異世界転生失敗弱者、三千年の果てに神を斬る。   作:USK1210

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龍魔力

情報屋から連絡が入った。

すべての情報が、ついに揃ったようだ。

 

アスラは重い身体にムチを打ち、約束の場所へと向かう。

湿った風が吹き抜け、街はやけに静かだった。

 

情報を受け取ると、アスラは無言のまま宿屋へと帰る。

その足取りは鉛のように重く、胸の奥には言いようのない不安が渦巻いていた。

 

部屋に戻ると、ベッドの上に腰を下ろし、受け取った情報を一枚ずつ丁寧に確認した。

紙の端を指でなぞるたび、過去の戦いの記憶が蘇る。

 

今回の勇者パーティーは九人体制。

そして、そのうち八人の経歴と戦闘レベルは異常なほど高い。

歴代の中でも、最強クラスといって差し支えないだろう。

 

「……暗殺は、あまり良くない選択肢だな」

 

アスラは小さく呟いた。

無理に潜入すれば、確実に返り討ちに遭う。

だが、正面から挑むのも危険だ。

 

「それなら……どでかい魔法を一発くらわせてやる。その後、すべてを蹂躙する」

 

その声は低く、冷たく、決意のこもったものだった。

いずれ女神アテナとも再び相まみえる。

 

だが今は、どうでもよかった。

 

窓の外に目をやると、天気は快晴。

心が重いのとは対照的に、空はどこまでも青かった。

アスラは剣を脇に置き、ベッドに体を横たえた。

久しぶりに、何も考えず空を見ながら眠ることにした。

 

――――

 

──その頃。

 

宿の裏庭では、ゼロとルアが戦闘訓練をしていた。

 

ルアは双剣を構え、瞳を鋭く光らせる。

ゼロは腕を前に突き出し、指先から黒い爪を伸ばす。

その形は、まるで鋼の刃のようだった。

 

風が一瞬止まる。

そして、二人の影が同時に弾けた。

 

斬撃と斬撃がぶつかり、鋭い金属音が空気を裂く。

二人の腕から放たれる連撃は、まさに嵐。

 

ルアが踏み込み、双剣の軌跡が光の帯を描いた。

だがゼロはそれを正面から受け止め、腕の一撃で押し返す。

 

「……っ、くっ!」

 

ルアの足が後ろへと滑る。

押し負け始めた彼女は、息を吸い込み、詠唱に入る。

 

「──身体強化《フィジカルブースト》!

──スピードアップ《アクセルドライブ》!」

 

次の瞬間、彼女の身体を淡い光が包み、地面が砕けた。

速度は倍化し、力も増す。

魔力の奔流がそのまま筋肉に宿るようだった。

 

再び前へ。

ルアは双剣を交差させ、最大出力の魔法剣を放つ。

燃え立つような刃がゼロの胸を貫いた――かに見えた。

 

だが、甲高い音が響く。

 

「……まだ、攻撃の鋭さが甘い」

 

ゼロの胸には傷一つない。

攻撃は、竜の皮膚によって完全に弾かれていた。

 

ルアは歯を食いしばり、低い姿勢から再度突っ込む。

その瞬間、ゼロが天へと跳び上がった。

 

高空から見下ろし、口を大きく開く。

 

「──小龍炎息《ミニドラゴンブレス》!」

 

真紅の火炎が吐き出され、地面を焼き尽くす勢いで降り注いだ。

熱風が空気を裂き、砂が溶ける。

 

だがルアは怯まない。

 

双剣の魔法を一度解除し、新たな詠唱に入った。

刀身に水の奔流が宿り、青白い光がほとばしる。

 

「水魔法――剣十字斬撃《クロススラッシュ》!」

 

二本の剣を同時に振り抜くと、巨大な水の十字斬撃が空へと舞い上がった。

炎と水――二つの力が空中で激突する。

 

轟音と閃光。

地面が波打ち、風が爆ぜ、宿の壁がきしんだ。

 

そして、双方の技はほぼ同時に相殺され、爆風だけが残った。

 

ルアは肩で息をしながら剣を構え直した。

額から汗が滴り、視線はまだ戦意に燃えている。

 

「……今日はここまでにしようか、ルア。お疲れ様」

 

ゼロは軽く笑みを浮かべながら地面に降り立った。

 

「かなり腕上げてるな。これならドラゴンの技、魔法を会得できるかもしれない。今度、軽く試してみよう」

 

ゼロは満足そうに頷いた。

 

「わ、私にドラゴンの技と魔法!やってみる!やらないと分からないから!」

 

ルアの瞳は希望に輝いていた。

最近、彼女は目に見えて強くなっている。

もう、昔の様なただの少女ではなかった。

 

――――

 

──その頃、アスラは部屋の中でひとり、天井を見つめていた。

 

勇者セラリア・ゼラードが王都セレリアに到着するまで、あと一ヵ月。

アスラの心はどこか遠く、重い霧に包まれていた。

 

食事も取らず、身体を拭くことも忘れ、ただ無気力に時を過ごす。

頭の中では、ひとつの言葉だけが何度も反響していた。

 

――自分は悪だ。

 

その思いが、まるで呪いのように心を蝕んでいく。

悪であることは、否定できない。

だが、それを理解してなお、胸が苦しかった。

 

「人間もまた悪だ、だから苦しむ」

 

アスラは静かに目を閉じた。

陽の光がカーテンの隙間から差し込み、頬を照らす。

それでも、彼の心には、ひと欠片の温もりも届かなかった。

 

だが、勇者は待ってくれない。確実にこちらに進んできている。

アスラは苦しみに胸に潜ませ、立ち上がる。

「俺の復讐は終わらない」

 

――――

 

この日の夕方、アスラはルアと一緒に武器を見に行っていた。

アスラの経験からすると、今のルアの双剣は少し短いように感じる。

 

成長途中のルアにとって、今の武器では力を最大限に引き出せないかもしれない――そう思った。

 

国一番の武器屋に入ると、そこには色とりどりの剣が整然と並んでいた。

 

壁には魔力の紋章が輝く装飾剣、棚の上には特殊合金で鍛えられた極細の短剣、床には戦士用の重厚な長剣が無造作に置かれている。

 

あまりにも種類が多く、一つずつ手に取るだけでも時間がかかりそうだった。

 

アスラは静かに魔力を集中させ、薄く広げるように店内を満たした。魔力の波が剣たちに触れると、それぞれの潜在力が光となって浮かび上がる。

「究極級の双剣が……五本。伝説級は……一本か」

 

アスラは伝説級の双剣の前に歩を進める。二本の剣が織りなす美しい曲線は、熟練者だけが扱える証だ。刃先は鋭く、鍛え上げられた金属の冷たさが手に伝わる。重さも絶妙で、振ったときのしなやかさが計算され尽くしている。

 

「ルア、この剣、どう思う?」

 

アスラは双剣をルアに差し出した。

 

ルアは受け取り、軽く構えて素振りを始める。長さは今までの双剣より少し長く、最初は違和感がある様子だ。しかし、目の奥には燃えるような闘志が宿る。

 

「うん、ちょっと長いけど、すぐに慣れると思う。剣が長い方が有利だしね!」

 

アスラは微笑み、頷いた。

 

(よし、これでルアの戦力も一気に底上げできる)

 

「ありがとう、アスラ!もっと頑張るね!」

 

ルアの笑顔に希望と決意が混じる。

 

「じゃあ、今度試し斬りしようか」

 

アスラも自然に笑顔になる。

 

――――

 

「ところで、ルア。聞きたいことがあるんだけど、この世界で一番強い剣って何になるのかな?」

 

ルアは首をかしげ、少し申し訳なさそうに答える。

 

「ごめんなさい、私、詳しくなくて……ゼロなら何か知ってるかも」

 

二人は期待以上の買い物を終え、家に帰った。

 

リビングではゼロが爆睡している。本来は五十メートルを超えるドラゴンの姿になる男だ。

アスラはその巨体を横目に見ながら部屋へ向かった。心は凪のように静かで、調子も悪くない。

 

ルアの訓練メニューを決めながら、まもなく到着する勇者たちへの対応を思案する。

 

「大魔法で勇者パーティーを切り崩せるか……できるなら二発食らわすのもありか」

 

その時、部屋にノックが響いた。

 

「はーい」

 

ゼロが眠そうに入ってくる。

 

「あと一ヶ月で勇者たちが到着だな。作戦は決まったか?」

 

アスラはぼんやりと答える。

 

「実はまだ悩んでいる。大魔法をぶつけるのが一番効果的だが、広い場所が必要になるだろう。勇者一行は警戒して、森を抜けて王都セレリアに向かうはず、だと推測している」

 

ゼロの目がぱっと開く。

 

「……森で迎え撃つのか」

 

「そう。奴らは森を隠れ蓑にしているつもりだが、森ごと焼き払えば意味はない」

 

アスラは冷静に説明する。

 

「その後は、森に潜み、一人ずつ確実に狩っていく」

 

アスラの目が光り、拳を握る。

 

「なるほど。ルアも連れて行くのか?」

 

ゼロが訊ねる。

 

「いや、今回は見学だけ。ルアが戦闘に加わるなら治癒魔法が必須になる」

 

アスラは答えた。

 

「でも、今のルアはかなり強くなってるぞ。俺の刃を簡単に避ける」

 

アスラは考え込む。確かにルアの戦闘力は、ここ数日で飛躍的に伸びている。伝説級の双剣も手に入れた。

 

(なら、直接聞いてみるか)

 

アスラはルアの部屋へ向かい、軽くノックする。

「ルア?ちょっとお邪魔するね。勇者パーティーとの戦闘の話、今大丈夫?」

 

ルアの声が元気に返る。

「うん!大丈夫だよ。もしかして、私も戦闘に参加していいの?」

 

(はは、これで決まりだな)

 

「ただし、一つ約束してくれ。自分の命を最優先にして戦うこと!」

 

「はい!」

 

元気な返事が部屋に響く。

 

翌日から、ルアの特訓が始まった。

相手はアスラとゼロの二人。コンビネーションを組み、ルアを限界まで追い込む。

 

攻撃と防御、動きの読み、魔力操作……すべてを駆使して徹底的に鍛える。その日一日中、ルアは汗と疲労にまみれながらも成長を感じていた。

 

――――

 

翌日、アスラは休息を取り、ゼロがルアの訓練に付き添った。

 

「よし、ルア。ここに座れ」

 

ルアは少し息を整え、静かに座る。

 

「今から俺が龍魔力を体に流す。最初は違和感があるが、すぐに慣れる」

 

ルアは強くうなずき、覚悟を決める。

 

ゼロは自らの血で魔法陣を書き、その中心にルアを座らせる。言葉にならない祈りのような呟きと共に、魔法陣が赤く光り始めた。

 

ゼロは両手をルアの背中に置き、赤黒くうねる龍魔力を体内に流し込む。初めはゆっくり、徐々に体に馴染むよう慎重に操作する。ルアの体が一瞬跳ねる。

 

中に入るのはただの魔力ではない。新しい力――龍魔力が体を侵食し、神経に直接触れていく。

 

ルアの目に闘志の炎が宿る。体中を熱く駆け巡る力が、制御されるのを待っているかのようだ。

 

「え?」

 

ゼロが焦る!

 

「おい……ルア!?吸いすぎだ、そのままじゃ俺が干からびる!」

 

ルアは体の中で龍魔力を整える。散らばる力を一つにまとめ、体に沈めていく作業だ。

魔力の原理は既に理解している。慣れれば必ず制御できる――ルアは信じて集中する。

 

やがて、散らばった龍魔力が体に馴染み、血流のように全身を循環し始める。

力の奔流が胸の奥から溢れ出し、皮膚の内側で熱と圧力が渦を巻いた。

 

「はっ!戻ってこれた!ゼロ、ありがとう。龍魔力、少しだけ制御できたよ!」

 

ルアが手を挙げて喜んでいる。

 

「よし、それが基本だ」

 

ゼロは静かに頷いた。

 

「まず教える技は、龍鎧壁《ドラゴニックガード》。防御の要だ。

そして次に、龍炎息《ドラゴンブレス》。それがお前の初めての“竜の咆哮”となる」

 

ゼロはいつになく厳しい目つきだ。

 

ルアの目が輝く。ワクワクが止まらない。新しい力に触れた瞬間、体も心も闘志で満ちていく。

 

――――

 

勇者との戦いが迫っていた。

情報屋には、勇者パーティーが森に入り次第、すぐに連絡をよこすよう伝えてある。

 

そして、俺たちは森を抜ける直前――勇者たちが油断するその地点で迎え撃つことに決めた。

 

それを聞いたルアは、何も言わず庭へ出て、木刀を手に取った。

 

月明かりの下、風を切る音が静寂の中に響く。彼女の双剣が光を描き、夜気を裂いていく。

その姿に、焦りと決意が混ざっているのが分かった。

 

俺は屋内に戻り、机の上に広げた地図を睨みつけながら戦略を組み立てる。

 

前衛左が俺、右がゼロ。

後衛にはルアを置き、魔法攻撃による援護射撃を頼む。

ただし、勇者パーティーの隊列が崩れた場合――その瞬間を見逃すな。

即座に斬り込め。それが勝敗を分ける一撃になる。

 

ルアにとっては、これが初めての対人戦となる。

血を見たことのない彼女にとって、容易い戦いではない。

だが、ルアならきっと乗り越えられる。俺はそう信じていた。

 

そんなことを考えていると、不意に背後から声がかかる。

 

「アスラとゼロは、なんで勇者様を殺すの?」

 

ルアが、真剣な眼差しでこちらを見つめていた。

その瞳には、怯えも迷いもない。ただ、知りたいというまっすぐな意思だけが宿っていた。

 

俺は包み隠さず話すことにした。

 

「……俺はね、女神アテナに地獄に落とされたんだ。だから、女神アテナの仲間である勇者を殺して、女神アテナを地上に顕現させたいんだ。」

 

アスラは、できるだけ落ち着いて話したつもりだった。

だが、自分の中の空白――三千年の孤独と憎悪が、今さらのように疼いた。

ルアに見透かされた気がして、胸の奥がざらつく。

 

「アスラ、ちゃんと話して!私はもう大丈夫だから!」

 

ルアの強い言葉に、アスラはゆっくりと息を吐いた。

逃げることはもうできない。彼女には、真実を伝えなければならない。

 

「そうだね。ルアには話しておかないといけないね。

ちょっと長くなるけど、ゆっくり聞いて。」

 

そして、アスラは語り始めた。

あの日、強制転移に巻き込まれ、気づけば異界の空間に閉じ込められていたこと。

時間が止まった世界で、出口も希望も見えず、ただ永遠に閉じ込められ続けたこと。

数百年が過ぎ、千年が過ぎ、やがて感情さえも摩耗していったこと。

 

三千年もの時を経て、彼はようやく脱出した。

だがそのとき、彼の中に残っていたのは、怒りと虚しさだけだった。

病のことは、語らなかった。あれだけは、自分の中だけに閉じ込めた。

 

話を終えたとき、ルアの頬には涙が伝っていた。

 

「う…う…アスラ可哀想。そんなに怒るのも納得だよ。」

 

ルアは泣きながら、アスラの手をぎゅっと握った。

その温もりが、三千年の冷たい記憶を少しだけ溶かしていく。

 

「今はゼロとルアがいるから、寂しくないけどね!」

 

アスラは、無理に笑ってみせた。

その笑顔は、どこかぎこちなかったが、それでも本物の温かさがあった。

 

それを見て、ルアも小さく笑った。

涙の跡を残したままの、優しい笑顔だった。

 

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