成り代わりチートたいき君。   作:あとば

5 / 12
第五話『体育祭は楽な方』

「へえ、体育祭。懐かしいわねえ」

 

 千夏先輩との同居があったり、部内戦やら雛と話したり、とにかく色々あって、入学からひと月が経過した。

 

 そして今週は体育祭だ。

 食卓を囲む中で、家族と自然にそんな話題になった。

 

「二人は何の種目に出るんだい?」

 

 父親だ。眼鏡をかけている。

 

「私は借り物競争とバトンリレーです」

「ひゃくえむとバトンリレー」

 

 種目はけっこう原作と違う。百メートルは体力テストの五十メートル走で決まった。先輩の種目も、まあ玉入れ以外もやるだろう普通。

 

「じゃあ千夏ちゃんと最後同じ? 大喜足引っ張っちゃだめよ」

「がんばるよ」

 

 あと、リレーは同じだ。

 

 体育祭の組分けは単純なもの。俺と千夏先輩はどちらもB組だ。だから学年関係なく同じ青組になる。母は栄明出身だから組分けのやり方を知っていたのだろう。

 

「大喜くん足早いですよ。だからアンカー任せられてて」

 

 原作体育祭だと三年の女子が走っていたが、今年は違うらしい。男女混合ではあるが、割と組ごとでどういう順番で男女を走らせるか自由に決めて良い。

 

 体育祭も同じ青組だ。だからリレーの練習を放課後にやっている。

 

「へぇ、大喜はそんなに足速かったか」

「高校になってから伸びたよ」

 

 祖父が言った。

 まあ、嘘ではない。伸びたというかチートだけど。

 

「あ、あと私大喜くんにバトン渡すんですけど、受け取り方がすごい上手で。陸上やってたりしたんですか?」

「やってない……よね?」

「なんで疑問形なんだ」

 

 大喜くんの幼少期の描写はあまりなかったと思うが、多分やってないだろう。してたらそういう描写があるだろうし。

 

「まあ、リレーは結構好きですから。好きだと、頑張れるでしょ」

 

「……そっか」

 

 そうだ。好きこそものの上手なれという奴だ。

 

 俺は、何を隠そうリレーの練習をするのはけっこう好きなのだ。

 

 何故か。部活に行く時間が減るからだ。

 

 正直、嫌われていることがわかっている以上、できる限り部活に行く時間を減らしたいのだ。朝練は何だかんだ習慣になって続けているが、部員が大勢いる所にいたくない。

 

 あと原作通りダブルスも針生先輩と組むことにもなった。これも苦しい。俺は試合で勝つことはできるが、上手ではない。戦いのセオリーが全くないのだ。だから時々迷惑をかけたりする。

 

 そういう訳で、リレーの練習は放課後にあって、そこまで気合を入れずにできるし、プレッシャーもないので、けっこう好きなのだ。

 

「がんばろうね。大喜くん」

「はい」

 

 そして、当たり障りのない会話をして、食事は終わった。

 

 

 五月、某日。

 

 冬の残りか、春の終わりか。どこか肌寒く、日差しがやや強い日。

 

 体育祭が、始まった。

 

 青いハチマキを頭に巻いた──B組の一から三年の生徒は、気合を入れるために一か所に集まっている。

 

「……勝つぞ」

 

 そんな群衆の、先頭に立つ、見たことのない三年の先輩らしき人がそう言った。場がざわめく。しかしまだ、誰も吠えない。まだ言葉が続くことをみんな察したからだ。

 

「必ず──スペシャルチョコチップメロンパンを皆で食べるために!」

 

 そこで初めて、うおおおお! と雄たけびが上がる。

 

「……」

「……」

 

 熱気が押し寄せた。俺はさすがにこのノリについていける気がしないので、匡と一緒に木陰にいた。別にこういうノリが嫌いとかではないが……やはり合う合わないがあるものだ。棲み分け、大事。

 

 どうでもいいが商品は原作と違う。メロンパンだ。

 

 そして、選手宣誓やら、校長の挨拶やら形式的なものが終わり、いよいよ競技が始まる。

 

 栄明の体育祭は、全校生徒を学年関係なくクラス別に六組に分けて、この六組で点数を競い合う。

 

 順番は手元の予定表に載っている。

 玉入れ、二人三脚、百メートル走、借り物競争……飛んで最後の最後に、組対抗リレー。

 

 俺は百メートルを走り終えたらかなり暇になるだろう。まあ時間の潰し方は結構ある。トイレに籠るとか。

 

 さて、まずは玉入れだ。一年B組からは──。

 

「さてと……行ってくるわ」

 

 蝶野雛が出る。その他数人の女子。運動が得意でないもので構成されたメンバーだ。

 

「がんばれよー」

「頑張れ」

 

 匡と一緒に適当に声援を送った。メラメラ燃えているし、焚きつける必要はない。

 

 そして玉入れが始まった。次々に色とりどりの玉が飛び交う。

 

 俺たちが属する青組を見る。雛が小さな体躯を精一杯伸ばして玉を投げ入れている。小動物を見ている気分になった。

 

 しかし一個も入っていない。下手くそだ。

 

「……やっぱ蝶野さんかわいいな」

 

 後ろでそう呟く声がした。そして友達らしき人物から茶化す声が上がる。

 

 ……たぶんこの声は、原作で雛のことが好きで夏祭りの時、花火一緒に見ないかと誘った奴だ。

 

 原作だと歯牙にもかけられずという感じで終わったが、この世界ではどうなるだろう。俺が大喜くんではない以上、可能性は残っていると思うが。

 

 などと考えていたら玉入れが終わった。体育祭実行委員が玉を一個一個取り出して数えている。全組で一個一個同時に投げていって、一番多い組が最後に残るアレだ。

 

 青組は三位だった。十数人で投げ入れる競技だし、雛の下手くそ加減は関係ないだろう。

 

 次は二人三脚。匡が出場する。前の競技が終わる前に準備するので、匡は既にいない。

 

「いっこも入んなかった……」

 

 雛が戻って来た。お疲れと言った。

 

「ありがと。大喜もそろそろ用意しに行ったら? 匡くんの応援はしとくから」

 

 百メートル走は二人三脚の次だ。

 

「そうだな。じゃあ行ってくる」

 

「うん。行ってらっしゃい……もしも負けたらどうなるか……わかってるでしょうね」

 

 怖い。俺は逃げるように集合場所へ向かった。

 

 規定の集合場所にはもう人がそこそこ集まっている。百メートル走であるし、集まる人々は皆速そうだ。

 

 俺は軽くとーんとーんと飛んで準備運動をする。体の調子は何の問題もない。一応チートだし。成り代わってから風邪ひいたことはないから、体調がずっと良好みたいなチートがあるのかもしれない。

 

 少し経ち、二人三脚の最後の組がゴールした。匡は二位だったようだ。

 

 まだ二つの競技しか終えていないが、青組は総合三位。一位は果たして取れるだろうか。

 

「……」

 

 係員に先導され、いよいよ百メートル走が始まる。緊張感が多分にある。ふう、と息を吐き出して整えた。

 

 そして周囲を見渡して見る。落ち着くためだ。

 すると、千夏先輩を発見した。見てはならないとすぐ目を逸らそうとしたが、千夏先輩は既に俺を見ていた。

 

 千夏先輩と目と目が合う。ここで逸らすのはさすがに感じが悪いだろう。適当に会釈でもしよう。

 

 だがその判断を下す前に、千夏先輩がアクションを起こした。

 

 ぱくぱくと、口を動かす。

 

 口パク、だった。ゆっくりで、言葉をいうように、動かした。

 意味は、わかった。チートで視力はマサイ族並に良いのだ。それとついでに暇つぶしで勉強した読唇術のおかげだ。

 

”がんばって”

 

 そんな口の動かし方だった。

 

「……」

 

 ……まあ、なら、頑張ろうと思う。大喜くんのためだ。千夏先輩が望むことをするのは、彼のためになるだろう。

 

 そして走る時が来た。一年生だから最初に走る。誘導され、なんかスタートダッシュを切るための器具のある位置へ。スターディングブロックというらしい。スタブロだ。

 

 隣を走る五名に眼をやる。全部で六組。赤、青、黄、緑、白、黒。それぞれハチマキを巻いて、真剣な表情をしていた。

 

 見た目的に速そうな人たちばかりだ。陸上部っぽい脚の人もいる。

 

 でもやはり、部活とは全然違う。この緊張感は体育館とは比べ物にならない。

 

 だってこいつらは”本気”じゃ、ないのだ。

 

 位置について、の声がかかる。

 

 クラウチングスタートの構えを、取った。

 

 ぎしりと、膝と器具に体重をかける。力は入れない。脱力しなければ爆発力が生まれない。

 

 待ちわびるは、銃声。しかし優しい銃声だ。誰も殺すことはない。ただ、戦いを告げる銃声だ。その点ではきっと厳しいのだと思う。

 

 そして。

 

 パァンと、高鳴って。

 

 ──思い切りぶちかました。

 

 一瞬の風。前髪が風圧で逆立つ。自分の一切合切を後ろに落ちていくように走る。

 

 十秒そこらの全力の時間。でも体感時間は、それよりずっと長い。

 

 集中することで、人間は時間を遅くできる生物だ。時間操作という奴だ。そういう意味で人間はきっと、時間を超越しているのだろう。

 

 そういう訳で。

 

 一着だ。

 タイムは十秒前半。さすがに十秒切りはしない。変に目立って良いことはない。

 

「……ふう」

 

 駆け抜けが終わり、徐々に減速して、歩いて、止まった。そこで漸く一息をついた。

 

 まあ、チートだからね。仕方ない。周りが誰であろうと勝ってしまうのだ。

 

 それでも、チートで勝ったけれど、俺の精神は今日は気楽だ。

 

 どうしてか。

 

「……」

 

 ぶっちゃけ、たかが体育祭に本気になる奴はいないからだ。全力でやる奴はいるだろうけど。

 

 一位賞品のメロンパンを求めている奴は、全力で取り組みはするだろう。だが本気ではないはずだ。

 

「……」

 

 俺と同時に走った奴を見ればわかる。少し悔しそうな顔をして、終わり。感情的になる奴はいない。

 

 敗けて泣くことがない。

 

 悔しいとは思うだろう。でも泣くことはない。

 

 三年最後の大会で負けたら、悔しかったら、本気でやってた人は泣きたくなるだろう。でもこの、”体育祭”の百メートル走で一位でなくとも、泣くやつはいない。

 

 だから、気楽だ。遊びなのだ、やはり。

 遊びに全力を出す奴はいるけど、遊びに本気になる奴はいない。そもそも遊びで本気になったらそれは遊びじゃない。

 

 全員が走り終え、一着なので名前が読み上げられ、なんか拍手が起こって、俺は青組の元に戻る。

 

 ある程度青組の集団は学年別に分かれている。

 その、二年B組の集まり。千夏先輩がいた。また目と目が合う。

 

「……す」

 

 会釈と同時に「うっす」の”す”だけ言う。遠くだしこのくらいでいい。

 

 当然のことだが同居のことは匡以外に伝えていない。匡に言ったことは千夏先輩にも伝えている。

 

 だから表立って会話はできないし、しない。

 

 そのため、だろう。また先輩は口をぱくぱくとさせた。

 群衆の陰から、少し身を乗り出すように背伸びをして、多分こう言った。

 

”お疲れ様”

 

 

【挿絵表示】

 

 

 確かに、先輩はそんな風に口を動かした。

 

 走った後だからか。心臓の主張が嫌というほど激しい。

 

 俺もとりあえず口パクだけ返して、匡と雛の所に戻った。

 

 言葉は、込める余裕がなかった。

 

 

 百メートル走が終わった。大喜は既に戻ってきて、匡くんと話している。

 

「雛、猪股くん早かったね。陸上部とかいたのに」

「にいなちゃん……うん、びっくりするくらい」

 

 ちょっと前に、体力テストの五十メートル走で一位を取ったという話は聞いたけど、まさか陸上部やサッカー部がいる激戦の一組で一位を取れるほどとは思わなかった。

 

「ちょっとお手洗い行こ」

 

 誘われてついて行く。公立だと屋外のトイレは汚いけど、私立だからきれいで気に入っている。

 

 道中、にいなちゃんと話しながら、また噂を耳にする。

 

「さっきの青組の百メートルの子すごいね」

「陸上部だっけ?」

「話しかけてみよっか」

 

「……」

 

 大喜は気づいてない感じがするが、やはりモテ始めている。

 

 別に、友達としては喜ばしいことだ。だがやけに胸騒ぎがする。まあそこそこ長い付き合いだし、その、なんていうか、娘はやらんと言う父親、というか。

 

 表面的な大喜を見て好きになったかもしれない人が、何だか気に入らなかったりする。

 

「いま借り物競争か。うちのクラスからは誰が出るんだっけ」

 

 にいなちゃんの声ではっとして、会話に戻る。

 

 そして、だらだらと会話を続け、お手洗いを済ませ青組が集まる所へ戻った。百メートル走が終わったので、今は借り物競争だ。この競技は比較的時間がかかるので、まだ一組目の途中だった。

 

 走者が首を回しながら、お題に合った人を探している。どうでもいいけど、借り()じゃなくて借り()じゃないのだろうか。

 

 先生を連れて行ったり、友達を連れて行ったりして、なんだかんだ皆一分程度でゴールした。

 

 次の走者が準備をする。青組の第一走者はクラスメイトだったが、第二走者は誰だろう。

 

 青組の第二走者は……千夏、先輩。

 

 有名な人だ。女バスのエースで、雑誌とかにも取り上げられると聞く。あと男子からモテる。

 

(あんな人に好かれたら男子は皆気持ちに応えるだろうなあ)

 

 ちょっと劣等感を感じてもやもやする。まあ、私は別に好きな人とかいないから、関係ないけど。

 

 ぱんと鉄砲が打たれて、第二走者が一斉に走り出す。そしてお題の元へたどり着き、それぞれ紙を手に取った。

 

 正直けっこう運ゲーだよねと思う。さっきの走者の一人は『マスクに落書きしてる人』という、とんでもなく厄介なお題で大変そうだった。今はきっといない。

 

 先輩は楽なお題だといいなあ、と思って見る。先輩はきょろきょろして誰かを探しているようだった。

 

(……あれ)

 

 千夏先輩が、こっちに来てる。まあでもそっか。ここは青組が全学年固まっているし。それに青組以外の人に頼むのはちょっと違うか。さて、どんなお題なのだろう。

 

『お団子ヘアー』とかだったら私だ。でも走るの苦手だから迷惑かけたくないな……って。

 

 千夏先輩の視線の先には──

 

「大喜くん、こっちっ」

 

「……!」

 

 大喜がいた。そして、先輩は大喜の腕を掴んだ。

 

 大喜の表情は全くと言っていいほど動いていない。平然としているように見える。驚いていない?

 

 実際、千夏先輩に腕を掴まれたのに平常心。さすがに大喜でもおかしくないだろうか。

 

 これ……そういうこと?

 

「あの二人仲良かったの?」

「二人でいるとこ見たことないけど」

「あいつ運動も勉強もできて恋愛までかよ」

 

 クラスメイトもざわめく。私の思ったことを全部代弁してくれた。

 

 大喜と、千夏先輩って関わりあったの?

 

 二人は一緒に駆け出す。速い。独走状態だ。二人ともリレーに選ばれてるしさすがだ。

 

 そして今、ゴールイン。

 

「……」

 

 なんだろう、この感じ。

 

 何故かわからないけど。わかりたくないけど。

 

 羨ましいな。

 

 嬉しそうにする千夏先輩と、ほんの少しだけ口角が上がっている風に見える大喜を見て、私はそう思ってしまった。

 

 

 非常に、びっくりした。

 

 借り物競争が終わり、俺と千夏先輩と青組が集中している所へ戻る。

 

 しかし、本当に心臓に悪い。

 余りにもびっくりし過ぎて、驚く余裕もなかった。現実を理解できなかったのだ。

 

 何とか一着でゴールしたが、百メートル走よりも気分的には疲れた。

 

「ごめんね、急に」

 

「いえ。お題、なんだったんですか?」

 

 驚きすぎたのと色々と騒がしくてまだお題を聞けていない。

 

 尋ねると千夏先輩はひらりとお題紙を見せて来た。

 

『苗字に動物の名前が入ってる人』

 

「……ああ、()股」

「そうそう。いたかなあと思って……あっ、て」

 

 なるほど、納得した。お題が『根暗な奴』とかじゃなくて良かった。

 

 まあ一応同居しているし、真っ先に浮かんだ同じ組の人間が俺だったということだろう。

 

 それだけだ。何の問題もない。勘違いをするまでもない。

 

「それじゃ、また後で。リレーがんばろ」

「はい。頑張りましょう」

 

 そうして別れる。千夏先輩は青組の二年の塊へ先に入った。そしてすぐに同級生の女子たちに囲まれている。お祝い的なやつだろう。

 

「……?」

 

 何故か二年B組の男たちが俺を見ている。何だろうか。何か怒らせるようなことをしただろうか?

 

(……いやあ、してないだろう)

 

 さすがに。

 

 というか今日は青組に貢献しかしてないはずだ。百メートルでも一着だったし、借り物競争でも協力した。文句をいわれることはさすがにしてないはずだ。

 

 よし、大丈夫だと切り替える。

 

 さて、昼休憩を挟んで、いくつか競技が終われば、後は組対抗リレーだけ。

 

 何事も起こらず平穏に終わりますようにと祈って、俺は匡の所へ向かった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。