成り代わりチートたいき君。   作:あとば

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第七話『期待してたよ』

 体育祭も終わり、もうダブルスの県予選だ。

 高校入学から、四月と五月の過ぎるのは本当に速いものだ。

 

 俺は原作通り針生先輩とペアを組まされ、出場する。ダブルスは苦手だから先輩に迷惑かけないように頑張ろう。

 

「よし、県大会出場決定」

「おめでとうございます」

 

 そして、いま予選は終わった。

 

 ……終わった?

 

 いや、正直自分でも驚いている。

 試合数は結構あったのだが、本当に一瞬だった。バドミントンの試合は終わった後に一瞬だったと感じると言うが、まさにその通りだ。

 

「なんで他人事だよ、ダブルスペア」

「冗談です」

 

 試合が終わった俺と、針生先輩はコートから出る。長居はできない。広い会場に多々並ぶコートの間で少し落ち着いた。

 

「さて、勝ちはしたが、課題が多いな。基本的にお前だけど」

「……はい」

 

 そしてビシバシと指摘をいただく時間がやって来た。嫌われているから心なしか原作よりも厳しい気がする。

 

「まだロブ上げ過ぎだ。体勢立て直す時に時間が欲しいのはわかるが、上に行くと安易なロブは命取りになるから気をつけろよ」

「はい」

 

「あとプッシュ、時々振り切れてない時があるから。今日はミスしてないけど、ネットに掠るくらいの気持ちでいかないといつかミスるぞ」

「気をつけます」

 

 ……そんな感じで、指導の連発である。やっぱり嫌われている。

 

「ああ、あと、足は大丈夫そうか。違和感があるといってたが」

「あ、はい。それは大丈夫でした」

 

 この前の体育祭で感じた足の違和感は勘違いだったようだ。ダブルスで結構動いたが、痛みもない。

 

 これは安心した。

 チート野郎ではあるが、重い怪我をするとさすがにまずいのだ。

 

 一応チートの一つに『自然治癒速度が速い』があるものの、捻挫や骨折となると少なくとも一週間はかかる。これでも結構チートな方か。

 切り傷程度なら一日で治るのだが。

 

(何にせよ、人間の限界を超えるのはさすがに駄目だな。これ以上やると色々とまずい気がする)

 

 体的にも、人の眼的にも。

 体育祭のあと教員から呼び出されて色々面倒事があったのだ。ドーピング検査受けたりとか、陸上部入らないかと言われたとか。

 

 ただまあ、そんな頻繁に重大な問題は起こらないはずだ。基本的に人間の能力の範疇で問題は片付くと思う、たぶん。

 

 そんなことを考えながら、そういえばそろそろあの男が来るんじゃないだろうかと思った──その瞬間。

 

「あーっ! そこにいるのは嘘つき約束破り嘘八百のハリー先輩!」

 

 けたたましい声が響き渡ったと同時に、針生先輩に蹴りをかます(避けられた)影が一つ。

 

「試合で勝ったら鹿野千夏さんの連絡先教えてくれるって言ったのに!」

「公式戦でだよ」

 

 岸、祥一郎だ。

 髪を上げて、ヘアバンドで抑えている。結構奇抜なヘアスタイルに見えた。

 

「うおおお! 嘘つきめ! じゃあどうしたら連絡先教えてくれるんだ!」

 

「あ? えー……そうだな」

 

 口をとがらせてどうするかとめんどくさそうに悩んだ針生先輩は、にやりと笑って、こちらを見た。

 

「来週のシングルスで大喜に勝っ……一ゲーム取れたら、鹿野千夏の連絡先教えてやるよ」

 

 先輩は俺を指差しながら言った。

 

「……君、一年?」

 

 岸祥一郎に問われたので頷いた。

 そうすると、ふーんと冷めた顔をし、そして。

 

「余裕じゃん」

 

 面と向かってそう言った。

 

「よし! よし! よーし! 連絡先ゲットだ!」

 

 文面考えよー、っとスキップしながら岸祥一郎は、上機嫌な様子で去っていった。

 

 残された俺と、針生先輩は顔を見合わせる。

 

「……怒んねえの?」

 

 針生先輩が尋ねて来た。

 まあ、実際あって顔を合わせてみると、結構嫌な奴だなと思うが、怒るようなことはされていない。

 

「俺は、俺を貫くだけですよ。何があっても」

 

 それに、それどころじゃないのだ、俺は。

 

 去った後の面影を探して、奴が駆けていった方を見る。

 

 岸祥一郎。

 

 俺は、お前に期待しているんだ。

 

 お前ならもしかしたら、と思ってるんだ。

 

 お前なら──大喜くんの次に、千夏先輩を幸せにできるかもしれない。

 

 

 運命の試合当日、(岸祥一郎)はコートに入った。

 

 今日の試合は、いつもと少し訳が違う。憧れの人──鹿野千夏さんの連絡先がかかっている。

 

 相手はよくわからない暗い奴。名前は、猪股大喜。

 

 正直針生先輩は俺を舐めてる。”こいつに勝ったら”なら、まだわかる。けど一ゲーム取れたら連絡先?

 

(余裕過ぎだろ)

 

 連絡先はいただいた。文面はちゃんと考えてある。まずは”初めまして”からだ。

 

 そんなことを考えながらだからか、にやにやが止まらない。

 とろけた顔でじゃんけんを行い、勝った。幸先良い。

 

 俺はサービスを貰った。

 

 位置につく。ガットで指で押す。羽を指先で撫でる。軽く肩を揺らした。相手も、準備が整ったのか棒立ちをしている。

 

 そして、主審の声で試合が始まる。

 

(攻めまくって、一ゲームなんざすぐ取ってやる。でもって勝利だ)

 

 まずアンダーサーブを打った。コートの奥に相手を追いやる。

 今ならどんな球でも返せそうだ。連絡先を得れるという高揚感のおかげ。

 

 だが、相手は──

 

(なんだ、こいつ)

 

 異質、だった。

 

 俺のアンダーサーブを、思い切り高いクリアで返した。そこまではいい。でも、浅い(・・)

 

 コートのハーフライン程度の浅さ。深くない。

 

(打ってこいってか。舐めやがって)

 

 じゃあお望み通りにしてやるよと、シャトルの下に入り、構えて飛ぶ。ジャンピングスマッシュだ。

 

 強打。スマッシュは相手の真正面に飛んでいく。

 

 相手は俺を見るだけでレシーブの構えも取れていない。軽く鼻で笑う。針生先輩もこいつも、舐め過ぎだ俺を。

 

(まあいいや。さて、とりあえず一点先取──)

 

「え」

 

 返され、た。

 

 一瞬だった。猪股大喜の腕がぶれたと思ったら、シャトルは真上に、俺が今いる位置に、あった。

 

(ロブ? だよな……でも何でまたこんな浅く打つんだ)

 

 着地し、見上げながら思う。

 

 猪股大喜のプレイは、意味不明だ。ミス? にしては態度が余りにも普通過ぎる。狙ってやったようにしか見えない。

 

 またスマッシュを打つ。同じように返される。これを数度繰り返す。

 練習じゃないのに、試合なのに、何故かノックをやってる気分になった。

 

 そして、一ラリーでスマッシュを十数回打ち、最後に打点が低くなってネットにかかった。失点だ。

 

 猪股大喜は、このラリーを通して全く同じ高さ、同じ位置にしか返球しなかった。

 

 くっ、と声を漏らし、こっちのコートに落ちたシャトルを拾って向こうへ送る。イラつく相手だが礼儀だ。仕方ない。

 

 今度は向こうのサーブだ。いったい、何を──またかよ。

 

 猪股大喜は、さっきのロブと同じ浅さ、同じ高さで、アンダーサーブを放った。

 

 意味がわからん──。

 

(本当にこいつは何がしたいんだ? 何で攻撃の手番を渡し続ける?)

 

 だがそれでも攻撃は続ける。仕方ない、正面突破はやめた。今度は、コースを突いてやる。

 

 そしてまたスマッシュ。飛んでいくのは奴にとってのバック側、左手。奴の立ち位置はコートの真ん中、腰は低いが、さすがに取れないはず──は?

 

(また、同じとこに──!)

 

 どこ打っても、返してくる。

 

 意表をついたドロップも先読みされて、前に出て来て同じようにロブを。

 

 クリアも同じだ。打ったと同時に動かれて、また同じ場所に返球。

 

 こっちが取れる点は、偶々あいつがミスったショートサーブや、サーブのレシーブミスだけ。

 

 俺の実力で取った点は、まだ一点もない。

 

 あいつは、攻めない。ただ、ど真ん中に高いロブをあげ続けるだけ。

 

 俺は、攻める。コースもついて角度もつけて、全体重を乗せて思いっきりスマッシュを打つ。

 

 でも。

 

 また、ネットにかかる。

 

 また、ネットにかかる。

 

 また、ネットにかかる。

 

 また、ネットにかかる。

 

 また、ネットに──。

 

「……はは」

 

 ──ああ。

 

 ここまで打てばわかる。笑ってしまうほどに、わかる。

 

 もう数十回打ってる俺のスマッシュ。最初、中盤のような勢いはもうほとんどない、俺の攻撃。

 

 わから、された。

 

(俺のスマッシュ、通じねえや)

 

 何度打っても、何を打っても、全く同じように、返されるだけ。

 

 そこには、全く同じように、何を考えてバドやってんだっていう、能面の敵がいるだけ。

 

 俺は唾をごくりと飲んで、こいつは何なんだと、嫌気がするほど暑いはずなのに、どこか寒気を感じてしまった。

 

 

「前にいったな。大喜は戦術がなってないって」

 

「針生くん……ああ、校門のところで」

 

 女バスがたまたま近くの北高で練習試合があったらしく会場に来たから、暇だし解説でもしてやるかと、俺は語り始めた。

 

「あれのことだ」

 

 観戦用の高台から、会場の真ん中あたりで戦う大喜を指差す。

 

 大喜は打たれたスマッシュを高く浅いロブで返球し続ける。ものすごく消極的な戦い方だ。

 

「あいつは、バドミントンは強いけど、バドミントンは下手くそなんだ」

 

「……つまり?」

 

 さすがに言葉足らず過ぎるなと、もう少し重ねる。

 

「個々の能力──体力、技術、パワー、スピード。そこら辺は超一級だ。普通にインターハイレベルだよ」

 

 あるいは既に兵藤さんや、その他の化物たちよりも上かもしれない。

 

「でもそれら一級の能力を、生かしきれてない。個々の能力で圧倒してるだけ」

 

 例えば、料理するときに食材は一級なのに、レシピを一応見ただけの素人が作ると、プロと比べたら見た目がひどいことになるだろう。でも味は何だかんだ一級の食材だから普通にうまい。

 

 それに似てる。

 

「つまり使い方が下手くそだから、今みたいな戦い方になる。防御のやり方をとりあえずロブ上げとくかくらいにしか思ってないんだ」

 

 だからダブルスもロブ上げまくるから矯正が大変だった。本当に中学時代バドやってたのかと疑うレベルだ。

 

「ふーん、でも、強いんだ」

「そうだ。普通にあいつのスマッシュを同じ所に返球し続けるとか、意味わからん技術だからな」

 

 そう、つくづく本当に、あいつは「意味わからん」だ。

 

(そもそもあんな危険な手段を取らなくても敵の体力を削ることはできる)

 

 大喜はわざと、一番良いスマッシュを打たせてる。角度も速度も重みも全部、岸の最大値を出せるようなロブを、ずっと上げ続けている。

 

(何故、大喜はあんな手段を取る?)

 

 今のように浅いロブではなく、深いロブを打てば、もっと効率的に体力を削れる。圧倒的なレシート力があるんだ。深くロブを上げるなんて容易だろう。ショートレシーブで前に落として振るのもいいはずだ。

 

 さすがに大喜もそこは理解しているはず。じゃあ何故?

 

 少し考える。わざわざ、浅いロブを上げ続け、スマッシュを打たせ続け、同じようなレシーブを続ける、理由。

 

 ……ああ、なるほど。

 

(心を、折りにいってる訳だ)

 

 それくらいしかない。

 敵の一番自信のある所を、容赦なく粉砕する。確かにこれをすれば体力も、精神力も同時に削れる。効率的だ。

 

「ほんと、嫌な()だ」

 

 シングルで戦うのが嫌になるなと、俺は苦々しく笑った。

 

 

 鹿野千夏は、針生と女バス部員たちに混ざらず、少し離れた位置から大喜を見ていた。

 

(大喜くん……)

 

 同居人。

 先日、色々と助けてもらった。強い人。

 

 しかし今日はどこか、その雰囲気が違って見えた。

 

(戦い方、違うせい?)

 

 普段の大喜の試合をときどき見ていたが、いつもはあんな戦い方をしない。

 

「見ろよあの試合」

「うーわ、性格悪、あの黒髪」

 

(あ、ミス)

 

 観客の声が影響したかわからないが、猪股大喜はサーブがネットにかかって失敗した。

 

 思わず千夏はぎゅーっと手すりを握りしめた。

 

「……」

 

 そんな千夏を見ていた眼鏡をかけた男──笠原匡は、自身の試合に向かうついでに、彼女に話しかける。

 

「近くで見ないんですか?」

 

「え、あ、うん。ここで」

 

 そうですかと匡は返事した。

 そして、大喜の方を見ながら、口を開く。

 

「あいつのこと、千夏先輩はどう思います?」

 

「……? どう、っていうと」

 

「ああ例えば、性格とか」

 

 問われた千夏は、うーんと、目を閉じて思い返す。

 

 大喜のこれまでの行動。

 

 朝練。毎日来て頑張ってる。

 部活中。真面目。つらそうにしてるのに、頑張っていて偉い。

 家。すごい丁重に扱われてる感じがする。お客様気分。もっと雑でいいのにと思う。

 体育祭。びっくりするほど速かった。同じ人間かなあと思った。

 

 あと、あの時。悩んで、迷ってたとき。

 

『誰かのためです』

 

「……」

 

 色々を思い返して、千夏は目を開いて、言った。

 

「優しい、とかかな」

 

 匡は眼鏡の下で、細い眼を見開いた。

 

「……あの戦い方見て、ですか」

 

「まあ……うん。でもあれは試合だし」

 

 匡が指差す先には、レシーブで全く同じロブを上げ続けるだけの戦い方をする大喜がいた。千夏もちょっと微妙な顔をしたが、それでも頷く。

 

「それに大喜くん、煽りとか、おふざけでやってる訳じゃないでしょ。顔見ればわかるよ」

 

 千夏には、いつもと同じに映っていた。

 

「少しも──笑ってない」

 

 いつも通り、つらそうだった。

 

「だから真面目に、相手の体力を削る戦いをしてるんじゃないのかなあ」

 

「……たぶん、そうでしょうね」

 

 匡は同意した。

 千夏先輩にあらぬ勘違いされているのではと思って話しかけたが、杞憂だった。わりと本当にお似合いの二人なのかもな、と思う。

 

(おそらく、千夏先輩の見方で合ってる)

 

 あんな戦い方をする理由は他にない。愚直に体力削るためだ。

 

 しかし、びっくりするほど不器用な奴になったのだと、最近になって匡も気づき始めた。

 

 体力を削るならもっと上手いやり方があるだろう。本当に不器用過ぎる。

 

(でもまあ、色々(・・)と効果的だとは思うけど)

 

 相手の顔は、もう、死んでる。

 

(わからせてるんだろうな。お前に、千夏先輩は無理だって)

 

 匡はこの戦いの事情を知っている。

 相手は千夏先輩の連絡先を得ようとしている。つまりは、大喜にとって恋敵だ。なら潰すのも無理はないだろう。

 

 そう思って、匡はそういえば、と気づいた。

 

 千夏先輩はこの情報を知っているのだろうかと思う。まあ多分知らないだろうからと、匡は告げることにする。

 

「そういえばこの試合、先輩の連絡先がかかってるらしいですよ」

 

「え」

 

 

 ──周りから今俺は、性格最悪最低のカスに、見られてるんだろうな。

 

 飛んで来る高速で重たいスマッシュを、冷徹に同じ場所へ返球しながら、思った。

 

 そりゃそうだろう。

 こんなロブばかりの、一切の攻める気のない姿勢だ。

 

 岸祥一郎は汗だくになって攻めている。攻めさせられている。その顔にはどこか疑念が見て取れた。

 

 そりゃ、そんな顔になる。

 周りもそうだろう。なんで、馬鹿の一つ覚えの如く同じような返球しかしないのか。

 

 きっと万人がこう思うはずだ。

 

『ふざけているのか』

 

 違う。

 

 本気だ。

 俺は、本気でこの作戦を実行している。

 

 勿論、普段ならこんな試合はやらない。

 普通に失礼だし、する意味もない。いつもなら全力で攻めて、時々チートで勝っているという自己嫌悪でミスして、以下繰り返しで、終わる。

 

 でもこの試合ばかりは、それができない。

 

 いつもなら、試合する時は罪悪感を身に纏って臨む。

 チートだけの奴がアオのハコに入るなんて最悪の愚行だからだ。汚すだけだからだ。申し訳ないからだ。

 

 だがこの試合だけは、それもない。

 

(俺は、お前と千夏先輩を、応援したいから)

 

 だから、俺はお前を全力で潰しにいく。

 

 俺の生きる意味、生存理由、アオのハコを汚し続ける理由──千夏先輩に、幸せになってもらうため。

 

 俺が主体的に幸せにすることはできない。そんな資格はないし、千夏先輩が俺を好きになるはずがない。何より大喜くんにこれ以上申し訳ないことをしたくない。

 

 だから、せめて。

 

 千夏先輩を、この世界で二番目(・・・)に幸せにできる人間を、応援したい。

 

 そして岸祥一郎は、その二番目に幸せにできるかもしれない可能性を持っている。

 

 だって、お前は。

 

(あの人に、幸せになってもらいたいと、思ってるから)

 

 理念が共通している。色々と大喜くんには及ばない人間ではあるだろう。でも、千夏先輩を大喜くんの次に幸せにできる男ではあると、思ったのだ。

 

 自分のことだけではなくて、他者を慮れる人だから。

 

 そう、だから俺は。

 

(”全力”かつ”本気”でお前を潰すための戦いをする)

 

 あえてスマッシュを全く同じように返球し、一切の攻めしない。どれだけ甘い球でも、どんなチャンスでも、全く同じところに返球をする。

 

 期待しているんだ。

 

 お前が、心折れず立ち向かって、俺から絶対に一ゲームを奪うという──覚悟を、示すことを。

 

 それはつまり”千夏先輩の連絡先を得るため”に、どんな困難にも屈さず突き進む──そんな覚悟を示せと、言っている。

 

 これで潰れるようなお前だったら、千夏先輩を幸せにするなんて不可能だから。

 

(大喜くんの次に千夏先輩を幸せにできる人間は、大喜くんの次に折れにくい人間でなければならない)

 

 だからお前が俺を跳ねのけて、絶対に千夏先輩を幸せにするという意志を示すことを期待しているのだ。

 

 まあ、それを示せても千夏先輩と付き合える訳ではないが。

 

 そもそも俺が応援できると思っても、千夏先輩の意思が何より重要だから、無理にくっつけることなどできない。しかし少なくとも、影ながら頑張れと応援はできる。

 

 だが、もしも両想いまで持っていけたら、一応無駄なチートを抱えた奴が味方につく。肉体労働的な面だったら多分世界一役立つだろう。無料の完璧なセコムがつくような感じだ。

 

 しかし。

 

(もう、無理だな)

 

 ぺしりと、スマッシュがネットにひっかかった。

 

 絶望した顔で打つスマッシュは、ひどく弱々しい。ネットインの気配もない。強くネットに当たれば、跳ねてこちらのコートに入ったかもしれないのだ。

 

 なんというのだろう、気持ちの軽さだ。スマッシュを打つ際に最も重要なものは、たぶんどれだけ思いを乗せれるかだ。体重じゃないんだ。

 

(その絶望(感情)を乗せれば、重いスマッシュは放てるのに)

 

 でもまあ、これで絶望する奴では幸せにできないか。

 

 シャトルを自分で拾う。

 落ちた側にいる人間がシャトルを拾ってサーブを打つ者に渡すという不文律があったと思うが、こんな試合だし仕方ない。岸祥一郎にそんな余裕はもうない。

 

 そして、岸祥一郎が投げやりにサーブをクリアで返した。もう、試合を捨てていると見ていいようだ。

 

「……」

 

 シャトルの下に入る。深くない浅いクリア。ちょうどコートの真ん中あたり。

 

 俺はこの試合初めて、構えた。

 

 シャトルが、落ち──スマッシュ。

 

 爆音が、轟いた。

 

 それと同時に鳴る甲高い音。

 破裂音とは全く異なる妙な音。

 何か金属が転がる、場違いな音。

 

「……意味、わからん」

 

 それ(・・)が何故起こったかわからない。

 

 しかし、一つ推論するならば、俺がこの試合で初めて放った強打だったから。

 

 自転車にしかり、車にしかり、ギアを一気に上げ過ぎると良くないだろう? 徐々に上げていくものだ。たぶんラケットもそうなのだ。

 

「おまえ、なんなんだよ、ほんとに……」

 

 岸祥一郎が、自分自身のラケットを落として、言った。

 

「……」

 

 ラケットが、折れた。

 

 ガットが切れるのではなく、折れた。

 

 失敗した。力加減を間違えた。

 

 まあでもラケットは意外と折れる。テニスでもなんか折れるらしいし。でもあれは叩きつけてるか……まあ、何にせよ、折れてしまった。

 

 ラケットも──岸、祥一郎も。

 

 もうそうなったら、駄目だ。

 

(気持ちが、足りなかったな)

 

 大喜くんなら折れなかっただろう。むしろ嬉しそう……はさすがにないが、少なくとも試合中にそんな態度を取ることなどないはずだ。

 

 この時点で、もうない。

 

 お前は──千夏先輩と一緒に、幸せになれないよ。

 

 替えのラケットを持ってきた後、試合が再開される。微妙に重さが違うが、まあ問題ない。ほとんど打ってなかったようなものだし、大したズレはない。

 

 岸祥一郎は投げやりで、アンダーのロングサーブを打った。浅い。

 

 またスマッシュを打つことにする。もう期待するのは終わりだ。

 

 シャトルの下に入って構えを作った。

 

 落ちて来る。

 

 ふと、思う。

 

 俺は多分、地球上でもっとも重いスマッシュを放てるだろう。

 

 こればかりはチートは関係ない。ただの感情の話だ。

 

(感情をどれだけ込められるかで、たった三グラムの羽の重みは、変わる)

 

 またスマッシュを放つ。今度はさすがに折れない。

 強打が敵のコートへ突き刺さったのかと思うほどに、重く落ちた。

 

 岸祥一郎は一歩も動かない。呆然とシャトルを見送った。もう完全に折れてしまったようだ。

 

「……」

 

 それを見て、ここで漸く、いつもの自分の気分に戻る。

 

 千夏先輩を幸せにできるかもしれない奴を見る目ではなくて、アオのハコの登場人物として、岸祥一郎を見る。

 

(……やっぱり、最低だな)

 

 こんな奴はアオのハコにいてはならない。

 

 何様のつもりだろう。人を試すようなことして。

 いくら千夏先輩を幸せにしないといけないと言っても、こんな人の心を折るような真似をする必要はなかっただろうに。

 

 自己嫌悪が今更になって湧き出て来る。本当今更だ。

 自分勝手な理由で一人の人間の自信をへし折っておいて、今更罪悪感を抱くなど。

 

 ──やっぱり、早く、アオのハコから抜け出したい。

 

 ここも、試合会場もきっとアオのハコの一つだ。俺には、本当に似合わない。

 

 また絶望が、噴出した。

 

 そして打ちやすい球が飛んで来る。シャトルの下に入って、スマッシュを打とうと構える。

 

「……」

 

 ああなんで、世界で一番、スマッシュが重いか。

 

 自明の理だが、一応述べる。

 

 俺は、常に絶望し続けてるから、だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 地区大会が終わり、栄明中学高等学校の体育館に戻った。

 

「うう、くそう……また大喜に敗北した……」

「ま、まあ、まだインターハイ予選もありますから……」

 

 原作通り決勝を西田先輩と戦い、原作から外れて勝利した。何を言えばいいかわからず、とりあえず試合の機会はまだあるとフォローをした。

 

「そうだな、頑張るよ、俺。頑張るよ、大喜! うおおおおおお!」

 

 ……西田先輩のキャラがいまいちわからない。まあいつもこんな感じのテンションか。

 

 じゃあなと言った針生先輩と、西田先輩と別れる。ロッカー前で話していた。

 もうこの場にいるのは俺と、匡。

 

 あと──

 

「地区大会優勝おめでとう。先輩にも勝ったって?」

 

 蝶野雛だ。

 

「まあいつものことか」と付け足した雛は、にこにこ笑って「よくやったぞ」と変な口調で言った。

 

「……なんで、上から目線なん、だ──?」

 

 思わずツッコもうとすると、スマートフォンが振動した。ポケットから出す。

 

(誰だろう。原作だと千夏先輩だが、そんなはずある訳ないし。じゃあ母か。いよいよお前は大喜じゃないといわれる日が──は?)

 

 ライン。通知を押して、表示された文字。

 

『明日

 水族館行かない?』

 

 なぜだ。

 

 衝撃で思わず、スマホが落ちた。

 

(なぜ原作通りに? いやそうか。匡は勘違いしているのか。俺が千夏先輩を好きだと。だから気を利かせて──)

 

 ばっ、と匡を見る。ただ、急にどうしたんだと驚いただけ。

 

 ──匡、じゃない?

 

「明日水族館行かない……鹿野、千夏」

 

 ──雛。かがんでいる。見られた。落としたから画面がつけっぱだ。

 

「……あの(・・)?」

 

 呆然とした様子で雛は言った。かなり衝撃的だろう。

 原作だと大喜くんと先輩の距離が近いことに驚いていたが、この場合雛は、俺と千夏先輩の接点が皆無だと思っているのだ。

 

「……あれ? 二人って……付き合って」

「ないよ」

 

 あらぬ勘違いをさせてはならないと遮る。強く遮れた。今日は珍しく口が回りそうだ。相手がしどろもどろだからだろう。

 

「ただ、ど──じゃない。なんていうんだ、その」

 

 やっぱ回らない。この口下手!

 しかしなんて言えばいい──というか、俺も千夏先輩がなんで誘って来たかわからない。じゃあ何も言えな──

 

「大喜は千夏先輩が好きなんだ」

 

「えっ」

「えっ」

 

 匡がとんでもない爆弾を投下した。

 

「そ、そう、なんだ……」

 

 ああなんか勘違いが加速していく気配がする。

 

「それで地味に話しかけてたのが功を奏した……みたいな」

 

 さすがの匡のフォローもなんか雑だ。ひどい。

 

「へ、へぇ」

 

 ああ、雛の勘違いが完了した。もう止められない。下手に違うといい張っても、強がりと思われるだけだ。

 

「……良かったじゃん! 誘われるなんて超脈アリだよ!」

 

 ばんばんと背中を叩いて来る。痛くないが、いたい。

 

「初デートなんだから、ちゃんと大喜がしゃべって、先輩リードしなさいよ!」

 

 そう言い残し、たったと駆けて去っていく。

 

 沈黙。もうロッカールームには、俺と匡だけだ。

 

「……匡」

 

「? どうした、大喜」

 

 何か言うことがあるのではないかと、目で訴える。

 しかし匡は、はてなマークを浮かべるだけだった。

 

 やはり、匡の差し金ではない。

 

 では千夏先輩が自発的に?

 そういえば、同居人と仲良くしようみたいな意味を持っていたと言ってたか? でもそれだって匡の誘導があったおかげだろう。

 

 ……もういいや。

 

 訳がわからない。考えるのやめた。

 

 今日は疲れた。明日考えよう。でも水族館は明日か。当日考えるのか俺は。でももう今、考える余裕はない。

 

 俺は天井を見上げて、はは、と諦めの笑い声を零した。




次回更新はちょっと間が空くと思います。
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