パチンコ大好き山伏女がダンジョンの下層階で遭難した美人配信者に注文通りハンバーガーセットを届けたら全世界に激震が走った件   作:羽黒楓

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第118話 戦いの始まりを告げる音

 それはまさに戦いの始まりを告げる法螺貝の音だった。

 

 零那(れいな)羽衣(うい)の吹く法螺貝の響きはダンジョンの中に大きく響き渡る。

 二重の被甲護身(ひこうごしん)がかけられてある氷の球体ですら、ミシッと音をたてたほどだった。

 

 彩華(あやか)は目を見開く。

 その瞳孔は開ききっていた。

 耳まで届こうかというほど口角を上げて、人間とは思えぬほどの恐ろしい――だが美しく、慈悲に満ちた、優しい笑みを浮かべる。

 

「ふふふ……ふふふふふふ、あはははははは! 私の! 赤ちゃん! 20年以上! この時を! 待ってたわ! 今、ママが助けてあげるわよお!!!!」

 

 法螺貝の音が反響している。

 それは空間を清浄に保つはずだったが、それをものともせずに彩華(あやか)の身体からおぞましいほどの妖しげなオーラが放たれる。

 

「私はすべてをエシュ様に捧げた! 純潔も! 血も! 魂も! 肉体も! すべてを! 我が子のために! 殺してあげるわ、山伏(やまぶし)女!」

 

 途端に、修道服を突き破って彩華(あやか)の背中からなにかが生えてきた。

 

 それは翼だった。

 天使の羽のような、まっしろな翼。

 彩華(あやか)の腕が二メートルほども伸びた。

 

「私はぁ!」

 

 彩華(あやか)が叫ぶ。

 

 右手がミシミシと嫌な音をたてて変化していく。

 修道服の袖をビリビリと引き裂きながら巨大化したその腕は、真っ白な肌をしていた。

 清浄な雰囲気をまとって光り輝いてすらいる。

 そしてその手は三又の槍を握っていた。

 

「世界をッ!」

 

 今度は左手が巨大化する。

 そして鏡のように眩しい光を放つ、大きな盾が出現する。

 

「人類をッ! 救ってくださる精霊様の母なのよお! 私こそ、新たなる聖母!」

 

 

 彩華(あやか)の真っ白な翼がひとつ、はばたく。

 彼女の身体は宙に浮いた。

 そしてその頭上に――。

 直径50センチはあろうかという、これもまた光り輝く天使の輪が浮かぶ。

 

「私は世界を! 人間すべてを! 私の赤ちゃんを! 私自身を! 救うための聖なる存在なのよお!」

 

 圧倒的な霊力だった。

 

 それだけで零那(れいな)の身体が吹っ飛びそうになる。

 零那(れいな)羽衣(うい)は手を握り合い、足を踏ん張り、前かがみになってその圧力に抗う。

 

 零那(れいな)は叫び返した。

 

「何を言っているのよ! それで人を殺して! 人殺しじゃないの、ただの悪人よ! 悪人が世界を救うだなんて、できるはずがないでしょ! 許されるはずもない!」

「殺したのではないわよお……。送ったの。神様の元へと、安楽な天国へと送ってあげたのよお! その魂は神様の元で幸せに暮らしているわ! 終末の鐘が鳴り、この世界が地獄に染まるのを防いだ、まさに聖人にしてあげたのよお!」

 

 チッ、と零那(れいな)は心の中で舌打ちをした。

 話にならないわね。

 零那(れいな)にとって零那(れいな)が信じる神仏とこの世界がすべてなように、彩華(あやか)にとって彩華(あやか)が信じる神とその世界がすべてなのだ。

 

 ――力なき正義は無力。

 

 そんな言葉が脳裏をよぎった。

 ちらっと氷の球体にとりすがっている幽霊――ヤミを見た。

 

 彩華(あやか)の発する霊力には、幽霊を浄化する作用もあるようだった。

 

「私、私、私は……。もう、死んだの……?」

 

 真っ青な顔で、ヤミは床にへたり込んだ。

 

「私は……もう……この世に……いないの……? お母さんにもう会えないの……?」

 

 ヤミの存在が消されようとされている。

 霊体が薄れ、消し飛びそうになっているのがわかった。

 まさに、『天国へ葬送』されようとしていた。

 

 ヤミは――大平深夜(みや)はついに自分の死を自覚し、そして消え去ろうとしていた。

 

 零那(れいな)はヤミに向けて法螺貝を吹いた。

 

 プオオオン! という轟音がヤミを包む。

 山伏の信仰は生者と死者、どちらをも救うためのものである。

 魔を払う力を持つ法螺貝の音は、生きる力――というより、存在を諦めようとしているヤミの魂に響いた。

 そこでやっとヤミはハッとして零那(れいな)を見た。

 零那(れいな)は腹の底から叫ぶ。

 

「ヤッちゃん! ペンダントをギュッと握って! 自分を信じて! あなたはまだ生きてる!」

 

 その声は届いたようだった。

 母に預け、再び自分のものとなったペンダント。

 ヤミはそれを両手で握りしめる。

 

「お母さん、お母さん、お母さん!!」

 

 薄れ始めていたヤミの姿が少し濃さを取り戻した。

 

 

「ふふふ、無駄よお! さあ、死になさい!」

 

 それと同時に。

 零那(れいな)たちの後方でも別の出来事が起こっていた。

 

 祭壇の前にいた老婆、ハナエ。

 彼女が、けたたましい笑い声をあげた。

 

「ひゃひゃひゃひゃひゃ! 彩華(あやか)、よくやった! エシュ様の力を十全に取り込んだな! 儂もエシュ様に純潔を捧げた者。少しだが手助けしてやるわ!」

 

 

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