異世界転生失敗弱者、三千年の果てに神を斬る。   作:USK1210

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神々の怒り

ルアは完全に忘れられていた。

いや、正確には、今回の戦いの見学をさせるために、わざと極めて難解な課題を出していたのだ。

 

禁術の発動は、仲間すら巻き込む危険性を孕んでいる。

一歩間違えば、全てが終わってしまう。だから、安易に使うことなどできなかった。

 

そのため、ルアは最後尾でおろおろしながら、戦場の様子をただじっと見守っていた。

 

風の音、剣と魔力の衝突音、空気を裂く金属の振動……全てが彼女の心を緊張させる。

 

三人の戦いがついに終わった頃、ルアは素早くゼロの元に駆け寄った。

全身傷だらけで血を流し、倒れ込んでいる。

 

まずは止血を施し、ポーションを口元に運ぶ。

 

「これで……少しでも楽になるはず……」

 

呟きながら、彼女は必死にゼロの傷を覆った。

 

次に、岩を背に座るジークの元へと駆け寄る。意識は遠く、瞳は虚ろだ。

ルアはグレートヘルムの隙間から、ポーションを無理矢理流し込む。

 

「……しっかりして……!」

 

胸が締め付けられる思いだったが、何とか生気を取り戻させる。

 

最後にアスラの元へと向かう。

雷に焼かれた皮膚と、硬物で叩かれた跡が全身に走る。

包帯を丁寧に巻き、ポーションを飲ませる。

 

「痛い……でも、もう少しだけ……」

 

そう声をかけ、彼の痛みを少しでも和らげようとした。

 

全員を転移魔法陣の中に収め、ルアは静かに家に戻った。

再び魔法を使い、三人を各自の部屋に安全に転移させる。

 

ルアはテーブルに座り、今日の戦闘の光景を思い返した。

 

「もし、マルスの相手が私だったら……」

 

動きについていけただろうか。剣撃を避けることは可能だったのか。胸がざわつく。

 

立ち上がったルアは外に出た。

目を閉じ、深呼吸する。

イメージの中で、頭に焼き付けたマルスとの戦いが始まる。

 

龍神剣ドラグノアを握り、初撃の間合いを計る。

マルスが大剣を振り上げ、弧を描きながら降り下ろす!

 

ルアは素早く身を低く構え、寸前で大剣をかわす。

同時に、マルスの心臓を貫こうと剣を突き出すが、厚い皮膚に弾かれる。

 

ルアは間合いを取り直し、龍魔力を龍神剣ドラグノアに流し込む。

剣が光を帯び、鋭さを増していく。

 

「よし……これで……!」

 

小柄な体を生かし、ルアはマルスを翻弄する。

一瞬でも気を抜くと、彼女は消えたかのように視界から消える。

マルスは何度も大剣を振るうが、ルアには届かない。

 

大剣の隙間を縫って逆袈裟斬りを放つ。

「斬る!」

しかし、マルスは軽くかわし、剣撃は空を切る。

 

次の瞬間、マルスの左ストレートが飛んでくる。

防御が遅れたルアは左胸に打撃を受け、後方へ吹き飛ばされる。

飛ばされた先に、追いかけるように大剣が迫り、ルアは防御を砕かれて刺された。

 

――――

 

数日後、三人はようやく全快していた。

 

アスラは二階の部屋に閉じこもり、胸の奥で渦巻く苦しみと静かに戦っていた。

あの雷神トールとの激闘で感じた得体のしれない感情。それが、じわじわと胸を締めつけ、体の奥で燻り続けている。

 

ベッドに横になりながら、アスラは天井を見上げる。

呼吸は浅く熱を帯び、身体は軽いのに、心だけが重く動かない。

まるで胸の中心に、黒い石が沈んでいるかのようだった。

 

一方その頃、一階の広間では──。

 

ゼロは大皿を抱え、豪快に飯をかき込み酒を飲み、まるで祭りの真っ最中のように騒いでいる。

 

ジークはその隣で静かにフォークを進め、落ち着いた表情で場を見渡していた。

 

ルアは二人の様子を眺めながら、嬉しそうに、しかしどこか不安げに目を細める。

 

ゼロが酒器を机に置くと、勢いよく身を乗り出した。

 

「ジーク、シヴァはどうだった?やはりかなり強かったか?なんてったって破壊神だからな!」

 

ジークは小さく息を吐き、眉を寄せる。

 

「強いどころじゃない、舐めてかかって失敗したぞ」

 

その声には悔しさがにじんでいた。

ジークほどの男でも、神を前にすれば簡単にはいかないということだろう。

 

「ギャハハ!お前らしい!剣で斬りまくったのか?」

 

ゼロは期待と興奮で目を輝かせる。

 

「思ったほどは斬れなかった。やはり神というべきか」

 

ジークは不満げに腕を組み、そのまま言葉を続けた。

 

「お前のマルスの方はどうだったんだ?」

 

問われたゼロは大きく息を吐き、背もたれに身を預ける。

 

「マジでヤバかった。ギリギリの戦いだったよ。傷が勝手に回復するって反則だろー!」

 

ジークの目が細くなる。真剣な眼光が二人を見渡した。

 

「ルアはヒールは使えないのか?あれだけの実力だ。使えない方がおかしいと思うぞ」

 

その言葉にルアは肩をすくめ、気まずそうに笑った。

 

「私、ヒール使えないの。魔に特化しているみたいで、神聖魔法も使えないみたい。あ!ジーク、神聖魔法使ってた!それならヒールも使えるんじゃないの?」

 

ジークは首を横に振り、低い声で答える。

 

「それは無理だな。私は龍を殺しすぎた。人を癒す資格はない……それよりアスラは大丈夫なのか?」

 

その声には、戦士としての厳しさとは異なる、深い気遣いが含まれていた。

 

ルアは心配そうに二階を見上げる。

 

「アスラ、大丈夫かな?ここ最近こもりっぱなしで心配だよ」

 

ゼロは酒器を置き、いつになく真剣な表情で胸に手を当てた。

 

「アスラなら大丈夫!我が保証するぞ!」

 

その言葉は力強く、揺るぎがなかった。

 

――――

 

──天界オリンポス。

 

白亜の宮殿に雷鳴が轟くような怒号が響き渡り、空気が震えていた。

煌々と輝く柱の間で、神々は怒りに満ちた表情を浮かべている。

 

「女神アテナ!どういうことなんだ?言っていることが全然違うじゃないか!」

 

「人間三人は必ず抹殺すると約束したはず。三人の神も失った、この責任どうとってくれる!」

 

「次は女神アテナに打って出てもらおう!」

 

「おお!それはよい。女神アテナよ、残り二人の神と天使二人を選べ、同行を許す」

 

神々の怒気が嵐のように渦巻き、空間そのものが圧力を帯びて揺れている。

 

天界とは思えないほど荒れた雰囲気の中、女神アテナは静かに目を閉じ、覚悟を固めていた。

 

胸の奥底に沈む焦燥。

思い通りに進まない現実。

神であっても、逃げられない“責任”という名の鎖。

 

アテナはゆっくりと前に進み、ゼウスの玉座の前で跪いた。

 

「最高神ゼウスよ、承知いたしました。今回は私が戦いに臨みます。一人は闘神アレスを、一人は戦いと死の神オーディンを、最後は大天使ミカエルと大天使カマエルを、お願い申し上げます」

 

その声は澄み渡っていたが、その瞳には隠しきれない決意の炎が宿っていた。

 

玉座の上からゼウスが雷のような声を響かせる。

 

「承知した!もう失敗は許されない。心して、戦ってこい戦いの女神アテナよ」

 

「はっ、承知いたしました。この命にかけて必ず!」

 

その瞬間、天界の空気が揺れ、光が爆ぜた。

アテナの周囲に戦神アレスの赤き炎が立ち上り、

オーディンの黒き影が影を伸ばし、

ミカエルの白銀の翼が空間を裂いた。

 

三柱の戦神と二体の大天使。

天界最高戦力が、ついに動き出す。

 

――――

 

このころ、中央神聖協会はついに“仮面の男”の潜伏先を突き止めていた。

王都セレリアから少し外れた深い森。その奥にぽつんと佇む小さな家が、情報屋たちの証言と完全に一致したのだ。

 

協会は極秘裏にテンプルナイト騎士団を派遣した。

魔獣討伐から異端審問まで請け負う精鋭中の精鋭。今回の任務もまた、人知れず終わらせるべき危険なものだった。

 

夜明け前の冷たい空気を切り裂き、騎士団の三人が馬を走らせる。

木々の隙間から、古びた一軒家が見えてきた。隊長ノンベルクは馬を止めるため、静かに手を上げた。

 

三人はすぐに馬を降り、呼吸さえ押し殺しながら家を監視し始める。

だが彼らは知らなかった。そこに“怪物以上の存在”が住んでいることを。

 

──家の中では、アスラがベッドで深い眠りについていた。

トール戦で心が削れ、今は完全に動けない状態だった。

 

ゼロは気晴らしに街へ遊びに出ており、ジークは庭で、ルアの剣の訓練をつけていた。

 

そのときだった。

 

ジークの動きが急に止まった。空気が一瞬で張り詰めたのを、ルアもすぐに察する。

 

「……三人いるな。殺気も強い。どうやら狙われているらしい」

 

棒読みの声だが、その言葉には確かな冷気があった。

 

「誰だろう?ちょっと行って聞いてみてくるね!」

 

ルアは剣をしまい、無邪気さすら感じる笑顔で走り出した。

丸腰のまま、まっすぐ危険の中心へ。

 

テンプルナイト騎士団の隊長ノンベルクは、即座に臨戦態勢へ移行する。

 

「四人組の内の一人だ!間合いに入った瞬間に斬れ!」

 

三人は剣を抜き、息を合わせるように構えた。

空気が重くなり、森に潜む獣たちすら息を潜める。

 

走るルアが、彼らの間合いに踏み込んだ刹那──

三つの斬撃が音すら追いつけない速さで走った。

 

しかし。

 

ルアはそれを──“見た”。

三筋の斬撃の軌跡を完全に視認し、紙一重で身を捩り、音もなくかわしきる。

 

次の瞬間、ルアの胸の前の空間が、まるで布を裂くように開いた。

その裂け目へ彼女が手を差し入れると、中から黒銀の輝きがゆっくり現れた。

 

龍神剣──ドラグノア。

 

握った瞬間、ルアの気配が爆発的に膨れ上がる。

 

同時に姿が掻き消えた。

 

一人目の騎士の正面に突然現れ、袈裟斬りに斬り落とす。

次に、二人目の騎士の背後へ瞬歩し、胴を横一文字に薙ぎ払う。

 

最後に隊長ノンベルクの背後へ回った時には、既に彼の首は離れかけていた。

 

斬撃の残光が消える頃、森に残ったのは沈黙と血の匂いだけだった。

 

ルアは小さく息をつくと、家の方へ軽く走り戻った。

 

「問題はないか?」

 

ジークが聞く。

 

「うん!全滅したから大丈夫!」

 

ルアはいつもと変わらぬ顔で笑った。

 

だが──この静けさは長く続かなかった。

 

――――

 

──二日後。早朝。

 

今度は百人ものテンプルナイト騎士団が、家の周囲の森を完全に包囲した。

前回の三人とは桁が違う。

周囲の木々が押し潰されるほど、重い殺意が渦巻いている。

 

その中心に、散歩中だったジークがひょっこり姿を現した。

 

テンプルナイト騎士団は全員、剣を構えたまま殺気を爆発させる。

 

だがジークは歩みを止めず、そのまま腰の神剣バルムンクをゆっくり抜いた。

 

次の瞬間──

周囲十メートルが“刃の嵐”となった。

 

目に見える全てが斬撃。

風が裂け、地面が削れ、騎士たちは何が起きたか理解する間もなく斬り刻まれていく。

 

恐怖に駆られて、突っ込む者も瞬殺される。

 

百人いた精鋭は、たった一分足らずで全滅した。

 

ジークは何事もなかったかのように家へ戻り、お茶を飲みながら静かに休んだ。

 

――――

 

アスラは“底”からようやく這い上がり、穏やかな朝を迎えていた。

トール戦で昂りすぎた闘志と殺意が、今度は一気に冷え込みすぎてしまい、長く動けなかったのだ。

 

だがこの日の朝は珍しく晴れ、光が心に染みた。

アスラは久しぶりに広間に降りていった。

 

「おはよう」

 

「あ!アスラおはよー!」

 

ルアがぱっと笑顔を咲かせ、駆け寄ってくる。

 

「久しいな、アスラ」

 

ゼロも柔らかく笑った。

 

「呪持ちは大変だな」

 

ジークはお茶を啜りながら短く言う。

 

「皆んな、いつも迷惑かけてばかりでごめんな」

 

アスラは少しだけ目を伏せた。

 

「そんな事気にしない!早くご飯食べて、もっと元気にならなきゃだめだよ!」

 

ルアは既にアスラの朝食を用意しており、強引に皿を押し付けた。

 

アスラは苦笑しながらも、少しずつ箸を進めていった。

 

――――

 

「そういえば、二日後に王都セレリアで剣闘士大会があるらしい、我も出てみるかな?」

 

ゼロは椅子にもたれながら、指先で机を軽く叩きつつ呟いた。瞳には戦士としての血がうずき、どこか楽しげな光が宿る。

 

「ダメダメ、闘技場が壊れるからダメ!」

 

アスラが勢いよくツッコむ。肩をすくめ、まるで本当に壊した実績があるかのような口ぶりだ。ゼロはむっとした顔をしながらも否定はしない。心当たりはあるのだろう。

 

「じゃあ、私がでようかな?」

 

控えめな声でルアが右手を小さく上げた。小柄な体からは想像できない静かな闘志が、肌に触れるようにふっと漂う。その目は、普段の柔らかさとは違う鋭い光を帯びていた。

 

「おお!それはいい考えだ。経験を積むチャンスでもあるからな」

 

ゼロは勢いよく立ち上がり、手を叩いて賛成する。彼の顔には期待と喜びがあふれ、まるで弟子の成長を見守る師そのものだ。

 

「俺もいいと思うよ」

 

アスラも深く頷く。彼はルアを見る目に優しさと、仲間を信じる確かな眼差しを宿していた。

 

「大会当日は、皆んなで応援に行くからな!」

 

ゼロは胸を張り、どこか父親のような頼もしさまで滲ませる。その声にルアの頬がわずかに緩み、緊張がほどけたようだった。

 

ジークはというと、窓際で湯気の立つ茶を静かに口へ運びながら、澄んだ空を見上げている。

 

何かを悟ったような落ち着いた雰囲気はまるで別世界の住人のようだが、その口元はほんの少しだけ笑っていた。

 

そして、部屋には大会を想像した高揚感が満ちていく。

ルアが剣を振るい、観客が沸き上がるあの瞬間――。

 

誰もが、その戦いが手に汗握るものになると確信していた。

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