成り代わりチートたいき君。   作:あとば

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第四話『忘れてくれ』

 私、蝶野雛には、変な友達がいる。

 

 猪股大喜。バドミントン部。

 

 中三の冬のころに大喜は、ほんとうに何の前触れもなく、急に根暗になった。

 

『おっはよ……大、喜?』

『……おはよう』

 

 いつものように話しかけたら、目にくまを作って、元気の欠片もなく挨拶を返す大喜に、なっていた。あの時はほんとうにびっくりした。

 

 バドミントンの調子が落ち込んだ時でも、テストで赤点を取った時も、大喜は大喜だった。

 

 でもその時からの大喜は、まさに別人、だった。

 試合で勝っても喜ばない。そもそも性格とか、何もかもが変わったように見えた。

 

 でも私は、とりあえず季節外れの中二病ですかって思って、放っておくことにした。それ以外に考えられなかったし、もしそうだったら触れないでおくのが正解だと思った。

 

 でも、どうにもそうじゃないみたいだから、今悩んでる。

 

 別人が、長続きし過ぎてるから。

 

 じゃあ何か変な自己啓発本でも読んだのかしらと思うが、そんなレベルでもないし。

 

 匡くんにそんな相談をしてみたけど、匡くんは「あいつから言い出すまで見守る」と言った。

 

 私も、とりあえずそれが正解だろうと思った。余りに唐突で、劇的な変化だから、触ったりしたら爆発しそうで怖かった。

 

 だから静観していたのだが……そろそろ、我慢ができなくなってしまった。

 

 友達として、この変化を見過ごし続けるのは駄目だと思った。まあ今更ではあると思うけど。なんやかんや高校生になっちゃったし。

 

 とにかく、大喜にちょっと色々質問しようと思っている。

 

 探るのは、原因だ。変わった原因。大喜自身がそれを自覚しているかわからないから、とりあえず当たり障りない質問をするつもりだ。

 

 質問の候補はいくつかある。

 

『なにかつらいことがありましたか?』

 

 ……いやあ抽象的過ぎるかな。

 

『失恋とかしましたか?』

 

 そんな素振りはないと思う。

 

『バドミントンの調子悪いの?』

 

 これだったら、納得はできるんだけど……。

 

「……」

 

 ──ぜんぜん、そんなことないのだ。

 

 体育館。一網のネットを挟んで隣。バドミントン部が練習を行っている。

 

 部活の休憩中なので、軽くストレッチでもしながら大喜を見る。ダブルスの試合をやっていた。ペアは二年の先輩だろう。濃いめの茶髪で、この前校門前で話をしていた人だ。

 

 ぱぁんと、破裂音がなった。

 

 大喜のスマッシュが、コートに叩き込まれる。

 

 大喜のバドの実力は、変わる以前と比べて圧倒的に向上している。つまり不調とは全くの逆。とんでもなく好調。

 

 監督さんたちの言葉が耳に入って来る。

 

「どうですか。今年のメンバーは」

「……三年と、二年の針生が、主力のつもりでいた──んだがな」

 

 試合相手がドライブを返しぞ来ない、返球が浮く。大喜はすかさず飛び上がった。既に強打の構えを作っている。

 

「一人、別格がいる」

 

 シャトルが流星のように落ちた。

 

「ゲームセット、勝者猪股!」

 

 そのまま監督たちは、あいつは何を食ったらあんな変わるんだと冗談交じりの会話を続ける。

 

「……」

 

 そういうわけで、大喜は今、部内で一番強いらしい。

 私がいうのも何だが、高校に上がりたてなのに。二年、三年、先輩たちは誰も大喜に勝てない。

 

 でも、昔の大喜ならそんな状況だったら、うるさいくらいの自慢話を私や匡くんに聞かせるはずで、でも今は、大喜から全然話しかけても来ない。

 

 なにより、嬉しそうじゃない。

 

 だからやっぱりおかしい。ほんとに変だ。

 

(あ──)

 

 大喜がさっき試合してた人に質問されてる。たぶん、スマッシュ? の質問だろう。上からラケットを振っているし。

 

「おっ、大喜くん見てるじゃん」

 

「……にいなちゃん」

 

 ぼうっと見ていたら、島崎にいなが話しかけて来た。同じ新体操部の一年。いつも頭の上でお団子を作ってる友達だ。

 

「べっつに、見てないよだ」

 

「見てましたー。にやけてたからね」

 

 そんなまさかと口元を隠す。が、この行動は。

 

「ほら隠すということは、そういうことです」

 

「……策士」

 

 彼女は隣に座った。もう隠すのは止めて、じろじろと大喜を見ることにした。

 

「猪股、最近よく噂になるよね」

「うわさ?」

 

 何のことだろう。バドの調子が良いのは何故だとかだろうか。

 

「ほら、いまバド部で最強じゃん? だから女バドが……」

 

 ああ、それ。

 私も聞いた。体育館というのは異性の距離は適切に保たれるけれど、同性の距離はかなり近いから、そういう噂はよく耳に届く。

 

 大喜が、女子に人気出始めたとかいう、うわさ。

 

「……あんな根暗のどこがいいのやら」

 

 ちょっと前までならわかるけど。

 

「まあ……顔は整ってる方だろうし、あと、話したことないからじゃない? 遠くから眺めてる間は、きれいなのものでしょ」

 

 世の中だいたいそうだよね、とにいなは言った。

 

 こいつ結構いうなあと思うけど、それは表情に出さずに言葉を咀嚼する。

 

「……」

 

 そうだな、と思った。

 

 例えば海外。ヨーロッパ中世の煌びやかなお城とか、ノスタルジックな街並みとか。そういう”きれい”に期待して行ってみる人がいる。でも、実際に行ってみると、そんなに、っていう人も結構いる。

 

 私の競技もそう。新体操のきれいな動きは、泥臭い努力から生まれてる。地味な我慢から生まれる。

 遠くから眺めるだけなら、それを知らずに、きれいなものだけ見られるけど。

 

 近づいてみたら、きっとあんまり、だ。

 

 ”きれい”と”きれいじゃない”で打ち消し合ってしまうから。

 

 じゃあ、と思う。

 

 遠くから眺める、今の大喜はどうだろう。

 

「……」

 

 ──きれい。

 

 たったいま素振りをした。たぶん振り方の手本を見せたのだと思う。

 

 中学のときも、大喜のフォームはきれいだった。それでもきれい過ぎなかった。悪く言えば泥臭さが、よく言えば大喜らしさがあった。

 

 あとやっぱり音がきれいだ。空気を裂く音ににごりが無くて、すごく高い音が、空を斬る音が鳴る。だから素振りで、なんとなく、見ていなくても大喜が振ったのだなとわかったりする。

 

「……」

 

 でも、それなのに。明らかに上手くなったはずなのに。

 

 やっぱり大喜は、つまらなそうだ。

 

(私は、やっぱりこれがダメだな)

 

 暗くなったのは、いい。許すよ。仕方ないよ。色々あるんだね。それで、納得したくないけど納得するよ。

 

 でも、これだけダメだ。見過ごせない。

 

 おかしいよ。練習がうまくいったら。試合に勝ったら。

 

 大喜は、ぜったい笑顔を見せていたのに。

 

 私が知ってる大喜は、バドミントンやってる大喜は、いつも楽しそうだったのに。

 

「あ、雛。監督呼んでるよ」

 

「あ、うん。行こ」

 

 考えていたら、休憩が終わり。私が私のやるべきことに集中する時が来た。メリハリをつけなきゃダメだよねと、大喜のことは一度頭から外す。

 

 外し方は単純だ。後回しにする。後でやるからと自分に言い聞かすだけ。

 

(練習終わりにでも話しかけるから、今は忘れていいよ)

 

 それだけで、今は新体操に集中できる。

 

 でも最後に一つだけ思う。

 

 今の大喜に近づいたら、何が見えるのかな。 

 

 それは少し怖い。わからないのは怖い。自信がない。変わってから今まで、深く言葉を交わし合えなかったのは、きっとこのせいだ。

 

 変わったっていうのを、認めたくなくて、それが怖かった。

 

 でも今は違う。

 

 このまま、疎遠になって、大喜を忘れていくのが、そっちの方が怖い。

 

 だから私は、いまさら聞きに行ってみる。

 

 

 夕暮れ時、私はぱたぱたと駆けて、その人に声をかけた。

 

「や、大喜」

 

 帰り道、大喜の帰り時間に合わせた。先日の部内戦の時に話しかけようと思ったのに、何故か会えなかったが、今日は見つけられた。

 

「……」

 

 大喜は、振り向いてこちらを見ると、会釈した。

 

 え、何も返事しないのこいつと思うが、まあこちらも声かけしただけだから仕方ないかと思って、お疲れと言った。そしたらさすがに大喜も、お疲れ、と返してきた。

 

 やっぱり、他人行儀になった。

 

 心配だ。コミュ力がなくなってしまったら大喜唯一の取り柄がなくなったようなものだ。

 

 追いついた。隣に並ぶ。大喜の歩く速度が少し下がった。

 

「部活お疲れ。匡くんは?」

 

「先に帰った。兄弟いるから、たぶん面倒見るため」

 

 匡くんは相変わらず大人だなあと思う。相談とか受けるの上手そう。

 

「バド調子良いって? 噂になってたよ」

 

「……そうか」

 

 ああ、まただ。

 昔の大喜なら、こういう時ちょっと恥ずかしそうにはにかんだりする。でも今の大喜は、そうか、だけ。表情の変化はほとんどない。

 

(こういうのが、余裕に見えるのかなあ)

 

 ただまあ、落ち着いたせいか、私は大喜の良さがなくなったと思ったけれど、女子に人気が出始めたらしい。

 

 理由は、余裕があるから。確かに余裕がある人はかっこいいと思うが、大喜にそれが当てはまるのかなあと、噂を聞く度に思ってしまう。

 

 今の大喜は、バドミントンがつまらなそうに見えるから。まあそれではしゃぐとか、子どもらしさが消えたから、余裕がある風に映るのかも。あと何だかんだ顔はまともだし。もてる要素は、まあ揃ってると思う。

 

「バドミントン楽しい?」

 

「普通だよ。ただやるだけ」

 

 嘘だ。あんなつまらなそうに、全く笑顔を見せずにプレイしてるくせに。

 

「でも、疲れたな。俺は、バドはきっと普通だけど、部活が、そんなに好きじゃないんだ、たぶん」

 

「……? まあ、人間関係とかあるもんね」

 

 いまいちどういう意味かわからない。

 

 部活でバドミントンをするのが嫌ということ? 体育のバドミントンはどうなのだろう。

 

「……ところでさ、なんか、変な本とか読んだ?」

 

 匡くんは、大喜から話すまで待った方がいいと考えるようだ。でも私はそう思わない。

 

 たぶん、匡くんは親友で、私は友達だから、だ。つまりちょっと軽め。だからフットワークも軽い。踏み入ったことを聞ける

 

「変な……本?」

 

「そう。なんか、例えば、変な自己啓発本とか」

 

 変な本というか変な質問だ。でもまあ、一つ目。大喜の変化の原因を暴くための質問は、まだまだ多数考えてある。雛様は用意周到なのだ。

 

 とりあえず大喜の返答を待つ。中々返って来ない。自転車が私たちを追い越した。

 

 たっぷり時間を取って、大喜は答えた。

 

「……とくになにも」

 

 あ、なんか絶対読んだな。

 

「……」

 

「……おい、雛? なんだ」

 

 私は大喜の背後に回った。そして──。

 

「おい、ちょっ、雛っ、何やってるんだお前っ」

「うるさい」

 

 バッグをあさり出した。

 

 当然大喜は止めて来るが、あまり強くない。たぶん私に触れることを恐れている。たぶん大喜の私にする扱いが、友達の扱いではなくて、知り合いの女子の扱いになっているから。

 

 まあ、変わったのは半年以上前だし、その変な本を持ち歩いているとは考えづらいが……とりあえず探って見る。

 

 だが見つかるのは教科書だけ。まあさすがに──って。

 

「……これ」

 

 私は、一冊の本を手に取って、大喜に見せた。

 

 その本のタイトルは──。

 

『猪突猛進! 人に好かれる方法!』

 

「……だから、なんだよ」

 

 大喜は肩をすくめて恥ずかしそうにしている。

 

「……」

 

 ぱらぱらとページをめくってみる。しおりが挟まれている部分が開いた。そのページのテーマは『人に頼み事されたら断らない』だった。

 

 私は、笑みを堪えながら大喜の肩をびしばしと叩いた。

 

「いたい」

「痛くないでしょ」

 

 ──なんか、気を張ってたのがバカみたい。

 

 なんでつまらなそうにプレーするのかわかった。

 

 大喜はたぶん、コミュ力を失ったからだ。きっとそうだ。

 

 コミュ力がないから、先輩とか同級生とのコミュニケーションで疲れて、バドを楽しんでやる余裕がない。きっとそれだけ。さっきの言葉はそういう意味なんだろう。

 

 だからまた楽しめるように、今みたいな本を読んで努力してる。まっすぐに頑張ろうとしてる。

 

 やっぱり、大喜は大喜だ。

 

「……頑張りなさいね」

 

 ぷくく、と笑いながら言う。すると大喜は真面目に受け取ったのか、

 

「……雛も、頑張ってくれ」

 

 神妙な顔で返した。

 

 何を頑張るのか、いまいちわかりづらいけど、まあ今の大喜はコミュ症だから口下手なのだろう。確かな思いで、冗談ではなくて、何かを頑張れという思いが籠った言葉だったと、そう思うことにする。

 

 さて、質問はもういいや。とりあえず匡くんに今日の情報を共有しよう。どうでもいいけど“きょう”が三つあった。

 

 一番に伝えよう。大喜は、心配いらないって。

 

 真っすぐな大喜とは少し違うけど、大丈夫だって。

 

 るんるんとどこか軽くなった体で帰り道を二人歩く。夕日がやけにきれいに見えた。

 

 あ、と思い出すことがあった。

 

「そういえば、来週体育祭だね」

「……? ああ、そういえば」

 

 大喜はぽかんとして、思い出したように言った。

 

 ……やっぱり大丈夫じゃないかもしれない。勉強できるようになった癖に、記憶力どうなってんのよ。

 

「青組のアンカーでしょ大喜。ちゃんと勝ちなさいよ」

 

 大喜は、がんばる、と子どもみたいに言った。

 

 ほんとに大丈夫かなあ、そんなこと思って、ため息をつきながら、私は笑った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ──蝶野雛。

 

 隣を歩くこの人は、今何を思っているのだろう。

 

「……」

 

 本を見られたのは、失敗だった。

 あの本は、さすがに嫌われ過ぎていじめられるのは嫌だったから、この前買ったのだ。ブックカバーをつけるべきだった。

 

 いじめられる理由は揃っている。暗いし、態度悪いし、先輩に勝っているし、何より俺は大喜くんじゃない。

 

 だから買った。好かれるとはいかなくても、普通でありたいと思ったのだ。

 

 それを、雛に見られた。まあ雛が誰彼構わず言いふらすとは思えないが、何にせよ恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

「じゃあね、また明日!」

 

「ああ、また」

 

 雛と別れる。途中まで返り道は同じだった。

 

「……」

 

 後ろ姿を見る。遠のいていく後ろ姿を。

 

 雛の姿は夕日で逆光となって、どこか不穏な雰囲気を纏っているように見えた。しかし歩き方や腕の振り方から、上機嫌だという風に映る。

 

 本当に、彼女をどうすればいいのか、わからない。

 

「お前は、今の俺をどう見ているんだ」

 

 原作では、蝶野雛は猪股大喜を好きだった。

 だが徐々に好きという気持ちに気づいていく感じだった。なら大丈夫だろうか? 現状では原作であったイベントからかなり逸れているし。

 

 このまま行けば原作のように、告白してくることもきっとないだろう。

 

「……だが」

 

 もしも万が一、大喜くん貯金が残っていて、俺を通して昔の大喜くんを見てしまって、俺に告白してきたら。

 

 俺は”言いたくないこと”を言わねばならないのだろう。

 

 俺は、持っているのだ。

 

 彼女の好意を壊して、昔の大喜くんを好きだというさなぎ(感情)から解き放たせ得る──”完璧な一言”を、俺は既に持っている。

 

 この一言で全て終わるであろう、そんな言葉だ。

 

 だから頼むから、昔じゃなくて、今の猪股大喜を見てくれ。

 

「俺は、いいたくないんだ」

 

 お前を、きっと傷つける言葉になってしまうから。

 

 雛の後ろ姿は町の影に隠れていった。俺も自分の帰り道に戻る。

 

「……帰るか」

 

 そういえば、雛が言っていた通り、来週は体育祭だ。原作では描かれなかったけど、まあ現実になるとあるものだ。隔年開催というのもおかしいし。

 

 何事もなく、無事に終わることを祈ろう。

 

 そう思って、俺はラケットバッグをかけ直すと、歩き出した。




体育祭は一年次には原作で描かれなかったですが、二年生編で描かれているので、まあここら辺の時期にあるだろうということで。
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