千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
「――それで、ミリアとティノはどちらが勝ったんですか?」
「悪魔憑きを克服したミリアの方が身体能力は上。それでもティノは技術と意地で圧倒したわ。彼女の戦いは……そう――自分より強い相手と戦い慣れている――上手く言えないけど、私の目にはそう映った」
リンドブルム発、帝都行き寝台特急の個室にて。ベータはアルファの言葉に耳を傾けていた。七陰は本拠【アレキサンドロス】に戻る本隊にミリアの事を任せ、「動く列車」という閉鎖空間を報告の場に選んだのだ。
今はアルファ、ベータ、イプシロンの3人で顔を突き合わせている。デルタは外で、列車と駅まで競争中だ。
「経験……強い相手に挑む心構えが千変万化の千の試練の本質……なのかもしれませんね」
「でも2人の戦いを見届けたせいで、私は聖域の核へと向かう時間を失った。これもあの男の企み……?」
「それは考えすぎですアルファ様。管理者権限を書き換えた以上、聖域にはいつでも侵入できるのですから……」
顔を険しくするアルファを見かねて、イプシロンはその不安を紛らわせようとする。しかしアルファの表情は晴れない。ベータとイプシロンの2人は反応に困り……顔を見合わせてしまった。
(ベータも変だと思ってるのね。今のアルファ様を。それなら――)
「あなたの方はどうだったのベータ? こっちは記憶の光景の中に、まだハゲてないネルソンを見つけたけど」
「そうでした。私の方でも報告すべき事件が起きたんです。試練の最中に街に盗賊団が現れて、あのバレル盗賊団が――」
話題を変え、七陰の会議は続く……
***
「はぁー……いい湯だった」
「……悪くない」
【
「そういえばこの街と温泉ランドってわりと近いよね。ライバル?」
「だから温泉ランドはプールレジャーがメイン……差別化で若者人気を獲得……」
「なるほど、抜かりはないわけだ」
このスルスの街はいわば温泉の街。古くからの温泉宿が軒を並べていて、檜っぽい塀と硫黄っぽい香りが独特の風情を生み出している。すぐそばの山は源泉が豊富で、温泉好きのドラゴンが住んでいるとかいないとか。
それはさておき、僕がこの街を訪れた目的は温泉だけじゃない。目当ての物を買うため、お土産屋へと向かった。
「いらっしゃいませ。おや、つかぬことをお聞きしますが……お客様方は恋人同士でしょうか?」
「違います」
「彼と私は……師弟関係?」
イータと別れ店内を軽く見まわすと、目当ての木剣はすぐに見つかった。木剣はお土産屋の定番……それはこの世界でも変わらないらしい。
「すみませーん。これください」
「かしこまりました。……あの、お客様。本当にこちらの商品でよろしいのですか?」
「うん? 何が?」
「女性への贈り物として、こちらの簪も一緒にいかがでしょうか?」
「結構です」
随分お節介を焼く店員だな……これが観光地のセールストークというやつなのだろう。適当にあしらって店の外へ。早速、買ったばかりの木剣を軽く振ってみる。
「うん……こんなもんか」
本気で振ったらすぐに折れてしまいそうだ。ひょっとしてルークは予備を何本も持ち歩いているのかな? ……いや、相手を斬れるなら折れる心配もいらないのかな? 謎は深まるばかりだ。
しばらく考え込んでいると、お土産屋の戸が開いてイータが戻って来た。
「マスター……待った?」
「待ってないよ。イータは何を――」
「マスターの分」
「ああ……ありがとう」
イータから貰ったのは温泉まんじゅう。甘くて美味しい。彼女の手には箱、饅頭の詰め合わせを買ったみたいだ。
「ごちそうさま。僕はこれから山に登るつもりだけど、イータはどうする?」
「山~?」
イータは露骨にイヤそうな顔を向けて来た。さすがに登山はイヤか。
「うん。前にここの山に登った時、秘湯を見つけたんだ。せっかくスルスに来たんだし、秘湯に入ってから戻るつもり」
「……私は遠慮する。温泉は気持ちいいけど、山に登ってまで入ろうとは思えない」
結局その後、イータは1人で先に温泉ランドに向かった。サッと入って、すぐ後を追いかけるでもいいんだけど……せっかく買った木剣、練習をしながら秘湯に向かうとしよう。ついでに温泉ドラゴンを見つけられたらいいな。
***
ミツゴシ温泉ランドの駐車場に1台の馬車が停まった。御者台に座っていた2人が扉を開け……車内から降りて来たのは3人の
そして馬車の上にいたデルタが、3人のそばに着地する。リンドブルムを出発して丸1日……彼女達は目的地にたどり着いた。
「ん~……やっと着いたですか。走った方が早く着いたのです」
「それだと真夜中についちゃうじゃない。営業時間外よ」
「温泉にプール……どちらも楽しみですね。アルファ様」
話しかけられたアルファは、楽しそうな3人を見まわし……口からため息をこぼす。
「貴方達……遊びに来たわけじゃないのよ」
「わかってます。『イータが何か企んでいる』……ですよね」
「あの子、いったい何をするつもりなんだか……」
「デルタは温泉に入りたいのです!」
それはガンマからの情報だった。イータが大量の資材を温泉ランドに運ぼうとしている、なので様子を見てきてほしい……とアルファは頼まれたのだ。すると、その話を聞いたベータとイプシロンは直感する。これは――
「アルファ様、これはガンマの気遣いです。温泉ランドでしっかり休んでほしい……と。そうでなければ、こんな簡単な事アルファ様に頼んだりしません」
「そうですよ! アルファ様ったらいつ姿を見ても働きづめじゃないですか」
「イプシロン、ベータ……貴方達が意見を揃えるなんて、そんなに私に休みが必要に見えるの?」
「温泉~温泉~」
本来はアルファ1人のはずだったが、強引にベータとイプシロン(ついでにデルタ)は同行を申し出た。1人では休みそうもない仕事人間なアルファを、無理やりにでも休ませるためである。
「……ホントは貴方達、自分も温泉に入りたかっただけじゃない?」
「そ、そんなことは……ねえイプシロン?」
「ええ。ピアニストとガーデンの2重生活も、帝都とオリアナの往復も……大変だなんて全く思っていませんから!」
「それなら私だって! 原稿の締め切り大変だなーとか、最近徹夜ばかりだなーとか……これっぽっちも考えていません!」
「温泉、行かないのですか? デルタ、先に行ってるのです」
胸を張り、多忙さをアピールするベータとイプシロン。そんな2人を見てアルファは呆れ……同時に1つの言葉を思い出した。それはシドから教わった『影の叡智』の1つ……「働き方改革」だ。
(『上の人間が率先して休まないと、部下も休もうとしない』……そういう事だったのね)
「……私の負けね。イータに話を聞いて、貴方達と一緒に羽を伸ばしましょう」
「! ですよね。アルファ様」
「そうこなくっちゃ! カイ、オメガ、悪いけど2人は荷物を――」
「……ぅうあぁぁぁっ!!」
突如響く、平和な時間を破壊する咆哮。すかさず大気の震える音が続いた。
「今のは……デルタ?」
「急ぎましょう!」
アルファ達3人が走り出し、御者をしていたカイとオメガ……イプシロン直属の2人も後を追いかける。はたしてデルタは……?
「がるるるるる……!」
「テメエ、シャドウガーデンのバカ犬か? こんなところで何してやがる?」
「デルタは犬じゃない! そっちこそ、なんでここにいるのです!
デルタは見つけてしまった。ピンクブロンドの髪を揺らす、浅く焼けた肌の女盗賊を。――獲物だ。そう思った瞬間、体が勝手に動いていた。風のような速さでの奇襲。
しかしデルタのツメを女盗賊は……《絶影》リィズ・スマートはギリギリで回避し、反撃の蹴りで強引に距離を取ったのだ。2人はホテルの入り口の前で睨み合う!
「おいリィズ、どうした? おっ? おお!」
「デルタ! いったい何を……そんな!?」
デルタと合流したアルファ達は目にする。臨戦態勢のリィズと……ホテルの入り口から次々現れる《
「む? あの子は……」
「アンセム兄もわかるよね? アイツがシャドウガーデンだって!」
「うーむ……」
身長約4メートルの巨漢《不動不変》の
「シャドウガーデン? そんなまさか……あっ! いやでも……似てる……だけよね?」
「あっちはベータさんに、あっちはイプシロンさんに見えますね……これは困りました」
あらゆる魔法を使いこなす《万象自在》の
スライムへの造詣が深い天敵《
「シャドウガーデン……金髪の精霊人! お前、もしかしてアルファか!? アルファだよな!」
アルファと互角に渡り合った《千剣》の
(なぜ……どうして? 嘆きの亡霊がここに……)
不意の接敵にアルファは思考を巡らせる。幸いにも《嘆きの亡霊》に攻撃の気配は無い。アルファ達の出方を窺っている。そしてデルタは闘争本能をむき出しに唸っているが……どこか苦しそうに我慢している。相手が1人ではない事に脅威を感じているのかもしれない。
戦うべきか否か――迷うアルファの前に、あの男が姿を現す。
「あれ? みんな……プール行くんじゃないの?」
「クライちゃん! アイツ! シャドウガーデンのバカ犬だよ! 戦ってもいいよね? ねぇ!?」
(! 千変万化もここに……え?)
シャドウが実力を認めた、アルファが対抗心を燃やすハンター《千変万化》クライ・アンドリヒ。しかし彼の姿を見てアルファの思考は止まってしまう。なぜなら陽気なアロハシャツ姿だったからだ。彼は困り顔でアルファ達を眺め……思いもよらない言葉を口にした。
「……何を言ってるのさリィズ。シャドウガーデンがこんな所にいるわけないじゃないか」
「えぇっ!? クライちゃんも帝都で見たでしょ? あの時のバカ犬だよ!」
(あの千変万化が、この状況で私達の正体に気づいていない? ありえない。つまり彼は……っ!)
言い争うクライとリィズを見たアルファは、その意味を瞬時に理解した。唸るデルタへと急いで駆け寄る。
「デルタ、止めなさい!」
「うぅぅぅっ……!」
「……デルタ」
「ひっ!? はいなのです!」
デルタを睨み黙らせるアルファ。そして彼女は、無防備に近づいて来るクライへと向き直る。
「ちょっとリーダー!?」
「アルファ様……」
互いを心配する声が聞こえる中、アルファはクライと対面し愛想笑いを作る。
「ごめんなさい。私の連れが驚かせてしまったみたいね」
「こちらこそすみません。彼女ちょっと血の気が多くて……ケガはありませんか?」
「いえ、大丈夫です。お気遣い感謝します」
……互いに見て見ぬふりをする。それがクライの意思だと、アルファは判断した。
(嘆きの亡霊は、理由も無く戦っていい相手ではない。向こうもそう思っている……そうよね?)
緊張を作り笑いの裏に隠し、アルファはクライの表情から真意を探ろうとする。しかし、彼のぼんやりとした笑顔からは。何も読み取る事が出来なかった。
「……ところで、貴方達はここで何を?」
「見ての通り、バカンスです」
アルファの問いにクライは堂々と答えた。