千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
ミツゴシ温泉ランド、ホテル館の露天風呂にて。神妙な顔で湯船につかる1人の
「むう……スルスの温泉はもっと気持ちよかった。何が違う……? 温度……効能……それとも単純に、入った時の状態?」
……彼女はシドやデルタに先んじてホテルに戻っていた。その際、アルファ達に見つかり――
『待ってたわよイータ』
『さあイータ、白状してもらうわよ。シャドウ様と2人で、2人きりで……いったい何をしてたんですか!?』
『【
『!? あの城に……たった2人で!?』
『私はマスターのオマケだった。マスターがいなかったら、10回は死んでる……まだ疲れてるから休ませて』
宝物殿攻略の疲れを大義名分に、質問攻めを回避した。スルスの「温泉ドラゴンまんじゅう」を食べながら休憩し……その後は研究室でポーションの調合。まず消耗した分の補充と改良、続いて制作中のゴーレムの仕上げ。
そして今、入浴に関する実験を己の体でしている。彼女は気になる事があれば、それが何であろうと追究する……根っからの研究者気質なのだ。
しばらくして……湯船から上がったイータは片眼鏡を手に温泉を覗いた。それはイータ製の魔道具。レンズに映るのは、温泉の成分とマナ・マテリアルの流れ。
(成分に大した差は無い。む……? マナ・マテリアルの乱れ……アンダーマンのせい? これはさすがに報告しないとダメかも)
「――その魔道具、すごいですね」
「うん……?」
考え込んでいたイータは、その接近に気づかなかった。短いピンクブロンド髪の女性が、にこやかな笑みをイータに向けている。腕や足のベルトにポーション瓶を収めている女性だ。
「水質調査……いえ、魔力探査? 初めて見る魔道具ですが……もしかして貴方が作った物でしょうか?」
「そう。……それがわかる、あなたも
「はい。私はシトリー・スマート。一端の錬金術師です」
(!
名乗りを聞いてイータは驚き、間を置かず笑みを浮かべた。キルキル君にシトリースライム……《シャドウガーデン》の情報網で、イータはシトリーの功罪をよく耳にしている。
そしてこう思っていた――自分が止められた人体実験を彼女はしている。自分とは違い、彼女の研究には止める者がいない――羨ましい、と。
「ふ……ふふふ……かつて《最優》とまで呼ばれた、あのシトリー・スマート。会ってみたいと、ずっと思ってた……!」
「それは光栄です。私は薬品や魔法生物の研究に力を入れていて、魔道具は勉強中……なので私も、貴方のお話を聞いてみたいです」
「私達……気が合うかも」
「……アレ、放っておいていいんですか? なんか知らない人と盛り上がってますけど」
「あん? シトなら別に大丈夫でしょ。どうせ物騒なポーション持ち歩いてるだろうし」
「シトじゃなくて、相手とか施設が心配なんです」
それからイータとシトリーは、のぼせそうになるまで議論を交わした。
「――アレは私、私がレシピを作った」
「!? ミツゴシのポーションは貴方が……!?」
「そう。私は……ミツゴシの建築家。ついでにいろいろ仕事を任されている」
「むむむ……あの品質で大量生産を実現した秘密、教えていただけませんか?」
「それは……企業秘密」
お互い核心的な部分を隠しての会話だったが……すっかり意気投合した2人は別れ際――
「魔道具、欲しいならあげる」
「いいんですか?」
「また作ればいい」
「……そこまでして私のポーションが欲しい、という事ですか?」
「正解。他の錬金術師のポーション、興味ある」
「認めちゃうんですね。まあ……差し引きで私の方が得になりそうですし、いいでしょう」
魔道具とポーション、お互いの研究成果を交換し大浴場を後にした。
「温泉はデルタが一番乗りなのです!」
研究室に戻ろうとしたイータは、走るデルタとすれ違い……続けてアルファと遭遇する。後ろにはベータとイプシロン(ついでにカイとオメガ)の姿もあった。
「イータ……もう疲れは抜けたみたいね」
「もう平気」
「それなら話を聞かせてくれない? ここに詳しい貴方なら、彼がここに来た理由に――きゃっ」
「アルファ様、そういった話は後です。今は何も考えず温泉へ行きましょう! さあさあ」
「ベータ、わかったから押さないでちょうだい。貴方って時々強引よね」
ベータに文字通り背中を押され、離れていくアルファ。その姿にイータは首を傾げた。残ったイプシロンは苦笑いを浮かべている。
「アルファ様……元気が無い?」
「だから無理にでも温泉に入ってもらって、スッキリしてもらうのよ。イータ、あなたも一緒に……あら?」
改めてイータを見たイプシロンは、その顔と髪……そして体から昇る湯気に眉を顰めた。
「もう入ってきた後……ってちょっと、顔 真っ赤じゃない!?」
すかさずイプシロンは魔法の風を起こす。柔らかで冷たい風が、イータの頬を撫でた。
「あ~……気持ちいい……」
「長風呂は体に毒よ。部屋に戻る前に、外で風にでも当たってきたら?」
「……そうする」
「しっかり水分も摂って……あと、髪もちゃんと拭くのよ!」
世話焼きなイプシロンの助言に、イータは素直に従う事にした。虫の声が夜空に響く月夜、イータはホテル館の前でそっと息を吐く。
(あ……報告、さっきすればよかった。でもアルファ様さっさと行っちゃったし……ま、いいか)
思考を重ねながらイータは歩く。既に本館は照明を落としており、ホテルの周囲は薄暗い。そんな夜の闇に向かってイータは歩く。
(そうだ。穴の様子もついでに見て……あれ、プラチナホース?)
ホテル前の駐車場の片隅に、鈍色に輝く巨大な馬の魔獣がいた。《探索者協会》の馬車と繋がっている。……馬車に繋いでいた馬は専用の馬房に移すのが温泉ランドの決まりだ。その決まりに反する馬車を見つけ、イータは目を細める。
あの馬車を調べなければならない――そう直感し、ある言葉を思い出した。
(「トレジャーハンターの勘は当たる」か……)
それはマナ・マテリアルによって感覚も強化される……という意味の言葉だ。無意識の……言語化ができない……そんな僅かな違和感の積み重ねが、勘という形で出力される。
【万魔の城】でイータは危険を知らせる直感に逆らい、好奇心の赴くまま動いた。逆らったせいで罠や幻影に何度も殺されかけた。
「……たまには勘に従うのも、悪くない」
その呟きは勘に従うべきという反省なのか、それともただの好奇心か? イータは軽い足取りで馬車へと近づいていく――
***
トレジャーハンター《千変万化》クライ・アンドリヒの暗殺。それが《闇蜘蛛》に与えられた任務だ。闇蜘蛛は《ディアボロス教団》の中でもかなりの実力者。そんな彼が(レベル8とはいえ)ハンターの暗殺に駆り出されるというのは、異常事態である。
(レベル8ともなれば、教団が警戒するほどの影響力になる……という事か)
帝都で詳細を知らされた闇蜘蛛はそう判断した。指揮を執るのはフェンリル派の重鎮《細柳》彼の指示に闇蜘蛛は粛々と従い、決行の指示を待った……だが、指示が降りる事は無かった。
《細柳》が《
帝都北門でプラチナホースの馬車を奪えたのは幸運だろう。中にいた連中の生死までは確認してないが……仮に生きてたとしても、先に暗殺を成功させればいい。
街道沿いなら魔獣の強さも大したことは無い。プラチナホースの足ならすぐに追いつける。どこに逃げようと無駄だ――しかし、その勝利の確信は長く続かなかった。
雷精によって落とされた橋を迂回し……火精によって開けられた穴を前に立ち往生。穴の向こうに標的の馬車が見えたというのに、見逃すしかなかった。
何かがおかしい。まるで追跡を振り切るために、精霊が現れる場所を選んで通っているようだ。思えば、嵐の中の強行も、そもそも翌朝を待たず夕方に出発したのも――闇蜘蛛は暗殺が察知されていた可能性に思い当たる。
実際、標的は【ガレスト山脈】へと道を変えた。帝都近辺で屈指の危険地帯に。
追跡か迂回か……闇蜘蛛は迂回を判断。付近の街を拠点に標的の行き先を探る……つもりだった。逃げ出した御者の2人に会うまでは。
「――侵入は完全に消灯してからだ。まずは標的の部屋を見つけろ。だが手は出すな。返り討ちになるのがオチだ。暗殺は本隊を待って――」
闇蜘蛛は馬車の中でチルドレン2ndへと指示を出していた。相手がレベル8ハンターだという事もあって、彼の慎重な作戦に異を唱える者はいない。指示を終え、持ち場へ向かうべく全員で馬車の外に出て――
「……あ」
それをアロハシャツの、とぼけた顔の男に目撃された。
「……観光客か。消せ」
「ハッ!」
闇蜘蛛の指示でチルドレンが男に襲い掛かる。しかし……その刃が男を切り裂く事は出来なかった。剣が弾き返されたのである。男は微動だにしていない。
「……なにッ!?」
闇蜘蛛が驚愕してる間に、男は逃げ出した。このまま捨て置けば騒ぎになるだろう。
「俺が回り込む! 囲め!」
「「ハッ!」」
闇蜘蛛は全速……を出すまでもなく男に追いつき、その行く手を遮った。改めてそのアロハシャツの男を睨むが……ただの一般人にしか見えない。どうやって剣を弾いたのか見当もつかない。
「貴様……何をした?」
「え? あ、いや、その…………すみませんでしたぁぁぁぁぁぁっ!!」
「っ!?」
闇蜘蛛は面食らった。男は叫び……土下座したのである。
「おい、貴様――」
「僕だって逃げたくて逃げたんじゃないよ! いろんなことが起きたからさ……少し帝都を離れてじっくり考えたかっただけなんだ! でもいくら僕がレベル8だからって剣を向けるのは酷くない!? そんなにガークさん怒ってんの!?」
「ッ!? レベル8だと……!?」
「でも考えてよ! 僕達の悪評なんて帝都中に広まっているのにそれでも依頼するなんておかしいじゃないか! そりゃあ探索者協会だって面子って物があるんだろうけど……僕達が依頼を受けたらその面子に泥を塗る結果になるかもしれないんだよ! 僕はガークさんのためを思って――」
闇蜘蛛は戸惑う。目の前で情けなく言い訳してる男が……レベル8? こんなのが教団の標的?
「おい貴様」
「――アイス食べた……え、何?」
「貴様が……千変万化、クライ・アンドリヒか?」
「……僕の顔を知らないの?」
「ッ!?」
(しまった罠か!? 我々の正体を探るための!)
おもむろにクライは立ち上がり、驚愕の表情で闇蜘蛛たち《ディアボロス教団》のチルドレンを見回す。
「まさか君達は……探索者協会の人間じゃないのか!?」
(……いまさら何を言っているのだ、この男は?)
探索者協会の人間が、人に襲い掛かるわけが無いだろう――あまりのバカバカしさに、闇蜘蛛の手から力が抜ける。一瞬でも警戒した自分を恥ずかしく感じる程に。しかし仕事は仕事だ。たとえ標的がマヌケでも、教団の敵は消さなければならない。
「悪いが……ここで死んでもらう」
「悪いと思うならやらないでよ! ルシア、るしあああああああ!」
「ハァ……やれ」
助けを求め虚空に叫ぶクライに呆れながら、闇蜘蛛は攻撃の指示を出した。今度こそ、チルドレンの刃が標的に届く――はずだった。だが小さな火球が雨のように飛来し、チルドレンを残らず吹き飛ばす。威力よりも広さを重視した魔法だ。
「グアッ!?」
「アガッ!?」
「!? 魔法だと……!? 落ち着け! たいした威力ではない!」
(近くに仲間がいたのか……!?)
火球が飛んできた方向には……白衣の精霊人が堂々と立っていた。彼女を見てクライが叫ぶ。
「やっぱりルシアじゃない!? 誰?」
「ッ!!? 仲間ではないのか!?」
「私は……通りすがりの天才精霊人。助けてあげる。こっち」
「誰だか知らないけどありがとう!」
謎の精霊人に引っ張られ、クライが逃げる。ホテルとは反対方向へ……それは追う闇蜘蛛にとっても都合がいい。
「逃がすな、追え!」
「それで、どこに向かってるの!?」
「邪魔が入らない場所……ついた」
「……え? 何も……無いけど」
「レベル8……いい実験台になりそう……!」
「実験って……っ!? うわああぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
(なんだ? 何が起きた?)
闇蜘蛛は困惑した。追いかけていた2人が、悲鳴を残し忽然と姿を消したのだ。警戒しながら周囲を探ると……地面に落ちている立ち入り禁止のロープを見つけた。
「『工事中』……? まさか」
そして闇蜘蛛は見つけた。地の底へと続く、深く暗い穴を。
「ここに落ちたのか……? やはりレベル8とは思えないが……」
試しに小石を投げ込むと、底にぶつかる音は聞こえない。それほど深い穴だ。
(……この高さだ。生きてはいないだろう)
あっけない幕切れに困惑しながらも、闇蜘蛛は部下を連れその場を離れた。千変万化がいなくとも、まだ《嘆きの亡霊》が残っている。標的はクライ1人だが……仲間も始末すれば、さらなる評価と報酬を得られるだろう。
「最初の指示通り、部屋を探せ。油断するなよ」
「「ハッ!」」
《闇蜘蛛》の指示でチルドレンが散り散りになるが……この時、闇蜘蛛は予想だにしていなかった。チルドレンの半数が罠にかかり、戻ってこないことを。