読む。テストに出るかもしれない。

 

「次は勝つ! ぜったい!」

 

 そういってうおおおお、と先輩は点数をホワイトボードに記しに行った。

 

 ありがとうございます、とお礼だけ言って、壁際に向かう。すると針生先輩が話しかけて来た。開きかけていた水筒を閉じて、話す体勢に入る。

 

「いいよ飲んで。好調だな」

 

 許可されたので飲む。麦茶だ。スポーツドリンクは余り好きじゃなかった。口が気持ち悪くなる。

 

「おかげさまで……何とか」

 

 当たり障りない会話を心掛ける。大喜くんのようにはなれないが、後輩として普通でありたいとは思っている。

 

「そうか。次、俺。行けるか?」

「はい。大丈夫です」

「……じゃあ十分後、頼むわ」

 

 会話が終わった。先輩は試合が終わった西田先輩の所へ行った。

 

 俺は、休憩所に向かった。

 

 原作で憩いの場だったり、ドリンクを作る水場があったり、ベンチがあったりする、場所だ。

 

「……」

 

 そこで、蛇口をひねり頭に水をぶっかけた。

 

 後頭部に勢いよく水圧をかける。髪の隙間を抜けて、水が顔まで流れて来る。鼻や唇、顎。尖った部分から流れて、排水溝へと向かってく。

 

「……お前が、兵藤先輩と同列に扱われるって、なんだよ」

 

 呟いた。

 将来の五輪選手とか言われる人だぞ。ふざけているのか。あれだけバドミントンを愛している人と、なんで同列に俺が扱われるのだ。

 

 それもこれも全てチートのせいだ。どうしてこんな体になってしまったのか。

 

 そのまま、じゃあじゃあ流し続ける。とにかく雑念が多すぎる。こんな状態で試合に臨むのは失礼だ。せめて全力を尽くすのがお前のやるべきことだ。

 

 だから雑念をとにかく流す。汗と共に流し続ける。

 

「わっ」

 

「……!? 先輩……」

 

 千夏先輩が、来た。部活着だ。

 

 さすがに意味不明な行為過ぎる。慌てて水道の首を絞める。水はきゅっと止まった。

 

「ど、どうしたの急に。暑かった?」

「はい、その、試合後、なんで」

 

 鹿野、千夏。

 

 彼女は現在、俺の家に住んでいる。二階の隣の部屋に住んでいる。つまりは、同居だった。できる限り接触しないように、風呂場でシャボン玉を作るときみたいに丁重に扱っている。

 

「あ、そっか。さっき試合やってたもんね」

 

「はい。西田先輩と……」

 

「勝った?」

 

 俺は頷いた。

 

「やっぱり強いね。ちょっと羨ましいな」

 

「……そんな、ですよ」

 

 そんな、いいものじゃないですよ。俺の場合は。努力のない強さは、虚しいだけだ。

 

「そんなことないよ。あ……そういえば──」

「大喜いるか? 針生先輩が……って、ごめん」

 

 千夏先輩が何か言おうとした所で、匡が来た。ありがたいタイミングだ。そろそろ限界だった。

 

「あ、ごめんね。じゃあ、試合頑張ってね」

 

 千夏先輩は休憩所を出ていった。

 

「……先輩」

 

 俺は、羨ましがられる奴じゃないですよ。

 

 なぜこんな力を持っているのだろう。どれだけ才能がなくても、きちんとした努力で戦えたら、俺はそれでいいのに。

 

 だからバドミントンも嫌だ。というか遊びでやるスポーツ以外、つまり真剣にやるスポーツは全部嫌いだ。

 

 彼らを真っ向から否定するような人間だから。

 

 もう一度、肝に命じよう。

 

 お前の目的は、生存理由は──彼女に幸せになってもらうこと。

 

「それ以外は、いらない」

 

 名声、賞賛、その他もろもろ──俺の幸せ。要らぬもの、持ってはならぬものだ。

 

「おい、どうした、急に」

 

「……匡。悪い、なんだって?」

 

 こちらの様子を気遣って話しかけなかった匡が、さすがにおかしいと判断して肩を揺らしてくれた。それで思考から離れることができた。

 

「次、針生先輩と試合だろ。先輩が大喜を探してた」

 

「ああ、わかった。向かうよ」

 

「いや、今すぐ向かう必要はない。時間に来るか心配してただけだから」

 

 ああ、なるほど。

 

「……で」

 

 匡はぐるぐるとフクロウのように首を回して周囲に人がいないことを確認すると、小声で話しかけてきた。

 

「悪いな、会話邪魔して。とりあえず同居は大丈夫そうだが」

 

「ああ、今のところ、特に問題はない……と思う。普通に話すし、迷惑かけた覚えはない」

 

 匡には原作通り同居のことを話している。

 

 俺はチート野郎だが、こと人間関係においては貧弱だ。大喜くんは愛嬌があって皆から好かれるが、俺はとてもじゃないがそんな風にはなれない。この前もなんか顔怖くなったねと言われた。そういうことだ。

 

「そか。まあなんかあったら連絡しろ」

 

 だからこそ、いざという時に匡に相談するため、話した。

 

 まだ同居して日が浅い。だから決定的な問題は起こしていない。客観的な視点からアドバイスしてくれる存在が欲しかったのだ。

 

「じゃ、そろそろだな。戻った方がいい」

 

 相手は県三位の針生先輩だし、体冷やさないようにしとけ、と匡は言った。

 

 本当、いい奴だ。俺なんかとはまるで違う。

 

「しかし、何すれば急に強くなるんだ? ちょっと前まで針生先輩とは天と地くらい差があったのに」

 

「……わからない」

 

 そう返すしかなかった。

 

「……手とか抜くなよ」

「わかってる。みんな、怒るよな」

 

 ……何だか匡がやけに口を出してくれる。あれだろうか、俺がヘタレすぎて、下のきょうだい達の相手をするときみたいに、心配性になってるとかだろうか。

 

 匡は休憩所に残った。顔を洗うらしい。俺は一人で歩く。

 

「……ふう」

 

 ため息をついて、俺は体育館へ。

 

 遠くに、青春の喧騒が聞こえる。

 

 それが耳に入って、つくづく思った。

 

 やっぱり、俺は場違いだ。

 

 

 部内戦が終わった。

 

 結果は──全勝。全ての試合を通して、一ゲームも落とさない勝利だった。

 

 でも、何の達成感もない勝利だ。

 

 そりゃそうだ。チートのおかげだし。

 

「……はあ」

 

 ため息をついて体育館を出た。人はまばらだ。残って話す人がちょっといたくらい。

 

 バド部は皆もう帰っただろう。俺は誰とも顔を会わせたくなかったので、帰るまでトイレで待っていた。

 

 できることなら、敗けたい。

 

 でも侮辱になる。だから手は抜けない。わざと敗けられない。

 チートで勝つことに罪悪感があるのが問題なのだ。いっそのことダークサイドに落ちてチート能力でスローライフでも送ってやりたくなるが、さすがにそれはなと自制する。早く退部したい。

 

 そんなこと考えながら歩いて、校門を抜け──る所で止まった。

 

「女バスの一年はみんないい子だよー」

「そうか、ちー(・・)のとこはいいな」

 

 千夏先輩。針生先輩の声だ。すぐそこにいる。校門を抜けた所にいる。気配がある。人の数は、五、六名だ。

 

 針生先輩と千夏先輩で間違いない。ちーと呼んでいるし。原作で大喜くんが千夏先輩と関係が深いのかと勘違いしてた。

 

「こっちはなあ……」

 

 西田先輩の声だ。声のトーン的にネガティブなことを話し出す感じがして、場に沈黙が走った。

 

 俺も緊張する。まさか──。

 

「猪股大喜ってやつがいてさあ、変なやつなんだよ」

 

 ──消え失せたい。

 

「針生に勝ってもこれっぽちも嬉しそうにしねえの、あいつ」

 

 俺に勝ってもだぁ! と西田先輩は付け足した。

 

「そうだな。強いけど、変なやつだよ」

 

 針生先輩も同意。やはり俺は変なやつなのか。何の変哲もない後輩のつもりだったのに。

 

「練習の時とかさ、あいつ全然考えて打ってないんだよ。強いのに下手なんだ」

 

「下手なのに強いって?」

 

 女バスの、誰か。渚先輩だろうか?

 

「そうなんだよ。なんで今そこに打つんだ、とか、ダブルスでロブ上げ過ぎだろ、とか初心者みたいなプレーなんだよ。でも強いんだ」

 

 まあ才能かもな、と針生先輩は続ける。

 

「あと急に強くなったよなあいつ! 引き換えに元気もなくなったけど」

 

 西田先輩だ。みんな口々に文句が出て来る。なんだろう、非常に死にたくなってきた。

 

「……嫌い?」

 

 これは、誰の声か。動揺で判別できない。とにかく決定的な一言を引き出す言葉だった。

 

「……」

 

 俺は、その言葉の先を聞く前に、駆け出した。裏門から帰る。非常に遠回りになるが、仕方ない。

 

 あの会話の先を聞きたくない。答えなんて決まっているからだ。つらい。そろそろ精神の限界が来た。

 

 ああそうだ、大喜くんは、実はコミュ強以外のチートも持っていたのだ。

 

 精神力という、折れない心という、チートだ。

 

 主人公補正とも、いう。

 

 

「嫌い?」

 

 ちー(・・)も、けっこうずばずば踏み込んで来るなあと、(針生健吾)は思った。

 

 嫌いかどうか、か。まあさすがに──。

 

「いや全然。まあ好きっていうのはちょっと違うけど……嫌いじゃないよ」

 

 まあ思うところは色々あるんだけど、嫌いはさすがにない。

 

 ただ、俺と西田の口調が愚痴みたいになってるのは、おそらく同じ理由だろう。

 

「……普通に、悔しいんだよ。一年に敗けるってのは」

 

 去年の先輩方もこんな気分だったんだろうなと、今になって思う。俺も一年の時から、二年とか、三年の先輩に勝っていたし。だが後輩にシングルで敗けたのは初めての経験だ。

 

「まあ大喜が頑張ってるのは朝練とかで知ってるけど、それでも先輩として、悔しいんだ」

 

 毎日朝早くから必死に練習してるのは知ってる。黙々と一日もさぼらず努力してるのも、わかってる。それでも悔しいものは悔しい。

 

 敗けることに納得はできない。したらいけないのだと思う。それをしたら絶対勝てない。

 

「あとあいつ、インターハイ絶対行けるから」

「歴史見ても数少ない一年でな!」

 

 西田が同調する。そうだ。それは正直羨ましい。俺も行ったことのないそこへ、あいつは行ける。現時点で俺に圧勝できるんだ。兵藤さんにも勝てるだろう。

 

「……期待されてるんだね、大喜くん」

 

「……そうだな」

 

 ちーがそう言った。普段より朗らかな表情に見えた。

 

「先輩として、あいつがどこまで行くか、期待してるよ」

 

 ……ところで、あいつ、この会話聞いてないだろうな。聞いてたらかなり恥ずかしいから、いるなよ。

 

 そんなことを思って、俺は振り返った。

 

 そこには、一人の女子がいた。

 

 桃色がかった髪の、新体操部で見かけた、一年だった。

 

「……?」

 

 目と目が合ったが、特にアクションはなく、俺たちを通り抜けて歩いて行った。

 

 まあ、俺には関係ないなと、また同学年との会話に集中することにした。

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