異世界転生失敗弱者、三千年の果てに神を斬る。   作:USK1210

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苦しみの王

アスラは、もはや正気の境界すら見失っていた。

 

現実という名の刃が、容赦なく精神を切り刻んでいく。

 

胸の奥で渦巻く黒い物体は、濁りを深めながら脈動し、腐敗した泥のような色へと変わりつつあった。

 

「嫌だ……嫌だ……」

 

アスラの視界が歪む。仲間の顔が、遠くなっていく。

声が聞こえない。誰の声も、届かない。

 

(助けてくれ……誰か……俺を……)

 

心の奥で叫んでも、誰にも届かない。

自分の声すら、自分の耳に返ってこない。

 

「……ここに来る前から苦しかった……

やっぱり最初から……ずっと苦しむ運命なんだな」

 

諦めの言葉は、震えながら地に落ちた。

 

その瞬間――四千年もの間、胸の奥深くで押し込め続けていた“苦しみ”が、堰を切ったようにあふれ出す。

 

アスラの胸に、ぽっかりと黒い穴が空いた。

そこから黒い霧が漏れ、空気を染めていく。

霧はゆらぎ、渦を巻き、次第に質量を帯びはじめた。

 

やがて霧は細く錆びた鎖へ変貌する。

ひとつ、またひとつと増えていき、それらは生き物のようにうねり、空中で蛇のように震動した。

 

アスラの心は、完全に砕け散っていた。

 

――――

 

声にならない絶叫が、空気を震わせもせず、ただ世界の奥底に沈んだまま響いていた。

その声はアスラの胸の奥、心の最も深い場所から滲み出ていた。

 

「俺がいなければ……みんなは死ななかった。全て俺のせいだ……」

 

また涙が一粒、ぽたりと落ちた瞬間だった。

 

胸から伸びる細くて汚れた黒鎖が蛇のように蠢き、アスラの体へゆっくりと巻き付き始めた。

 

一本、また一本と絡みつき、やがてその本数は百を超え、気付けば全身を覆う鎖の鎧へと変貌していく。

 

その鎖は、ただの金属ではない。

苦しみ、悲しみ、孤独、嘆き、後悔――その全てを凝縮した負の結晶。

 

持ち主の心が解放されない限り、決して断ち切ることはできない呪いの装甲であった。

 

黒鎖の鎧をまとったアスラは、完全に”壊れた”存在へと落ち込んでいた。

 

いや――本当は、壊れたのではなく、壊れることで理性を感じないよう無意識に逃げたのだ。

小さな貝殻に閉じこもる子供のように、アスラは現実から意図的に遠ざかっていく。

 

次の瞬間、アスラの体が勝手に動き出した。

汚濁の鎖が伸び、女神アテナの放つ黄金の鎖を掴んだかと思うと、まるで毒を流し込むかのように腐蝕させ、バラバラに断ち切った。

 

そしてアテナの鎖をすべて断ち切り終えた瞬間――

アスラは虎の咆哮のような叫びを上げる。

 

 

「うおおおおぉーーー!!

 

 

我は《苦しみの王》

──苦しみを司る者。

 

 

すべての苦しみを宿す者なり。我を斬りたくば、苦しみを斬って見せよ!だが忘れるな、我が鎖は力だけでは斬れぬぞ」

 

黒赤い双眸が、不気味な光を宿した。

 

その瞬間、アスラの意識は再び浮上し、正気が戻り始める。

だが胸の痛みと共に、体の奥底では――別の感情が渦巻き始めていた。

 

「何だ……この破壊の衝動は……覚悟しろ、全てを無に返す」

 

アスラは胸の痛みに耐えながら、最後の希望を握り、とオーディンへ歩みだした。

 

その一歩一歩が、まるで死刑宣告のように重かった。

 

アスラは、怒りを押し殺した声で言う。

 

「テメェー、散々好き勝手やってくれたな!」

 

オーディンは冷静に槍を構え、淡々と返す。

 

『主もトールを殺ったではないか。殺られる覚悟を持たずにやってきたのか?』

 

オーディンが手をかざした瞬間、空気が張り詰めた。

神槍グングニルが震え、雷のような速度で空間を裂く。

 

白銀の軌跡はまるで運命が導くように曲線を描き、逃げ道を完全に奪う。

 

狙いはアスラの胸――ただ一点。

 

直後、大気が爆ぜ、地面が持ち上がるほどの衝撃が走る。

土砂が舞い上がり、地平線が揺れる勢いで、グングニルはアスラへ突き刺さる――

 

……はずだった。

 

だが、グングニルは鎖の隙間に挟まり、止まった。

アスラはそれを握りしめ、濁った黒鎖の呪いを流し込む。

 

グングニルは一瞬で腐蝕し、朽ち落ち、ゴミのように地面へ叩きつけられた。

 

『お、おのれ!何をした?グングニルはどうなった!』

 

オーディンは動揺を隠せぬまま剣を抜く。

 

アスラの喉が乾き、鎖が乾く。

心も、体も、魂さえも干からびていく感覚が広がる。

 

「グングニルはもうダメだ!諦めろ、それより自分の命を心配しろ」

 

アスラは右腕に鎖を凝集させ、槍の形へと変形させた。

オーディンの剣撃が雨のごとく降り注ぐが、全て鎖の鎧に弾かれる。

 

『何故だ!?なぜ斬れない!』

 

自分の予想を超えることが起こっているようだ。

 

アスラは剣撃を一切無視し、左手でオーディンの肩を掴んだ。

そして鎖の槍をこめかみへ突き刺し、そのまま斜め上へ斬り上げる。

 

絶剣アルティマを抜くと、鎖がその刃にも絡みつき、禍々しい剣へと変わった。

 

次の瞬間、オーディンの首が一閃で吹き飛んでいた。

 

「ひとーつ」

 

静かな声が、逆に寒気を呼ぶ。

 

アスラはアレスへ向かう。

 

アレスの拳が稲妻のように走り、アスラの顔面へ叩き込む。

巨大な拳が暴風の如く、叩き込まれ続けた。

 

それでもアスラはゆっくりと歩いてくる。

 

雨のような拳は鎧に跳ね返され、アレスの顔に焦りが浮かぶ。

 

しかし、光の大剣を出現させると、跳躍して力の限りアスラの頭部を打ち斬ってきた!

だが、大剣は砕け散った。

 

アレスの顔が、笑みの中に恐怖を滲ませる。

 

「ハハハ、いい顔だな!ゼロの仇だ、死ね」

 

アスラの真っ向斬りが見えない速度で振られた。

 

アレスの視界が上下に裂けた。

縦一文字の斬撃で、上から下まで真っ二つにされ、その流れのまま首をはねた!

 

「ふたーつ」

 

そして――最後の相手、女神アテナへ視線を向ける。

 

アテナは予想外の展開に動揺しつつも、必死に対策を思案していた。

しかし、その前にアスラがすでに立っていた。

 

「おい、アテナ、言いたいことがあるなら、今のうちに言っておけよ」

 

アテナは震える声で玉座に座るゼウスへ助けを求める。

 

『ゼウス様、お手を煩わせて申し訳ございません。人間の殲滅をお願いいたします』

 

ゼウスは静かに立ち上がり、重々しく言う。

 

『そうだな。あの人間は、世界の断りから外れているものだな。決して生きていていい人間ではない、今のうちに叩いておくか』

 

山頂の神々がどよめいた。

空気の温度が変わる。

何かが始まる予感。

 

ゼウスは跳躍し、アスラの前へ降り立つ。

その瞬間、山全体に連続落雷が走り始める。

アスラにも何度も直撃するが、微動だにしない。

 

『主が黒の仮面の男か!命一つじゃ足らぬぞ、覚悟できておるのか?我々の聖なる怒りを』

 

ゼウスは空へ跳躍すると、渦巻く雷雲から稲妻をわし掴みにした。

暴れ狂う雷をねじ伏せ、圧縮し、一本の神槍へと変えていく。

完成した瞬間、空気が裂けるような音が走った。

 

ゼウスは雷槍を大きく振りかぶり、そのまま躊躇なく投げ放つ。

 

雷槍が空を裂き、黒焦げの軌跡を残しながらアスラへ一直線に飛ぶ。

直撃の衝撃で山頂が大きく揺れ、アスラの体は閃光の中で吹き飛ばされた。

 

大地へ叩きつけられ、土煙が激しく舞う。

しかし煙の奥で、アスラはゆらりと立ち上がる。

 

焦げた鎖の鎧をまといながらも、その目には一切の迷いがない。

 

「あと、もう少しだ」

 

静かなその声が、山頂全体に重く落ちた。

まるで神々すべてへの、無言の反逆の号令のように。

 

――――

 

アスラは、地を削るようにアルティマの剣先を引きずりながら進んでいた。

 

肩で息をし、全身の筋肉が悲鳴を上げている。それでも歩みは止めない。

頭上では雷雲が暴れ続け、稲光が大地を抉りながら周囲に落ちていく。

 

その中心で、ゼウスが雷を握りしめた。

掴んだ雷が剣へと姿を変え、白熱する刃が空気を裂く。

 

アスラへ向け、ゼウスが雷剣を斬り下ろした。

 

アスラは動かない。

いや──動けるほどの余力が、もうほとんど残っていなかった。

 

だが、彼の全身を覆う鎖の鎧が、迫りくる雷剣の奔流をすべて弾き返した。

雷光が弾け散り、紫電が空へ逃げていく。

 

アスラは、力を抜くようにアルティマを横薙ぎに振った。

気怠い動作にもかかわらず、その一撃の衝撃は凶悪だった。

 

ゼウスは辛うじて避ける。

しかし後方にいた他の神々が巻き込まれ、数柱が同時に吹き飛んだ。

 

「あーはっはっはっは!最高に気持ちがいい!

どうだ?操る側が操られる側になった感想は?

 

慈悲は無い

 

神 は 全 て 殺 す !」

 

 

アスラが一歩踏み込み、拳を握る。

その右拳がゼウスの腹を抉るように突き刺さった。

衝撃でゼウスの体がくの字に折れ、その隙にアスラは髪を掴み顔面へ膝蹴りを叩き込む。

 

骨が砕ける嫌な音が響く。

続けて右ストレート、さらに左拳が顎を打ち抜き、ゼウスの巨体が揺らいだ。

 

ゼウスの体勢が完全に崩れた瞬間──アスラは風のように懐へ潜り込み、

斜め上へ跳ね上がる軌道で一気に斬り上げた。

 

ゼウスの首が宙へ舞う。

 

ゆっくりと落下する──が、地面に触れる寸前、雷光が走り、

まるで時を巻き戻すように首が元の位置へ吸い寄せられ、接合された。

 

(回復した……?最高神の力か)

 

アスラは短く息を吐き、瞳が細く昏くなる。

 

「……」

 

ゼウスが拳を構えた。

次の瞬間、巨大な拳が流星の尾を引くように降り注ぐ。《流星拳》

一撃ごとに風圧が爆ぜ、地面が穿たれ、破片が竜巻のように舞い上がる。

 

止まらない。

むしろ、その速さも数もどんどん加速していく。

 

アスラは膝をつき、腕を交差させて防御に徹する。

衝撃が腕を通り抜け、全身に痺れが走り、視界が揺れた。

 

更に、大地へと走った稲光が一斉に逆流し、

頭上から幾本もの大雷が滝のように落ちてくる。

 

大地は耐えきれず、アスラの足元から飲み込むように大きく渦を描いた。

石柱が裂け、地面そのものが悲鳴を上げる。

 

アスラは渦の縁を蹴り、後方へ超高速で跳躍し、雷の雨をすり抜けた。

着地すると同時に、また静かに立ち尽くす。

 

鎖の鎧から、まるで意思を持つ蛇のように鎖束が飛び出した。

すると、超高速でゼウスの四肢へ巻きつき、雷光を抑え込みつつ拘束した!

 

アスラが一閃、また一閃。

光速を超える剣撃が残像を引き、ゼウスへ怒涛の連撃を叩き込む。

斬撃は十、二十、三十と増え、もはや数える意味すらない。

 

だが、ゼウスは笑っていた。

拘束され、斬られ続けているというのに、むしろ愉悦に震えている。

 

そして──

空が裂けるほど巨大な雷が、一筋、落ちた。

 

アスラの背骨に衝撃が突き抜け、骨の髄まで焼かれるような痛みが走る。

反射的に後方へ跳び、辛うじて直撃を回避した。

 

「もういいよな?全て終わらせて。俺、疲れたよ」

 

アスラはアルティマを真正面に構えた。

その姿は、もはや余力などないはずなのに、不思議と揺るがない。

 

ゼウスもまた、雷を刃へと収束させ、雷剣を構え突っ込む。

雷の速さそのままに、空間を引き裂きながら接近してくる。

 

アスラの口が静かに動いた。

 

 

 

《羅刹・時空剣》──

 

 

 

次の瞬間、時空が震える。

アスラの剣撃が光速で放たれ、空間ごと斬り裂いて進む。

 

その刃がゼウスへ届く瞬間、斬撃は十条へと増幅した。

十の光刃がゼウスの全身を切り裂き、肉体は逃げ場なく削ぎ落とされていく。

 

『お、おのれ、おのれー!!』

 

空間そのものが断裂し、ゼウスは二度と自己修復を行えなかった。

血が噴き出し、雷光が途切れ、巨体が崩れ落ちる。

 

アスラは迷いなく歩み寄った。

その足取りは静かだが、確実に死を告げる音だった。

 

ゼウスの顔に恐怖が走る。

先ほどまで世界を震わせていた威圧は消え失せ、ただ哀れな神がそこに横たわっているだけだった。

 

「情けない最高神だな……」

 

そう言いながら、アスラは光速の剣でゼウスの首をはねた。

断末魔すら許されない、一瞬の決着。

 

「みーっつ」

 

三柱目の討伐──その数字の重さを噛みしめるように呟く。

 

――――

 

アスラは静かに振り返り、女神アテナの前へ立った。

 

アテナは震えていた。

足が竦み、声もかすれる。

 

アスラは静かに問いかける。

 

「何か言いたい事はあるか?」

 

これは、アスラなりの最後の慈悲だった。

 

アテナは唇を噛み、憎悪を無理に燃やして言い放つ。

 

『この薄汚れたクソ人間が調子にのるな!我々こそが、この世界を管理するもの。その権限は神にある!』

 

虚勢であることは、誰の目にも明らかだった。

 

アスラの瞳が細くなる。

 

「やっぱりお前はそういう奴だよな。心おきなく、楽しく復讐できそうだ」

 

アスラの怒りが血管のように顔面へ浮き上がる。

 

思い出すのは、三千年。

暗闇に閉じ込められ、世界から忘れられ、ただ復讐だけを支えに生き延びた日々。

 

それを、アテナは──クソ人間と呼んだ。

 

アスラは光速で距離を詰め、アテナのアイギスの盾へ黒い鎖を巻きつけた。

腐蝕が始まり、神の加護を受けた神器が軋み、ひび割れ、やがて灰のように崩れ去る。

 

続けて、アテナの槍も同じ運命を辿る。

神話級の神器が、あまりに呆気なく破壊された。

 

アテナの手には、天から与えられた金の鎖だけが残る。

しかしそれすらも黒い腐蝕が進行し、煙のように消えていく。

 

『な、何故?なぜ鎖までもが壊れるんだ!』

 

アテナは武器も防具も失い、完全に普段の存在へと変わった。

膝をつき震える彼女の前に、アスラが影を落とす。

 

「安心しろ!神全員殺してやる!向こうでまた楽しくやれ」

 

アテナの目に涙が溜まり、恐怖で頬を震わせる。

 

『酷い!何故こんなことするの?命を勝手に奪うな!』

 

アスラは笑った、こんなに笑った事は無い位笑った。

 

「ハッハッハ、それをお前が言うのか?笑えるよ。散々下界の者たちを持て遊んで殺したくせに」

 

アスラは静かに剣を構えた。

 

「その泣き顔を見るために四千年耐えてきた。ようやく一つ目の願いが叶いそうだ。いい顔だぞ、アテナ!ハッハッハ」

 

言い終えた瞬間、アテナの頭部の半分が、

何の抵抗もなく綺麗に斬り落とされた。

 

「よーっつ」

 

頬へ飛んだ血が、アスラの怒りをようやく冷ましていく。

 

すると、天空で回る輪廻の輪が、少しずつ少しずつ崩れだした。

 

「これで、終わらない地獄が終わる」

 

その崩壊音だけが、地獄の終焉を静かに告げていた。

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