成り代わりチートたいき君。   作:あとば

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第六話『やっぱり体育祭は楽じゃない』

 リレーの時間になった。

 

 匡と雛、クラスメイトの数人から激励を貰って、てくてくと集合場所へ向かう。既にランナーがかなり集まっている。

 

 走者は一組で六名。全部で六組だから三十六名だ。もうその半数近くはいた。

 

 現在、総合点で青組は二位。一位は白組だ。リレーで白組より上の順位であれば、総合一位を取れるかもしれない。

 

 既に見知った顔ぶれがそろっていた。針生先輩と、千夏先輩だ。俺が会釈をすると、二人に気づかれた。

 

「大喜くん」

 

 千夏先輩がこっちこっちと手振りで示す。何だろうか。駆け足で近づいた。

 

「いい忘れてたけど、百メートル一位おめでとう」

 

「……ああ、ありがとうございます」

 

 何を言われるかわからず構えたが、普通のことだった。良かった。バトンを君に渡したくないから針生君と代わって、とか言われたらどうしようかと思った。

 

「先輩も、借り物競争一位、おめでとうございます」

 

「あれは大喜くんのおかげだよ」

 

 なら俺が百メートルで一位を取れたのもきっと先輩の応援のおかげだろう。

 

 それを言おうか迷っていたら定刻になってしまった。実行委員がそろそろ準備してくださーいと誘導を始める。

 

「じゃ、私あっち側だから。一位取ろうね」

 

「はい。頑張りましょう」

 

 千夏先輩が離れていった。

 

 男女で走る距離は変わらないが、アンカー以外はグラウンドを半周する。一周が四百メートルなので二百メートルだ。

 だから一周するのに二人要る。半分半分にランナーを分けて一周分にするのだ。

 

「大喜」

「はい?」

 

 針生先輩だ。何か腑に落ちないような表情だった。

 先輩は千夏先輩にバトンを渡すので、第四走者になる。第六走者、アンカーの俺と同じ場所で待機中だ。

 

「お前たちって仲良かったっけ?」

「…………あ」

 

 そういえば。

 

 俺と千夏先輩、部活とか体育館で特に話してないし、関わりがない。針生先輩が大喜くんの好意に気づいくイベントないし。

 

 昼前の借りもの競争も不自然だ。

 まさか、あの時千夏先輩のクラスメイトに見られたのは、そのせいか?

 

 ……というか、今も見られている。周りの男たちから。

 

「まあ、朝練、で時々話すので、それで……」

「ふーん、そう」

 

 とりあえず適当な理由を作ると、針生先輩は納得したのか興味がないのか、それ以上踏み込まなかった。

 

 完全にそういうことを気にしていなかった。クラスメイトも不自然に感じたかもしれない。まあでも正直借りもの競争のお題は予想できないし、不可抗力か。

 

 それにさっきの千夏先輩の会話だって普通の日常会話程度だろう。周りからは同じ体育館部活だし時々話すんだろうくらいに思われたんじゃないだろうか。

 

 そういうことにした。今はリレーに集中しよう。……視線は、全く消えていないが。

 

「……」

 

 そして、いよいよの時が来る。

 

 妙に、どこか静かになった気がした。これはあれだ。ライブが始まる前のホールの雰囲気という感じだ。

 

 ざわざわはある。でも静か。この先の熱狂を想像して、それと相対的に見て今が静かだと感じるからだろうと思う。

 

 そして予想通り。

 

 ──リレーが始まった瞬間、だった。

 

 場が、どっ、と一気に騒ぎ出す。

 

 皆が自分のチームを応援しているのだ。原作で西田先輩も行っていたが、スポーツ強豪校の栄明で体育祭を制するのは学校を制するようなものなのだ。みんな全力だ。

 

 次々とバトンが次の走者へと手渡されていく。

 流れ作業で軽々としているように見えるが、当人たちはかなり集中している。今の走者はうまく手渡すことを、次の走者は速度を維持して加速することをせねばならない。

 

 青組はリレーでも現在二位だ。そして一位は白組。今年度は白組と青組に運動神経のいい人が集中したのだろう。

 

 そろそろ針生先輩の番が巡って来る。まだ二位を保っている。一位との差はあまりない。十分逆転は可能だ。

 

「さて、じゃ、怪我だけはするなよ。ダブルスペアに怪我されると俺が困る」

 

 針生先輩は伸びをし、軽くアキレス腱を伸ばした後、背を向けて言った。

 

「はい。気を、つけます」

 

 ダブルスの県予選はすぐに始まるのだ。今怪我するのはかなりまずいだろう。

 まあよほど変なことをしなければ足を壊すことはない。ただ走るだけだし。

 

 そして針生先輩にバトンが渡る。いよいよリレーも終盤戦だ。

 

 針生先輩は好調のまま走り、一位との差が少し縮まった。バドミントン部は全力疾走とは余り縁がないから、当人の運動神経による速さだろう。

 

 二位のまま千夏先輩へバトンが渡った。バトンミスもない。うまく勢いをつなげて、先輩は加速していく。徐々に徐々に一位との差が縮まっていく。

 

 これなら特に目立たず、百メートルの感じでそこそこの速度で走れば、一位になれそうだ。

 

 ふうと、安堵のため息をついて、俺はテイクオーバーゾーンに入る。

 

 良かった良かった。やはり余裕の勝ちは精神的に楽なものだ。いつもこんな感じで、気楽にやれたらいいのに。でも部活はみんな本気だから大変なのだ……あ、千夏先輩が転んだ。

 

「……?」

 

 ちなつせんぱいがころんだ。

 

 ──はあ?

 

 

 偶然、だった。

 

 特に体の不調があった訳ではない。精神的に参っていた訳でもない。至って、千夏は好調だった。

 

 だから転んだことに必然性はない。誰かに足をかけられたということもない。ただ偶然足もとが砂っぽくて滑りやすく、ぐーっとカーブを回るときに足が滑った。

 

 それだけ、だった。

 

 ずきずきとする痛みに顔をしかめる。すぐに落としたバトンを拾った。

 

「……っ」

 

 いや、違った。それだけ、ではない。

 

 少し距離を感じていた同居人と、今日は近づけた気がした。だからほんの少しだけ、気分が良かった。

 

 それが、気持ちを逸らせたのかも、しれない。

 

 とにかく、今は早く走りださなければと駆け出す。

 しかし人間はすぐに加速できない。けたたましい足音、生暖かい風と共に、後続がどんどん千夏を追い抜いていく。

 

「うーわ、負けじゃん」

 

 応援にかき消されず、群衆の中の誰かが言った言葉が、千夏の耳に届いた。

 

「っ」

 

 いや転んだのは自分だ──だから、と足を動かす。

 

 でも心苦しさはある。自分のせいで負けるのは、誰だって嫌だ。それに皆が見ている場所だった。

 

 だから、痛む足を、心を、駆動する。

 

 それでも、もう。

 

 千夏は、青組は最下位だ。既に後続はいない。青色以外が、自分の前に全員いる。

 

「……っ!」

 

 ぞっと背筋が凍った。

 嫌だ、敗けたくない。自分のせいで敗けるのは嫌だ。みんなが繋いでくれたバトンを、自分のせいで台無しにするのが嫌だ。

 

 だが先頭は今まさにバトンを渡した所。加速は途切れる気配はない。

 

 もう、ダメだと、一位は取れないと、千夏はほんの少しだけ、目を下に落とした。

 

「──先輩っ」

 

 それを、たたき起こす声があった。

 

 目の前。というのはどこか遠い。五十メートルはある。その先で立って、千夏を見つめる人がいた。

 

 同居人だ、彼の、声だ。 

 

 強い、彼だ──猪股、大喜だ。

 

 考える前に駆け出した。背中を押された気がした。

 

 髪が逆立つ。横髪が揺れる。限界の全力疾走だった。

 

 十秒もかからず、千夏は辿り着く。大喜は既にバトンを受け取る体勢で駆け出している。

 

 そして、千夏は最後の力を振り絞って。

 

「たいきっ、くんっ」

 

 ぱしりと、バトンが渡る。

 

 その本当に、一瞬の間隙。

 

 大喜は前を見ず、後ろばかり気にして走っていた。だから大喜も、千夏も互いを見ていた。

 

 だからだろう。

 口だけ動かして、声は出さずに、大喜は言葉を送った。

 

”ありがとう”

 

 大喜は──圧倒的なスタートダッシュを切った。

 

 

 ひたすらに、足を前へと送る。

 

 上には五組のランナーがいる。普通はどうやっても一位にはなれない。距離的な問題でもあるし、人間の能力的な問題でもある。

 

 いろいろな問題があって、この状況での一位は、普通は無理だ。

 

 だから、何だ。

 

(許せない)

 

 あの、言葉だ。俺にも聞こえた、あのくそったれた、ふざけた言葉。

 

”うーわ、負けじゃん”

 

 そんなことを言った奴に報復することが決定した。そんな事を言われた選手が傷つかないと思うのか。他者の気持ちを考えられないアホだ。

 

 そして何よりも。

 

(”千夏先輩のせいで一位を取れなかった”)

 

 そんなことを、許してなるものか。

 

 だが、先頭とは距離が、絶望的にある。

 

 先頭の白組アンカーは既に半分ほど走り終えている。そこからかなり離れて後ろに四組が続く。

 アンカーだから、少し長い。グラウンドを半周ではなく、一周。400m走る。

 

 でも、だ。

 

 追いつく猶予は、十分にある。追い抜かせる可能性は、多分にある。そう思える。

 

 何故? 言わずもがなだ。

 

 無駄にチート野郎の、俺が走るのだ。

 

(全部、ぶち抜く)

 

 この時くらい、無駄じゃないチートであって見せろ。誰かのための力であってくれよ。

 

 だから、めきりと、踏みつけるように大地を駆ける。

 

 爆発的に一人追いつき、抜いた。赤組。残りは四名。少なくとも最下位は免れた──だからなんだ。

 

 千夏先輩の性格上、一位を取れなかったら自分のせいだと思うだろう。

 

 だから、一位以外取ってはならないのだ。六位も五位も四位も三位も二位も全部要らない。

 

(一位、以外は全部”敗北”だ)

 

 もう、目立ちたくないとか、関係ない。

 

 思い出せ。

 

 お前が今生きているのは、何のためだ。

 

(あの人に──)

 

 最早視界の外にいて、どんな顔をしているかさすがに見えない、あの人に。

 

 幸せに、なってもらうためだろう。

 ならばあの人の望みを全部叶えろ。一位を取ろうと言っていただろう。あれを、全力で叶えろ。

 

 覚悟が、満ち足りた。また一人抜く。

 

 いるのは後二人。思った間に抜いてもう一人。あと一人。陸上部。リレーの練習のとき見た。全国区のランナーだ。

 

 あの人のゴールまでの残存距離は、百メートルを切っている。俺は今半分。だいたい二百メートルの位置。倍の距離だ。単純計算で、俺はあの人の倍の速度で走らねばならない。

 

「──やってやる」

 

 あの人が五十メートルを六秒で走るとしたら──二倍の記録、つまりは俺は五十メートルを、三秒で、百メートルを六秒で、走ってやる。

 

 でも、と最後の自制心が働く。

 

 それをやったら、多分、人間扱いされない。五十メートルが世界で一番速い人だって五秒切りはできないのだ。それを飛び越えて四秒切りはさすがにダメだろう。

 

 それに、人間の限界を超える出力はやったことない。足が壊れる可能性がある。チート野郎ではあるが、人間の限界を超えないという線引きは守っていたのだ。

 

 だからやっぱり二位で収めるべきかなんて、保身をしたくなる。

 

 でも。

 

 聞こえてしまった。

 

 応援の声が、聞こえてしまった。

 

 チート能力は関係ないもの。視力はマサイ族みたいな感じだが、聴力はチートじゃない、普通だ。

 

 それでも、確かに聞こえたか細い声。

 

 ”がんばれ、大喜くん”

 

 それが”誰”であるか──もはや関係なかった。

 

「──!」

 

 前傾姿勢の極致のような体勢。腰を徹底的に低く、獣のように、前に倒れ込むように足を回す。

 

 人間じゃない速度を、出した。

 

 いる。前に一位がいる。一瞬の肉薄だ。そりゃそうだ。たった数秒だ。だというのに体感は十倍はある。

 

 隣に並ぶ。視界の端に白組のアンカーの顔が見える。驚愕していた。青組のアンカーが何故ここにといった顔だ。

 

 追い、抜かす。

 

 そしてつむじ風がゴールテープを切り裂いた。

 

 ──いっ、ちゃくっ。

 

 ほんの少しの、実在したか判然としない間があって、歓声がどっと上がる。

 

 後続が続々とゴールをする。俺はとっくに減速しているから、抜かされていく。

 

 ゆったり歩いて、俺は止まる。ランナーの駆け抜けで危険でない場所に行く。

 

 そして俯き、息を荒げて座り込んだ。

 

 

「……はあ、はあ」

 

 へたり込んだまま、呼吸。

 

 さすがにいきなりトップギアを出し過ぎた。それにあの速度は多分人間の限界を超えた奴だ。足に少しガタが来ている気がする。

 

 さすがにダブルスにすぐ影響することはないと思うが、何か一つ足に強い衝撃が加わったら、まずいかもしれない。

 

「……はあ」

 

 でも、今はそんなのどうでもいい。

 

 ──どこの誰だよ。

 

 走り終え、走っている最中が出なかった汗が流れる。止まると出るものだ、汗は。

 

 でも汗だって、どうでもいいのだ。

 

 座ったまま、群衆を、睨む。

 

 ──”うーわ、負けじゃん”とか言った奴は、どこの誰だ。勝ってやったぞ、撤回しろ。

 

 ああ、駄目だな。気が立ってる。息が落ち着かない。

 

 落ち着かないと黒歴史が出来そうだ。しかし怒っているのだ。ヘタレ野郎の癖にいっちょ前に(いか)っているのだ。

 

 そのせいか、一応一位を取ったのに誰も寄って来ない。というかいや、違うな。

 

 これは多分あれだ。速すぎたからだ。そりゃそうだ。五十メートルを三秒で、百メートルを六秒で駆け抜けたのだ。

 

 何だか群衆の声にも、ざわめきの中にぽつぽつと「さすがに速すぎない?」とか「ドーピングしてんじゃね」とか、訝しむ声がする。

 

 やり過ぎたかもしれない。

 

 今更になって後悔の念がにじみ出てきた。

 

 千夏先輩も引いてるんじゃないだろうか。だとしたらやった意味がない。

 

 座ったまま、反応を確認するために横を見たら、すぐそこに千夏先輩がいた。ぎょっとする。

 

 こちらを、見ていた。

 

「……!」

 

 体操着は土で汚れていた。転んだところも、流血はしていないが、膝小僧が少し赤い。砂が所々についていた痛々しい。早く手当てをと思う。

 

 俺が何も言えず見つめていると、千夏先輩は微笑んだ。

 

「ありがとね、たいきくん」

 

 先輩がしゃがんで、座る俺に、手のひらを向けた。

 

 思わず、俺も手を出す。

 

 でも顔を見るのが何だか恥ずかしいし、やってはならないことに決めていたので、斜め下を見て。

 

「ナイスラン」

 

 ぱちりと、ハイタッチ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 強くはない。弱く、緩やか。ゆっくりだ。ばちんっ、て感じじゃない。

 

 そこで漸く何か言う余力が湧いて来た。先輩を介して、得体の知れない超パワーが宿ったのかもしれない。

 

「先輩も」

 

 きっと、人生で一番優しいハイタッチ。

 

 ぴったり合わせた手のひらと手のひら。合わさった時間は一瞬だったけれど、どうしてか満たされるものが多々あった、そんなハイタッチ。

 

 先輩が嬉しそうにしてるなら、頑張った甲斐はあったなと思って、俺は立ちあがった。

 

 そして、青組の人たちに囲まれる。疑念は多分うやむやになったみたいだ。

 

 その後は、なんか胴上げされて、青組が一位になって、メロンパンを食べて、何事もあった体育祭は終わった。

 

 

 体育祭は終わり、後の祭り。

 

 栄明の生徒たちは疲れていたが、どこか清々しい疲れを感じて、それぞれ帰路につく。

 

 そんな中の、とある一組。

 

 彼女たちは帰り道、打ち上げでもしようという話になって、だらだらと歩いて店に向かっていた。

 

 そこで、紫がかった女子高生の一人が、一つの話題を作る。

 

「ねえねえ、青組のアンカーのひとって誰かわかる?」

 

「あー……黒髪の?」

 

「そうそう。最後意味わからないくらい速かったひと」

 

 ツインテールの彼女が抱いた印象はそのくらいだ。正直特徴は余りなかった。出ていた競技は百メートルとリレーだけで、どちらも走力がものを言う競技だ。

 

「確かバド部の……いのまた、たいき?」

 

 友達の一人は知っていたようだ。大喜は決して無名ではない。何だかんだバド部で一番強いという評判は知られている。

 

「最後陸上部の人から勧誘受けてたね。さすがに断ってたみたいだけど」

 

「あと青組の人に胴上げされてて面白かったよ」

 

「それ見た見た。あと、けっこうかっこ良かったよね」

 

 紫がかった髪色の彼女がそう言うと、場の空気が少しひやりとする。

 

「……菖蒲」

 

 彼女の友人が、諫めるように名前を読んだ。

 

 紫がかった髪の、ツインテールの女子高生──守屋菖蒲(あやめ)

 

「あんた彼氏いたでしょ」

 

「もー別れました」

 

 友人に咎められたことを意に介さず、んべっと舌を出した。

 

「ていうか、あんたのタイプじゃないでしょ、あの子」

 

「うーん、まあ、タイプっていうかさ……」

 

 それを言われると言葉に詰まる。確かに顔は余りタイプではない。強いていうなら雰囲気はクール系で彼女の好みではあるが……今回は重要ではなかった。

 

「ま、なんとなくかな」

 

「相変わらず軽いねー」

 

 友人の一人がそう言うと、軽く笑いが起こる。それでこの話は終わり、別の話題へと移る。

 

「……」

 

 菖蒲は、口では”なんとなく”と言ったが、実際は明確な理由があった。ただ口に出すと長くなるし自分でも言語化できていない所があったから言わなかった。

 

 友達との会話に適当に返事をしながら、考える。

 

(最後の、アレ)

 

 あの全力疾走。

 

(多分、ちーちゃんが転んだのを帳消しにするために走った)

 

 それはつまり、自分のための全力ではなくて、誰かのための全力であったということ。

 

(そういう人が私を好きになってくれたら長続きすると思うんだよねー)

 

 菖蒲の恋愛経験は豊富だ。でもどの恋愛も長く続きはしなかった。

 

 相手に求める理想も高く、自己評価も高いが故のものだが、ここを彼なら解消できるのではないかと菖蒲は思った。

 

(私を好きになってくれたら、すごく、大切にしてくれる気がする)

 

 自分の意見を押し付けたりせずに、尊重してくれる気がする。誰かのために全力を出せる人はきっといい人だから。

 

(部活入ってないし、バド部マネージャーとかも、案外面白いかもなー……まあ、今はいいけど)

 

 でも、動き出すことはしない。

 

 恋ではないからだ。興味というのが正しい。

 軽く恋愛をやると周囲に公言している通り、気持ちも軽いものだ。

 

 菖蒲は、いたずっぽく微笑んで呟いた。

 

「夏休みまでに彼氏できなかったら、ちょっかい出してみよっかな」




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