千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
ミツゴシ温泉ランド……それは話題沸騰中の複合型レジャー施設である。その名の通り温泉はもちろん、サウナ、マッサージ……多種多様なサービスを提供している。
しかしなんと言っても注目は温水プールだ。世界初の流れるプール、そしてウォータースライダーは大盛況。今はリンドブルムに客を取られているが、噂を聞きつけ、遠方より訪れる客も少なくない。
――そんな温泉ランドのプールサイドで、クライ・アンドリヒはビーチチェアに寝そべっていた。そばのテーブルに空のパフェ容器、手にはコーヒーフロート……彼は温泉ランドを満喫している。
「ん~……やっぱりコーヒーはミツゴシのシャドウブレンドが一番だね」
そしてクライの視線の先では……彼の友人達がビーチバレーを楽しんでいた。先にプールに来ていたクレアがリィズと、ルークとルシアがそれぞれチームを組み……ルークがスパイクのチャンスを得た。
「うおぉぉっ! もらったぁ!」
直後、大きな破裂音が響く。空中に舞うのはカラフルな切れ端……どうやらビーチボールがクレアの足元で破裂したようだ。
「は? ……ちょっとルーク私を殺す気!?」
「……いや、この程度で破裂するボールが悪い。うん……悪い」
「クレアちゃんビビってんの? この程度で死んだりしないって」
「ちょっと! 借りものなんだから少しは加減してください! もう……新しいボール借りてきます。今度は競技用の」
先程の騒動はすっかり忘れ、楽しそうにはしゃぐ仲間達。そんな彼らを見て、クライは満足そうに頷く。到着してすぐに言った『訓練禁止と戦闘禁止』の効果に満足しているのかもしれない。
すると、彼の視界を遮るようにシトリーが近づいて来た。抜群のスタイルを見せつけるような白ビキニ姿だ。
「ずいぶん楽しそうですねクライさん。泳がないんですか?」
「それなんだけどね……実はさっきウォータースライダーに挑戦しようと思ったんだ。でもアクセサリーをつけてたらダメって言われてね――」
そう言ってクライは左手を見せつける。全ての指で指輪型宝具が輝く左手を。
彼は『
「諦めて、代わりにコーヒーを味わってたんだ」
「上のソフトクリームを、ですか?」
「ははは……」
愛想笑いを浮かべるクライに、シトリーが体を寄せる。腕に抱き着き、胸を押し付けるシトリー。そのまま彼女は、首に吐息がかかりそうな距離で囁き始めた。
「クライさん……マッサージはいかがでしょう? 私……マッサージがしたくてしたくて、たまらないんです」
「それは魅力的な提案だね……でも別にいいかな。ここにはマッサージ専門のスタッフもいるみたいだからね。後でそっちに行くつもり」
「イヤです。私の気持ち、クライさんに受け止めてほしいんです……もう我慢できません……!」
ギシギシと揺れるビーチチェア。この状況にクライは眉根を寄せた。シトリーはマッサージを趣味としているが、ここまで熱烈なアピールをするのは珍しい。
「もしかしてシトリー、僕に何か頼みでもあるの?」
「……クライさん。どうしても急ぎで調合したいポーションがあるんです。今すぐ必要で……許可をいただけませんか?」
真剣な懇願を聞き、クライは改めてシトリーの顔を見た。見えたのは不安そうな顔……しかしクライの答えは変わらない。
「ダメ。特訓禁止は、調合も禁止。シトリーを特別扱いするわけにはいかないよ」
「そんな……でもシャドウガーデンが……」
「大丈夫。何も起きないって」
そう言ってクライは立ち上がった。空のグラスをテーブルに置いてプールへと向かう。
「シトリー、僕が言ったルールの中で一番大事なのは……バカンスを楽しむ事だ。それを忘れないでね」
「クライさん……ふぎゃ!?」
乾いた衝突音と共にシトリーは倒れた。突如としてバレーボールが飛来し、シトリーの顔面に直撃したのだ。クライは目を白黒させ……ボールの飛んできた方向を振り返る。そこには鼻で笑うルシアと、はしゃぐリィズの姿があった。互いに敵チームのはずだが、一緒に喜んでいる。
「あら、シトに当たっちゃいましたね。天罰でしょうか」
「ルシアちゃんナイストス! ごめんねぇクライちゃん、大丈夫?」
「ああ……うん、僕は大丈夫だよ」
「2人とも……今の絶体わざとでしょ!」
起き上がったシトリーが凄むが、ルシアとリィズは敵意をむき出しに睨み返す。
「そんな卑猥な水着で兄さんに迫るなんて……この変態! ちょっと胸が大きいからって調子に乗るな!」
「ルシアちゃんはともかく、私を出し抜こうだなんて生意気ぃ。見え見えなんだよ!」
「もう、いっつもいっつも私の邪魔して……あったまきた! ルークさん、私と組んでください! 今日という今日は白黒つけます!」
怒りに燃えるシトリーが、ボール片手にコートへと乗り込む。これから熾烈なケンカが始まるのだろう。《
***
――なんなんだあの男は? それが双眼鏡を片目で覗くカイの心境だった。金髪、長身の彼女は《シャドウガーデン》の一員で、イプシロン直属の部下。今は準備中のダンスステージそばで、クライの監視を遂行中だ。そんな彼女に褐色肌の
「不機嫌そうだね、カイ」
「オメガ……交代の時間か」
カイと同じく、スタッフTシャツを着る彼女もイプシロン直属の部下だ。自らの短い黒髪を軽く撫でながら、金銀オッドアイの目でカイにからかうよな視線を送る。
「そんなに温泉を楽しみにしてたんだ?」
「茶化すな。君も見ればわかるだろう」
突き出された双眼鏡を覗き、オメガはクライを探す。
手前側、水深のある競技用プールではアンセムが泳ぎ……流れるプールの中央島では、他の《嘆きの亡霊》メンバーがバレーボールで白熱……クライを見つけたのはその中央島のさらに奥、流れるプールの上に浮かぶバナナボートの上である。
「あんな所で寝転がるなんて、随分と無防備だね」
「手を出そうと思えば簡単に見えるが……もしそうしたら、奴の仲間が黙っていないだろう。いや、そもそも攻撃する前に気づかれるか……?」
真剣に考え込むカイ。そんな彼女の生真面目さに、オメガは鼻を鳴らす。
「案外……ホントにバカンスが目的かもしれないね」
「そんなわけないだろう。奴がここにいるのは最悪だ。行動を読まれていたとしか思えん」
「もしそうなら、あの男は本物の神算鬼謀だ」
適当に相槌を打って、オメガは再び双眼鏡を覗く。やはりクライは気持ちよさそうに寝そべっているだけだ。
(イプシロン様にも、考えすぎだと進言すべきかな)
オメガが気を抜き、双眼鏡を下ろした……まさにその時、弾丸のような速さでバレーボールがクライに命中した。しかしクライもボートも微動だにせず、ボールの軌道が不自然に反転する。まるで見えない壁に弾かれたかのように……そしてボールは空中にキレイな放物線を描き――
「痛っ!?」
――オメガの顔面に直撃した。100メートル以上の距離を飛んだボールが、彼女の足元に転がる。顔をしかめるオメガ。隣のカイは目を見開いている。
「っ!? 監視に気づかれたか……!」
「みたいだね……!」
「すみませーん! 大丈夫ですかー!」
2人に誰かが近づいて来る。流れるプールを縦断するのは、長い黒髪をまとめた若い女性……ルシア・ロジェだ。彼女の接近にオメガは目を細める。
(マズい……万象自在とは1年前の抗争で遭遇してる。正体に感づかれるかもしれない)
「逃げるよ」
「まったく、油断しているからだ!」
オメガの判断は速かった。走り去る彼女の後を、カイもすぐに追いかける。
「……? さっき見た精霊人……?」
残されたボールを拾いながら、ルシアは首を傾げた。
***
クライ達が温泉ランドを満喫する一方……それどころではない者達もいた。クロ、シロ、ハイイロ……シトリーによって同行させられた3人の
「誰にも気づかれてないな?」
「ああ。上手くいってるぜ。客も少ねえし……拍子抜けだ」
「この時期はリンドブルムに人が集まるからな……でも本当にやるのか?」
「当たり前だ。このチャンスを逃したら次は無いぞ」
彼らの言う通り、平時の温泉ランドに比べ客足はまばらだ。3人はそのまま、怪しまれずに目的のロッカーへと近づく。先ほど覗き見し、クライが使っているのを確認したコインロッカーへと。
彼らが狙うのは……シトリーからクライへと受け渡された首輪の鍵である。
彼らが焦る理由……それは《シャドウガーデン》の名を聞いたからだ。最初にその名を聞いたのは帝都、教団筋から放火依頼を受けた時――
『いくらシャドウガーデンでも、貴様らのような木っ端にまで目を光らせてはいないだろう』
――と、全身鎧の依頼主が呟いていたのだ。
その時は分からなかったが、オークション占拠事件の顛末、そして今朝の騒動で3人は言葉の意味を理解した。《嘆きの亡霊》が標的として狙うような、教団が危険視する組織がすぐそばにいる――と。
そしてこうも考えた。もし自分達が教団の依頼を受けていたと知ぅたら……シャドウガーデンはいったいどうする?
――結果クロとシロは、1秒でも早く温泉ランドを離れるべきだと判断した。1人ハイイロは、クライに背く事に乗り気ではない様子だが……それを強く主張して、他の2人を止める程ではない。彼もシャドウガーデンを恐れている。
「……おい! いつまでかかってる? 早く開けろ」
「わかってる! だがこの鍵、見た目よりずっと複雑で……クソッ、どうなってんだ?」
……しかし3人は知らなかった。ミツゴシグループの技術が商品や建築だけでなく、警備においても優れている事を。異変を察知し防犯装置が作動。赤い照準光が3人を狙い……粘着性の高いスライムを発射した。