千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
『帝都よりお越しの、クライ・アンドリヒ様。至急、受付までお越しください。繰り返します。帝都よりお越しの――』
館内放送で呼び出しを受けたクライは……護衛にシトリーを引き連れ、受付から警備室まで案内された。
「――こちらが警備室です。それでは」
「どうも。……ねえシトリー、なんで呼び出されたと思う? クレアはキルキル君かノミモノのせいだって言ってるけど」
「……少し、躾が足りなかったかもしれません」
「ちゃんとエサあげた? 叱るばかりじゃなくて、ご褒美も大切だよ」
「温泉ランドに来たことがご褒美になると思ったのですが……人間を躾けるのは難しいです」
「うんうん、そうだね。……ん? 人間???」
警備室の扉を開けたクライが見たのは、何やら粘着質な物体――スライム?――によって、3人まとめて拘束されているクロ、シロ、ハイイロの姿だった。
3人背中合わせで、脚と頭だけが外に出ている。部屋に入って来るクライとシトリーを見た彼らは……恐怖と絶望に染まった、悲痛な顔を一様に浮かべる。
「ヒッ…!?」
「ホントに来たじゃねえか! なんで呼んだんだ!」
「お、俺達がアンタらの連れだって……証明してくれ、ください!」
「ああ、うん……人間だね」
……3人から話を聞いたクライは、許すどころか逆に謝罪した。鍵を渡すつもりが遅れてすまない――と。3人の拘束を解いてもらい、その場で件の鍵を譲渡。
我先にと首輪を外したクロとシロが走り去るのを見届け……1人残ったハイイロへと視線を向けた。彼は跪いて、震えながらクライを見上げている。
「ク……クライ……様、お、俺、俺達を……許して、くれるんですか?」
「? 許すような事なんて無いよ?」
「ッ……!?」
「それより1つ気になるんだけど……ハイイロさんはどうして――」
***
更衣室で起きた盗難未遂、その顛末は七陰の耳にも届いた。しかし警備部長の報告を聞き、アルファは困惑する事になる。
「……報告ありがとう。業務に戻りなさい、208番」
「はっ!」
退室を見届けるとアルファは、ため息と共にソファに体を投げ出した。天井を見上げながら独り言ちる。
「『許す事は無い』と言いながら『どうして逃げないの?』……まるで逃げて欲しいみたいな言い方。千変万化……貴方の目的は何?」
ここは温泉ランド支配人室の奥にある客室、七陰が来た時にだけ解放される専用の客室だ。今この部屋にいるのは2人……隣で報告を聞いていたベータは、眉をひそめて考え込んでいる。208番の報告内容は理解しがたい物だったし、報告した当の本人も納得しきれていない様子だった。
「その男……なんだか哀れですね。1人だけ逃げずに残ったのに、そんな事を言われるなんて……完全に弄ばれるじゃないですか」
「哀れ? 盗みを平気で働くならず者よ。同情する必要なんて無いと思うのだけど」
「同情なんかじゃなくて……アルファ様は不安に思った事はありませんか? 自分が正しいと思ってやったことが、間違ってたらどうしよう。……シャドウ様の意にそぐわぬ行動だったらどうしようって」
そう言いながらベータは、苦笑いをアルファに見せる。ベータにとってシャドウは敬愛する
はたして今のベータは、《シャドウガーデン》は……シャドウの期待に応えられているのか? ――時折、顔を覗かせるそんな不安を、ベータは口にしたのだ。
「もしシャドウ様に否定されたら……私もその男のように、きっと取り乱して何も言えなくなってしまいます」
「……私も、不安が無いと言ったら嘘になってしまう。でも私達がディアボロス教団の壊滅のため行動するなら、彼と同じ道を歩んでいる……そうでしょ?」
「そうですね……なら今すべきは、シャドウ様がここに来た理由を考える、ですね」
不安を振り払い、ベータは改めて現状について考えを巡らせる。《
1つ目は嘆きの亡霊にクレア・カゲノーが同行しているという事。彼女が近くにいる状況なら、シャドウガーデンは下手に動けない。
2つ目は盟主シャドウが温泉ランドに先んじて来ていたという事。アルファが誘った『女神の試練』よりも優先したという事だ。その判断の理由をアルファ達はつきとめる必要がある。
「この場所で何かあるとすれば……やはり『竜の涙』伝説になるのかしら。イータなら何か知ってるのかもしれないけど」
しかしアルファはそれ以上何も言えない。それが3つ目の想定外……イータの不在だ。それもシャドウに同行していたとスタッフが証言している。2人の行方は現在デルタが捜索中だ。
「シャドウ様はイータと……2人で何をしているのでしょうね。2人きりで……2人きり……」
シャドウと2人きり――それを口にした瞬間、ベータの脳内を駆け巡ったのは過去の妄想。敬愛するシャドウと2人きりで……そんなシチュエーションを星の数ほど考えた事がある。中には当然、人には言えない猥雑な物も……
(そんなまさか……あのイータとシャドウ様が……!?)
イータにそんな感情があるようには見えなかった。だがもし……シャドウの好みのタイプがイータだったとしたら?
――2人きりの部屋、肩を寄せ合いながらシャドウは、力強さと優しさを併せ持つ右手をイータの頬に伸ばす。そしてあの雄々しくも美しい声で語り掛ける。
『――君だイータ。ぶりっ子でわざとらしい銀髪
『マスターが私をそんな目で見ていたなんて……でも、嬉しい……』
イータは頬を赤く染めながら、シャドウの手に自分の手を重ねた。見つめ合う2人は顔を近づけ――
(ああぁぁぁっ!! ダメよ、そんなのダメ! シャドウ様の隣に並び立つのは、この私なんだから~!)
自分で勝手に妄想しておきながら、その内容に憤るベータ。この豊かな想像力で、作家ナツメ・カフカとして大成したのかもしれない。
……そんなベータの様子に気づかない程、アルファは集中し熟考を重ねていた。――なぜシャドウは温泉ランドに来たのか? なぜ《嘆きの亡霊》は温泉ランドに来たのか?
(! 彼と同じ……まさか千変万化は、彼と同じ景色を見ている?)
その考えが浮かんだ時、アルファの胸中に渦巻いたのは……嫉妬、そして焦り。アルファがどれだけ研鑽と熟考を重ねても届かないシャドウと同じ境地に、クライは届いている事になる。
もしそうなら、シャドウが実力を認めるのも当然だろう。そして……彼が暗に言ったとされる『シャドウガーデンではクライに勝てない』という言葉が現実味を帯びてくる。
(なぜ……どうして? ただのトレジャーハンターが彼と同じ景色を見ているの? 私……私達より先に……)
口から漏れ出てしまいそうな焦りを飲み込み、アルファは行方の分からないシャドウへと思いを馳せる。
(私は……いつまでも足手まといでいるつもりは無い。でも、私には貴方の考えがわからない……あの男と私で何が違うの? 貴方ならその違いがわかるの? シャドウ……)
***
「迷った」
思わず口に出してしまった。木剣で丈の長い雑草を刈ってたら、獣道を大きく外れてしまった。思ったより簡単に木剣で切れたから、調子に乗っちゃったな……
深い森の中は似たような景色がずっと続いて……元の道はどっちなんだか。どこからか鳴き声が聞こえてきたのは、そんな時だった。
「ぎゃぎゃぎゃぎゃ~ぎゃぁ、ぎゃぎゃぎゃぎゃ~ぎゃ~」
この鳴き声は……歌っている? それも上機嫌に。これはもしや……温泉ドラゴンでは? まず答えを思い付いて、後から理屈が頭の中に沸いて来る。そうだ……そこに最高の秘湯があるなら、ドラゴンだって歌い出すかもしれない!
足早に移動すると……秘湯はあった。そして湯船につかっている先客を見つけた。なんだか丸くて、ツルっとしてて……おまけに鮮やかな水色をしている。……ドラゴン?
でも翼や尻尾があるし……ドラゴンだよね。デフォルメされたマスコットキャラがそのまま飛び出してきた……そんな印象を受ける。
「ぎゃ~ぎゃ~ぎゃ~……ぎゃう?」
「あ、どうも」
僕に気づいて温泉ドラゴンは歌うのをやめてしまった。つぶらな瞳でこっちをジロジロと見ている。そんなに大きくないし、子供のドラゴンだね。……このままドラゴンと見つめ合っててもしょうがないか。僕も温泉に入らせてもらおう。
「おじゃましまーす」
岩陰で服を脱いで、ゆっくりと湯船につかる……ああ……いい湯だ。体の芯から温まっていくのがわかる。効能と温度が絶妙に噛み合っているんだろうね。このまましばらく、何も考えずに――
「ぎゃあぁっ! ……ぎゃ!?」
「危ないじゃないか」
急にドラゴンが尻尾を振り回したから、掴んで止めてあげた。……なるほど、君は温泉を独り占めしたいタイプなんだな?
ドラゴン肉で温泉しゃぶしゃぶ……なんて単語が頭に浮かんだけど、反撃はせずに尻尾を離す。ドラゴンとはいえ子供を倒すのはかわいそうだ。スルスの名物だしね。
「ぎゃう……あんぎゃあぁっ!」
尻尾の次は、大きく息を吸い込んでいる。
ブレスがタオルの盾で拡散して……温泉の周りをびしょびしょに濡らす。……お湯のブレス? 温泉ドラゴンって呼び名は、ただ温泉が好きだからじゃないのかもね。
「あーあ。タオルがびしょびしょだよ」
「ぎゃっ!? …………あんぎゃぁっ!」
タオルを絞っていると、温泉ドラゴンが近寄って来た。翼を大きく広げて叫び、威嚇をしている。今度はその両手のツメでも振るうのだろうか?
でも温泉で戦いたくないなぁ……とりあえず落ち着いてもらおう。僕は自分からドラゴンへと歩み寄った。湯冷めしたのか震える両肩を掴み、無理やり座らせる。
「ぎゃっ……!?」
「こら、温泉で暴れたらダメじゃないか」
「ぎゃ……ぎゃお?」
「温泉を独り占めしたい気持ちはわかるけど、乱暴はよくない。それに温泉は……みんなで楽しめるものだよ。一緒に楽しもう」
「……ぎゃう」
僕の思いが通じたのか、温泉ドラゴンは静かに頷いた。……案外、人の言葉がわかるのかもしれない。気を取り直して、僕も肩までつかろう。
「ふん、ふふふふん、ふふふん、ふんふんふん、ふふふふ~ん――」
「……ぎゃぁぁう、ぎゃお、ぎゃう――」
つい出てしまった鼻歌に、鳴き声が重なった。近くにいるけど、僕達はそれぞれの温泉を楽しんでいる。いいね、温泉を通じてドラゴンと仲良くなれた気がする。
それに……野生動物と一緒に秘湯に入るなんて、世の温泉好きがうらやむシチュエーションだ。湯あたりしない程度に、じっくり堪能させてもらおう。