パチンコ大好き山伏女がダンジョンの下層階で遭難した美人配信者に注文通りハンバーガーセットを届けたら全世界に激震が走った件   作:羽黒楓

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第124話 迦楼羅炎

 零那(れいな)は迫りくる矛先を避けもせずに、彩華(あやか)の瞳をじっと見つめていた。

 狂気に満ちてはいる。

 だけど、そこに欲望はないように思えた。

 自らの霊力どころか生命力すべてを燃やしている。

 その力があふれ出て音楽となり、辺り一帯に響き渡っていた。

 零那(れいな)を殺めようとする攻撃。

 彩華(あやか)はこの一撃にすべてを賭けているのだろう。

 その結果、自分が死ぬことになってもかまわないと思っているのだ。

 実際、この一撃の後、彩華(あやか)は死ぬことになるだろう。

 彩華(あやか)の想いが伝わってくる。

 

 ――我が子のために。

 

「お姉ちゃん、よけてぇ!」

 

 羽衣(うい)の声が聞こえる。

 それでも零那(れいな)は避けなかった。

 攻撃だとか防御だとか、そんなことは考えていなかった。

 ほかのことを考えていた。

 

 羨ましいわね……。

 

 そう思っていた。

 

 母とは、親とはかくあるべきなのかもしれない。

 

 零那(れいな)は自分自身の母の姿を思い浮かべた。

 

零那(れいな)のためを思っているのよ。立派な山伏(やまぶし)になるのがあなたのためなの。学校に行きたいだなんて、お母さんを悲しませないで……』

『友だちなんて作っちゃダメ。零那(れいな)を堕落させるだけよ。友だちがほしいだなんて、お母さん、泣きたくなっちゃう』

『修験道を頑張れば神様や仏様が見ていてくれるのよ。それ以外考えちゃダメ。小説なんて読んじゃダメよ。漫画なんてもってのほか。こっそりおばあちゃんに買ってもらったんでしょ? それ全部捨てておいたから。お母さんを悲しませないで』

『修験者がおしゃれしていいわけないでしょう! すぐに脱いで! お母さんがいやなことしちゃだめよ』

『お母さんが』

『お母さんの』

『お母さんを』

 

 主語はいつも『お母さん』だったなあ。

 私は私のために生きているんじゃなくて、お母さんのために生きてるみたいで。

 それでも子供のころはそれが当然と思い込んでいて。

 お母さんは本気で自分のことを考えていてくれてるんだって思い込んでた。

 大人になった今はわかる。

 私がお母さんのために死ぬことはあっても、お母さんが私のために死ぬことはないだろう、という確信。

 

 我が子のために自らの命を燃やし尽くす、そんな三又の矛が零那(れいな)の心臓を貫こうとするその直前。

 

 零那(れいな)は、素手でその矛の穂先をつかんでいた。

 母たる愛情をすべて込めたその攻撃も、化け物じみた強さを持つ零那(れいな)の前では。

 なんの意味ももたなかった。

 

「ぐっ……! 絶対に! 絶対に! 絶対に! 私の赤ちゃんをぉぉぉぉっ!」

 

 彩華(あやか)が歯ぎしりしながら叫んだ。

 大きく見開いた目は血走るどころか血液を噴出している。

 

「ガアアァァァァァァァァッ!!」

 

 人生を、命を賭した彩華(あやか)の激しい声。

 

 彩華(あやか)の放つ感情うねりが零那(れいな)にも伝わってきた。

 零那(れいな)の胸が痛む。

 それでも。

 零那(れいな)は初めての友人だった虹子を救わなければいけない。

 トメも。

 ヤミのことだってヤミの母親に頼まれている。

 負けてあげるわけにはいかない。

 

羽衣(うい)!」

 

 零那(れいな)は叫んだ。

 

「お姉ちゃん!」

 

 矛の穂先をつかんだままの零那(れいな)に、羽衣(うい)が寄り添う。

 零那(れいな)は片手につかんでいた錫杖を宙に投げる。

 それは空中でピタリと静止して浮かんだ。

 そのままその手で羽衣(うい)の手を握る。

 その手は暖かく柔らかかった。

 親がどうだろうと、血を分けた妹の――家族のぬくもりを、零那(れいな)は信じている。 

 羽衣(うい)零那(れいな)の顔を見上げる。

 零那(れいな)は、血がほとばしる彩華(あやか)の瞳を見つめたままだ。

 

羽衣(うい)、一緒にやるわよ」

「うん!」

 

 二人の山伏(やまぶし)姉妹は、透き通るような声を合わせ、声を上げた。

 

「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタトラタ・センダ・マカロシャダ・ケン・ギャキギャキ・サラバビギナン・ウン・タラタ・カン・マン!!」

 

 火界咒(かかいじゅ)と呼ばれる、不動明王の真言である。

 これを切れ目なく何度も繰り返して唱えていく。

 

「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタトラタ・センダ・マカロシャダ・ケン・ギャキギャキ・サラバビギナン・ウン・タラタ・カン・マン、ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタトラタ・センダ・マカロシャダ・ケン・ギャキギャキ・サラバビギナン・ウン・タラタ・カン・マン!!」

 

 その詠唱は、まるで美しい歌のように空気に満ち、聖歌を上書きしていく。

 

 手を握り合う二人の姉妹の間に、炎が巻き起こった。

 ただの炎ではない。

 迦楼羅炎(かるらえん)と呼称される、強大な炎であった。

 霊鳥の王、ガルダ――迦楼羅(かるら)天とも呼ばれる――が放つ、ありとあらゆる災厄、ありとあらゆる悪魔を焼き尽くす、聖なる火炎である。

 不動明王の背後で燃えさかるのはこの炎なのである。

 彩華(あやか)の目には、まるでそこに不動明王が顕現したかのように見えているだろう。

 零那(れいな)羽衣(うい)、二人の霊力は彩華(あやか)の魔力をはるかに上回っていた。

 

 それでも彩華(あやか)は諦める様子もなく、

 

「今、お母さんが助けてあげるからぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 と叫ぶ。

 

 だが。

 零那(れいな)羽衣(うい)の間から巻き起こった迦楼羅炎(かるらえん)が三又の矛に巻き付いていく。

 

 そして。

 

「終わりよっ!」

 

 零那(れいな)の声とともに、彩華(あやか)の突き出す三又の矛が、ポキリと折れた。

 

「まだ……まだ……!」

 

 彩華(あやか)は背中の大きな翼を羽ばたかせ、零那(れいな)たちに突っ込んでくる。

 

彩華(あやか)さん、もうやめて!」

 

 零那(れいな)の言葉も届かず、彩華(あやか)は真っ白な光に包まれながら一直線に零那(れいな)に向かってくるが、迦楼羅炎(かるらえん)の聖なる炎に包まれる。

 白い翼は黒く焼き焦げ、頭上に浮かんでいた天使の輪にはヒビが入って割れた。

 翼を焼かれた哀れな母親は、零那(れいな)の足元にボトリと落ちる。

 もはや聖歌は消え去っていた。

 

「アアアアアァァァッ! お母さんが……お母さんが……助けて……あげるのよお!!!」

 

 それでも焼けこげた翼を動かし、それで地面を這いずるように零那(れいな)に近づく彩華(あやか)

 零那(れいな)羽衣(うい)の手を離し、両手で印を結んだ。

 

(りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)! オン マユラ キランデイ ソワカ! 南無仏母大孔雀明王!」

 

 孔雀は毒を喰らうと言う。

 目の前にいる人の子の母。

 朱雀院彩華(あやか)の毒。

 あるとしたら、我が子のために他者の命を奪うと決めたその心。

 毒なのか愛なのか。

 それを毒と呼んでいいのであれば。

 

「クーちゃん!」

 

 零那(れいな)が呼ぶと、どこからか一羽の孔雀が「ニャオー!」と鳴きながら飛んでくる。

 そのまま零那(れいな)の腕にとまる。

 

「オン マユラ キランデイ ソワカ!」

 

 零那(れいな)がもう一度真言を唱えると、孔雀は溶け込むようにして零那(れいな)の右腕と一体化した。

 

 彩華(あやか)が地面でのたうち回りながらも零那(れいな)を睨み、早口で詠唱する。

 

Laroyê(ラロイエ)Exu(エシュ)Exu(エシュ)É()Mojubá(モジュバ)

 

 すると彩華(あやか)の目からどす黒い光線のようなものが発射された。

 瞬間、

 

「セーマン!」

 

 横から羽衣(うい)が発した五芒星が飛んできてその光線を叩き落した。

 それでもまだ立ち上がろうとする彩華(あやか)

 

「まだ……まだなの……まだよお……お母さんは……あなたを……助けるのお……」

 

 片膝立ちになった彩華(あやか)はほとんど力を使い果たしていて、しかしそれでもまだ瞳には意志の輝きがあった。

 

彩華(あやか)さん……最初から、あなたに勝ちはなかったのよ……」

 

 零那(れいな)はそう呟いて、孔雀と化した右腕を突き出し、彩華(あやか)の胸をそれで貫いた。

 

 煌めく光の粒が彩華(あやか)の全身を包み込む。

 そしてその光の粒は花火のようにその場で弾けて、一層明るい光の残像を残して消え去って行った。

 

「ア……ア……ア……アア……」

 

 彩華(あやか)はうめき声をあげると、その場にくたりと力なく横たわった。

 

 戦いの終わりだった。 

 

 

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