パチンコ大好き山伏女がダンジョンの下層階で遭難した美人配信者に注文通りハンバーガーセットを届けたら全世界に激震が走った件   作:羽黒楓

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第117話 ありがとう

 それは、崩れたがれきの上に、ベチャッという音をたてて降り立った。

 最初に見たとき、零那(れいな)はそれをただのスライムだと思った。

 人間の身体と同じくらいの大きさの、水色のスライム。

 なんの霊力も感じない。

 

 だが。

 

 最弱のモンスターであるスライムが、地下20階というこんな深層階にいるものだろうか?

 零那(れいな)の頭の中で危険信号が鳴り響く。

 

「みんな、気を付けて!」

 

 零那(れいな)は仲間たちに注意を呼び掛ける。

 そして、零那(れいな)の予感は的中した。

 そのスライムが、まるで溶け落ちるようにがれきの上に流れていったのだ。

 すると、そこに現れたのは。

 一人の女性だった。

 その女性が、スライムの粘液で自分自身を覆っていたのである。

 

 ウエーブのかかった長い茶髪。

 真っ黒な修道服。

 その表情はどこまでも穏やかで、優しい。

 眉のラインは意志の強さを感じさせるように、濃いストレート。

 

「うっ……!!!」

 

 直後、すさまじい霊力を感じて零那(れいな)羽衣(うい)は身構えた。

 

「なんて強大な霊力……! なんで今までこれに気づかなかったの……!?」

 

「うふふ……」

 

 その女性は笑う。

 

「このスライムはね、魔法の力をすべて遮断するのよお。だから、これを身に付けている私の魔力もあなたには感知できなかったのよお」

 

 そう言う女性を、零那(れいな)は見知っていた。

 

「朱雀院……彩華(あやか)さん……」

 

 零那(れいな)が呟く。

 

「うふふ。そうよお。お久しぶり」

「……やっぱり、あなたが黒幕ってわけ? ヤっちゃんを殺したのはあなた?」

 

 零那(れいな)の問いに、彩華(あやか)は優し気にニコッと笑うだけだ。

 

「答えなさいよ! 虹子さんやトメさんに呪いの刻印を彫ったのもあなたね? いったいなんでこんなこと!」

 

「うふふ」

 

 彩華(あやか)は力の抜けた笑顔を見せる。そして、零那(れいな)の質問には答えず、こう言った。

 

「ありがとう」

「は?」

「ありがとう、零那(れいな)ちゃん。それに羽衣(うい)ちゃんもね」

「なにがよ!?」

 

 彩華(あやか)はちらりと氷の球体に目をやる。

 つららの作った球体。

 それは零那(れいな)羽衣(うい)によって二重の防護法術がかけられてある。

 そんじょそこらの衝撃や魔法ではビクともしないはずだ。

 その球体を幽霊のヤミが、

 

「私の身体ぁ!」

 

 と言いながら爪でひっかこうとしているが、もちろんそんなことでは球体を壊すことなどできない。というか、霊体のヤミでは球体に対して物理的な力を加えることなどできないのだが。

 

「うふふふ。想定以上だわあ。本当に、ありがとう。あの子の死体は大切なものなの。それはあなたたちにとっても同じことだと思っていたわあ。その通りだったわね。あの死体を綺麗なままあの幽霊に返してあげたかったんでしょう? だから、死体を操って攻撃させれば、きっとあなたたちは死体を傷つけないよう、そうやって防護魔法をかけてくれると思っていたけど……。まさか、子宮までつくってくれるなんて」

「意味わかんないわよ! 何を言っているの!?」

 

 零那(れいな)はカッとなって大声を出した。

 状況がわからない。

 いったい自分が何をさせられていたというのか。

 

 彩華(あやか)は光を帯びた薄いブラウンの目だけを動かし、辺りを見回す。

 

「うふふ。ドローンは撃ち落としたし、もう配信はしてないわよねえ? 私はあなたたちを殺した後、日常生活に戻るから、世間様にこれが知られると困るのよねえ、うふふ。……そうね、零那(れいな)ちゃん、なんのために自分が死ぬのか、わかる?」

 

「何言ってんの! なにもわかんないわよ!」

 

「うふふ。そうよねえ。でも、どうせ殺すなら、あなたにはそれを知ってから死んでもらった方が、私の心もすっきりするわあ。だから、教えてあげる……」

 

 彩華(あやか)の茶色い虹彩が少し広がったように見えた。

 狂気の笑顔だった。

 

「私が産んだ赤ちゃん……。私がエシュ様と交わり、私のお腹からエシュ様のお子として産まれた、尊い赤ちゃん……。石の姿となってしまった……。産まれたのは、2003年2月22日……」

 

 それを聞いて、幽霊のヤミがハッと顔を彩華(あやか)に向けた。

 

「そう、大平(おおだいら)深夜(みや)ちゃん。あなたと同じ誕生日。私の赤ちゃんの魂がこの世に顕現するための依り代として最適なのよお。深夜(みや)ちゃん。あなたの身体の霊的な所有権はもう私たちにあるの。あなたの魂はあなたの身体から完全に離れてしまったからね。あなたの魂とあなたの身体だったその死体は、もうなんの関連もない〝他人〟なのよお。残念だったわね……」

 

「何言ってるのお! やだあ! これ、私なのお! 私の身体ぁ!」

 

 ヤミが絶叫する。

 彩華(あやか)は目を細めて慈愛の笑みを浮かべる。

 

「大丈夫よお。深夜(みや)ちゃん、ありがとうね。あなたの身体は世界を救う礎になるの……。あなたの魂は神の元へと送ってあげる。天国で幸せに暮らせるわあ。さて、零那(れいな)ちゃん、羽衣(うい)ちゃん。あなたたちはものすごい力を持っている。その魂の力を使って、私の赤ちゃんの魂をその身体に移植するの。ただひとつ懸念点があってね。魂を移し替えるとき、ものすごいパワーがその死体に流れ込むことになる……。それに死体が耐えられるかしら? もしかしてその衝撃で身体が壊れちゃうんじゃないかしら? そう思ってたの」

 

 それを聞いて、零那(れいな)はすぐにピンときた。

 

「それで……! 私たちに、被甲護身(ひこうごしん)の法術をヤッちゃんの身体にかけるように誘導したってわけ!?」

 

「その通りよお。ついでに子宮付きだなんて。ふふふ、その氷の球体はまさに子宮。いえ、卵かしらねえ? 魂を安全に移し替えた後、その卵を割って我が子が産まれてくるの……。きっと、卵の中で雪女ちゃんの魂も吸収しちゃうかもねえ……ふふふ」

 

 ヤミは殺された。

 虹子とトメも死の刻印を彫られた。

 それはすべて、彩華(あやか)の狂信的な行動によるものだった。

 怒りに燃える脳みそを、零那(れいな)は意識的にクールダウンさせる。

 心は冷静に。

 零那(れいな)は自分を落ち着かせるために、ひとつ、大きなため息をついた。

 そして努めて静かに言った。

 

「なるほどね。それで今までの全容があらかた分かったわ……。でもその作戦、どうしたってうまくいかないわよ」

 

「なんでそう思うのお?」

 

「なぜなら! そもそもあなたは私たちを殺せない! 羽衣(うい)! 行くよ!」

 

 零那(れいな)羽衣(うい)が同時に、法螺貝を口にあてた。

 

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