パチンコ大好き山伏女がダンジョンの下層階で遭難した美人配信者に注文通りハンバーガーセットを届けたら全世界に激震が走った件   作:羽黒楓

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第128話 光明真言

羽衣(うい)、光明真言で行くわよ!」

「うん、お姉ちゃん!」

 

 光明真言とは、大日如来の功徳を説くものである。

 大日如来とはこの宇宙に満ちるすべてのエネルギーを統べる存在。

 本地垂迹説においては、それが姿を変えたものが天照大御神であるともされる。

 この世を光で照らす大元、つまり太陽の象徴でもある。

 仏教の宗派の一つ、密教に大きな影響を受けた修験道において、大日如来は信仰の根源にいらっしゃる仏様なのである。

 

 零那(れいな)は隣で正座している深夜(みや)にも話しかける。

 

「ヤッちゃん、そのペンダントをギュッと握って! 目をつむって、自分の身体に戻ることだけを考えるのよ!」

「え、う、うん……」

 

 言われた通りに、深夜(みや)は自分の歯が埋め込まれたペンダントを握り、祈りをささげる。

 

「行くわよ!」

 

 そう言って、零那(れいな)伊良太加念珠(いらたかねんじゅ)を手に、意識を宇宙へと集中させる。

 大きく深呼吸し、自分の心臓がゆっくりと鼓動しているのを感じとった。

 絶対に成功させなければならない法術である。

 心の中の煩悩を振り払い、ただただ仏への想いを募らせた。

 そして静かに偈文(げもん)を唱え始める。

 

「……唱えたてまつる光明真言は大日普門(だいにちふもん)萬徳(まんどく)を二十三字に(あつ)めたり……(おのれ)(むな)しゅうして一心に唱え(たてまつ)れば、御仏(みほとけ)の光明に照らされて三妄(まよい)の霧(おの)ずから晴れ、浄心(じょうしん)玉明(たまあき)らかにして、真如(しんにょ)の月まどかならん……」

 

 零那(れいな)羽衣(うい)が声を合わせて唱える偈文は、ダンジョンの中の空気に溶け込むように響きわたった。

 ジャラ、と伊良太加念珠(いらたかねんじゅ)を鳴らし、ついに零那(れいな)羽衣(うい)は真言を唱え始める。

 

「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン!」

 

 とたんに、分厚い天井で覆われているはずのダンジョンに、どこからか光が差し込んできた。

 

「なにこれ……まるで真夏の太陽みたいな光が……」

 

 眩しさに目を細めて虹子が言う。

 

「信じられん……ここは地下20階だぞ……? この日光はどこから……?」

 

 トメも目を眇めてそう言う。

 

 暖かい光が、零那(れいな)羽衣(うい)、それに深夜(みや)の三人を包み込む。

 

「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン!」

 

 零那(れいな)は一心に真言を唱える。

 自分の身体が熱くなってくるのが分かった。

 身体の中心、丹田から発生する自分自身の熱。

 さらには、天井を透過してふりそそいでくる太陽の熱。

 零那(れいな)の額に汗が浮かぶ。

 

「熱い……」

 

 隣の深夜(みや)が呟く。

 

「いいわよ、うまく行ってる! もっと、もっと祈って!」

 

 零那(れいな)はそう言って、さらに真言を唱えながら深夜(みや)の霊体を片手で抱いた。

 

「やめて……やめてぇ! その身体は……私の……赤ちゃんのものなのよお……」

 

 後ろから彩華(あやか)の声が聞こえてくる。

 もちろん、この身体はもともと深夜(みや)のもので、今も深夜(みや)のものなのだ。

 そんな言葉に耳を傾ける価値はなかった。

 

「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン! オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン!」

 

 二人の山伏(やまぶし)が唱える光明真言の声は、だんだん大きくなっていく。

 それに伴って深夜(みや)の持つペンダント、そして横たわっている深夜(みや)の遺体も、眩しい光に包まれ始めた。

 

「熱い……熱いよお……私が……吸い込まれそう……吸い込まれる……吸い込まれるよお……」

 

 ここはダンジョンの通路、十字路の中心である。

 そこに直射日光が差し込み、まるで炎天下にいるような熱気が満ちていた。

 

「なにこれ……ヤバ……あっつい……」

 

 虹子が汗を拭う。

 トメは目を細めて光の源に視線をやる。

 

「ものすごい魔力だ……。桁違いどころじゃないな……」

 

 彩華(あやか)は拘束されたまま、ただただ呟いていた。

 

「やめてぇ……やめて……その身体は……私の娘のためのものなのお……」

 

 零那(れいな)羽衣(うい)はもはや暑さも感じないほどに集中して真言を唱え続けていた。

 

「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン!」

 

 その時だった。

 よりいっそう強い光が、深夜(みや)の霊体を包み込んだ。

 

「あ! あ! あ! フワッってなる! 怖い! 怖い! 私が……! 吸い込まれるぅ……! 怖いっ……!」

 

 深夜(みや)が叫んだ瞬間。

 零那(れいな)が抱いていた深夜(みや)の霊体が、すぅっと消えた。

 それと同時に、タオルに覆われた深夜(みや)の身体がまばゆい光に包まれた。

 

 虹子とトメはその眩しさに目を開けていることすらできなくなる。

 

「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン……」

 

 零那(れいな)羽衣(うい)が真言を唱え終わる。

 その余韻が静かにダンジョン内に響き渡り、強烈な光がだんだんと鎮まっていく中。

 

 深夜(みや)の身体がビクンッ! と跳ねたかと思うと、パッと起き上がった。

 

 編み込みツインテールが揺れる。

 胸にはさっきまで霊体がもっていたはずのペンダント。

 タオルを抱いたまま、裸の深夜(みや)は辺りをキョロキョロと見渡して、そしてこう言った。

 

「めっちゃ寒い!」

 

 

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