異世界転生失敗弱者、三千年の果てに神を斬る。 作:USK1210
オリンポスの神々は、ついに恐怖という感情を思い出した。
怒りに身を震わせる神、無様に逃げ惑う神、状況に気づかず眠り続ける神。
その全てが──ただ一人の男の前では無意味だった。
アスラは、もはや迷いすら抱いていない。
その瞳には、四千年以上積み重ねた苦痛と憎悪が凝縮され、決壊寸前の黒い海と化していた。
彼は一歩踏み出すたびに、神々は絶望の声を上げた。
雷が泣き叫び、大気が震え、逃げ場を失わせる。
天も地も、アスラの歩みに怯えていた。
アスラは剣を握り、ただ一言も発さず、神々へと突撃した。
斬った。斬って、斬って、斬りまくった。
躊躇など一切ない。慈悲はとうに捨てた。
神々の悲鳴が空へと散り、光の血潮が雨のように降り注ぐ。
『やめろォォ!!』『なぜだ!』『信じられぬ!』
叫び。怒号。嘆き。
それらはすべてアスラの剣によって断ち切られ、オリンポスの地は瞬く間に血の海へ変わった。
戦場を染める光は、もはや神々の威光ではない。アスラの憤怒そのものだった。
気づけば、生き残っている神は──ただの一柱もいなかった。
残ったのは、苦しみの王となったアスラただ一人。
――――
アスラは剣を静かに置いた。
血に濡れた刃が、乾いた音を立てて地に落ちる。
その音だけが、死に絶えた世界に響き渡った。
鎧の中の彼は、立っているのもやっとだった。
全てのエネルギーを奪われ、魂そのものが削れている。
だが、その瞳だけは消えていない。曇りきった絶望の中に、わずかな希望が残っていた。
それでも歩く。
殺された仲間の元へと──最後の力を振り絞って。
復讐は果たした。
四千年の地獄に、ようやく終止符を打った。
そして、もう一つだけ残された願い。
たったひとつの“安息”を求める最後の願い。
みんなを蘇生させること。
アスラは仲間の前で足を止め、ゆっくりと息を吸うと、魔力を練り上げる。
その過程で、脳裏を過ぎるいくつもの記憶が胸を刺した。
転生前の、希望すらなかった人生。
転移後の、涙すら枯れるほどの最悪の三千年。
――もう、充分だ。
求めれば失い、手に入れれば奪われ、探せば消えていく。
そんな世界に、アスラはもう疲れ果てていた。
これから訪れる静かな安らぎを思うと、心の奥がふっと軽くなる。
そして、禁術を発動する。
第二十階梯魔法・禁術──
神が刻んだ運命の律を逆転させ、死から生を呼び戻す異端の呪文。
代償は、発動者の魂そのもの。
天命・宿命・加護の全てを反転させ、“三時間以内の死者”へ命を分け与える。
──天命逆唱《アドラ・メル・カイン》
白い光が噴き上がる。
ゼロ、ジーク、ルア、ルーシーの身体を中心に、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
同時に、アスラの身体も白い光を放つ。
その光は胸の中心へと集中し、凝縮し──やがて四つに別れ、仲間たちの胸に吸い込まれるように飛んでいく。
アスラはゆっくりと地面へ座り込んだ。
何も残っていない。
魔力も、生命の火も。
「これで、思い残すことはない、苦しみから解放される」
ぽつりと呟くと、アスラの目がゆっくり閉じられた。
鎖の鎧が静かに解け、光となって胸へ吸い込まれ、最後には跡形もなく消えた。
そして──アスラの命は尽きた。
――――
最初に目を覚ましたのはルアだった。
続いてゼロ、ジーク。
最後にルーシーが震えるまぶたを開いた。
全員、受けた傷は完全に癒えている。
しかし周囲の光景に、皆が息を呑んだ。
神々の死体が山のように積み上がり、足元には赤い海が広がっている。
そして、その中心に──アスラが静かに倒れていた。
「アスラーー!!お願い、起きてー!」
ルアは悲鳴と共にアスラを抱き起こす。
だが返事はない。
ルーシーが必死にヒールを唱える。
「ヒール!ヒール!ヒール!!」
しかし──命を失った者には届かない。
ゼロが叫ぶ。
「アスラ!帰ってこい!お前が居ないと、我の居場所も無くなってしまう……」
ジークは黙ってアスラを見つめ続けていたが、やがて低く声を漏らした。
「アスラめ、ゼウス、アテナ、オーディン、アレス……全てを斬りおったか。お前は、この世界に必要な男だ、目を覚ませ……」
ルーシーの涙が頬を伝う。
アスラの生命エネルギーは完全に消滅している。
魔力もない。
……もう戻らない。
四人の心は、深い絶望に沈んだ。
その時、小さな一柱の神が現れた。
白い光に包まれたその神は、アスラの身に起きたことを語ってくれた。
苦しみの王となったこと。
そして──最高神ゼウスを討ち取ったこと。
全ての神を一柱残らず斬り伏せたこと。
そして──自らの命を代償に、仲間を蘇らせたこと。
『主らの命は、苦しみの王から分け与えられたもの。その余波がいかに伝わるか分からぬが、苦しみしか主らを断ち切れないのは事実。力の使い方を誤るな』
言い終えた神は、柔らかな光となって消えた。
四人は胸に手を当てた。
そこには微かに残る、アスラの温もり。
分け与えられた命の鼓動が、涙を誘う。
アスラが求めた心の安らぎは、結局この世界には存在しなかった。
だが、仲間と過ごした“短くとも濃い時間”だけは、彼にとって唯一の大切なものだった。
その思い出を胸に──
アスラは、静かに死の世界へと沈んでいく。
顔は安らかそのもので、ついに幸せを手に入れた瞬間だった。
――――
こうして──
異世界転生に失敗し、弱者のまま三千年、さらに千年の因縁を背負った物語は、オリンポスの神々の殲滅をもって幕を閉じた。
旅立つ道すがら、アスラの胸にかすかに記憶がよみがえる。
ゼロと出会った日、ルアと汗を流した訓練、ジークのお茶の匂い、ルーシーの騒がしい笑い声――。
どれも、二度と戻らない日々。
すべてが愛おしく、同時に、残酷なほど儚い奇跡だった。
四千年もの間、アスラの心を締めつけ続けた黒い影は、ようやく消えた。
しかしその代わりに、空いた心の奥には深い穴がぽっかりと残った。
彼は笑った――涙で震える微かな笑み。
そして、皆のことを思い、もう二度と会えない現実に胸を締め付けられながら、意識はゆっくりと闇に溶けていった。
「みんな、ありがとう。凄く楽しい時間だった。俺が生きてきた中で、一番の宝物だよ」
忙しい中、私の物語を読んでいただいたこと、深く御礼申し上げます。
アスラの旅は終わってしまいましたが、もう少し小説を書いてみようと思っております。
その際はぜひ応援をお願いいたします。
短い間でしたが、物語を読んでいただき、本当にありがとうございました。