パチンコ大好き山伏女がダンジョンの下層階で遭難した美人配信者に注文通りハンバーガーセットを届けたら全世界に激震が走った件   作:羽黒楓

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第138話 産声

「オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ!」

 

 零那(れいな)が真言を唱える。

 地蔵菩薩の真言であった。

 サンスクリット語ではクシティガルバと呼ぶ。

 クシティとは大地のこと、ガルバとは子宮のことである。

 日本においては子供の成長を願う、子供の守り神として広く知られている。

 赤ん坊を復活させるために力を借りるのに、一番ぴったりな菩薩だった。

 

「オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ!」

 

 零那(れいな)が唱える真言に、羽衣(うい)も声を合わせる。

 

「オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ!」

 

 次いで虹子とトメも声を合わせて真言を唱えた。

 

 彩華(あやか)はただ目を閉じて座っている。

 

「オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ、オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ、オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ!」

 

 四人の声がダンジョンの空気を震わせた。

 護摩の炎がいっそう大きく燃え上がる。

 そして。

 零那(れいな)たちの胸の辺りで、青い光が薄く輝き始めた。

 零那(れいな)の光が最も大きい。

 次いで羽衣(うい)彩華(あやか)

 虹子とトメの胸にも光が灯っている。

 霊力が放つ光だった。

 その光はしばらくそこにとどまり、そして流れるように零那(れいな)が抱く石の赤ん坊に吸い込まれていく。

 

「オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ!」

 

 神聖な真言の声とともに、五人の霊力は音もなくすうっと石の赤ん坊に流れ込んでいった。

 赤ん坊の首にかけられているペンダント――同じ日に産まれた女子、深夜(みや)の歯が埋め込まれている――も光に包まれた。

 そしてしばらくすると、ペンダントは発光しながら赤ん坊の身体と一体化していく。

 

 零那(れいな)は自分の霊力が腕の中の赤ん坊に吸い込まれていくのを感じていた。

 ヒーバーには、たとえ赤ん坊が復活しなくても、全部の霊力を注ぎ込む必要はないと言われていた。

 そこまでやると零那(れいな)の持つ霊力が失われてしまう。

 だけど、零那(れいな)はその言葉の通りにするつもりはなかった。

 人ひとりの命を救うよりも自分の霊力の方が大事だとはとても思えなかった。

 だから。

 たとえ自分の霊力を使い果たし、山伏(やまぶし)としての力を失ったとしても。

 それで誰かの――赤ちゃんの人生を救えるならば。

 それは零那(れいな)の望むかたちだったのだ。

 

「オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ!」

 

 さらに真言を唱える。

 羽衣(うい)の額に汗が浮かんでいるのが見えた。

 虹子とトメは逆に汗ひとつかかず、顔が青白くなっている。

 

 ――虹子さんとトメさんは限界ね……。

 

 そう思って、零那(れいな)はまず虹子とトメからの霊力を受け取るのを意識的に止めた。

 彩華(あやか)からは霊力を全部吸い取るつもりだ。

 彼女はこのあと司直の手にゆだねられ、今後霊力を使う機会もないだろう。

 むしろこの赤ん坊を救うためにすべての霊力を注ぎ込むことこそ、彩華(あやか)の本望だと思った。

 冷たく、硬かった赤ん坊の感触が、だんだんと暖かく、柔らかくなっていくのを感じる。

 深夜(みや)の歯が埋め込まれたペンダントはすでに赤ん坊の身体の中に取り込まれていた。

 赤ん坊と同じ日に産まれた女子、深夜(みや)の身体の一部は、赤ん坊にこの世の穢れに対する抗体を生み出してくれるだろう。

 

「オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ!」

 

 羽衣(うい)から流れ込んでくる霊力が弱まってきた。

 そろそろ限界なのだろう。

 零那(れいな)羽衣(うい)からの霊力も遮断する。

 

「待て、零那(れいな)、お前の霊力ももう限界じゃ。もう十分じゃ、やめれ」

 

 ヒーバーの声が聞こえる。

 まだよ。

 まだ、完璧じゃない。

 赤ちゃんの身体は内部の重要な臓器は石のままだ。

 今霊力を注ぐのをやめれば、赤ちゃんを殺すことになってしまう――。

 

 そのとき、彩華(あやか)が座ったまま前に倒れこんだ。

 すべての霊力を吸い取られ、意識を失ったのだ。

 あとは零那(れいな)の持つ霊力だけ。

 それも、残りわずか。

 零那(れいな)は虹子を見る。

 虹子からはもう霊力を受け取っていない。

 彼女は手を後ろについて息をついていた。

 零那(れいな)は虹子に声をかけた。

 

「虹子さん」

「うん、なに?」

「お願いがあるわ。お金貸して」

「へ?」

羽衣(うい)の学費。私がウービーとパチンコで稼いで返すから、羽衣(うい)の学費、貸してくれないかしら」

 

 自分が霊力を失うこと自体はいいけれど、それで稼ごうと思っていた羽衣(うい)の学費が手に入らなくなるのは嫌だった。

 なんとしても羽衣(うい)には望む大学に行って陽キャの仲間と川辺でバーベキューして「ウェーイ」と言ってもらいたい。

 

「もちろん。お姉さまと羽衣(うい)ちゃんにはいくらでも貸すよ」

 

 虹子が即答してくれる。

 

「ありがとう、虹子さん――」

「え、お姉さま、まさか……!?」

「オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ!」

 

 零那(れいな)は安心して自らの中にある霊力をすべて赤ちゃんに注ぎ込む。

 

零那(れいな)、そこまででいい、もうやめでいなだ」

 

 ヒーバーの声を無視し、さらに霊力を注ぎ込む。

 

 赤ん坊の体温が腕に伝わってくる。

 ――もうちょっと待っててね。今、お母さんに会わせてあげる――。

 

「オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ!」

 

 最後の真言を唱えた瞬間、

 

「ンギャァァァァ!」

 

 赤ちゃんが24年越しの産声を上げた。

 そして。

 零那(れいな)の全身から力が抜ける。

 

「あったかい……かわいい……」

 

 零那(れいな)は心の中まで暖かくなるのを感じながら、最後の力を振り絞って赤ちゃんを抱きながら彩華(あやか)のそばに這いずった。

 

「オギャァァァ!!」

 

 耳もとで娘の鳴き声を聞いて、彩華(あやか)は目を開けた。

 

「…………赤ちゃん……!」

 

 零那(れいな)がそっと赤ん坊を差し出すと、彩華(あやか)は震える手で受け取る。

 

「ふぎゃ、ふぎゃ、ふぎゃ、ふぅぅぅ」

 

 母の手に抱かれたことを理解したのか、赤ん坊はすぐに泣き止んだ。

 彩華(あやか)は自分の娘を抱き、唇を震わせた。

 赤子を見つめるその瞳は、何人もの罪なき人を殺してきた殺人鬼のそれではなかった。

 我が子を慈しむ母のそれだった。

 泣き止んだ赤ん坊のかわりに、大きな涙が彩華(あやか)の頬を濡らす。

 我が子を抱く彩華(あやか)の姿を、護摩の火が照らした。

 それはまるで絵画のような美しさを感じさせた。

 

彩華(あやか)さん……その子に……名前を……」

 

 零那(れいな)にそう言われて彩華(あやか)は顔を上げる。

 その表情からは邪気が抜けていて、まるでどこにでもいる普通の女性にしか見えなかった。

 そして一人一人の顔を見まわし、

 

「ありがとう……私の赤ちゃんのために……ありがとう……それに、ごめんなさい……」

「いいわよ、罪もない赤ちゃんのためだもの」

 

 彩華(あやか)の目からはぼろぼろと涙が零れ落ちている。

 

「赤ちゃん……あったかい……小さい……柔らかい……かわいい……かわいい……かわいいわあ……。ね、考えてたのよお……あなたは聖なる存在……だから。聖華(せいか)。あなたは聖華(せいか)よ……」

 

 母の腕に抱かれながら聖華(せいか)は母の顔を見て、

 

「きゃっ、きゃっ」

 

 と生まれたばかりとは思えない笑顔を見せた。

 その光景を見て、零那(れいな)も心から嬉しくなった。

 よかった。

 よかったわね。

 

 口の中に梅干しを突っ込んでこようとするバーの手をパチンと払って、零那(れいな)はただ赤ん坊とその母が見つめあう姿を見ていた。

 

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